本編-0131 聖少女、狂える御霊、吸血鬼
ダリドがオーマに連絡する少し前のこと。
【異星窟】の『脳:司令室』の近くには、他の配下達と同様、リュグルソゥム兄妹のための特別な一室が設計されている。
【人界】行きに伴い、ルクとミシェールが工作活動の傍らで精力的に買い揃えた調度品が並び始めてからは、掘り出された当初の殺風景さはすっかり消えた。貴族趣味な優美さすら芽生える内装となったが――いかんせん、場所が洞窟内である。
湿り気や、彼らの主人の眷属『エイリアン』種の少々"有機的"な存在感などの影響も少ないものではなかった。それでも【風】魔法を組み合わせた換気の仕組みが構築されたあたり、兄妹の住環境に対する優雅なる執念が垣間見えよう。
【魔界】の洞窟型迷宮内部としては、意外なほど快適な空間が再現されていると言える、かもしれない。
……天井にみちみちと蠢く巨大な肉塊の質感に目を閉じ、しかもその中から男女の嬌声(男性の方は苦悶にも聞こえる)が漏れてくることに耳を塞げば、だが。
そんな悪趣味な退廃美というベクトルに押し流されたかの如き「家族部屋」の調度の長椅子に、少年が一人腰掛けている。
父母譲りの銀髪のクセ毛を踊らせる少年ダリドは、瞑想するように目を細めつつも、時折ため息を漏らしていた。年の頃12、3ほどだが――このリュグルソゥム家"再興"の礎となるべき男子は、実は見た目通りの年齢ではない。
ファンガル種エイリアン【培養臓】の力によって急成長させられたに過ぎず、赤子として生まれ落ちてからは、実は未だ半年にも満たないのである。年齢の奇異なるは"肉体"だけではない。その"精神"に至っては、精神空間『止まり木』にて、肉体時間に換算して既に15年近くを父母と共有しているのだった。
だが、そんな"鍛錬"も、いよいよ『止まり木』から現実世界における肉体感覚の調整という最終段階へ移っている。
その準備として、瞑想をするよう父ルクから言いつけられていたわけだが……ダリドは今、自主的に【風】魔法を部屋に張り巡らせていた。
――頭上の【揺籃臓】の内側から聞こえてくる"嬌声"を部屋の外に漏らさぬための防音措置として。
そうだ、これは「不測の事態」に巻き込まれた父を待つ間の自主的な魔法訓練、精神世界に頼らずに肉体感覚を体得するための邪念を振り払う修練の一環なのだ、と無理矢理自分を納得させているダリドである。
どう聞いても「苦悶のうめき声」にしか聞こえない父の嬌声に幻滅するような息子ではない。むしろ、母からその"営み"を見学するようにと言いつけられたのを、文字通り体を張って食い止めてくれた父の背に、ダリドは若輩ながら男の何たるかを見たのである。
【人界】での活動のため迷宮領主が未だ帰還せぬ【異星窟】。
眷属達の他には、ダリド達以外には聖女リシュリーを伴う吸血鬼一行が居るのみだったが……この少々厄介な"客人"達をオーマが戻るまでの間、監視するのも彼らの役目。そのような中で父の情けない姿を万が一にも晒しては、リュグルソゥム一族の当主の沽券に関わるというもの。
たとえ一族の主人たる迷宮領主には、そうした事情を何もかも見抜かれ、良い意味と悪い意味と、それからかなり悪い意味で、そうしたダリドの努力すら諧謔に饗されるとしても、体面の建前を守ることは必要なことなのである。
『止まり木』の精神世界で、ダリドは父母から一族の遭遇した惨劇の光景を再現され、その悲嘆を共有した。そして、その"再興"が己の双肩にのしかかっていることを知った。
いずれ自身が娶さるべき妹を作るためにこそ、父母は今、営んでいるのである。時が来たらば、次はダリドが一族を導いていかなければならない。
そうして形成された「次期当主」としての責任感から、ダリドは自発的にこの防音処理を行っていたわけである。肉体年齢にも精神年齢にも似合わぬ難しい表情で、ため息を繰り返しているあたり、実にこの少年の気質は父親に似たと言っても良いだろう。
ちなみに、聖女と吸血鬼一行の監視自体は、ダリドが心すら赤子であったわずかな時間に交流を深めた副脳蟲達が、当然の仕事として既にやってくれていた。そうでなくとも、無茶をした傷が癒え切っていない吸血鬼ユールや、酷く体調の悪そうな聖女リシュリーが不穏な行動をする可能性はほとんど無し。
もう一人の吸血鬼アシェイリにしても、彼女は既に主オーマの軍門に下っており、むしろ見張る側にあった以上は、そも殊更の警戒は不要ではあったと言える。
それでも、一族が虐殺される"原因"と思しき聖女と吸血鬼の一行にどう接したものか、リュグルソゥム家としても未だ決めかねていたことは事実。
とても、父母抜きにダリドだけで気軽な談笑などのできる距離感ではなかった。
その意味では、主オーマに先立って【異星窟】最強の個人戦力である竜人ソルファイドが戻り、アシェイリが嫌がり渋るユールを引きずって"訓練"に付き合わせ始めた段で、ようやくダリドもまた心を撫で下ろし――一層一心不乱に「防音」作業に打ち込むようになったのであった。
オーマが帰還したのは、ちょうどそんなタイミングである。
***
『脳:司令室』には、グウィースとルルを除く配下の面々が集まっている。
俺の左にはル・ベリとリュグルソゥム親子が、右にはソルファイドと、それから少し距離を開けてアシェイリが座る。そしてアシェイリとリュグルソゥム親子に挟まれる形で、ちょうど俺の真正面の位置に、吸血鬼ユールと【聖女】リシュリーが緊張した様子で座る。
ルク兄妹が吸血鬼の二人と、リシュリーを挟んで微妙に視線を交錯させたり、そらしたり、不穏とも戸惑いとも言い切れない微妙な関係性を逡巡させている様子は、できればしばらく観察していたい光景だな。
かたやソルファイドは興味の薄そうに瞑想しており、ル・ベリはル・ベリで俺の発言を待っている様子を隠さないが……まぁ待て。ゆっくり観察して"焦らす"ということを覚えるといい。
誰の手に主導権があるのかを、血の気の多い不服な若者に理解させるのも一つの交渉術なのだ。
だから、痺れを切らすのを待つ間に、ステータスの確認でもやっておこうか。
【基本情報】
名称:ミシェール=リュグルソゥム
種族:人間
年齢:17歳
性別:女性
職業:魔法戦士
身分:外務卿(【報いを揺籃する異星窟】) ← Up!!!
位階:22〈獲得技能点:7点〉
【状態】
・呪詛(疾時)――残り寿命:572日
・懐妊(父ルク)――出産まで:38日
【基本情報】
名称:ルク=リュグルソゥム
種族:人間
年齢:18歳
性別:男性
職業:魔法戦士
身分:外務卿(【報いを揺籃する異星窟】) ← Up!!!
位階:25〈獲得技能点:7点〉
【状態】
・呪詛(疾時)――残り寿命:447日
・疲労困憊
『止まり木』にて戦略の構築に長い時間を費やせる、というのがリュグルソゥム家の"優位性"であり、それを活かすビルドを二人も希望した。結果としては、MP強化による継戦能力の向上と【高速詠唱】などの詠唱技術系の技能を伸ばす方向での点振りとなったが――ちと、自動点振りでそれぞれの【固有技能】に吸われすぎなんじゃないかなお前ら。
いやまったく、"人間"してますねぇ……。
あと、位階上昇という点では兄妹が得た"経験"は他の配下と比べるとずっと控えめなものだったようだ。
そも彼らは【人界】出身者でもあるし、あるいは暗闘と隣り合わせの"謀略の獣"としては、今回任せた工作任務なんかは、"経験"としては真新しいものではなかった……という要素もあろうかな。まぁそこは今後に期待ということで。
さて。
それじゃこのまま、一家の新たな希望ダリド君をお披露目しよう。
【基本情報】
名称:ダリド=リュグルソゥム
種族:人間(オゼニク人)
年齢:0歳
→ 肉体年齢:13歳 ← Detaill!!!
→ 精神年齢:15歳 ← Detaill!!!
性別:男性
職業:魔法戦士
身分:迷宮の眷属(【報いを揺籃する異星窟】) ← New!!!
位階:4〈獲得技能点:16点〉
【状態】
・呪詛(疾時)――残り寿命:1,963日
【スキル】~簡易表示
(種族技能)
・生き足掻く意思:壱(1)
・利己なる心:壱(1)
・魔法適正(弱):弐(2)
(職業技能)
・戦闘詠唱術:肆(4)
・MP強化(弱):肆(4)
・MGC強化:肆(4)
父母の熱い薫陶も精神世界ではあったことだろう、当然【職業】の選択なんかも既に終えていたようだ。
リュグルソゥム一族の者がなる可能性のある職業は【魔法戦士】以外にも色々あるようだが――まぁ、ダリドに関しては、あまり奇を衒うようなことはせず、手堅く【魔法戦士】を選ばせた様子がうかがえる。
で、面白いのは『止まり木』世界で13年もの時を過ごしながら、位階が4止まりであるところ。
いかな知識と経験・伝統を継承し肉体感覚とは異なる時間の流れを重ねる場であれ……そこで見聞き体験したもろもろの感覚は「技能点システム」上の"経験"とは捉えられていない、ということだな。
それもまた例の「強者の出現抑制」という別の世界システムによる制約の一貫か?
だが『止まり木』世界で積んだ戦闘経験が、例えば【継承技能】なんかで表現されていないあたり、技能点システムの枠を超えた例外処理なのだろうか。
こんな特殊な個別事例に対してまで、手を広げ伸ばして制約を課しているとすれば、なんともある種の執念すら感じるほどにうんざりする徹底さだが。
ダリド自身の能力という意味では、今後はこいつも少しずつ配下として使っていくのだ、すぐに鍛えられていくかな。
以上で、リュグルソゥム一族の現状確認は終了。
意識を目の前に居並ぶ面々に戻す。
リシュリーは相変わらず具合悪そうにうつむき、ユールは"焦らし"の効果が現れてきたか、どうなっているんだとアシェイリに助けを求めたりルクやミシェールに抗議の眼差しを送って涼しく受け流されたり。
……どれ。
ちと、連中の微妙な緊張と牽制を茶化してほぐしてやろうか。
「おめでとう、ダリド君。君の献身的な環境改善の結果かな、めでたく弟か妹ができたようだぞ?」
「ぶふっ!?」
「……お外道さんだ、お変態さんだ、やっぱりこの人外道変さんだ!」
咽せたルクの背中を軽く叩く所作の、なんと優しく手慣れたことよ。
ダリドが悟ったような眼差しで引きつった笑みを浮かべ、アシェイリが軽蔑のジト目を向けてくる。ユールが空気についていけないという困惑した顔で、再度助けを求めるようにアシェイリを見るが――直後、リシュリーが苦しそうに咳き込むのを介抱し始める。そのやり取りに苦々しそうな横目を向けるアシェイリ……あぁ、これはいつ爆発するともしれぬ善い修羅場。
まぁ俺が【人界】で戦後工作をしていた間もリュグルソゥム家は"忙しかった"ろうしなぁ。吸血鬼一行も治療と再生に集中しており、ル・ベリとソルファイドもそれぞれ別の仕事を任せていた中で、話をまとめる者がおらずに行動の監視だけされていたんだ。そらフラストレーションも溜まろう。
一応、アシェイリが最低限の説明なんかはしたようだが――俺に心服していないユール君は「エイリアンネットワーク」への接続も無しだ、事情がさっぱりだろうな。そしてそういう環境に置かれると軽くパニクりかけるのが、この若人の性格上の弱点と見た。
などと観察していると、ついに痺れを切らしてまくし立ててきたな。
「いい加減にしてくれ、リシュリーの体調が悪いんだ、手短に済ませてくれないか? 迷宮領主。確かに【御霊】家には悪いと思っているけれど、ここは"おめでた"の披露宴だっていうのか? それなら僕らはここで――」
「君が償いたいと切に願っていた悲運の一族。その最後の生き残り達が、実はちょっとタチの悪い『呪詛』にかかっていてなぁ。あと2年も生きられないって、お前知ってたか、ユール少年」
「な……!?」
「ハハハッ。なんだ、アシェイリから聞いていなかったのか」
ふむ。
面食らったような反応をしたことを鑑みるに――少なくとも聖少女リシュリーについては、あと1、2年で命を失うような危篤的状況にあるわけではないな?
だが……今の煽りは、実はリシュリーの反応を見るのが本命だったのだ。しかし、苦しそうに憂える表情に変化がなく、動揺した様子は感じられない。ごくわずかに目元が見開かれた気がしたが、それもすぐに戻ってしまい定かではない。
『何かを察したか、いや、何かを知ってはいる、そんな反応だな、主殿』
なんだソルファイド、瞑想しつつもしっかり観察していたのかお前。
まぁ……それなら、今の反応も含めて、とりあえずステータスを見るとしよう。それが、この聖少女を取り巻くある種の"歪つさ"の説明には手っ取り早いかな。
【基本情報】
名称:リシュリー=ジーベリンゲル
種族:人間
年齢:14歳
性別:女性
職業:聖言士(【破邪と癒しの乙女】)
身分:聖女(【聖墳墓守護領】)
位階:17〈技能点:残り0点〉
【状態】
・穢廃血(中度浸透)
・睡眠不足(軽度)
・疲労困憊(軽度)
『聖言士』自体は、おそらく魔人樹幼児グウィースの職業候補としても出てきた『巫覡』の上位職業の一つだろう。
その名の通り「聖なる御言葉」を通し、己に加護を与える【守護神(魔界なら後援神だろうな)】の"神威"を現世に行使する――というのが基本的な能だ。
『聖言士』の場合は「声」によってそれを行うわけだが、他にも調べる限りでは「絵」や「音楽」「踊り」などを通して"神威"を行使する職業も存在する。
ただ、これらの職業はあくまで神威の行使を「補助」するものでしかない。
当然、"神"が異なればできることも大きく変わる。リシュリーが加護を受ける【破邪と癒しの乙女】の特性は、その名が表す通り、人々の傷病を癒やすというものだな。
――そして【魔界】から戻った後、予習がてらリシュリーの技能テーブルを最初に見た時に、俺は強烈な違和感を覚えたのだ。
迷宮領主でもないのに、この少女、"振り残し"がゼロなのである。
しかもその技能点の大半は【守護神】による加護系技能と……後で言及するが、とてもとても悪趣味な名前の固有技能に根こそぎ注ぎ込まれている。なんだろうな、そこにある種の「恣意」を感じるのは気のせいではないんだろうなぁ。
しかも注意したいのはこの聖少女、【継承技能】を持っていない。
【人界】で様々な職業の技能テーブルを【情報閲覧】してきたが、多くの場合「下位職業」は単なる前提の踏み台ではない。そこで得た基本的な技能の補助効果が、そのまま「上位職業」の技能系列とのシナジーを構成することも多く――例えばソルファイドは『牙の守護戦士』だが、前提職業であったと思しき『竜人剣士』時代の【継承技能】が無ければ、戦闘力がいくらか減ってしまうだろうよ。
そのあたりを素直に考えれば、もしもリシュリーが自然な経緯で"神の加護"を受けていたならば、当然、己の神に祈りを捧げてきた"経験"があるはず。それが『巫覡』の、そうだな、例えば「祈りの強さ」に係る技能なんかに自動点振りされていなければ不自然だ。
うーむ、そう考えたらグウィースが『巫覡』になってくれていたらその辺りもう少し検証しやすかったかな? ま、そう外れた考察でもあるまい。
つまり、リシュリーはそうした過程を経ずいきなり『聖言士』になってしまった、ようにも見える。
これは、どう解釈すればいいのだろうな?
身の上話を聞き出せればもう少し確信も持てようが――そも振り残しゼロの時点で、俺の直感上は完全に黒なんだよなぁ。ほぼ確実に、この病弱なる大人しそうな、しかし瞳の奥に頑固さを湛えた聖少女が【人界】の神々のお気に入りであるように思われてならない。
果たして彼女の職業のアイデンティティ確立において、自分自身の意思がどれだけ反映されているのか大いに気になるところ。
であるにも関わらず【癒やしの乙女】の加護者としては、歴代でも有数の力を持つらしい。これは、一族の初代兄妹を救われた恩を持つリュグルソゥム家の二人の述べるところであり、信憑性が高い情報だ。
だが、繰り返すが「祈りの基本」すらなってない可能性の高い"聖女"が、それだけの力を行使できるものなのだろうか? アシェイリの報告にあった、吸血鬼2名に対する少々複雑な分離手術をやってのけていたことといい――そこに、神々の"お気に入り"であるというきな臭さ以上の歪つさが見えてきたのだ。
穢廃血。
リシュリーが時折咳き込み、口を押さえた時にその手指に付着するドス黒い血こそ、素人目にも彼女を病弱たらしめる諸悪の根源と直感せざるを得ない。なるほど、普通なら長い修行の果てに得るはずの力を、リシュリーは自身の生命力を削るという歪んだ形であがなっている、ということか。
だが、なんなんだろうな、この技能名は。
「穢れ廃れた血」とかいう【状態】名の時点で、既に悪意の腐臭が漂ってくるというのに、称号『贖いの癒し手』の固有技能名に至っては――もはや悪趣味で禍々しい偽善に彩られた諧謔というレベルの翻訳だ。
穢廃の祝り血。
自身への想像もできぬ苦痛苦悶と引き換えに、他者を癒やす力の得たるを"祝り"と形容するか。ははは、そりゃ"呪い"の誤訳じゃあないのか?
――リシュリーのそれは、一体全体、誰にとって"めでたい"のだろうな?
……俺自身はまだ直接観察していないが、アシェイリが言うには【穢廃血】は【生命の紅き】を裏返したかのようなモノである、とのこと。
どうも吸血鬼にとっては、鼻がひん曲がるだなんて表現では生易しいほどの悍ましい臭いとして知覚されるようであり――それもまた、彼女とユールの間の特別な関係の所以であろうか。
吸血鬼としての血液操作能力を駆使した"ろ過"を、アシェイリにも三日三晩手伝わせてなお、未だ「中度浸透」状態であるあたり、どんな因業がこの若き想い人達の間に横たわっていることやら。
まぁこの謎物質については、今後リシュリーとユール君の協力を求めながら、その"特性"を検証していけば良いとして――奴隷蟲に密かに回収させた少量の穢廃血から【崩壊】の魔法属性と【腐食】という名の因子が解析された(完了には至らない)ことは、今ここで述べておく。
そして"きな臭さ"に話を戻そう。
この【穢廃の祝り血】とかいう技能は【破邪と癒しの乙女】とは一体どんな関係にあるのだろうな? 少なくとも迷宮核の知識やリュグルソゥム一族の知識に確認する限り、傷老病苦を癒やすという【破邪と癒しの乙女】の本来の権能とは全く関係が無いように思えてならない。
確かに、グウィースやル・ベリのそれを見る限り、加護者が『称号』を通して【固有技能】として会得した能はあくまでプラスアルファに過ぎず、神の権能それ自体が技能システム上に表現されたものではない――さっきも似たような話を聞いたな? 話を前後させるならば、『止まり木』での"経験"が【技能】としては表現されていない、という事象との関係性が気になるところだが、まぁこれは余談。
なるほど、この手の"プラスアルファ"がいくら神の権能の顕現たる"神威"それそのものではないにしても――それが加護をきっかけに会得・開花・派生した技能であるならば、元の神とはいくらかの関係性があると考えるのが自然ではなかろうか。
そんな視点から、リシュリーの【穢廃の祝り血】を見てみよう。
生命の摩耗と引き換えに力を行使する、という代償性はともかく……反動として生み出される『穢廃血』という物質が奇異極まる。なにせ"吸血鬼"という種族を狙い撃ちにして、こうもセンシティブで複雑な反応をさせているのだから、な。
だが――この一見した"かけ離れてる"感の中にこそ、むしろ【破邪と癒しの乙女】の一般に理解されているものと異なる、ある種の本質が潜んでいる、とするのは論理の飛躍だろうか?
アシェイリとユール以外には、人間であるルクはおろか、竜人ソルファイドや魔人であるこの俺にも、その「おぞましい臭い」とやらは知覚されない。
まぁタールのようなドス黒い血を喀血するのを見ているだけでも、尋常ではないことは誰もが直感するだろうが――吸血鬼の知り合いがいなければ、そこで考察は止まろう。単なる奇病や不運な呪いの類として脇に置いてしまい、『穢廃血』と『生命の紅き』の奇妙な対比に気づく者は皆無だ。
だが、吸血鬼達にとっては?
彼女をこそ、ユールとネイリーといういずれも吸血鬼国の至尊の者から特別な"大命"を受けていた工作員達が見初めたのは、ちと偶然とは言い難い。"梟"を自称するネイリーとかいう食わせ者の「単に乗っかっただけ」だという発言を、本当に鵜呑みにしてよいものやら。
その辺りの判断も目的とした、情報収集という名の尋問を今から始めるわけだよ。
「それでだ、聖少女リシュリーちゃん。折り入って教えてほしいことがあるんだが、」
だが、その前に確認しておくべきことが一つある。
「そこの哀れなる親子3名に掛かった『呪詛』を、君の力でなんとか救ってやれるだろうか? ――200年前の"前任者"がやってやったのと同じように、な」
リュグルソゥム家への貸し一つだな。
連中の立場からは、これは聞きにくかろう?




