本編-0133 廃少女、彷徨う御霊、神捨人②
~~『四国盟約』より一部抜粋
第一 血肉分けし兄弟姉妹の互い争うは、これを戒む
第五 瘴の界へ至れる細道は、末子がこれを鎮守する
第六 神の威を降ろせし者は、末子がこれを教導する
"癒やしの乙女"の聖女候補を「埋伏」する邪魔になる、という理由により、【御霊】家は『末子国』の秘密部隊【秘色機関】に先制虐殺された。そして『長女国』の為政者たる【魔導侯】達もまた、この動きに積極的に加担した。
ならば、だ。
両者の動きが"連動"と捉えると――どうしたって同時期の他の動きもまた"連動"と捉えるべきだよな?
例えば、まるで【御霊】家虐殺という醜聞を打ち消すかのようなタイミングで発された『迷宮開放の布告』とか、な。
『長女国』内でも、この動きは政治経済的な背景によるものと考えられていた。
【紋章】家が【心無き鉄戟の渓谷】を密かに金属資源の採集地として活用しようと試行錯誤してきていたように、従来は単なる災厄を吐き出す門に過ぎなかった"裂け目"が莫大な利益を生み出す存在であると気づく者は増えている。
それは【魔導侯】を頂点とした利益構造の系列に属する商工業者だったり、あるいは市井の聡い者達だけではなく、例えば『次兄国』の"商人"達のような外国勢力にも近年広まりつつある認識だったという。ディンドリーのような奴が早々に拠点を築きに乗り込んできたのも、そうした流れを受けたものだ。
だから、そこから利益を吸い上げようと、つまりもっと堂々と大っぴらに迷宮を活用しようとすれば――いずれ『末子国』との対立に舵を切らねばならない。
この点において【継戦派】は【破約派】に近い主張を持つことになる。
だが、英雄王アイケルが子供達に残した"遺訓"は、兄弟姉妹がそれぞれの国祖となった後に【盟約】として再整理され、暦を表す単語となるほど『四兄弟国』の民に根付いている。
特に、アイケルの教えを組織宗教化した『末子国』正式名称【聖墳墓守護領】などは、俺のいた元の世界の歴史に喩えるならば、中近世ヨーロッパのローマ教皇にも比肩しうる影響力を持つ存在であり……下手な関係破壊は、社会不安の増大に繋がりかねない。
それに『長女国』内には【盟約】の絶対擁護を唱える【王権派】があるのだ。
さて、これでちょうど三派閥あるな? まぁ、この手の国家の行末を大きく左右する外交的な問題が発生した時、巨大組織というものは大抵の場合、積極的な者、消極的な者、日和見を決め込む者に分かれる――というのが人類二千年の知恵だ。
第一、仮に【破約派】と【継戦派】が結託して【王権派】が劣勢だったとして、非主流派が外国勢力と結託して対抗するというのだって、俺が元いた世界の歴史の中で何度も証明されたダイナミズムだ。
だから、早々に12魔導侯の間で話がまとまっていたこと自体、裏があることの証左。それを探るためにルクとミシェールは"亡霊"まで演じていたわけだが――。
「確かに吸血鬼勢力は優秀な駒を育て上げたようだな? その辺りの裏事情の尻尾を、ハイドリィ君は掴んでいたようだ」
続きは任せた、とばかりにルクに目配せ。
頷いて咳払いし、ひとりひとりを見回して、我が迷宮の【外務卿】が単刀直入に結論を述べる。
「首謀者は【四元素】のサウラディ家でした」
そう。
劣勢であるはずの【王権派】の領袖が、『末子国』との対立に舵を切った。
だが、モーズテスを"桃割り"して『末子国』の影を掴んだ時ほどは、ルクに動揺は無いようだ……魔導侯は全て怨敵という意味では、誰が首謀者か自体は、意外ではあれどもさほど重要なことではない、ということかな。
「【継戦派】は、単に抱き込まれたに過ぎません。とても魅力的な条件を提示されて、ね」
一つ、【魔界】への積極的な進出や拠点の整備に伴う経済の活性化。
一つ、法則を違える異界の魔力や諸物の調査を通した学問技術の発展と躍進。
一つ、膠着状態に陥った西方戦線に代わる、新たな領土(晶脈)拡大の可能性。
「ルクよ、確かそれは獣どもが日頃から相奪い合っていたはずのもの。最初から差し出してしまうならば、一体【王権派】の者どもには何の利がある」
「甘いな、竜人。【継戦派】とやらは、他の二大派閥の全面衝突を避けることも目的としていたと聞いたのを忘れたか? 『和解して仮初めの安定を得る』とかいうこと自体も、その"魅力的"な取引材料だったのだろうよ」
真実、サウラディ家は【継戦派】諸侯に対して、この布告の後に得られる利益を、かなり実務的なレベルで具体的に確約していたらしい。ただ、その生贄としてリュグルソゥム家の誅滅に難色を示す魔導侯家もあったようだが――彼らの決断を促した決め手は、ル・ベリの指摘した通り、【破約派】の賛成を取り付けたことであったという。
「まぁ【王権派】の変心を、【継戦派】の魔導侯達は諸手を挙げて歓迎したろうな。そういうわけだから、多分『長女国』としての何か統一的な迷宮調査組織みたいなものは……あえて結成されなかったんだろうなぁ」
「ルク、これはつまりサウラディ家が子飼いのはずの【王権派】を裏切った、ということなのか?」
ル・ベリが問うが、ことはそう単純な話でもないのだと言わんばかりに、ルクが静かに首を振った。
「そんな殊勝な連中なら、【盟約派】だとか呼ばれていたはずさ。連中もまた自分の利益のために動いているに過ぎないんだよ、"王の名代"としての権勢を誇るための、ね……我が一族が連中を見限った理由もその辺りにあるんだけど」
その話は今はさておき、と目を細めるルク。
続きを引き継ぐようにミシェールが口を開いた。
「私もオーマ様に習ってハイドリィ"君"と呼ぼうかな。あの自信家で生意気な子狗君の掴んだところによるとね――」
もったいつけてから、リュグルソゥム家の女主人の艶然と曰く。
「『迷宮開放』とは、我らが麗しき【輝水晶王国】建国以来の"根本問題"を解消する一手である――そうだよ」
「根本問題だと?」
「建国以来、か」
「うん。それが【騙し絵】家を口説き落とした殺し文句だったみたいだね」
考え込むように配下達が黙り込む。
黙って話の推移を見守っていたユール君は……おやおや、怖いぐらいに警戒の表情を浮かべているな? 気づいたアシェイリが彼の手指の動きを見張っているが、まぁそこは任せておこう。
ハイドリィが掴んだ情報はここまでだ。
肝心の『建国以来の根本問題』とやらの詳細については、【破約派】と【王権派】の神学論争に関わることを嫌って、あえてそれ以上は調べなかったようである。『長女国』史上初の三派閥共闘の成立――をサウラディ家自身が確信して動き、実際にそれを成し遂げてしまったことには、さすがに驚いてはいたようだが。
まぁ、激流の到来を察知できた時点で野心家としては十分だったのかもしれない。
話を「根本問題」に戻そう。
「建国以来」などと言われてしまえば、思いつくのはやはり【晶脈】のネットワークだよなぁ。
古代中国では"治水"が重大な国家事業であったように、この国では"裂け目"の影響による天災をどうにかして制御していくことが、最重要の政治課題であり続けたのだ。その中で編み出された解決策は、外征によって物理的に領土を増やし、【晶脈】によって新たに組み込まれた土地に魔素バランスの崩れを押し付けて均してしまうというものだが。
これは災害それ自体の発生を防ぐシステムではない。
――それなら、その根本を解消するというのは、例えば"裂け目"を全て消し去ってしまうだとか、そういった根治を指すのだろうか?
「【継戦派】も馬鹿ではありません。迷宮から得られる利益が"目くらまし"ではないとそれぞれで裏を取ったからこそ、賛同したはずです」
「仮に、その辺りをはぐらかして上手く騙くらかしたとしても……"根本問題"とやらを共有する【騙し絵】家相手には、そうはいかないだろうなぁ」
イセンネッシャ家は、かつて迷宮領主としての俺の前任者イノリを斃してその力を奪った大魔導師を族祖とする魔導侯家だ。
リュグルソゥム家の虐殺の後、ルクとミシェールが逃された先を真っ先に突き止めたのは彼らであり――しかも追撃に寄越してきた工作員は、ツェリマという名のイセンネッシャ一族の血を引く一門者だった。
傘下組織に委ねた他家とは、気合の入り方が大いに異なるな?
それほどまでに"裂け目"の向こう側に執着しているならば、連中の出自も考えれば、【騙し絵】家及び【破約派】の目的とするものは【魔界】に関係している可能性が高い、とも思える。
そんな立場のイセンネッシャ家を口説き落としたからには、サウラディ家の目的が「"裂け目"の一掃」のような類のものであるとは、ちょっと考えにくい。
「はッ! それで魔人野郎。結局、あんたはサウラディ家の狙いとやらが分かったとでもご高説してくれる気か? それがリシュリーと僕に何の関係があるんだ」
「ハイドリィ君の限界は、"謀略の獣"を気取り過ぎて『長女国』内でしか情報収集をしていなかったことだ。皮肉だなぁ、走狗だから"獣"の部分しか真似できなかったんだろうなぁ」
「……何が言いたい?」
「『長女国』内での事情だけ考えていたら考察もここが限界、てことさ。サウラディ家だかイセンネッシャ家だかの、それなりにろくでもないやんごとなき目的とやらに結局行き着く。野心家君は、そこで思考停止したわけだ。自分の企てにどう事態を活かすか考えるのに夢中になってしまったからな」
ユールの声が少し震えている。
本当は勘が鋭いのに、それが自分自身にとって認めたくないことである時に、自分自身に強情に言い聞かせてしまうのが、この少年の欠点だな――だが、俺も確かめたいんでな。
「本当は気づいてるんだろう? ユール」
両国の動きは、連動しているのだ。
三派閥が同床異夢で"迷宮開放"を決断したことと、まさしく前後して。
まさしく時機を測ったかのように。
"聖人"が一人、『長女国』に送り込まれてきたじゃあないか。
「ある論理的帰結が生まれるんだが、どっちでもいいから教えてくれ、ユール少年にリシュリーちゃん――いや、『末子国』の"聖女"様」
【魔界】からの再侵攻を防ぐために、隣接する兄弟国の迷宮をお節介にも"封鎖"していくという、崇高なる信念を体現する宗教国家『末子国』のことだ。
当然、自国内の迷宮なんて全て"封鎖済"だろう……となると。
『長女国』ではできることで。
『末子国』ではできないことが、一つあるとは思わないか?
「"加護者"が【魔界】に放り込まれると、何が起きるか、聞かされたことはあるか? どうだリシュリー、こうして実際に訪れてみて――何か変化や変調を感じてはいないかな?」
「――ッッぁ」
「畜生ッ! この腐れ外道め! リシュリーで"試す"気だな!?」
吸血鬼の少年が闘志と共に怒勢を駆って立ち上がり、腕を振り上げざま、この俺に向けて血の刃を生み出す。だが、赤い斬撃が放たれる寸前、アシェイリがユールの後頭部を引っ掴むや、一切の容赦も呵責も無しに激しく机に叩きつけたのだった。
額が割れ、肉がへしゃげて頭蓋骨は粉微塵、脳漿が辺りに飛び散る。
大理石の円卓に人の頭大のクレーターが穿たれ、ビキビキと放射状に亀裂が走るほどの衝撃であったが――あぁ、やはりアシェイリ、お前それはユールを守るための監視だったんだな?
赤熱した双剣が心臓を貫かんと。
八本の触手が四肢を引き裂かんと。
俺の忠実なる配下二人の殺意がユールを迎撃し逆にねじ伏せ破壊せんとする、まさにその寸前でのことだったからである。
ははは、どうやら俺の迷宮への一応の服従の念をこの二人に納得させることに成功したようだな、アシェイリ。
ル・ベリとソルファイドが吸血鬼の二人を交互に見やり、それからお互いの視線を交錯させる。何を目で会話したのやら、片方は苦虫顔、片方は全盲故の無表情で元の姿勢に戻った。
だが、遅れてこの事態に肝を潰したのは聖女候補であった。
ユールの暴発と激しい事態の推移に硬直していたのが解けるや、反射的に吸血鬼の少年に覆い被さったのである。
そして一気に精神を集中させ"癒し"の神威を行使しようと聖なる呪を言祝ぎ始める……ちょっと待て、確かにそれは俺が検証させようと思っていた行動だが、予定と違う。
おい、誰か止めろ。ユールの"傷"はちいと深すぎる、それだと――。
ソルファイド辺りに心話を飛ばすよりも早く、動く者があった。
アシェイリである。
眉間にシワを寄せ、への字に口を曲げた難しい顔で、アシェイリがリシュリーの手を乱暴に掴んで捻り上げる。
「痛い……!」
抗議の眼差しを、不満げかつ苛立たしげなジト目が迎撃する。
「吸血鬼はほっとけば治るから。お聖女さんの出番じゃ、ない」
「吸血鬼も"痛み"は感じるはず、です」
「痛い目に遭わないと学ばないよ、この馬鹿は。お聖女さんがちょっと甘やかし過ぎたから、こんなに軟弱になったのかもね」
「――貴女とユールの間で何があったのかは、全部、聞いています」
「だから何?」
「……ユールは悩んでいました、自分が"人間"なのか、"吸血鬼"なのかを。貴女が"血を吸っている"と知った時の彼の悲しみを、理解できますか?」
果たしてうら若き聖女は掴まれた手首のすそをまくり、その素肌をさらけ出してアシェイリに見せつける――そこに何度も穿たれた吸血鬼の牙による血吸い痕を。
「貴女も、ユールも、"神に捨てられた"哀れな種族。でもある意味では、それは私達だって……同じ、なんです」
『見かけによらず怖い女の子ですね、オーマ様……"癒し"の力で、何度も治し治して、治しても治しきれなくて、あんな痕になるほど、たくさん捧げてみたいですね?』
別にミシェールのせいにするわけじゃないんだがな。
怒りとも妬みともつかないものがリシュリーの声色に混じっていたことに気づいてしまった。言い訳をするなら、それに気を取られて、ちょっとそこの部分をもっと観察してみたいと意識を注いでしまった。
リシュリーの言は、的確にアシェイリのトラウマを撃ち抜いてしまったようだ。
掴まれた腕を振りほどき、一瞬だけ申し訳なさそうな眼差しをアシェイリに向け、リシュリーが再び両手のひらを翳して【聖言士】としての言祝ぎを再開――観察に夢中になっていた俺は、それを止めるのが再び遅れた、というわけだ。
魔素と命素が渦巻き――上手く説明できないが【魔法】や【武技】によるものとは、明確に異なる"流れ"が湧き起こる。喩えるならそれは、立体を裏返すのが三次元空間の存在には不可能だが四次元空間に住む何者かには容易である――そういうシステムの外側からの干渉であるような――直後、迷宮核から無数のシステム音がけたたましく鳴り響いた。
『――上位介入を検知。識別個体は"乙女"――』
『――核権限により対抗介入を要請。個体検索を開始――』
『――"女王"へ要請。拒否――』
『――"隠者"へ要請。拒否――』
『――"悪童"へ要請。拒否――』
『――"夢子"より介入の申し出を検知。緊急承dj?#@だd&2・jo受g諾ん――』
とっさに俺の言語で意味の聞き取れたものをざっと抽出する刹那。
リシュリーの掌に魔素と命素を集めていた何かが、先の喩えで言う「四次元的存在」に妨害されて、砂の城のように霧散し崩れ去ろうとした――かと思ったその時のこと。その「四次元的存在」がさらに別の「四次元的存在」に介入されて砕け散るのが"視"えた。
結果、リシュリーの呼び降ろした"神威"は、呼び降ろされたままに暴発した。
「……ぅ、く……かはっ」
「この愚図!!」
魔素の青とも命素の白とも異なる煌々とした金色の輝きがユールを包む。
リシュリーが鋭いうめき声を上げ、口から黒いエクトプラズムのようなおぞましい肉感的などろどろとした穢廃血を吐き出す。
トラウマを刺激されて硬直していたアシェイリが、全身に血管を浮き立たせながら、力任せにリシュリーを「金色」の渦から弾き飛ばす。
そしてリシュリーが離れた瞬間、現れようとしていた膨大な"金色"は、まるで元栓をひねられたガスコンロの炎のように霧消してしまったのであった。
「聖女様!」
弾き飛ばされたリシュリーの方に、アシェイリとルクらが駆け寄る。
ルクの抗議の眼差しを背に受けるが、起きてしまったことは仕方がない、俺は"検証"の結果を確認しなければならない。
頭部をぐちゃぐちゃに破壊されたはずのユールの元へ、大理石の上に飛び乗って一気に近づいた。
「……う……ぐう……!」
見るや、潰れたトマト状態だったユール少年はほぼ完治しており、血みどろの苦悶に呻きながらも意識を取り戻そうとしていたのである。
「この者達の再生力では、あの傷なら半日は必要だったはずだ。それが、これほどとはな、主殿」
ソルファイドの冷静な分析を脳裏に留めつつ、ユールが鼻をひくひく動かしながら意識を取り戻すのをじっと観る。
「――くっ……があああ……なに、が……ッッ?」
血走った目が俺の表情を捉えるや、即座に殺意を思い出したのか、反射的に攻撃を仕掛けようとしてくるが。
「手伝わなくていいのかい? ユール君」
だが、今お前にとって大事なのはそんなことではないはずだ。
ユールに、目でアシェイリの駆け寄った方を指してやる――あぁ、やっぱり"臭い"で気がついたか。
穢廃血(超高濃度浸透)。
脳震盪。
心臓震盪。
肝臓破裂。
多臓器不全。
全身内出血。
エトセトラ、エトセトラ。
医学の知識の無い者でも一目でヤバいと直観するような危険な【状態】がずらりと【情報閲覧】下の画面に並ぶ。修羅のごとき形相を一瞬だけ俺に向けた後に、ユールは弾かれたようにリシュリーの元へ駆け寄り、上半身の衣服をはだけた。
――"ろ過"をする気だな。
吸血鬼としての操血能力に頼った独特の【穢廃血】への抵抗と延命。
だが、愛する少女に触れようとしたユールを、アシェイリが振り返りざま剛力によって殴り倒した。
「焦るなこの愚図二号! 巻き添えになる!」
「……ぅ、何しやがる!! 邪魔を――ぉがぁッッ」
跳ね起きようとするユールを踏みつけ、アシェイリがそのまま膝を付いてこの俺に向き直った。
「お外――お大尽さん、いえ、オーマ、様……! どうか、力を、貸してください」
あぁ、自分のしでかしたことが何をもたらしたのかに気づいたか。
事前にちゃんと打ち合わせてはいたが、ユール君の跳ねっ返り具合が予想以上だったのと、それ以上にリシュリーちゃんの頑固さ、そして何より"聖女"という先入観のせいで、彼女のアシェイリへの感情の色合いを読み間違えていた、という意味では俺のミスでもあるんだが。
とはいえ、"検証"しようとしていたからには、当然こっちの結果になることも想定はしていたさ。
『アシェイリの言や良し。ウーヌス、検証結果は「暴発パターン」だ。"備え"を超特急で送れ』
『はっちゅう済みだきゅぴぃ! 呼ばれてイモの木! 【培養臓】さん一株のご到ちゃきゅぴっ!』
気合の入ったきゅぴ声が脳内に鳴り響くや、司令室の扉が開く。
駆け込んで来たのは【運搬】と【筋力倍化】技能に点振り済の奴隷蟲複数体であり、さらに彼らに神輿のように担がれた【培養臓】。
それを観たアシェイリが、目をカッと見開くと共に少しだけ震えているようにも見えた。
「前に入った奴とは違うから、二度と入りたくないって願いは守ったぞ? それでもそいつを使う勇気があるなら……って、お前も迷いの無い奴だなぁ」
隷属種吸血鬼の"戦士"は、この状況下で、己がなにをすれば良いのかを本能的に即断したようだ。
あるいは【抽出臓】の中で一度バラバラにされた時のトラウマを思い出したこと、それ自体も直感に作用したのかも知れない。
激しく痙攣するリシュリーは、穢廃血に混じって通常の赤い血も吐き始めていた。
一刻の猶予もないと言わんばかり、聖少女を片腕で担ぎ上げ、さらにもう片方の手で混乱しているユールの首根っこを力任せにひっ掴み――アシェイリはそのまま【培養臓】に向けて跳躍。
憤怒と悲壮の入り混じった表情でエイリアン肉塊的ゴム風船の如き"培養槽"上部の開口部へと飛び乗り、うねうねと触手や襞がぬめり蠢き、内部を緑色の体液に満たされたその槽の内へ、3名もろともに突入したのであった。




