本編-0045 対リッケル子爵戦~坑道の戦い①
【63日目】
偽ヒュドラ……とでも命名しようか。「林」を構成する木々の一本一本が、そのままヒュドラの首に似た木の竜と化したとでも考えてくれ。
ウーヌスらがいやに正確かつグラフィカルに「エイリアン語」で現地の状況を伝え、かつ熱狂的に実況してくる。その熱気の勢いのままにぷるきゅぴどもが『司令室』にわらわらと集まってきて……おいコラ待てこら、お前らデルタをタクシー代わりにするんじゃない、デルタも甘やかすなコラ。
副脳蟲達が、『司令室』をきゅぴりながら好き勝手に追いかけっこしている。
生まれたての子鹿よりも貧弱で頼りない触手脚をびたつかせる様を「追いかけっこ」と言うには、いささか涙を誘うレベルで貧相なもんだが……某混沌カニバリズム神殺し異世界で最上級の罵りの言葉は「このかたつむりめがっ!」らしいな。
きゃっきゃと楽しむ割には「かたつむり」以下の速度でのろのろトロトロ這いずり回る様を見ていると、怒鳴りつける気も殺がれてくるから不思議なものだ。
さっきから嫌にウーヌスが熱いな。そしてそれに「おおおお!」とか一斉に声を上げたり、訳の分からない解説モドキを入れたりするイェーデンやらウーノやら。
いかん、つい俺まで聞き入ってしまった。
お前らあれか、血踊り肉湧く、スペクでタクルな怪獣映画が大好きですかそうですか、怪獣映画がそんなに好きなのかお前ら……。
詳しく報告しろとは言ったが、そんな臨場感たっぷりに熱血実況しろとは言っとらん……いかんな、前にやった『性能評価室』での闘技場形式のエイリアン達の戦闘テストで実況を任せたのが悪かったかもしれん。
まぁ、こいつらもサボっているというわけではない。
時折電流でも流したように脈略無くぷるぷるしているが……あれは【眷属心話】によって「エイリアンネットワーク」へ指示を下したり、情報を吸い上げたりしている時の動きである。
余談だが、ぷるきゅぴ検定準2級の俺には、もはやそのぷるり方の微妙な違いから、どれが誰なのかを見分けることすら容易い――。
「御方様……本気ですか?」
おっと、ル・ベリが慎重論を唱え始めたぞ。
【並列思考】によってウーヌス達への生暖かい鑑賞会を脇に追いやりつつ、俺は「諮問」に意識を戻した。
「そのつもりだ。ヒュドラがリッケル子爵にああして抜かれたんだ、要塞化計画は根本から考えなおす必要がある……明日より今日だ、打てる手は全部打つぞ?」
今、何が議題であったかをおさらいしよう。
結論から言えば、襲撃部隊は撤退させ、ゲリラ戦部隊は全帰還するまでに2割が狩られた。まぁ、敵も俺も迷宮領主であるから、失った兵力はそれぞれのやり方で補充していくわけだが。
それよりも戦況だ。
現在、【領域戦】から【眷属戦】へ移行しつつあり、地下部への出入口が全て露見した上に――その全てで入口を「根」の塊みたいな施設だか眷属だか判断に困るモジャモジャに覆われつつあったのだ。
初めは抵抗するべく小隊、中隊を送って撃退も試みたのだが……生産性皆無な押し合いへし合いが繰り広げられただけに終わった。
意地でも「火」を使わせようという嫌がらせか、それとも他に目的があってか。
ともあれ強制的に"籠城戦"状態にされたわけだが、主導権を握られるのも癪だったので、俺の方からも「坑道崩落」や【肉塊花】を使って奪い返せる範囲の「入口」をこっち側から塞いでおいた。
まぁ、その時にもまた一悶着エイリアンvs樹木の魔獣という闘争があったのだが、それは割愛しておく。
んで、最終的に20まで増やしていた出入口のうち4つほどが奪い返せず、完全に侵入の橋頭堡とされてしまっていた。どれも『環状迷路』に繋がっているから、大打撃というわけではないのだが、本格的な「侵攻」という嵐の前触れの沈黙。
そんな神経戦を繰り返しているうちに、夜が開けていたわけだ。
無為に過ごしていたわけではない。
いつリッケル子爵が「封鎖」を解いて侵攻してきても良いように『環状迷路』への防衛戦力の配置と巡回ルートをウーヌス達と共に構築していた他、ちょいとリッケル子爵の【眷属】どもの特徴と種類、役割分担なんかを分析していたのだ。
今回は【情報閲覧】を十分に使うヒマは無かったのだが、それでも「エイリアンネットワーク」による情報収集は、結構馬鹿にならないかもしれない。
まぁ、ちょっと考察していこう。己を知る者が彼を知れば、光と闇が合わさり最強に見える百戦百勝というわけだ。
まずは眷属どもから。
<トレントぽい樹人>
⇒ 暫定的に「トレント」と呼称
地上部の森に普通に生えていた樹が、突如として化けた魔獣である。
リッケルが来る前からそういう魔物で単に俺が気づいていなかっただけなのか、はたまたリッケルの能力だか何かで普通の樹がトレント化させられたか。
……もしも後者だとして、なぜ「森」を全てそうしないかだが、考えても見ればあんなでかくてトロい図体の魔物が、洞窟に攻めこむのは難儀だろうからな。
つまりリッケルによる"猫騙し"的な一撃だったわけだ。あんなに慌てずとも良かったな、おのれ。
<枝とか根を束ねて押し固めた獣みたいなの>
⇒ 暫定的に「木獣」と呼称
俺にとっての走狗蟲に相当する、現在のリッケル子爵軍の主力の魔物。
枝やら根やらたまに葉とか蔦までをねじって絞って束ねた上で、獣の形に無理矢理押し固めたかのような造形をしている、見ているとちょっと不安になってくるのが特徴な魔物である。
基本的には四足の……ちょっとスリムなイノシシみたいな造形なのだが、たまに六本足だったり、翼モドキが生えていたりとバリエーションがあるのが特徴。
そしてゲリラ戦している最中にピンと来たところだが、どう見てもうちの島の葉隠れ狼を模したような木獣が、急に出現し始めたんだよねぇ。
こいつらは後述する【種子】から育った【林】から産み落とされるのが特徴だ。
……にしても、俺はランナー育てるのにもいちいち幼蟲を経由しないといけないのに、最初からソルジャーの形で生み出せるとは。
『きゅぴ! 世の中は不条理なんだねぇ』
『おい、割り込むな』
<木獣を数倍でかくしたやつ>
⇒ 暫定的に「巨木獣」と呼称
木獣を数体~十数体合体させて生まれる、俺にとっての戦線獣か螺旋獣に相当する、重歩兵的存在。
こいつら何が厄介かというと合体する「木獣」の数がかなり自由自在なのである。
ゲリラ戦での手合わせを通して、リッケル側にも彼我の眷属同士の大体の戦闘力差が伝わっているのか……戦線獣を差し向ければ「数体」規模の巨木獣、アルファやデルタら螺旋獣を差し向ければ、十数体を超える規模の大巨木獣となり、用が済めばまた枝と根をバラして元の数の木獣に戻る。
多分、種族だか系統だかでは木獣と巨木獣は同じなんだろうよ。
<ヒュドラを模した「林」>
⇒ 暫定的に「偽ヒュドラ」と呼称
入江を占拠し、木獣を生み出し続けていた「林」の中から出現した。
やはり他の何か――動物とかの動きを擬している時点で、こいつも多分木獣の同類か、上位個体だろう。まぁ、あの後たっぷり30分は本物のヒュドラと戦い、粘るだけ粘って粉砕されたわけだが、それがなければ、こいつが制圧戦力として向かってきた可能性が高い。
というか、結構危なかったのかもしれない……「森」を焼き払った後で地上へ打って出ていたとしたら、正面からこいつを相手にする必要があったのだから。
大地に根を張ってがっつりと踏ん張り、ヒュドラの一撃で首を吹っ飛ばされても、周囲の木材を吸収して再生して粘る――これもまた魔素と命素頼りの力技と言えばそれまでだが、「力技」と馬鹿にするなかれ。
仮に偽ヒュドラを後数体はリッケルが使役できるとすれば、ヤツの蓄えも地力も俺よりは上である。それじゃあ、多少の奇策で翻弄し被害を与えたところで、正攻法で俺を踏み潰すことが出来るだけの自信は揺るがせないだろうよ。
「本物のヒュドラの足元にも及ばないがな、主殿」
「まぁ、お前はアレとは相性良さそうだしな。ヒュドラへのお礼参り前の練習台にするか?」
「……悪くはない。命じてくれれば、今すぐにでも」
「ふん、血の気の多いことだな。休息を知らぬ戦闘狂め」
リッケルに切り札を切らせたと考えれば、まぁリスクを取った価値はあろうかな。
あれはさすがに地上戦用だろう。
あんなの迷宮に入り込めないだろ、いくらなんでも。
『……きゅぴ? 本当にそうかなぁ』
さて、次はリッケル側の『施設』だ。
と言っても把握できているのは二つだけ。
<木獣を生み出す悪夢の木々。種子から成長した>
⇒ 暫定的に「林」と呼称
流刑船の一部として木片の中に埋め込まれる形で、俺の【情報閲覧】をかいくぐって入江に大量にばら撒かれた、今回の襲撃のメインギミック。
……観察していて気づいたことだが、「林」の一本ごとに異なる形態の木獣が生み出されている。
同じ「林」からは、同じ形状の木獣ばかりが産み落とされている。つまり、リンゴの木にパイナップルが生らないのと同様、その点では融通が効かない、と考えるべきかもしれない。
ま、そこはともかくとして、俺が物量差を覆すには、雑魚をいくら狩ったところで意味は無い。「林」を殲滅する必要があるわけだが――そのためにこそ、ル・ベリの慎重論をスルーして、俺は現在奴隷蟲達を大動員して、新しい広い大きな「坑道」を掘っている。
どこへ坑道が続いているかだって?
しばし、待つが良いさ。
開通してのお楽しみだ、全部ひっくり返してやる。
……食料の備蓄は十分あるし、いざとなれば【人界】へ出るというギャンブルもできるから、やろうと思えば籠城戦もできなくはないんだがな。
別に俺は「火」を使うことを渋っているわけではない。
エイリアン達はけっして火に強いとかいう都合の良い特性があるわけではない。ソルファイドの侵入の時にそれは判明し、改めて炎舞ホタルのベータに協力して【耐久テスト】を各系統達に行ったところ、体皮に含まれる特殊な粘液のせいなのかはしらないが、ゴブリン以上に燃えやすいという弱点が判明している。
従って「火」を使う時は、俺の迷宮にも相当な被害が出ることを覚悟しなければならない時だ――リッケルめ、事前の調査が不足していたな?
そして、ここまであからさまに焼き討ちを誘っている以上は、リッケル子爵には自分から火を起こす物理的な手段も魔法的な手段も無いことと――火によって利益を得る何かがあるか、少なくとも「木人間」となった彼自身を含む主力は、火の害を避けられる何らかの手段を持っているか、だ。
故に、俺は自分からも通路を封鎖して、籠城戦に付き合うかのような構えを見せつけたわけである。
つまりここまで露骨に誘われているのに、「火」を使わないことにこだわる姿勢を印象づけることで――逆に「ここぞ」というタイミングでの逆転として、俺がどうしても「火」を使いたいと思っている、と読ませる。
……まぁ、もし本格的に地下迷宮内まで植物まみれにしてくるようだったら、その時は観念して焼き払ってから、一か八かの勝負に出るが、まだだ、まだ我慢だ。
<出入口の通路を塞いでくれた「根の塊」>
⇒ 暫定的な呼称は――「根塊」で良いか
たった今、ウーヌスを通して巡回のランナーから情報が入った。
なるほどね。
【領域戦】と【眷属戦】を同時に仕掛けてきたというわけだ。
根塊から少しずつだが確実に根が伸び、洞窟内の壁に天井を這いながら、その制圧領域を増やしつつ――一部の「根」が、なんと「枝」に変化して、あろうことか俺の迷宮の、俺の【領域】の中で木獣達を次々に生み出し始めたのであった。
「御方様、出撃の許可を! このままでは飲み込まれます」
「良いだろう。ただし……撃退じゃあない。もっと奥深くまで、連中を引きずり込むんだ」
さぁ、第二回戦の開始といこうじゃないか。




