本編-0020 ゴブリン2氏族殲滅作戦③
「ギャブベら!」
一匹また一匹と、怪我などで地面に崩れ落ちているゴブリン戦士の頭を棍棒――ゴブィザードの"杖"で叩き潰しながら、俺はゴブリンの円形陣に向かう。
ル・ベリにも、適当に死にかけを始末するよう言っておいてある……少しでも「経験点」が得られれば儲けものだからな。
戦況は掃討戦に移行しつつある。
元気なゴブリン戦士は既に皆無だ。
ムウド氏族は怪我人だらけ。
レレー氏族側は円形陣を組んだ計30体ほどを除けば死体だらけ。
母ボアファントはレレー氏族によって斃されたのが1体、全身から血を流し座り込んだのが2体。
デルタ麾下のランナー達に追い回されて少しずつ体力を削られているのが1体。
ル・ベリが「夜啼花の粉末」と「子ボアの体毛」の混合物みたいなものを浴びせて、明後日の方角へ走り去ったのが1体。
戦線獣のガンマとデルタは、ゼータ率いるランナー達とともに雄ボアファントと血みどろの戦いを繰り広げている。だが、ゴブリンの掃討が進んでおり、手の空いたランナー達が徐々に群がりつつあった。
俺とアルファの動きを見て、レレー氏族側への圧力を減らして雄ボアファント組の援護に回ったのだろう。
その判断は正しい。
守りを固めたレレー氏戦士よりも、怪力で強力だが皮膚の薄いボアファントの方が、ランナーの鋭い足爪の斬撃が通りやすい。
これも、エイリアン技能の【群体本能】が成せる連携――あるいは、俺の称号【超越精神体】による固有技能のゼロスキルとのシナジーか。
ランナーが十数体がかりで円形陣を取り囲み、交互にヒット・アンド・アウェイを仕掛けているが、戦況は芳しくない。
2体の大ゴブリン――ル・ベリによれば氏族長バズ・レレーと彼の次男――が、それぞれ迫るランナーを牽制しつつ、互いに合流を試みようとしていた。
させまいと無理をしたランナーが数体怪我をし、後退している。
それだけでなく、円形陣の周囲には息絶えたランナーが既に3体転がっていた。
うむ、お疲れ様。
それにしても――ムウド氏族が思ったよりも崩れるのが早かったか。
もう少しレレー氏のゴブリン戦士を削って欲しかったんだが、何事も計算通りにはいかないってわけだ。
氏族長の統率力などは予想外だったし。
どれ、ちょっと「視」てみてやるか。
「情報閲覧:対象あのでかいゴブリン」
【基本情報】
種族:ゴブリン
職業:戦士長
【称号】
『逆境の統率者』
ふーん?
劣等生物のくせに「称号」持ちとは、生意気な。
だが、こいつがレレー氏族の頑強な抵抗の原因だろう。
余談だが【情報閲覧】をスキルランク肆にしても、眷属以外の生物に対し、ステ表示で増えた項目は【職業】と【称号】に留まっている。
一番見たいのは「スキル」と「スキルテーブル」だ。何をしてくるのか分かればそれだけ対策が取りやすい。情報は力なのだ。
それで話を戻すが、職業「戦士長」ねぇ。
俺は試しに適当なゴブリン数匹に【情報閲覧】をかけてみる。
思った通り【斥候】だか【戦士】だかが職業として出てきた。
そして次にバズ・レレーの次男を【情報閲覧】する。するとその職業は、ただの【戦士】であった。
なるほどね。
こいつは、どうも職業の進化か変化、つまり「転職」システムの存在が強く示唆されているな?
素晴らしい。ル・ベリの【獣調教師】を変更できる可能性が出てきたわけだ。
まぁ、条件については、まだまだ探していく必要があるんだろうけれどさ。
アルファを伴った俺の姿を見て、大ゴブリン2体が警戒の色を濃くする。
戦線獣と走狗蟲達のエイリアン的異様さもそうだろうが、数日前までは完全に見下していたはずの「半ゴブリン」ル・ベリをすら後ろに引き連れる姿は、彼らの目にはどんな風に映っているんだろうな?
ふむ……恐怖と敵意が入り混じっているという感じか。
やっぱゴブリンは下等生物に過ぎないわけだ。
本質が見えているようには、とてもとても、思えないねぇ。
ランナー達が樹上に、後背にと回りこんで取り囲み、ゴブリンどもの退路を断つ。抵抗が激しくなるだろうが、「逃がすな」という俺の命令を優先しての行動だ。
――今はまだ、今回滅ぼす2氏族以外に俺達の存在を知らせたくはない。
ゴブリン程度とはいえ、強敵の存在を前にして一時的に手を組むという判断は、野生動物でもできる。
残り9氏族が連合して俺に対抗してくる、というシナリオは避けたい。
包囲され、洞窟まで一斉に攻め込まれるというのは――防衛体制は構築が急ピッチで進んでいるし、籠城すればまぁ敗れはしないだろうが……あまり島の支配を遅らせたくない。
現状、人界側の出口が絶壁すぎて簡単に探索できそうにない。
だが、人界側からの侵入者どもが、ロープだとか、十分な装備を持ってこっちに来ることはできそうだ。
つまり、俺は最初から迷宮領主らしく【魔界】側と【人界】側の2正面を抱えているわけで。
できることならば早期に魔界側を、最果て島を後背地にしたいのである。
海からの侵入者は、ヒュドラが潰してくれるだろう。
万全に体制を整えたら、人界側の探索も進めていきたい。
現在、洞窟では急ピッチで奴隷蟲達による「拡張工事」が進められている。んで、その時に出て来る土砂や岩礫は、人界側の例の絶壁に運ばせているのだ。それらは奴隷蟲の【凝固液】によって押し固め――坂道を積み上げている最中でもある。
……まぁ、その話はまたおいおい。
さて。思考が逸れたが、戦ろうか。
魔人の身体能力と、改造された俺の精神のせいか、戦いへの忌避感自体はもうほとんど無い。
平和な島国の平凡な男だった俺の精神構造まで、思い出みたいなものに成り下がりつつあるのだろうかね。
「アルファ、突っ込め」
命ずるやアルファが過剰に発達した巨大な両腕を大きく広げ、体を更に大きく見せながら、威圧するように進んでいく。
まず、狙うのは【逆境の統率者】バズ・レレーの集団だ。
危険な役目を命じたことは自覚している。
アルファは俺が最初に生み出したエイリアンで、"名付き"としても第一の眷属だ。
愛着もそれなりにあるが――だからこそ、信頼して任せるのだ。
【おぞましき咆哮】を放ちながら、アルファが地を蹴る。
ただそれだけで、心の弱いゴブリンが数体が怯んだようだが、陣形が崩れるには至らず。氏族長バズ・レレーの怒声に合わせゴブリン達が一斉に槍を掲げる。
こいつら、訓練されているな? 氏族長付の精鋭ってところか。
ほう、金属製っぽい槍を使っているな。ゴブリンに鍛冶の技術なんぞあるわけが無いから――漂着物とかだろうか?
アルファが丸太の如き剛腕と剛爪を振り回し、全く速度を落とさず陣形へ突貫。
行列にトラックが突っ込んだかのような衝撃の光景が目の前で繰り広げられる。
何本もの槍が筋肉の鎧を突き破り、アルファが真っ赤な鮮血を散らすが、同時に右腕の一振りでゴブリン達の槍の柄が何本もまとめてへし折られた。
続けざま左腕を上から叩き下ろし、トマトのようにゴブリン1匹の頭が潰れる。
だが、部下の不利を見て取ったか、氏族長が二本の槍を突き出しながらアルファに襲いかかった。
「ランナー4体はアルファの援護! 残りは俺と共にあっちの集団を潰すぞ。ル・ベリ、お前の特技で役に立ってみせろ!」
バズ・レレーを救わんと、彼の次男である大ゴブリンが円形陣を解き、部下を率いてこちらへ走ってきたのだ。
俺は棍棒を握りしめ、早口で指示を飛ばす。
迫り来るは野獣の如き形相、死中に活を求めるゴブリンの凶槍。
――俺は棍棒を正眼に構え、槍の穂先を受け止めた。
次の瞬間、想像以上に強い衝撃が俺を突き抜けた。
だが、足を踏ん張ってこらえ、力任せに槍を弾きいなす。
その結果、体勢を崩されたのはゴブリンの方だった。
一番槍を退けた刹那の攻防。
ランナーが瞬く間に俺の周囲に駆けつけ、それぞれに獲物を定めて、足爪を振りかぶって襲いかかる。
俺は目の前に崩れ落ちたゴブリンの腹に容赦の無い蹴りを入れ、さらに棍棒で殴りつける。上手く振るえずに棍棒がゴブリンの顎を掠めたが、脳震盪でも起きたのか昏倒するゴブリン戦士。
チャンスとばかりに、俺は再度、棍棒を両手掴んで振り下ろす。
骨が砕ける嫌な音とともに、俺は今日何匹目かのゴブリンを殺した。
殺気。
一瞬時間が長く感じられ、俺はほとんど反射的に棍棒を殺気の方向へ構えていた。
ゴブリン一番槍を遥かに上回る衝撃が横殴りに叩きつけられ、視界がものすごい勢いでひっくり返る。
「ぐぉおおッ!」
何が起きたか一瞬わからなかったが――魔人の身体の頑丈さが幸いした。
棍棒ごと、横薙ぎにふっ飛ばされたのだ!
地面に叩きつけられる直前になんとか受け身を取ったが、無理な体勢だったか、右腕に激痛が走る。
だが、痛がっている暇なんぞ無い。魔人族としての強靭な肉体は多少の無理を押し通せた。歯を食いしばって痛みに耐え、顔を上げると、次男レレーが怒りの形相で槍を構えていた。
あぁ、これはピンチってヤツだ。
誰のかって? 俺じゃあないねぇ。
「残念」
眉を片方だけ上げ、口の端を歪めて笑うのは俺の人間時代からの癖。
ついまたそれが出てしまった。
"酸爆弾"の第一射から6分経ったぞ?
空気を焦がすような独特の蒸発音とともに飛来する緑色の放酸。
だが、レレー次男も脅威の反応を見せた。
かなり無茶に身体を捻って酸の直撃を避ける……そのあおりで槍を落としてしまったようだ。
やるな、ゴブリン君。
だが、わかってないな。
酸の恐ろしさは――着弾した後にこそあるんだぜ?
酸溜まりはちょうど俺と大ゴブリンの間に広がり、ぶくぶくと泡立ち、蒸気をほとばしらせている。既に蒸発が始まっているのだ。
おそらくゴブリンにとっては"酸"は初めて見るのだろうが――さすがに本能で危機を察したか、踏み込みを躊躇するレレー次男。だが、そこに容赦なく二撃目の酸が降り注ぐ。
"酸爆弾"ではない。直撃ではなく、面制圧を目的とした噴霧型の酸噴射である。
全身の皮膚に酸を浴びたレレー次男が野太い絶叫を上げた。
そして、その隙を逃す俺じゃあない。
転がっていた一番槍ゴブリンの槍を拾いつつ、同時に棍棒を酸溜まりに漬ける。
棍棒が腐食するのなんて厭うもんか。
アンダースローからすくい上げるように棍棒を振り、蒸発途中の酸をレレー次男に浴びせてやった。
肉が焦げる嫌な音が激しさを増す。
酸が顔面に直撃し、思わず両手で目を覆ったのが致命的な油断だ。
「そら、胴ががら空きだ!」
槍の穂先を酸溜まりに漬けてから、全力で投擲。
金属製の槍なんて良い物使ってるよな。穂先が十分に重いから、適当に投げるだけでもそれなりの破壊力が見込めるわけだ。
酸液をまとった槍が真っ直ぐに大ゴブリンの胸に突き立った。
さほど深く突き刺さったわけではないが――場所が悪かったな。
心臓に近すぎる位置に槍が刺さった。
さて、何が起きるかな? 槍にまとわせた酸液が、鋭く蒸発音を鳴らしながらも、槍の柄も穂先もまとめて溶かしながら、胸の傷からレレー次男の体内に侵入していった。
内側から内臓を溶かされるゴブリンの断末魔の絶叫、実に耳に騒々しい。
レレー氏族の後継者ゴブリンの死に様は、びくびくと痙攣しながら崩れ落ちる、というものだった。
ふう……。
緊張の糸が切れかけるが――俺は意識を張って周囲を見やる。
ランナーが徐々にゴブリンの円形陣を引き裂きつつあり、既に数体のゴブリンが引きずり出され、切り裂かれたり噛み千切られたりして事切れていた。
こっちはOK。
アルファの方はどうだ?
振り向けば、アルファが全身に槍を生やしておびただしい血を流しながらも、両腕をミキサーのように振り回してバズ・レレーを滅多打ちにしているのが見えた。
氏族長バズ・レレーは2本の槍を振るって抵抗していたはずだが、既に片方は手に無く、もう一本も半分以下の長さにへし折られている。
攻防の結果、アルファの剛爪で何度か切られたか、脇腹から血を流し、片膝をついていた。
そして五月蝿そうに片腕を頭の周囲で振り回している――なんと、よく見てみれば小鳥や鼠の類が氏族長の周囲を飛び回り跳ね回り、その集中力を邪魔しているではないか!
おぉ! 役に立ってみせろとは言ったが、やるじゃないかル・ベリ!
興味を駆られて小鳥へ【情報閲覧】をかける。
どうやら【血吸カワセミ】という物騒な名のようだ。確かに、見れば執拗にゴブリン氏族長の血が流れる箇所にくちばしを突っ込もうとしている。強敵との戦いであんなのにまとわりつかれたら、調子が狂うなんてものじゃないだろうよ。
振り回されるアルファの剛腕。
援護に入ろうとしたゴブリン戦士は平等に殴り飛ばされ、一撃で撲殺されなかった戦士は、朦朧とした瞬間に近寄ったランナーの足爪によって屠られる。
俺の目論見通り、アルファは見事円形陣を破砕した。
もはや陣形は効力を持ち得ない。ゴブリン達が逃げ出そうとするが、それを許すほど俺の眷属達は甘くはない。
たちまち樹上から強襲するゼータ達によって首を切られ、あるいは腹を咬まれて崩れていく。
――と、手の空いたランナーが一体、血吸カワセミを振り払おうとしたバズ・レレーの片腕に果敢に噛みついた。反射的に掴んで、逆に投げ飛ばそうとしたところで、アルファへの注意が一瞬でも逸れたのがバズ・レレーの運の尽きとなった。
戦線獣の暴力的な右ストレートが炸裂し、顔面ど真ん中を正面から剛爪でぶち抜かれる。
よし、こっちも処理完了。
最後に予定外の闖入者である雄ボアファントだが――。
バズ・レレーを討ち取って手が空いた【獣調教師】ル・ベリが援護に回った以上、もはや負ける要素は無かった。
『夜啼き花』の粉末を利用した、ボアファントの嗅覚と方向感覚を狂わす薬物により、雄ボアは狂乱よりも混乱が一気に増大して平衡感覚を失い、盛大に転んでしまったのである。
再び力任せに立ち上がろうとするが――ガンマとデルタの戦線獣2体に牙を押さえこまれ、自由に暴れられない隙に、群がってきたランナー達が爪で牙で四方八方から切りつける。
たっぷり15分は嬲ったか――「経験点」をより多くのエイリアン達に得させるためだからな? 血を流し続け急速に体力を失って弱り果て、雄ボアファント死す。
斯くして全ての戦線が収束し、最果て島の森は不気味なほどの静けさに包まれた。




