本編-0034 主の隣に這い寄る脳髄
【48日目】
竜人ソルファイドが【抽出臓】の中から腕を突き出し、『目玉くん364号』を自分の目玉ごと引っこ抜いて放り捨てたように、別に「抽出中」だからといって体を外に出せないわけではない。まぁ、あまり外に出る部分が多いと、わらわらと触手が伸びてきて、やんわりとされど強引に引きずり戻されるわけだが。
それと、眷属心話も妨げられることは無かったどころか、抽出臓が消費MPを肩代わりしてくれていたため――むしろ効率良く『エイリアン迷宮』をリソース管理できた。結局、入ってる間に【高速思考】と【並列思考】に1ずつ振ったしな。
それでもすることが無かった時は、無心に迷宮核の知識を学び漁っていた。
「御方様、ご帰還お喜び申し上げます」
「なぜ主殿は、あれを経験してそうもケロリとしていられるのだ」
「自分で言ったではないか、竜人よ。"迷宮の眷属は主を傷つけぬ"……お前が異物扱いされるのも当然だな」
「ふむ、それもそうか――ところで魔人。お前はあれに入ったのか?」
「……似たようなものには入った。そんなことがどうかしたのか?」
「いや。聞けば、主殿の眷属は――獣や魔物ども、果ては植物の"特質"を学ぶという。そんな魔物がいるなど、やはり魔界は恐るべき場所だが……俺やお前、そして主殿自身から抜き取った"特質"とはなんだろうか、と思ってな」
新たな称号の固有技能【心眼】に点振りをしてやった影響か、ソルファイドは周囲の様子を把握するのにほとんど苦労はしていない様子。
痛々しい生傷の跡を、薄布一枚で鉢巻のように結んで目元を覆い隠している様は、歴戦の戦士であると同時に苦行僧のような印象も与える。
ざんばらに切り揃えられた赤髪と、やや赤みがかった灰色の肌の上に、顔を含め全身の6割ほどを覆う濃灰色の"竜鱗"を備える姿と相まって、南アジアなエキゾチックさを醸し出している。額がやや発達していて広いが、それも人間と比べればデコ広の範疇には収まるだろう。
ガッシリとした骨格は技巧派キックボクサーを思わせるが、両眼が喪われたことと、例の廃人生産技能の後遺症で、無骨を通り越して鉄面皮な能面であり、威圧感はなかなかのもの。始終、端正な顔を苦虫を噛み潰したように歪めているル・ベリとは、また異なる迫力であった。
ソルファイドは数え年35歳らしい……そう聞くとおっさんに聞こえるかもしれないが、並みの竜人であっても平均寿命は100歳を超える。まして先祖返りの性質色濃いソルファイドは、下手したらエルフ並みの寿命はあるかもしれない。
その意味では、武勇は優れども、種族としてはまだまだ若者に過ぎないようだ……まぁ、大事なのは肉体年齢より精神年齢だしな。
「良い気づきだ、ソルファイド君」
話を戻すが、あまり頭を使うタイプではなくとも気づき自体は鋭いのだろう。
この点、地頭が普通に良く言えば理解してくれる秀才官僚タイプのル・ベリとは、また異なっているか。
まぁいいや。
【抽出臓】へ実際に入ってから――俺は抽出臓自身とも【眷属心話】をした。
ファンガル種だってエイリアンなんだから、当然だな。で、これによって、因子を"絞られる側"と"絞る側"両方の感覚を比較することができて。
それにより、俺は、やはり『因子』は"現象"をベースにしたものだ、と確信した。
何て言えばいいかな。
"遺伝子"が生物の設計図ならば――"因子"は『現象の設計図』である。
【抽出臓】へ入って十数日。
肉々しいその見た目とは裏腹に、当初予想していた肉体的な責め苦という点では、"絞られる"気持ち悪さというのは然ほどでもなかった――【強靭なる精神】の効果かも知れないが、深くは考えない……そりゃ「肉の布団」に包まれて、まるで俺自身が肉団子の一部にでもされたような、我思う故に我肉塊なり的な悟りを開けそうな"ぶにゅぶにゅ感"はあったが。
ただ、そうした肉体的な感覚よりも、むしろ触手の先端から魔素と命素が放出され、まるで全身をくまなく走査されているかのような不快感の方が強かった。
超音波でも放射能でもX線でもレーザーでも良いが、目に見えない謎物質によって体内を透過されて隅々まで調べ上げられる、という事実に対する嫌悪感みたいなものか?
えも言われぬ"感覚"によって視られ、聴かれ、嗅がれ触れられ、味わわれ、さらに言葉にできない第六感や第七感のようなものによって、丹念に調べ上げられるという体験だ。
――これを【眷属心話】によって"絞る"側の感覚を知ったことで、上の悟りに至ったわけである。
【肥大脳】因子の解析%が増していくのと比例して、俺の中で一つのパズルが、ピースが一つ一つ組み合わさっていく。俺という存在が生物的・物質的・魔法的・概念的に分解されていって、それが"因子"として再構築されていくような奇妙な感覚が、過程として、実によく理解できたのだ。
結論。
俺が"因子"と認識したものが"因子"となる。
そうだな。
ゲームだかプログラムだかの作成に似ているのかもしれないな?
「ある機能」が欲しい、と顧客から依頼された場合、顧客は別に「その機能」を実現するための細かな手段だとかは、極端な話どうでも良いのである。
「その機能」を使ってやりたいことがあるわけで、それがどんな言語で記述されたものであろうが、黒猫白猫論と同じ感想しか持たないだろう。
例えば【強酸】。
噴酸ウジと爆酸マイマイの違いを考えてみてくれれば良い。体内で酸を生み出す仕組み自体は、生物学的には共通しているかもしれないが、爆酸マイマイは進化前の「酸を口から吐く」という能力は、あっさりと失っている。
しかし、それでも問題ないのである。【強酸】という現象を引き起こすバリエーションとして、どちらのやり方も"あり"なのだから。
……これは。
まだ、配下2人には明かせないな。
ここまで「自由自在」だとは、正直予想してすらいなかった。俺が「新しい現象」を認識した場合、それがそのまま「新しい因子」として発生する可能性すらあるのだ、少なくとも、俺の【エイリアン使い】の権限内においては。
だが、もし他の迷宮領主達も「同じ」だとしたら。
迷宮が、本当は何のために存在しているものなのかが――俺の想像以上に深淵過ぎて、全く分からなくなってしまったよ。
そうだな、厄介度合いで言えば、俺が様々な情報を"数値化"して把握できることがひょっとしたら厄介かも……なんてのよりも、遥かに厄介な"気付き"である可能性がある。
――下手したら【魔界】の神々にすら気付かれてはならない可能性だってある。
水面鏡に映った自分自身の顔が酷くやつれて見えるのは、肉体的な疲労のせいだけではない、というわけだ。それでも強気な笑みを浮かべているのは、我ながら逞しい表情筋であることで。
「さて、お前ら。それじゃ、俺が寝ていた間の進捗を確認しようじゃないか」
***
島の動植物の探索――"因子狩り"の障害物となるゴブリン達は陥落させた。
正体を隠す必要が無くなったことから、走狗蟲達に加えて、奴隷蟲達を、ひいては300体近くいる幼蟲達をも、調査と探索のために島中に解き放った。
確かにこいつらは脱走の名人であり、俺の命令をあまり理解してはくれないが、それでも立派な「迷宮の眷属」だ。
【眷属心話】を通して多少の情報は得られるため、何か妙なものを見つけたならば、後はランナーやら命令をちゃんと聞くヤツを送り込めば良い。
そして"因子"における成果は、下記のとおりである。
<解析済因子>
【伸縮筋】【強筋】【猛毒】【強酸】
【魔素適応】【命素適応】【隠形】
【肥大脳】 ← New!!!
たった今俺自身から「搾り取る」ことで、取得出来たばかりだ。
【風属性適応】 ← New!!!
ブエ・セジャルと彼の弟子ゴブィザード達より。ゴブリンの特質なのか偶然なのかはわからないが、風と火以外の属性適応因子は得られなかった。
【火属性適応】 ← New!!!
主には竜人より。
【硬殻】 ← New!!!
ゴブリン達の黒曜石採取場に自生している、石に根を張る植物。それからその植物ごと黒曜石を齧る『ヨロイ穴熊』より解析。
【酒精】 ← New!!!
ル・ベリが半ゴブリン時代から使用していた、ボアファントの方向感覚を狂わせる効能を持つことでも有名な夜啼き花より解析。
【高機動】 ← New!!!
森の木々の枝々、根と根の間を跳ね回って移動する草食動物『跳ね山羊』より。
<解析中因子>
【硬骨:解析率29%】 ← New!!!
最果て島の食物連鎖の頂点に立つ根喰い熊より。
暴れるせいで【抽出臓】の中で大人しく絞らせてくれないため、狩りによる解析に切り替え。島全体でも二十頭ぐらいしかいないため、間違って絶滅させないように注意。
【飛翔:43%】 ← New!!!
血吸カワセミなどの鳥系生物より。
どうも、あまり小さすぎる生物は抽出臓では効率が悪いようである。
さりとて大型の鳥は最果て島には居らず、超大型の空飛ぶ生物はヒュドラに捕食されてしまうため島に寄り付かない。
【粉塵:25%】 ← New!!!
洞窟拡張中に見つけたホコリっぽいキノコから。
近づくとアスベスト的なホコリをばら撒いてかなり厄介だった。そのくせデリケートで、採取して場所を替えて栽培しようとしたら、とっとと枯れやがった。
栽培方法を確立するよりは――100%に必要な量を採取するのを優先すべきかな、これは。
【探知:1.5%】 ← New!!!
例の盗撮伯爵の眷属【盗視る瞳】より解析。
【水棲:3%】 ← New!!!
種々の川魚より解析。鳥系と同じ問題を抱えている。仮にこれでエイリアンを進化させて水泳能力を獲得できたとしても、ヒュドラをどうにかしなければ、単なるエサやりにしかならないだろうけどな。
……とまぁ、ざっとこれだけの成果が得られた。
【抽出臓】とて万能ではない、ということがわかったのも収穫か。入れる生物の大きさに左右されるし、植物系には効果がほとんど無い。
引き続き、【因子の解析】とランナー達に食わせる"間接解析"も組み合わせる必要はあろう。
そして、これらの新因子によって、俺の権能たる【エイリアン使い】は「第3世代」を生み出すことができるに至ったのである。
既に登場した【螺旋獣】のデルタや【爆酸マイマイ】などだが……紹介はもう少し待ってくれ。
――俺が抽出臓に自ら絞られに入って十数日。なんとまぁ、他の「第3世代」進化組がまだ進化未完了なのである。こいつら、進化にかなりの時間がかかる。
だから、後もう数日だけ待ってから、まとめて紹介しようと思っている。
……ん? 時間がかかるなら、なおのこと予め量産しておかないのか、だって?
簡単な話だ。
実はだな。【生成魔素】と【生成命素】が結構な量になるんだよ。
簡単に言うと4桁ほど――デルタのステータスを見る限り、維持命素と維持魔素は、まぁ「第3世代」だしこんなもんだよね、と許容できる範囲ではあるんだが。
だが、これはまだまだ可愛い問題。
デルタと数体の爆酸マイマイを「第3世代」に進化させた辺りから……"眷属"としての、俺との繋がりが、なんというか「重く」感じられるようになったのである。
別に、よくある召喚ゲームのルールみたいに、HPやMPの最大値が減少させられている、とかいうわけではない。だが、こう【精神】を一部占領されているような、そんな明確な違和感があった。
そうだな。着衣水泳ってあるだろ? 身体が重くなって、泳ぎにくくなるあれ。
――それに似ている。何かを考えたりする際に、"眷属"の存在の重さとでも言うべきものがまとわりついてきて、余計なエネルギーを使うというような、そんな感じである。
今はまだ、大きな支障が出るほどではない。
だが、今後「第3世代」をさらに増やしていったら、まずいかもしれない。
そう直感できるほどの違和感だったのだ。
「だというのに、どうして新たに"進化"させているのだ? 主殿」
「話を聞いていなかったのか、トカゲ頭め……御方様がなぜ自らあれに入ったのか、忘れたのか?」
あぁ。
そう言えば、ソルファイドにはまだちゃんと話していなかったかもしれないな。
ってわけで、大本命の登場だ。
【副脳蟲】。
エイリアン達の「同調能力」によって生じる脳みそ処理能力の疲弊を、押し付けることができる存在――もし俺が「第3世代」達に対して感じている"重さ"の原因が同種のものだとしたら?
その意味でも、こいつは俺の迷宮がさらに発展する起爆剤になるだろう。
しかも、だ。
こいつは、何を隠そう【第一世代】である。
その意味は、幼蟲から分岐進化した世代であり、奴隷蟲や走狗蟲とは異なる系統となることを意味している。
走狗蟲が各種の「戦闘」型エイリアンの進化元となり、
奴隷蟲が各種の「施設」型エイリアンの進化元となったように、だ。
そして、あら不思議!
今俺の足元には、2時間前に満を持して【進化】を命令していた、【副脳蟲】第1号君になるためのラルヴァ=コクーンが、今まさにべりぐちょぬちゃぁと冒涜的な肉裂け音と共に花開いて、中から一匹のデカイ脳みそが這いずりだしてきた。
うん。
……うん?
思わず反射的に【強靭なる精神】に技能点を振ってしまうところだったが――なんとか思いとどまった。
ちょっと待て、なんだこいつ、なんちゅう造形だ。
想像と全然違うんだが……。
ええと。
四本の触手が肢みたいに生えた"脳みそ"がずるずると這い回っていた、とでも言えば良いだろうか? いや、俺は正気だ。もっと恐ろしいものの片鱗なんぞ味わっちゃいない、目の前の事実を淡々と述べているだけだ。
でかい、人間の小学生ぐらいの大きさはある巨大な脳みそが這い寄ってくる。そして同じ速度で、俺も後ずさり、一定の距離を保ったまま無言で考察を続ける。
――おいおい、『副脳』って、まんまじゃねぇか、名が体を表しすぎだろいくらなんでも……もう少しなんとかならなかったのか、迷宮核さんよぅ。
……しかもそれだけではない。
下半身、というよりは「下半分」に、割れた頭蓋骨の天蓋部分をおむつみたいに履いているのである。
這い回るのに使っている肢みたいな4本の触手は、その頭蓋骨型オムツの亀裂からはみ出るようにして生えていた。触手と木の根の中間的肉塊であり、大きさも太さもバラバラ。というか体(頭)を支えきれず、ずるずる引きずられる様は、海草だかが絡まったと言う方がまだ納得できるという、異常なまでの頼り無さ。
だが、這いずる時に、生まれたての子鹿みたいな頼りなさでぷるぷる蠕動しているから、それでもお前、やっぱり「肢」のつもりだとでも言うのか!?
ぷるぷる、ぷるぷる。
――はッ!? いかん、いかん。
「剥き出しの脳みそ」たる上半分は、医療ドラマか何かで見たことがある例の物体そのままに、薄ピンクのしわしわした部分全体が常にぷるぷる震えているのを見ていたのだが――まさかこいつ、認識汚染能力まで備えているとでも言うのか……?
なんなんだ……この生物は。
目も耳も鼻も無い。
ランナー達には嫌というほど共通していた、例の十字にギシャアアと割れるエイリアン的口吻すら無い。ものの見事に『肥大脳』なのである。
何、この全身ヘッドショット君。
つーか、やっぱでけぇって。限度があるだろ。
頭蓋骨オムツを履いた、4本の絡みついた海藻みたいな貧弱な"肢"が生えた、ぷるぷる震える小学生ぐらいの大きさの這い寄る脳みそ。
え、これが俺の迷宮の"起爆剤"?
そう思ってしげしげとぷるる巨大脳みそを眺めていると。
「きゅぴぃ!」
おい待て。
今どこから声を出した。




