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本編-0059 裂け目越えしをただ視る者

【93日目】


――さて。

ちょいと想定外(・・・)のことがあり、予定日より遅れているが、ようやくこの日が来た。

【魔界】なんぞに転移してしまってから約3ヶ月。

【魔人】なんぞに改造されてしまってから93日。

とりあえず、ようやく"人間"達の勢力圏への第一歩を踏み出せそうだ。


奴隷蟲(スレイブ)達を働かせて、【人界】への出口への障害となっていた"絶壁"に掘らせた階段を登り、見上げる。目の前に、というよりは頭上には薄銀色の水面のような波紋が広がり、先は不透明で見渡せない。

ただただ、銀の霧とも泉ともつかない"異界の裂け目"が【人界】への門となり、不規則に魔素と命素を噴き出していた。


幻想的ではある光景だが、忘れるなかれ、この「門」をくぐることは、それぞれ元いた【世界】における立場や地位などがリセットされるようなものだ。

それは「どちら側」から「どちら側」へ、であっても同じことだろう。

"異界の裂け目"を、欲にまみれた者が一攫千金を得るか屍を晒すかを選ぶことになる誘惑の象徴と見れば――なに、魔人も人間も大して変わらないだろう。【魔界】から【人界】へ行った者、という意味では俺が初めての実例である可能性も高いがな。テルミト伯の発言もあることだし。


慎重に。

慎重になって困ることなど何もない。


後に続くはソルファイドとル・ベリ。

グウィースはウーヌス達としばらく留守番であり、とりあえず好きに島の地上部を散策させている。


……感傷に浸っていても仕方ないな。

さぁ、行こうか。


そうしてさらに登っていく。

不透明でありながら"濁り"を感じない、フラクタルな波紋が揺蕩う『異界の裂け目』の銀の水面が、伸ばした手にすぐに触れられる位置まで見える。


この先(・・・)がどんな地形になっているかも、わかっている。

とりあえずは"裂け目"――水面から手を少し伸ばせば、手を引っ掛けることのできる「木のへり」があるはずだ。

ちょうど、フクロウか何かの住処みたいな、巨大な朽木『うろ』、その内側(・・)に"裂け目"が繋がっているのである。その事実が判明した時は、また「森」かよ、と呆れたものだが――民家のタンスに繋がってるよりはずっとマシだろうさ。


深呼吸を一つ。

何度も吟味し、反芻した【人界】側の出口周辺の情報を、改めて思い起こす。

巣窟花によって生み出された寄生小虫(パラサイト)達からかき集め、副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもに分析・整理させた情報によれば――【報いを揺藍する異星窟】の【人界】側出口周辺は、深い深い広大なる森のど真ん中に位置しているようだった。


……まあ、ここで最初に言った『想定外』のつまずきがあったんだがな。


パラサイトを宿した小鳥やネズミの類に「異界の裂け目」の向こう側へ送った直後のことだ。

【眷属心話】にせよ、それをエイリアン的同調能力によって拡張した副脳蟲(ブレイン)達の【エイリアンネットワーク】による意思伝達にせよ――著しく効率が落ちてしまったのである。

まるで電波の悪い場所で携帯電話をかけるが如く、テレビの砂嵐が頭の中に割り込んだかのような強烈なノイズが混じって、同じ内容を伝えるのでもかなり時間をかけてゆっくり慎重にやらなければならなくなったのである。


『きゅぴ! パラサイトちゃん達の声が、遅れて聞こえてくるんだよ?』


『口パク~?』


『やだなぁ、ウーノ。僕達にもパラサイトちゃん達にも口なんてないじゃない?』


これは、本当に予想外なことであった。

【魔界】と【人界】という両界のシステムが違うんじゃないか……とは薄々思ってはいたものの、それが原因とさえ思えるような"弊害"である。だが、迷宮領主(ダンジョンマスター)にとって「基本的」な技能たる【眷属心話】ですら、著しくその効率が低下してしまうなど――仮にも500年前に【大戦】を経験しているだろうに。


そんな重要そうなことに関する知識が、俺の迷宮核(ダンジョンコア)には無かったのである。


「過信は禁物って意味なのか。それともこの偏りには個人差があるのか……?」


そのくせ【人界】からの"侵入者"には3タイプ存在するとかいう、中途半端(・・・・)な知識はあるときた。


なんというか……最近感じるのだが、俺の迷宮核に存在する知識(・・)は、ただ偏ってるわけじゃない。ランダムに知識量に濃淡があるとかじゃなくて――こう、整理されてるものはトコトン詳しいのに対して、整理されてないものは本当に中学生の社会のノートかと思うぐらいの乱雑さを感じてしまうのである。


いやぁ。

こいつは、おかしいよなぁ?

何がおかしいかって、俺の体内に宿ったこの【蒼き涙】型とかいう『融合型』の迷宮核は――"生まれたて"ではなかったということなのだろうか?

俺は当初、迷宮核(ダンジョンコア)を通して手に入った知識の数々は、お節介なる【黒き神】が自らの寄子たる迷宮領主(ダンジョンマスター)達にこの世界の真実の一部を伝えるとともに――防衛者としての役割を果たさせるための最低限の講義(チュートリアル)をするためのもんだと思ってた。

多かれ少なかれ「同じような」知識はリッケルもテルミトも持っている、という前提で動いてきたが、この現象(・・・・)に対する無知は、それでは説明できない。


仮にチュートリアルだったとするならば、【人界】からの逆侵攻を防ぐ砦としての役割こそ重視されているのが"迷宮(ダンジョン)"である以上、こんな重要そうな情報が共通化されてないのは不自然だ。

【黒き神】は人界への情報収集すら厭っているとでもいうのだろうか?

そのくせ、『"裂け目"から這い出した魔物が人界で討伐されていることもある』だとか、『魔石を狙って命知らずな挑戦者達が訪れることもある』だとかみたいな、かなり【人界】を意識したような知識(・・)はあるというのに。


で、だ。

ここで思い出したいのが、迷宮核は迷宮領主を殺したものに移る――という知識(・・)

もし、移る(・・)のが迷宮核だけじゃなかったとしたら、どうだ?


例えば……"記憶"とか"知識"とか、な?


俺が大きな誤解をしているのではない、というならば。

少なくとも、俺には『前任者』がいた可能性がある。

こう考えれば、詳しいところは妙に詳しく、詳しくないところは妙に詳しくなく中途半端な「知識の偏り」について合理的に説明ができてしまうんだよなぁ。


『きゅ……創造主様、口を挟むのを許してほしいきゅぴ。創造主様は誰かさんを殺しちゃって、迷宮核さんを手に入れたわけじゃあないんだきゅぴ?』


おう、ぷるきゅぴども。

君達から真面目な、心配するような質問が来ると調子が狂うじゃあないか――まぁ、良い。

確かに、俺が「初日」に経験したこととと今の仮定は"殺されれば移る"という前提といきなり矛盾しているように見えるかもしれないが――俺の迷宮核は例外中の例外たる『融合型』だ。


例えば、そうだな。

"前任者"殿は殺されたが迷宮核は何らかの理由でそこに打ち捨てられた、とかはどうだ? あるいは相討ちになったため、殺した奴にも迷宮核は移らず野晒しにされた、て線だってあり得る。

死体? 朽ちたんだろ、骨や化石を残す生物が前任者の種族だって保証もないんだから、な。


ただ、まぁ仮に俺に『前任者』殿がいたからといって、最果て島はおろか地下洞窟にすら、ろくに手がついていなかったと見るならば、そいつは、大した活動もせず引きこもって寝てたんじゃないか疑惑はあるんだがな。

あるいは"なりたて"直後に殺された、とか。

……まぁ【人界】では眷属心話すら困難、という知識が無かったことは、逆に言えば前任者殿が【人界】行きはしていなかった、ということを示しているとも受け取れるが。ならば、少なくとも俺が【人界】へ行くことに関しては障害は無いと見るべきか?


――それでも、この予想が正しい場合『誰が』殺したのかは割りと重要ではあるんだがな。

もし、もしもだ。

殺した奴が【人界】から来た何者かで、しかもそいつが相討ちではなく『生き残った』パターンであれば……いや。


仮にそれを警戒して【人界】行きを止めたとして、俺に先があるか?

何のために必死こいて『母船』を作り、それも因子不足で行き詰まっていて、それを解消する希望も込めて【人界】行きのために、この日まで地道な情報分析活動を続けてきたというのか。


ここは攻めるべきだろう。

疑心暗鬼に覆われてこれ以上の時間をかけ過ぎれば、テルミト伯との化かし合いで決定的な遅れを生むことになる。

良くも悪くも、単純に"情報"が足りないのだ、この考察をこれ以上推し進めるには。"前任者"の存在だって、不自然な事柄を合理的に説明するための仮定の一つでしかない。


それならば、これ以上は予断か。

――これが1つ目(・・・)の『想定外』である。


気を取り直そう。

【人界】でのパラサイトによる探索に話を戻そう。


『きゅぴ! 創造主様、僕達がついているからどろ船に乗ったつもりで安心するんだよ! 考えることなら、任せて!』


『チーフ、チーフ、それを言うなら大船~』


『おう、普段からそれだけ殊勝で素直なら、もっといろいろ任せられるんだがなぁ。頼むぞ、副脳蟲(ぷるきゅぴ)ども――それじゃ、ちょいと"おさらい"と行こうか』


この「世界をまたぐ」影響による非効率性が直撃したのが、まさにウーヌス達だったわけだがな。

なんというか、パラサイト達には、もっと細かく計画的に「情報」の収集指示を出さなければならなかったんだよなぁ。こいつら【魔界】においてさえ、一問一答みたいな情報収集しかできないんだよ。

例えば「周囲には何がある?」という『問い』をパラサイトに予め出しておくと、寄生した生物の知能や感覚器官を利用して、パラサイトはその通りの情報を収集するわけだが、大まかにワンセンテンス程度のことしか覚えていられないのだ。


副脳蟲(ブレイン)達が同調によって情報を受け取れるのは、あくまでパラサイト達のゴマ粒以下の脳みそからであって、寄生先生物の脳ではない。だから、例えば「周囲には何がある?」という問いには「草」とか「土」とか「空気」とか、冗談じゃない回答が帰ってきてしまう。

しかも、一度「寄生」させた後だと、あらかじめ与えた『問い』を後から変えることは困難で、パラサイトは非常に愚直に死ぬまで(・・・・)その「一答」を保持し続け、状況に合わせて高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に更新するということをしないのである。


これに【人界】における通信不良と相まって――「一問一答」どころか「YesNo質問」状態にまで効率性が落ち込んでいるもんだから、どうしようもない。


ただし、パラサイトが悪いとも言い切れない。所詮はハサミと同じだ。

というのも、寄生させた生物の脳の大きさというか"神経伝達ネットワークの規模"によって、情報収集の効率具合に有意な差があることが観察されたからである。


そうだな、イメージとしては寄生される前と後で、元の生物の感覚と知能が数段階グレードダウンすると思ってくれ。

葉隠れ狼ならばネズミレベルに、ゴブリンなら犬猫レベルに落ちるといった具合だ。じゃあもっと知能の高い動物を中心に送れば良いじゃないかと思うかもしれないが、そう簡単な話でもない。

生物機能の規模の大きさと、パラサイトとしての情報収集能力は、どうにもトレードオフの関係にあるのである。

あまり小さな虫、小鳥やげっ歯類の類ではパラサイト自身の寿命は伸びるものの得られる情報がショボくなり、ゴブリンや葉隠れ狼のような大きな生物では情報を収集できる量は増えれど、パラサイト自身の負担が急増して寿命がすぐに切れる。充電し忘れた何年も使ったスマー◯フォン並みにすぐ切れる。


『きゅ……ゴブリンさん偵察隊さん計画は無理なの?』


『ほら、考えてみてチーフ! 【人界】さんでゴブリンさんの中のパラサイトちゃんがきゅう! って死んじゃったら、何が起こるか!』


――アンの言う通りだ。パラサイトの支配が解けた瞬間に自由への逃避行をキメられるのがオチしか見えねぇよ。それがどんな悪影響を引き起こすかは、可能性が小さいのだとしても、看過できる事態じゃあない。

まかり間違って"森"を抜け、地元の勢力に情報が漏れて調査隊だかを派遣される呼び水にでもなってしまったら、俺の構想は最序盤から粉微塵に吹っ飛びかねない。


結果、俺は「迅速さ」を捨てることにした。

毎日20~30のネズミや小鳥にパラサイト達を寄生させ、【人界】へ送り込み、地道で面倒な作業は全部ぷるきゅぴ達に押し付けて、その間をエイリアンの性能評価や島の開発指示、迷宮経済の切り詰め作業に――あと、俺自身の修練(ソルファイドの稽古)に費やすこととしたわけだ。


おかげで、最初は出口が"巨大な朽木の大うろ(・・・)"と繋がっていることさえ、確認するのに2日は要したわけだがな。

……慎重すぎると思うかい?

そりゃ俺なり配下の誰かなりをちょっと【人界】へ顔出させれば、こんなもん数分もかからずに確認できることだろうよ。


だが、俺は相対的に【人界】の常識に疎いことと――それ以上に、俺自身の「好奇心」を恐れた。

最低限、周辺の地理状況等を確認し、人間を始めとした交渉可能な知性種の有無や、現れる頻度を確認すること。例えば人里が近いか遠いかで【人界】側出口周囲を「領域」にするか、または徹底的に隠すか、初動が全く変わる。

それを怠って下手に【人界】へ俺がノコノコ出てみろ。

自分で言うのも恥ずかしい話だが、好奇心から遠出して一見さんの如くあれこれ見聞きし、不審者丸出しとなって警戒されるに決まっている。


せめて森の動植物や地理地形に周知していれば――常識に疎くとも、例えば"森に住む隠者"を装うことだってできよう。

何事も入りが大切であるわけだ。


こうして、テルミト伯との会談後の2週間あまり。

ひたすら地道な情報収集を重ねて、以下のことが判明したのであった。


1.人界側出口は"森"の中にある朽木の大きな「うろ」に繋がっている。

2.この"森"は最果て島よりも遥かに広大である。

3."森"には様々な鳥獣・魔物・オマケに「ゴブリン」が生息している。


……うーん、これはちょっと。いや、少し違和感があってな――こいつらのことは、また、機会を改めて言及しようと思う。上手く説明できないが、かなり不自然な感覚(・・)を禁じ得なくてな、話が長くなりそうなんだよ。


話を戻そう。

あと一つ、判明したことがある。


4.何者かの、ゴブリンとは明確に異なる『人間』と思われる者達の、生活の痕跡が発見された。


こいつが第2の(・・・)『想定外』だった。

焚き火の始末跡や、森の鳥獣を罠で捕らえ、刃物等による解体跡等、ゴブリンには到底不可能な"文明的"な痕跡があったと報告が入っている……サラっと述べているが、これらもパラサイト達への「YesNo」式問答で、結構な時間をかけて取得した情報である。


まぁ、そんなことよりこの"先住者"達だよ。

こいつらへの対応をどうするか考える必要が生じて、とりあえず、行動パターンなんかを割り出すのにさらに時間をかけねばならず、【人界】行きはずるずると遅れていったわけである。


……さて、さて。

彼または彼女または彼らを、如何(いか)にせん。

森にこもっている以上、文明を知らない原初の野蛮人かもしれないし、逆に何らかの事情があって隠れているのかもしれない。ごく普通に森で生計を立てる木こりだか猟師の類かもしれないし、それこそ俺が当初目論んだ"隠者"の類かもしれない。

だが、最果て島よりも大きな、それこそ横断するだけでも数十キロ以上下手したら百キロはあろうかという広大な森だ。今のところ外界との接続は皆無――であるならば、この先住者達の存在は貴重であるとも言える。

友好的に行くにせよ、敵対的に行くにせよ、この"第一村人"達から【人界】の情報を得られるチャンスである――条件が許せば、そのまま俺の迷宮へご招待(拉致)するのも一つの手だろうな?


『きゅぴ、創造主様のふくしゅう完了だきゅぴ!』


まぁ、こんなところか。

「エイリアンネットワーク」だけでなく【高速思考】と【並列思考】の力をも借りたため、実際に俺が"銀の水面"に向かって手を伸ばしたまま固まっていた時間は、さほどでもない。

少なくとも、ル・ベリが俺に「どうしました? 御方様」とでも言いかけたタイミングで、それを制するように俺が手を一度下ろして深呼吸する程度の時間しか経っていなかった。


そして、意を決して改めて手を伸ばし、人界へ通じる"異界の裂け目"たる銀の水面に触れて――。


真の(・・)『想定外』が発生したのは、まさにこの時だった。


   ***


『――重大な誓約違反を検出。対象「子爵」、個体名『オーマ』――』


刹那、時が止まったかのように引き伸ばされ、思考だけが異常に加速される。技能【高速思考】によるものとは異なる強制的な加速で、違和感が全身を押し包む。

その中で聞き慣れたシステム音と共に、痛みにも似た激痛が"銀水面"に触れた指から、電流のように手の甲へ、腕へ、上腕へ、肩へ首へと伝ってきた。

しかし、身体は鈍く、まるで着衣水泳でもしているかのように、空気が重くまとわりついてくるようで、引き戻すのさえじれったい。


何が起こった?

と思う間もなく、続くシステム音。


『――懲罰原理を執行……か……開……**¥¥+々々\>%%:――』


『――最上位介入を検知。特例を適用、懲罰原理を強制停止――』


また訳のわからないシステム音の後、意味のよく分からない痛みは、嘘のように消え失せていた。


「……御方様?」


俺の様子に異常でも察したのだろう。

今度こそ、ル・ベリの訝るような心配するような声。


「あぁ、気にするな。行くぞ」


その通り、気にしなくて良い。

今のよく分からない茶番のようなシステム音もそうだし、痛みもそうだ。

が――「最上位介入」という単語が聞こえた瞬間に、俺の意識の底からまるで泡のように浮かび上がってきた『視線』のことなど、話しても仕方ないだろう。

俺からは『それ』を見ることはできなかったが、確かに感じた。

何か、見つめられるだけで怖気立つような、全身から寒気が噴き出してくるような得体の知れない感覚……『視線』を。


はっはっは。

もはや、訝しみを通り越して呆れ笑いすら浮かび上がってくるね。


――当然のごとく、これも俺の"前任者"殿の知識には存在するわけがない、改めて確認するまでもない。


確かに、テルミト伯だって口を滑らせていたじゃあないか。

【人界】へ行くなどというのは「神をも恐れぬ(・・・・・・)不届きな」行為だって、な。

それと、例のシステム音が発していた意味不明な単語――『重大な誓約違反』によって、俺が処罰されようとしていたとでも言うのか? そしてそれが何者か(・・・)の『最上位介入』によってキャンセルされ……俺の【人界】行きが特例的に認められたってか?


これはもう、少なくともついさっきまで反芻していた「第1の想定外」については『迷宮核の知識="前任者"の記憶etc』と断定していいだろうよ、クソが。迷宮領主(ダンジョンマスター)が【人界】へ行くことは固く禁じられている――とかいう知識まで無いってのは、一体全体どういうことだ!


あぁ、柄にもなく怒りが収まらない。

……あの、体の内側はおろか心の奥底と記憶の水底までをも見透かされているかのような、深淵という言葉が相応しい、ただただ薄ら寒さを感じるだけの『視線』。


それが一体何者の視線であるのか、今は考えたくない。


「行くぞ。この目で確かめよう」


「御意」


「応」


ル・ベリとソルファイドの力強い答えを借りて自分自身の背中を押すように、止まらない「思考」から逃げるように、俺は息を止めながら"銀の水面"を潜った。

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