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本編-0047 対リッケル子爵戦~坑道の戦い③

対峙せる『仇敵』の異貌に、さしもの魔人ル・ベリは息を呑んだ。

主と崇するオーマの操る「えいりあん」という名の魔獣達も十分に異質であるが、それでも彼らは"獣"の範疇にあると感じられた。

だが、リッケル子爵の異質さはそれとはまた異なる。


木の枝と、根と、葉や蔦、茎や幹と、およそあらゆる"植物のパーツ"として想像できるであろう部品を、均整の取れた調和の下に造形し、半ば無理矢理な解釈とも言える組み合わせで「人間」の形に仕立てあげた、ある種の冒涜さすら感じる異相。

主オーマによれば【偽人】という名の魔物であり――現在では、リッケル子爵が己の精神と魂を宿らせている仮初の"肉体"であるという。


「ずいぶん凝った木偶人形だな……御方様の領域を侵した罪は重い。貴様には、ゴブリンどもを燻すための木炭がお似合いだ」


【悪罵の衝動】と共に、8本の触手を孔雀の羽のように広げ掲げ、自らの怒りの大きさを無意識に表すル・ベリ。


【異形】による触手と、装備した【触肢花】とは大きさが不揃いであるが、入江で見た時からのル・ベリの変貌に眉(葉でできている)をひそめたのはリッケル子爵もまた同じであった。


「ヤット……この身体ノ使い方にも慣れテ来たヨ……考えても見てくレ? 自分で自分の"声"ガ聞き取りヅライなんてのモ、間抜けナ話ダロウ?」


木の葉が掠れる音と、木の枝がみしみしとしなる音が合わさったような"声"。

その不愉快な「音」の塊にル・ベリが苦虫顔の歯ぎしりで応える。

主オーマの指示で「入江の戦い」では撤退を余儀なくされたが――彼はリッケル子爵に聞きたいことが山ほどあったのだ。


背後の走狗蟲(ランナー)達がめいめいに威嚇をリッケル子爵に向け、子爵がそれに応えるように、周囲の岩壁を這い冒し覆って伸びる"根"から、新たな【偽獣】を生み出す。

ぱきぱきと枝を踏み固めるような音が無数に折り重なり、大小の【偽獣】が凄まじい速度で組み上げられていく。


「見ろ! これが、貴様に死に追いやられた"我が母"だ!」


ル・ベリが掲げたもの。

それは、一つの魔人の髑髏(しゃれこうべ)だった。


泰然と佇んでいたリッケル子爵の目(花)がカッっと見開かれ、表情から笑みが消え失せる――のも束の間のこと、すぐに陶然とした表情に変わる。


「答えろ木偶人形! ……なぜ、我が母に――地獄(・・)を見せたのだ?」


思い出されるは、生涯たった一度だけ、たった一度だけしか聞かなかった、母にとっての「忌まわしき記憶」だ。

まだ【獣調教師】としての力に完全に気づくことも開花させることもなく、日々ゴブリン達に虐待される母を護ること叶わず、同時に自らも虐待されるようになって、無力さと理不尽さに打ちひしがれていた少年期。

それはル・ベリを励ます意図を込めたのか、あるいは他の意図があったか――ル・ベリは、母リーデロットが【最果て島】へ流される流刑船の中で、何があったかを語り聞かせたのである。


"裏切り者当て"の遊戯と名付けられたそれは、流刑船内にかき集められた十数名を相互不信に陥れるために、グエスベェレ大公の助言に基いてリッケル子爵が行わせたものであった。

ヒュドラから生き残れる可能性をエサに、時間を稼ぐための「生け贄」を毎回の手番で一人選ばせ、殺してから海へ放り捨てさせる。

騙し合いと心理戦を織り交ぜさせた鑑賞のための「遊戯」であり、リーデロットは生への足掻きとわずかばかりの運によって終盤戦まで生き延びたが――最後に残った数名が、リッケル子爵の警告を無視して、実力行使に及んで殺し合うや、闘争に誘われたヒュドラに船は木っ端微塵にされる。


そういう「余興」だった。


まだ幼かったル・ベリに、その『遊戯』の真の恐ろしさは理解できないものではあったが――生きることよりも死んでしまっていた方が幸福である、そういうことがあるのではないか、という考えは後に抱くようになった。

それで、ある時母に尋ねたのだ、死んだ方が楽なのになぜそうしないのか、と。

その時の母リーデロットは、しばらくの沈黙の後に、何かを悟ったように久しく見せなかった優しい笑みを浮かべ、我が子ル・ベリの頭を一撫ですることで応えたのだった。

まるで糸が切れたように衰弱していったのは、それから数カ月後のことである。

自らの「問い」が母を死なせたのではないかと思う一方で、なぜ母はあんなにも安心したように衰弱していったのか、ル・ベリにとっては長年の引っ掛かりだった。


――故にこそ、母が何者で、どういう経緯で島へ流されてくるようになったのかを知りたいと思い、島を制覇して「船」を作るという野心を得たのであった。


その答えを、少なくとも自分の知らない母の過去を知る者が、目の前にいる。


「"愛"だヨ、息子君」


両手(枝と根)を軽く広げ、酔ったような声色で語るリッケル子爵。


「リーデロットは……ヤハリ僕の求めル人に間違イ無かっタ」


己が与えた"試練"を乗り越えて"報酬(我が子)"を得て、しかしかつての自分のようにそこで驕ることなく、しっかりと息子に"試練"を与えた。まさに彼女こそ、自分が「一つ」になるに相応しい逸材であり、自分の目に狂いは無かったのだ。

……母リーデロットが元はテルミト伯の「実験材料」であり、リッケル子爵の強奪によって両者の戦争の原因とまでなった、それだけの事実を聞き出すのに、その5倍もの"愛"の言葉を聞かされたル・ベリは、よく己の自制が【悪罵の衝動】に勝ったものだと歯ぎしりしつつ驚いていた。

それほどまでにリッケル子爵の語りは脈絡が無く、支離滅裂であったからだ。


「――君がドンナ試練を乗り越えテ来たのか、非常ニ興味があるんだ、息子クン。君は"魔人"でありながら、その異系統――実質的な亜種のようにも"視"える……いや、【魔界】広シと言えどモ、存在シナイんじゃないかなァ……? 君の"父"は、一体何なんダイ?」


「貴様!」


『動じるなよ、ル・ベリ。そいつも俺と同じ迷宮領主(ダンジョンマスター)で、しかも格上だ。それぐらい(・・・・・)できても驚くことじゃない』


(だが、"亜種"と来たか。『半異系統』って文字は――視えてない(・・・・・)な?)


『御方様、私は……ッ』


『引きつけてろ。時間を稼ぐだけ、逆転の芽が伸びる――俺もそろそろ着く』


短い【眷属心話】でのやり取りの後、ル・ベリが一呼吸、気持ちを鎮めつつ闘志をさらに燃やしあげる。

ずっと疑問に思っていた母の最期だったが――リッケル(狂人)との語らいの中で、ふと悟ったことがあったのだ。


「そんなに、我が母の亡骸(なきがら)が欲しいか? 木偶人形め」


「願わくバ。リーデロットが愛した息子クンは、僕にトッテモ愛する対象ダヨ? でも、待っていてクレ……『一つ』に……完全にして満足な存在トなるのは、リーデロットが先だから」


これだ。

この狂人が語る"愛"とは己が一方的に相手を呑み込む――つまり奪うことなのだ。

何か、ル・ベリ自身やおそらく叡智ある主オーマですら推し量れない「狂人の論理」とでも言うべきものに基いて、冒涜的でおぞましい話だが、リッケル子爵はル・ベリが掲げる「髑髏」を体内に取り込むことを望んでいるのだ。


その理解も納得もできない欲望を"愛"と力説されることで、逆にル・ベリは、母が死してから長い時間が経った今更ながらだが……母が安心したように死んでいったことの意味を、その一端を悟った気がした。

"愛"とは分け与えることなのではないか、と。


「ほざけ、木偶人形――我が母の眼前で貴様が"残骸"に変わるところを晒してくれるわ!」


「交渉決裂、ト見て良イんだね? ……楽しい思い出話ノ時間だったヨ」


刹那の静寂。

先走った偽獣が一体ル・ベリに跳びかかり、【鞭術】による威力ボーナスの乗った触手の一撃によって打ち返されるのが、激突の合図となった。

めいめいに【おぞましき咆哮】を放ちながら、ル・ベリの後方で待機していたランナー達が一斉に動き出す。

一方でリッケル子爵の周囲でも、"根"の伸長が再開され、次々と【偽獣】達が生み出されていく。1対1ではランナーの方がやや偽獣に勝る戦力差ではあったが――【◯◯の奏者】の称号は、下位称号である【◯◯使い】から新たに得た特性として、対応する種族の総合的な戦闘力を強化する。

そしてこれは迷宮領主(ダンジョンマスター)の職業技能にある各種の眷属強化系技能と重複するものであり、これによってリッケル子爵の【偽獣】はオーマの走狗蟲(ランナー)達との個々の戦力差を逆転していたのである。


だが、その程度の「情報」は既に副脳蟲(ブレイン)達を通してオーマへはフィードバック済。

徹底した2対1でのヒットアンドアウェイによってランナーの爪が偽獣の、主に根と蔦でできた部分を切り裂いてダメージを与え、時折隠身蛇(クロークスネーク)の鎌が傷口をさらに広げるか、運が良ければ断ち切っていく。

エイリアン達の合間からル・ベリの「10本鞭」が槍のように突き出され、重い一撃によって偽獣の頭部か胴体を粉砕していく。


それでも補充速度の圧倒的な速さと"根"の侵食によって、じりじりとル・ベリ隊は後退を余儀なくされてはいたが――リッケル子爵の軍勢の侵攻速度は、確実に鈍らせることができていた。


「……挟撃か、無駄ナ足掻きヲ」


ゼータ率いる別働隊がリッケル子爵を挟んだ通路の反対側から現れた、との連絡がブレイン達から伝わる。

呼応するべく、触手の一本を天井の突起に巻きつけて支点とし、ブランコの要領で一気に最前線へ躍り出るル・ベリ。力任せに8本の触手を振り回し、自身の身体を回転させる運動も加えて、群がる周囲の偽獣達を撥ね飛ばす。

特に単なる異形の触手よりも二回りは太い【触肢花】の威力は凄まじく、体格の小さな【偽獣】であれば2~3体はまとめて胴体を粉砕してしまう。


そんな闘争を尻目に、少しでも"根"の侵蝕を押さえるべく、リッケルの後方ではゼータが白刃を閃かせ、剣の舞の如く辺りを覆う根を切り刻んでいた。


「育て、伸びロ、偽獣達ヨ……大きく、力強クなれ」


リッケルが迷宮領主として己の眷属達に指示を下す。

傷ついた【偽獣】達が、その傷口から枝やら根やらを互いに伸ばして絡み合わせ――徐々に一つの肉体を形成し始めようとする。


「蛇ども! 接合部を切るのだ! 徹底的に邪魔してやれ!」


ル・ベリの指示下、ゼータと隠身蛇(クロークスネーク)達の動きが変わる。

【虚獣】を構成しようとした、偽獣同士の絡み合い始めた枝や根を断ち切る動きに切り替えたのだ。

無論、敵の中に乱入することになるため、新品の偽獣に襲われるが、そこはル・ベリ自ら触手を振るって叩き飛ばす。

だが、重量級の敵を作らせまいとするせめぎ合いでは、リッケル子爵の眷属強化に軍配が上がった。見る間に、洞窟の天井まで届くような巨体の【しなれる虚獣】が3体組みあがり、圧倒的な質量の塊で以ってクロークスネークとランナー達を殴り飛ばす。


オーマの操る重歩兵級である【戦線獣(ブレイブビースト)】達と比較して、この点がリッケル子爵の重歩兵級の優位点である。

ブレイブビースト達がそこそこ鈍重で機動戦に向かない反面、【虚獣】はあくまで複数の【偽獣】が合体して誕生するため、必要のない時は元の数の【偽獣】に分離するなど、行軍速度で上回っているのである。

無論、リッケル子爵を迎え撃つためにオーマから増援が派遣されてはいるが、素早いゼータらと比較して、戦線獣達の到着にはまだ時間がかかる。


「まだだ、切り刻め!」


続く指示と共に「8本触手」のうち【触肢花】である4本を、最も近い位置の虚獣へ絡みつかせ――装備しているに過ぎない【触肢花】を分離。

ル・ベリから離れた4本の触肢花達がそれぞれ岩盤へ取り付き、備え付けの拘束具と化す。

そのままル・ベリは自身の触手4本を振り乱しながら虚獣の懐へ飛び込み、ゼータによって執拗な切り込みを入れられた虚獣の両足へ、2本ずつ絡ませて引き倒す。

阿吽の呼吸で引き倒された虚獣を――先に絡みついて拘束していた【触肢花】達が、岩に根を張ったことによって得られる強固な足場に支えられ――束ねた生木をまとめて引きちぎるみしみしとした音を奏でつつ、虚獣の四肢のうち片腕と両足とが車裂きになった。

そのまま絡みついていた「木材」を放り捨て、【触肢花】の一つがル・ベリ自身の触手に絡みつき、一気に前線から後方へ引き戻す。


『サーカスかよ』


『きゅぴ? なあにそれ……ふむふむ、面白そう!』


『おい、俺の知識(・・)を勝手に覗くなと言っただろ』


また主と脳みそどもの妙な会話が流れたな、とル・ベリは呆れるが、目の前の戦いから気をそらすことはしない。


「想像以上に善戦してクレるじゃないか……ッ!」


これこそが迷宮領主同士の闘争であり、【眷属戦】における本質である。

互いの眷属への初見対応を凌いだ後は、戦力や特性・能力から眷属同士の戦闘における相性を比較し、手持ちの札でどう攻略するのかを分析した「戦術」がぶつかり合う。


オーマの助言を受け、ル・ベリが考案した対【虚獣】の戦術。

元【獣調教師】として、鳥獣の観察眼に長けていたル・ベリは、虚獣の四肢を集中的に攻撃して自由な質量運動を阻害することに徹底したのであった。

傷ついた偽獣や、引き裂かれた虚獣はその種族特性から、自動で魔素・命素を消費して「再生」しようとする。防衛戦ではあまり気にならない特性であるが、リッケル子爵は「侵攻」側。

適切な【施設】を建設しない限りは、彼らの「再生」のための魔素と命素は――自らの本拠地である【枝垂れる傷の巣】の貯蓄を引き出す「門」の役割をこなしているリッケル子爵自身から引き出される。

その分、新品の【偽獣】を生み出す速度が鈍ってしまう。


中途半端に傷つけられた眷属達が再生のための魔素・命素を吸ってしまうせいで、リッケルは予想以上の「消耗」を強いられていた。


「大兵力を生かせぬまま滅ぶが良い!」


――が、それでもリッケル子爵は自分が力技で徐々に戦線を押し上げている、と実感していた。

確かに兵と兵がぶつかり合う正面面積という点では、隘路での戦いであるため数を活かした包囲などができてはいないが、補充に時間が掛かるオーマと異なり、後詰はいくらでも生み出すことができるのである。

相手を1体殺す間にこちらが数十体殺されるのでもない限りは、物理的に、偽獣の残骸を後続の偽獣が踏み越える形で押し込めているのである。


そしてル・ベリもそれは承知していたため、『環状迷路』の中でも比較的大きな小部屋にまで、リッケルを誘い込んだ。

主オーマの指示である。


「やぁ、また会ったな子爵サン」


「……新人クン。君は……一体何者なんだイ? 君ほどの魔人ガ、一体どこから湧いテ来たのカナぁ。若様が興味ヲ持つはズだよ」


主の側まで一度引き下がりつつ、【触肢花】達を再びまとって「10本鞭」状態になり、リッケルを威嚇するように睨みすえるル・ベリ。オーマの背後には、螺旋獣(ジャイロビースト)のアルファを筆頭に、戦線獣(ブレイブビースト)達が到着していた。


「どうだイ? 今なら、リーデロットの亡骸と迷宮核ヲ引き渡せバ、僕ノ部下にして生かしてあげても良い……いや、君ガ望むなら苦しめズニ殺してあげルノモありだよ?」


「――少し見ない間に、随分言葉が流暢に話せるようになったんだな。なぁ、子爵さん。その木でできた素敵な腹話術人形を拘束して、殺さずに苦しめ続けることだってできるんだぜ?」


「上手いコトを言って、脅し返しタつもりかイ? 僕はネ、死も苦も恐れテハいないんだ……それは"試練"だから」


「貴様の戯れ言は聞き飽きたぞ、狂人めが。ここを墓場にしてくれる!」


対峙せる迷宮領主同士が睨み合う。

どちらも笑みを浮かべてはいるが――侵入者側は「陶酔」からの笑みであり、防衛者側は「不敵」からの笑みであって、両者の思惑は互いに似て非なるもの。


「育て、芽吹いて大樹とナレ……天まデ頂ク"竜"となれ……」


リッケルの呟きとともに、【偽人】の肉体からケタ違いの魔素と命素が溢れ出る。

それに感応して、部屋にまで侵入してきた「根」から葉や枝や蔦など、脈絡も秩序も無い様々な植物の部品が爆発的に増殖するように生え――さらに周囲の偽獣達が一斉に「束」となって弾け、それまでの虚獣などが児戯に見えるほどの巨木と化していく。


「おいおい、マジかよ」

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