本編-0128 煽動者、騒乱の顛末を斯く喝破せり
【盟約暦519年・跳び狐の月(4月)・第8の日】
【~転移176日目】
「長き冬」の"天災"は、代官ハイドリィの仕業によるものであった。
それは旧ワルセィレの神性たる存在【泉の貴婦人】の力を利用しようとして、引き起こされたものであったが――その野心が暴走した結果、ハイドリィは自滅に至り【鎮守伯】としての"職命"に殉じるという皮肉な結末を迎えた。
故に、それに対する『森の兄弟団』の決起は単なる圧政への反撃だけではなく、関所街周辺一帯を覆う"天災"が更に拡がらないようにするための、義憤に駆られた行為だったのである……機に乗じた狼藉の限りを尽くしたとも見られているが。
以上が、市井にまことしやかに流布された、ことの顛末である。
その後、丁度ナーレフを客訪していた【紋章】家の元嫡子ジェロームが『兄弟団』と交渉して懐柔し、速やかに秩序を取り戻す――という"落ち"は、欲望渦巻く関所街の裏事情に少しでも通じた者達からは、驚きを以って受け止められた。
街の混乱と荒廃が当初悲観されたよりもずっと早く収拾されただけではない。
ジェロームという人物の登極とは、ナーレフを一つの自治勢力と見なした時に、その今後の立ち位置を有利にする絶妙の"落とし所"とも言えたからである。
『森の兄弟団』の「外」の構成員達は、抑制役であった「内」の幹部連絡員達が抹殺されたことで、ナーレフ制圧時に少々やり過ぎていた。旧ワルセィレの住民であっても『兄弟団』への積極的な支持は限定的であり――あくまでハイドリィが「自滅」したに過ぎない今回のナーレフ奪還劇においては、今後当然に予期される【紋章】家の直接介入に対峙できる力を示したとは考えられていない。
故に、『兄弟団』を街の主要勢力として大胆に受容・融和、旧ワルセィレ住民への弾圧や移動制限の解除を宣言するといった【紋章】家と独自の距離感を取る決断は、現実路線を望むナーレフの新旧住民達に一定の安堵を与えることとなり、歓迎されたのである。
無論、これは"落とし所"としては絶妙であるに過ぎず、悪く言えば「割りとマシな妥協」の類。
つまり双方に不満の火種は燻り続ける。例えば『兄弟団』では団長サンクレットがベネリーを盲信しているため表立った内部対立は無いが、過激な主張をする者は少なくない。そのような者達は、ハイドリィが「餌」として残した輪番兵達を撃破して街を奪取したことに達成感を通り越して全能感を得ており……結局は【紋章】家の関係者であるジェロームに統治を任せることなどは、憤慨すべき"横取り"と考えている。
ジェローム自身にしても、ハイドリィ派が壊滅したはいいものの、そのために逆に街の立て直しのための人材が欠乏してしまった。しかし【紋章】家に人的支援を求めたのであれば、彼がかろうじて保った"絶妙"の前提――ナーレフを独立自治へ導いていく方向性が形骸と化す。
そうなれば、もはやベネリーらが過激派を押さえきれず、ジェロームらの拘束と【ワルセィレ森泉国】の再興宣言、【紋章】家との全面抗争という地獄坂を一気に駆け下ることは避けられない。
「――それをさせないための、この俺【人物鑑定士】様というわけだ。酒場の陽気な飲んだくれども、目下直近の課題が何なのか理解したな? さぁさ、ジェローム殿下の"右腕"候補への推薦はあるか? "売り時"を読めない奴がこの場にいるわけはないよなぁ」
「勘弁してくれ、あんたに口説かれて安く買い叩かれちまうのが落ちだ!」
「そうともさ! "飲んだくれ"どもに何か期待しているってんなら、あんたの噂は虚像に過ぎなかったってなもんだな」
「ははは! 違いない、同じく"街の災難"を『運良く』避けられた者同士、今日は仲良く飲み明かそうじゃあないか――俺は、お前らが潰れるのを見ているだけだがな!」
曲がりなりにも秩序の回復が進み、騒乱が静まりつつある関所街の裏通りの一角のとある酒場にて。
表と裏の様々な思惑や利害関係を一手に調整してきたハイドリィ一派の消滅に伴い、にわかに流動性が増してきた不透明さを、良くも悪くも、更に殊更に露悪的に煽り立てる異装の青年が一人。
【人物鑑定士】オーマの帰還を察知した者達は一部に限られていた。それでも、『白馬の木陰』亭には、普段の倍以上は客が集まっている。
皆、人の才能を見抜く眼力を持つと謳われる青年【人物鑑定士】が主催した"祝賀会"でのタダ酒が目当てである。目当てであるが――単なる酒飲みやごろつきの類ではない者も多く混じる。"職業"こそ傭兵や商人、職人、兵士から役人、果ては詩人といった類だが……その実、表や裏の様々な組織の連絡役達や交渉役も兼ねる立場にあるということ。
無論、ナーレフ探訪当初より意識的に選別された伝手達である。
「全く、ハイドリィが全部持ってくのに賭けた連中は大損だったみたいだなぁ!」
「違いないとも。だが、この俺の御高説を聞いてくれたはずの諸君の中に、まさかまさかそんなヘマを打った奴がいるなんてことは、ないよなぁ?」
「いいやわからないぞ、そんな阿呆でもアンタのタダ酒なら、憂さ晴らしに店ごと飲み干しに来てるんじゃないのか?」
「違いない、お前がまさにそうだろうが! ハッハッハ」
「馬鹿言え俺は最初からオーマさんに賭けてたんだよ、この奇妙で胡散臭い詐欺師が全部持ってくってなぁ……酒が足りん!」
「おいおい、まさか図星じゃないだろうな?」
ベネリーの代わりに酒場の切り盛りをオーマから無茶振りさせられたシーシェが、スセリを始めとした手伝いに出れる年齢の子供達に指示を飛ばし、駆けずり回りながら時折恨めしそうな目をオーマへ向けてくるが、当人はどこ吹く風。
次に恨めしそうな目を向けられたル・ベリにしても、「バツが悪い」的な意味での苦虫顔を作る……それを見抜ける者は苦虫検定一級持ちの幼樹グウィース等に限られるだろうが、新【農務卿】の任を仰せつかった魔人樹の始祖は"植林"作業に勤しんでおり、この場にはいない。
リュグルソゥム兄妹もまた、回収した"生き残り"や「吸血鬼一行」らへの尋問と聴取を優先させて【魔界】へ帰還している――彼らが"励む"ことになるのは、それだけではないだろうが。
つまり、今オーマの護衛はル・ベリと意識を取り戻したソルファイドの2名のみ。無論、万に一つがあれば地中より予め幼蟲から時間をかけて進化させていた複数の戦線獣が床を突き破って飛び出す手筈だが……彼我の実力差を認識できない、かつてのバイルとその仲間達の如き、不穏な気配を向けてくる者も少なくない。
ただし、これでも"闘争"という修羅場を2度潜ってきたオーマにとっては、この手の逆恨みの殺気や奇矯者に対する侮蔑心といった悪感情の類は、もはや【情報閲覧】に頼らずとも感じ取れるようになっていた。
故に、あえて派手に振る舞うことで敵対する者達を炙り出すことも目的の一つではある。無論、不穏者達の指の動き一つまでをもル・ベリが、呼吸の乱れ一つまでをもソルファイドが凝視している中で、実際には行動を起こすことのできる者は皆無であったが。
「だが……オーマさんよ。まさかとは思うが、ジェローム殿下の急な張り切りも、あんたの仕業だって言うんじゃないだろうな?」
「おいおい、察しの悪いおっさんがここに一人いたぞ、人生の先輩諸君! 誰がこの"祝賀会"の金を出してると思ってるんだ」
「おい、おい。そこまで、あの"雲上人"殿を籠絡せしめたってのか? あんたは」
「自慢だが、代官邸から"仕事"を回してもらったこともある儂が言う。ジェロームは本物の味噌滓だった、あの歳でな……父親の威光とお家柄が無ければ、子供さえこさえられなかった哀れな男さ」
「それが、数日行方を眩ませただけで"漢"になっちまうとはなぁ」
実際にジェロームを"改造"したのはルクである。彼もまたオーマの真似をしようと考えたわけではないことは、以前述べたところであるが……オーマと異なるやり方とて、ジェロームが元々隠し持っていた素養が偶然開花したという意味では、結果は同じと言える。
故に、わざわざ飲んだくれ達の誤解を訂正しようともオーマは思わない。
「この【人物鑑定士】サマの手に掛かれば、何、お前達の隠れた才能だろうが隠れた"性癖"だろうが、暴き出してやるともさ」
「……おいおい、それがその奴隷商人野郎がそこにいる意味かよ」
【奴隷連ナーレフ支部】の支部長代理であるディンドリーがオーマが占領するテーブルのすぐ隣に、そちら側であることを宣言するかのように座り、商人仲間らと『次兄国』の政治情勢について議論を交わしていることに気づく者もあった。
「うるせぇなぁ、外野どもが。知恵の足りないゴロツキだって、一番の"太客"には礼儀を尽くすってのが商売人だろうが。自分が売り損ねて買いそびれた当てつけを、俺にするんじゃねぇよ?」
「ははぁ、ナニかが"太い客"に"礼儀"ねぇ。あんまりにも殿下がお変わりあそばされたってなもんだから、オーマさんが一体なんの『才能』を暴き出したのかずっと気になってたんだがねぇ!」
「ははは! それ以上はまぁ、健全な青少年達には悪い刺激が強すぎるんじゃあないかな?」
「あぁ? その若者達を俺等みたいな悪どい稼業に誘って売りつけておいて、よく言うぜ」
「違いないな、あっはっは! ――まぁ、戯言はここまでにしておいて、話を最初に戻そうじゃないか」
それまでのオーマの露悪的な語り口に、さらに煽り立てるような、意図した挑発の色が混じった。
「なぁ、関所街を欲望の街に変えようとしている自称"仕掛け人"もといゴロツキ諸君。実際のところ、ハイドリィ派だのジェローム派だの、『長女国』だ『兄弟団』だ、四の五の言うような奴じゃあ、この先は生き残れないと言いたいのさ」
オーマに好意的かつ肯定的な評価を下していた者達は「始まったな」と内心理解しつつ、その口から語りだされる事柄に意識を研ぎ澄ませる。
「かつては"魔物"を神と崇める辺境の小国で、ついこの間までは雲上の大貴族サマの"隠し鉱山"。その程度の価値しか無かったのが、このナーレフとかいう関所で有名な街だったが……今はそうじゃない、わかるだろう?」
煽るように、掻き乱すように、元々ナーレフがどのような場所であったのかを、酒場の客達に思い起こさせる。この関で囲われた征服地には、ロンドール家の若き俊英ハイドリィをして"成り上がり"の起点たる都市に選ぶほどのポテンシャルが、元々存在していたということを。
それは一にも二にも「迷宮解放」の恩恵を受けることのできる主要都市として。
加えて、他の似たような都市と異なる点があり――自らも闇の勢力に数えられたロンドール家の力を以って、いずれかの勢力が突出しないように調整されていたことそれ自体に価値が存するのだ、と【人物鑑定士】は説く。
「別に、普段は互いの"縄張り"を棲み分けている勢力・組織の"緩衝地帯"や"会合場所"になりうる、とかいうシケた話じゃあないぞ?」
【魔導侯】家の走狗と、そのまた手先達。
『末子国』や『次兄国』といった外国勢力の手先達。
その他、こうした超勢力の間で立ち回り、巧みに繁栄を享受する老獪な諸勢力・諸組織。様々に異なる背景や事情、価値観を持つ諸勢力が、いずれかの突出無しに共存――ハイドリィがやってのけたような"調整"の下で共栄できるのならば。
それは、ナーレフを今後訪れる様々な者達を、より幅広い出自から受け入れることのできる「街」としての"懐の深さ"を備えるということに他ならない。
それは様々な人材を招き、抱え込むことで、様々な事態への「一個の街」としての対応力が底上げされることにも繋がる――内部での闘争・抗争はむしろ日常茶飯事となるであろうが。
「清潔過ぎる街には"食い詰め者"は住み続けられず、ある集団を排斥する傾向の根強い街はその集団が持つ資源との繋がりを永遠に得られない……まぁ、要は"多様性"って奴こそが、長期的に見て都市の活力を生み育み続ける最大の価値にして潜在性だということさ。既に【魔導侯】サマの息が掛かりすぎて利益利権でクタクタに湿り腐った都市じゃあ――自分の取り分が少ないことに気づいた奴から、どんどん逃げ出していくだろうな」
『長女国』における一大政策転換とも言える「迷宮解放」の布告。その真の背景や関係者達の思惑までオーマやルクは掴んでいるわけではない。
しかし、事実としては「迷宮探索を一元的に管理する組織」のようなものの創設は謳われておらず、各々の地域を支配する【魔導侯】家がそれぞれのやり方で管理するというこれまでの延長線上の体制でしかない。
それ自体は、迷宮の封鎖を是とする『末子国』との外交摩擦を含めた多分にきな臭い政治的なうねりとも言えるが――そこに、オーマがかつて【魔界】にてテルミト伯に宣言してみせた"構想"をねじ込む余地があるのである。
「納得がいった。そのための、殿下がぶち上げた『参事会』ってわけか。あんた、この街をどうするつもりなんだ?」
いち早く代官邸における最新の動きを掴み、その裏の意味をオーマの発言から察したのは、傭兵団『蒼き帆』の大隊長にして『長女国』での交渉責任者レオルスという壮年の男である。
この酒場に寄るようになった者の中では大物の一人であり、かつて【焔眼馬】の討伐騒動で竜人ソルファイドがマーディ小隊を助けた縁だ。【白と黒の諸市同盟】の有力海運都市サステリアの交渉担当者という政治的立場も併せ持った人物であり、他国者ながら一目置かれている人物でもある。
彼の発言を受けて、酒場独特の空気が張り詰めていく。
馬鹿騒ぎしている若者や食い詰め者達はともかく、誰が『その問い』をオーマへ放つのか、商人や傭兵・工作員達は互いに微妙に牽制しあっていたのである。
だが、口火は切られた。それに対して、もったいつけるように口の端に笑みを作り、一呼吸沈黙するオーマに皆の注目が集まるが――核心に入る前に茶々が入る。
「だが殿下に……いや、あんたみたいな身元不詳野郎に、ハイドリィがやっていたみたいな老獪な立ち回りができるのかい? 『顧問』さんよぉ」
犬歯を向くという、敵意隠さぬ攻撃的な笑みを向けてきたのは、密輸組織『老い馬叩き』の壊滅に伴ってそのシマを奪った強盗団の若頭である。ハイドリィに取り入り"儲け"の拡大を狙っており、既にいくつかの取引も請け負うはずだったが、その失脚に伴って何もかもがご破産になった鬱憤をぶつける機会を待っていたのだ。
彼に賛同するように、新参の詐欺師とオーマを内心で蔑む者達の顔に、隙あらば侮辱せんという冷ややかな笑みが浮かぶ。
だが、直後にオーマがとある女性の名前と彼女の近況を適当な酔客に尋ねるや否や、若頭は即座に顔を青くして黙り込む。その「とある女性」が、彼が団長の寝首を掻くために情婦として送り込んだスパイであるとわかっていることを、彼にだけわかるように"仄めかされ"たのである。
その様子を見て、しかし、他のまだ納得の行かぬ者がオーマに食らいつく。
「まぁ、この街の猿山集団の大将どもを脅し宥めすかす程度は、もう余裕そうだな。だが、忘れるなよ、ここ『長女国』ってぇ魔窟は……」
根を辿ればどこぞの【鎮守伯】家の繋がりがある商人団の護衛隊長が訝しげな目を向けてくるが――オーマは彼を一瞥するなり、シーシェを呼びつけて、彼女の首筋にあったはずの、ミシェールによって"消された"蜜たる印をわざと見せつけた。
お前の主人のそのまた主人――【歪夢】家の走狗【罪花】とは既に話がついているのだ、と言外に示されて、護衛隊長が狼狽したように目を白黒させる。
斯くして、酒場の独特に張り詰めた空気が、一種更なる異様な緊張感に包み込まれる。誰もが、詳しい事情までは知らずとも、今の二人がオーマに挑んで返り討ちに遭うどころか尻尾を巻いて自分から撤退するように仕向けられたことを察したからだ……無論、この流れになるように【魔界】に戻る前のルクとミシェールが"尋問"を、ル・ベリが"拷問"による仕込みを行なっていたわけだが。
「なんだ、もう音を上げたのか。もう3人ほど絡んでくる"予知夢"を見た気がしたんだが、気のせいだったかな?」
オーマとル・ベリとソルファイドが、その「3人」をそれぞれちらと見やるが、威圧はもはや十分過ぎた――タイミングを合わせて、今や街の事実上の駐留自警団と化した『兄弟団』に、その3名の所属組織から主要な幹部等を逮捕させた、という情報が伝令などで届くようにしたというのはもはややり過ぎの部類かもしれない。何せ、彼らは彼らで競争相手を抱えているわけであり……今のやり取りで弱みを晒してしまったわけである。
とはいえ、そんな邪魔者達の今後の心配などをしてやる【人物鑑定士】ではない。「気を取り直して」などと楽しげに呟き、多少もったいつけてから不敵な笑みを浮かべて再び口を開いた。
「"才無き"ならず者諸君。お前達が欲しいのは、本当に"富"だけなのかな?」
芝居がかった調子を押さえつつ、しかし力を込めた静かな声だった。
「この国で成り上がるには『魔法の才』が必要だなんてのは、子供でも知ってる道理。どんなに腕っ節が強くたって、金儲けが上手くたって、頭上の"雲の上"には絶対的な方々がご鎮座なさってる……良くて、そいつらに一生尻尾振る犬達の中間管理者だ」
それを語るのがオーマでなければ、喧嘩の火種にしかならない、この国の根本的に如何ともし難い現実を容赦なく抉る。
「なぁ、ディンドリーの旦那。あんたの目から見て、『この国』は"金儲け"だけでのし上がれるほど容易そうかい?」
「無理だろ。力をつけるほど魔法貴族様のどいつかに目をつけられて、庇護の代わりに手足にされ……手先になって、切り捨てられる尻尾だか生贄だかにされるのが落ちだ。それを避けるために『次兄国』の大商会だか都市貴族だかの手先になって上納金を取られるかだな」
「世知辛く閉塞的だねぇ! だが、そのくせ国土は豊かと来た。家業を継げぬ農村の次男坊、三男坊みたいなあぶれた"食い詰め者"どもを……傭兵団で全部受け止めることもできないだろう? レオルスのおっさんよ」
「そりゃあこっちだって商売だ。足手まといにかける金は無いねぇ、使える奴ばかりなわけも無し。だから、大抵は騙されて借金負わされて『鉱山』か『荒れ海』送り……まーぁ、この国の奴隷よりもひでぇ待遇かもしれないな?」
「困ったなぁ! "魔法"も"金儲け"も"戦稼業"も厳しいってんなら、いっそ他国で旗揚げはどうだ? そうだな、実力主義だと言われている『帝国』あたりはどうだ、我が剣士ソルファイド。お前は確か、遥か"東"の辺境出身だったよなぁ」
「"奴隷"以下があるとするなら"家畜"で、それ以下があるとするなら、彼の地では弱者はただの"肉"だろうな、主殿」
急に話を振られたソルファイドであったが、己の考えをただ述べれば良いと即座に理解して、全盲を酒場の客達に向けながら滔々と述べた。
斯くして三者三様の答えが揃い、オーマが改めてそれを彼自身の表現で、もう一度繰り返し聴衆に語り聴かせる。語り聴かせてから――語気を強めた。
「残念だがそれが現実だぜ、夢見る若者諸君。お前達は魔法が使えないゴミで、ゴミは成り上がれない、それがこの国の当然にして当たり前で残酷な現実。つまり、お前達の努力は全て等しく意味は無い……こんな酒場でクダ巻いて現実逃避したって、クソみたいな人生が切り開かれることは、無い」
徐々に声を大にしながら、すっと椅子から立ち上がり、両手を天秤のような体勢に緩やかに掲げた。
世間の荒波に揉まれて生き延び、それなりに艱難辛苦を味わいながらも己の立ち位置を確立してきた年長者などは、生暖かい目でその言葉の意味を咀嚼吟味している。しかし、喧騒と酒の匂いに釣られて、いつの間にかさらに『木陰の白馬亭』に集まっていた若者達――ラシェットみたいな信奉者――は、オーマの演説に向ける眼差しにますます熱を込めていく。シーシェを手伝っていたはずの年長の子供達ですら、食い入るように聞き入っていた。
その空気を確認しつつ、さらに大仰な仕草で両手を振り上げながら、煽動は佳境に入っていく。
「お前達なんぞに価値は無いとも! ――魔法なんぞよりもずっと価値のある"才能"を、この俺に見いだされないままだったなら……な」
水を打ったような静寂。
その直後、ラシェットを始めとした数名が「そうだ! そうだ!」とシュプレヒコールを上げた。若者だけではない、才能の限界を感じていたところより適した職業を勧められた者達もいて、彼らも次々にオーマの眼力を讃え始める。
「夢も野心も満たせぬ半端者ども! ハイドリィの魔法部隊が全滅したって知ってるか? この"麗しき輝水晶王国"の首都で、どんな変事が起きたか知ってるか? 魔法使いどもの天下は揺らいでいる! 今はまだ揺らいでるだけだが、お前達の力が必要になる時代はすぐそこに迫ってる……だから、この俺が来た!」
以前までのナーレフであれば、このような煽動としか言いようの無い説破が始まるなどしたら、どこからともなく『鼠捕り隊』がすっ飛んできたことだろう。
「魔法は"才"だが、俺が見出すお前らの秘められた実力だって"才"だ! それを生かせる場こそが【迷宮】だとは思わないか? 良し、この街の『未来』の、その片鱗を今から見せてやろう――"用意"ができた頃合いだな。全員、表に出ろ!」
あるいは熱気に。
あるいは畏怖に。
あるいは掻き立てられたる我欲に導かれながら、関所街ナーレフの燻れる野心家達が、オーマを追って酒場を発つ。夜半、焚かれた篝火の煌々たる様が、夜も冷めぬ彼らの熱気を暗示しているかのようである。
裏通りを通ってすぐに"大通り"へと出て――あっと声を上げる者多数。
彼らは「鉢合わせ」たのである。ナーレフ近郊でサンクレット率いる勇士の一団が謁見したる【泉の貴婦人】からの感謝の恵みとして、荷車数台分にも及ぶ様々な「戦利品」を運び帰ってきた『森の兄弟団』の一隊と。
"街"の住民の不満を『兄弟団』に向けないための一手として、繁栄の未来をともに分かち合う姿勢を示すのが有効である――とオーマに説き伏せられたサンクレットから、この戦利品を回収してきた部隊長は、事前に話を聞かされていた。
故に、オーマに大仰に呼び止められるのにもすぐに従い、熱気冷めやらぬ者達に、その「戦利品」を誇らしげに見せつけたのであった。
それは大量の【魔石】と、そしてハイドリィが自身に関係のある下っ端組織などを利用して『渓谷の迷宮』から掘り出して隠し蓄えていた良質な金属塊。加えて――『兄弟団』の勇士達が言うには【泉の貴婦人】から"恵み"として与えられた、見たこともないほど大きな3体の魔物の死骸であった。
ところどころ野獣に食い千切られた痕はあったが、それでも魔物の素材を取り扱う商人や職人といった目利き達がその眼を見張らせる。鍛冶職人や傭兵といった、戦への関わりを生業とする者達の眼の色が露骨に変わる。さらには、ナーレフ統治に携わる文官達や魔道具市場に関わる技術者達もまた我が眼を疑わせるのであった。
――とてもとても、他の都市で時折【鎮守伯】家が治安維持のために「討伐」して運び帰ってくる小型中型の魔物の死骸とは比べ物にならない。【魔導侯】家の侯都で【魔導侯】家軍が直々に討伐してくるのでなければお目に掛かれないような、魔力を纏った大型の魔物の死骸が一挙に3体も。
大通りに熱気を持った人が集まれば、当然、周囲に住む住民達も何事かと目覚めて集まってくる。事前にそうなることを通告していた通り、秩序を保つために、さらに多くの『兄弟団』の勇士達もまた集まってくる。集まってきて――熱気に飲み込まれ、自らもその一部と成り果てる。
その中の誰かが生唾を呑み込んだ。
また誰かは背筋を高揚に震えさせた。
誰もが、関所街が今後空前の繁栄を享受し、己もまたその手に"富"と名声を掴み取れるかもしれない――という期待を抱いた。それは、自称"冷静な見極め役"たらんとしている、当初オーマが酒場に集めた「伝手」達もまた同じことであった。
そんな静かにして、異様なる高揚の伝播を十分に観察してから、オーマがわざとらしく咳払いを一つ。
「見たか、これがこの"街"の未来だ。命の危険さえ顧みないなら、莫大な富と名声をその手に掴む機会が与えられる! 魔法兵でも歯が立たなかった魔物を討ち取りゃ大金星! 手前の"才能"が魔法にだって匹敵する証拠だってわけだ!」
聴衆に向け、煽動者が絶叫する。
魔法が無敵ではないことを、ハイドリィとその虎の子の魔導部隊の壊滅が証明したのだ。その魔法の力が必ずしも通用しない【迷宮】という魔境にて"力"を示すことができれば――何かが根底から変わるのだ、と。
「言い得て妙だなぁ、"関所街"ってのは。入ったモノを外へは逃さない――お前達の欲望を全て受け止めて、そんな混沌の中から共栄と成長を力強く遂げていくだけの活力がある! その源こそが、お前達だ! もう一度見ろ、何度でもお前達の"未来"を見ろ! 『食詰め者』の乾坤一擲も悪くないとは思わないか!?」
オーマの言には二種類の表現が入り混じっていた。
学も経験も少ない若者達には「わかりやすい」言葉を抑揚を込めて舌鋒鋭く説破しつつ、己を智者・経験者・先達の類であると自惚れる者達には、神経を逆撫でするような揶揄の如き辛辣な表現で喝破する。
だが、そうした二重の演説の術中にハマり――熱気に浮かれる若者や、集まってきた群衆は元より、利に聡く機に敏であり冷静にオーマの話を見極めようとしていたはずの者達でさえ、徐々に魅せられ、心高揚させられていくのであった。
彼らにこそ、オーマは、暗に己の構想がどのようなものであるかの片鱗を仄めかしていたのである。雲上の権力闘争とは関係無しに、たとえ"民草"と呼ばれようともたくましくしぶとく繁茂するその力を「迷宮で得られる全てのもの」で動機付け、方向付け、組織化することができれば、どうなるであろうか? と。
もう一度問おうじゃないか、誰ぞ、俺にジェローム殿下の右腕と言わずともその手指足指として推薦したい人材は、いるかな? 売り時は今であるぞ? と。
「共栄しようじゃないか、関所街ナーレフの愉快なならず者ども――いいや、【冒険者】諸君! "探索者"でも"開拓者"でも"挑戦者"でもない、お前達【冒険者】こそが、この世界の迷宮という迷宮を攻略し、未知という未知を調べ尽くし、魔物という魔物を狩り尽くす、その先駆けになるってわけだ!」
全身で激情を表現するかのように、力強く拳を振り上げるオーマに合わせて、ラシェットらを筆頭に若者達が歓声を上げる。その熱気は集まった千人近い群衆にも伝播し――鬨の声にも似た歓声は、代官邸の自室で執務に励むジェロームや、『兄弟団』の者達と打ち合わせていたベネリーの元まで届くほどであった。




