本編-0125 傷の上には新たな傷を/心臓を巡る愛憎③
あるところに、とても仲の良い男の子と女の子がいました。
二人にはそれぞれ弟と妹ともう一人妹がいて、お母さん同士も仲が良かったので、まるで5人兄弟みたいに身を寄せ合い、協力して一生懸命暮らしていました。生活の大変さは、まわりの似たような家族達と比べても中ぐらいでしたが……それが"裕福"なのか"貧乏"なのか判断できるほど二人は大人ではありませんでした。
お父さん達は時々しか帰ってきませんでしたが、食べ物や道具などを持ち帰ってきてくれるため、特別寒かったりひもじかったりという思いを重ねることなく、すくすくと大きくなっていくことができました。
やがて人一倍の冒険心を抱いた二人と弟妹達でしたが、ある日の探検で忍び込んだ、里の大人たちの"仕事場"で――新しい「友達」達と出会うことになりました。
お兄さんお姉さんである二人より、少し年上だったり、年下だったり、年齢はバラバラでしたが、そこにはたくさんの子供達がいましたが――彼らは、いつも汚れてボロボロになった衣服を来ていて、ときどきすごく臭い「友達」達でした。
ですが、いつの時代も子供同士が仲良くなるのに、理由なんてあまり必要はありません。
同じように笑いますし、同じようにご飯を食べますし、同じように物を言って、時にケンカしたり仲直りしたり。知らない言葉を教えてもらったり、逆に「友達」達が食べたことのないご飯を、こっそり分けてあげたり。
普段は里の近所の「子供」達とあそぶことを禁じられていた二人と弟妹達にとって、それはとても新鮮な体験でした。
――悲劇が起きたのは、そんな交流が続いて2年ほど経ってからのことでした。
「友達」たちと服を交換して彼らの中に混じり、一夜を明かす"お泊まり会"という新しい遊びを覚えて。
何度かそれを試して、そのうちに二人の弟や妹達も大きくなって。
ある日、二人はお母さんの仕事を手伝わなければならなかったので、弟妹達だけで"お泊まり会"へ行った時のことでした。
弟と妹達は帰りませんでした。
心配になった二人が探しに行きましたが、「友達」達が集団で暮らしていたはずの「建物」も、もぬけの空になっていました。
失意に打ちひしがれつつも、一旦はそれぞれの家に戻る二人。
そしてちょうどその日、久しぶりに帰ってきた「お父さん」が、その日は新しい「家具」を持ってきたのですが――。
『お、にい、ちゃ、ん』
と、家具が喋ったのでした。
***
自身の血と臓物の臭いによって、封印したはずの"記憶"が呼び覚まされる。
それはアシェイリを責め苛むかのような悪夢であり――なし崩し的にオーマの「配下」となってしまった後に味わった"触手"での時から、さほど経たずに、短期間でまたも蘇った"記憶"であった。
あの時「お兄ちゃん」と喋った『家具』は、直後に血相を変えて現れた里長によって、どこかへ運ばれていってしまったのだ。
お父さんとお母さん達は、それを幻であったのだから忘れなさいと言うが――もはや大人達の言葉を信じることのできる二人ではなかった。子供心に「自分達のせいだ」という罪の念を抱いたのだ。
故にもう一度"大人達の仕事場"を訪れ、そこで隠された場所へ通じる抜け道を見つけて忍び込み――ぶん殴られたかのように目の前が真っ暗になり、意識を刈り取られたのだった。
血、血、血、赤、赤、赤。
肉、肉、肉、皮膚、皮膚、皮膚。
骨、骨、骨、肌、肌、肌。
臓物、臓物、臓物、臓腑、臓腑、臓腑。
ユールとアシェイリが共有する最後の記憶は、文字通り"バラバラ"になった時のものである。
「お母さん」が「まぜもの」料理を作る時の材料になったかのように、叩いて斬られ、砕かれ、捏ねられて捏ねられて、ただひたすら捏ね回されるかのように――肉も脂も血も骨も臓物も神経も何もかもがかき混ぜられ、その時の彼らには聞いたこともなかった【生命の紅き】という言葉の意味を全身を持って刻み込まれあるいは同化させられ執拗なまでに教え込まれるかのように。
――とても一人分の量などではないことを悟ったのは、生還してから、故郷から遠く離れた別の里で訓練を施されていた、とある瞬間のこと。
このような悍ましい体験こそが、文字通り二人の幼い吸血鬼の"血肉"となり、共有され、決して消えない血なまぐさい因縁と化した。
なにせ、まだ体の小さかった弟と妹達はそのまま「家具」になってしまったが、ユールとアシェイリは『五体満足』で生還した。
轢き潰され、捏ね砕かれ、叩き混ぜられ、斬り揉まれた四肢と臓物がどうやって"再生"したのかを、二人はおぼろげながらに記憶している。この時こそ、ユールとアシェイリは、自分達が何者であり何を糧に生き永らえている存在であるのかを、そしてあの時の「畜人」達が如何なる存在であって、可哀想な弟や妹達がどんな運命を辿ったのかを悟った。
――長いまどろみの中でアシェイリが感じたのは安息ではない。
彼女にとって"眠る"という行為は、今のような、最悪の記憶を思い出すことに繋がりやすい。故に、激しい戦闘訓練を自ら志願してそれを忘れようとした。その経験が"才能"として【血の狂戦士】として開花させられたのであれば、なるほど、迷宮領主という存在が恐れられるのもよく理解できるというものだ。
「あっ……」
最悪の寝覚め。
血と肉と臓物に包み込まれているかのような、まるであの時そのもののような最高に最悪な不快な感触の中、アシェイリは、酷く癇に障るような弱々しい声を投げかけられた。
「何? 弱虫」
淡い水色の長い髪をした、蒼い瞳の少女リシュリーだ。
瞳に込められた意思は強いが、同時に弱々しさを感じる。
吹けば飛んでしまうような――【吸血鬼】たる己がほんの少しでも手加減を間違えれば、あっさりと折れ砕けてしまいそうなほどに脆弱な存在。つまり、どうしようもないほどの「人間」である。
共犯者に盛大なる嫌みを与えてやるために、ミシェールの誘いに乗って"攫って"きた張本人は確かに自分であるが……そのおろおろ、おどおどした態度は、今に限らず道中でもアシェイリの神経を酷く逆撫で続けていた。
「どうして、ここにいるの。待ってろ、じっと大人しくしてろ、そう言ったよね」
お前がここにいるとユールの気が散るだろうが。
ユールが――お前の話ばかりするだろうが。
イライラを押さえきれず、アシェイリは不快な血肉塊のような感触と吐き気に耐えながら、リシュリーを睨めつける。他方、リシュリーはそんな吸血少女に気圧されつつも、何事かを集中して祈念しているかのようであった。"魔法"とはまた異なる、しかし何らかの力を持った気配の流れが周囲に淡く渦巻いているのを感じたからである。
アシェイリがどれだけ強く睨み威圧しようとも、それに気圧され、怯えながらも、必死な表情でその場から離れようとしない。業を煮やして怒鳴りつけるか、軽く「押して」やろうかとも思ったが、そこでリシュリーが呟いた。
「……ごめんなさい。終わったら、二人とも治したら、すぐにあっちでじっとしてますから……お願い、今は貴女が、じっとしていてください」
そこでアシェイリは違和感に気づいた。
よくよくリシュリーを観察してみれば、その聖職にある修行僧の子女がまとうような質素な装束を、どす黒い血……いや、生命の紅きにまみれさせていた。
「え? ――ユー……ル!?」
全身を包む不快な肉塊の悍ましき生暖かさは、夢と追憶の残り香ではない。
今まさに現実に自分を包むものであったのだ――一気に意識が覚醒し、跳ね起きようとして、手足が上手く動かず体をよじらせるのも困難であることに気づいて、アシェイリは首と目玉だけを回して周囲を確認する。
リシュリーの後方に、絶命して動かない"梟ジジイ"が見えた。
何故だか、同じ隷属種の吸血鬼にはあるまじき満ち足りた表情にも見える。
次に、自身の斜め後ろにユールの顔と身体が見えた。ユールは未だ目を閉じていて、寝ているのか起きているのかは判別がつかない。どういう状況かは未だ理解できていないが……後方から抱きかかえられるように密着しているのか、ユールの心臓の鼓動が背中越しにアシェイリの胸の辺りから、ドクンと――。
「ちょっと待って、これは……何が起きたの!?」
ユールの心臓が鼓動するたびに、自身の心臓が鼓動する。
両者は完全に同期しており――いや、アシェイリ自身の「血の戦士」としての感覚が正しければ、二人の"心臓"は文字通り無数の血管・血脈レベルで一つの循環系と化して、文字通り繋がっていたのである。
「ユー、ル。何があったの。ねぇッッ! 一体、何を、したの?」
直感が告げていた。
心臓"だけ"ではない。
胃も肺も、神経も、五臓六腑の何もかもが全て"生命の紅き"を通して、ユールと連結し、二人はまるで一個の生き物であるかのように肉体を融合・共有する状態にあったのである。応えず微かな寝息を立てているユールであったが、呼吸をするたび、彼の背中から、木々の蒸散であるかのように"毒々しい緑色の煙"が吐き出されており――。
それを見て、アシェイリは【血の狂戦士】と化して"梟"ネイリーと戦い、その秘術【血衣滑り】による"罠"にかかった後の、意識を失う前の記憶が一気に蘇った。
自律して屍鬼の如く動き出した「血衣」がアシェイリに下から飛びかかり、その牙が胸に突き立てられる。その瞬間、吸血鬼殺しの毒である「肺焼き蛾の鱗粉」の濃縮成分が、瞬時にアシェイリの心臓に達していたのである。
それを見てユールが取った行動は――アシェイリを救出しつつ、自身の胸に刃を突き立てるというもの。
自決ではない。まるでそれが酷く当たり前の行動であると、それが自分達二人の関係性であると言わんばかりに、ユールは己の心臓を抉り出して、同時にアシェイリの毒に侵された心臓を抉り出して放り捨て、即席の「移植手術」を敢行した。
だが、真に驚愕すべきはその後の展開だ。
二人が共倒れする様を眺めていれば良いものを、ユールの行動を見て何を焦ったのであるや、ネイリーが【武技:梟の羽踏み】によって取って返してきて――アシェイリを救うために己の心臓を抉り出したユールの行動を見て、そのユールを救うために同じ行動をしたのであるから。
その時のユールの表情は、まるで、絶対に当たって欲しくない予感が当たってしまったかのような、絶望に満ちたものだった。自分がそういう行動を取れば、ネイリーもまたそういう行動を取るであろう、と。
"『長女国』またの名を【輝水晶王国】に大乱を起こすべし"
己が身がそのための道具となっている以上は、"大乱"のために必要が無い限りは、自らの意思で死につながるような選択肢すら選べないが――逆に言えば「必要」さえあれば、その行動は許容される。
"梟"が抉り出した己の心臓をユールに投げて寄越し、心臓が、まるで先ほどの「血衣」と同じように"意思を持った"生き物であるかのように這いずってくる。そして、無抵抗のユールに取り付き、そのまま斬り裂かれた胸部へ強引に入り込んだのである。
アシェイリとユールとネイリーが同時に血を吐いたのは、その直後のこと。
喀血の中に緑色の毒液が未だ混じっていることに気づいて、ユールがアシェイリを抱きかかえ――"生命の紅き"を操ってでもいるのか、アシェイリの全身に対する濾過を開始。絶望とも自嘲とも取れる声色で、ネイリーと何事かを話し始めた。
それを、アシェイリも途切れかけた意識の中で、聞き覚えている。
「……お若いの、どこで【蛭術】を、会得した、のだ? いや、その乱暴さは……我流、自得したの、か。モノは、やはり、良いのう……ほう、ほう」
「十分に僕のことを、調べていなかった、のか?」
「む? あぁ……そういうことか。"逃げた聖少女"、とは……なんじゃ、儂がいなくとも、君は自力で"大乱の種"を、見つけていた。立派じゃ、お若いの」
「リシュリーはそんなんじゃない! 絶対に、吸血鬼どもの計画に、利用なんてさせるものか!」
「"畜人"どもに入れ込むとは、君はそれでも、【吸血鬼】の端くれかな?」
「はッ! 所詮は"混じり物"の『隷属種』じゃないか! 僕も――あんたもな! そうだろう『前任者』さん。僕は、知っているぞ……人間も吸血鬼も、元は同じ存在だってことを」
ユールの声色は絶望に囚われていた。
己に課せられた"大命"が「戯れ」ではないことを理解してしまったのだ。
「いいや、それだけじゃないね。"神の呪い"だかなんだか知らないけれど、人間を殺して喰らわなければ、その血肉を奪わなければ生きていけない吸血鬼達の方が、ずっとずっと邪悪で劣悪な寄生虫みたいなものさ!」
アシェイリもまた同じ吸血鬼として、ユールが己の「使命」とどう付き合ってきたのかに、思いを馳せることができた。きっと、彼は「拡大解釈」し続けて、「使命人格」を欺きながら隠れ潜んで、リシュリーとかいう人間の少女と共に静かに生きていく道を見つけようとしたのだろう――心がチクリと痛む。
だが、心が痛んでいるのはユールもまた同じであるか。
課された"大命"が、まさにネイリーやユールのように、同じ任を共有する者の間で何世代にも渡って引き継がれながら、着実に着実に根を張ってきたものならば。
それを最後まで欺き続けるということは不可能だ。吸血鬼にとっての"使命"とはそういうものなのである。
「儂は嬉しいぞ、この点だけは"里"の教練者達も鈍ってはいなかったようだな……これで、安心して逝けるわ――」
一瞬、怒りも何も忘れて時が止まったようにユールが自失する。
「お若いの、儂もかつて"前任者"に、同じようなことを吐いた。きっと君は、その時の儂と、同じような気持ちなのだろう……ようっく、わかるとも」
「同じ、ような、だって?」
そしてネイリーの次の言葉を聞いた瞬間、アシェイリもまたその意味を理解して、ユールと同じように自失する。
「吸血鬼が"何者"であるか、それを知らぬ者に、いと尊き女王陛下の"大命"など、果たすことはできんからの――そして君は、次に『あれはお前達に仕組まれていたのか!?』と、怒るかもしれんのう! ほう、ほう」
ユールとアシェイリが共有する秘密であり、傷である"あの事件"は仕組まれたものだったのか?
アシェイリは心臓に冷たい刃を差し込まれたかのような、冷たい死者の指が背筋を這い回るかのような、頭が醒めるような強烈な悪寒に襲われる。そして、それはユールも同じであったようだ。
固まってしまうユールの反応もまた、ネイリーにとっては予想通り――いや、既に「通った道」であった様子で。
目を細め、喀血しつつ、老爺は語らい続ける。
「それで、良いのじゃ、ユール……儂の"後継者"よ――【吸血鬼】と【人間】の真実を知ったなら、その上で女王陛下の真意を、いずれ理解できるようになるじゃろうて」
「『長女国』を滅ぼすことしか考えない、ただの復讐狂だろう!」
「理解できんでも良いわい、今はな。いずれわかるだろうし、教えられるものでもない……儂の命も、もうすぐ。予定とちと違うが――まぁ、悪くはない。肥溜めに浸かるような、生涯じゃった。思い返せば、嵐と凪の間……細い、細い道を、おっかなびっくり歩く、そんな一生だったわ――悪くは、ないのぅ……あぁ、メイベル、儂は、やっと君の元へ逝ける……」
「クソが! 勝手に満足して勝手に死ぬな! ……僕に"何"をさせようとしている、引き継ぎだってんなら重要な情報を遺してから、勝手に死ね!」
――と、そこまでが、アシェイリの記憶しているところである。
ユールがネイリーの「使命人格」に訴えかけて無理矢理延命させ、根掘り葉掘り聞き出している間に、アシェイリは力尽きるように眠りに落ちた。
***
そして、目覚めたら"これ"だ。
だが、彼女の疑問を理解したように、呼吸を整えたリシュリーが、少なくともこの聖少女がこの場に辿り着いてからのことを教えてくれたのであった。
ユールがリシュリーにアシェイリの症状を説明して曰く。
『肺焼き蛾』の毒が全身に回っており、心臓は何とかしたものの、それらを全て"濾過"するためには、このように徹底的に血肉と循環系その他を連結させるしかなかった、そう告げて意識を失った。
「――でも、そのままでは二人とも"混ざって"しまいます……。だから、もう少しだけ、待っていてください」
【破邪と癒やしの乙女】。
リシュリーが己が守護神の加護より呼び出す【神威】により、アシェイリの"部分"はアシェイリの"部分"のまま、ユールの"部分"はユールの"部分"のままに、生命の紅きの状態から少しずつ分離・治療されてゆく。だが、それは生命の紅きが生命の紅きであるが故に、相互に連結・融合しようとする力と拮抗しようとしているようであり――。
「ッかは……」
「え、ちょっと!?」
リシュリーが吐血した。
……それだけならば"血"など見慣れた存在であるはずの【吸血鬼】にとっては、大したことではない。
だが、それを目の当たりにした瞬間。アシェイリは、聖少女リシュリーに対して感じていた、強烈なまでの不快感の根源を理解させられた。
リシュリーが吐いた血は、塗り固めたようにドス黒かった。
闇や夜空の如き透き通った「黒」とは異なる。
それは、言うなればもっと生々しくて肉々しいものであり――喩えるならば、およそこの世のあらゆる「腐れ」と「穢れ」と生老病苦を濃縮してドロドロにかき混ぜた、あらゆる色を混ぜたが故に混沌と化した"ヘドロ"であるかのような。
見た瞬間に鼻を押さえたくなり、そして鼻腔を突くその"におい"に、アシェイリは吸血鬼として……吸血鬼であるが故に「直感」したのである。
これなるヘドロの如き「腐った」血は、"生命の紅き"の真逆の存在である、と。
――リシュリーは人間であり、この「腐れ」は吸血鬼である自分やユールなどにしかわかるものではない。だが逆にそのために、リシュリーや、彼女を「聖少女」と崇める人間たちは"これ"の本質を理解していない、理解できないのではないか。
一体、何をどうすれば、どのような運命を辿れば、これほどまでの悍ましい「腐れと穢れ」をその全身に貯め込むに至るのであるや? ……そして、ユールが自分に対して行った"濾過"が、あまりにも手慣れていることをふと考えて、アシェイリの中で線が一本繋がる。
(まさか、ユールがこの弱虫としていたことって――ッッ)
リシュリーがまた"穢れた血"を吐き出した。
あぁ、「人間」のなんと脆弱であることだろう。アシェイリは最初にイライラさせられた時よりも、さらに酷くイライラさせられており、しかしそれは言うなれば決してリシュリーという「人格」に対するものであるというわけでもなく。
(同じ、なの?)
唐突にそう直感してしまっていた。
"生命の紅き"に呪われた己とユール。
"腐れと穢れの血"に祝られたリシュリー。
ひどく同じ存在に見えてしまったのだ。
ユールとの関係のことは置いておくにせよ、その壮絶にして凄惨なる宿命に対する共感の念が生まれたことは確かであり――故に、アシェイリは腹の底から唸り声を上げながら【血流操作】系の技能を全力発動。己の全身をまさぐるような、ユールのやり方を見よう見まねながら、体内中にこびり付いて残っていた『肺焼き蛾』の毒を発散させ、一気呵成に吐き出すことを試みる。
そして、それは成功したものの……ユールほど"上手"にできなかった。
緑色の毒煙だけを"蒸散"させることはできず、水袋が破裂したかのごとく「己の血」ごと一気に噴き出すという荒療治によってだったが――リシュリーに【神威】を行使させたくない、させるべきではないという、ただ一念の下に、それを成し遂げたのであった。
それから一刻ばかり。
"治療"を辞めようとしないリシュリーを当身で強引に休憩させ、ユールと「繋がっていた」血管やら神経やらの類を力技で強引にブチブチブチブチッッと引き千切りながら「分離」したところで、アシェイリに声を掛ける者があった。
「やれやれ。オーマ様が見たら『それが吸血鬼の秘密の生態か』とか、割りと本気で信じてしまいそうだなぁ……それで、実際のところ、どうなんだ?」
「お貴族さん。その"におい"は――」
「やっぱり"鼻が効く"種族には、わかるみたいだね……これは"有効活用"って奴さ。あの奴隷商人も、商品が売れ残ったら困るだろう? ――まして『禁制品』なんて、売りさばけなかったら処分に困るものさ」
「……そう。悪巧みばかり、まるで、お外道さんみたい」
迷宮領主オーマに段々と似てきた不敵な表情。
自分がそういう表情にいつの間にかなっていると自覚しているのだろう、ルクはアシェイリの指摘に一瞬だけ表情を強張らせ、すぐに無表情に戻った。そして話題を変えようとしてか、絶命したネイリーや、ユールや、そして気絶しているリシュリーの様子を見やり、数秒ばかり考え込んだ素振りを見せた。
「その様子なら、手助けは要らないよね? 【魔界】まで全員運ぶのは任せてもいいかな……くれぐれも "聖女"様は丁重に扱っ――」
「言われなくても、そのつもり」
言い返すアシェイリの態度が予想と異なるものだったか。
再び1~2秒ばかり黙り込んだルクは、「止まり木」で"家族"とどのような会話をしてきたことであるやら。妙な苦笑をしつつ、踵を返して森の奥に向けて戻っていくのであった。
一言「オーマ様への報告を忘れないように」とだけ言葉を残して。
そして、アシェイリはちょうど、オーマが魔人ネフェフィトの"治療"に勤しんでいる最中に報告を入れようとして、その外道行為をウーヌス達によって告げ口されることになったというわけである。
***
ともあれ、斯くして血の因縁を刻みあった吸血鬼の少年と少女の物語は一つの区切りを迎えた。共有したはずの古い傷は、さらに生々しく新しい傷を共有することによって上書きされつつも、もろともに【異星窟】の【魔人】の思惑に飲み込まれてゆくこととなる。
もしそうでなかったならば――。
あるいは少女は【竜人殺し】の傭兵隊長として乱世に武名を馳せたかもしれない。
あるいは少年は、護ろうとした者と共に乱世の露と消えたであろう。その暗躍が、乱世の到来の確かな一因となった、そんな事実すら歴史からは忘れ去られながら。




