本編-0019 ゴブリン2氏族殲滅作戦②
森の5箇所から轟くは、仔を救わんとする母ボアファント達の怒りの咆哮。
驚かされた鳥がバサバサと枝葉を散らしながら空へ飛び去っていく。
……ル・ベリのやつ、上手くやっているようだな。
【精密計測】により、俺は個々のボアファントの距離と、それぞれがあと何分で予定ポイントに到着してくるかを割り出す。
エイリアン部隊は3隊に分かれ、それぞれ所定の場所への移動は既に完了済みだ。
戦線獣のガンマとデルタに走狗蟲を10体ずつを任せて別働隊とし、残りは俺が率いている。
ムウド氏族ゴブリン達の集落は、切り立った巨岩を中心としており、周囲の洞穴や古樹のうろを利用した簡素な住居が密集するようにして形成されている。
この巨岩は、森の木々の根を拒むように鎮座しており――その上空の「樹冠の枝道」は非常に薄く、まばらだ。
最果ての島を"空の道"のごとく覆う「樹冠の枝道」であっても、ここでは黒き太陽から差し込む日差しを遮ること能わず、大地には様々な雑草・薬草・毒草が繁茂している。
すなわち「枝の道」からの、頭上からの奇襲が効き辛い。
これこそがゴブリンの天敵である葉隠れ狼を避け、ムウド氏族が永らえてきた地の利である――というのがル・ベリから聞いた話。
まぁ、なるほど、ゴブリンは猿以下の欠陥生物だから木すら登れないが――俺の眷属達はそうではない。
ル・ベリの見解によると、最果て島の肉食獣であり「樹冠の枝道」を縄張りとしている葉隠れ狼達は、突如現れた走狗蟲達の獰猛さを恐れ、遠く距離を取って自分達からは関わろうとはしていない、とのこと。
だからガンマ、デルタの2隊を邪魔者無しに「枝道」を先行させることができ、ムウド氏族の集落を、俺の部隊と三方から取り囲む位置に潜ませている。
ん?
そんな堂々と進軍したら、敵が警戒して守りが厚くなるんじゃないかって?
ふっふっふ。
そうさ。
むしろ、そうすることこそが俺の狙いなんだよ。
ゴブリンの一氏族が100匹程度であり、うち戦える成体の雄が50。
一族を養うために、常時半分は狩りや縄張り争いで出払っており、通常は留守居が20いるとしよう。
となると、このままレレー氏族が全兵力の雄150匹(ル・ベリの功績で、レレ―氏族は個体数増加が激しかったようだ)で攻め込んだ場合、ムウド氏族は鎧袖一触で制圧されてしまうだろう。
そして、それではまずいのだ。
適度に殺し合って潰し合って、お互いに傷つけ合ってもらわなければならない。
だから、この6日間わざとエイリアンの探索隊や採集隊を何度も外に派遣し、青酸モモやらの回収や地形調査がてら、ムウド氏族の縄張りをうろつかせていたのだ。
さて。
ごく普通の一般生活ゴブリン達が、ある日、縄張りで見たことも聞いたこともない魔獣が突然闊歩しているのを見たら、どう思う? しかもそいつら、天敵である葉隠れ狼と同じように「樹冠の枝道」まで移動するとなれば――劣等生物どもにとっちゃ、死の具現だろうなぁ。死活問題だろうなぁ。
だから、原因を探るにせよ対策を立てるにせよ、まずは安全地帯へ引きこもろうとするだろう。
つまり、ムウド氏族の警戒は最高潮に達している。
そこにダメ押しとばかりに、この森の変事を示すボアファントの怒号五重奏。
レレー氏族の連中は、油断しボアファントに踏み荒らされる最中のムウド氏族を美味しく刈りとる、などとル・ベリに説明されているようだが――半魔人め、なかなかに悪辣だねぇ。
そんなことは一切無く、レレー氏族の戦士達は、不安と苛立ちを募らせたムウド氏族の戦士達が周囲を固く警戒する中に自分から飛び込んでいくことになるのだ。
……と、監視していること20分ほど。
ついに動きがあった。
ムウド氏の集落から見て東側、つまりレレー氏族が攻め込んでくる方角。
森の木々や張り出した巨大な根の合間から、次々に茶色で半裸でずんぐり筋肉の盛り上がった醜く汚らわしい劣等生物どもが飛び出してきた。
ホーッ、ホーッと甲高い鬨の声を上げ、見る間にも20匹もの槍持ちが殺到する。
だが、変事に備えていたムウド氏の対応も早かった。
わらわらと小住居からムウド氏戦士達が飛び出してくる。また、巨岩の上に登っていた戦士だか斥候だかが、大声で集落全体に何事か合図を出している。
うむ。
ゴブリンの汚らしい発音では何を言っているかわからんね。
――お?
巨岩上の10体ほどのムウド氏戦士が、何か細長い竹筒のようなものを口に咥え、レレー氏戦士に向けた。
そして次の瞬間、数体のレレー氏戦士が顔を歪め、転んだりうずくまったり昏倒したりする……なるほどねぇ、"吹き矢"か。
その他、木の根に隠れながら、石や木槍を投擲するムウド氏戦士もいた。
彼らの支援を受けながら、体格の大きな戦士が槍と木盾を構えながら徐々に前進して前衛となり、レレー氏族の攻撃を阻む壁となる。
勇猛果敢に前線に乗り込んでムウド氏戦士を突き殺すレレー氏戦士もいたが、次の瞬間には吹き矢に刺され、苦悶の表情で崩れ落ちる。
ふうむ、ありゃ麻痺毒か何かだろうかな?
展開が早いが、状況を注視して最適のタイミングを見極めねば。
いちいち気になる対象に【情報閲覧】なんぞかけてはいられない。
戦が始まって十数分。
今のところキルレシオはムウド氏とレレー氏で3対1ほどであり、戦線はほぼ互角に拮抗状態。
だが、レレー氏は多大な犠牲を払いながらも続々と後詰めが到着しており、数の有利で徐々にムウド氏を押し込んでいた。仲間が死ねば、その持っていた槍を拾って、巨岩上に陣取る吹き矢使い目がけて放り投げる。
直撃を避けつつも、無理な体勢で避けたために足を滑らせ、墜死する吹き矢使い。激しい攻防の中で、ムウド氏の犠牲が増えつつあった。
ん?
集落の一角。巨岩の影に隠れるようにして見えづらくなっていた位置から、ゴブリン20匹ほどの集団が移動し始めるのが見えた。
武器を持っておらず、遠目にも貧弱に見える。
あぁ、なるほど、老人や女子供を逃がそうというわけか?
うーん、ボアファントの到着が少し遅れているな。これは、ムウド氏側の士気低下が予想以上に早かったか?
散り散りになられても面倒なので、ゼータとランナー2体を追跡に送ろうかと考えた――まさに、その瞬間のことだった。
ムウド氏の女子供の避難者達の正面から、巨樹の根を粉砕しながら一頭のボアファントが突入してきたのである。
「ナイスタイミングだ、ル・ベリ」
子供を探し求める母ボアファントの狂乱たるや、襲われる側からすれば堪ったものではなかろう。めちゃくちゃに頭を振り回して長鼻と牙が数匹のムウド氏ゴブリンを撥ね飛ばし、あるいは踏み潰すか轢き殺す。
避難ゴブリン達はがパニックに陥り、それを見たムウド氏戦士団にも動揺が走る。
「今だ、雌を奪うチャンスダ、死ね! 働ケ! 突っ込ムんだ屑どモ!」
一際大きな罵声が響く。
ル・ベリか!
少し見ないうちに随分たくましくなったなぁ――いや、それもそうか。
奴の本質は【魔人】の側にある。これまで己を"半ゴブリン"という枷で縛っていたのは、他ならぬル・ベリ自身だ。
自らをアヒルであると思い込んでいるからこそ、哀れなひな鳥は"醜いアヒルの子"なのである。だが、いざ白鳥として一度でも飛び立てば、もはやアヒル如きに心煩わされる方が難しいというものだ。
続々と到着するレレー氏戦士は既に100匹を超え、仲間の犠牲を厭わずにムウド氏の盾持ち戦士に突っ込んでいく。
ボアファントが後方から敵を襲う様を目の当たりにしたことで、士気の差は決定的なものとなった。このままムウド氏の前線が崩壊すれば、瞬く間に集落にレレー氏の戦士が雪崩れ込む。
巨岩に陣取る吹き矢使い達も、包囲されて迂闊に下に降りれなくなれば、逃げ場無く座して死を待つのみとなろう。
森の奥から、さらにボアファントの咆哮が四つ。
それを聞いて絶望の色を濃くするムウド氏と、勢いを増すレレー氏。
はははっ。
だがなぁ……残念だったなぁ。
レレー氏戦士の一部が動揺したように咆哮の方角へ視線を向けたことを、俺は見逃さなかった。
なんだ、ゴブリンにしちゃ勘の良いヤツもいたのな。
そうだよな。
信じられないし、予想外だよな。
まさかそっちからボアファントが来るなんて思ってもみなかったんだろうなぁ。
怒れる母ボアファントが突っ込んでくる――レレー氏族を四方から囲むように。
そしてル・ベリにとっても思わぬ"オマケ"だったのか、気性の荒い雄ボアファントが一体追加で突っ込んでくる。どうやら縄張りを大人数で踏み荒らされ、苛立ちが頂点に達しているようだ。母ボアファントの1.5倍もの巨体を揺らす様はもはや重戦車であり、次々にゴブリン肉のたたきが製造されていく。
想定外の闖入者も現れ、まさに祭りはここからが本番というところ。
だが、ゴブリン達にとって真の「想定外」は、これからだ。
動揺が伝染し、レレー氏族の勢いが完全に止まる。
各方向でボアファントによって合計十数匹ものゴブリン達が踏みにじられる。
だが、彼らの中にも気骨者がいたのか、2方向でそれぞれ大柄なゴブリンがボアファントに突進し、鼻を押さえようとしている。
また、オマケのブチ切れ雄ボアファントに向かって、10匹ほどのレレー氏戦士が一斉に槍で突きかかり、怯ませることに成功したようだ。
この混乱の中、母ボアのうち一頭がムウド氏の生き残りに向かって乱入する。しかし、その突入は吹き矢によって妨害される。
今度はムウド氏族が鬨の声を上げる番であった。
余裕を取り戻したムウド氏戦士の一部が、果敢にもレレー氏戦士へ襲いかかる。
相討ち上等と言わんばかりに、体ごと突っ込むように盾と槍を繰り出す戦士達。この突撃により、ムウド氏戦士と相対していたレレー氏戦士の前線が粉砕される。
戦況は、まさに三つ巴の混沌に呑まれようとしていた。
――この時をこそ待っていた。
「全部隊、突撃! アルファ、合図を出せ!!」
ゴブリンどもに聞こえようが、もはや関係無い。
俺の率いる本隊の位置は、ちょうどムウド氏とレレー氏がぶつかる前線から見た真南側である。そこから、北に向かって――巨岩を挟んで反対側のガンマ、デルタ部隊にまで届くぐらいに、腹の底からの大声を張り上げる。
まず、噴酸ウジのベータとイプシロンがのそりと動き出した。
それを後方から次々にランナー達が追い抜きながら、樹冠の枝道を蹴って宙を跳び、頭上からムウド氏集落へ降り注ぐように飛び込んでいく。
同時に、俺の隣に控えた戦線獣アルファが、人間や哺乳類の声帯には到底不可能な【おぞましき咆哮】を放つ。
「ギュルリィリャアルォォォオオォロロォゥル!!」
発生の仕組み自体が、生物の常識の根本から異なっている「咆哮」だ。
その"効果"は即座に現れる。まるで、広範囲に電気ショックでも浴びせられたかのように、レレーとムウド2氏族の戦士達が動きを止め、ギョッとした表情で数匹がこちらを向いた。
だが、その怯みこそが致命的。
先陣を切ったランナー数体が、跳躍しつつ前転する容量で、グッと鋭く伸ばした足爪を遠心力とともに大きく振りかぶって斬り込んだ。
ゴブリン達の中から怒号が聞こえる。
ボアファントが一頭、全身に槍を突き立てられて斃されていた。
やるな、あの大柄なゴブリンの片割れか……あれが「氏族長」か?
威圧とも言うべき鼓舞に元気づけられたゴブリン達が態勢を整える、が。
「「グジャアァィルルグジュゥォオオロロリィイヤァアル!!」」
合図に呼応したガンマ、デルタが抜群のタイミングで【おぞましき咆哮】を返す。
ゴブリン達に再び動揺が走ると同時に、彼らの背後からデルタ、ガンマの別働隊が襲いかかった。
戦線獣たるガンマとデルタを先頭に文字通り"殴り込み"をかけ、数体のゴブリンがボロクズの如くお空を自由に飛行。その次の瞬間には、ガンマとデルタの背後からランナー達が次々に飛びかかる。
ゴブリン達からすりゃ、ある意味ボアファント以上に厄介な敵の登場だろうな。
せっかくの"鼓舞"も虚しく、場が再び混乱したそのタイミングで――ダメ押しだ。
空気をジュワァと焼くような裂音を鳴り響かせながら、蒸気まとう緑色の液体の塊がゴブリン集団の頭上から降り注いだのである。
「最適なタイミングで"酸爆弾"を浴びせろ」
と噴酸ウジのベータ、イプシロンへ命じていたが――これぞ【群体本能】によるエイリアン連携の本領発揮だな。まさに、ここぞという絶妙なタイミングだ。
レレー氏族側を中心に"酸爆弾"がぶち撒けられる。
2つの"酸爆弾"の爆心にいた数体のゴブリンが、即座に全身を爛れさせながら骨を内臓を晒して溶け崩れ落ち、さらに周囲のゴブリン達が体のあちこちに強酸を浴びて、激痛のあまりか、聞くに堪えない凄絶なる悲鳴の大合唱。
「ははは! 良い声で啼くじゃないか。アルファ達の【おぞましき咆哮】にだって対抗できそうだなぁ!」
ゴブリンの苦痛の声が、俺に軽い陶酔感をもたらす。
と同時に――称号『超越精神体』の固有技能【並列思考】によるゼロスキル効果で、俺は冷静な頭でこうも考える。
これほどまでに、魔人族に種族レベルで憎悪されているとは、ゴブリンと魔人族の間には、一体全体どんな因縁があるのやら……てな。
その時、俺の傍らに"眷属"の気配が現れた。
「――御方様」
6日ぶりに聞いた「配下」の声だ。
俺は目だけで横を見やる。
そこには片膝をつき、畏まるル・ベリがいた。
俺は口の端を歪めた表情を作ることで、彼の呼びかけに応える。
事ここに至り、蛮族と言うことさえ過大評価である準野生動物どもの士気は完全に崩壊した。ムウド氏も、レレー氏も、2氏族ともにである。
――いや。
レレー氏族側で、やはり例の大ゴブリン2体が踏ん張っているせいで、潰走にまでは至っていない、か。
氏族の長だかなにかと思われる筋骨たくましいゴブリンが、2本の槍を両腕で振り回し、近寄るランナーを弾き飛ばしていた。
ランナー達はその機敏さを存分に生かし、爪や牙による一撃を加えると同時に、槍から距離を取ってのヒット・アンド・アウェイに徹している。
だが、大ゴブリン相手には数体がかりでも手こずっているようで、次第に2匹の大ゴブリンを中心に円形の抵抗陣形ができつつあった。
そして、防御態勢を維持したまま、連中がじりじりと後退し始めていたのである。
【エイリアン使い】オーマの知らぬことではあったが、レレー氏族長バズ・レレーは称号『逆境の統率者』を有しており、【勇敢なる抵抗】【恐怖耐性】【猛々しき鼓舞】といった技能を伸ばしていた。
これにより、ル・ベリの裏切りによるボアファントの乱入を受けても、未知のおぞましい生命体の襲撃に際しても、奇跡的な水準で犠牲を減らすことができていたのである。
「あれを打ち砕くには、アルファ達を反撃覚悟で突っ込ませるしかないか?」
「申し訳アりません。御方様ノ眷属に余計な被害が……」
「気にするな、必要経費はケチらない方が良い。もっと高くつくからな」
アルファら戦線獣を突っ込ませ、強引に抵抗陣形を乱したところに、ランナーどもを殺到させてずたざたに切り刻む。
その隙に大ゴブリンを討ち取るしかない。
勝利自体は揺るがないが……このままランナーの被害を増やすのも、レレー氏族の戦士達に逃げる時間を与えるのも、どちらも癪だ。
だが、現状ガンマとデルタは狂乱する雄ボアファントを抑えこみにかかっていた。
母ボアファントの1.5倍の体格を有している雄ボアファントは、さすがに自由に暴れさせたら、今度は俺の部隊に出る被害が大きい。
ガンマとデルタの2体がかりで牙に組み付き押さえているが、ボアファントめ、なんて力だ! あの2体が協力しているのに力負けしかけているとは!
援護のつもりか、ゼータと3体のランナーが連携して長鼻に噛みつき、雄ボアの反撃を防いでいるが――中途半端に痛みを与えているせいで、逆に闘争心を増しているようにも見える。
「乗り込むぞ。ル・ベリ、ついてこい。アルファ、露を払え! ベータ、イプシロン。第二射用意、"通常弾"で回復し次第、吐酸しろ!!」
殲滅作戦は最終段階に移ろうとしていた。




