本編-0046 対リッケル子爵戦~坑道の戦い②
固有技能【根枝一体】こそは【樹木の奏者】の真骨頂である。
魔素と命素を消費して植物の持つ再生性を刺激することで、根と茎と枝と葉をある程度行き来させることができる――正確に言えば、根から枝を生やしたり、葉から茎を生やす、というのが実態に近いが。
これによって、制圧型施設である【根ノ城】から伸ばした「根」の一部を【種子核】の「枝」に転換して、偽獣を生み出し次々と迷宮内に送り込む。
だが、リッケルにとってこれは次善の策でしかない。
本来は【根ノ城】で森全体を覆って【根ノ森】を構築し、【根枝一体】などというまどろこしい手段ではなく、もっとシンプルに"根"そのもので、文字通り圧し潰す戦略だったのだ。
封鎖した出入り口は実に20にも上り、島の隅々まで蟻の巣のように地下坑道が形成されていることが予想される。
この「新人」は"魔獣"使い系の眷属を操作していながら、異常に連携のとれた軍行動をするにせよ、入口を封鎖されるや坑道を物理的に崩壊させて自ら籠城しようとするなど、発想はむしろ"蟲"使い系のそれに近い。
肉塊と土礫と謎の建材の混合物のような封鎖壁相手に、"根"の侵食が阻害されたため――リッケルはやむなく入口数カ所に絞って【根枝一体】により、【偽人】である自身の肉体を通して【種子】の一部を【根ノ城】に置き換え、偽獣達を流し込む方策をとったのである。
小細工無用、と言わんばかりの魔素・命素を豪快に消費しながら偽獣を生み出しては送り込むリッケルだったが、すぐに大規模な「迷路」に配下達が迷いこまされたことに気付いた。それも、左右だけでなく上下にすら分かれ道の広がる立体的な迷路であり、幾多の罠が出迎える。
あくまで元の動物を"模倣"するに過ぎず、知能という点では他の系統の眷属達に劣る偽獣にとって……これは非常に相性の悪い迷宮構造だった。
本来、魔獣使い系の迷宮領主が洞窟型の迷宮を作る場合、四方八方から襲撃できるような、比較的大きな"空洞"が連なったような構造を好むはずで――それこそリッケル子爵の主力である「偽獣」と「虚獣」と相性の良い構造であったのだが。
「本当ニ……新人ナノカイ? 男爵級デ、イヤ、子爵級デモコノ"工事力"ハ聞カナイネ……」
防衛能力を高めざるを得ず、自然迷宮の造成と施設の運用に長けるようになったリッケル子爵をして、オーマの【環状迷路】は舌を巻くどころか目を回したくなるような複雑怪奇さであった。
しかも――時折壁が崩れたり現れたりして道が文字通り神出鬼没して構造が変わり、分断された偽獣達が奇襲を受けるのだ。
枝分かれした道の先がさらに枝分かれしたかと思えば、一本道を歩かされているうちに、元の枝分かれしている道へ、反対側から戻っているという堂々巡りを体現する、まさに正しい意味での「迷宮」。
どのようなカラクリでこんな『侯爵』クラスの迷路を作り出しているのかも謎だが、それを的確に、リッケルの軍の手薄な部隊を分断するように坑道を崩落させ、あるいは例の肉と土礫の混じった"壁"で塞ぎ、襲撃をかけてくる指揮力。
それはもはや単なる【稀種】の【魔獣使い】では説明のつかない対応速度であり、まるでこの地下迷宮そのものが一個の意思を持って獲物を消化せんとする、巨大な生物の胃袋にでも迷い込んだかのような異様さ。
一体、どうやってこんな複雑なカラクリを維持操作できているのか、リッケルには皆目検討もつかない。
それは彼の常識を――少なくとも『子爵以下』の迷宮領主に可能な芸当ではない。
そしてリッケルの持ち味を殺す主要因として、固有技能【木の葉のざわめき】が、その名の通り"葉"が無ければ、遠くの状況や眷属の周囲の状況を伝達できないという弱点が、完全に祟っていた。
【根枝一体】によって"葉"を生み出そうにも、そもそも"根"が侵入できていない坑道の奥部の状況がわからないのである。
悪あがきとばかりに【偽蜘蛛】を生み出して放ったが、とても元主人であるテルミト伯のような偵察性能は見込めず、次々に発見されて狩られてしまう。
暗中模索の不安から、焦って"根"を速く伸ばそうものなら、どこからともなく湧いて出た異形の魔獣の奇襲部隊に偽獣達を排除されつつ、強酸を吐き出す魔獣に"根"の表皮を溶かされてから、後詰で現れた大型魔獣に力任せに引き千切られる。
着実に"根"による侵食区域を増やすためには、十分な護衛を伴って、硬く鈍く慎重に伸ばさねばならず、それでもってやっとのこと制圧した区画も――竜人の襲撃によってゴミのように焼き断ち切られ、台無しにされて一時放棄する羽目になる。
「最悪ダ、力押シハ苦手ナノニナァ」
業を煮やして、全ての道に大量の偽獣をすし詰めに行進させる総当たりすら試したが――地上部の森での戦いと異なり、隘路で数の利を活かせぬまま迎撃され、また思うような「巨大さ」の虚獣を作れない。
ある通路で膠着しているうちに他の通路が崩落して新たな通路から敵の主力が襲いかかってきて、しかしリッケルの根は、思うように固い岩盤を突破できず地道に伸ばしていくしかない。
だが、そもそもこんなことにならないようにするために、【根ノ森】を構築するはずだったのだ。
地下坑道の構造などお構いなしにあらゆる方向から根を侵入させ、一挙に攻め落とす、あるいは押し包む。そして植物が土中の養分を吸い尽くすように、魔素と命素を奪い尽くして、迷宮自体を干上がらせる。
【地下】型の迷宮に対する【樹木使い】の必勝戦術であるわけだが――「新人」と侮ったつもりは無かったはず、とリッケルは自嘲した。
実際この時、徐々にオーマの『領域』は奪われつつはあったが、激しい抵抗と消耗戦により、【領域戦】の進展はリッケルの予定を遥かに下回るペース。オーマからしても、命素と魔素のフローが明らかに減少していたが……『目標数』まで戦闘エイリアンを増やすことを急いでいなかったことが、逆に"踏ん張り"の余力を与えていたのである。
そんなことはつゆ知らず。
【木の葉のざわめき】を通して、リーデロットの息子が盛んに己を呼ぶ声に、リッケルの意識は向いていた。曰く――母の墓の在り処を教えてやろう、という主旨の罵詈雑言に満たされた挑発。
十中八九、罠だろう、とリッケルは樹木でできた表情を歪め、苦笑する。
だが、己の究極の目的を考えて、そういう"試練"も悪くはないと考えを改める。
「ナントイウ試練。息子クンモ、キット何ラカノ試練ヲ越エテキタンダネ……本当ニ愛シイヨ、死ンデシマッタコトデサエ、コンナニ愛シイナンテ……!」
森で静観していたリッケル子爵が出陣し、坑道での戦いは次の段階へ移行する。
***
【並列思考】と【高速思考】を全力稼働し、ウーヌスら副脳蟲による管制によって『胃腸:環状迷路』にリッケルの眷属どもを誘い込んだ。
奴隷蟲達と噴酸ウジ達、そしてファンガル種の【肉塊花】達を酷使して、通路を封鎖したり、新造することを繰り返しながら、輩の"根"を可能な限り伸ばさせない――のだが、それでも少しずつは力技でジリジリ支配領域を増やすことはできている……このまま消耗戦に持ち込めば、いずれ押しきれる……そう思わせるように、絶妙に部隊運用を繰り返すのは非常に疲れた。
そうだな、俺の苦労をイメージするためには、0.5秒で指し続けなければならない将棋でも想像してみてくれ。そんぐらい、忙しい。
……ある程度はぷるきゅぴどもに任せることもできるんだが、全体の統制を取るという意味では、結局のところ俺があれこれ指示を出す必要はなくならない。まぁ、正直、調子に乗って迷路を複雑にしすぎたせいなんだが、多分俺一人だけだったら確実に状況把握がパンクしていたろう――褒めてつかわすぞ、ぷるきゅぴども。
お前らはいろいろ突っ込みどころのある性格をしているが、存在それ自体が俺の迷宮にとって有益というわけだ。
――かれこれ、半日だ。
例の"根塊"には【領域】制圧系の能力があるようで、目に見えて魔素と命素のフローが減少させられていた。今はまだ、『目標数』に達していなかったことから余剰リソースで支えられているが……これも時間の問題だろう。
補充が徐々にキツくなっており、今の兵力がギリギリであることを考えると、一手のミスが致命的になりかねない。走狗蟲を一体失うと補充するのに大急ぎでも数十分はかかり、一方でリッケル子爵の【偽獣】――さっきリスクを冒して名前だけでも【情報閲覧】してきたが、そこら辺の"根"が変化した"枝"から、数十秒で湧いて出てきやがる。
仮に互いの最下級ソルジャーであるこいつらが、必要な魔素命素同じ数値だとして……キルレシオ60倍でなければ元が取れねーわ、なんじゃこら。あまり短期間にこちらの兵力を失うと、なんとかなんとか膠着させているいくつかのルートが戦線崩壊して、一気に突破されかねない。
だが。
「好機到来」
閉じていた目を見開いて、青と白、魔素と命素の見慣れた淡光が明滅する『脳:司令室』内を睥睨する。
――ル・ベリへ最初提案した時の、その驚きの顔が思い出される。
だが、リッケル子爵が入江で最初にル・ベリに特別な興味を抱いた様子を見せたこと、それがずっと俺の中で引っかかっていたのだ。
あえて聞くほどのことでも無く、俺から特に尋ねるということは無く、ル・ベリからも言ってくることは無かったが、奴は最果て島のどこかに"母"の墓を作ったらしい。横死した母をしばらく弔うことができなかったが――【獣調教師】として頭角を現してから、鳥獣を使役して朽ちた"骨"を探しだし、それを島の何処かへ埋めたのだ。
……なんで知ってるかって? さっき聞いたんだよ。
で、提案したわけだ。
それでリッケル子爵を釣ってみろ、とな。
俺を人面獣心だと思うかね? 所詮は"見方"だ。
勝利のために部下の母の遺骸を利用する男、と見れば、俺は外道鬼畜の類だろう。
破滅の原因となった男を、愛した息子が滅ぼす姿を、たとえ死体となったとて間近で見せてやる、と見れば俺は邪悪な人格者になるってか?
そんなものは、命じられたル・ベリが判断すれば良い。
事象に意味を与え、解釈するのは人の業だ。
そして――「母の敵討ちに母を参加させられる」と、神妙に静かに呟いてから、彼は初めて俺の判断をベタ褒めするのでなく、黙って出撃していった。
そうだ、それで良いのだ。
盲目的に俺を信じるようでは、崇するようでは駄目なのだ。
考えろ、魔人の青年よ。
お前だって満足した豚には絶対にさせてやるものか。
俺の命令のお前にとっての意味を考え、俺に仕えることがどういう意味かを考え、その上で判断するが良いや。
で、結果リッケル子爵が見事に食らいついたわけだ。
のこのこ迷宮へ攻め込んできたようだが――侮るなかれ。
【種子】が【林】になり、あるいは"根"から生えた"枝"から【たわみし偽獣】が次々に生まれるならば、樹でできた人間……命名法則的には【偽人】であると思われるリッケル子爵は、生ける魔素・命素の門だ。
んで、何が厄介かって、奴が侵入した途端に、偽獣達だけでなく"根"まで活気づいて、生成速度だとかが数倍になりやがった。
周囲に強烈な補助効果でも撒き散らす能力があの「肉体」にはあるのかもしれない――【眷属同化】か。
迷宮核の知識から、今のリッケルの状態を一番説明できる情報を掘り出した。
元の肉体に戻れなくなるリスクすら存在する、迷宮領主達にとっては文字通り「最後の賭け」たる大技であるが、それを実行してくるほどの覚悟というわけで。
奴の目的、思惑は何だ?
何を求めてここへ攻め込んできた?
長年の政敵であるテルミト伯と電撃的に和解して、本拠地を空にしているんじゃないかという勢いで兵力突っ込ませてきて、なりふり構わない短期決戦を目論んで。
その上、肉体すら捨てるリスクを犯して。
その鍵が、ル・ベリの母……リーデロットという死人にある、とでも言うのか。
なんであんなに食いついてんのかねぇ……。
悲鳴のようなウーヌス達からの報告が急激に増えてきた。
屠られる走狗蟲の数が激増しただけでなく、運の悪さもあってか、噴酸ウジが数体逃げ遅れて狩られてしまったのだ。噴酸ウジは、不思議のダンジョン的な通路の破壊&創造の肝であるため、正直これはかなり痛い。
それに――リッケルがやたら周囲の偽獣達を強化してくれるせいで、膠着状態を保ちつつ、遅滞戦術を維持するのが苦しくなってきているが……もう少し。
あと少しなんだ。
あと少しで、開通する。
その瞬間まで持ちこたえれば、この劣勢をひっくり返せる。
『ウーヌス、アルファを司令室まで迎えにこさせろ――俺も出る』
"根"を焼き潰す作業からギリギリまで外すわけにはいかないため、ソルファイドも今は動かせない。ならば、ル・ベリを使ってリッケル子爵を上手く誘導して、俺も時間稼ぎに参加するしかない。




