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本編-0124 小さき調和は終焉せり

"最初"から「冬司」をこのやり方(・・・・・)で攻略しようとしていたのか、だって?


そうだな、俺は得られた情報から自身に利用できる限りの検討をしたとも。

それでも人の努力なんてあざ笑うのが「想定外」て化け物なのだろうよ――無理をした行軍で介入自体は間に合わせられたが、例えば【肉塊チューブ】なんていう土木工事的切り札その2は、結局ハイドリィ軍を"追い込む"ための本来の用途に使わず仕舞いになりそうだしなぁ。

まぁ、それを言い出したら、そもそもこの進軍自体が「最善」のタイミングでやったものではなかったんだが。原因を作ってくれたネイリーとかいう詐欺ジジイが、なかなかに壮絶な死に方をしたらしいことが、先ほどアシェイリやルクから報告されてきたが……その話は後に取っておこう。


【魔人】に改造されたとはいえ、全知には程遠い神ならぬ身。

だから、強いて言うならば――自慢じゃないが、全ては臨機応変とアドリブ的対応の結果なのだろう。


……もう少し具体的に言えって?

そうだな、時を少しばかり、あの【異形】持つ褐色半裸の魔人女を回収した場面に遡ろうじゃないか。


   ***


まるで、砂漠のオアシス街の酒場で踊っているかのような扇情的な格好だなぁ、というのがそいつに対する俺の第一印象。

だが、【泉の貴婦人】と一緒に氷像に閉じ込められていたくせに、なんとも無駄に健康そうな褐色肌をしていやがる。そんな溢れんばかりの生命力を表すかのような、女性アスリートを思わせる柔剛兼ね備えた引き締まった肉体にまとっているのは――やはり"踊り子"の如き露出の多い衣装。ただし、よく観察してみれば意外なほどに機能的な服装でもある。手甲などところどころ要所を守る"防具"が、未知の金属で象られているだけでなく、魔人女自身、筋肉のつき方なんかからして、どうにも堅気の踊り子ではないと思われた。


……あぁ、健康的なエロスはあるが妖艶さが全然足りないから、花を売る的な意味ではなさそうだが。

そうではなくて、こいつの体の鍛えられ方は――武器を振るったり、壁を蹴り天井を走るかの如く俊敏に立ち回るかのような、戦士としての訓練を積んできたような"しなやかさ"と"強靭さ"を窺わせるものだ。


更なる【情報閲覧】から分かったのは「ネフェフィト」とかいう舌を噛みそうになる名前と、その外見上最大の特徴である【異形:一本角】の存在。

そして【魔素枯渇症】に陥っている、という事実であった。


まぁ、【人界】に這い出している時点で迷宮領主ダンジョンマスターではないだろう。

むしろその下僕だ。【情報隠蔽】か何かの対抗ロールが入っているのか、それ以上の情報がなかなか覗けないのがその証拠。

そんな半裸の褐色魔人女ネフェフィト……ええい、言い辛いから「ネフィ」でいいや。俺は、早速ネフィの解凍(・・)を【火】魔法の垂れ流しによって開始したばかり。ちょうど、撤退したデウマリッドの元からソルファイドを回収して帰還したクレオンにも、「春司」的な意味での"冬眠からの目覚め"的な能力を期待しつつ手伝わせていたところ、意識が戻りつつあったネフィが"うわ言"を吐いた。


「うぅ……待ってろ、ルル……あの羊野郎、すぐに……ぶっ飛ばして、やる……! 私の、"武器"も……取り戻して……うぅ……くそぉ……」


とな。

その内容を噛み砕いて、咀嚼して、吟味して、嚥下して。

頭の中で色々とピースが噛み合う閃きを得て――俺は解凍を中断(・・)

改めて【情報閲覧】を何度か掛けるや、気合いと根気が通じて【剣戟支配:多重】とかいう技能を探り当てた。それを見てピンと来て、ウーヌス達に例の『氷漬け黒兜』の外見をエイリアン語的な意味で"映像再現"させ、寸法を【精密計測】してみたところ、閃きは大当たりであった。


「黒兜」のちょうど額の部分に「穴」が空いていたのだが、その大きさ。

それがちょうど、目の前で半解凍状態でうわ言を繰り返している褐色魔人女ネフェフィトの【異形】と――寸分たがわずに寸法が一致したのであった。


俺はちらりと背中の「黒槍」に意識を向ける。

十中八九、あの「黒兜」がネフィの装備だというならば、そいつが『氷漬け武器』どもの中心に女王蜂のように鎮座していたという状況からして、まぁ、まず単なるお洒落衣装であるはずがない。何らかの"力"が込められた魔法の装備か何かであると考えるのが自然だが……待てよ? おい。

するってぇと、【泉の貴婦人】の氷像を確保する時に邪魔が入ってギリギリ失敗したのは、大本の原因を正せばこの褐色半裸女のせいなんじゃ――?


「そうかい、そうかい、"魔素枯渇症"かぁ。まさかこの短期間で、この俺自身以外の発症例に出くわすとは思わなかったな。よし! ならば、ここは特別にこの俺が、ちょっと治療してみてやろうじゃないか。なに、遠慮はしなくていいとも」


『きゅぴ権……じゃなくて拒否権さんはどこに?』


迷宮核(ダンジョンコア)の知識をおさらいしよう。

何の「準備」も無しに魔人が【人界】へ這い出た際に、下手をすると命を落としかねない罠として存在しているのがこの"魔素枯渇症"だ。【異形】という特質を発達・進化させたことによって【魔界】の偏った魔素・命素を吸収できるようになった代償として、逆に「外なる魔素」の吸収に頼り切った生態と化し、【人界】の生物達にとっては当たり前の営みである「内なる魔素」の体内循環能力が衰えた、などというのは、「魔人」達の出自を思えば何度考えても皮肉の極みにしか思えないが……まぁ、治療自体は単純な作業だ。


俺はうわ言を繰り返すネフィの頭の横に陣取ってあぐらをかき、その黒くて太くて雄々しく突き出された立派な一本角に指を触れる。それから【魔素操作】技能を発動させ、一番最初に【魔界】に転移した後の試行錯誤の際、まだ自身の"力の使い方"でさえ手探りであった時分に、なんとかかんとか「エイリアンの卵」達に魔素・命素を補給していた初心(うぶ)な心を思い出しながら、ちょっとした悪戯心も込みで景気良くダバァーッと一挙に注ぎ込んでやり――。


「ぬぐガァァァァああぁぁっっッッ!?!?」


「ん!? 間違ったかな?」


医療的な意味での電気ショックで患者が発狂復活したかのような、あるいは死んだと思っていたセミが突然バタつくかの如く、映画なんかでありがちな、拘束された精神病患者がエクソシスト的に暴れ悶えるように突如激しく痙攣し、乙女にあるまじき絶叫を上げる魔人ネフェフィト……ほう、これはこれは。

なんとも、妙に嗜ぎ――探究心(・・・)を刺激されたので、今度は注ぎ込む速度に緩急をつけ、こう、うねうねと波打つ感じで魔素を注ぎ込んでみる。


「むぶぉぉぉオオオッッッっ!??!」


「ふむ……活きもいい」


あ、ヤバい。

なんか少し楽しいわこれ、背徳的な意味で。


『ひぃぃ! お変態さんだ、やっぱりお変態さんだったんだ! もう疑いようもなく目から鼻に抜けて、お外道さんでお変態さんじゃないですか!! こっちは洒落にならないことになってるっていうのに、何をそんなに愉しそうに……ああああ、ユールの大馬鹿野郎!!!』


おいコラウーヌス、何アシェイリと俺の【心話】をいきなり中継しているんだ。


『きゅきゅッ!? だってアシェイリさんから、吸血鬼さん達のことについて追加報告さんがあるって僕言ってたよ? そしたら繋いどけって創造主様が言ったのに……ぎゅぶべら』


秘孔を突かれて変な声が出る感覚をイメージさせてやった後で、そういやそんなこともあったかな、と思い直しながら、俺は改めて気を取り直す。

いかんな、この実け……もとい治療(・・)行為は、ちと中毒性が高いぞ。いかんいかん、今はもっと集中しなくちゃならん事柄があるんだった。


そうさ。

せっかく「黒兜」の正体が、その由来がわかったんだ。

その"使い手"濃厚なる魔人女ネフェフィトをあまりにも早く「解凍」してしまったら、冬司は「黒兜」の制御を失うだろうよ。無論、それはそれで奴の"奥の手"を奪う有効打ではあるんだが……それだけでは、有り余る魔力を別の力技に投じられる構図は変わるまい?

せっかく、俺が任意のタイミングで「解凍」できる今の状態をキープできるというアドバンテージを得たのなら――リュグルソゥム家風に言えば実に良い"詰み手"が指せそうな気がしないだろうか? そう、例えば"樹氷"に扮した【宿り木トレント】達なんかと組み合わせる、みたいな。


うーん。でも、反応が面白いから、もうちょっとだけ。


   ***


――というわけである。

まぁ、ちとやりすぎて(・・・・・)魔人ネフェフィトが一時的に目を覚まし、起き抜けにぶん殴られたんだが……まぁその話は今はいいや。


以上が、俺が「氷漬け黒兜」の力を冬司が再度利用するだろうことの確信を得た、裏の動きだったわけだ。「氷漬けにして操る」能力はともかく、それが「武器を浮遊込みで操る」能とは直ちに結びつかないという違和感が当初からあり……案の定、それは冬司にとっては「外」から取り込んだ力だったわけである。


『そうですか、そうですか。あの修羅場の中、配下達も眷属達も命を捨てて時を稼いでいる間に、オーマ様は随分とまぁごゆるりと、嗜虐心を心ゆくまで満たすようお戯れ遊ばさ』


『家族団欒、触手プレイ』


『ぶごふ!』


ルクの疲れたような嫌味を、盛大に()せさせることで黙らせる……ダリドと思しき『ち、父上ー!!』とかいう叫び声が聞こえた気がしたが、気のせい気のせい。まったく、自分の仕事がほとんど無くなったからといって、脳髄がキリキリ焼き切れるほどの"知恵熱"を出して働いていた俺を責めるのは、嫉妬の類というもの。


……ともあれ。

前置きはここで終了だ。

いよいよ、我らが救い主(すくいぬし)たるグウィースの勇姿に話を移そう。


【泉の貴婦人】が"泉"の周辺の森林をも支配領域としていることから、後で何かの役に立つだろう、せめて牽制の一手にはできるだろう……そう目論んで【宿り木トレント】を動員した。

まぁ、それ自体は、いざと言う時に【人界】の勢力である悪あがき的偽装をするとか――【貴婦人】を下した後の"森"の管理を任せるとか、重要ではあるものの、この介入戦の闘争それ自体の切り札として考えていたわけではなかったのだ。事実、枝の中に潜ませていた葉隠れ狼(リーフルフ)どもは結局凍えて使い物にならなかったので退かせたし。


だが、そんな何気ないつもりで打った一手が。

冬司が、氷漬けにしたネフィを通して「黒兜」の力を得るなどという展開と、よもや思わぬ化学反応を引き起こし――見事、"切り札"に化けてしまった。


奇貨居(きかお)くべし、とはまさにこういうことを言うのだろう。

一つ、学んだぞ。


――冬司よ、見るが良い。

お前は【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】とかいう、所詮は人間に知覚され、下僕の魔獣にあっさりと氷漬けにされてしまう程度でしかない"土着の神性"の力を借りて「氷漬けた存在を操る」権能を誇っているのかもしれないが、な。

我らが魔人樹幼児グウィースの後援に在るは、恐れ多くも【魔界】の眷属神が一柱【腐れ根の隠者(イリテ=エリリテ)】であるぞ? ……まだ俺はそいつと会ったことも話したことも、どんな姿をしているのか見たことすら無いけどな。だが、俺の手の届く範囲に触肢を伸ばしてくれたんだ、ありがたく有効利用させてもらおうじゃないか。


とまれ、そんな二者の「力」がぶつかりあった時に、"樹氷"状態の【宿り木トレント】への支配力的な意味で優先権が高いのは、果たしてどちらだろうな。

冬司など、単に樹木の"皮"を外側から氷を覆って操って満足しているに過ぎないんじゃないか? ――その凍らされた樹木を、内側から寄生虫のように根を這わせて支配する【宿り木トレント】を操るは、"種子"の植え手にして木属性の神性に後援されたる【興隆の宿命】を持つグウィースなのだ。


でまぁ、結果は、グウィースの楽しそうな様子を見れば言わずもがな。


"樹氷"の内側から正体を表し、バキバキと樹木で構成された、長さも太さも不揃いな四肢を折り曲げながら、ある者は這い、またある者は立ち上がり――俺の指示通りに、樹皮の表面に「雪や氷を纏う」という対冬司への偽装(・・)は忘れずに、ハイドリィ軍に向けて威圧するように進撃する【宿り木トレント】(天然冬季仕様)達。

そして――夏秋司の支配権を「超速反復横跳び」させていたのは、当然、単なる"時間稼ぎ"のためだけではないとも。


まず、俺が今グウィース隊を投入したのは、夏秋司の"支配権"が「冬司」にある状態で、だ。これを頭に入れておいてほしい。

この状態でのヒスコフ隊の行動パターンは「猛攻撃に耐えつつ」「冬司が弱ったら夏秋司の支配権を奪い返す」だ……さて。そして、今この瞬間【宿り木トレント】(冬季仕様)達は、さも冬司の力で生み出された新たな【氷】属性の魔物であるかのように俺の指示で偽装させている――これを見たヒスコフ隊はどう思うだろうな?

未だ冬司の魔力も勢力も意気軒昂。故に「冬司は『弱っていない』」のだから「猛攻撃にひたすら耐え続けるべし」という判断を下すのは、見なくてもわかる。そしてもっと重要なのは――冬司も(・・・)自分自身が『優勢』であると誤解し続けてくれている、ということだ。


実は今、ちょうど"名付き"、ル・ベリ、ミシェール達に他を一切構わず冬司に総攻撃を仕掛けさせて「弱らせ」ておいたのだ……どれぐらいかって?

そうだなぁ。「冬司」が、身を守ろうと、思わず"夏秋司"への支配力の行使を放棄してしまうぐらい、かな。


さぁ、問題だ。

今この瞬間、夏秋司は「誰に」支配されている?


――この一瞬を生み出すためにこそ、あの"操作量による力技"を披露した。

冬司もヒスコフ隊も「今自分が夏秋司を支配しているのかどうか」がゴチャゴチャに困惑混線こんがらがっており、それどころか夏秋司達に対しても「今自分が"どちらに"支配されているのか」がゴチャゴチャに混沌渾然こんがらがらせてやった。

そして、こここそが最後の手札を切る場面。


『呼びかけろ! クレオン=ウールヴ、いや、「春の先触れ」。今だ! 今度こそ、お前の使命を果たす時だ!』


そも、季節の司達をその宿った魔獣に【封印】して逆に閉じ込め、あまつさえ操るとかいう魔法技術を開発したのがハイドリィとその部下達だ。

だから、今回の介入計画の立案段階では、クレオンを他の司どもや特にハイドリィ軍にぶつける予定なんて無かったんだが――グウィース部隊の"切り札"としての運用によって、上記の通りの決定的なチャンスを作ることができたならば、話は別だ。


思い出してみてほしい。

元々「春司」には、冬司を止める動機と力があるのだ。同じ"季節移ろい"というルール内での対等な構成要素同士として……"長き冬"に対して"春をもたらす"ことで終焉させるという役割と責任がある、そうだろう?

だが、その権能をハイドリィの野望によって【封印】されてしまったからこそ、事態がここまでややこしくなっていたわけであり――まぁ、逆に「冬司」がクレオンを「春司」として認識できていないことは、不意を突いて動揺を誘う材料にはなる。


果たして、紅蓮の眼と灼熱の鬣に火気を揺らめかせ、気絶したソルファイドを傍らで護衛していた魔馬【焔眼馬(イェン=イェン)】が、甲高い声で天に嘶くや。

たとえ「冬を終わらせる」ための権能の封印されりといえども、ハイドリィ軍の"司を支配する能"を恐れて、「春司」がそこに在ることを隠し続ける必要は失せた。「冬司」を見ていればわかるとも、奴がどのような方法で「夏秋司」を支配しているのかを考えれば――【泉の貴婦人】に呼びかける力程度は「春司」にも残されているのである。

そう(・・)したならば、もはや「冬司」も【焔眼馬】クレオンの何者たるかを、悟らざるを得まいよ。


大地を踏み焼きながら立ち上がり、灼気のオーラがまとわりつく吹雪をことごとく蒸発させ、大気すらその怒りと悲愴が伝染したようにゆらゆらと揺らめいている。

己はここに在り、我こそは「春の先触れ」なり、とでも名乗り上げて存在を周囲一帯に誇示しているかのようであり――そこから解き放たれる、魔馬の跳躍。噴炎の如き疾駆から数秒も経たずに、冬司と彼に対峙せる夏秋司との間に割って入り、今この時、【泉の貴婦人】に仕える「季節の司」の四柱全てが、再び『泉』の領域に集いその顔を突き合わせたのだった。


さて。

そんな「乱入者」を、よもや【封印】した張本人であるハイドリィとヒスコフが見紛うはずも無かろうよ。だが、連中の思考は俺の脳みそが沸騰するような"支配権反復横跳び"によって誘導されており――つまり、この決定的なタイミングで出現したということは、春司は最初から冬司の支配下にあった。どうあがいても、俺達は最初から「詰んでいた」とかいう諦念の蔓延に繋がる。

そしてようやく、最後まで兵士達を奮い立たせていた闘志も粉と打ち砕かれた――後から知ったが、ハイドリィ君は【反骨の指揮者】とかいうリーダー系称号に土壇場で開花していたようだが。

そして、ヒスコフ魔導部隊もまた、ミシェールの奸計によって、まだ使えるはずの【紋章石】をことごとく投げ捨ててしまったことが、継戦能力を弱めるボディブローとなっており……いつしか、彼らもまたハイドリィの「鼓舞」にかろうじて戦意を支えられていたのが、ついに挫け、抵抗が崩壊した、というわけである。


厳冬の中に高らかに宣言された"春の気配"と渦巻く【火】属性。

そしてそこから先は、良い意味で俺の「想像以上」の展開だった。

――クレオンが操る【火】の魔力の中に、先ほどソルファイドと共同でデウマリッドを炎の渦に捉えた時に拝借したと思しき"残り火"があったのだ。「冬を鎮圧する」などと謳われる【竜の火】の力を取り込むことで【封印】を一部なりとも覆したのか、あるいは"裏技"的に己が権能の一部でも取り戻したのか。

冬司は"雪解け"に対する抵抗など、一切できておらず、怯んでしまったかとすら思えるほど一方的な"季節移り"だった。


   ***


じわりと周囲の氷面が炙られ、溶かされてゆく中。

迷宮領主(ダンジョンマスター)オーマの"勧め"のままに、春司クレオンが夏秋司に呼びかけ(・・・・)る。


灼熱馬に宿れる【燃える蝶々】は(ともがら)達に説いた。

――貴婦人を囚える冬司の抵抗は、既に限界が近いこと。

――春司を庇護し、貴婦人の「救出」に力を貸す存在があること。

――かの力ある存在(ダンジョンマスター)には『泉』を覆う"荒廃"を「どうにかする」腹案(・・)があること。

――この"腹案"の下では、司達の敬愛してやまない【泉の貴婦人】は、この領域に縛り続けられた枷から解き放たれることになるだろう、ということを。


冬司が激昂する。貴様もまた()れてしまったか、己が何に魂を売ったのかもわからぬのか、と。

それに対し、春司は……おそらく「その感覚」を得たのは、ソルファイドを通して迷宮領主(ダンジョンマスター)の陪臣となった己のみであろうと直感しながらも、冬司に一つの疑問を呈した。


(ともがら)よ……忘れたのか? そもそも何故我らは、自らが強大化することでこの"荒廃"を調律しようとしたのだろう。いや、あるいはそれこそが、我らが既に"侵され"た証だったのだとしたら――』


『何を、何を言っている!? ええい、"もぐら"よ、"キツツキ"よ! お前達は、この痴れ者が何を言っているか、わかるか!?』


冬司が、新たな【氷】属性の配下魔物である(と思い込んでいた)樹氷達に、抵抗能力を失ったナーレフ軍に対してではなく、今更のように帰還して当然のように邪魔を試みる「春司」への攻撃を命じる。

彼らは一見、冬司の意思に従って動き出したかのように見えたが。

そこに闖入する者の姿があった。

四季を司る魔獣達からすれば、ちっぽけな「人間」の器に過ぎない存在であるはずであった。だが、その言には力と確信が満ちていた。


「年貢の納め時だよ、"冬の先触れ"。お前には休暇をくれてやるとも、なぁ?」


"エイリアン輿"の上、ガンマからデルタに担ぎ手を戻して、泉の氷面の向こう側から現れたオーマを【雪崩れ大山羊】を構成する無数の「氷の羊」の冷たい双眸が四方から射抜く。

もし、この両者の間で言葉が通じるならば――オーマの挑発の後には、こんなやり取りが続いた、かもしれない。


『我が頂くは今も昔も未来も"貴婦人"様ただ御一人のみ! 何の権能を以って我が真名を軽々しく口にするか、脆弱なる人間の分際で!!』


『「泉」商店は本日を以って買収だ。"元店長"の貴婦人サマは、本社で面接後に飼い殺し予定。新しい"店長"は、そこにいる樹木人間型の幼児グウィースだ。お前はクビだよ、暴走魔獣……なんてのはどうだ?』


『――なんてのはどうきゅぴか?』


『今良いところだから後にしろ』


『あ、ハイきゅぴ』


オーマの合図と共に、全ての"樹氷"達が、氷をまとうトレント達が回れ右。手当たり次第に周囲の【雪崩れ大山羊】の身体を構成する雪や氷に容赦のない打撃を浴びせ始め――さらには足元の根を伸ばして、凍土を樹木的な意味で鷲掴みにして押さえつけ始めたのである。

動揺する間を突いて、風斬りツバメ(エッジスワロー)シータと炎舞ホタル(ブレイズグロウ)ベータ、鶴翼花と誘拐小鳥(エンジョイバード)から成るエイリアン空軍の三次元的な連携攻撃により、「浮遊せる土木」がことごとく叩き落とされる。

そしてこのタイミングで、オーマは、わざと中断させていた「ネフィ解凍」を完了させ……"護衛"を失った「黒兜」を逃がそうとした冬司の努力も空回りに終わる。


そこに、投槍鹿(アトラトルディーア)イオータが【火属性砲撃花】が生み出した火球をまとった「投槍」を豪投――氷の鎧ごと「黒兜」が貫かれ、撃ち落とされ、冬司の最後の抵抗手段が途絶。そしてそれは、オーマに奪われかけた「貴婦人の氷像」を、かろうじて浮遊させ空中に避難させていた手品の種が失われたことをも意味しており。

行き場を失った魔力を己の本体に回収して「氷の羊の雪崩れ」を生み出そうとするも、既に何もかもが後手。そのようなことを許すオーマではなく、デウマリッドからソルファイドを救出するために"特務隊"達に脱ぎ捨てさせていた【氷属性障壁花】を、走狗蟲(ランナー)数体がかりで運ばせていたのである――戦闘中に【魔界】で追加生産した"素ランナー"であるため、この短距離を運ばせる間にも、一株あたり3体は吸い尽く(・・・・)されていたが。


もはや「貴婦人の氷像」を維持すべき【氷】の魔力は砕き散らされた。

無防備に陥った【雪崩れ大山羊】を囲むように【泥濘子守り蜘蛛】が大地を泥濘(ぬかる)ませて沈め捕らえ、【旋空イタチ蛇】が悪足掻きの吹雪を暴風によって容易く吹き散らす。そして【焔眼馬】が氷雪をことごとく融かし溶かし尽くし――ついに【泉の貴婦人】は解放される。

その直後、「夏司」と「秋司」がクレオンと、再び"司"同士にしか通じぬ言を交わすや、両司の周囲で魔力がひときわ激しく渦巻いた。両魔獣の全身から、まるで"季節"そのものが激しく発散するかのような気配に「冬司」が気づく。


『や、やめろ! 兄弟達よ、それだけはやめてくれ……! お前達わかっているのか!? 我を"移ろわ"せるためにお前達も"そうなる"だと!? 裏切り者の"蝶々"が、我ら3体ともいなくなった後に、貴婦人様を守るために「荒廃」を鎮め切れると思っているのか!! ――ゥグォォォオオオオオッッ!!!』


四季一繋ぎ。

この時オーマは、司達の間の関係性とは、おそらくはそういう(・・・・)ルールなのだろうと直感した。貴婦人が解放され、もはや冬司の圧倒的優位は消え去っていた。つまり、4司それぞれが1票を持つという意味での、単純な多数決だ。

司達は『"荒廃"を調律するため、強力な属性魔力を持つ魔物を"宿り獣"とする』という従来の方針の放棄を宣言。"ワルセィレ式の調和システム"の最終裁可者たる泉の貴婦人は、未だ意識戻らねど、この提起を受け入れたようであり――。


長く続きすぎた冬は、季節外れに暴れていた夏と秋によって「連れて行かれ」る。

後には、力を激しく消耗して休息するように崩れ伏した春司クレオンと、抜け殻と化した3体の凶悪なる魔獣の死骸。そして、災厄と魔法と異形が入り乱れ、殺し合い、何百という兵士達の命を呑み込んだ、破壊され荒廃し尽くした『泉』とその周辺領域が残された。

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