本編-0055 魔素と魔法と副職業(サブクラス)
口の端を歪めてくつくつと笑い出す俺を、ソルファイドが【心眼】を通して観察している気配が伝わってきた。
「なぁ、ソルファイド。【魔法】と【武技】が原理は同じって言ったら驚くか?」
「……主殿の言うことの意味がわからないな」
「じゃ聞き方を変えるよ。お前は"魔法"を使えるか?」
少し考えこんでからソルファイドが答える。
「竜人は人に近いが――"神の似姿"たる人間ほどは、魔力に適性を持たない、と聞いたことがある」
ちょっと待て。
違うそうじゃない。そんなNew情報は想定していなかった。
――俺は即座に「神の似姿」というキーワードを迷宮核の知識の中から拾い出す。
出るわ出るわ、関連キーワード……ええっと、なになに?
「【暗黒】と呼ばれた時代」
「始祖の十二人」
「エッカの聖蹟」
「セケナ岸壁の誓い」
「黒帝戦役」
へぇ、ふーん。
……長い。わからん。
まぁ、"竜と人の因縁"が厄介なもんだと再確認できただけで良しとするか。
このことは今は聞かなかったことにしよう。話が神話にまで及んでいて、今落ち着いて分析できるような話でもなければ、すぐ目の前で役立つ知識でもないし、中長期的にも優先度は低い知識だ、これ。
500年前とされる"大戦"の昔、ソルファイドの系譜である【竜帝国】よりもさらに昔の伝説はねぇ――パスで。
「はぁ……なるほど。お前に聞いた俺のミスだったわ」
話を戻そう。別にソルファイドを馬鹿にしたわけではなく、類推によるものだ。
少なくとも【人界】において、内なる命素の扱い方は生物に属する者にとっては、技能にすらならないほど当たり前の能力なんじゃないかと考えたのである。
ソルファイドもごく普通に修行で、彼の師から【武技】を学んだという。
逆に言えば……魔素――魔法に関しても同じだろう。
だが、【魔人族】がわざわざ種族技能で【魔素吸収】だの【魔法適性】だのを持っていることから考えると、命素ほど誰でもというわけではないのかもしれない。
だから、『命素』のルールを看破した【魔人】である俺には、できるはずなのだ。
"内なる魔素"に意識を向け、それを全身の細胞の隅々にまで行き渡らせるように、気功のように丹田を意識しながら体中の血管に魔素を乗せて巡らせる。
それを単に意識するだけでなく、実際に【魔素操作】によって精緻な心身一体に集中を研ぎ澄ませる。
そして――。
***
『命素』を迸らせる、つまり【武技】の発動時は、全身の筋肉や細胞の奥から"熱"がせり上がるような高揚感を感じる。
一方で、『魔素』を迸らせる感覚は反対に"冷える"というのが正しいかもしれない。ただこれは、俺が【迷宮領主】として魔素と命素に非常に敏感であるから分かるという程度の違いである。
体内の『魔素』を【魔力】に変換するというのは、隅々まで行き渡らせる命素とは異なり、隅々からかき集めるというイメージだ。
そうして肉体から剥がしたエネルギーみたいなものが純粋な魔力の素であり、これを自分の適性に応じた属性の「魔法」の発動に繋げるのである。
……ふむ。
【武技】にせよ、どちらも発動にMPを使っているところからして、MPのMは「Magic」ではなく「Mind」なのかもしれない。
魔法のエネルギーそれ自体は体内から滲み出る「内なる魔素」によるもので、MPは言わばライターの火花――発動し現象を起こす上での着火の役しか果たしていないんじゃないかな。
無論、大きな力を伴うものは相応に消費するわけだから、機能的には別にMagicだろうがMindだろうが変わらないが。
「きもちいー」
ところで今何をしているかって?
【風魔法】の実験だよ。
結論から言えば、今の俺は【火】と【風】の魔法を使うことができ、これがちょうど解析済みの【属性適応】系の因子と対応しているのだ。
多分偶然ではないのだろう。俺、というよりは称号であり迷宮領主としての性質を大きく左右する要素である【エイリアン使い】において、よもや「因子」システムが単にエイリアン達の進化に関わる以外の意味を持つとはな。
こうなりゃ他の属性適応因子が欲しいぞ、マジで。
思えば結構な数のゴブリンを"搾った"はずなんだが、種族的な制約でもあるのか、火や風以外は採れなかったんだよね。【人界】で――上手いこと手に入らないかね? 無論、強硬手段はあくまで最後の手段。
普通の「人間」達がどんな手段で属性適正が決まるかはわからないが、解析することで使えるようになってしまうとすれば、俺はなかなか……いや。
スキルテーブルで出てくる様々な技能の「傾向」を俺なりに考えるに、例えば【火魔法強化】みたいな技能があってもおかしくはない。そういうのを俺は手に入れているわけではないから、現状は器用貧乏に毛が生えたようなものでしかない、とも言えるかもしれない。
……そして、【風魔法】実験の副産物。
たまたま魔人樹グウィースが「しーしー」している場面に通りがかったんだが、戯れに風魔法【小さき風】を浴びせてみたんだよ。30秒でMP消費1という使い所のよくわからない魔法だが、たちまちのうちに洞窟内に爽やかなマイナスイオンぽい香りが拡がって――なんと半径30メートル以内に入ってきた奴隷蟲や走狗蟲達の移動速度が1割増しになってしまった。
え、なにその強化効果は。
しかもエイリアン……というよりは「人間」系以外限定ぽいし。
訳の分からん観葉植物め。
『ブルーハワイの香りきゅぴ』
『ウーヌスさま、なあにそれ?』×2
『ドゥオ、トレース、君たちにも教える時が来たきゅぴ。創造主様の頭を覗いて、「おいしいもの」記憶をちょちょいのちょいで――』
来たか、ぷるきゅぴども。
だが今日の俺はいつもと一味違うぞ……ほれ。
『きゅぴぃぃいいいぃぃいいい!? 辛いよおおおおお!』×8
副脳蟲どもが俺の記憶や知識を勝手に覗くパターンがつかめてきたのだ。
そしてそのタイミングに合わせて、例えば今回の「おいしいもの」記憶の場合、ウーヌス達が見ようとした多分なんか甘味の記憶を別のもので上書きしてやれば良い、というわけだ。
激辛唐辛子豚骨ラーメンは、脳みそでできたお子様にはキツイ味だろうねぇ……。
『鬼! 悪魔! 猫舌!』
『少しは自重を覚えろお前ら』
魔法を扱う際には何らかの「属性」への適性や適応があることが必要であり、それが無い場合には、魔力の"力み"で止まって延々空回りするだけとなってしまう。
で、属性についてだが――迷宮核の知識によれば、大きく分けて2系統15種類というのが基本らしい。
【元素系】――火・水・地・風・雷・光・闇
【変質系】――肉体・精神・付与・活性・死・均衡・崩壊・混沌
んむ。
「元素」系は、自然現象的なサムシングを思えばまだ何となく理解できるが……「変質」系はなんぞや。たとえば【癒しの術】なんていう分かりやすい治療魔術なんてのは『活性』の属性にあたるという感じだが、属性は別に機能的な分類ではないらしく、大概の【魔法】は属性が複合していたりする。
そして――訳が分からないものの一つに【空間魔法】が知識からは確認されるが、なんと全元素属性+均衡&崩壊というトンデモハイブリット。
言葉だけ捉えるなら「均衡」と「崩壊」を混ぜるのはどんなジンテーゼを目指すのか小一時間問い詰めたいところだが。
まぁ、考察しだすとキリなんて無いわけだが、俺はあくまで迷宮領主であって魔道士や研究者を目指すわけでは無し。今は【火】と【風】の魔法に集中してれば良いだろう。機に恵まれれば属性因子コンプリートが早まるかもしれないだけのこと。
人界も魔界も含めた「この世界」の成り立ちだとか、神話だの形而上概念的な話にまで迷宮核の知識が及んでいたため、さすがの俺でもげんなりした気分になった。
いや、興味が無いわけじゃないんだけどな。
俺自身が使えるようになってから考えれば良い。
で、とりあえず【火】の魔法で試してみたのが【灯火】と【火炎の玉】の魔法。
試してみたは良いんだが……かなり燃費悪いわこれ。
人差し指の上にロウソク大の灯火を点けるだけで10秒に1ほどMPが減っていくし、火の大きさを2倍にするとMP消費が8倍にもなる。
それから【火炎の球】にしてもハンドボール大のを生み出すだけでMP80は持ってかれるため、今の俺でも4~5発が限度。
多分魔法使い系の職業には【MP強化】だとか【消費MP削減】みたいな技能があると予想されるが、そういうのが無いとなかなか、俺自身の戦闘手段として運用するには不安が残る。
おまけに、第三の発見なんだが、MPを使い切るとその場でぶっ倒れてしまうということも判明した。
【武技】もMP消費してたよな、そういえば。
戦闘中に気絶してぶっ倒れるとか笑えない笑い話すぎてどうしようもないが、そこら辺どうなんだ、爺さんや。
「竜人は100年は生きるから、俺はまだ若いぞ主殿」
違うそうじゃない。
どうして君はそんなに真面目なんだ!
「……そのような状況に追い込まれないための鍛錬だ」
ア、ハイ。
まぁ魔力管理という点では、やはり本職には敵わないか……ん? そういえば。
ふと気づくことがあったので、ステータスを表示して【副職業】欄に触れてみる。
すると、ル・ベリの時のような選択ウィンドウが表示された。
<副職業選択>
・槍戦士
・四元素術士
・火刑槍戦士
「ふおおお!」
いかん、思わず変な歓声が。
顔を上げるとソルファイドがなんか【心眼】で盲目周りの筋肉をぴくぴくさせてる。こっち見んな。
話を副職業に戻すと、【火刑槍戦士】が灰色になっていて選択不可能になっている一方で、【四元素術士】は黄色文字であり選択できる――つまり転職可能。
この選択画面を開けたことそれ自体も意味があるわけだが、黄色文字と灰色文字の違いはなんだろね。前提が必要な上級職なのか、はたまた別の条件か。たとえば時間経過とか、【槍戦士】の技能と【火】に関する技能をいくつか取るとかすると、転職が可能になるみたいな?
まぁ、選択肢が増えるというのは佳きこと哉。
称号『客人』の固有技能【経験点倍加】によって技能点を稼ぎやすいことを考えると、副職業をどう選ぶかという嬉しい悩みは困るものではない。
……そうだ、比較的自由に行き来できるならば、めぼしそうな技能だけ1点振って【継承技能】に放り込んでキープしておくのも一つの手だろう。
その意味でも少し技能点を残しておくべきだったか?
うーん。
選択可能であるからにはいいとこ取りをしたいのが人情というもの……よし、とりあえず【四元素術士】に"転職"してみよう。
選択ウィンドゥから文字を選択。
すると――全身に湧き起こる違和感。なんだこりゃ。
……あぁ、ゼロスキルが全て抜け落ちるから、パッシブ効果が切り替わる感覚というわけか? まぁいい。スキルテーブルを見てみますかね。
ふむ。
その名の通り『元素系』の魔法属性の中でもさらに基本にして根幹たる「四大元素」の操作に特化したクラスだ。
ビルドもシンプルなもんで、水火地風それぞれを純粋に強化していくものに分かれており、対応した属性魔法の扱いに関してはまさにスペシャリストといったところ。だが、そこに至るまでの前提技能点がそこそこ重く、下手に複数属性を欲張ると長い間器用貧乏になってしまう、といったところか。
【詠唱短縮】やら【消費削減】系が属性ごとに限定されているところも汎用性を無くしている原因で、個人で活動したいタイプには向かない。あと全体的に技能が攻勢用のものに寄り過ぎているな。
他の職業では存在した【心得】系も無し……ふうん、そういうパターンもあるのか。
まぁ、丁寧に一つの属性に特化させていけば、この職業であるというだけでそれなりに強力な魔法使いにはなれるのだろう。面白いのが「交感法」なる技能で、説明を見る限りは属性「それ自体」への適応を強化するというもの。
単純な魔法の威力や発動の効率化などとは次元が一つ違う効果があるようにも読めるが――今一つ抽象的なところがあって、詳細は実際に体感しなければわからなさそうではある。だが、これを他の「魔法系」職業とひと味違うものにはしているのかもしれないが、ここまでたどり着く者が現実にはどれだけいるのかも今の状況じゃよくわからないな。
んーむ。
明確な役割分担のあるパーティなんかで、弱点をしっかり補ってもらえれば、比較的若いうちから特定属性のエキスパートとして活躍できるだろうが、正直、ピーキー臭が否定しきれない。それは俺の目指す方向性とは違う。
理想はもっと防御寄りの、パッシブ効果なんかが多めのスキルテーブルを持った職業だなぁ。
正直、俺自身をどこまで鍛えるかは、空いた時間を使ってというところだろうし、技能点を振って技能ランクを急激に上げたところで、それを使いこなす「経験」が無ければ意味が無い面も大きいだろう。
ソルファイドのような熟練の戦士とて囲まれれば一巻の終わりである以上、俺が心がけるべきは危険にさらされた時に、援軍や味方が駆けつけるまでの時間を稼ぐことと。
「最初の一撃」で討ち取られないようにするべきであって、派手な攻撃魔法をぶっ放して注目を浴びることではない、というわけだ。MPだって、魔法よりは迷宮領主としての能力を使うのが第一義だしな。
……点を振るほどじゃないが、だからゼロスキルによるパッシブ効果でどちらがマシかという話だ。
使える魔法が増え、俺自身がより魔法に習熟してからでなければ【四元素術士】は恩恵が薄かろう。ここは身体強化を期待して、【槍戦士】に戻しておくかな。
そこまで考えたところで、副脳蟲達から報告。
『きゅぴ! 創造主様にご報告だよ! 「目玉狩り」作戦大成功だよ!』
ナイスタイミングだ。
待ちに待った。
『司令室に全員集めろ、"円卓会議”だ。ル・ベリもそろそろ「改造」が完了するはずだしな』
さて。
ウーヌス達を通して密かに実行させていた「目玉狩り」で一定の成果が出たようだが……単に【探知】因子を"解析完了"させることだけが、これの目的ではない。
あるものは全部利用する。騙し不意打ち何でもござれな【魔界】戦国時代で、俺もまた敵の裏を書くような行動をしていかなければならない。
一芝居打つ。別に役者じゃないが、役者魂を見せてやろう。
テルミト伯への牽制として、まずは一手。




