本編-0027 ダンジョン防衛戦~対ゴブリン氏族連合①
動くまで回復したとはいえ、まだ力の入らない左腕。
視野と視界の奥行きを単純に制限される隻眼。
体調が万全に戻ってから、という発想はソルファイドには無かった。
どのみち、一族伝来の火竜骨の剣は双剣一対であるべきところ、片振りのみではその真の力は発揮できない。
ならばもう数日休息を挟んだところで大差は無く――征く目的は、迷宮領主に必勝することなどではないのだから。
万全の状態の半分に達すればマシだという程度の状態だったが、ソルファイドは迷い無く樹冠の枝道を渡り、ゴブリン達が畏れる岩の丘へ。
その央に、入り口のように開いた大地への裂け目の前に立っていた。
遅れてゴブリン達が続いて来る。
まずは『使徒』の護衛とかいう戦士達が20体ほど。続いて老ゴブィザードの煽動で各氏族から2〜30体ずつの戦士達。
合わせて200を越えるゴブリンが押し合いへし合い、集う様は枯れ木も何とやらというところ。しかし、最果て島のゴブリン11氏族の歴史から見れば、これは一つの転換点であるべき快挙だったろう。
普段であれば、激しく憎み合う氏族同士の戦士達までもが、共に武器を並べている。無論、彼らが問題を起こさないのは、ソルファイドが何をせずとも「竜」としての気配を放っており、それに威圧されてのことだ。
ソルファイドから見て、ゴブリンという種は個々で見れば竜人よりは脆弱そのものだ。
かといって例えば50体ほどが己と仲間の死を一切厭わずに刺し違える覚悟で飛びかかり、ゴブィザードの支援があれば、さすがに引き倒され惨殺されるだろう。
全滅させるまでにソルファイドが単純に剣を50回振るわねばならないのに対し、ゴブリン達は一体一太刀ずつ、ソルファイドに合計十数太刀も食らわせればそれで良い。最初の10体を切り殺す間に取り囲まれ、次の10体薙ぎ殺す間に四方八方から飛びかかられ、といった具合に。
無論、【人界】出身者からすれば、通常の生物同様ゴブリンにそのような連携ができそうには全く見えなかったが。それで、さほどの警戒もせず、ついてくるに任せていたらこれだけの数となっていた。
――そして反対に、迷宮領主の恐ろしさは、その眷属達の「連携」にこそあるといえる。
個々の眷属が己自身の生存ではなく、彼らの主人のために命を燃やし捧げるのだ。下手をすればゴブリンにすら劣る魔物であっても、自らと仲間の死すらも手段と化すことのできる軍勢となる。
ヒュドラは「生まれたて」などと言ってはいたが、ソルファイドはテルミト伯の下で迷宮抗争を経験し、そこで最後の戦友達をも失っている。
そのため、この最果て島に"生まれた"迷宮領主を毛ほども脅威を過小評価する気は無かった。
ソルファイドが個の武勇によってゴブリンを数百体従えようとも、畢竟それは10から20体を一息に斬り殺せる程度の実力差により、恐怖を喚起して動揺を引き起こしたものに過ぎない。
そしてその程度の"優位"などというものは、主への忠誠が生存本能に遥かに優越する「迷宮の眷属」達の献身と連携の前には容易く霞む。
【人界】における、一人一人が自分自身の命を惜しむことが前提となるような「戦い」とは、根本から性質が異なっているのである。
わずかな期間に里の仲間を全て失ったソルファイドは、その事実を否が応でも思い知らされていた。
……だからこそ、迷宮へ挑む以上は、罠避けや露払いとしてこのゴブリン達は役に立つだろう。
通行の邪魔になるなら斬り捨てれば良い。
体調さえ万全ならば、敵の主力ともみくちゃになっている間に【火竜の息吹:微】でもろともに消し炭と化せたものを。
「誰か中を見てこい」
ぶっきらぼうに告げる。
すぐに、いつの間にか従者のように側に控えていた老ゴブィザードが、ゴブリン戦士団に向けて何事か怒鳴りつける。
指示に応えるように、今回の「遠征」に馳せ参じたゴブリン6氏族から1名ずつの斥候が前へ出てきた。
老ゴブィザードが高圧的に中への潜入を命じ、6体のゴブリン斥候は、先を争うように洞窟へ駆け込んでいった。
***
【眷属心話】を通した『エイリアン語』の解析は順調に進んでいる。
領域外を広く広く探索させている間は、伝令役の走狗蟲達を護衛を兼ねて常に周囲に侍らせるなどしていたが――防衛戦となったため"名付き"達を含め大半が領域内に戻っている。
個別に【眷属心話】で指示を下し、あるいは情報を受け取りつつ、俺は『司令室』で全体の状況を管制していた。
『エイリアン語』の解析は鋭意進行中であるが、その中でも「ダンジョン防衛」を想定した、いくつかの単語などは優先して解析済みである――ゴブリンとかの動植物と、あと数字と方角、その他前進後退といった概念といったところか。
迷宮のミニチュア立体図を前に、適当な石ころを駒に見立てて、適宜動かしながら状況を更新したりしなかったりする。ちなみにこのミニチュア迷宮立体図は、スレイブ数体を3日ほど拘束して、俺監修の下に作成した渾身の力作である。
んで、今朝方から洞窟の入口付近にゴブリンどもを引き連れた『使徒』様が集結しつつあったが――先ほど動きがあったようだ。
『ゴブリン』を表す波紋と『6』を表す信号が、エータから心話されてくる。
これはつまり6匹ほどが先行して中に入ってきた、ということだ。斥候ということだろう。
「……ゴブリンにしては賢しいことをするな、一度に入ってきたら楽だってのに」
入ってから天然の洞窟道が5分ほど続いた先には、元は『詰め所』である最初の『広間』があり、そこに間引き予定の奴隷ゴブリン達を置いているが――このパターンならば一時撤収だ。
現場を指揮させている【戦線獣】のガンマに「後退」と「群れ」のイメージを心話で送る。
【眷属心話】は地味に発動する毎にMPが1消費されるため、意外と乱発はできない点が絶妙なところ。
複雑な指令を出せるようになるほど「エイリアン語」を解析できたわけでもないので、要点を押さえた短い指示を多用するしかないが、仕方がない。
魔石片手に、MPの回復を早めるしかあるまい。
「ル・ベリ、連中は思ったより小賢しい動きをしたぞ。第二案でいくから、準備してこい」
そばに控えていたル・ベリが触手ごと一礼し、部屋にいたランナー数体を伴って出て行った。
***
半刻ほどしてゴブリンの斥候が5体戻ってきた。
1体は功を焦ってさらに奥へ進んでいったようだが、老ゴブィザードのブエにとってはどうでも良い情報であった。
入り口をしばらく進んだところで少し広い場所があったようで、そこからさらに道が分かれているという。
『使徒』はいつの間にか、手頃な岩を背に剣を抱いてあぐらをかき、また眠りについてしまっていた。
だが、油断の無い気配は相変わらずであり、そこにいるだけで身がすくみ上がる。シャガル氏族にもはや狼藉者はいないが、他氏族の愚鈍なゴブリン戦士が邪心を起こさないとも限らない。
これ以上荒くれ者どもをここへ待機させておく意味はほとんど無いに等しい。
『使徒』があの洞窟の領有を望んだこと、そのための兵を結集することが今回の檄文の主旨である以上は、撤退の選択肢は無い。
『使徒』を満足させた後は、その足でレレー、ムウド両氏族を攻撃する予定であった。
――不肖の弟子の一人であるグ・ザウがレレー氏族にはいたはずだが、近頃全く連絡がないため、切り捨てる心づもりをブエは固めていた。
それはそれとして、一体あんな洞窟に何があるのかブエにはよく分からなかったが、危険なものがいるとしてもせいぜいが根喰い熊程度であろう。
多少深く入り組んでいるようだが、こちらには空前の数の戦士がいる。そしていざとなれば『使徒』の力に頼ることもできる。
内部の探索と制圧も、すぐに終えられるはず。
そう考えて、ブエは戦士達に突入の合図を下した。
総勢200体近いゴブリン達が、列になり、我先に押し合いへし合いながら洞窟へ侵入してゆく。
その様子を、ソルファイドは瞑想しつつ無関心に見送るのみ。
***
『第一の広間』は小学校の校庭ほどの広さがあり、適当な大きさの岩をいくつか切り出している。
机代わりに使ってくれても良いし、あるいは俺の眷属を影に潜ませても良い。
そこから主要な道が五路に分かれているが、どれも直接は主要な施設へ続いてはいない。おおよそ20ほどの小部屋が、さらに2~4路の道で繋がる迷路となっており、環状となっている。
一度迷い込めば、部屋に印をつける等工夫しないと、延々と堂々巡りをする羽目になるだろう。
本命の道はそれらではなく、小部屋を繋ぐ道の一つの天井にあり、岩柱の影に隠れて見えづらい位置にある。ル・ベリが移動する時は触手で器用に登り降りし、俺が移動する時は護衛の戦線獣の誰かに運んでもらうようにするか、SAS◯KEチャレンジとなる。
まぁ、ここしばらくの拡張作業中は、特に外へ出る理由も無く、ずっと引きこもりだったわけだが。
それにもうすぐ――岩丘からの出入り口なんて、関係無くなるからな。
ひとまずの防衛体制構築への"拡張"が一段落し、スレイブ達の大半を振り分けている作業があるんだが、まぁ、今は目の前のダンジョン防衛に集中しよう。
『使徒』の襲来を受け、急遽立案した作戦は第一案と第二案の二つだ。
ゴブリンと『使徒』が足並みを揃えて迷宮に侵入してきた場合が「第一案」で、ゴブリンを先行させて来た場合が「第二案」。
今回は第二案となったわけだが、この場合は"囮"はゴブリン部隊にはぶつけない。
まぁ、相手の数にもよるが――想定の半分ほどのゴブリン戦士しか入ってきていない。
これならば本命の道の奥、『駐屯所』に一時詰め込んだままで良いだろう。
俺やル・ベリが出るまでも無い。現有戦力で十分殲滅可能だ。
やはり本命は、例の『使徒』とやらか。
エータの監視によれば、ゴブィザードの一団と『使徒』の護衛のゴブリン戦士が迷宮には入ってきていないらしい……やはり面倒くさいな、一度に来れば良いものを。ゴブリンが小賢しくしたところで、殲滅までの時間がかかるだけなんだがなぁ。
迷宮のミニチュアを眺めながら、断片的に届けられるゼータ班や機動偵察分隊の心話情報を元に、ゴブリン戦士団の分散状況を更新していく。
――ふうむ。
各小部屋をぐるぐる回るうちに、いい具合に均されたのか、部屋ごとに同じぐらいの数になっていったようだ。
まぁ、ゴブリン程度の知性じゃ、こんなものなのかもしれない。元から統一的な指揮系統も無いような烏合の衆で、普段は森に住んでおり洞窟と言っても仮住居代わりの洞穴暮らし。
慣れない環境で疲労も溜まってきた頃合いじゃないかな?
「そろそろかな。ガンマ、デルタ、祭りの始まりだ」
まぁ、余興なんだけどな。
『使徒』に動きは未だ無し、と……寝てるのか? こいつ。
***
ゴゴーロ氏族の『祭司』であるミグ・ゴゴーロは、氏族長の息子である。
だが、兄達と比べて筋力で劣っていたため、虐げられ続ける日々を送った。
やがて自らにゴブィザードとしての才能があることに気づいたミグは出奔し、シャガル氏族の高名なゴブィザードであったブエ=ゼジャルの下へ弟子入りし、そこで実力を急速につけていった。
今ではゴゴーロ氏族へ出戻り、かつて自分を侮ったゴブリン達に【火魔法】による焼き印をつけることが趣味である。
師であるブエが『使徒』を旗印にゴブリン氏族の連合を呼びかけたことは、ゴゴーロにとっても大きなチャンスであった。
師と他の兄弟弟子達が『使徒』の傍らに侍る中、戦士団と共に先行して洞窟へ入っていったのは、そうした功名心が高じた結果である。
ここで『使徒』が求める"宝"を発見すれば、自らの声望は他の兄弟弟子達……いや、ひょっとすると師のブエをも越えて、『使徒』に重用されるようになるかもしれない!
……というのはさすがに夢を見過ぎだとしても、ゴゴーロ氏族の氏族長となるぐらいはできるはずだ。
『祭祀』はそれなりの地位ではあるが、ゴブリンの社会ではそれなりでしかない。
そうした力の強さで氏族長が決まる風潮を変えようという、師ブエの野望はミグ・ゴゴーロにとっても都合の良いものだった。
火魔法によって簡易な松明を制作し、明かりを確保しつつ戦士達を先導する。
周囲には青と白の不気味な明かりが明滅しており、ゴブリン達は徐々に『使徒』のためにという高揚が薄れ、疲労が目立ちつつあった。
もういくつ目かも数え忘れた「小部屋」を巡る、その道中でのこと。
ミグは壁から何かが焼けるような、微かだが妙な音を聞いた気がした。
「ナンダ?」
疑問に思い、足を止めた時のことだった。
ただの岩だと思っていた壁がどろりとまるで泥沼のように歪んだかと思うと、次の瞬間には激しい白煙と共に空気を焦がすような音が辺りに充満する。
――そして壁に空いた大穴から、長大な剛腕と太い爪を左右に広げた悪夢が飛び出してきた。
運悪く【戦線獣】の正面に立ち止まっていたミグは、横薙ぎに振り払われた剛腕によって吹き飛ばされ、岩壁の突起部に後頭部を打ち付けて絶命した。
ゴブリン達には知る術すら無いことだが、数カ所ほどの隠し通路が、スレイブの【凝固液】によって固め隠されていた。
そこを【噴酸ウジ】が最大まで溜めた酸を吐きつけて溶かし、こじ開けた穴からエイリアン達が飛び出してきたのである。
【戦線獣】に続いて十数体のランナーが壁を跳ねるように這い出し、前足と足爪で器用に天井に壁に飛び移りながらゴブリン達を翻弄する。
洞窟内でこのような未知の生物と戦うことなど、ゴブリン達にとっては完全に想定外であり、奇襲は完璧に決まったと言えるだろう。
ランナー達は捕食者の眼で以って獲物を見定め、特に、あまり混乱していない比較的冷静なゴブリンから鋭い足爪の一撃を叩き込んでいき、集団としての混乱を助長していく。
さらに、壁を這いながら拡散し、ゴブリンらが逃げられないように天井からも威圧。戦線獣がいる方へ強制的に追いやっていく
そして狭い空間で戦線獣が腕と爪を振り回し、文字通りゴブリン達をすり潰していく。
反撃で槍を受け、戦線獣自身も傷を負うが、その闘争本能はゴブリンを殴り殺し尽くすまで止まるところを知らなかった。
この「第二案」に投入されたオーマの迷宮側の戦力は、実に【戦線獣】10体に【走狗蟲】80体。
それから隠し通路を「開ける」役として【噴酸ウジ】が6体ほど。
『小部屋』群とそれらを繋ぐ通路は瞬く間にゴブリンの阿鼻叫喚が響く地獄と化し、ほうほうの体で一部のゴブリン達がめいめいに近くの『小部屋』まで逃げこむ。
オーマがこの場にいれば、
「悪手だよそれは、汚物ども」
とでも呟いただろう。
所詮は袋のネズミであった。
小部屋の天井には、爪ある獣か壁登りが得意な存在にしか渡れない箇所に、岩柱に隠れるように配置された【走狗蟲】用の通路が無数に張り巡らされていた。
瞬く間に増援のランナーが小部屋へ這い出し、ランナーに紛れた【隠身蛇】と共にゴブリン達の頭上から襲いかかる。
隠身蛇の爪に頸動脈をかっ切られるのが、この中では一番マシな死に方だっただろう。
類まれなる幸運に恵まれた数匹のゴブリン戦士以外は、オーマの宣言通り四半刻も経たずに「鏖殺」されることとなった。
オーマは監視役のエータから、ソルファイドは洞窟から逃げ出したゴブリン達の気配から、それぞれ緒戦が終了したことを知る。
「さて、本番といきますか。あまり手強いのだと困るんだがなぁ」
「どれほどのものか試してやるぞ、迷宮領主」
両者の呟きは互いには届かない。




