本編-0043 対リッケル子爵戦~入江の戦い③
「父親ハ誰ダイ? ――僕モ彼女モ、魔人トノ間ニハ子ハ残セナイ、ソウ改造サレタノダカラネ。君ノ存在ハ、トテモ興味深インダヨ」
まるで今日の天気を聞くような気軽さ。
あるいはリッケル子爵は、リーデロットがゴブリン氏族に捕らえられた悲運を知らないから、そのようなことを問えるのかもしれない。
だが、オーマによって自らの身に起きた"変化"をあえて教えてやる気はル・ベリには無い。勝手に推測していれば良いし、勝手に勘違いしていれば良い。
そんなことよりも、母の破滅の仇たる存在が、今自分の手の届く所にいる。
オーマと出会いその軍門に下るよりも前から、ル・ベリが最果て島を「出る」ことを目標として、「船」を作るという野望を抱いていた、その目的の一つである。
「ダンマリカ……釣レナイネ? りーでろっとハ良イ母親ダッタノカナ? 君ニナニヲ教エタノカナ? 息子クン、僕ハ君ガトテモ羨マシイ。彼女カラ産マレテ来ル時ハ、ドンナ心地ダッタンダロウネ?」
なぜ、母を?
なぜ、お前が?
頭の中で「なぜ」がグルグル回る。
そして幼い半ゴブリンであった時に、理解できなかったことを、今不意に悟った。
母が故郷の話をする時に、望郷の念を感じさせつつも――戻りたいという願いをけして見せなかったことに。
どこか安堵したような、何かから逃げ切ったような、落ちるところまで落ちてそこに安住してしまったような諦念があったのではないか、と。
ゴブリン達による輪姦ですら、彼女が味わった"地獄"と比べれば、なんてことは無いものだったのだ。
『ル・ベリ、俺の第一の配下よ。そこの木偶人形の相手は後に取っとけ。捕らえればいくらでも尋問し放題だ』
【眷属心話】を通してオーマの指令が下る。
しかし感情に突き動かされるまま、ル・ベリが【異形:四肢触手】を振り上げ――無謀な突撃を制止したのは、切裂き蛇のゼータであった。
するりと流線の軌道を描きながら、前へ脚を踏み出そうとしていたル・ベリの背後へ達し、両鎌を彼の首に突き付け、警告するように「シャァアアッ」と鳴く。
「ぐぅ!」
「個」を得つつあることを自覚さえしていた"名付き"の一体として、ゼータは創造主オーマの命令に従うために、どうすれば良いかを自ら考えるようになっていた。
"警告"は鳴き声と同時に副脳蟲達のエイリアンネットワークを通して【心話】でル・ベリに伝えられ、彼は歯を食いしばって衝動をこらえる。
デルタを起点に走狗蟲達がジリジリと後ずさる中、【偽人】の身体を持つリッケル子爵は、特に襲いかかることを命じる素振りを見せない。
しかし、兵力の拡大は絶え間なく行っており、【枝獣の林】からは次々に【たわみし偽獣】が産み落とされていた。
そして彼の背後には――数隻を犠牲にすることで、ヒュドラをすり抜けてきた「大船団」が8隻、入江に到達しようとしていた。
「オイオイ……ココマデ来テ退クノカイ? ソウイウオ預ケハ嫌イダヨ……語ラオウジャナイカ、オ互イノ知ラナイりーでろっとノコトニツイテ」
『森へ引きずりこめ』
***
入江でル・ベリが思わぬ抵抗を見せたのは意外だが――彼の境遇を考えれば、やむを得ないか。
ひとまず俺は動かせるゴブリン奴隷……母体となる生殖可能な雌と、種馬として残した数体の雄、それから幼体達を残した全部を「入江」方面へ差し向けた。
残りは、遺憾ながら迷宮に一時入れておくしかないだろう。この戦いが終われば、また増やせるのだが、そのための"種"まで全滅させる訳にはいかない。
それから走狗蟲1個大隊に任せていた"葉隠れ狼狩り"も、「入江」方面へ追い立てさせることにした。
足止めにはなるだろうよ。
『ウーヌス、状況報告を』
『きゅぴ! 機動偵察班のみんな以外は、地下への撤退が完了したよ!』
『よろしい。【火属性砲撃花】は所定の位置へ配置しておけ』
次々に報告が入り乱れるのを、副脳蟲達を通して整理していく。
エイリアン語によって送られてくる戦場のイメージを、『司令室』の盤上で最果て島の立体地図上の"駒"を動かしながら、リッケル子爵と読み合う。
「入江」ではランナー達を捨て駒にして、ソルファイド、ル・ベリ、デルタ、ゼータを「森」へ撤退させた。
「大船団」と合流することを優先しているのか、追撃の手は鈍い。
ランナー達が全滅する頃には、逆方向から追い立てられたゴブリン奴隷と葉隠れ狼達が、ル・ベリらと合流。
ル・ベリが【奴隷監督】によって恐怖心を削ぎ落とされたゴブリンを、元【獣調教師】であった時の動物調教に関する『継承技能』によって言うことを聞かせた葉隠れ狼へ騎乗させ――即席の"狼騎兵"の完成である。
最果て島の森を駆け抜けることに長ける葉隠れ狼を、タガを外したゴブリンに騎乗させて、ノコノコと森へ入り込んできた木獣達を襲わせる。
無論、これも捨て石兼足止めではある。
だが、報告を聞く限り、狼騎兵は思いの外"当たり"な組み合わせであったのか、縦横に木を登りつつ頭上から木獣達を襲撃し、いざとなれば背に乗せたゴブリンを囮にすることで、確実にリッケル子爵軍を撹乱できている様子。
『……これでゴブリン奴隷は打ち止めだ。ウーヌス、子爵サマは――動いていないのか?』
『きゅぴ。今も「入江」に陣取って、すごい速さで「木獣」達を生み出してるよ……あ!』
『なんだ?』
『きゅ、きゅぴぃ。ヒュドラを足止めしてた船が全滅したけど……「入江」で新しい「船」を作って、それをヒュドラにけしかけてるみたい!』
なんだって……?
それは、とても興味深い情報だなぁ。
『ル・ベリに伝達。ボアファントも根喰い熊も、繁殖用に残す以外は全部突っ込ませろ』
ヒュドラを恐れていなければ、島へ上陸した後も「足止め」のための兵力など捻出しないだろう。
だがそもそもの話、さっさと内陸部の「森」へ入り込んで来れば良いのだ。そうすればヒュドラなんて気にせずに済むというのに――「入江」からすぐに移動できない理由があるということだろうか。
だって【樹木使い】なんだろ?
マングローブじゃあるまいし、海辺の砂浜を「林」に変えるというのは、どうにも自ら"地の利"を放棄しているように思えてならない。
一方で、「大船団」と合流し上陸してきた戦力と、入江でガンガン生産し続けている眷属達は、次々に森へ入り込ませてきている、と。
テルミト伯と何度も戦ったというならば、おそらく【竜人】ソルファイドのことも警戒してんだろ。
素直に考えれば、森へノコノコと全軍で入ったところをまとめて焼き払われることを警戒している、とも考えられる……それが策の第一段階だったわけだが、まぁ看破されないと考える方が驕りだな、それは仕方ない。
だが、それならばなぜ、先ほどソルファイドを全力で狩ろうとしなかった?
これらが何を意味しているのか。
迷宮核の知識を探り、迷宮抗争に関する部分を改めて確認してみよう。
……。
――あぁ、そういうことか。
「狐め。わざと森を焼かせようってか?」
そうかい。
そう来るつもりなら、是非とも裏をかいてやろう。
『ウーヌス、ベータとソルファイドに伝達。内容は――』
***
愛玩眷属である【豚の尻】をぎりぎりと踏みにじりながら、テルミト伯が垂れ幕上に映し出される映像を検分する。
リッケル子爵がヒュドラに連日送りつけている「流刑船」の中に忍び込ませておいた【飛来する目玉】からの中継映像である。
浮遊能力を持った偵察用の眷属が「目玉」のみであり、音声が聞こえない点は引き続き研究テーマではあるが、大まかな状況把握には十分。
しかし――。
次の瞬間、目玉の前に枝と根でできた"蜘蛛"が現れ、ぶつんと映像が途絶えた。
舌打ちをし、テルミト伯が【7原色の瞳】達に新たな指令を送る。
すると新たな映像が垂れ幕上に映し出された。
別の流刑船に忍ばせた「目玉」であるが……これもまた、"蜘蛛"に狩られるのは時間の問題かもしれない。
「ガキめ……よほど、私に見られたくない"何か"があるようですね?」
「思いの外、抵抗が激しいみたいですね、伯爵様」
「あんな古典的な手に引っかかるなんて、"新人"丸出しかと思ってましたけど」
「でも、堪らずゴブリンを繰り出してくるなんて……程度が知れますね」
くすくすと笑うは、テルミト伯の最高傑作たる少年エネムと少女ゼイレ。
現在ではテルミト伯の苛立ちも大分治まってきており、食料や飲み物を運んでくるメイド達の入室も解禁されている。
「それでも迷宮核に選ばれたことに違いはない――あまり相手を甘く見ない方が良いですよ? エネム、ゼイレ」
傑作二人を窘めつつも、テルミト伯自身余裕の表情は崩していない。
いちいちリッケルの"蜘蛛"に狩られてしまうため映像は断片的ではあるが、それでも「流刑船」から最果て島の入江での戦闘状況を見るに――リッケル子爵は『領域戦』を仕掛けようとしているように見えた。
「これだから嫌なんですよ、"植物"を使役する系の連中を相手にするのは」
迷宮抗争における最終的なゴールは、敵の迷宮核を制圧するか破壊すること、または迷宮領主本人を殺害するか捕らえることである。
そしてその過程として、【情報戦】を除いた狭い意味での【迷宮抗争】としては、2種類の「戦いの段階」が存在する。
すなわち、自らの眷属達を迷宮に攻めこませて敵の防衛戦力を撃破する【眷属戦】と、敵の迷宮の【領域】を削りとっていくことで迷宮経済を破壊しつつ防衛機能をも剥がしていく【領域戦】である。これはそのまま、魔素と命素によって迷宮領主が生み出すことのできる存在が【眷属】と【施設】の2種に大別されることと対応している。
そして【領域戦】においてであるが、迷宮同士の「領域」が隣接しあるいは重なった時に、【領域】系の技能の強弱、迷宮領主としての特性――◯◯使い――と地形の相性、【施設】自体の性質など様々な要因から、その「領域」の支配権がどちらに帰属するのかが判定されるのである。
「"植物"系の連中は――後先考えずに魔素と命素を垂れ流せば、【領域戦】こそが本領ですからねぇ。まぁ、大公閣下が入れ知恵したのでしょうが」
「確かに……既にある"森"を奪い取るのは得意でしょうけれど」
「あの"竜人"が新人の軍門に下ってるんですよね? 森を焼かれたら【領域戦】の有利さが無くなるのでは? むしろ、一瞬で灰にされかねません」
人差し指を左右に揺らしながら、エネムとゼイレに「ちっちっち」と舌を鳴らすテルミト伯。
「座学は順調ですが、そのあたり、貴方達はまだ現実の"戦い"を知らないようですね――逆ですよ。植物系の連中と【領域戦】をする時は――他に何も【施設】が無いならば、その"領域"内にむしろ大量の木を植えておいた方が良いのです」
なぜなら、とテルミト伯が両腕を広げ、肩をすくめたような表情を浮かべる。
「焼け野原にしてしまえば、それこそ連中に"植樹"する機会を与えてしまうじゃないですか?」
「……魔素と命素の蓄えが十分にあれば、力技で相手の【領域】を奪ってしまえる。確かに厄介ですね」
「その分、個々の【眷属】の戦力は控えめなんですがね」
それにしても、とテルミト伯は内心でリッケル子爵の行動について思案する。
今エネムとゼイレに語って聞かせたのは、あくまで「後先考えずに」全力で侵攻する場合のことだ。
現に、グエスベェレ大公から十分な支援を受けたリッケル子爵でさえ――あれほどの強襲を行うためには、自身の居城である【枝垂れる傷の巣】をほぼ空にしてしまわざるを得なかったのだ。
これで、彼が貯めこんできた大量の魔素と命素はほとんど吐き出されただろう。
政敵の弱体化はそれはそれで結構なことであり、仮に最果て島制圧に失敗したら、もう一度屈服させることも容易にはなるのだろうが――テルミト伯にはやはり、リッケルという元部下が理解できなかった。
(魔人貴族としての栄光には、一切の興味が無い……ということですか? いや。狂人の行動に理由を求めてはいけませんね。考えるだけ疲労でしかない)
"新人"と"元部下"のいずれが勝利するか、テルミト伯には未だ測りきれていない。




