本編-0049 対リッケル子爵戦~狂樹の火葬
火で焼かれ炭化させられる強制的な変化と異なり、「枯れ死に」の本質は急速に「水分」を失うことである。
そのため、本来的には植物を潤すはずの水が熱湯となって降りかかる時、ちょうどバーナーで炙られるのと同じように、逆に内側の「水分」が急激に高温化することで逃げてしまい――硬い組織ばかり残る、すなわち"枯れる"現象に繋がる。
そうした前の世界での「科学」的な思考がどれだけ【魔界】で通用するかは、オーマにとっては賭けであった。
ところで、海水を利用しようとしていたのは、実はリッケル子爵も同様であった。
それなりのリソースを割いてヒュドラを足止めし、「入江」の確保に拘ったのは、『生産拠点』への焼き討ちを回避するためだけではない。もう一つの狙いは、海底に通じる「根」を伸ばした上で、ポンプのように大量の水分を輸送することができるようにした上で、竜人の"火"への対抗策とすること。
焼け石にコップ一杯の水では足りないが、プール一杯の海水ならばどうか?
さしもの「火竜の末裔」にして先祖返りした実力を持つソルファイドとはいえ、海を干上がらせるほどの熱量を生み出すことはできない。
従って、もしオーマの策が単に地下坑道を「水没」させるだけの単純なものだったならば、塩気で根腐れさせるだとか浸透圧で萎びるだとかを狙う以前に、リッケルの【根ノ城】による痛烈な逆撃を受けていただろう。
この戦いにおいて、天秤がオーマに傾いた所以を挙げるとすれば、リッケルが迷宮抗争の定石にとらわれ過ぎたことが最たるものだった――特に【属性】の相性に関する理解についてである。
眷属同士の闘争において魔法的な【属性】とは、植物が火に弱い、だから火を警戒する、という単純な相性だけで語れるものではない。わかりやすい例を挙げれば、オーマが【エイリアン使い】でありながら炎舞ホタルや火属性砲撃花といった"火"属性に適した眷属を生み出せたのと同様に、【樹木使い】とて使役可能な"植物系"の眷属には、【火喰い草】や【獄炎楓】といった火属性を併せ持つ者、また【雪マンドラゴラ】【凍結トレント】【樹氷のゴーレム】【豪雪のエント】といった氷属性を併せ持つ者など、属性の枠を越えた上位の魔物も存在していたのである。
それを、【人体使い】にあまりに強く焦がれたために【偽獣】系統の植物系魔物に傾注しすぎた結果、確かに【偽人】という、まさに【樹木使い】の能力を【人体使い】に近づけたという学術的には重要な成果は上げたものの、支配し侵略し戦うことを宿命付けられた迷宮領主としては、自らの迷宮の対応力を狭めてしまったと言える。
――だが、熱湯と高温の蒸気に晒され全身を構成する芽枝葉蔓幹根花を炙られ、急速に枯死させていきながらも、なおリッケル子爵は足掻いていた。
鉄砲水ならぬ鉄砲湯に押し潰されつつ、尚も【欺竜】はジリジリと動くことができたのである。
熱さや痛みの感覚こそ【枝垂れる傷の巣】で眠る"本体"へ伝わらないが、仮初の【偽人】の肉体が崩壊しつつあることで「繋がり」が弱まり、熱湯と蒸気に意識さえもが押し流されてしまうような解脱感。
しかし今このタイミングで「戻る」ことは……監視しているであろうテルミト伯に、己の敗北が確定したことを伝える良い徴でしかない。
(まだだ……まだ、例え敗死しようとも、僕には成すべきことがあるんだ……!)
必死に意識を繋ぎ止めつつ、偽ヒュドラをジリジリと動かし自らの側へ近づけ。
そして魔素操作と命素操作が可能な範囲まで、熱湯をなんとか押しのけつつ近づけ、固有技能【根枝一体】により【偽人】の肉体を操り、偽ヒュドラへ伸ばして絡みつかせ――。
***
迷宮領主の眷属生成や、施設生成には【○○使い】ごとに異なるルールがある。
それもかなり、それぞれの迷宮領主自身の「認識」に最適化された自由自在な形態でだが――例えば俺自身の【エイリアン使い】であれば、眷属であるエイリアン達はおろか施設(だよな?)であるファンガル種達ですらも、全てが必ず【幼蟲】からスタートしなければならない。
リッケル子爵との戦闘で明白のものとなったが、上位個体の補充に非常に時間がかかるのである。
一方で主に【産卵臓】や【揺籃臓】の存在から、下位個体の補充は比較的速くできる……リッケル子爵の補充速度が俺を越えていたのは、ありゃ"力技"なわけで。
もし俺が奴と同じ条件と同じ蓄えを持っていたならば、例えば【産卵臓】200基設置とかすりゃ"力技"で似たような補充速度にできる。
対してリッケル子爵の【樹木使い】については、植物の【成長】に擬した眷属と施設の生成ルールがあるのではないか、と俺は分析をした。
【偽獣】は必ず【林】から生み出されていたし、【虚獣】は偽獣達の成長合体によって、偽ヒュドラもまた本質的には【偽獣】と同様であるため、大元となる【種】がある、と。
であるならば、だ。
【種】をばら撒く大元を叩けば良い。
それは――侵攻してきたリッケル子爵の動きを考えれば、何のことはない、奴が【眷属同化】を利用した仮初の肉体として活用している、例の【偽人】とかいう肉体以外に考えられない。
その点では俺と似ているのだ。
全てのエイリアンの大元である【幼蟲】を俺が創れるのと同様、迷宮領主としてリッケルは、そうだな、【種子の創成】とかいう名前の固有技能でも持っているんだろうよ。
材料のうち、魔素・命素は何らかの方法で奴が持ち込んだ自分自身の本拠地からの蓄えから。
そんで、木材については、『環状迷路』内を這い冒してきた"根"から"林の枝"を生やして強引に偽獣を生み出したことを考えれば、それこそ【偽人】を構成する樹木の部位を適当に使ったんだろう。
そうだな、咄嗟に偽獣を何体も周囲に生み出して「熱湯」への盾にすれば、生き延びる可能性は高かろう――だが。
今度こそ終わりだよ。
20ある地下坑道への出入口のうち、逆封鎖に成功したのは最終的に17箇所。
つまり、奥深くまで侵入してきた奴の"根"が地上の【林】と繋がっている出入口は3箇所に限られてるわけで、俺はそれぞれにガンマ、ベータ、ソルファイドを差し向けた。
共通点は、どいつも「火」を使えること……ん? 城壁獣のガンマは違うだろって? 違わないんだな、これが。
ル・ベリと残った全てのランナーとスレイブ達で神輿のように担いで全速で運んでいるが、巨体すなわち表面積の大きいガンマには、今10株ばかりの【火属性砲撃花】を植えてある。ル・ベリでその有効性が示された、ファンガル種の「装備品」としての運用、というわけだ。
……ファンガルを運ぶ方法としてスレイブ達やらに植えさせてから移動させる、という力技は確かにあったのだが、【属性砲撃花】はとりわけ"維持魔素"の消耗が速いことから、スレイブやランナー1体ごとに砲撃花1株だと、あっという間に吸い尽くされて干からびてしまうわけだが――フォートビーストならば、それを十分に軽減できる高い体力と防御力と組み合わせることで、こんな無茶苦茶な運用にも耐えることができるのである。
名付けて"要塞獣"ってところか?。
先行したソルファイドとガンマに対し、羽ばたくだけで森を火の海にしかねないベータは時間差で出発させ、リッケルが侵入に利用した3箇所の入口付近にそれぞれが陣取る。
果たして、3箇所の出入口から、白霧の如き高温の蒸気を全身に浴びながら森中に響くかのような絶叫を上げて飛び出してきたのは、所々が茶色に枯死しているのがわかる、まるで重度の皮膚病にでもかかったかのような痛々しさすら感じさせる、偽ヒュドラの首だった。
むう……三箇所全部かよ。
『しぶといな……だが、これでさすがに最期だろ。引導を渡してやれ』
***
植物の「運動」において、根が水分を吸い上げるという行為は全ての根幹だ。
吸い上げられた水が導管を通ることで枝を屹立させ、葉を漲らせ、天へ天へ幹を成長させる活力となる。
故に、熱湯で炙られてところどころ枯死した偽ヒュドラは、地上と地下での大暴れが嘘のように精彩を欠いていた。
まず、大振りに動こうとする度に、枯死した部分が砕け壊れるせいでバランスが全く保てない、完全なる悪足掻きののたうちしかできないのだ。
リッケルが激痛を耐え、再び【根ノ網】に意識を接続すれば、あるいは地上部に残してきた【林】を再稼働することもできたかもしれない。しかしオーマが「火」を扱える者で固めた別働隊を外へ出すことができた時点で、その線は詰んでいたが。
3箇所の出入口を封鎖していた【根ノ城】と、その後方の森に潜んでいた【林】とを繋ぐ植物的痕跡は、全て焼き潰された後だったからだ。
これでは、【根枝一体】をどれだけ全力で使用しても、リッケル自身は"根"の繋がった「入口」にまでしか移動できない。
別に森全体を焼く必要はなく、リッケルから奪い返しそこねた3箇所の入口周辺を土中まで念入りに焼き潰すことで、リッケルを「袋の鼠」――いや、この場合は「火中の栗」にしてしまったのである。
まずソルファイドの愛剣【レレイフの吐息】【ガズァハの眼光】によって偽ヒュドラの首が一つ、枯れ死にですら生ぬるいと言わんばかりに"炭化"され、ル・ベリの希望通り大量の木炭が手に入る。
次に、エイリアン達をも簡単に燃やしてしまうという意味で取り扱い注意エイリアンである炎舞ホタルのベータが、空から絶え間なく可燃性の酸と火の雨を降らして偽ヒュドラを一挙に燃え上がらせ、まるで百年に一度の豪勢なキャンプファイヤーとなって第二の首が崩れ落ちる。
そして第三の首。
鎧のような巨体をくまなく【火属性砲撃花】に覆われたガンマが、ずしんと大地にアンカーのような足指を食い込ませ、不動の体勢を取る。
他の二箇所の出入口と異なり、ここに現れた偽ヒュドラの頭部からは――【偽人】と化したリッケルの上半身が生えていた。
「り……りーで……ロット……僕、は……」
仮初とはいえ、その【肉体】は酷い有様となっていた。
寄生元の偽ヒュドラ同様に所々が枯死して崩れかかっており、粋を凝らしたであろう『人体』へ可能な限り近づけていた端正なる造形は、もはや見るに耐えない。
というより、下半身が崩落したために偽ヒュドラに寄生したのではないか、とすらル・ベリは考えた。
「気分はどうだ木偶人形。御方様を侮った、それが貴様の『報酬』とやらだな」
「クク……こ、この肉体を滅ぼシても、僕が……元の肉体ハ無事、だと思ってイルんだろう?」
"解体"の指示を隠身蛇達に下そうとして、ル・ベリは手の動きを一時止める。
主オーマの予想とは逆の発言だったからだ。
「く……! ぐぅ……伯が、若君が僕を粛清する、コンナ好機を逃すわけガ無い! 僕は……ここデ、彼女と"一つ"ニならなけレバ、どのみちオシマイなのさ……!」
敗北を認めぬ悪足掻きとはまた異なる。
狂人の妄執ではあろうが、ル・ベリはリッケルのある意味では曇り無き真っ直ぐな瞳に、折れ得ぬ反骨の信念を見た。
そしてどうしてだか、今の彼の姿が、縄をかまされ屠殺前の鹿のように転がされたかつて半ゴブリン時代に受けた仕打ちと重なったのである。
そういえば、母はリッケル子爵という人物そのものについては、如何なる評価も下してはいなかったな、とル・ベリはふと思い出した。
「……解体しろ。"竜"は焼き潰すのだ、ガンマ」
抵抗する力のもはや無い【偽人】の上半身は、瞬く間にクロークスネークやらランナーやらに群がられ、難なく偽ヒュドラの首から斬り落とされる。
リッケル子爵と繋がることで、魔素と命素をかろうじて供給されていた瀕死の偽ヒュドラだったが、繋がりを断たれて急速に枯死部位が周囲に広がっていく。だが、念入りに潰しておけとの主オーマからの達しがあり、また思わぬ"最後っ屁"があっては不覚も良いところである。
ル・ベリがガンマに命じ、合計10株もの【火属性砲撃花】が怪しく赤い輝きを放ち、肉の葉と皮に覆われていた結晶体を露わにする。
次の瞬間には、熱風が吹き荒れると共に、ガンマの周囲それぞれの結晶体の至近に人の頭ほどの大きさの火球が出現。
一呼吸の間を置いて、弾かれたように真っ直ぐに枯れつつある偽ヒュドラへ放たれ、瞬く間に業火が包んだ。油をよく染み込ませた藁の束の如く、"力技"の象徴であった眷属は煌々と紅く燃え盛り続けるのだった。
そして、ル・ベリの行動である。
自らの指令を越えて、どのような"沙汰"が下されるか、オーマは口の端を歪めながら黙って観察していた。
「貴様の裁きは、我が母リーデロットが下すだろう。さぁ、"一つ"とやらになる、だったか? ……貴様がやろうとしたこと、やってみせろ」
「む……息子、クン……?」
「知りたくなったのだ、私が産まれた意味を。我が母にとって、貴様は? 私は? ……貴様の中に入った我が母がどうなるか、それが答えなのだろうよ」
「うぅ……うぐぅうう……」
ぼろぼろのリッケル子爵の指の動きまで鋭い眼光で見据えるゼータの監視下、ル・ベリが歩み寄り、彼の目の前に母リーデロットの髑髏をトッと置いた。
何かを言いたげに、しかしそれが言葉にならず、悔恨かあるいは怒りか、はたまた悲哀か、いずれにせよ何らかの激情がリッケルを支配していることはル・ベリには分かった。花で構成された【偽人】の"目"に、もしも涙を流す機能を追加されていたならば、この時リッケルは涙を流していただろう。
「……分からんな。慈悲を与えるというのか?」
ソルファイドがオーマに問う。
しかし、エイリアン迷宮の主はそれに否と答えた。
「まぁ、見てろ。これは慈悲なんかじゃあ無いぞ? ル・ベリに聞いて――無さそうだな、仲良いのか悪いのかわかんねぇなお前ら。奴の母の死因は――」




