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竜人-0002 隻眼の竜人は赫怒に踊る②

「我こそは火竜ギルクォースが末裔、ウヴルスが『牙の守護戦士』ソルファイドなり! 水竜が系譜に連なりし偉敵よ、相手にとって不足無し! 尋常に勝負!」


竜は竜を知る。

太古の竜の血統が薄れ、竜の子孫の形態が多様化しようとも――その系譜にある者達は、己の命以上に"竜"の気配に敏感である。それは竜人(ドラグノス)であっても変わらない。

もし、この場に十分な【情報閲覧】技能を持つ迷宮領主(ダンジョンマスター)がいたならば、それが竜人(ドラグノス)の種族技能【原初の記憶】に由来した特質であると気付くだろう。


巨なる海魔ヒュドラが、そのいくつもの首からそれぞれに音階の異なる【竜の咆哮】を重ねて発し、矮小なる存在(ソルファイド)に応えた。

竜の系譜にある者以外には原始的恐怖を呼び覚ます重低なる不協和音でしかないが、ソルファイドには、強大なる者へ立ち向かう小さき者への賛美および嘲笑の咆哮として聞こえていた。これもまた種族技能【竜語理解】の上位技能【竜族伝心】の効果によるものである。

事実、竜人は竜の系譜にある者達の言葉や意思を理解することができるのである。


海が逆巻き、散弾のような飛沫が視界を潰すも、ソルファイドは片目を見開いたままヒュドラを捉えて離さない。多頭竜(ヒュドラ)の首は、現在視認できるだけで9本もあるが、その一つ一つがソルファイドを丸呑みにできるほど巨大である。

その首同士が同じ意識を共有しているのか、それとも独立しているのかソルファイドには分からないが、恐るべき連携を相互に発揮してくる。一つの首だけに意識を向けていては、即座に死角から食い殺される結果に終わるだろう。


視覚のみに頼るのでなく、全身の五感とありとあらゆる感覚、直感、感性と知覚を投じなければならない。肌と鱗に、ちりちりと"死"の気配が掠る。

剣で牙を受け止め、衝撃を利用しつつ距離を取るも、そんな曲芸はいつまでも続けられるわけではない。

流刑船を粉砕され宙に放り出された刹那の咆哮では、破片も足場にして飛び回った。しまいにはヒュドラ自身の首を足場にするという奇策も打ったが、取り付いた瞬間に激しく揺さぶられて振り落とされ、他の首が下へ回って大口を開けることもあった。


一瞬の判断ミスが即死に繋がる、さながら薄氷の上を渡るかのような攻防だが――竜人ソルファイドは焼け焦がれるように高揚していた。


嗚呼、かつてここまで、己が持てる技の限りを尽くした戦いがあっただろうか、と。


里の最後の生き残りであった同胞(はらから)達は、もうこの世にいない。己自身を除けば、そうする(・・・・)ことを非難する者達が、もうこの世にいないということだ。

ウヴルスの里に生まれ、里の中の誰よりも剣技を磨いてきた。親友であり同僚であった【角の守護戦士】と【翼の守護戦士】の二人掛かりでも、模擬戦で敗れたことは無い。だが【竜の憤怒】を抑制する生き方を是とするウヴルスの里において、強敵との戦いを欠いていたのは事実だ。


力を誇るなかれ。

敵との闘争に酔うなかれ。

憤怒に身を任せるなかれ。


【ウヴルスの教え】を護る者の一人として、『楔』の親子の手引によって『長兄国』が里へ襲撃した時の防衛戦にせよ、【肉と鎖の城】の主『テルミト伯』の傭兵として参加させられた無謀な突破戦にせよ、彼はあくまで「守護」する者たらんとしていた。


だが、その枷は外れた。

護るべき者はなく、この人智を越えた太古の力を継承する(・・・・)恐るべき偉敵を相手に、ただただ、高みに向けて磨き続けた己が技のみにて立ち向かう。

生も死さえもそこには無く、激情とでも言うべき迸りが身体を貫く。極め極めた剣技をただ無心に振るう。己が剣を使うのではなく、剣が己を使うのだ。


不意に音から隔絶されたかのような感覚。

危険本能と五覚を超越した"死線"の先に、ソルファイドは次のヒュドラの行動を幻視した。

ヒュドラの首の一つが、噛みつきのための突貫とは異なる"溜め"の構え。その薄く拓かれた口と牙の間に青白い焔の如き煌めきが急速に集まっていく。


【竜の息吹(ブレス)】。

何百もの飛沫を束ねた重低音のような衝撃波が沸き起こり、凄まじい熱量がソルファイドの周囲を塗り潰す。

もし、それが純血の竜が放つブレスであったならば、触れた瞬間に蒸発させられるほどの破壊力を持つ。そして混じり物(・・・・)であるヒュドラのブレスとて、いかな竜人(ドラグノス)が頑丈な肉体を誇れども、まともに浴びれば全身を粉と砕かれるだろう。


だが、ソルファイドは荒波に舞う流刑船の破片を足場に、両剣を鋏のように交差させた。命素――と呼ばれる【魔界】特有の力の奔流を丹田から両腕にかけて強く自覚して、里の戦士として極めた"技"を構える。


「ルァァああああ!」


【武技】の一つである『息吹斬り』。

対竜種戦を想定した剣術であり、少なくとも火蜥蜴(サラマンドラ)が放つ程度の弱いブレスならばかき消した上で痛烈な逆撃を与える。


気魄と共にヒュドラのブレスを切り裂き、その破壊力を相殺する。

相応の負担も使用者にかかっている。少なくとも、すぐに連発はできない。


しかし、ヒュドラにとってソルファイドの抵抗は快いものであったようだ。

いくつかの竜首が一瞬だけ愉しそうに目を細め、今度は三方から三つのブレスを放ってきた。

威力を押さえ、こちらの行動や移動方向を制限することを目的とした攻撃である。

逆に言えば、ヒュドラといえども高威力のブレスを連発はできないということ。


だが、これはさすがに受け切れない。

ソルファイドは足場を蹴って宙へ避け、最も近くに迫るヒュドラ首に剣を突き立てる。真なる火竜の背骨より削りだした【レレイフの吐息】と【ガズァハの眼光】が、ヒュドラの鼻先の鱗を一枚ずつ割ったが――しかし鱗の下の肉まで突き通すには至らない。


(浅いか! 【竜刺し】を使ってもこれほどの硬さとは……これが"竜"かッ)


すかさずヒュドラが首を振り回すが、その力を逆用して足場代わりに蹴り飛ばし、大きく距離を取ることに成功する。

この際、可能な限り別の首の脇をすり抜けるような軌道を描いている。

――かれこれ半刻も続く刹那の攻防だが、未だソルファイドが命を繋いでいる理由の一つが、この巧みな位置取りにあった。


端的に、巨大なるヒュドラはソルファイドと戦うには大きすぎ、また首が多すぎるのである。曲芸師のように飛び回るソルファイドを、考え無しに追い回せば、立待ちに竜首同士が絡まってしまうことになる。

考えながら立ち回っているのはヒュドラもまた同じであった。

ただし考える頭が多い分、それぞれの思惑が衝突しないよう、さらに位置取りの工夫を考えなければならない。


実質、一度に相手にする首は近距離ならば1~2本であり、抜けた先にさらにもう1~2本が顎を開いて待ち構えているのを警戒すれば良いのだから。


大きく距離を取ったソルファイドに対し、ヒュドラはすぐには追撃をしなかった。その気になれば海中に潜り、小さくない海嘯を巻き起こして牽制をかけることも可能であろう。

明らかに遊んでいることがソルファイドにはわかった。己の絶技ですら、この海魔にとっては"味わう"レベルの楽しみでしかないのだろう。


ヒュドラが攻撃の手を止め、ゆっくりと首をもたげる。

屹立する9本の御柱がごとく、見下ろす瞳は9対18個。

ソルファイドは9の首がいずれも、にやりと笑ったような気がした。


『火も吹けぬ惰弱なる火竜が末よ、よくもここまで手こずらせてくれるものだ』


『面白い――ここまで血湧き肉躍ったのは、ここ数十年で久方ぶりのこと』


『そこで貴様に機会をやろう? 次に、我が牙より逃れることができたならば』


『今は幼きその牙を研ぐ機会をくれてやろう』


『『『牙には牙で返してみよ』』』


最後には3つの竜首が、異なる音階を重ねるような唱和であった。

語り終えるや――巨躯を翻し、海を割るような勢いで同時に突っ込んできた。

これまでに倍する速度にソルファイドはヒュドラの本気を悟る。既に疲労が限界に達しているが、海面に向けて武技【息吹斬り】を放ち、巨大な水柱を打ち上げる。

と同時に発生した衝撃波をあえて身に受け、乱暴に宙へ跳び上がる。


水柱による目眩ましをものともせず、三つ首が三叉に分かれながらソルファイドに追いすがる。

他の六つ首が取り囲むように上下左右へ陣取り、隙あらば食らいつかんと睨みつけてくる。


これまでとは打って変わったヒュドラの機敏な動きに、ソルファイドはその"本気"を見る。

だが、強引にソルファイドを食らわんとしたのか、下から追い上げる竜首の一つをかわす――と同時にもう一つの竜首が勢い余って、先で待ち構えていた別の竜首へ噛み付いてしまった。


反撃のチャンスである、と思った瞬間。

ヒュドラが驚くべき行動を取った。

そのまま自らの首を力任せに噛み砕き、粉砕するように食いちぎったのである。

断ち切られたはずの首が、海に落ちながらにやりと愉快そうな笑みを浮かべる。

残された首が竜血を噴水のように噴き出し、痙攣しながら無秩序に振り回され、ソルファイドの予想したのと全く異なる軌道で暴れ回る。海面に降り注いだヒュドラの血が激しく蒸発し、たちまちに水蒸気の煙を生み出して視界を悪くさせる。


だが、ソルファイドが真に戦慄したのはその直後のことであった。


食いちぎられた竜首の断面から――まるで元から中に2本の首が詰まっていたかの如く、おぞましい速度で生えてきたのだ。

生えたて(・・・・)の、まだ鱗が固まってもいないぬらりと肉々しい2つの竜首が、てんでバラバラの意思でめちゃくちゃな軌道を描き、叩きつけるように食らいついてくる。


それを当て馬に、ソルファイドの護りを崩そうというのだ。

だが、同時に今の行動以降、ヒュドラは自らを傷つけることを厭わなくなっていた。また目の前に他の首が迫ったなら、何度でも食いちぎってくれる。

そう言わんばかりに、絡め取る投網のように6の竜首が牙を剥き、わずかな時間差をつけて迫り来る。


ここまでか、とソルファイドは死を覚悟した。

だが、黙って食われることはしない。そんなことは、火竜ギルクォースの末裔たる名誉にかけて許さない――己は小さき竜人に過ぎないが、これは真に『竜の闘争』であるのだから。


火竜の双剣を、迫り来る『生えたて』の2首に向けてそれぞれ構え、両腕がちぎれ飛ぶかのような反動をも覚悟の上で武技【息吹斬り】を2撃放つ――と同時に。


肺の奥底から怒りを吐き出すがごとく。

身体を内側から焼き滅ぼし尽くすかのような灼熱と憤怒が、一気に気道を駆け上ってくる。


『小僧め、貴様!!』


離れた位置のヒュドラ首達は、ソルファイドの薄く開かれた口と歯の間に、赤熱した橙色に渦巻く焔を見て、己が相手を過小評価しすぎていたことを悟る。ヒュドラがどう思っていたのかはヒュドラにしかわからなかったろうが――ソルファイドは正しくこれを『竜の闘争』であるとわかっていた。


「ゴアアアァァアアッッッ!」


叫びよりも吐血よりも凄絶なる咆哮。

焼け付く内臓のような、とても重い(・・)焦熱の塊を一気に吐き出した。


『火竜ということか……小僧め、(たばか)ったというわけだな!』


『なんとしたことだ、見誤っていたというのか、この俺が!』


『『グウウウオオオオオオゥゥゥッッ』』


上下左右から迫っていたヒュドラ首達が、驚嘆と苛立ちの入り混じった咆哮を重ね合わせる。

だが、よほど焦っていたか――意思が統一されていないかのように、その感想は竜首ごとにてんでバラバラのものであった。もっとも、死闘に全精力を傾けているソルファイドは、この時はその事実に気づきはしなかったが。


竜人もまた竜種に連なる者である。

故に、この場でブレスを放てるのはヒュドラのみにあらず。


ただし【火竜の息吹(ブレス):微】は火竜の末裔たる竜人の中でも、先祖返りを起こした者にしか備わらない特技である。

本家たる古竜のそれと比較してしまえば、竜巻とそよ風ほどの違いもある代物だが――そこに、本来は息吹(ブレス)を断つはずの【息吹斬り】を追い風(・・・)として被せ、威力と破壊力を底上げしたのだ。


ヒュドラのごとき亜竜の鱗程度ならば、これによって傷つけることができる。

だが本命として狙ったのは再生したて、生えたてで、鱗が十分に固まってさえいない二つ首だ。


首を断たれれば再生すれば良いが、鱗を恒久的に傷つけられることは【竜】として致命的である。竜人が放つものとしては想像外の威力の熱波に、他の首達が回避行動を取る中『生えたて』の二つ首は文字通り「意思が統一されていな」かったために逃げ遅れ、正面からブレスをもろに被ったのである。

肉が焼け、血が蒸発するような嫌な音と共に瞬く間に二つ首の鱗が焦がされ、次の瞬間には【レレイフの吐息】と【ガズァハの眼光】がそれぞれを生え際から断ち切った。


剣で切られる瞬間に断面がジュウゥッ! と激しく焦がされる。

双剣はソルファイド自身の息吹(ブレス)によって赤く紅く赤熱しており、まるで鍛冶場の鍛造炉からそのまま引き抜いてきたかというほどの高熱を秘めており――その刀剣の材料こそは、竜人でも亜竜でもない、真なる火竜の背骨である。


この時、ヒュドラ首達が初めて苦悶の表情を浮かべるに至った。


竜は竜を知る。

そして竜は竜と闘う。

竜を殺すは竜なり。


竜人の里の守護戦士達は、たとえそれが過剰な力であったとしても、己の一生のうちに起こり得ぬことであるとしても――"竜を殺す技"を学び、教え伝えてきたのである。


ヒュドラの驚異的な再生能力からすれば、生えたての首が二つ落とされたところで、即座に4つの首となって復活するのみ、であるはずだった。

しかし、竜炎によって首の断面が蝕むような"焦げ"によって焼き潰され、その再生能力が完全に相殺されていたのである。


まさか、小さな蜥蜴を玩具にしていたつもりが、人の形をしたやんちゃな小火竜であったというわけか。

思わぬ逆撃を受ける形となり、苦悶に呻いたのも数秒のこと。


今の攻防で力を使い果たしたか、闘気も殺気も消え失せ海面へ落ちる竜人の戦士。

彼へ8対の目を向けながら、いくつかの竜首は疲労と苦悶の色を瞳に宿らせつつも――ヒュドラはやはり愉しそうに語りかけた。


『……竜の盟約は言葉を違わぬ。その命、今は見逃してくれようぞ』


『運良く生き延び、最果ての島へ流れ着いたら、迷宮領主(ダンジョンマスター)を探すことだな』


『生まれたての新米領主を殺して貴様が迷宮領主(ダンジョンマスター)と成るも良し』


『軍門に下ってその加護を受け、力を更に蓄えるも良し』


『『『『いずれにせよ、再戦の時を楽しみに待っているぞ! 愛しき火の伯父上(ギルクォース)が末たる戦士よ!』』』』


意識が闇に落ちる直前、断片的にではあるが、ヒュドラの言葉は確かにソルファイドの脳裏に残った。

海へ落ち、そのまま荒波に飲まれる。

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