本編-0057 人界への探索準備
【88日目】
エイリアン=ファンガル種の一つ【巣窟花】が生み出す【寄生小虫】を【人界】に送り出しつつ――その特性や、より効率的な扱い方などを調査しているうちに、テルミト伯相手に大言壮語してから2週間弱が経過していた。
――結論から言えば、【人界】側の出口周辺の状況であるとか、かなりいろいろなことが判明したわけだが、そのことを語るのは少し後回しにしておこうと思う。
並行して、俺自身の迷宮でもいろいろと「研究開発」が進んでいたからである。
特に、この俺肝入りの、かなり大きな『プロジェクト』のスタートにまで漕ぎつけたわけだが――それも含めて、俺の迷宮の現状について話しておこうと思う。
まずは……そうだな、"因子"が1種新たに解析完了し、新種エイリアンが4種増えたことから紹介しておこうか。
『きゅぴぃ! 僕達の出番だね!』
出たな、ぷるきゅぴめ。
まぁ良い、好きにしてろ。今の俺は気分が良いのだ、ふふふ……。
<エイリアン種>
ヒュドラの行動パターンをさらに詳しく測るために、本格的な水中探索部隊の編成を考えているところである――考えているだけ、な。今すぐ量産、とは考えていない。
ただし、技術開発ならぬエイリアン開発自体は進めていく恩恵は大きい。
とりあえず"進化先"を拓いておけば、今すぐ量産せずとも、必要になった時には副脳蟲達を通して、保存臓に蓄えておいた『液体因子』を経由して進化させるのも容易いからである。
というわけで、リッケル撃退のために"水没"させた『環状迷路』から水抜きしつつも、「水槽」や「水路」を作成して突牙メダカ達の性能評価を本格化させており、その過程で、手持ちの因子で「水棲」エイリアンの「第3世代」が2種類ほど誕生したのであった。
【槍牙イッカク】 ◆因子:硬骨 ◆進化元:突牙メダカ
【硬骨】因子の影響を受けて、ファングフィッシュの"牙"がより発達したエイリアン種である……まぁ、言わずもがな、十字に割れたエイリアン的口吻はそのまんまなんだが、全体的には水棲系としての「正当進化」という感じである。
水中で泳ぎやすいように身体はさらに流線形で細長くなり、長く伸びた尻尾の先には海中の哺乳類じみた尾びれが発達しつつある。その代わり、両手足が水かきからヒレみたいなものに変異しつつあり、環境への適応が観察される。
大きさは大型のイルカぐらいにはなっているか――いや、水棲系を甘く見ていたかもしれない。
割りとでかいぞこいつ……ファングフィッシュ時代の2倍の大きさにはなってるんじゃないだろうか? 大人の人間を一人背中に乗せて、水上タクシーはできそうなほどがっしりした体格である。
そして、その名が表す最大の特徴であるところの"牙"。
――どう見ても2本生えてる気がするんだが、お主それでも「イッカク」と自己主張するのか、そうですか……。
螺旋状に捻れた"牙"が真っ直ぐ、2連カジキマグロみたいな感じで口の左右から突き出している。
とりあえず戦闘法としては、水中での突進からの一撃離脱、というところであろうか? いや、思いの外頭部と首周りが頑丈であるため、水中であの二本の槍のように突き出した牙をぶん回すということもできるわけか。
自然の生物であればどう考えてもエサを喰う時に邪魔な生え方だが――こいつはあくまで『俺の眷属』。必ずしも食事を必須としているわけではない、迷宮の眷属ならではの進化というわけだ、こういうパターンもあるのな。
ふむ、数で押したらヒュドラに傷ぐらいはつけられるだろうか?
いや、これでもまだまだ体格差が酷いだろうな。ただ、数で押すタイプのファングフィッシュよりは耐久力がありそうだから――ヒュドラに喰わせること覚悟ならば、そろそろいけるか? ……まぁ、まだだ。まだ焦らなくても良いが、ウーヌス達にプランは準備させておかなければな。
【千腕ザメ】 ◆因子:伸縮筋 ◆進化元:突牙メダカ
巨大な頭部が体長の3分の1は占めており、咬筋力全振りといった具合で、牙が退化し始めている代わりに、食いちぎることに特化したノコギリ状の"歯"が並んでいる。また、頭部から背中にかけて何本もの"背びれ"がステゴサウルスみたいに乱立しており、そこだけ捉えればなるほど、名前の通り"鮫"に見えなくもない。
一方、前足がまるで霊長類……というか人間みたいに五指が発達した"手"に変異しているのが、実にキモい。物を掴んだり、比較的自由に動かすことができる上に"水かき"が生えていて、水棲生物として実にアンバランスで、不安定になるような造形。
だが、まぁ下半身のおぞましさに比べれば、それも可愛いものかもしれない。
なにせこいつの下半身は、タコかイソギンチャクじみた8本の触手+2本の触腕に変異しているのである。
いや、マジで。
サメの上半身にイカの下半身を接合した上で、オマケで人間の両腕をヒレの代わりに取り付けたら、こんな感じになるだろうというトンデモな姿であった。
だが、この見た目。
何か頭の中で引っかかるんだよねぇ……。
いや……ちょっと待て、お前はどこの改造生物だ? いかんいかん。
『足の数はタコじゃなくてイカだからセーフだきゅぴ?』
『触れるでない、ウーヌス君』
ごほん。
斯様に奇抜でトンデモな見た目ではあるが、水中での戦闘力自体はかなり高いと思われる。
両手の水かきと下半身の触手・触腕を器用に動かして自在に泳ぎ回り、必要があれば地上に這い上がって来る。触手さばきもル・ベリには敵わないが、水中ではまた話が違う。試しに、さっきの"槍牙イッカク"と模擬戦させたところで――文字通りの意味の「絡め手」によって一本勝ちしていた。
その大顎による食いちぎりはどちらかというとオマケであり、蛇だかタコだかみたいに、獲物をがんじがらめに拘束して水中へ引きずり込んで、何時間でも持久戦を繰り広げて弱らせるという忍耐強い戦い方をするのである。
さて。
ひとまず水棲系の新エイリアンについてはこんなところとしておこう。
待ちきれずに"生け簀"を作ったりしてしまったわけだが、【人界】への進出を控えている今、主要な防衛施設である『環状迷路』の復旧は優先事項の一つではあるからな。
とりあえず、ファングフィッシュ達とイッカクとタコ鮫は、環状迷路内に巡らせた"水路"を自由に泳がせることにしておいた。
「のる!」
「ええい、待て! グウィース、じっとしてろというに!」
……。
緑色の幼児が、千腕サメを見つけた途端、目をキラキラさせつつも、決意の表情で一直線に走ってくる――下半身の根と枝を器用にカサカサ移動させながら、だが。
そして、ル・ベリが止めるのも待たずにタコ鮫の背中へ。しかし、タコ鮫は意外にも肌が弱いのか、グウィースの"植物"による刺激を嫌って、触手と触腕を器用に動かしてグウィースを追い払おうとする。だが、そこは魔人樹幼児も然る者、自身の下半身と両腕を「根枝」モードに変えて対抗する。
そこにグウィースを連れ戻そうとしたル・ベリが、贅沢にも「10本鞭」を使いだしたもんだから――これはなんとも高度な触手戦、時代はまさに触手三国志……いかん、いかん、つい見とれてくだらないことを考えてしまった。
話を戻そう。
次は本日の"目玉"商品だ。
<ファンガル種>
【観視花】 ◆因子:探知 ◆進化元:奴隷蟲
心優しいテルミト伯サマが気前よく譲ってくれた【飛来する目玉】達から、ついに【探知】因子が解析完了した。
それによって、新たにファンガル種の「第2世代」として拓かれた新系統である。
見た目はファンガル種達の例に漏れず、なかなかキツイんだよなぁ……"目玉"の視神経が茎と根っこみたいに地面に屹立した、悪趣味な植物みたいな造形である。その上に、まん丸なピンク色の肉塊が"白目"として、その央に巨大な水晶体が"黒目と虹彩"として『目玉』を擬した肉塊が蠢いている。
だが、なんというべきかな、肉々しい存在であるはずなのに――どこか"人工"感を感じるのだ。奇才の芸術家が肉塊で作った「機械」かの如く、水晶体が無機質な雰囲気を漂わせつつ、耐えず周囲を見回しているのである。
でまぁ、すぐに『性能評価室』でその探知能力をいろいろ試したところ、とりあえず風景に擬態した【絞首蛇】程度は余裕で看破可能であることが分かった。
当然、その"探知"能力は、無論「視覚」だけではない。音、臭い、体温、空気の震えから魔素と命素の気配はおろか、魔法の発動すら感知することがなんとなく分かったのである……というのも、現状俺が使える魔法が貧弱であるために、能力の限界を測り損ねたというのが正しいが。
ともあれ、これは隠れた敵の発見に非常な効果を示すだろう。
『司令室』など重要な施設や、迷宮内の交通の結節点などに配置することで、不意の襲撃への備えが増すだろうよ。
……ただ、観視花自体は非常に貧弱であり、ある程度は狩られてしまうということも念頭に置く必要はあるかもしれない。"目"であることが判明すれば、真っ先に狙われる対象になるからな、この手の存在ってのは。俺だってテルミト伯と前哨戦をする時には、奴の【飛来する目玉】を野放しにする気なんて全くないわけで。
――まぁ、これについてはある程度「装備」によって解消できる部分はあるか。
幸い、観視花自体の大きさはファンガル種としては結構小さい方であり、動きづらくはなるが走狗蟲にも1株だったらギリギリ搭載可能――移動能力を持った即席の監視カメラの出来上がり、というわけだ。
こいつをさらに地上の島の各地にも配置すれば、ヒュドラの動きを追うための部隊を別任務に割り当てられるようになるし、テルミト伯の【飛来する目玉】どもへの対抗にもなるだろう。協力体制を結んだとはいえ、奴は何も言わずに引き続き【飛来する目玉】を定期的に送り込んできていやがる。
前に一回一網打尽にしてやったことからかなり警戒されて、もう簡単には入ってこないが――因子絞り的な意味ではもう用済みだからな。逆にこっちから監視してやって、近づいてきたら飛行部隊で追い払うか、狩り尽くす。
計測したところ、純粋な"感知範囲"だけで言えば【飛来する目玉】に軍配が上がるようだが、こちらの【観視花】は「視覚」以外による探知も可能なのだ。例えば、目玉どもからは見えにくい位置に隠せば、こちらから一方的に相手の動きを把握することも容易だろうよ。
【情報戦】での不利が一気に覆ったわけだな。
『プロジェクト』のために、パトロール部隊すらもギリギリまで「最小のエイリアン数」で回せるように切り詰めている最中である。
こういった特性を持った存在というのは、とてもとても有り難いことである。
【培養臓】 ◆因子:命素適応 ◆進化元:揺籃臓
さて、さて。
本日の本命だ。
エイリアンの"卵"を産む【産卵臓】。
それが胞化して、エイリアン以外の"胎児"をも育む【揺藍臓】。
そして、これがさらに胞化したるその名は【培養臓】である。
見た目は半透明の外から中が見れる水槽、とでも言うべきか。
だが、無論固いガラスに囲まれた直角的な形状などではない。
喩えるならばゴム質な肉と皮でできた、巨大水風船のようなものだろう。ところどころに皮とも膜ともつかない"薄い"半透明な箇所があって、そこから内部のドロリとした緑色のエイリアン液体がうっすらと見え――不透明度はそこそこ高いものの、中に突っ込まれた生物が育成されていく様子が、ようっく確認できるのである。
というか"骨格"はむしろ頑丈である。
しっかりと大地に根を下ろす切り株のような肉塊が、その上部に、人間だったら余裕で数人は「浸かる」ことのできる大きさのバイオな"培養槽"を備えている、それが【培養臓】の姿であった。
つい先ほど胞化が終わったばかりである。
……遡れば、対リッケル戦の前からこっそり胞化させて、その誕生を今か今かと待ち続けてきていたんだがな。ここまで待たされたというわけだ――さすがは「第4世代」といったところだが、この変異の遅さはエイリアン種の方ではもっと過剰になることが予想される。
まぁ、ともあれ念願の【培養臓】が手に入った。
これで『ゴブリン工場』の稼働が、本格化させられるというものである。
「ル・ベリ、待った甲斐があったな」
「御方様にはご機嫌麗しく……"第一陣"が20匹、いつでも投入準備ができております」
ル・ベリが言っているのは、ゴブリンの『品種改良場』でひとまず"生産"させた仔ゴブリン達のことである。
次々とゴブリンを交配させ、孕んだ雌ゴブリンを【揺藍臓】へ放り込み、わずか数日~1週間で産まれた仔ゴブリンを『培養臓』に放り込んで、どうなるかを試す。
この第4世代ファンガル種が俺の想像通りの特性であれば――現在の「労働力問題」は一気に改善に向かうだろう。
「初期の稼働状況だけ、ひとまずは【農務卿】としてテストしていてくれ。作業の流れが大体決まったら、後は一旦副脳蟲達に引き継ぐように……【人界】に同行してもらわないといけないからなぁ」
「御意。御方様のお供をできること、心よりの栄光でございます」
『きゅぴ……今日はこれだけ? もっと紹介さんがしたいんだよ!』
『そう思うんなら、もっとキリキリ働くんだな――最果て島での因子探索は頭打ちだ。これ以上は、一旦は【人界】に活路を見出さなければな』
『そうだったきゅぴ! むむむ、僕達の進化さんに必要な因子の匂いはこっちか!?』
そう言いつつ、またタクシー代わりにアルファを呼びつけてぷるる脳みそが6体、巣窟花の群生地まで去っていく。
全く、なんなんだこの生物どもは……だが、連中が嫌に張り切っているのにも、実は理由がある。
それを説明するために、とりあえずウーヌスに雑事を押し付けられて置いてかれたドゥオとトレースに【情報閲覧】をすると――。
・貴化:賢者蟲(※必要因子が足りません)
という項目が、他のエイリアンで言うと「進化」「胞化」と表示される箇所に出現していたのである。
そう。
ついに、副脳蟲の進化先が現れたのである。
タイミング的には【因子:探知】を解析した後だったから、ほぼ確実に探知因子によるものだろうが――さらに追加で、別の因子が必要であると来たか。これは、と思って他にも複数因子で進化するパターンが存在するのかとエイリアン達を片っ端から【情報閲覧】していったが、相変わらずの「???」表示であり判然としない。
あるいは、副脳蟲だけが特殊なのかもしれないが。
ともあれ、エイリアン種が「進化」、ファンガル種が「胞化」で、ブレイン種が「貴化」ねぇ。
とりあえず"貴化"が可能そうだぞーとだけ伝えたところ、ぷるきゅぴどもは三日三晩「わーいの会」を開いてお祭り騒ぎだったわけだが、いや実は追加の因子が必要なのだよと上げて落としたため、「わーいの会」が「えーんの会」になったのがつい昨日の話。
まぁ、今は粛々と【人界】の探索準備を進めていくしかないわけである。
てなわけで、きゅぴきゅぴ会議は置いておいて――次の「プロジェクト」現場のチェックに向かおう。
今はル・ベリが監督しているはずだ。
――これまで勿体つけて、説明を後回しにしてきた話でもある。
リッケル子爵戦を終えてから、俺はかなり思い切った軍縮に舵を切った。
【変換花】も加えて、魔石命石経済フロー的には圧倒的な"余裕"があるにも関わらず、リッケルとの戦いで減った戦闘部隊の補充は必要最低限に留めている。切り詰めに切り詰め――島を回す上で、必要最小限ギリギリの限界まで効率化させて、その分のリソースを全て奴隷蟲を大量産するのに充てている。
百や二百じゃないし、千でも二千でもないぞ。
奴隷蟲だけなら、今は下手すりゃ万に達する勢いだぞ、冗談抜きに。
そこまで労働力を過剰生産して、今何をしているのかって?
この機に、最果て島の開発を地上も地下も一挙に進めてしまおうってのもそうだが――その後は大量に必要になるのさ。【肉塊花】と【触肢花】、そして【鶴翼花】と――【陽魔変換花】【陽命変換花】。後は少々の【風属性砲撃花】がな。
こいつは、故リッケル子爵がヒュドラをスルーするために作った「偽の流刑船」から着想を得たアイディアなんだが――。
エイリアンと言えば『飛行母船(生体)』だろ?




