本編-0044 対リッケル子爵戦~海上の焼き討ち
「木人形」達との戦いを、ヒュドラは楽しむことができなかった。
彼らは死を恐れぬのではなく――死を知らぬ人形にすぎない存在である。
【偽獣】系統の木の魔物は、本来は獲物を油断させるために様々な物体に、それこそ鳥獣といった動物から乗り物や建物といった人工物にすら化ける性質を持つが、その本質は植物であるため、そこに闘志は無い。
【樹木使い】として使役可能となった眷属のうち、元の主であったテルミト伯の【人体使い】に最も近い魔獣として、リッケル子爵はこの系統の魔獣をとりわけ好んでいたわけだが、そんな事情はヒュドラには関係ない。
【魔界】落ちして、熾烈な縄張り争いを制して最果て島近海の覇者となったヒュドラであったが、【亜竜】として高すぎる知能を持っており、単なる「捕食者」で終わるにはいささか知的過ぎていた。彼は神々の"兵器"たる古竜の系譜にある者として、新たな心踊る「闘争」の好敵手に常に飢えていた。
――故にこそ、気まぐれに「流刑船」の乗客を何度か見逃してきたのである。
ただし、矮小なる存在達のうち誰を見逃すことになるかなどは完全に運任せ。そのような細かい調整に心を砕く竜などはいない。
が、そうした"戯れ"が、結果としては最果て島ゴブリン11氏族の歴史を生み、また半ゴブリンであるル・ベリの誕生の遠因となったのだが。
そんなヒュドラだったが……彼は、退屈なる日々の終焉が近いことを直感していた。
近年では最も手こずらされた【竜人】との再戦の誓い。
最果て島に新たな迷宮領主が生まれた気配。
その"新人"迷宮領主を巡って食指を伸さんとする、大陸の迷宮領主達の蠢動。
ヒュドラの思案を邪魔するように、また一つ保険としての足止め以上の価値を持たない「木船」が迫った。
嘆息しつつ、首の一つを振るって襲いかかる――。
"船"が突如豪炎を巻き上げ、ヒュドラの眼前で紅蓮に爆ぜ、燃え上がったのはまさにその時のことだった。
***
時は数時間前に遡る。
俺は司令室上で駒を動かし続け、【並列思考】でウーヌスを通して、エイリアン達を一つの生き物のように流動的かつ機動的に巡回させ情報収集に努めていた。
「大船団」のうち無傷で到着したのが8隻、そこから確認出来るだけでもリッケル子爵の「植物型」眷属は500体は下らない。
そこへ、ヒュドラへ盛大に破壊さればらばらになった木片に扮して、無事入江まで流れ着いた眷属も……100体程はいるであろう。
「情報」というのは単なる事実の羅列じゃあない。
「視点」が加わることで価値が生まれる。
そして俺から見て――リッケル子爵が、テルミト伯と戦っていたはずの彼が、正面からは撃破できないヒュドラを兵力の一部を犠牲にし続けてまで足止めしているという「事実」は、いくつかの「視点」を与えてくれる貴重な「情報」だ。
一つ、リッケル子爵はテルミト伯と最低でも休戦、おそらく和解をしていること。
大穴で、両者は「内戦」を演じていたに過ぎないという線もあり得るが……これはさすがに穿ちすぎな見方かね。
まぁ、内憂へのケア無くして外征などあり得ない。それに、そもそもソルファイドに寄生していた「目玉くん364号」はテルミト伯によって送り込まれたものだったはずだ。
すなわちテルミト伯が情報を流さない限り、このタイミングでリッケル子爵が攻め込んでくるわけがないのである。
二つ、リッケル子爵は短期決戦を望んでいること。
敵の主力――というより『生産拠点』は火の届かない入江に陣取ったままである。
ご丁寧にヒュドラが上陸してきて襲われないよう"足止め"をし続けているわけだが、これがどうにもおかしいんだよ。
そんなことをせずとも例の木片に隠されていた「種子」を最果て島の森へ放り込めば、ヒュドラなど気にしなくて済むはずだ……というのに。
例の元からある木を乗っ取る「トレント」にせよ、ヒュドラを抜けて揚陸してきた「後詰」の船団にせよ、入江の【種子】が進化した【林】を護る兵力は最低限のままに――森へズカズカ侵入してきている。
ソルファイドを逃したことといい、いかにも焼き払ってくれと言わんばかりじゃないか?
【樹木使い】が火に弱いのは当たり前。
それを逆手に取って囮の軍勢ごと森を焼かせ――その上から「林」を一気に侵食させる気なのだろう。
ということは、だ。
例の【種子】は、少なくともトレントのような、元からある木を乗っ取るような形での侵食はできず、リッケルが【領域戦】を仕掛けてくるには、むしろ今ある森は焼かれた方が都合が良いのである。
まぁ、あの自然ドキュメンタリーの早送り映像みたいな異常な成長スピードを考えれば、手がつけられないことになってしまうだろうな。
『きゅぴ。森ごと焼いた後で、火の海に突っ込んでくるってこと?』
『……多分、火を避けるなんかのカラクリを用意してんだろ。雨を降らすとかな』
『それを最初から陽動部隊さん達に使えば、犠牲は減る気がするきゅぴ』
ええい、痛いところだが――鋭いところを突いてくるな。
ぷるきゅぴのくせに生意気だ。
『捨て駒なんだろうよ……主力を焼き払ったと俺に思わせて、油断させて、その隙を一気に突けるだけの、切り札を持ってると考えて行動したほうが良い』
なんともまぁ、魔素・命素頼りの実にゴリ押しな【領域戦】である。
――地上部を『施設』の役割を持つ、例の入江の【林】に制圧された場合、リッケル子爵は最果て島において魔素・命素を補給できるようになる可能性が高い。
それは当然、その分だけ俺が得られる魔素・命素を横からストローでちゅーちゅー吸われているのと同義であり、自分の強化と敵の弱体化を同時に行える強烈な一手……それが、迷宮核の知識から、俺が理解した【領域戦】の本質である。
……万が一、俺が警戒して森を焼かないなら焼かないで、囮でもあるトレントと船団の眷属達でそのまま森を制圧すれば良い。ダンジョンの出入り口を固め島の地理を測りつつ兵力配置して、入江の「種子」から次々に生み出される木の獣で飽和攻撃を仕掛けてくれば良い。
その間に、ゆっくり木々を「トレント」化させ、空いたスペースに【林】が根を伸ばす。
そういう二段構えの戦略と見た。
そして「入江」に陣取る際のリスクとなるヒュドラに対しては――おそらく過日の「実験」は、どれぐらいの兵力で例の多頭竜を効率よく足止めできるか、それを分析していたに違いない。
おおよそ30分に1隻のペースで、現在は新たな「船」をヒュドラに向けて出港させているようだ。
だが。
そここそが、リッケル子爵の戦術の『急所』である。
目にもの見せてくれるよ。
どうやるかって?
俺に良い考えがあるんだが、まずは聞いてくれ。
【炎舞ホタル】は可燃性の酸を撒き散らす特性を持ち、また【噴酸ウジ】から進化した存在である。
他の系統でもそうだが、俺のエイリアン達における「進化」が、基本的には前の姿や特徴を元にしている――突然、何を言い出しているんだだって?
炎舞ホタルの「酸」と、噴酸ウジの「酸」は性質が似ているんじゃないかという話だよ。すなわち、噴酸ウジの「酸」もまた、可燃性に変えることはできないか、という気付きだ。
結果から言えば、炎舞ホタルの可燃性の酸を混ぜれば、いけた。
そして予想通り、【爆酸マイマイ】の酸も、いけた。
まぁ、これを利用した【罠】が【溶焙烙】なわけだが。
……こいつを応用して、目にものを見せてやろうってのさ。
***
防衛側かつ兵力的にも不利であるにもかかわらず、オーマは全兵力の半数にも及ぶ襲撃部隊を編成して出撃を命じた。
アルファ、デルタら螺旋獣の指揮下、走狗蟲150体の陽動部隊。
そしてソルファイドが率いる戦線獣15体からなる襲撃部隊。
陽動部隊が副脳蟲達の連携下、森へ侵入してきた偽獣の軍勢にゲリラ戦を仕掛ける。これは終始エイリアン側が有利で、リッケル子爵の軍は翻弄され続ける。
というのも、今回リッケル側の主力である【偽獣】系統の魔獣の最下級である【たわみし偽獣】は、"眷属"としては事前に指定された動物等しか模倣できない。
そこでリッケル子爵は【偽獣】の大半について、テルミト伯がソルファイドの「目」を通して得た情報から、オーマが「洞窟型」の迷宮を構築していると判断し、地下洞窟での【眷属戦】を想定して、それに向いた獣である『ヨロイ穴熊』に擬させ――【種子】に装填していたのである。
しかし実際のところ、戦いの火蓋を切ってみれば、オーマは【樹冠の枝道】を活用した立体的なゲリラ戦を仕掛けており、【偽獣】達は主に頭上からの襲撃によって、激しく消耗していくこととなる。
入江から森の中の各地へ侵入し、オーマの地下洞窟への侵入口を探す作業をしようとすると、どうしても兵站線が長くなってしまう、ということもまたリッケル子爵が主導権を握れなかった一因である。
『木でてきてるのに木登りが苦手なんて、変だきゅぴ』
『いや、その理論はおかしい……葉隠れ狼を投入したのは失敗だったな。徐々にだが模倣されちまってるな』
オーマの溜め息通り、ゴブリンと葉隠れ狼を組み合わせた即席の『狼騎兵』が捕獲され、その性質を「模倣」させることで、徐々に『枝道』でも縦横に動き回れる【偽獣】が増えてきたわけだが――実はこれは、結果から言えばリッケル子爵を不利にさせたのであるが、その理由は後述しよう。
「森」におけるマクロな戦いに話を戻せば、陽動部隊を動かすに際して、オーマは「いつ森を焼くか」のタイミングを図っているかのような誘導を心がけており――リッケル子爵相手に心理戦を仕掛け、トレントの件で驚かされたことへの意趣返しを行っていたのである。
これにリッケルも乗り、追加の【宿り木トレント】を投入して"その時"を誘い、また並行して森の中に巧妙に隠された地下迷宮への出入り口の位置を、妨害を排しながら確実に確認していく。
だが、実はこの心理戦と盤上遊戯の如き読み合い戦自体が、リッケル子爵の注意力を引きつけることを目的としていた。
技能【高速思考】【並列思考】はあくまでオーマ自身の固有技能であり、そこにウーヌスらによる補助が加わるため『操作量』という点では勝っているとオーマは踏んでいた。
事実、隙あらば森を抜け、入江の【林】を襲う構えを見せられてはリッケルの対応は後手とならざるを得ない。
固有技能【木の葉のざわめき】によってリッケルもまた「音」から森での様々な動きを把握していたが、なまじ葉隠れ狼の性質を【偽獣】に模倣させて「枝道」にまで探索と戦いの舞台を広げてしまった結果――端的に言えば、彼の処理能力を越えてしまったのである。
地上を注意すれば「枝道」に送った小隊を切り刻まれ、「枝道」に援軍を送れば入江を襲撃される。かといって入江を守ろうとすれば、地上の侵攻部隊が押し返されかねない。
オーマがゲリラ戦に徹して、被害を与えるよりは被害をうけることを避けるような慎重な運用に努めたため決定的な打撃は受けずにいたが……逆に森へ送り込んだ大部隊が分散させられることとなり、ますますリッケルの『操作量』を圧迫するのであった。
この最中、ソルファイドと戦線獣達からなる別働隊が入江の一角――ヒュドラを足止めする「船」となる【虚獣】――【偽獣】の上位種――を装填された【林】を急襲したのであった。
見張りの【虚獣】数体をソルファイドが相手取り、丸太や角材を持った戦線獣が散々に暴れて、辺りには破砕された木材が大量に散らばる。
――実は、この丸太にこそオーマの罠が詰まっていた。
迷宮制作時に設置した罠の一種【溶焙烙】用に蓄えていた大量の「酸」に、炎舞ホタルの可燃性の酸を混ぜて文字通り水増しし、それに丸太を浸からせたっぷりと吸わせた代物なのである。
リッケルが精鋭を引き連れてソルファイドらを撃退しに来た頃には、襲撃部隊は完成間近の「船」を破壊して遁走した後。
「ヤレヤレ……無駄ナ努力ヲ」
そうリッケルが嘆息し、【林】へ魔素と命素を供給して――破壊された「船」を再び修復するような命令を下したわけだが、オーマは既に彼の眷属達の性質を見抜き、計算づくの上で「船」だけを破壊させていた。
【偽獣】はともかく、【虚獣】級以上への生成には、魔素と命素意外にも「材料」が必要なのである。
その材料として、リッケル子爵が去った後、「船」は自己修復のために襲撃の後周囲に散らばっていた木材を吸収同化することとなったわけだが――可燃性の酸は言うに及ばず。
ソルファイドの火竜骨の剣によって一部が「火のついた木炭」と化した木材までをも、取り込むこととなったのである。
さらにこの一部着火木炭の木材、周囲を可燃性の酸を含まない木材で囲んで固めることで、火が外へ達するまでの時間が調節された、言わば「即席時限式の火種」とも言えるものである。
そうとは知らない「船」型の偽獣達は、そんな危険な木材を仕込まれ――ヒュドラへ向けて出港することとなったのであった。
そして"火種"はヒュドラの眼前で可燃性の酸に引火。
激しい燃焼を起こして爆ぜ燃え上がったというわけである。
『……見事に決まったな、主殿。まさか、あれでヒュドラが怒り狂うことまで計算の上だったのか?』
『いや、さすがにそれは運が良かっただけだ。単に「船」の生成タイミングをずらせればそれだけで良かったんだよな』
足止めされている沖から入江まで、ヒュドラが全力で泳いでくれば数分もかからない。
その数分を潰すために――「船」を即座に修復されないよう、襲撃部隊の撤退から時間差で燃え上がるように仕込まれていた、というわけである。
***
「ヤッテ、クレタネ……侮ッテイタ……!」
爵位はおそらく『男爵』か、十に一つで良くて『上級男爵』。
扱う眷属は"魔獣"型ではあるが、新種だらけの【稀種】の迷宮領主。
ただしゴブリンや鳥獣を使役しており、今時は珍しい『非特化型』の可能性有り。
魔法的な機能は弱く、迷宮の機能は命素に偏った『命素型』。
従って元テルミト伯の傭兵であった竜人の"火"は、散々見せつけた「樹木」への貴重な反撃手段と考えるはず――。
それが、魔界でも指折りの研究家でもあるテルミト伯の分析を受けて、リッケル子爵が考察したオーマの実力であった。
だが、生け贄であり陽動であり、同時に「種」として森へ送り込んだ部隊が、おぞましさすら感じるほどの高度緻密な連携に裏打ちされた執拗なゲリラ戦に遭って、想定以上に損耗させられ、さらには如何なる手段によってか、ヒュドラを足止めするための「船」を焼き討たれてしまった――それも、ヒュドラの面前で。
兵力にまだまだ余裕はあるが、思惑が片端から外れてしまっている。
強襲を仕掛けた早々に出鼻をくじかれ、リッケルとしてはプライドを傷つけられた気分であった。
「全ク……話ガ違ウヨ、若君」
"火竜の火"によって着火され眼前で燃え上がった「船」を、ヒュドラはソルファイドからの挑発と見なした。
その意気や良し、とばかりに足止めされていた鬱憤を晴らさんと、11ある全ての首から怒りと喜びの入り混じった【竜の咆哮】を轟かせ、まるで津波の化身の如く入江へ猛然と迫ったのである。
事、ここに至ってはリッケル子爵が入江を『生産拠点』として維持し続けることはできない。
あくまで「最低限」の兵力で効率よくヒュドラを足止めし、その間に「森」を奪う計画であったため――一度狂わされた足止めのリズムは容易には修復できないものであった。
「船」を建造している【林】ではなく、地上部隊たる偽獣達を産み落とす【林】の方へ、怒涛となって押し寄せるヒュドラを前にして――リッケル子爵は切り札を切らざるを得なかった。
『きゅぴ!? ヒュドラがもう一体!?』
『コワイ!』×5
『ほう……詳しく報告しろ、ぷるきゅぴども』
それは【偽獣】系統の上位種の一つ――幾度もヒュドラを足止めし続けることで、その形状と特質を模倣することに成功した――【捻れる欺竜】である。




