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本編-0018 ゴブリン2氏族殲滅作戦①

魔界にて、【最果ての島】は流刑地の一つとして知られる。

しかし、粗末な船に乗せられた流刑者達が、そのまま生きて島まで辿り着く事は稀である。【最果ての島】の近海を縄張りとする恐ろしき多頭龍(ヒュドラ)に襲われて死ぬことが非常に多く、この意味では「流刑」は「死刑」とほとんど同義語であった。


だが、類稀(たぐいまれ)なる"幸運"に恵まれれば、船の破壊後でも島へ漂着できることがある。

最果て島ゴブリン11氏族の始祖であった農奴ゴブリン達然り。

また、ル・ベリの母となった罪人の女性然り。


もっとも魔界眷属神の中に「幸運」を権能とする者は無い。

あえて近い現象を引き起こす者を挙げれば【無邪気と遠眼の悪童(フォイル=ロイト)】程度であろうか。ただし、彼の「悪戯(いたずら)」がもたらす因果を"幸運"と呼べるかは、甚だ疑問ではあるだろう。


――そして、今また一隻の流刑船が、最果て島を目指して絶望の航海に出で立とうとしていた。


流されたるは竜人(ドラグノス)の小集落の生き残り達が十数名。

ほとんどの者がうなだれ、葬列を押し固めたような雰囲気が船内に充満する。

そのただ中、腕を組んで胡座をかき、隻眼に強い意志を宿す男がいた。


隻眼の竜人(ドラグノス)

彼は名をソルファイド=ギルクォースという。


   ***


12のゴブリン氏族が相争いながら、その小さな歴史を刻んできた最果ての島。

そこに、津波の如き波紋を引き起こすことになる一連の連鎖的反応の、第一石が投じられようとしていた。


「御方様」の尊名を知る栄誉を受けたル・ベリは、自らが名実共に、その"眷属"になったことを強く実感していた。魔力とも異なる力の波動が、自らと御方様の間に細い通り道のような繋がりが生まれたことを、確かに感じていた。


母はかつて、島から遠く海を越えた先の「大陸」で『子爵』に仕えていた。

身分こそ低かったが、主たる魔人貴族達の居城すなわち迷宮(ダンジョン)の家政を他の同僚達と共に切り盛りする日々の中、様々な作法や教養を身につけた――つけさせられた。


主の政敵の軍勢との攻防。

主を支援する有力者達の饗応。

同僚たる魔人達の中に潜む間諜(スパイ)の炙り出し。

眷属たる魔物達の世話から、主の側仕えまでを幅広くこなす中で、迷宮領主(ダンジョンマスター)階級の貴族達を応接する機会も多かったのである。


魔人という種族には、魔王と迷宮領主を上位とする明確な序列関係が存在する。

彼らは直接【全き黒と静寂の神(ザルヴァ=ルーファ)】によって言祝がれた者達であり、等しく強大な力を秘めている。


そのような"貴族"達が放つオーラを、魔人に生まれた者達は本能のレベルで感じ取ることができる。

これによって、ル・ベリは「御方様」の偉大さをただちに認識することができたが――その事実こそ、彼が「ゴブリン」などでは決してないことの証明でもある。

自らはやはり「魔人」の側にある存在なのだと確信することができただけでなく、「魔人」としての己の有り様を御方様に肯定されたことも決め手であった。


(そうダ、ゴブリンなんぞは牛馬にすら劣る家畜以下。そんナ連中の血を引く俺は、不幸だと思っていタ)


醜悪なるゴブリンの血が色濃いこの外見に、母を虐げた汚物どもと同じこの外見に、御方様は微塵も惑わされることなどなかった。

ゴブリンに向ける侮蔑と冷笑の眼差しを、ル・ベリに間違えて向けるなどということもあり得なかった。


(俺の本質ガ"魔人"の側にあるんダと、御方様は断言してくれたのダ……!)


生き延びる技を与えてくれた神たる【嘲笑と調教の女王(オフィリーゼ)】へは、感謝の念はあれど、別に、ただそれだけだ。

彼女は真にル・ベリを逆境から救ってくれたわけではない。


だが「御方(オーマ)様」は違う。


魂の格の違いすら感じさせるカリスマ性。

本質を見抜き正しき評価を与える叡智。

オーマ本人が聞けば、過剰すぎる表現に眉をひそめ苦笑をしたであろうが、ル・ベリの中では信仰心にも似た忠誠心が急速に形成されていたのであった。


なにせ。

御方様が己の「何か」を解き放ったことに、鋭敏に気づいていたのだから。


「技能点」にまつわる"世界の法則"を聞かされはしたものの、さすがに話が高次すぎるため、消化しきないまま数日が過ぎていた。だが、少なくとも人智及ばぬ御業(みわざ)が存在すること、御方様はその領域にあること――己のために御業を振るって下さったのだ、ということを本能的に理解していた。


背中の両肩と、腰のあたりに熱く疼く不思議な感覚があった。

それは「技能点」を魔人の種族技能【第一の異形】へ振られたことの副作用だが、体の芯に生まれた熱さは、かつてない高揚を感じる福音の顕れである。

そして"それ"について恐れ多くも問うたル・ベリだったが、御方様は愉快そうに口の端を歪めて「楽しみにしていろ」と語るのみ。


(魔人族とはいえ、半端者の俺に"力"を与えテくれたのダ)


「オイ、半ゴブリン! 本当二コノ道デ合ッテルンダロウナ!?」


「間違ッテタラひゅどらヘノ生贄ニシテヤルカラナ!」


幸福なる思考が、耳障りかつ低劣極まる雑音に邪魔される。

監視役――というよりは単なる護衛役に成り下がったゴブリンどもの、種族スキル【悪罵の衝動】の効果による妨害である。

だが、至福の時間を邪魔されたル・ベリもまた【悪罵の衝動】で反撃する。


「黙れ! 脳に痰カスを詰めたウジ虫以下の役立たずどもガ! 誰に喧嘩を売ってるのかわかってルのカ!?」


まくし立てながら、片手で指をパチンと鳴らす。

すると、周囲の頭上、島を覆う広大なる樹冠の狭間から――枝葉を揺らす木々の擦過音が騒々しく響き渡る。

ただそれだけで、今しがたル・ベリに食ってかかった凡愚達(ゴブリン)が、激しく狼狽して必死に周囲を警戒し始めた。


葉隠れ狼(リーフルフ)の昼飯になりたくナいなら、臭い歯の奥に舌ヲ引っ込めテいろ!」


ムウド氏を襲撃するための先遣隊として、ル・ベリは3匹のゴブリンを下につけられ、ボアファントを誘導する最終準備に赴いていた。

案の定、ゴブリンの掟に従い隙あらば貶めようと喧嘩を売る低脳共だったが――既に昔のル・ベリ(半ゴブリン)ではない。


手懐けるまでには至っていないが、ル・ベリはこの6日間で葉隠れ狼(リーフルフ)達と友誼を結ぶまでに至っていた……彼らに、その「好物」を与えてやることによって。


(こいつらハ……まだダメだな。御方様への供物を、これ以上は減らせナい)


オーマに導かれて"魔人"としての自己を確立したこと。

固有技能である【殺戮衝動:ゴブリン】の影響を押さえ込まなくなったこと。

これらによって、ル・ベリのゴブリンに対する容赦の無さは徹底的に振り切れていた。その結果、ゴブリン達を"餌"とすることで、手懐けに難航していた最果て島の肉食獣「葉隠れ狼」の調教を前進させていた。


この時ル・ベリは、ボアファントの子供と葉隠れ狼の調教成功という『獣調教師』としての「経験」を積み増したことで、位階を一つ上昇させている。


(これデ用意は完璧だな)


元はレレー氏族を破滅させてやろうという執念に始まり、それが偉大なる御方様に仕える身となったことで、利用するつもりであったムウド氏族とボアファントもろとも供物とする計略は、大詰めの段階に入っていた。

生贄となる2氏族の縄張りの境界には、密集した青酸モモの群生地が広がっており、これらを主食とするボアファントの縄張りも多く重なっている。

この日までの準備で、ボアファントの親子を5組も手懐けることに成功していた。


そして、決行当日である今日、母ボアと仔ボアを引き離すように誘導した。

育児中の母ボアは気が立っているため決して容易な作業ではなかったが、放浪する若い雄ボアファントを向かわせることで、その問題は解決した。

こうすれば、母ボアは発情した雄ボアを振り切るのに忙しく、我が子を捜索することには集中できまい。


ル・ベリ一行は現在、仔ボアファント達を隠した森の奥地まで向かっているのであった。


木の根と湾曲した太枝に囲まれた窪地であり、5頭が固まって気持ちよさそうに眠りこけている。

いずれも生後2~3年の成長期の仔ボアファントであり、ちょうど好奇心が高まって、やんちゃぶりに拍車がかかる時期である。

普段は縄張りを巡って親ボアファント同士が牽制しあうため、仔ボアファント同士が出会ったり、まして交流することは滅多に無い。そんな仔ボア達が同年代の仲間に引き合わされて、興奮して元気に走り回ったり、じゃれ合って疲れ果てたところへ、食いきれないほどの青酸モモをたらふく食わせてやったのだ。


――ここまでお膳立ててやれば、いくら体力自慢のボアファントの子供とはいえ、ご覧の通り眠りこけてしまう結果となるわけだ。


ところで、そのための青酸モモを短時間で大量に集めることが出来たのは、奴隷蟲(スレイブ)走狗蟲(ランナー)達の"自主的な"手助けによるものである。

「眷属仲間」としてエイリアン達はル・ベリを本能的に拒絶せず、また主の直属の"配下"たる存在として、自分達に上する存在であると受け入れていたため、この手助けはスムーズに進められた。

最高者たる創造主オーマの命令に反しない限り、ル・ベリの意図にも従う。

仔ボアファントを釣るために青酸モモを集めているル・ベリを目撃した奴隷蟲(スレイブ)達が、オーマからの探索指令の片手間に、それを手伝うようになったのはごく自然な流れであった。


丸々とよく肥えた子ボアファント達を眺め、ル・ベリは思わず笑みをこぼす。

この5頭は、産まれたばかりの頃から知っていた。

元は、彼が最果て島始まって以来の"畜産"導入の礎となるべきであった野生獣達であり――そして今は、御方様の偉大なる覇業の第一歩の供物となるのだ。


自らの十七年の一生は、このためにあったのだとさえ思えるような、運命の巡り合わせを感じずにはいられない。


「よし、やレ」


随行する3匹の役立たず(ゴブリン)達に命じる。

相変わらず葉隠れ狼(リーフルフ)の気配に怯える3匹に、腹を立てたル・ベリが怒鳴りつける。

彼は、既にレレー氏族の奴隷ではなく、明確に種族レベルの上位者として振舞っていた。なるほど、単身での戦闘能力は野性的なゴブリンの蛮勇には敵わないかもしれないが、その使役する鳥獣をも戦力として数えるならば、彼我の実力差を認識できないほどゴブリンは愚かな存在ではなかった。


立場の逆転を悟ったゴブリン達は苦渋の呻き声を上げつつも、それを力によって覆したり、貶め返すことができていない以上、彼らはル・ベリに従う他は無い。

槍を構え直し、ル・ベリの恐ろしい威圧を背に、3匹が意を決して仔ボアファント達へ向かっていく。

今彼らが持っているのは狩りのための"木槍"などではない。

黒曜石の穂先を備えた槍であり、ゴブリンの技術では作れない"漂着物"――つまりそれだけレレー氏族はムウド氏族討滅に本気であったのだ。


「ぴぎいいい!」


「ぷごおおっっ」


ゴブリン達が次々に仔ボアを突き刺す。

黒曜石の穂先は木槍などとは比較にならないほど鋭く、深々と子ボア達の尻を傷つけ、血がどくどくと流れ始める。


これもル・ベリの指示である。

囮となり、また母ボアファントを呼び寄せられればそれで良いのだ。

いたずらに死なせる必要は無く、生き延びさせればまた御方様へ役立たせる機会がある。少なくともこの島において、ボアファントはそれだけの価値があるとル・ベリは考えていた。


生命の危機は野生生物にとっては何にも優先する緊急事態だ。

仔ボアファント達にとってもそれは同じであり、たちまち狂乱と恐慌が伝染する。

めいめいに長鼻を震わせるような大きな鳴き声を発し、仔ボア達は走り去っていった――ル・ベリが彼らを誘導するために、母ボアの体毛と夜啼花の粉末を、あらかじめ道標のようにばら撒いておいた方角へ。


向かう先は、当然ムウド氏族の集落である。

仔ボア、そして我が子の悲鳴を聞きつけた母ボアが集落へ乱入して暴れるだろう。

留守居の雄達と老人、雌や子供は逃げ惑い、家々は破壊されるだろう。そして変事を察して戻ってきた成人の雄ゴブリン達とボアファントの殺し合いが起きるだろう。


両者が十分に傷つけ合い、共倒れとなるところで、レレー氏族の戦士達が突入しまとめて制圧する。

――氏族長バズ・レレーには、そんな風に説明しておいた。


だが、実際の段取りは違うものである。

ル・ベリは笑みを堪えきれず、押し殺した笑い声を漏らす。

それを悟られないよう、強い声で3匹へ命じる。


「よし、これデ仕上げは完了だ。お前らは族長へ合図を送りに行くんダ!」


ル・ベリにこれ以上威圧されずに済む、そんな安堵感を得たのか、3匹の生け贄(ゴブリン)どもがコクコクと素早く頷きながら走り去る。


――間もなく、森の各所から母ボアファント達の怒りの咆哮が轟いてきた。

そしてそれが、"御方様"への合図となる。

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