本編-0062 揺藍者の誘いは甘い毒の如く
アムーゼが「部下」の失態に毒づいた次の瞬間のことであった。
「「ギィィイイイイヤアアアアア!!!」」
鬨の声とも取れる雄叫びを上げて、進行方向左手の崖の方面から、十数体ものゴブリン達が襲いかかってきたのである。
「クソどもめ!」
物の数ではない。
【氷】魔法【怜悧なる吐息】を唱え、刺すように鋭い微小なる氷晶の礫入りの冷気を招来。アムーゼの手の動きに合わせ、"吐息"がゴブリン達に向けて激しく吹き付ける。
寒気で動きを鈍らされた挙句、微小な見た目からは想像もつかない鋭利さを持った氷晶礫に切り裂かれ、ゴブリン達の飛びかかる勢いが打ち消された。
このように、相手がどれだけ「元気」であっても、生物である以上、凍えれば満足に動けなくなるのである――やはり【氷】は最高の戦闘向け属性だ、とアムーゼが悦に入る。
しかし、そのせいで部下の誰かが「上だ!」と叫ぶことに気づくのが遅れた。
全身を貫く強烈な"狩人の気配"に、アムーゼは思わず立ちすくむ。
そして見上げるや――樹上から"大蜘蛛"が飛び降りてきていた。
……いや、大蜘蛛ではない。
確かに、この森には『痺れ大まだら蜘蛛』という魔物が生息しており、その"襲撃者"もまた8本の肢を伸ばしたかのような姿である。
しかし、アムーゼと部下の間に降り立ったのは8本の「肢」――を背中から生やした、紛うことなき魔物の如き"人間"であった。
彼が軽く身体を揺するや、8本の肢が、まるで大蛇のようにのたうち、変幻の機動を以って部下の一人を横殴りに薙ぎ飛ばす。
別の部下がとっさに【魔法の矢】を放つが、襲撃者は「肢」を振り回し、魔法の一撃を受け止めながらも強引にいなし、返す一撃で槍のように突き出した"肢"によって、部下がまた一人吹き飛ばされる。
「なんだぁ!?」
驚愕すれども――アムーゼとて、それなりに修羅場を潜ってきたと自負する者。
考えるよりも先に迎撃することが重要であると熟練の勘が叫び、即座に詠唱を開始。さらに部下が一人「鞭のようにしなる肢」に強打されて昏倒するのを横目に、氷と土の複合魔法【凍土の盾】を組み上げ、蜘蛛人間だかタコ人間だか分からない珍妙なる『襲撃者』の攻撃を受け止めた。
「人か魔物か、関係ねぇ! 手前も凍っちまいな!」
両腕に【氷】の魔力を込め、腰から外した鉄槌に【凍結の一撃】の魔法を込めて殴りかかる――と同時に、大地を踏みしめる自らの「足」を通して、周囲の地面に【束縛せる凍牙】を伝播させることで周囲一帯を氷の罠に作り変えていく。
これぞアムーゼ必殺の「定石」であった。
この技で幾多の格上を殺し、彼は成り上がってきた。
蜘蛛人間の、大蛇のような「肢」が三本がかりでメイスを受け止めつつ、パキっと空気が割れるような音とともに急速に凍結していき――。
凄まじい灼熱の"気"が周囲の冷気を吹き飛ばしたのは、まさにその時だった。
「な!?」
「遅いぞ、トカゲめ」
魔物にしか見えない蜘蛛人間だかタコ人間だかが「人語」を話したのもそうだが――"熱風"と共に現れた新たな襲撃者の周囲には、離れた位置を索敵させていた3人の部下が皆倒れ伏していた。
その原因と思しき襲撃者の両手には、まるで鍛冶場で職人が鍛造している最中の刀身をそのまま持ち出したかのような、異常なほどに赤熱した双剣が構えられている。それこそが熱波の正体に違いないと気づきつつ、アムーゼは更なる事実に気がついて戦慄した。
「ど、竜人……だと……ッ? なんでこんなところに!?」
目の前の「敵」である蜘蛛男のことも一瞬忘れ、斜面を登ってくる竜人を凝視してしまう。その者は眼帯で両眼を覆い隠すという、異様な出で立ちであり――そんなアムーゼの油断を見逃す蜘蛛人間ではなかった。
一際重い一撃が【凍土の盾】の上から叩きつけられ、アムーゼがよろめくと同時に、蜘蛛男が大きく飛び退く。
(なんだと? 追撃の機会だってのに、なんで距離を取――)
訝るアムーゼだったが、その疑問はすぐに"蒸発"することとなった。
竜人が赤熱した双剣を交差。
と同時に、フゥッ、と鋭い"息"を吐いたのである。
「息」は瞬く間に赤熱した双剣の間を通り、急激にその灼度を増し、まるで吹きこぼれる熱湯の如き空気塊に膨張して凄まじい勢いで押し寄せ、一気にアムーゼを包んでその全身を炙ったのであった。
「ぐぎゃああああああッッづいいいいいいい!?」
ほとんど本能的に【氷】属性魔法【冬の外套】と【凍てつく義手足】を同時に発動。
なんとか、全身を冷気で包んで守ろうとする。
「無駄なことを」
竜人が何事か呟くのを聞いている余裕も無かった。
【氷】が、彼の誇りであり最強の武器にして盾でもある【氷】魔法が、真夏の真昼の砂漠での過酷な任務の時でさえ彼を守護った「冷気」が全く効かないのだ。
そんな、経験したのことの無い事態に、アムーゼはさらに困惑を深め、普段の果敢な判断力をさらに鈍らせてしまうのだった。竜人の「息」に対して【氷】魔法が根本的に効果を持っていないことに思い至らず、【火】耐性を上昇させる補助魔法を唱えたのである。
しかし、そのせいで蜘蛛男への注意が逸れたことが命取り。
熱波が吹き去ったタイミングを見計らい、樹上からもう一度飛び降りてきた「8本肢」に、今度こそ全身を絡め取られ、拘束され、首を締められ、アムーゼの意識は暗転した。
***
「ぞろぞろ引き連れて、まるで王侯気取りだね、【紋章】家は」
「そうだな。【魔導侯】達のああいう所を、父さんは嫌っていた」
「でも、それは私達が"閉鎖的"過ぎるから、かもしれないね?」
「おい……その話はよしてくれ。今は、それどころじゃないだろう?」
【止まり木】の書庫で机を挟み、椅子に座って会話する兄妹。
今彼らの「肉体」側がどのような状況に置かれているかを知れば、ともすれば「悠長」とも受け取れる一時だが――これがリュグルソゥム家の流儀であった。
「右から2、上から1、左から1。後ろに……たくさんいるけど、距離はかなり離れているね。どうする? ルク兄様。【風】で上から潰すか、それとも【土】でまとめて拘束しちゃう?」
「いや、ここで相手にするのはジリ貧だな。それに相手が【紋章】となると魔法陣も警戒しないといけない。いっそ"飛ぶ"のはどうだ?」
「悪くないけど、【騙し絵】家の息がかかった奴が絶対にいるよ。それがあの中にいたら、逃げ切るのが厳しくなる」
「そうか、なら対策とっとかないと。ええっと、【風】と合わせられる探知系魔法か妨害系魔法は……っと」
書庫から取り出した分厚い本、【止まり木】に生み出された"虚像"の一つを手に取り、パラパラとめくる。リュグルソゥム家が二百年かけて収集した魔法の知識が込められた蔵書の一部であり、兄妹の努力によって「再現」された一冊である。
『力で及ばぬ相手には知恵で挑み、知恵でも及ばぬ相手には時間をかけて挑む』
……とは炎と氷の使い手であった古の魔法戦士の格言であるが、まさにそれを愚直なまでに正しく体現するのがリュグルソゥム家であった。
斯くして、肉体から解き放たれた「精神」上の思考速度によって、二人は既に30分は議論を続けていた。そして、その「肉体」の方が現在どのような状況かというと――『痺れ大まだら蜘蛛』の巣を乗っ取った拠点から抜け出し、森の奥の方へ逃れているところであった。
無論、立つ鳥水を濁すが如く、ブービートラップを仕掛けていくのを忘れない。
そうして起伏の激しい渓谷まで誘い込んでから、【土】による土砂崩れと【活性】と【水】の複合による『樹木』魔法によって、追っ手を一網打尽にするとともに……自分達も巻き込まれて死んだように装い、身をくらませるという筋書きであった。
ただし、たどり着く前に敵の先遣隊と遭遇してしまったのだが。
「それじゃ"詰み手"を確認するぞ。まずは――」
さらに5分後、【止まり木】が解除されて兄妹が即座に行動を開始する。
ミシェールが頭上から身体強化系魔法か何かで跳躍してきた一人に、風魔法【撃なる風】を叩き込んで錐揉みに吹き飛ばす。
同時にルクが数種類の対抗魔法を順に唱え、右から来る二人が遭遇時に招来した【魔法の矢】と何らかの弱体系魔法を打ち消す。
先手を仕掛けたと思い油断していたのだろう、まるで全てを予期されていたかのような完璧な逆撃に右の二人が怯み、その隙を突いてミシェールが妨害系土魔法である【敵対的な土塊】によって大地をうねらせ――右の二人はバランスを大きく崩され、さらにぬかるんだ森の地面に足を取られる。
他方でルクもまた補助系土魔法【友好的な土塊】を併せており、地揺れが兄妹にまで及ぶことを防いでいる。そして混沌魔法【小さき破壊】による雷撃と火炎の混合物を生み出し、右の二人を吹き飛ばした。
とっさに防御魔法を唱えられたか片方は傷が浅いようだが――距離を開けることができたため、捨て置いて良いだろう。
……だが、これはルクのアドリブであった。
左から迫る一人が予想外の急旋回と共に、何らかの補助魔法を用いて木陰に紛れてしまったのである。
「ルク兄様!」
打ち合わせと違うことへの抗議か、あるいは警告でミシェールが声を挙げる。
刹那、【光】魔法の気配がするや、左側から白く鋭い閃光が炸裂した。
「くそ!」
ミシェールを庇って共に地に伏せつつ、【友好的な土塊】に更なる魔力を注ぎ込んで光を防ぐ"土壁"と化す……だが、自分ならあの「閃光」は陽動に使うだろうと思い、ルクは「光」に対する対抗魔法として混沌魔法【陰りの招来】を唱えた。
果たして、土壁に重い衝撃がズドドドドと突き刺さるや――壁を食い破って突き出した"光の杭"が、激しい閃光を撒き散らす。
間一髪、混沌魔法によって闇を擬した光を喰らう『陰り』が生み出され、濃霧のように閃光を包み込んで対消滅する。
「思ったよりやるじゃないか」
後方からかけられた声に反射的に振り向く兄妹。
そこには敵の一人、最初の遭遇で左側から回りこむように襲いかかる軌道を取った男がいた。
「なんて行儀の悪い【光】魔法を使うんだてめぇ」
「ん? こうするのが効率的だろ。なんで逆にみんなこう使わないんだか……ハハ、それにしても『リュグルソゥム家』と戦うのはやっぱり愉しいなぁ」
フードで顔を隠しているが、光魔法の使い手は予想以上に若い男のようだ。
だが、その言動が意味するところ。
「みんなの仇!」
ミシェールが起き上がるや強化系風魔法【駆け足追う風】を使い、ルクから距離が離れる。
そしてそのために、ルクは【止まり木】を使うことを躊躇した――確かに【止まり木】は、強敵との実力差を縮めるための「時間」を稼ぐのに有用ではある。
しかし、その一方で、ルクは生身の肉体で実際の戦いの気配や流れを肌で感じることの大切さもまた、本能的に理解していた。その感覚は「流れ」と「連続性」が非常に重要であり、戦闘中にそれを中断させてしまう【止まり木】は、多用することは諸刃の刃となりえるのである。
舌打ちをしつつ、ルクは魔力を込めて『陰り』の召喚時間を延長させ、ミシェールに追随させる。
併せて援護のための【魔法の矢:火】と【魔法の矢:氷】をいくつも展開し、時間差と偏差をつけて光魔法の男を狙い放った。
「魔力に物言わせた力比べ! いいねぇ!」
男がルク以上の数の【魔法の矢:光】を展開したようで、ルクの【魔法の矢】達を撃墜しつつ、軽やかな身のこなしでさらにミシェールから距離を取る。ルクの放った『陰り』がミシェールにも迫る【魔法の矢:光】を喰らい消滅するが……それも見越して多く展開したのだろう。
だが、時間差で放たれる【魔法の矢】を次々に補充し、ルクは射撃戦を繰り広げる。そしてミシェールが十分に男との距離を詰めたことを察した瞬間、撃ち落とされていない全ての【魔法の矢】を属性関係なしにミシェールに向けて殺到させた。
火と氷とスパイスとして少々混じった混沌の三属性から成る【魔法の矢】達が、ミシェールの唱えた【均衡】魔法による力技により――瞬く間に束ねられてゆく。
これによって生み出されたるは【魔法のバリスタ】である。
男に撃ち落とされた【魔法の矢】の残存魔力をも吸収しつつ、バリスタがさらに膨張。ミシェールの合図と共に魔力を撒き散らしながら男へ射出される。
男は、本来は範囲制圧用の攻撃術である【魔法球:光】をバリスタの迎撃に使ったようだが――僅かに混じらせた【魔法の矢:混沌】が肝となった。
【小さき破壊】を応用した"炸裂"効果がバリスタに宿っており、魔法球との衝突直前で、バリスタは元の十数もの【魔法の矢】に一気に解け、男の迎撃をすり抜けたのである。
「ハハハ!!」
哄笑する男に【魔法の矢】が殺到し、周囲の木々を巻き込みながら、魔法による激しい"破壊"が吹き荒れた。
「ミシェール!」
自らにも強化魔法をかけてすぐに駆け寄ったルク。
見れば【切り裂く光】か何かで切られたのか、ミシェールが腕から血を流している。しかしミシェールは油断なく男が居た方を見据え、風魔法によって破壊跡の土埃を一掃、したところでふらっと倒れかけたため、ルクが抱きとめる。
しかし傷を構うこと無く、ミシェールが男のいた方を指差す。
そこには誰もおらず、焼かれたり凍らされて砕かれたりした木々が散乱しているのみ――いや、正確にはわずかな遺物が残されていた。
【紋章】のディエスト家特有の極小魔法陣が描かれた、魔力を失った魔石の砕けた破片が散らばっていたのである。
魔力の残り香からは――またしても【空間】魔法が感じ取れた。
「保険みたいだね……【紋章】と【騙し絵】。最悪の組み合わせ」
二人は目配せをするとともに、次の手を修正すべくすぐに【止まり木】へ潜った。
***
不意討ちによって数人斃したとの情報はソルファイドから。
悠長に運んでいるヒマは無い。情報を持ってそうなリーダー格だけ生かして、他は殺すよう指示する。何者であれ俺達の情報を持って帰られるわけにはいかない。
現在はル・ベリの触手の一つにリーダーを拘束して、移動しながら拷問するとかいう器用な曲芸をしているようだが――ゴブリンと違って滅茶苦茶口が硬いようだ。
可能ならば連れ帰って、無理ならば殺して捨てとけと指示を出す。本格的に口を割らせようにも、今はそれどころではない。優先順位を間違えてはいけない。
【魔界】側から大急ぎで運ばせた【観視花】と、あと小鳥に寄生させてばら撒いた寄生小虫達の情報を総合したところ……森への侵入者は20数名はいるようだ。
撤退しつつ遭遇戦でル・ベリとソルファイドが一小隊潰したようだが、それが連中の最高戦力だなんて希望的観測はしないにこしたことはない。
ただ、どうも「俺」が狙いというわけではなさそうである。
『痺れ大まだら蜘蛛』の巣跡を見張らせていたパラサイト達からは、興味深い情報が届いていた。
――そこそこの規模の"魔法戦"があったようなのだ。
俺以外に襲われる可能性がある者は、例の『先住者』ぐらいしかいない。
示威としてソルファイドに『痺れ大まだら蜘蛛』を狩らせたところ、その巣跡を自分達の拠点としてしまったタフな奴らである。そんで、この侵入者達と"魔法戦"なんてするぐらいだから――ますますもって訳あり、すなわち有用な情報が得られる可能性も高い。
そう判断したから、ル・ベリと寄生小虫達に命じて、うまく大うろまで誘導するようにしたのが小一時間ほど前のこと。
加えて彼らの"逃避"を補助するために、ル・ベリが調教成功していた森林縞虎達で適当に侵入者達を撹乱した。生存競争の相手であるから種族的な恨みが積もり積もっているのか、『痺れ大まだら蜘蛛』の肉片を使ったところ予想外に簡単に落ちたとのことである。
――そして。
大うろに寄りかかり、腕を組んで口笛を吹きながら待っていた俺の前に、目の前30メートル先の窪みから、藪をかき分けるようにして、ボロボロに薄汚れた貴族服みたいなものを着た男女が現れたのであった――若いな。
「……魔物に魔人!?」
青年の方が思わずといった感じで声を上げる。
待て、今なんつった。
「魔物」の方は分かる。俺の左右には筋骨隆々な螺旋獣のアルファと、歩く要塞である城壁獣のガンマがいるからな。
だが、この俺を一目見て「魔人」だと?
それから数秒の沈黙。
妙な魔素の流れが男女の間を駆け巡った、ような気がした。
【情報閲覧】でもかけようかと迷ったが、地響きを鳴らして左に侍っていたガンマが俺の目の前に立ったのは次の瞬間のこと。
【火】魔法の鋭い矢――というよりは「槍」と言って良い、攻撃魔法が飛来する。
運が悪かったな、青年。
今のガンマは【要塞獣】状態だ。
ガンマの背に"装備"された2種の【属性障壁花】のうち、【火属性障壁花】が直ちに反応し、火の槍をかき消した。続いてアルファがそこら辺にあった人の頭ほどもある岩を掴み、お返しとばかりに豪投する。ただ、これも何らかの防御魔法でも展開したのか、岩の勢いが急速に殺がれながら、地に落下した。
そこで一呼吸。
更なる追撃のためのクラウチングスタートを切ろうとしていたアルファを片手で制し、青年と少女に肩をすくめてみせる。
「一発は一発、今のでチャラにしておいてやる。そう血気にはやるんじゃないぞ? 若人達よ。挨拶もなしに"魔法"ぶち込んでくるなんてなぁ」
……と、ここでル・ベリの拷問が少し効果を表したのか、アムーゼとかいう名の侵入者の小隊長が【氷】魔法の使い手であることが分かった。所属は頑として答えないようだが。
ふむ。
「俺は別に【氷】の奴とも、【光】の奴とも関係無い。この森の善良なる『先住者』だよ、まずは鉾を収めてみ?」
無論、アルファに威圧させておくことは忘れない。
グッドポリス&バッドポリスってやつだ。
と、また数秒ほど男女が固まったように押し黙り――やっぱり妙な魔素、というよりは魔力の動きが感じられる。
俺か【魔素操作】に極振りした迷宮領主じゃなきゃ気づかんだろ、これ。
なんなんだ?
やがて男の方が顔を上げ、険しい顔で誰何してくる。
「……いつから、この禁域に?」
「お前達が生まれるよりも昔。アジール? はっは、ここがそんな名前で呼ばれるようになるよりも、さらに前から在ったさ」
うん。
「異界の裂け目」自体は500年前の【大戦】の余波で生まれたものがほとんどだから、間違ったことは言っていない、と思う。
「――迷宮領主」
少女の方が呟いた。
……やはり相当な知識を持っているんじゃないのかね、この二人は。
服装もボロボロだが、元はかなり身なりの良かったことが窺える、その程度の審美眼は持っているつもりだ。
これは、思わぬ拾い物になるかもしれないな。
「だったらどうする? 続きを戦るかい? 前門の虎と後門の狼を同時に相手するほど、お前らに余裕があるとは思えないな」
少女の方は気丈だが怪我しているように見える。
それに、別にそうなったらそうなったで構わない。
エイリアン達の対魔法使い戦の予行演習だ。【魔界】への入口となる大うろ内の銀色のモヤの向こう側には、"名付き"達含め「第2世代」の主力達を集結させつつあった。
「よくも俺の寝床にあれだけの侵入者を連れて来てくれたもんだ――さっき部下が一部隊壊滅させたけどな」
んむ。
また数秒黙りこんだな――今度は予期していたので即座に【情報閲覧】をかける。
良し、今回はMPが見えたな……ん? んお? MPが同時に1減ったぞ? 面妖な、何してやがるマジで。
と思ったところで、女の方が口を開く。
「……魔人様、その者達の中に【氷】魔法の使い手がいるのですか?」
下手に出てきやがったか。
さっきまでの張り詰めた態度が、霧散したように隠れている――ふうん。
青年の方は苦虫を噛み潰したような表情で、何かあればすぐにでも攻撃魔法を放ってきそうな物騒さは隠そうとしていないが。
「欲しいのか?」
「生かして捕らえているならば」
「仇か何かか?」
因縁がありそうだ。
そうだな、素直に考えれば、追っ手と追われ手というところか。女の方の声が少し震えていた。
「魔人、いや、魔人様……何が望みなんです? 俺達には――」
「あぁ、時間は無いとも。今、部下を使って残りの追っ手達をここへ集めさせているからな――そうそう、『痺れ大まだら蜘蛛』の巣は居心地が良かったか?」
「なっ……!?」
さぁ、考えろ。
「【魔人】や【迷宮領主】なんてもんについての知識があるなら――分かるだろ? お前達の逃げられる先は、もう一箇所しか残ってないぜ?」
選択肢を潰していく。
「……望み、か。逆に聞きたいね、俺の方が、お前達に」
「魔人様。他の者達を捕らえることは、できるのですか?」
「ミシェール!?」
女の方の名前はミシェールっと。
そして――何度か繰り返しかけている【情報閲覧】で、今度はようやく名前が表示された。
男はルク、そして二人共姓がリュグルソゥム……親戚? 兄妹?
「構わないとも。その覚悟があるのなら、是非とも俺の"庭"に匿ってやっても良いさ――ただし、俺の眷属達は気が荒い。連中とお前ら兄妹が区別できずに襲いかかるかもしれないな」
ここで口の端を釣り上げ、片眉だけひょいと上げるように、楽しそうな表情を見せつけてやる。
同時に【眷属心話】でガンマに命じて屈ませ、その背によいしょとよじ登る。
アルファに油断なく兄妹(仮)の指の動き一本まで監視させつつ、俺はガンマの背に揺られながら【魔界】へ悠々と帰還した。
ソルファイドとル・ベリが帰還したのはさらに2時間後である。
兄妹は一度は"裂け目"から離れていったが――30分も経たないうちに、さっきよりもボロボロになって戻ってきて、覚悟を決めた表情で【魔界】へ侵入した。
そしてその直後、十数人にまで撃ち減らされた"侵入者"達が現れる。




