表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

158/164

本編-0132 廃少女、彷徨う御霊、神捨人①

蒼の(まなこ)をはっきりわかる形で見開き、数秒ばかり息をするのさえ忘れていたか。

それまでの曖昧で乏しい表情変化とは異なる。リシュリーが今度こそ驚愕に強張ったのがわかった。


ルクら親子3人も今の問いをどう受け止めたものやら、三者三様に口をつぐみ、斯くして配下達の視線が聖少女一人に一斉に注がれた。


だが、再び咳き込んで"黒い血"を拭う聖少女の様子には、何かに動揺した感じは見受けられなかった。なるほど、第一印象は気も押しも弱い脆そうな様子だったが……存外頑固者なのかもしれないな?


俺の観察の眼差しを真っ直ぐに見つめ返し、リシュリーはこう答える。


「申し訳ありません、迷宮領主(ダンジョンマスター)オーマ様。これは、私には外す(・・)ことはできません」


か細き声なれども一欠片の淀みも無し。

張り詰めた空気の中で動じずに言い切り、リシュリーはルクらへ向き直ってから、目礼しつつ深く頭を下げたのだった。


これ(・・)が何なのかを君は――ん? なんだ、ルク、どうした」


その返答に食いついて話を広げてやろうとした、まさにその時のこと。


どうにもルクが妙な表情を浮かべていたのだ。

その気になれば『止まり木』で何日何ヶ月でも時間をかけて物事を調査分析できるリュグルソゥム一族は、本来こうした議論の場で「表情を読まれる」ということなどとは無縁なはずだ。

だが、MPが減っていないところを見るに『止まり木』を使うことすら忘れたか?


だから、ちと尋問を中断して話を振ってみる。


なんともひどい困惑の表情を浮かべていたのだ。

ルクだけが、だ。

それも、ミシェールが気づいて己の様子を案じているのにも気づかないほど、か。


……ふうむ。

ちとこれは予想していたのとは違う反応だなぁ。


リシュリーの今の発言から、微かな期待を裏切られ、落胆しつつも悲壮の決意を新たにした、というわけでもない。

あるいは「他の(・・)者ならば外せる」のか、という淡い希望を見出して死への悔恨が蘇った、というものでもない。


今ルクが見せた困惑はそういう(・・・・)類のものではないことが、見て直観できる。

当の本人はといえば、すぐに「何でもありません」と首を振り、大したことは無いのだと周囲に示す態度をしたんだが――。


『申し訳ありません』


すぐに【眷属心話】を通して俺にだけ話しかけてきたのであった。


『一体全体どうしたんだ、ルク。お前らしくないな、そんなもったいつけかたは』


『……おそらくは気のせい、気のせいなんです。ご存知(・・・)の通り私はとても疲れているんですが――ですが。既視感(デジャヴ)、のようなものを感じました』


へぇ。

ここは奇跡も魔法も存在する異世界だ。

そんな世界で、祖先の過去の"記憶"を精神世界に蓄えるとかいう特殊能力を持った魔法使い一族の当主様が"既視感(デジャヴ)"とはねぇ?


『この場面でか? もう少し具体的に言え、どのあたりに"見覚え"があった?』


『……傷ついた我が一族と向き合い……治癒が不可能である旨を告げ、謝罪をする聖女様……という構図。ですが、本当に気のせいかもしれません』


『それをこうして俺にだけ伝えた。妻にも子供にもに聞かれたくないんだな? 少なくとも、今は』


ルクにしては珍しい沈黙の肯定。


『"秘史"とやらが、関わっているかもしれないということか?』


確か、精神世界を共有する一族の頭数(・・)が増えるほど、再現……というか再アクセスできる記憶領域が増えていく――だったか。

これはミシェールが第二子を無事に懐妊したことの影響かもしれない。その意味では、生まれ落ちて完全な意味での"頭数"となれば、もう少し今の既視感とやらの本質も明らかになってくる可能性は高いか。


まぁ、これ以上はルクも話すつもりは無いらしい。

ならば今は、目の前の情報収集に意識を戻すこととしよう。


ごほん、と咳払いを一つ、気を取り直す。

目を細め、少し首を傾げて睥睨する感じを出して、頬杖を軽くついた姿勢で、リシュリーに問いを重ねていく。


これ(・・)が何なのか、あるいは"外せる"何者かを、君は知っているのか?」


沈黙。


「そこのリュグルソゥム親子の見立てでは、魔法と呪詛を混ぜ合わせたものらしいんだが……君の知るところとは違う、ということかな?」


沈黙。


「だがなぁ、君は魔法使いでもなければ(まじな)い師や祈祷師の類にも見えないぞ? ――【癒しの乙女】の御業を言祝(ことほ)ぐ【聖言士】なる"聖女"サマ」


瞬き一つ。

咳を一つ。何かに逡巡するような様子。

保護者(ユール)が険を吊り上げたが、まだ足りない。


「それとも疾時の呪詛(これ)には"神威"と呼ばれる力が関係しているか? だが、そうするとどうしてルク達にはそれがわからなかったのだろうなぁ。並みの魔導研究家達でもないってのにな」


瞬き二つ。

唇を噛む。何かに耐え、抗っているかのような様子。

額に汗が玉と浮かぶのが見える。


「もしかしてだが、"銀仮面"はただの工作員じゃあなくて【聖人】サマの一人なのか。あるいは君の縁者で、つまり庇っているのか? しかもそのこととは別に疾時の呪詛(こいつ)が"神威"由来の代物だとバレないように、言い換えりゃ『末子国』の関与を隠さないといけない理由があったのか? だが【魔導侯】が全員関わってるなら、リュグルソゥム家に対してってことか? いや、それとも――」


「おい、魔人野郎! いい加減にしやが……リシュリー!?」


立ち上がろうとしたユールをリシュリーが手でそっと制した。

ふむ、アシェイリが手を動かす寸前だったか。中途半端に手を振り上げかけたアシェイリが一瞬固まり、不自然に肩をぐるぐる回し始めて挙動不審を誤魔化しつつ、不服そうなジト目をリシュリーにやる……っとと、そちらの観察は後回しだ、残念無念。


ともあれ、逡巡を終えて"答え方"が定まったらしい。


「"声"を縛られ(・・・)た私から、お示しすることのできる最大の誠意が、この(・・)沈黙です。それでどうか、お察しください」


"声"を縛られた、と来たか。

事実上の肯定だなぁ、それは。


発言内容自体は、ルクらから事前に予習していた事柄と矛盾しない。

歴代の『癒やしの聖女』との関わりを通して、リュグルソゥム家は『末子国』について、他の【魔導侯】家とは異なる情報を蓄えている。

今の話で言えば――"神威"を示す代償として「言葉」を扱う系統の聖人、つまり【聖言士】は、こと諸神と『末子国』に関する「発言」を縛られて(・・・・)いる節がある、という分析だ。そこを基点として、リュグルソゥムはまた、例えば他に「絵画」を扱う系統の聖人【聖画士】なんかについて、"弱視"か"色覚異常"者が多いのではないかという推理を行った記録もあるという。


まぁそれはそれで、リュグルソゥム家の情報網から得られた情報の一つの分析なんだろうが――俺はその話を聞いた時に、少々異なる視点を持った。


"声"を縛られたり、"弱視"なんかになる。

これらは、本当に単なる「後天的な代償」なのだろうか?


なに、これまで俺があれやこれや考察してきたことの延長上の話だ。

強大なる存在の出現を抑制している、ある種のシステムがこの世界全体に介在していると強く疑われる。この世界の「神」って奴は『方針』を違え二派に分かれて相争うような、そんな個々各々の"人格"を別にする存在の集団なんだからな。


――そんな神々の争いが今も続いているのは、英雄王の伝説に始まる『四兄弟国』成立の歴史からも容易にうかがえる。


俺が身をもって体感した事実として、【魔界】側に属す存在たる迷宮領主(ダンジョンマスター)に対し【人界】でひどい能力制約(・・)を受けたんだからな。

そりゃあ【白亜の神】率いる諸神(イ=セーナ)からすれば、今も【黒き神】は【魔王】への交信を通して【魔界】全体に隠然たる影響力を持っているのだ、迷宮領主(ダンジョンマスター)なぞ送り込まれた敵性異分子と思われても不思議ではあるまい。


ならば、諸神(イ=セーナ)が【人界】で【魔王】と同じこと(・・・・)をしていると考えるのだって、自然な流れだろ? "点振り"とかいう介入方法についても、既に検討した通りだ。


こうした考察と予備知識があったからこそ、リュグルソゥム家の推察を聞いた時、俺の脳裏に浮かんだのは、ある一つの"仮説"だった。

そしてリシュリーの今の発言は、まさにこの"仮説"の確からしさを裏付けるものなんだよなぁ。


「代償ではなくある種の制約・誓約として、何を発言するのかを縛られている、か。そのこと自体を俺に答えるのは、縛られていないのかな?」


「……やはり、そのことを、お確かめになろうとしたのですね」


反応を見つつ【情報閲覧】でつぶさに観察していると――おやおや。

リシュリーの【状態】欄で『穢廃血』の程度表記が(中度)から(高度)へ変わりやがったな。


おかしいなぁ?

どうして、この単なる知的好奇心に満ち溢れた好青年のちょっとした質問への回答で"そう"なるのだろうな? はて、今のやり取りの合間に、なんぞ「神の力」が介在する要素でもあったろうか?


これもまた"仮説"の確からしさを裏付けるかな。


などと観察していると、リシュリーの具合の悪化に気づいたか、ルクとミシェールが俺の方を見て首を横に振る。まぁ彼らからすれば、尊崇し守護すべき恩人たる存在であることも捨てられないんだろう。

さすがに、一息つかせてやるべきだ、という要望が心話で伝わってくる。


ならば、ここは少しこの病弱なる少女に配慮して休憩の時間を設けるべき――。


「おい! 魔人野郎、今度こそいい加減に「というわけで、ユール君。体調不良の聖女サマの代わりに、君の知るところを答えてもらおうか」


というわけで、苛立ちを爆発させかけたユール君の言葉を遮ることにした。

アシェイリがまたも拳を構えていたが、むしろ殴りたがっているんじゃないだろうなお前。


「――ッ! 何が、知りたいんだ」


反駁するユールに、ルクが冷たい眼差しを向けて催促の意を示す。

罪悪感を抱く相手に対し、さしもの少年も改めて己と愛する少女の置かれた立場を思い出したらしく、唇を噛みながら椅子に座り直すのであった。


「今回の事件の背景と原因について、君の知るところを教えてくれ。そもそもの話、『末子国』で何が起きたんだ?」


気持ちの整理に十数秒ほどかける吸血鬼の少年。

何度かリシュリーを気遣い、またルク達の様子を窺い、俺には露骨に嫌そうな表情を向ける。そしてアシェイリには心配の裏返しか気を向けず、その苛立ちに気づかない。

そうしてからユールは、ひとつ長いため息を吐いたのであった。


   ***


聖墳墓(イーレリア)守護領】またの名を『末子国』。

英雄王アイケルの末子にして、その"墓"を守る者となった"初代聖守"アルシーレの教えを経典とし、厳格な戒律を備え"神威"による奇跡の御業を行使する宗教国家。


この国の重要な意思決定機関の一つである【聖人会議】は、奇跡の代行者、すなわち諸神(イ=セーナ)の加護者達によって構成されている。

そこで、市井には知らされぬ秘密の決定が水面下に為されたことが、リシュリーを守るためのユールの闘争の始まりだった。


【聖人会議】の秘密決定に曰く。


『【癒やしの乙女】の加護者を「長女国」へ埋伏(・・)すべし』


と。


「埋伏……? 追放と同じ意味なのか? 何か都合の悪い事が起きたのかは知らないが、ルクよ、それは確か"盟約"とやらで禁じられていていたのではなかったか?」


「覚え間違えてますよ、ル・ベリさん。『第6の盟約』では単に『四兄弟国』の領域内に現れたあらゆる"加護者"を、聖人として育て上げるため等しく『末子国』へ移すべし、とするものに過ぎません」


「だが、そのまま囲い込まれ、ほぼ生涯に渡り自らの意思で外へは出れなくなるのだろう? ならば外へ出すことは禁を破っているのも同じだろうに」


「いや、だからつまり――その話はまた後にしましょう。吸血鬼ユール、確認するが本当に"埋伏"とかいう表現なんだな? 何らかの"任務"を与えられた、とかいうわけでもなく」


ルクの問いにユールが苦々しく頷く。


『末子国』が盟約に従い囲い込んだ加護者を、実質的に自国の駒として強固に取り込み、国家としての目的以外で自由に外へ出すことは無い、というのは他の『四兄弟国』にも広く知られている事実である。

加護者たるを見出された者にとっては栄光であっても、彼彼女の親類や知己にとって、それは今生の別れとなることも多い、一つの小さな悲嘆ではある。


……無論、他の『兄弟国』もそれぞれのやり方で抜け道(・・・)を持っているようだ。

『長女国』では、リュグルソゥム家と【破邪と癒しの乙女(クールエ=アトリテラ)】の系譜との特別な繋がりもそうした抜け道の一つに挙げる見方はあるが、その話は今はいいだろう。


少なくとも正規ルートで囲い込まれた加護者については、リュグルソゥム家の知る限り、数百年間例外は存在しないようだ。


故に、そうした『長女国』の元魔導貴族としての常識からすれば、ルクにとってリシュリーを襲った事態は例外中の例外、異常事態の類であるとのこと。

秘密の任を与えられたわけでもないならば、ル・ベリが誤読(・・)したような、何か罪を被せられて放逐されたというような単純な話とも考えがたい。


ふむ。

埋伏(まいふく)、ねぇ。


「まぁ、それなりの裏があるんだろうなぁ。続けてくれ、ユール君。君はそれを知った時にどう思った?」


「……最初は、意味がわからなかったさ。なんでよりにもよってリシュリーが、見習いとはいえ【聖人】候補だった彼女に、何も知らされないままこんなことになったのかなんて検討もつかない……いきなりだ! 【秘色機関】の連中が、いきなり襲ってきたんだ――ッッ!」


『長女国』で【魔導侯】家にそれぞれの"闇"を司る暗部組織があるのと同様、『末子国』では【秘色機関】という存在が各国の指導層に知られつつある。

そんな存在が、任務の指示にせよ罪科の難詰にせよ、国家からの正規の意思表明抜きに、秘密裏にいきなり拉致しようとしたのだ。

襲撃を辛くも逃れ、返り討ちに捕らえた捕虜の口を割らせて初めてユールは事態を察知したに過ぎないとのこと。


「自国の領民には知られたくなかった……いや、あるいは」


「『末子国』の内には【聖人会議】以外の組織もあるのだろう? むしろ、その者達に知られたくなかった、ということではないか? 主殿」


発言の後半を奪われたル・ベリがソルファイドに苦虫顔を向けるが、すぐに「そうだろう? ル・ベリ」とフォローされ面食らって素直に頷く。

おや、ソルファイドがル・ベリの扱い方を心得てきたような――まぁ竜人の心身の成長が遅いらしいといっても、年長者の功ではあろうか。


ともあれ、このような事態は『末子国』の政情にある程度詳しくなっていたユールにとっても、異常にして緊急なる事態の発生と同義だった。


「今はもうその辺りの裏事情を知ったんじゃないか? ユール少年、君は何やらとても愉快で痛快な引き継ぎ(・・・・)をしたらしいじゃないか……"梟"の記憶の中に、ひどく刺激的な情報があったって顔をしているぞ」


煽る言い方には当然反抗的な眼差しが返ってくるが、正直に答える以外の道が無いことは失念していない模様。

ユールはがりがりと喉をかきむしり始め――既に何度もそうしているのか、苦悶のためらい傷のようなひっかき跡が、吸血鬼の再生力をも越えて、幾筋もの赤い線となり喉から胸に走っている。この若き悩める吸血鬼は、受け継いだ"記憶"への嫌悪を隠そうともしていないようだ。


「……急かすな、魔人野郎。それを説明するには、先にジジイが引き継いできた"計画"から話す必要があるんだ、黙って聞いてろ」


『長女国』が対西方領域諸国に仕掛ける"懲罰"戦争。

その最激戦国の一つであった【アスラヒム王国】では、戦局を打開せんと『長女国』内部に"大乱"を引き起こすことを画策。

それを成すための特別な間者を派遣した――血の記憶を経由させることで、何世代にも渡る"引き継ぎ"を前提とした長大な計画を携えさせて。


「【魔導侯】家の一つに取り入り、暗部を取り仕切る形で活動の基盤を構築するのが、一つの節目だった」


「ロンドール家がそうだった、というわけだな」


「梟ジジイよりも前(・・・・)の連中の任務がそれだった。ロンドール家を作ったのはあいつだけど、下地は既にできていたんだ。そしてそのロンドール家を通して【紋章】家に影響を与えつつ――」


「私達を"復讐の尖兵"に仕立てるべく、あの最悪の虐殺を引き起こした?」


ミシェールがぞっとするような笑みを浮かべる。

からかうようにも、返答次第では魔法の一撃で屠ろうとしているようにも見える凄みのこもった笑みである。だが、気圧されつつもユールは声を荒げて言い返す。


「ミシェールさん、最後まで聞いてくれ。最終的にジジイはロンドール家を本命に選んで、それで動き出していたんだ……とても現役の【魔導侯】家それ自体を"大乱の種"に仕立てるなんて、さすがに無理だった」


歴代の間者達は『長女国』の内側に不和を生み出すべく活動してきた。

彼らが画策したのは"大乱"を引き起こすような存在を時間をかけて涵養することであり、いくつもの"種"を蒔いていたが――最本命であったロンドール家とて、【継戦派】の首魁である【紋章】家を不安定化させる企みに過ぎない。

それを起点としつつも、女皇の望む規模の"大乱"に至らせるには、更に数世代の仕込みが必要であると思われていたが――。


「ジジイの代で、女皇陛下から新たな"託宣"が降りてきたんだ」


『使命』によって上位者が下位者を縛るという特殊な統治ルールを持つ【アスラヒム王国】。

この国の最上位に在る【女皇】より、歴代の大乱の担い手としては初めて、"梟"ネイリーに任務の途中で新たな情報がもたらされる。


すなわち――『【癒やしの乙女】の加護者を「長女国」へ埋伏すべし』という決定が【聖人会議】において秘密裏になされる――という情報が。


「ちょっと待て、吸血鬼ユール。やっぱり、アスラヒムの女皇が全て裏で糸を引いていた、ということじゃないだろうな?」


「……もし女皇陛下が"最初から"それを知っていたなら、そもそも『長女国』に浸透する必要なんて無かったはずなんだ、苦労してロンドール家なんぞを育て上げる必要も無かったんだ、ルクさん。なぜなら――」


アスラヒム女皇が何故、どのようにしてそれを知ったかをネイリーは知らされていない。

情報は情報とて、時機や背景、具体的な経緯や事態の推移など一切不明の予言めいた情報だと、ユールは"血の記憶"を語る。


「ジジイは、読み切っていたんだ……リシュリーが『長女国』へ送られたら、リュグルソゥム家が無茶をするだろう、と」


ロンドール家の野心を起点とした"大乱"への連鎖は既に賽が振られており、ネイリーもまたその成就に向けて邁進していた。しかし、託宣された"予言"の裏を取るため急遽『末子国』へ赴いた折、この老間者は、そこでリシュリーその人と彼女を守る後継者(ユール)を見出したのであった。


「おい、ユール。お前は確か、父様達に聖女様の保護を求めたとか言っていたが、まさか」


「ジジイは狂喜してやがった! よりにもよって"後任者"が、この僕が、当の加護者と繋がりを作っていたってことにな……畜生、全部掌の上だったッッ! 【御霊】家になんとかして渡りをつけられたのは――裏であいつが全部お膳立てしてやがったんだ……!」


何らかの思惑の下『長女国』へ強制的に送り込まれることとなったリシュリー。

ならばリュグルソゥム家が事態を知れば、その"思惑"そのものを阻止せんと強硬な行動に出るだろう。そうして『長女国』に混乱が起きれば、それを奇貨として"大乱"に向けた行程をいくつか飛ばし(・・・)てしまうこともできるかもしれない。


そう読んだネイリーは、ユールの脱出計画を影から全面的にサポートしつつ――与えられた情報を最大限『利用』したのである。例えば、ルクとミシェールの父シル=フェルフに、ユールが接触しようとしている動きを事前にリークする、など。


「『利用はさせてもらった』……か、あの食わせ者め、少なくとも助長はしてやがったじゃないか!」


「もし女皇陛下が全てご存知だったんだとしたら、そもそも最初から(・・・・)リュグルソゥム家を"本命"にしていたはずなんだ」


「ははぁ、筋は通っているんじゃないか? つまりハイドリィの耳元でこう吹き込んだのかもな。乱世が訪れる、【魔導侯】家とて盤石ではなくなる。欠けた【魔導侯】家になることも不可能じゃない、とかなんとか」


「得心がいった。"梟"のその臨機応変な対応自体が、逆に【御霊】家の殲滅を当初から狙っていたわけではないことを証明している、ということか」


ソルファイドが呟くが、リュグルソゥム家もまた『止まり木』で議論を経て、同じ結論には至っていた様子。先程までユールに向けていた厳しい眼差しが幾分か和らいだか。

その代わりに表情がかなり険しくなっているがな……確か、ネイリーから『物事の裏側はもう少しだけ複雑』だとかなんとか言われたとのこと。


「【御霊】家を直接滅ぼす指揮を執ったのは、何度か話に出てきた【秘色機関】って連中だよな。リシュリーちゃんを攫おうとして、しかも同時期にリュグルソゥム家を襲撃した――と」


ユールの"血の記憶"によれば、ネイリーの読みの詳細はこうだ。

【癒やしの乙女】に関わる事でありながら【秘色機関】はリュグルソゥム家を引き込む動きを見せなかった。つまり【聖人会議】の秘密決定の目的は、リュグルソゥム家の理解を得るどころか、反発されるような類のものである……と。


だが、事態はこの老間者の予想以上の展開を見せた。

ネイリーが次に各【魔導侯】家に情報をリークするよりも早く、なんと【秘色機関】から直接3派閥のそれぞれの領袖に【御霊】家の討伐が提案されたのである。


……それもまた"大乱"を使命とする間者の系譜にある者としては、

『陛下がもっと早く知らせてくれていれば、これを本命に全ての計画を組み直せていたのにのう、ほうほうほう!』

とかいう嬉しい忸怩(じくじ)の類を感じたらしい。


ともあれ【紋章】家としてはリュグルソゥム家の襲撃部隊の統率は熟練の工作員であるモーズテスに任され、ネイリーは事態の推移をハイドリィの野心に繋ぐように計画の行程をいくつか軌道修正する等に尽力した、とのこと。

そこから先は(くだん)転移事故被害者(モーズテス)から"桃割り"して得た情報の通りだ。

『銀仮面』が【秘色機関】の工作員だということ自体は既に判明していた。つまり、程度はともかく『末子国』の関与自体はわかっていた。

故に連中があえて自分達に味方する可能性の高い勢力を襲撃するというのは、どうしても合理的な行動とは思えない、という疑念はそもそもあったのだ。


だが、ユールへの聴取を終えて、その謎の『解』がどのあたりにあるか――リシュリーの「縛られている」発言と合わさり、俺の中ではますます"仮説"の確からしさが裏付けられた。


つまり『末子国』にとって、他のどのような【聖人】でもなく、リシュリーこそが『長女国』に対する何らかの意図の"鍵"である可能性が高い。

普通に考えればリシュリーをカードにして『長女国』を裏切らせるような交渉だってできるかもしれなかったリュグルソゥム家を、不測の妨害をするかもしれない(・・・・・・)という理由で、その懸念を排除しておかねばならないと判断するほどの、重要な"鍵"だということだ。


「それで、御方様。その目的とやらは……結局何なのでしょうか? ルク、確かあの老いぼれ吸血鬼は『「末子国」が聖女を狙う理由に興味は無い』だとか言っていたのだろう?」


「食わせ者の言葉なので鵜呑みはできませんがね」


「よろしい、ならば視点を変えてみよう。確かに"梟"は女皇の託宣だと知った時点でそれ以上の事情については思考停止したようだが――奴が自らが育て上げ"駒"扱いしかしていなかった例の有能(ハイドリィ)君は、違ったろう?」


さて、話の流れをつかめずにいる吸血鬼ユール君。

それから、俺の意図に早々に勘付いていたらしい、聖女"候補"リシュリーちゃん。


ここからが、お話の本番だ。


ぶつけてみることにしようじゃないか。

ハイドリィ君を"桃割り"して得られた情報と、それによって俺がどんな"仮説"を立てていたのか、を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ