本編-0068 ダンジョン防衛戦~転じし者、転じる者
【領域転移】は、使用者が支配する迷宮の「領域」内なら、技能レベルに応じた距離制限はあるがMPと引き換えに自由にテレポートできるような技能とでも思えば良い……迷宮核の知識によればな。
当然対象となるのは自分が迷宮領主として支配している「領域」であるわけで、他の迷宮領主の支配下にある迷宮では、この「転移」技能は自由にはできない。
発動しようとすると、相手の迷宮核の力によって阻止される――以上がこの技能の概要である。
ほれ。
『迷宮核の力で阻止される』ってところが、重要だわな。
何が言いたいかというと、だな?
この30前後ぐらいの侵入者の女が、"人間"に過ぎないはずのこんな女が、どうしてそんな迷宮抗争に関するルールに引っかかったのか、ということなんだよねぇ、いや全く。
……。
可能性その1。
「ツェリマ」という名のこの女は実は魔人であり迷宮領主である。
もちろん、これは速攻で却下される。
まぁ、迷宮領主になることができるのは別に魔人に限られているわけではないらしいが、【情報閲覧】で表示されるツェリマ女史の種族は明確に【人間】と表示されているし、職業も技能も、魔人やら迷宮由来のものは無いのである。
……大体、仮にこいつが俺と同じ迷宮領主だとして、迷宮核はどうしただとか、そもそもどうやって【人界】に来ただとか、いろんな問題が生じる――"特例"の条件は良くわからないが、短期間に何度もあるものとも考えにくい。
可能性その2。
【人界】に存在する「転移」系の魔法――すなわち【空間】魔法は【魔界】の迷宮由来の技術である。
……正直、これが一番しっくり来るんだわ。
迷宮核の、俺の前任者の知識では、魔法属性に関するものは比較的詳しく分類されている方だが――その中に例えば【時空】だとか【空間】だとかいう属性は存在していない。
つまり、何らかの拍子に流出した「転移」技能が【人界】で魔法的に再現されてしまったとか、そういうことが推察されるのである。いや、それもそれで厄介な問題を孕んでるんだが、今は良い。
可能性その3。
ツェリマ女史の祖先は、迷宮領主を経験したことのある魔人か、少なくともその配下であった魔人である。
……これはその1とその2の折衷案みたいなものである。
魔法の『属性』は個々人が適正を持ってたり持ってなかったりしていて、その先天的な習得に強い影響を与えるようだが、例のごとく【空間】魔法はそうした範疇に無い可能性が高い。
あくまで技術の問題であって――理論上は誰だって使えるのではないか?
にも関わらず、これだけ便利そうな「魔法」を使えるのが目の前のツェリマ女史だけである、というのはにわかには信じ難いのだ。だとすれば、それは秘匿された技術といったところか。
何らかの手段によって迷宮核の束縛から逃れることのできた魔人が、【人界】へ渡り、人間と交わって子孫を成し、【領域転移】の技術を魔法によって再現することで一家の秘伝とした……なんてのも、"大穴"としては十分有り得そうなストーリーじゃなかろうか。
まぁ、その転移術式を、どうしてツェリマ女史と光魔法の使い手グストルフ君以外の全員が突然使用して、この惨状を生み出したのかもまた、それはそれで大変疑問ではあるんだがな。
だからやっぱりその2が可能性としては一番しっくりくるわけだが、どうだろう?
俺の感覚としては、本命その2で対抗無し、大穴がその3てところだ。
そう。
この「惨状」だよ。
ツェリマとグストルフ以外の全員が、まぁ何らかの「技術」を使ってツェリマと同様の『転移』魔法を使ったとしようや。
それが迷宮核さんによって阻害された結果が、ご覧の有様さね。
――身体を半分岩壁にめり込ませるように癒着したままぴくぴく痙攣する者。
――何かに力任せに引きちぎられたかのように真っ二つになっている者。
――単にめりこんでいるだけでなく、まるで有機物と無機物が分子レベルで溶融したかのように、どう見ても溶け合って混ざってしまったとしか思えない状態、地面から両腕や両足が「生え」ており、血管だか皮膚だか肉やら脂肪やらが「根」みたいに岩壁に癒合してしまって、まるで悪趣味なる肉の生花みたいになってしまった者。この状態で生きているかのような痙攣があるのだから、面白い。
そして、極めつけ。
「だ……ずげ……てェ……!」
非常に興味深いサンプルなわけだが、なんと走狗蟲の一体と「融合」してしまった者がいるのである……って、ちょい待ち、こいつは隊長格の一人じゃねぇか!?
名前は――ふむ、モーズテスと言うんだな。
まるでランナーの体内から人間の指やら足やら耳やら顔面が生えてきているかのような、精神衛生上凄まじくよろしくない、奇妙な「物体」と化していたのである。まぁ、あれだよ、「エイリアンの中にいる!」的な状態になっちまったんだろうね……気の毒だねぇ……。
ル・ベリが目を白黒させて苦虫を噛み潰したような表情で「それ」から目を離し、ソルファイドは【心眼】によって俺らの「視界」とは異なる風にこの惨状が見えているのか、軽く首を傾げるように辺りを見回している。
んで、モーズテスと融合したランナーはどうかというと、多少動きにくそうにしている以外は元気も元気、エイリアンネットワークへの精神接続具合だとかは、ウーヌスにいろいろ確かめてみてもらったところ、俺の眷属として働く分には特に支障はなさ気なのであった。
――っとと。
そんなことどうでも良いんだよ。
【空間】魔法の謎も、フィラデルフィア計画も真っ青な"転移事故"も、そんなものどうでも良くなるぐらいの問題が、今俺の【情報閲覧】に映ってるんだよなぁ。
「お前は何者なんだ? グストルフ君よ」
足に重症を負ったツェリマ女史を守るようにして仁王立ち、不敵の笑みで古武術のような姿勢で身構えているグストルフ。
罠部屋でのランナー達の襲撃時に披露してくれた、奇想天外極まる「空飛ぶ人間殺人独楽!」みたいなエキセントリックな立ち回りとは打って変わり、静かなる木立の如き"静"の構えだが――その本質は、一種の居合抜き。
己が射程範囲内に入る者全てに後の先の「居合斬り」を見舞う、決死の構えだ。
周囲を取り囲む走狗蟲達がわずかにでも"範囲"内に入るや、目にも留まらぬ動きで光の刃を鞭のようにしならせ、的確に急所を切り裂いてくる。
これを押し潰すには、それなりの被害は覚悟しなきゃならん。
「ハハハ! こんな『経験』は初めてだ、ワクワクが止まらないねぇ!」
などと、俺の問いに対しても意味不明の供述をしていて会話が成り立たず。
……いや。
何が「問題」かというと、こいつを見てくれれば話が早かろうよ。
グストルフ君のステータスの『称号』。
そこに表示された、
【転霊童子】
とかいう称号の存在。
――マジでなんなんだ? これは。
まぁ、聞いても答える様子が無かったのは、見ての通りだが。
三度ほどの問答で埒が明かなかったので、俺はソルファイドにゴーサインを出す。
「ソルファイド、炙ってやれ」
命じるや、右に控えていた竜人ソルファイドが大きく胸を膨らませるように息を吸い込む動作。
直後、体内で生み出された"竜の吐息"を【火竜の息吹】としてゴウと吹き付ける。
対し光魔法使いグストルフが両手を交差させ、短く詠唱するや「光のカーテン」のようなものが生み出され――息吹を防ぐ。
へぇ……やるな。
光魔法にはそういう効果もあるんだなぁ。
威力は減殺され、灼熱じみた熱気からも身を守っているようだが――ふむ、見たところ少しずつ光のカーテンが、焦がされるように端っこから白い粒子になって消失していく様子。
なんだ、万能の守りってわけでもないのか。
「むぅ……!」
だが、所詮は真なる竜ではないソルファイドの息が上がるのが早かったようだ。
次。
「ル・ベリ、揉んでやれ」
休ませはしないとも。
命ずるや左に控えていたル・ベリがシュッと鞭を放つ。
居合抜きで光の刃を生み出してそれを打ち払うグストルフだったが、次の瞬間には"擬装"していた【四肢触手】がバラリとル・ベリの身体からほどけて本来の姿を成し、触手全ての力を借りて大きく跳躍する半魔人。
グストルフの頭上から、回転運動を加えながら【四肢触手】が乱打され、光魔法使いが思わず身体を縮めるようにして耐える。だが、ル・ベリが肉薄してグストルフの四肢を触手で絡め取ろうとするや、強烈な閃光を放ってル・ベリが怯まされた。
そして居合抜きの如く光の刃が振り下ろされるが――"全盲"であるため閃光の影響を受けないソルファイドが割って入っており、赤熱した愛剣で光の刃を粉々に打ち砕き、返す刀でグストルフ君に重い腹パンの一撃を入れ、膝をつくグストルフ。
だが、直後にはグストルフの周囲に旋舞する"光の羽"のような物が出現し、ファンネルのように飛び回って反撃してくる。
ソルファイドが飛び退いて距離を取り、それを見てル・ベリも一度退いて、二人共俺の左右に戻った。心なしかル・ベリがソルファイドをすごい目で睨みつけている気がする……はいはい、仲が良い仲が良い。
「ぐぇ……う、ぐ……ハハ、ハハ!」
うわ、腹パンされてえづきながら、まだ笑ってやがるよコイツ。
気持ち悪っ!
「まともに素性を語る気になったかな? グストルフ君……いや、【転霊童子】とでも呼べば良いか?」
「ハハハハハッ! アーッハッハッハッハハッっげぇホ、ゲホッ、ガホッ!」
いつもの揺さぶりの手口を使う――が、俺の予想に反して、グストルフはますます嬉しそうに、咳き込みながらも無理矢理哄笑するのだった。
あー……こりゃ、こいつ自覚してるパターンだ。
ルクとミシェールの兄妹に劣らず、いや、下手したらそれ以上の「知識」を持っている可能性が高いが、さて。
抵抗の意志は全く折られていないように見えるが、どうしようか。
「御方様、埒が明きません。見たところあの者の魔法は、我らに致命傷を与える力はもう残っていない様子。一気に制圧しましょうか?」
「待て。慎重に行きたい……こいつには、確認しなきゃならないことがある」
【転霊童子】。
童子ってところはよくわからんからスルーするとして……そうか、「転生」ではなく「転霊」と来たか。この"翻訳"もまた俺の知識と認識を元にしているならば――元ネタは『転生霊童』か『転輪聖王』ってところか?
――俺は【客人】として、元は魔法なんて存在しないこことは異なる世界の平和な島国から「転移」してきた存在だ。
では、こいつは? 【転霊】が「転生」と同義だとして、それは単に「この世界」内での話なのか――それとも。
不思議に思っていたのだ。
なぜ、俺が「この世界」に転移なんてしてしまったのかを。
もし、もしもだが、グストルフが俺と似たような事情を抱えていたとしたら?
……正直、異世界から来たことを示す【客人】の称号がグストルフに無い時点で、これはもしかしたらの願望にしか過ぎないのだが、それでも"そのあたり"の事情に、この世界の『法則』のある分野に詳しいとしたら?
――別に今更、前いた平和な島国での平凡な生活に未練があるわけではないが、それでも自分がどうしてこの地に降り立つことになったのか、知る機会があったら、そりゃ掴んでみるに越したことはないじゃないか。
『きゅぴ! 逃げられたら大変だって創造主様言ってなかったきゅぴ?』
「逃げられやしないだろ。『転移』は俺の迷宮内じゃ不発するみたいだから、な」
壁、地面、そしてエイリアンに癒合してしまった哀れな犠牲者達を改めて見回す。
すると、そんな俺の言葉が琴線に触れでもしたか、グストルフが反応を変えた。
「……巡り廻ること幾星霜ってやつだ、迷宮領主サンよぉ。厳しいルールには"抜け道"がつきものだって、あんた知ってるか?」
嘲るような笑み。
言われて一瞬、意味が分からなかった。
「主殿!」
ソルファイドの声と共に、武技【息吹斬り】の剣圧が鋭い衝撃波となり、真っ直ぐにグストルフの脇を素通りし、うずくまっていたツェリマ女史の手元に炸裂した。
居合抜きによりグストルフに迎撃され、彼女を昏倒させるには至らなかったが、空を激しくかき回すには十二分。
描きかけの風景画を水に溶かしたがごとく。
ぐにゃりと、ツェリマの手元の景色がまるで騙し絵を見ていたかのように歪み、最初からそうであったことを気づかなかったのが不可思議なほど、当たり前のように異なる景色が暴かれる。
こそこそと――ツェリマは、なんと地面に魔法陣を描いてやがったのである!
そんな目立つ行動に、どうして、気付けなかった?
周囲は完全にランナー達で監視しており、言わば彼らの目を全て「エイリアンネットワーク」を通して使っているようなもので、隠れてコソコソ何かすることを許すような死角は無かったはずなのだ。
だが、現実はどうだ、ツェリマ女史はどこかから複数取り出した、文様の描かれた不思議な色合いで鈍く輝く魔石を砕き、その粉末で小さな円を地面に描いていた。
無意識的に【高速思考】が発動し、俺は自問自答する。
どうして気づかなかった? という疑問は即座に氷解した。
口から血を流しているグストルフの全身から、張り詰めていた魔力の気配がわずかに消えていったことに気づいたからだ。
そしてそれにより、ツェリマ女史の手元の空間が、白い光になって揺らめいていた何らかの魔力の塊が、グストルフの魔力が急速に衰えていくのと比例して、ツェリマの手元を「隠していた」魔法的な現象が解除されていくことに気づいたのだ。
あぁ、そういうことか。
なんてこったい。
【光】と【空間】魔法の併せ技なのだ。単にグストルフが光魔法で景色を歪めていただけならば、俺やエイリアン達が気付かなくともソルファイドの【心眼】で看破できてたろう。
が、そこにさらに物理的に【空間】ごと、二重の歪みに隠されてたとあっては、さしものソルファイドも己の違和感に自信を持てなかったに違いない。
【高速思考】しながら、俺はやけにのんびりと分析していた。
多分、自分の失敗をすぐに認められなかった現実逃避だな、なんだ俺もまだ青くて若いじゃないか、はっはっは。
――魔法陣をも彷彿とさせる「円」は、ほとんど完成しかけていた。
『畜生! やられた!』
俺の阿呆!
クソ、のんびり尋問を試している場合じゃなかった!
何が「逃げられない」だ、初志貫徹してさっさと二人共殺しとくべきだった。情報を得ようと欲を出した結果がこれだ。
即座に【眷属心話】を通して周囲のエイリアン達に「殺せ!」と命令を発する。
音も無く忍び寄ったゼータの刃が、膨張し盛り上がった筋肉によるデルタの破壊の一撃が、ソルファイドの赤熱する双剣が二人の魔法使いを襲うが、グストルフが最後の力とばかりに四肢から光の渦を噴射させて、驚異的なスピードを得てツェリマを身を挺して庇うのがずっと速い。
つまり、俺の妨害は間に合わなかった。
魔法陣の完成とともに、『転移』魔法が発動する。
そして今度は、迷宮核さんによる「対抗制限」とやらは発生しなかったようだ。
何をされた? という疑問は即座に、迷宮領主として感覚的に理解できた。
俺の「領域」に穴が開けられたのだ。
リッケル子爵と散々な【領域戦】を繰り広げた時に感じた、元は俺の領域であった迷宮の一角が「上書き」されたような喪失感。それが、ちょうど例のツェリマが複数の魔石を砕いた粉末で描いた"円"と重なるように生じていた。
――なるほどね、クソッタレ。
ツェリマとか言う女が使いこなしていた【空間】魔法の正体について、可能性その2が本命ではあるのはまだ変わらないが、俺の中で、可能性その3が大穴から対抗に昇格した。ここまで「迷宮」の特性を理解した上で『転移』を実行できるというのは、実に臭い話である。
あぁ、クソ! グストルフもそうだが、マジで何者だツェリマとかいう女は。本当にただの人間なのか? 俺の知らない【種族偽装】とかいう技能があるとか言う方がまだ気が楽だわ……ええい!
そんな心の中の修羅場をなんとか抑えつつ、逃げられたものはしょうがない、としてとりあえず目の前の後始末に意識を戻さないとなぁ……。
舞い散る砂塵。
"名付き"のエイリアン達による瞬間的な暴威がグストルフを飲み込み、あっさりと制圧されたわけだが――光魔法使いは両腕を肩からばっさり斬り落とされ、腰から下の下半身を肉と骨の混合物みたいな塊に圧迫粉砕され、腹を火竜の双剣に焼き裂かれ、ズタボロになったグストルフだけが、その場に残っていた。
つまり、ツェリマの姿は跡形も無く、魔石の粉末による魔法陣がわずかに掠れて残るのみ。
グストルフの「後の先」じみたカウンター重視の立ち回りは、彼女が"死んだ仲間の魔石"を集めて、十分な大きさの魔法陣を完成させるまでの時間稼ぎだったわけだ。
「……なんてこった」
後悔するが、逃げられたことへの対応を考えるのは少し我慢だ。
グストルフは、こんな状態でもまだ奇跡的に息があったのだ。
「【培養臓】に放り込むぞ、絶対に死なせるな。その後で尋問の用意を――」
指示すると同時にウーヌスにも【眷属心話】で指示を送ろうとしたところ。
また、グストルフの例の耳障りな笑い声が、弱々しくも響いてきた。
マジか、なんてしぶとさだこいつ。
「ハハ……ハ……無駄、さ……迷宮領主サン……だが、あんたの、こと……は、気に入った……また、会おうぜ?」
呟きの刹那。
ソルファイドが即座に動いてグストルフを気絶させようとしたようだが――さしもの歴戦の竜人とはいえ、【光】の速さには叶わない。
「あの兄妹に、ヨロシクな」
突如、グストルフの頭部から何本もの光の刃が突き出し、殴ろうとしたソルファイドの拳ごと切り裂いた。
脳漿と血飛沫が巻き散らされ、光の刃に触れてじゅうううと蒸発する生臭い光景は、長くは続かない。
自らの脳を破壊するという荒業によって即死したグストルフ。
術者の死とともに、頭を内側から割った光の刃はすぐに霧散してしまった。




