本編-0135 "裂け目"を越え、人の世を覗きし魔人達
「死にさらせぇええええ!!」
金色の双眸をクワッと見開き、【異形:一本角】の魔人女ネフェフィトが拳を振りかぶってくる。女性にしては長身、踊り子よりは武闘家を思わせるしなやかな筋肉と肢体から繰り出される右ストレートは、まともに喰らえば鼻を骨折させられるだろう。
予想していたとはいえ――いきなりの歓迎だなぁ、おい。
【領域転移】による"銀の霧"の中からじわじわと出現しきるタイミングで的確に殴りかかってきたあたり、この技術はやはり迷宮に属する【魔人】にとっては見慣れたものと捉えるべきだろう。
「活きが良すぎるなぁ!」
だが、体捌きは武術指南役ほどではない。
半身になり首を軽く傾げて鉄拳を避ける。頬をチリっと鋭い風圧が切り、さっきまで俺の頭があった位置が撃ち抜かれる――その直後、ネフェフィトの手首が頭上から槍のように突き下りてきた"触手"によって絡め取られた。
「クソがッ!」
ル・ベリである。【領域転移】では連れてくることができないため、先行させて樹上に潜ませておいたのである。だが、不意打ちに対する不意打ち返しにも闘志の揺るがない辺り、この魔人女もまた「戦士」なんだろう。今度は地を蹴って蹴りを見舞おうとしてくるが――。
「オーマたまへの乱暴、ダメぇ!」
痺れ大まだら蜘蛛を駆って森の奥から飛び出してきた、我が農務卿グウィースの両腕から数本の蔓蔦が矢のように飛来。しゅるりとネフェフィトの両足首にそれぞれ絡みつく。
斯くや、ル・ベリとグウィース兄弟の見事なる触手コンビネーションによって魔人ネフェフィトは完全に姿勢を崩され、引き倒され、盛大に土を噛むのであった。
「うぐう! まさか、グウィ坊が裏切るだなんて……!? おい、話が違うぞ、ルル!」
「あらあら、困りましたね~」
それまで泉から事の成り行きを見守っていた"逆さま人魚"――【泉の貴婦人】ルルが、ざばぁと這い出してくる。くりっとしたアロワナ部分の眼を細め「やれやれ」といった調子でネフェフィトを一瞥、【水】魔法によって水流を起こして自身の巨体を一気に流し運ぶ。
そうして、狼狽した様子のネフェフィトの背後に回るや「よいしょっと~」などと呑気に言いながら、その背中にずしんとのしかかって身動きを封じたのであった。
『きゅぴ! つまりこういうこときゅぴね……「ルルータス、お前もかっ!?」』
待て、なんだその古代共和政ローマの終身独裁官の断末魔みたいな台詞は。
『チーフ、そのブルーギルさんってなぁに? 食べ物?』
『えっとねぇ、なんでも外来魚さんっていうお魚さんでぇ』
副脳蟲どもの無駄なおしゃべりの気配を察知して、連中を魚に見立ててルアーの釣り針を思いっきり引っ掛けて釣り上げるイメージを送りつけてやった――のだが、連中なんとこの俺に、逆にその釣り針をかわして水中でルアーと追いかけっこを開始するイメージを送り返してきやがった。
おのれ、無駄な抵抗手段を覚えてからに……ええい、きゃっきゃと楽しむな、そのまま散れ散れ!
などと無意味な脳内バトルをしていると、引き倒された挙げ句、のしかかられて身動きを封じられたネフェフィトが恨めしそうな声を上げる。
「ルルぅ!? お前もか!?」
……いや、だからそれはもういいって。
ごほん。
気を取り直そう。
この魔人女は、対"冬司"戦の時に、ルルと共に氷像にされていた奴である。何やら"目的"があって【人界】へやってきたらしいが、ひょんなことからルルと遭遇して意気投合、ちょうど冬司に反逆されていたところに助太刀を申し出たのだが……力及ばず諸共に氷漬けの憂き目に遭った、とのこと。
それだけだったら、俺がハイドリィの計画に介入する前に時間を稼いでくれていたことになるわけで、むしろ我が迷宮の"客"としてもっと丁重に扱っても良かったんだが――あぁ、【魔素枯渇症】をせっかく治療してやったこの俺に、起き抜けで一撃ぶん殴ってきてくれたことも、ルルとの友誼に免じて赦してやろう。
しかし。
よりにもよって【心無き鉄戟の渓谷】の所属だったのだ、こいつは。
【紋章】のディエスト家にとっての関所街ナーレフにおける"旨味"を、数十年に渡る共生関係として演出してきた迷宮である。【魔界】で闘争に明け暮れる他の迷宮領主達と異なり、"人の世"に目を向けているという意味では、協力関係を築くことのできる可能性がある相手と言える。
だから、俺があえて送り込んでいた【寄生小虫】の存在を察知して、その調査のために送り出されてきたのがネフェフィトだとも考えられる。
だが……タイミングがな。
『長女国』と『末子国』の陰謀の連動について検討したばかりの俺にとっては、『鉄戟渓谷』の狙いがもっときな臭いものである可能性も否定できない。
ことと次第によっては「友好」ではなく「敵対」の可能性を考えなければならないあたり厄介であり、故にその辺りの事情を可能な限り聞き出すために、この一本角の魔人女ネフェフィトを留め置いていたのである。戦後処理だとか今後に向けた"仕込み"だとか他の優先事項があったので、世話の方は、ちとルルに丸投げしていたわけだが。
なので『鉄戟渓谷』の出方を見定めるまでは、まだ【魔界】へ帰還させる気は無い。下手に連れて行くと【異形】から自分で魔素を補給して完全に回復してしまうだろうからな。
それから、ルルが事前にネフェフィトから聞き出していたこととして――『鉄戟渓谷』には【眷属心話】以外の交信手段があるらしい。
そしてその交信手段とやらには、一定の長さと光沢を持った"白刃"が必要との情報を得たので、とりあえずネフェフィトが所持していた刃物の類は全て没収済である。主人たる迷宮領主に連絡を取られるのも面倒だからな。
それにしても、よほどルルを"友達"として信頼していたのか、いろいろと打ち明けていたようだな?
良く言えば社交的で気のいい性格なんだろうが、裏を返せば、人を疑うことをあまり知らない性質は、生き馬の目を抜く【魔界】の闘争ではむしろ弱みになりかねない……あんまり工作員に向いてないんじゃないだろうか? こいつの"主人"は何を思ってこの人選にしたのやら。
ともあれ、ちと純度の高い魔素を急激に注ぎ過ぎた副作用なのか、ここ数日間はしばらく眠りこけていたようであり、ちょうど一昨日に眼を覚ましたばかりというところ。
"冬司"がどうなったのかだとか、何が起きたのかだとかについての説明は、全部ルルが上手く誤魔化してくれた。加えて"泉"を救った「英雄」としてグウィースを紹介し、その愛くるしさに釘付けにさせて警戒心を解いていた辺り、抜けているようで肝心な部分ではやり手なのかもしれないな、この"逆さま人魚"は。
よし、俺の【侍従長】に任命することを検討しておいてやろう。
ともあれ、そんなルル経由で、ネフェフィトがこの俺に妙な敵対心を抱いており「抜け駆け野郎」だとか憤っていることは既に確認済だった。それで、無策で接触するよりはと一計を案じてみたわけである。
"捕虜"に近い立場であるということはわかってもらわないとな。
あんまり噛みつかれてばかりでは話が進まないのである。
「ショックを受けているところ悪いが、【魔素枯渇症】を治してやった恩人に対して『死にさらせ』とはちと穏やかじゃないなぁ。【心無き鉄戟の渓谷】の魔人ネフェフィトよ」
「! お前だな、"掟破り"を抜け駆けしやがった馬の骨は! しかも、私の素性を"覗き見"しやがった!? この破廉恥野郎、お前のような常識知らずは初めてだ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいね、ネフィ。創造主様は私にとっても"恩人"なんですよ~マスターがグウィースちゃんを遣わしてくれたから、私達はこうして生きているんですよ~」
アロワナ部分でどっかりと押さえつけつつ。
人魚部分でしなだれかかるや、いやに慣れた手付きでネフェフィトの金髪を梳いたりいじったりし始めるルル。その……ちと過剰な"スキンシップ"に居心地が悪そうにしながら、ネフェフィトが声を上げる。
「そ、そうなのか? でもこいつは破廉恥やろ――ひゃん!? おい、バカやめろそこ触るなひぅうん!?」
『きゅぴい。これが今話題さんの全身うるおいパックってやつきゅぴかぁ』
『あはは、確かにルルさんのお魚部分ってちょっとぬるぬるしてるや、あはは!』
『美肌さんには案外いいかも? チーフ後で試してみてー』
『試してみてー』
『きゅぴ! 僕はみんなの毒あじ役さんじゃないんだよ! 僕の大事な筋肉さんがふやけたら弁償金さんなんだよ! ぷんきゅぴぷんきゅぴ』
うむ。
気のせいでも何でもなく、ルル(人間部分)がネフェフィトの肩に指を這わせ、かなり際どい手付きで撫ぜている……ちょっと待て、お前魚介類の分際でどうしてアロワナ部分の頬を朱に染めてんだ。おいこら、お前やっぱり副脳蟲どもに準じた謎生態生物なんだな、そうなんだろ畜生――。
などと混乱していると、俺の隣に並んでその様子を汚れなき純心なる眼差しで観察していたグウィース坊やの後ろから、ル・ベリが近づいてきて抱き上げ、そっとその両目を手で覆い隠した。そして「いや!」と押しのけようとするグウィースとの間で開始される高度な触手戦。ふうむ、これは見事な触手百年戦争……ごほん。
「ルル、お前にその気があるのは別に構わないんだが、あまり骨抜きにしてくれるなよ」
「……はぁ、はぁ! くっ! お前みたいな奴に助けられるなんて屈辱だ……! ルル、そこ弱いから……やめて……」
「はあい~」
さすがに攻撃心が削がれたようであり、一応聴取・尋問の類が通じそうな様子にはなったか。
ルルに助け起こされながらも、憮然かつ毅然とした表情で腕を組み、あぐらをかいた姿勢で、【心無き鉄戟の渓谷】の魔人ネフェフィトが不審げな眼差しで睨めつけてくる。その剣幕を口の端に笑みを浮かべて受け止めつつ、俺は【エイリアン輿】を地面に広げてどっかと腰掛けた。
「暴れられて"交渉"できないのも困るからな? 荒療治させてもらった。では、名乗らせてもらおう。俺は【報いを揺藍する異星窟】の"子爵"オーマだ。お前は?」
「【心無き鉄戟の渓谷】の"上級伯"フェネスが第三女ネフェフィトだ。ふん、そんな迷宮は聞いたこともないぞ。破廉恥者な上に"子爵"風情の田舎者に"抜け駆け"されたなんて、やっぱり屈辱だ!」
「ははは、こちとら新規売出し中なもんでな。それでネフェフィト、さっきから何度も"抜け駆け"とか言ってくれてるが、お前も何か【人界】に用事があったのか? ――だいぶ難儀しているみたいだからな、内容によっちゃ手伝ってやれるかもしれない」
「ふん、誰がお前みたいな下衆に――ひゃん!? わかった、ルル、わかったから、お前の恩人なんだな? ……ふう。ちょっとした言伝だ、父様から"似姿"どもの土着勢力への、な」
ふうん、言伝ねぇ。
素直に考えれば『鉄戟渓谷』を利権扱いしているディエスト家に対するもの、だろうか?
『他家の可能性があるとお考えなのですか? 御方様』
『あぁ、むしろその方が高いと考えている』
わざわざ迷宮領主の実子などという、普通に考えたら高位の存在を送り出してきているのだ……適性は置いといて。
もしディエスト家に何かを伝えたいならば、そんなことをせずとも、一時的な伝令役として使える者がいくらでもいるではないか。侵入してきた者達なんかを、適当に送り返すなり、利用すればいいのだからな。
――そして送り出した張本人は、上級伯、か。
『フェネス』というのは、ソルファイドから聞いていたテルミト伯の周辺勢力には無かった名前だな。
「こっちからも聴きたいことがあるぞ。うちの迷宮に妙な"虫"どもを送り込んできてたのは、お前だろ? その気持ち悪い"腰掛け"からおんなじ気配がするぞ――お前はなんだ? 【蟲使い】……はもう別に開眼者、ウェワヌールのクソ野郎がいるから、違うみたいだし」
「誤解があるようだな、ネフェフィト。あれは挨拶代わりなんだ、活きの良い"似姿"達だったとは思わないか? お父上のお気には召さなかったのかな? それとも『鉄戟渓谷』への貢物としては、いささか質が悪すぎたかな?」
「え、そういう意味だったのか?」
……おや?
「なんだ、そうだったのか。私はてっきり諜報してきやがったのかと思ったぞ、姉さん達が心配性だったんだなぁ。うん、お前は田舎者だけど、下衆じゃあなかったみたいだな!」
ふうむ。
更なる追及も想定していたんだが……いや、実際に情報収集は目的の一つだったんだが、拍子抜けするほどあっさり言いくるめられちまったぞこいつ。
かなり思い込みが強い、というかいわゆる"チョロい"タイプだな?
「そうか、わかってくれて助かるなぁ――なぁ、ネフィ。お前のお父上とは良い儲け話ができそうだが、興味はあるか? 俺がどうして"抜け駆け"してまで【人界】へ出てきたのか」
「その呼び方をするな、虫酸が走る――ん? なんだ、儲け話だと? 商人みたいな言葉を使うんだな、変な奴め。でも、お前が何をしでかそうとしたのかは私も問い詰めたかったところだ」
「富と栄誉を求めて、もっとたくさんの"似姿"が俺とお前の迷宮にやってくるようにする、と言ったらどうなる?」
「なんだそれ、"似姿"どもをおびき寄せるエサのことか? だったら父上は十分上手くやってるぞ。うちの迷宮は確か……鉄だ! 鉄をエサにしてるって姉さん達が言ってた」
「そうだな、無論お出迎えする迷宮の側で体制を整えるってのは大事なことだよな。でも、例えばそうだな――【人界】で"似姿"が集まりやすくすることができる、と言ったらどうだ?」
「?」
ネフェフィトが腕を組んだまま、頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべる。うん、こいつにテルミト伯並の理解力を期待しているわけではない。今の発言からも頭脳労働要員ではないだろうことがわかるが、興味を持たせられれば十分だ。
などと考えていると、頭上に電球が灯ったかのように、ネフェフィトが目を丸く見開いた。
「もっとたくさんの"似姿"達をおびき寄せるのか! そしたら、あの人達もまた来るかもしれないな!」
『おいルル、「あの人」達ってなんだか聞いているか?』
ルル曰く、それはネフェフィトが幼少期に迷宮で遭遇した人間の探索者の一団であるとのこと。彼らとの交流の中で、"似姿"つまり人間に関する従来の常識とは異なる知見を得て、【人界】へ思いを馳せようになったらしい。なるほど。
「その人達を探す協力も、俺の構想の延長線上だったら容易いぞ? ――どうだ、本格的に俺の迷宮と取引をしないか。お父上に口添えしてくれればいいんだ」
「うーん……でもお前単なる"子爵"だしなぁ、父上は腐っても"上級伯だし。それに私は言伝をさっさと伝えてしまわないといけなくて」
「また【魔素枯渇症】なっても知らんぞ? いっそ俺が代わりにやってやろうか、これでもこの辺りの事情には通じててなぁ。どこの誰に何て伝えればいいんだ?」
「む! おい田舎子爵、お前私のことを与しやすい奴だとか思ってないか? 馬鹿にしやがって! いくら私でもなぁ、父から賜った大事な任務をそうほいほいと――――――あ」
そこでチョロさをはっきりしてくれないのかよ、と舌打ちをしかけたところ。
今度は目が点になるネフェフィト。表情がコロコロ変わるやつだな、ほんと。
「なんだどうした」
「…………忘れた…………」
「は?」
「任務の詳細を確認する方法を忘れたあああ!」
いきなり頭を抱えて上半身をぶんぶん振り回してもんどりうつ伝令役――うむ。評価をさらに下方修正するとしよう。
チョロいどころか、ネフェフィトは、工作員やらせたら相当残念なタイプなのかもしれない。あぁ、能力の相性もあるんだろうが、ルク達の優秀さがよくわかるというものだなぁ。
「おい、田舎子爵。私の武器を返せ」
「なんだ藪から棒に。どうする気だ?」
「別にどうだっていいだろ! あの氷羊野郎を倒したのがお前だってんなら、お前が回収してるってのは簡単にわかることだ。私のもんを返せ!」
参ったなぁ。
その"言伝"の内容と対象次第では、このままあえて交信させて直接フェネス上級伯殿と交渉する線も考えていたんだが、よもや「忘れた」と来たか。【心無き鉄戟の渓谷】の運営が逼迫していて余裕が無いのか――はたまた、この任務はフェネスにとっては重要度がそれほど高くはないものなのか。
いや、あるいは父娘そろって"残念"な奴だったりってことは……さすがに無いか。無いよな?
この調子では、ネフェフィトからはこれ以上はあまり有用な情報は引き出せないかもしれない。
当初の線に戻るしかないな。どのみち【寄生小虫】をアピールしていた以上は、いずれネフェフィトの帰還が遅れれば真っ先に疑われるのはこの俺だ。その時に直接交渉して、話がどう転ぼうとも対応できる備えが整うまでは――適当に言いくるめて、もうしばらくだけネフェフィトを【人界】に留め置かねばならんなぁ。
――だが、まぁ。
いずれにせよ、この件が無かったとしても。
とある理由から『鉄戟渓谷』に対しては遅かれ早かれ"交渉"のために接触しなければならなかったんだがな。俺の構想とは別件で。
"堅実"なるヒスコフに"巨漢"のデウマリッド、か。
あいつらよりにもよって『鉄戟渓谷』へ逃げ込みやがって。
……ならば、むしろここでこの残念女を手玉に取り、交渉に向けたカードの一枚に仕立ててしまう方が有用かもしれない。
「悪いな、全部破壊した」
「そうか、全部破壊かぁ――っておい! この田舎子爵野郎、何だと!? 私の僕どもに、お、お前なんてことしてくれたんだ!」
「ははは、ネフィさんや。残念ながらそれは俺の台詞なんだ……ほれ、こいつに見覚えはあるだろ?」
さて。
問いただしたかった"もう一つ"の話にスムーズに繋げられたな。
俺はエイリアン輿の内部に手を突っ込み――古代文字の如き青い文様の明滅する【黒き兜】を取り出して、それを突きつけてやった。
「ああ! それは父上から渡された兜!! おい、そいつを返せ――ひゃんっ」
ルルに命じて再びネフェフィトの腰のあたりをボディタッチさせる。うん、便利だなこれは。こんなわかりやすい奴を送り込んでくるとは、むしろ逆に罠なんじゃないかと疑いたくなるぐらいだ。
「なぁネフィ。"冬司"が空飛ぶ氷漬けの武器を操ってくれてたせいで、奴の討伐には相当骨が折れたんだが――お前は何か知っていたりするか?」
「ううぐうッ」
「ちょっといろいろ解析したところ、どうもこの黒兜があの氷羊野郎の手元にあってなぁ。氷漬けの空飛ぶ武器達を操る源になってたみたいなんだが? いやはや、相当な被害が出たぞ。危うく、お友達のルルを救えなかったところだ。何せ"子爵"風情の戦力を酷使するしかなかったんだからな?」
『きゅぴ、あれそれって確かネフェットフェーさんの得意技なんだよね? ルルさん』
『そうですよー。多分あられウサギに私と一緒に氷漬けにされていた時に操られていたんでしょうけど』
『創造主様の悪い癖が出てるよ? チーフ、モノ、止めた方がいいんじゃない?』
『あはは、大丈夫だってば。創造主様のお楽しみを邪魔しちゃあダメさぁ!』
『ネフィったら、自分のせいで私が窮地に陥っちゃったと言えないでいるんですね~、なんだかとっても可愛いうふふ』
有用な情報を聞き出したということで、今のおしゃべりは見逃してやろう、副脳蟲どもよ。
都合が良いのでそのまま弱みに付け込ませてもらう。
そうして、この【黒き兜】が何であるのかを色々質問したのだが――【黒璧鋼】という素材名と、何やら"【人界】での活動に必須"であるというフェネス上級伯からの言いつけ以上の情報は得られなかった。うーん、やっぱり知識や頭を使う場面ではポンコツかもなぁ。
だが、最果て島に流れ着いて現在は俺の武装となっている【黒き槍】がおそらくは同じ素材から出てきているであろう、曰く付きの品だろうことがわかったのは一歩前進かな。
「――というわけで、悪いんだが戦後処理が済むまではもう少しここにいてもらうぞ。黒き兜はまぁ保険として預からせてもらう。慰謝料代わりに没収しないだけ有情だと思わないか?」
「そ、そうなのかな……でも、ううむ、ううむうう!?」
「考えてみろ。お前にこれを返して、思いつくままに人里に出られたら大騒ぎだぞ? 隠蔽する俺の身にもなってくれ、そうしないための抑止だ。それに手ぶらで戻ったら、お父上に大目玉食らうんじゃないのか?」
「ううう、父上は私には甘いけど――ヴィヴィ姉とラフィ姉に折檻される! それは嫌だ! ……でもちょっと待て、その兜返してもらえないと私また【魔素枯渇症】になるじゃないか! お前この野郎、何をいけしゃあしゃあと心配する振りしやがって!」
「おっと、それもそうだな。仕方ない、本当は疲れるから嫌なんだが……"予防"のために、ちと一肌脱いでやるとしよう」
「待て、この田舎子爵! 何だその笑顔は。何を企んでいるこの破廉恥――おいルル、やめろ離せうわバカやめろちょっと待てオーマ、なんだその頭の後ろのうねうねした"異形"はこら待てそれ以上近づくなひゃむう!? ぁぎょおアアアッッ」
***
『きゅぴ。創造主様、ネフェルフェルさんを骨無し魚さんにしちゃってよかったんですかきゅぴ』
『チーフ、それを言うなら骨抜きさん』
『ツキジさんのお魚さんみたいに跳ね回ってたね~』
仕方ないだろう、我が副脳蟲どもよ。
【魔界】に連れ帰って下手に上級伯フェネスに交信されても困る、かといって黒璧鋼の兜を返して人里に出られても困る、というのはさっき言った通りだ。しかしそのままでは【魔素枯渇症】にまたなってしまうとなれば――"補給"をしてやらねばなるまい? ちとまた加減を間違えて右ストレートを食らいそうになった気がするが、それはご愛嬌なのでお目こぼしをば。
まぁ、これはいわば、俺の迷宮の利益と彼女の名誉及び命を守ることを両立させる上での避け得ぬ犠牲という奴なのである。うん。
――というわけで、痙攣しつつひっくり返って気を失ったネフェフィトにここから先の会話を聞かれる心配は無くなったわけだ。
慈母のように彼女を寝かせて、そばにアロワナ部分を横たえて添い寝している泉の貴婦人に目を向けて、俺は次の聴取を開始することにした。




