本編-0023 ゴブリン奴隷とエイリアンローテーション
【12日目】
魔人族に本能のレベルで嫌悪され、憎悪される存在である劣等生物。
ただし「ゴブリン」という名は、俺の心臓辺りに融合した迷宮核が――俺の知識に"最適化"してつけた翻訳名に過ぎないことには、注意されたい。
「この世界」のゴブリンは緑色の肌をしているわけでもなければ、エルフの出来損ないみたいな尖った耳と尖った鼻をしているわけでもなく、ましてや異種族の雌を攫って孕ませることによって繁殖する変態生物、ではない。
――ル・ベリの母は"魔人"であり、まさにそのゴブリン達に輪姦されて孕まされたじゃないか、だって?
そこだよ。
迷宮核には、全くそのあたりの知識が無いために、逆に俺自身が類推するしかないわけだが……「半ゴブリン」というル・ベリの存在それ自体が、ゴブリン達がどういうルーツを持った存在であるかを物語るヒントではないだろうか?
今はまだ情報が足りないため、考察は置いておこうか。
別に俺は、なんでもとことん考察しないと気が済まない性格ってわけでもない――ないからな? この手の、民族問題というか種族問題というか、そういう"厄介事"については慎重に考察しなければならない。
「世界のルール」なんて、その意味ではシンプルなものだ。
下手に先入観を固定させてしまうと、今後の対応を間違える可能性がある……最悪のケースでは"魔人"そのものを敵に回しかねない。それを潰すためには、まずは情報を集め、学ぶ必要があるというわけである。
話をゴブリンに戻そう。
連中は緑色ではなく、浅黒い肌をした人間の子供ほどの背丈の人型の魔物である。猿よりは賢いものの"人種"とまでは見なすことのできない「半知性種」。しかし、体高の割には筋肉質であり、ずんぐり盛り上がったややアンバランスな体躯は、見た目よりは意外なほど頑丈である。そして、腕や首や脚はごわごわした毛に覆われている。
そしてその生態だが、メスの妊娠期間3ヶ月ほど。
成長の早い個体は1年ほどで戦うことができるようになり、3~4年で「成体」となるようだ。
その後は10年ほど生きるようだが、闘争的な文化からもわかるように、老衰で寿命を迎えられるものはほとんど存在していない。
「ヤはり、絶滅させルことを進言いたシマす、御方様」
回復のために休養中のアルファに代わり、戦線獣のガンマとデルタを控えさせながら、俺はル・ベリの先導に従って森を歩いていく。
魂の在り方が変われば顔つきまで変わるというのか、ル・ベリは"半魔人"にして"半ゴブリン"でありながら――それを忘れさせるかのような、理知的な色を浮かべた瞳を鋭く周囲へやる。
2時間ほど森を踏破してたどり着いたのは、旧レレー氏族の集落を改造した、ゴブリン捕虜どもの一時居留地だった。
「出てコイ、役立たズの蛆虫どもガ! 偉大なル御方様を待たセル無能ドモは、葉隠れ狼に舌を引ッこ抜かせてくれル!」
小柄な体格からは意外なほどの大喝を響き渡らせるや、わらわらと、旧レレー・ムウド両氏族の捕虜ゴブリンのうちのさらに生き残り達が這い出てきた。
その勢いたるや、まるで処刑から逃れんとする無辜の死刑囚である。
だが、【殺戮衝動:ゴブリン】を持つ半魔人ル・ベリは、意に沿わぬゴブリンに対しては実際にそうしてしまうだろう――1匹として怪我をしていないゴブリンはいない。老若、雄雌平等に生傷が絶えず、虐待と拷問の激しさがうかがえる。
だが、ル・ベリも大した精神力だ。俺の命令に従って、自身の【殺戮衝動】を抑えてくれたわけだからな。
丸1日かけて俺がル・ベリに行わせたのは、ゴブリン達の"選別"であった。
"絶滅"を主張するル・ベリとは違い、俺はあくまで実利的な理由から、ゴブリンを貴重な「労働力」資源として活用しようと考えている。
確かに俺は【エイリアン使い】だ、それは間違いない。
他の生物の能力なんかを「因子」という形で取り込み、独自の、既存の自然環境なんかに影響されない異形の生態系を創り上げていき、塗り潰していく――というのが一つの在り方ではあるんだろうよ。
だが、まぁそれはそれで、なんとなく寂しいんだよね。
「もったいない」とも思ってしまう。
できうる範囲で、俺は「この世界」の生態系とは共存したいと思っている。
某『昆虫記』だとか某『動物記』だとか、そういう物語を夢中で読んで、まだ見ぬ世界の仕組みに無性にワクワクした幼少期を送ってきた、そんな経験が影響している面もあるのかもな。
だから、俺の迷宮には属さない一般生物であっても、有害でない限りはあえて絶滅をさせるようなことはせず飼い慣らせるなら飼い慣らしたい。そんな考えもあってボアファントだとか葉隠れ狼だとかの手懐けをル・ベリに任せているわけだが――ゴブリンも「野生生物」として見れば、さすがに絶滅までさせてしまうのは、もったいないじゃあないか。
どうして、そう思うかって?
無論、ロマンや感傷だけで飯を食おうってわけじゃあないとも。
言ったろう、極めて実利的な理由があるってな。
そうだな。
"多様性"は可能性の宝庫、とでも言えば良いだろうかな。
どれだけ分岐進化しようとも「エイリアン」が「エイリアン」でしかないことは、その『種族』を見れば一目瞭然――つまり同じ弱点を共有している可能性が高い。
いざ、それが突かれた時には、あっさり全滅させられるかもしれない。
その意味では、動植物の生態に造詣の深いル・ベリがこのタイミングで配下となったのは、天の配剤かもしれない。
「エイリアン」だけで対応できない場合に、補助的にでも使役し、扱うことのできる存在を確保し、養成しておく必要がある――思うに、それが自然選択の螺旋によって生み出される"多様性"という概念の本質であって、思わぬ災厄への対応力・柔軟性を高く保つことをこそ志向するものなんだろう。
「――なんト、お優シい。万死に値すル劣等生物どもニすら、役目ヲお与えニなロうとは……」
例えば奴隷化したゴブリンを、使い捨て駒の当て馬として戦争に活用できれば、俺の眷属達への被害が減るというもの。そして何より、敵対者に対してエイリアンという戦力の存在自体を初見で晒さずに済むというものだろう。
あるいは、今後も増えていくことが予想される俺の「新種」エイリアン達の能力や実力を評価するための実験台はいくらあっても足りない。"戦い"のための駒であり兵力であることこそが『迷宮の眷属』たる魔物達の本質だからな――そのために【人界】で人間を攫う、なんてリスクは犯せない。
または、もっとシンプルに奴隷蟲達に対する補助労働力として、気軽に使い潰していくことも想定している。
上記の役割をこなすことのできる"生きた資源"として、ゴブリンをより効果的に活用していけるようにするために、従順さと愚鈍さ、頑丈さや繁殖力の高さ――それと"魔法適性"を持つ個体などを選別していく。
ル・ベリには【獣調教師】として培ってきた"動物の品種改良"技術を大いに発揮してもらいたいところだ。
応ともよ、確かに絶滅はさせないさ……"種"としては存続させてやろう。
だが、知っているかな?
乳牛は乳を絞り続けなければ、乳房が破裂して死んでしまう業を負った。
蚕は自らエサを得る能力も、繁殖する能力すらも人間に依存し、もはや野生に戻れなくなった。
つまりは、そういうことだ。
俺は俺の都合の良いように、このゴブリンという種族を弄くり回す予定なのである――その方が、ずっと愉しかろ?
【殺戮衝動:ゴブリン】という固有技能にすら何らかの使い途があると考えれば、その対象であるゴブリン達が絶滅してしまっては、完全に腐ってしまうだろうよ。
俺達の"魔人"としての、この理由すらわからない本能的な「ゴブリンへの嫌悪」を慰められる、良いアイディアだとは思わないだろうか。
「――なんト、恐ろシい。御方様は、神々がゴブリンどもニすら与えタ"死"という救いを、お許シニならないというノですネ?』
【魔人】になったことによる精神変容か、はたまた【欲望の解放】の効果による潜在願望の顕在化か、今の俺は時折かなり嗜虐的な気分になる。それをぶつけられる相手は――あまり考えなしに選ぶわけにはいかないのである。
エイリアン? 生物としての根本が違いすぎて反応を愉しむべきものではないし、自らの兵力を傷つけて何の意味があろうや。
人間? 攫うリスクがあまりにも大きすぎる。彼らはゴブリンとは異なり、【人界】における支配的な種族なのだ。まだ探索すらできておらず、どのような勢力があるのかすら知らない状態で、食指を伸ばそうとするものではない。
だから、これは『ゴブリン家畜化プロジェクト』とでも言うべきものだろう。
責任者はル・ベリだ、尊厳と誇りを以って努めてくれたまえよ?
「御意――御方様、ゴブリンどもノ餌は、ドのようニ調達いたしますか? 戦士ドモも多少残しテはオリますが……」
「自由に狩りをさせて、他氏族へ出奔されたら面倒だからな。当面は眷属達を充てる……周辺地理の調査とかも進めなきゃならんから、そのついでならちょうど良いだろう」
長所は短所、短所は長所。
迷宮の眷属として誕生したのではないゴブリン達は、魔素と命素をその生命維持に必須とはしていない。この意味でも「迷宮経済」からは切り離すことができるわけだが、当然その代わりに日々の糧食を与える必要がある。
俺のエイリアン達を割いて養ってやる、などと考えると"癪"ではあるが、島の調査や、新因子の元となりうる動植物の捜索だって必要なのだ。
そのついでと考えれば、決して無駄な作業でもない。
――よし、ひとまず当面の方針は決まったかな。
走狗蟲の役割が急拡大している……とりあえずは補充・増員していかないとな。あぁ、また"女王蟻"状態か。だがまぁ、今回は【眷属心話】とル・ベリという話し相手がいるから、そこまで無心にならずに済みそうだ。
***
【18日目】
それから一週間ばかり。
急ごしらえで整えていったゴブリンどもの統治体制は、ル・ベリの手腕とエイリアンの武力により、大過なく回りだしていた。
まぁ、2氏族殲滅作戦にて十分な"恐怖"は刻み込まれていたからな。
集落には毎日戦線獣の誰かは派遣しており、ル・ベリの裁量で反抗的なゴブリンはすぐに"経験点"に変えてしまうことを許可している――せっかくの資源の無駄遣いだって? はっは、島の制圧後ならともかく、まだ9氏族もあるからな。
言わば、これは"練習"みたいなものだ。
ところで、今捕虜ゴブリン達は一時居留地であった旧レレー氏族集落から、もっと俺の迷宮の入り口が存在する岩の丘――そうそう、これもゴブリン達には"神聖なる場所"として恐山扱いされているんだが――の近くへと移送中。
その過程で半分ほどのゴブリンが脱落した気もするが、なぁに、かえって選別が進んだと考えればそれも悪くはなかろう。
話をエイリアン達のローテーション体制に移せば、ひとまずこんな感じだ。
・アルファ班
俺の護衛と洞窟内の見回りがメイン。
ゴブリンを監視することに限れば噴酸ウジは過剰戦力であるため、ベータとイプシロンはひとまずこちらに配置しており――毎日の地道な脚力トレーニングも兼ねて、【人界】側出口と最果ての島側出口を行き来させている。
万が一の即応部隊でもあるから、ランナーの1/3はアルファ班の所属である。
・ガンマ班
旧2氏族領内の巡回、侵入者やボアファント、根喰い熊のような野獣への対処が主な仕事であり、地形調査や動植物調査の補助も行う。
そのために、単なる荒事以外に様々な雑事が必要になるため、ランナーだけでなく奴隷蟲もいくらか配置している。ランナーは小型Tレックスばりに前足が頼りないからな……細かな作業などには不向きである。
戦線獣自身も、その発達した剛腕を生かして木々をへし折るなどの壊す系の作業には向いているが、丸太を運ばせようとすると相対的に貧弱な下半身がバランスを崩して転倒しかねない――スレイブは貴重だから、しっかり護衛するのもガンマ班の役割というわけである。
ん? スレイブなんぞランナー以上に容易に進化させられるだろう、コストも少ないし、だって?
その考えは、ある事実を見落としている。
――俺は今、絶賛迷宮の拡大中だ。
当然、未紹介のものも含めて様々な施設……特に【結晶花】を多く配置していっている。ファンガル種はスレイブから進化するから、拡張期に当たる現在、何かとバランス配分が難しいところなのである。
・デルタ班
ガンマ班が護りならば、デルタ班は攻めだ。
積極的に近隣のゴブリン氏族の領内に分け入ったり、荒らしたり、2氏族の縄張りには存在していない動植物を調査するなどの役割を担わせている。
班内はさらに機動偵察する複数のランナー分隊と、即応的に敵性存在を粉砕するためのデルタ及び彼が率いる兵力で構成されており、機動偵察分隊は主に『樹冠の枝道』を利用して、最果ての島の上空全域を行き来できるルートを探索中である。
……まぁ、さすがに、ランナーでは隠密性まで葉隠れ狼の真似をできるわけではないだろうが、ゴブリンどもが木に登るということは、まず無い。連中さえ誤魔化せればそれで良いのだ。
ただ、このやり方だといずれ葉隠れ狼の群れとの衝突が予想されるんだよな。
連中がランナーを恐れて避けているとはいえ、あまり縄張りが圧迫されれば、生きるために決死の攻撃に出てくる可能性はある。ル・ベリの調教能力とて、対応に限界はあるからな。生存競争である以上、それは仕方の無いことではある。
万が一だが、大規模な近隣氏族からの侵入や攻撃があった場合は、ガンマ班と共同で撃退に当たることになる。その手間を減らす、という意味でも移住を進めたわけだが。
・ゼータ班
ゼータとエータに、さらに数体の隠身蛇を生み出して、デルタ班の機動偵察分隊よりもさらに各氏族の奥深くに派遣している。
距離が遠すぎて最初から【眷属心話】を当てにしてなどいないが――デルタ班の機動偵察分隊に情報を伝えさせるような、ルート開拓とローテーションを組み上げることに腐心しているというわけである。
むむむ……こうなるとますます【副脳蟲】の存在が気になるな。
エイリアン種族技能【精神同調:副脳】の概要説明を見るに――少なくとも"エイリアン同士"の【眷属心話】的な交信手段を構築できる、そんな可能性が読み取れるんだよなぁ。
しかし、進化に必要な"因子"は分かっていれど、解析を進める目処は立たず。
因子【肥大脳】は、ゴブリンでは解析できないのだからな。
ははは、まさか俺自身を走狗蟲達に食わせるわけにもいかんしなぁ、再生系技能は持っていないし。
というわけで、今はエイリアン達の【群体本能】に任せるしかないのである。
だが――これにて、ひとまずのローテーション体制は整った。
ゴブリン達のひとまずの調教も完了し、ル・ベリもすっかり"魔人"としての己を確立しつつあるようである。
良き頃合いか。
満を持して、俺はル・ベリを呼び出すことにした。
さーあ。
楽しくて愉しい改造の時間だぞー。




