本編-0013 我が名は、世界の理を超越せん
言葉に出さずに「情報閲覧:対象俺」を発動する。
【基本情報】
名称:未設定
種族:魔人族
職業:迷宮領主(融合型)
爵位:准男爵
――うむ。
「名称:未設定」ってなんぞや。
初日からずっと放置していた問題だったな、そういえば。
別にすぐに決めるつもりもなかったし、正直困らなかったから放置していた。
その意味では意外なタイミングだ。
目の前で畏まる「半魔人」に、当たり前のように問われて表面化した、考えないようにしていた問題。
軽く頭をひねってから、俺は自分の人間だった頃の名前を思い浮かべる。
■■■■■。
「前の名前」が、【魔人】に改造されてもそのまま適用される――というわけではなかったわけだ、今更だが。
■■■■■。
それにはどんな願いが込められていて、また、どんな人間に育ってほしいと意味づけられていたのだろうか。
あるいは俺自身は、そこにどんな己を見出していたのだろうか。
名前を「単なる記号」とする考え方には、あまり賛同できない。
一生ついて回るものであり、その意味については意識無意識問わず自分自身が最も反芻するものであると考えれば、「体を表す」とする格言はある面では真理を突いているのだと思う。
だが、そう考えればこそ、かつて居たあの世界で使われていたその名前を、今この世界で名乗る意味は、あるのだろうか。
愛着のある名ではあった。
だが、それは使い古したボロ着のような、悪い意味での着心地の良さと同義だ。
今の俺は元の世界から離され、肉体まで新しいものに改造され、精神構造すら前の自分と連続しているか疑わしい。
新しい環境に、新しい世界。
新しい肉体に、新しい役割。
新しい願望に、新しい能力。
名前がその者の"本質"を表すというならば、今の俺の"本質"は何だろうか?
また、生まれ変わる以前の俺の"本質"は何だったろうか?
そして、過去の名前は過去の俺の"本質"たり得ただろうか?
■■■■■。
今の俺の本質を表すのに、その名前は相応しくない。
今の俺に一番相応しい名前を、新しく与えなければならない――誰が? それができるのは、他ならぬ俺自身しかいない。
新しい葡萄酒は新しい革袋で運ぶのが、やはり正しいことなんだろうよ。
ならば、これはきっと俺に必要な通過儀礼だ。
異世界に迷い込んだ「お客様」みたいなフワフワした気分を、ちょっと気が早いかも知れないけれど、断つべきなのだ。
決別するべき過去があって、迎えるべき現在があり、備えるべき未来がある。
この世界で何を成してみようか?
この世界でどんな存在に成ってみようか?
俺が成りたかったもの、成りたいものはなんだっただろうか。
それならば――こうしよう。
「我が名は、」
俺が欲しかったもの。
それは何事にも"超然"とした在り方だ。
動じずに、超然とした精神で次々と起きた問題と対峙していられたら。
中途半端に迎合して生ぬるい対処でお茶を濁していなかったなら。
あんな「苦い」結末は無かったろう。
終わりのない"贖罪"を背負い続けるなんて、きっとせずに済んでいたのだろう。
過去は変えられない。
だが、もう一度チャンスが与えられたようなものだと考えるならば。
俺の目指す"在り方"は、こういうものだろう。
【超然と見据え心動じぬ者】
「オーマ」
今度こそ、自分に何ができるのかを見極めたい。
限界を設ける気はなく、どこまでも突き抜け、行くところまで貫き通してみたい。
そんな願いを己に込めて、このように名乗ることとする。
『――称号【超越精神体】を取得――』
***
それから俺はたっぷり半日かけ、ル・ベリから様々な情報を聞き出した。
その1。
この島は【最果ての島】と呼ばれていることとか、12のゴブリンの氏族があることとか、どのような鳥獣が住んでいるか等、主にこの島に関する話。
これはまぁ、今後また語る機会が出てくるから今は端折る。
その2。
ル・ベリの身の上話から、島外の地理だとか、彼の"母の故郷"からうかがえる魔人族の文化風俗的な話などもあった。
最果て島生まれのル・ベリが彼の母から聞かされた話であるから、正確さには多少欠けるだろうが、「この世界」の常識などに疎い俺からすればとても興味深い話の数々だった。
これは迷宮核の知識に統合しておいて、必要な時に思い出せるようにしとこう。
そして、本題のその3だ。
『位階』や『技能』といった概念によって個々人の能力が表されている、言わば「この世界のルール」について、俺は自らの考えるところを単刀直入にル・ベリにぶつけてみた。
――出会って数時間しか経っていないが、彼の率直にして溢れんばかりの忠誠心は非常に快いと感じられたからだ……仮に裏切ったとしても、できることは限られているだろうから、処理も容易かろう。
んで。
結論から言えば。
俺は非常に非常に重要な示唆を得ることができたのだった。
そうだな。
まずは、これを見てくれ。
「情報閲覧:対象ル・ベリ」
【基本情報】
名称:ル・ベリ
種族:半ゴブリン/半魔人
職業:獣調教師
位階:17〈技能点:残り13点〉
HP:142/142
MP:102/116
どうやらル・ベリは俺の軍門に下ったことから「眷属」として迷宮核に認識されたようで、アルファ達と同じく【情報閲覧】によって詳細なステータスが見れるようになったのである。
――注目ポイントは「技能点:残り13点」というところ。
どうやら、ル・ベリは【技能】や【技能点】などという概念が存在していること自体、一切知らずに生きてきたらしい……まぁ、これは半ば予想していた。
そして話を聞き出すに、劣等生物達はともかく『迷宮領主に仕えていた経験』を有する彼の母親でさえ、おそらくそんな世界の理など知らなかっただろうとのこと。
これは重要な情報だ。
とてもとても重要な情報だ。
【技能】という概念それ自体が、少なくとも迷宮領主の間で秘匿されている知識である可能性が出てきた。
そして【情報閲覧】なんてメタな技能を持たない一般人には、まさに「振り残し」などという形で現れているのだ――が、さて、そうすると疑問が浮かぶ。
ル・ベリの現在位階が17。そして【魔人】である俺は位階上昇ごとに「3点」の技能点を獲得する……つまり、もし位階ごとの獲得点が仮に【半魔人】でも同じであるとすれば。
【技能点】ルールに無知なル・ベリが自分の意志で「点振り」なんてできるわけがなく、初期点のことをを考えなければ、彼の振り残しは「残り51点」とかになっていなければ変なのだ。
だというのに、彼の「振り済」スキルには【観察眼】【追跡術】【鳥獣伝心】といった獣調教師の職業技能や【悪罵の衝動】といった種族技能等、実にバリエーションに富んでいる。
この事実が示唆するのは、たとえ【技能】や【技能点】について全く知識が無く、そんなことを意識せずに生きていたとしても、何かの拍子に特定の技能に技能点が自動的に振られてしまう――そんな法則が存在することだろう。
「確かニ……ソう御方様に言わレテみれば、ある時急に技ガ冴えるノを感じる、そんナ経験が年に何度カはありまシた」
「それだ、ル・ベリ。その"技が冴える"体験について、君の御母上は何か言ってなかったかな?」
しばし考え込む仕草を見せて、ル・ベリは思い出したように言葉を紡ぐ。
曰く、それは「努力の実り」であるとか「神への祈りが届いた」とかいった形で、誰もが体験し得るものであるらしい――そんなことを聞いた、と。
なるほど、ゴブリン達に囲われる悲惨な暮らしの中で、ル・ベリの母はおそらく【強靭なる精神】が、まさにその「祈り」「実り」の類によって、並みの魔人以上に成長していたんだろうよ。
……そして、ほれ。
俺も似たような経験をしていたじゃあないか。
転移初日に我が眷属どものグロさを目の当たりにした時のことだ。
例のグロ耐性技能、もとい【強靭なる精神】が弐に上昇してたじゃあないか。
あれは、そういうことだったわけだ。
あるいは精神的に衝撃を与える出来事か。
はたまた血の滲むような鍛錬の結果か。
それとも願いと現実のギャップの存在か。
ともかく、需要と供給が神の見えざる手によって一致するかのように「歯車がカチリと快く噛み合う」時に、対応した技能に技能点が振られる。
【情報閲覧】技能を持たない者達は、なるほど、それは「神の奇跡」だか「努力の実り」だか「スランプ脱出」だかによって、とにかく急に"技が冴えた"……などと受け止めてしまうのだろう。
この実に気まぐれな"自動点振り"によって、ル・ベリについて言えば、実に13点もの"振り残し"が発生しているのである。
――13点て、結構な数値だぞ?
技能を一つ、一息でランクMAXまで伸ばしてもまだお釣りが来る点数だぞ?
生まれて17年しか経っていないというル・ベリでさえ、これだ。しかも彼はそれなりに苦労し、あがき、血の滲む努力と臥薪嘗胆の執念を我慢することを繰り返してきたようで、そりゃあもう「自動点振り」される機会は並みより多かったはず。
であるならば、【人界】の人間も含めこの世界の「一般人」達の大多数は、一体どれほどの技能点を無駄にしていることか。
そしてその多くは、何十点もの"振り残し"を抱えたまま、死んでいくのだろう。
まぁ、俺みたいな【情報閲覧】的な技能持ちや、歴史の長い集団なんかで経験的に"そういう法則"が知られているという例外はあるかもしれないが――絶対に多数派ではない。迷宮領主達でさえ、この事実を秘匿しているのだ。
まして【人界】で、そういう知識が万に一つほそぼそ受け継がれていたとして、それを潜在的なライバルや敵対集団に、わざわざ「誰にでもできる手軽な自己強化法」なんて伝えてやるものかよ。
ただ「知った」からといって、言うほど手軽に強化可能、ともいかないようだが。
今、俺から技能や技能点の存在について啓蒙されたル・ベリだが――試しにいくら念じさせてみても、結局自分自身の自由意志では点を振ることができなかった。
つまり「知っている」だけでもダメなのである。
「うーん、行動か、キッカケか、とにかく法則発動の条件が整わないとダメと。そうすると"意志"は種火程度の役割しかないのか? ――いや、そもそも俺と同じような認識ができるかどうか、って問題もあるか」
俺はしかし、その制約をあっさりと乗り越えることができる。できた。
俺自身の自由意志によって、俺自身の技能点を俺自身の技能に振ることができる。
迷宮領主の端くれとして、単に「ルールを知っている」だけじゃあない。
さて、はて。
この一見すると"ルール破り"に見える現象は、果たして「単に【迷宮領主】だから」だけで、説明がつけられるんだろうかね?
何せ、俺にとって「点を振る」という形でのステータス認識それ自体が――「数値化されたプログラム的理解」を前提としている、とでも言えばいいかな。
もっと言えば、そうした俺の"世界認知"それ自体が、前の異世界での「科学的思考」の叡智と「電脳技術」の結晶に小さい頃から当たり前のように慣れ親しんできた、その賜だということだ。
ん? ゲーム脳って意味じゃあないぞ。
人間が数値化されるのは某戦国&三國ゲームシリーズだけだ、なんてのは大いなる誤解だ。
学校の成績や偏差値。
面接の採点表や職場での査定表。
健康診断に体力テストに保険屋の"リスク"計算。
こんなものはほんの氷山の一角。
それらを網羅総覧する、もはや一個人の脳みそでは絶対に追いつけない超高速の情報処理技術に、ビッグデータ。
ほうれ。
「あの世界」では人の要素を"数値化"するなんて発想は、元から社会の根底に根付いていたじゃあないか。
別にこの世界を馬鹿にするわけではない。
ただ、迷宮核さんの知識から【魔界】の文明レベルを類推するに……おそらく事実として、「この世界」では産業革命による規格化・効率化の波だとか、それを人間の処理能力を超えて加速させる情報革命の波だとかは、起きていないと言える。ただそれだけのことだ。
だから、一部の天才なんかを除けば、とてもとても、他の迷宮領主達が同じように【情報】を【閲覧】できるなどとは思えない。となれば、彼らの「技能点振り」に関する理解は、まちまちであり、少なくとも「点振り」できるような形で認識できている者は非常に限られてくる――というのが俺の予想だ。
まぁ、他の迷宮領主と接触しない限り確認する方法は今のところ無いが。
とはいえ、もしも俺の予想通りだったら、「点振りできる」俺のようなタイプの迷宮領主が特異な存在であり、少数派だろうよ。
これはアドバンテージであると同時に、いたずらに注目を集め、あるいは脅威認定されてしまうという、大きなリスクにもなるだろうな。
だから、ル・ベリ。
裏切らないようにね?
「――たダただ、御方様が偉大デあるコトを思い知ルのみでス。願わくバ、この身果てルマで、"魔人"と認めテいただイた、この身尽きるまデお仕エしたく」
ふむ、まぁ大丈夫そうだね。
ひとまずル・ベリには、彼の"当初の目的"の作業を再開させる予定だ。
幸か不幸か、どうやら俺は一昨日の遭遇戦でル・ベリの敵対者達を、まとめてこの世から消してしまったらしい。氏族内での彼の権勢が急に高まりつつある以上、その計画に乗っかるのは俺にとって都合が良いと言える。
だから、ル・ベリを俺の迷宮に連れていくのは、島の制圧にもある程度の目処がついた後でも十分だろう。
その先は、そうだな。いずれこの島を制圧した時、ゴブリン達を任せるのも良いかな? 称号に【ゴブリンを憎悪する者】なんてのがあるし、上手く扱ってくれそうである。
最終的にはその才能を生かして【農務卿】みたいな役割を任せても良さげだな。鳥獣の扱いにも長けているようだし。
そうだな。
実験農場とか獣の飼育場とかを作るなんてのはどうだ? スレイブ達以外にも使い潰せる労働力は、無いよりはあった方が良い……たとえ下等なゴブリンであっても、だ。さすがに掘削特化のスレイブにそういう管理作業は向かないだろうし。
うーん、考えるほどに構想が膨らむね。
この島を制圧した暁には「安価な兵力」兼「重労働用の労働力」兼「モルモット」兼「経験点源」として、大々的な"ゴブリン牧場"をル・ベリに整備させよう。是非とも、そうしよう。
ただ――そうすると、どうしようか。
ここまでくると、せっかくの13点が野ざらしのままというのが、実に実にもったいない。なんとかル・ベリ自身を強化するために、今ここで振ってやることはできやしまいか?
とはいえ、それは散々アルファ達で試したしな……。
やっぱり「眷属のスキルテーブル画面」を【情報閲覧】で見れるようにしないと、どうにもならないか。俺自身の点振りだって、ステ画面じゃなくてスキルテーブル画面からだったしなぁ。
「どうせ早いか遅いか、の違いだな。今振るか……情報閲覧:対象俺」
なに。元々【情報閲覧】は優先的にランクMAXにする予定の技能に決めているのだから、ちょうど老ボアファントの献上も受け取って位階上昇のシステム音も聞こえたことだし、ちょっと今【情報閲覧】を上げてしまえ。
【基本情報】
名称:オーマ
種族:魔人族
職業:迷宮領主(融合型)
爵位:准男爵
位階:5〈技能点:残り9点〉 ← Up!!!
HP:110/110 ← Up!!!
MP:110/110 ← Up!!!
保有魔素:140/140 ← Up!!!
保有命素:133/140 ← Up!!!
【スキル】~簡易表示
(種族技能)
・強靭なる精神:弐(2)
・魔法適性:壱(1)
・魔素吸収:壱(1)
(職業技能)
・情報閲覧(弱):壱(1)
・魔素操作:壱(1)
・命素操作:壱(1)
・眷属維持コスト削減:壱(1) ← New!!
(固有技能)
・体内時計:伍(5)(MAX)
・精密計測:壱(1) ← New!!
・経験点倍化:壱(1) ← New!!
・幼蟲の創成:壱(1)
・因子の解析:壱(1)
・因子の注入:壱(1)
【称号】
『客人』『迷宮領主』『エイリアン使い』『超越精神体』
――おんや?
位階が『3』も上昇しているぞ。
技能点が『9』も追加されているぞ。
んんん?
ちょっと待て、一昨日漁夫ったボアファントからはこんなに経験点は得られなかったはずだが。
「ル・ベリ、献上してくれた老ボアファントは、何か特別な個体だったのか? この森の最強のヌシだったとか」
「いエ……そういウことは、特ニ。あの雌ハ長生キだけが取り柄ノ隠れ上手ノようでしタから」
"隠れ上手"ねぇ――待てよ?
あぁ。
そういうことかよ。
はからずも「世界のルール」における『経験点』に関する考察が、今の発言をヒントに、進展してしまった。
結論から言えば、あの老ボアファントは一昨日の漁夫られボアファントよりも『経験点』が多い個体だったわけだが――ちょっと、ここらで考察はお休みだ、脳髄を休めようや。
ちょっくら息抜きに、点振りパターンを考えたい。
だって、9点だぜ? 9点。
思わぬ臨時収入だ、るんるん気分ってやつよ。
そうだなぁ。
既定路線通り【情報閲覧】はいくらか上げるとして、それ以外はどの技能ちゃんに振っちゃおうかなぁ? それともここは一気に【情報閲覧】をランクMAXにしてしまって、この世界の"謎"にさらに切り込んでいくことにするかなぁ?
いやぁ、夢と欲望が膨らむねぇ、ぐえへへへ。
『――【欲望の解放】が壱上昇しました――』
……え?
ちょ、おま。
はぁ!?




