本編-0011 第二次遠征準備②
【4日目】
あれこれ準備していたり、検証していたりするうちに日が変わっていた。
便利なものだよ、【体内時計】技能は。
でまぁ、俺の判断としては――結局妥協案として、【人界】側への道だけ探しておいて、外へは出ずにとって返すことにした。
時間がかかれば『司令室(仮)』へ戻って態勢を立て直し、さほど時間がかからなかったら【魔界】側で改めて探索する算段。
道中はランナー5体を伴い魔法についてあれこれ試したが、成果は今ひとつ。
可能性としてはステータスにある「MP」なんだとは思う。
固有技能の【幼蟲の創生】では、魔素と命素を練り終わって発動する瞬間に、体から力が抜ける感覚があったからな。
だが、現状そのMPを直接操作するとかはできない。魔素・命素みたいに一定の場所では目に見えるわけでも無し。
軽く行き詰まっているわけだが……こういう時は基本に返るべきかな。
迷宮核さんの翻訳の意図を考えてみよう。
迷宮の外では命素を吸収できないために、徐々にHPを減らしていたランナー。
で、俺が命素を直接注入してやると、みるみるHPが回復した。
命素とHPの対応が明らかな以上、魔素とMPもまた対応しているはずなんだが……。
MPの感覚をもう一度確かめるために、道中で移動しながら【幼蟲の創生】によって、ラルヴァを一体作りもした。連れてくのが面倒だったから、その場で適当にスレイブへ自動進化させておいたが。多分自力で仲間のところまで戻ってくれるだろ。
で、MPの抜ける感覚なんだが、今度は注意しながら体感したことで少しだけ発見があった。
体から力を抜かれてグッと疲れが出る感覚なんだが、それは体力的なものではなかった。
精神力が一番近いかもしれない。
だからどうした、というところだが。
やはり根本的な何かが必要で、俺はまだそれを得られてないんだろう。
そりゃそうか。【客人】とはいえ、この世界の種族に受肉した俺だ。何らかの手段でルールを見つける必要があるな。
例えば魔界側のゴブィザードだが、あんな風に魔法を使える個体は多いだろうか?
あるいは、人界側が絶海の孤島みたいな環境じゃないことを祈るか? さすがにゴブリンよりは魔法という技術に適応した存在も多い、という予想はしているがどうだろうか。
俺自身の戦闘力は必ずしも重要ではないとはいえ、便利機能はやっぱり欲しい。
『火属性適応』とか属性適応系の因子が今後手に入れば、また別の試みもできるんだがな。
魔法関連は新しい情報を得るまでは保留。
優先度も最低にしておくか。
――とまぁ、とりとめもなくそんなことを考えながら、人界への出口を探索していたわけだが。
俺は絶壁を見上げた。
細かい木の根が無数に岩肌を這い、ところどころ蔦が降りてきている。
風は遥か上方から流れてきており、ごく微かにだが光も見える。
間違いなく出口はこの上だが――10階建てのビルはあろうかという高さに、大した足場も無し。
これを登るってか?
俺は肩をすくめ、アルファからイプシロンを順に見回した。
どいつもこいつも目を逸らしやがって。
いっそ100体のランナーで偉大な肉壁が誕生しましたってアナウンスを流してやっても良いんだぞ。
それとも、細かな木の根を引っつかんでサスケ的な登攀にチャレンジするか。
後回しだ後回し、こんなもん。
『司令室(仮)』からの距離自体は、魔界側出口までの半分ほどだ――険しさでは倍以上だから、奴隷蟲の数が揃ったら掘削・整形させないとな。
それを除けば、登攀能力の高いエイリアンが今後手に入るとか、俺の背中に翼の異形が生えるとか、なにか手段が見つかるまでは人界遠征はオアズケってわけだ。
まぁ、防衛上は願ったりなのだけれども。
魔界側よりも人界側の「探検家」「開拓者」といった冒険者もどきな連中が、今は相対的には脅威度が高かったわけだ。
出口周辺がどんな地形かは知らんが、こんな絶壁を降りようとは思わないだろう。
――仮に降りてきたとして、ロープを切られたりしたら、どうする?
つまり俺にとっては対処が格段に楽な地形。
さて、こうなれば魔界側の探索を優先だ。
今度はどこを回ろうか。
昨日のと反対側を見てみるか、それとも海へ出ることを優先して同じ方角か。
ボアファントや青酸モモを探し求めて、またあの血の池泉に行くのも良い。ゴブリンを見つけたら、今度は生かしたまま連れ帰っていろいろ試したいこともある。
うーん。
夢が広がるねぇ!
***
問題が複数ある時に、どんな風に処理していくかは人によって違う。
俺はというと、優先順位をつけて「時間の使い方」を考えることに時間を使うタイプ――に憧れていた。
だが、この優先順位というのが厄介なもので、そいつを間違えると大変なことになる。社会人の新人時代を思い出せば、仕事の全体像がまったく見えてこない状況下じゃ、優先順位なんてわからねぇよ、ということだ。
まぁまともな組織なら、その辺りを先輩なり上司なりがフォローしてくれたり、指示飛ばしてくれるわけだが。
何が言いたいかと言うと、上司も先輩もいない異世界で、俺は何を指針にすれば良いかということだ。
いやいや、もちろん最上位最優先の目的は定まっている。
生き延びること、安全を確保すること、その上で――愉しむことだ。
【欲望の解放】が、確実に俺自身の、人間であった時代の倫理観や思考のタガを外していくのが感じられた。これもまた【魔人】となった影響なのだろうが……【魔人】はそういう種族なのか? まぁいい。
で、目標はそういうことにしてくとして、至る手段は?
俺の武器は?
俺が使える道具は?
彼を知らずとも己を知れば必敗ならず。
……とはいえ、知るべき「俺」の要素が多岐に渡るとしたら、どうする?
迷宮領主としての俺。
魔人族としての俺。
客人としての俺。
魔界の小島でさえ発見の連続で、目の前には可能性や要素が広がるばかりで。
そんな中では、一体何に注力するのが賢いだろう?
【欲望の解放】は、俺の生来の好奇心を再び解き放っているんだろう。
明日がどうなるのかもしれないという不安よりも、楽観的な好奇心と高揚感に頭が沸かされているのが、自分でもわかっている。
――あるいは、同時に複数の物事を考えられず、新奇な事柄にすぐ思考を奪われてしまう俺だ。
これは、人界へあっさり行けてしまわなくて、良かったかもしれない。
あのまま人里に迷い出てたら、後先考えずに探索の手を広げて、迂闊な行動を取っていたかもしれない。
うむ。
だからこれから行うのが、第一次遠征の時とほぼ同じ内容だというのは、仕方の無いことなのだ。
何に対するかもよくわからない長い理由付け終わり。
活用する機会は多分無い。
***
結局のところ俺は青酸モモの群生地を再び訪れていた。
アルファベータ以下述べ5体のランナーに周囲を見張らせつつ、ゴブリンの毒槍を赤い泉でばしゃばしゃ洗う。
洗い終わった木槍を伸ばして、青酸モモをはたき落とす作業を黙々と続けていた。
あぁ、まだ食ってない2匹には食わせたから因子【強酸】の解析率は24%まで上がっている。
ボアファントの死体は野生動物か何かに食い荒らされたのか、まだ肉片のこびり付いた頭骨と肋骨が野晒されていた。
脚の骨は骨好きな獣が持って行ったのか、4本とも無し。
まぁ大自然の生態系、ボアファントのような"美味しそうな"獲物がいるならば、ごく普通に捕食者もいて当然だろうな。
一方で、ゴブリン6体の死体はまるごと無くなっている。
森の獣に食われたか、はたまた仲間に回収されたか。
多分後者じゃないかな。
ボアファントの肉の山がすぐ近くにあるのだから、飢えた獣がゴブリン肉など食うはずも無し(決めつけ)。
大方、戻らない仲間の行方を探しに来た連中の仕業だろう。
森の獣の仕業とでも思ってくれれば幸いなんだが、バレて困るというほどでも無い。
岩丘から降りる前に、一周【精密計測】を発動させながら、この島の面積を大体割り出してみた。
岩丘の周囲が大体300メートルほど、小学生の校庭より二回りぐらい広い。
丘から地面までの高さが30メートルほど、これは10階建てビルってところか。
水平線までの距離は――大体20kmかな? 地球と同じ球形の惑星で半径も同じならって条件付きだけどな。で、海までの距離は平均すると6km。
んで、ものすごく適当に算出すると、面積は100平方キロメートルはあるかなってところだ。
つまり大体八丈島ぐらいの大きさである。
なんでそんなこと計算してみたかって?
この島のゴブリンの生息数を見当づけるためだよ。
確か前世で、八丈島には人口は1万人もいなかったはずだ。
一家4人と考えれば2,000家族。それが、文明も衛生も発達した社会における、この規模の島での扶養可能人数。まぁ食料生産だとか気候条件だとか経済圏だとか、もろもろすっ飛ばしてるかなり乱暴な計算なんだが、見当をつけなければ物事はとっかかりも見えてはこない。
間違っていてもいいから、考えるキッカケをまず探るのは大切だろう?
ゴブリンは見たところ狩猟採集で食っているようだから、個体数の増減は自然に大きく左右されるだろう。知性の低い下等生物だから多産多死だろうし、年寄りも容赦無く死んでいく、未開部族みたいな存在か。
うーん。
島全体で1,000体も居れば良い方なんじゃあないかな?
俺は別に人口学とかに詳しい訳じゃないが、多分良い線をいっている勘はする。
まぁ1,000体もの低知性の未開生物が一枚岩でまとまっているなんてことも無いだろう。
こいつらが狼だか犬だかと同じだということは迷宮核の"知識"で保証されているわけだから、縄張りよろしく、いくつかの集団に分かれて争っているだろうな。
となると数十から百に近い集団が、十数集団はあるというところか。
「一つ攻め滅ぼすのに、ランナーは何体要るかな?」
昨日のボアファント戦への介入を思い出しながら、俺はゴブリンの戦闘力に思いを巡らせる。
一体だけボアファントの鼻を押さえこもうとしていた大柄なゴブリンだが、あれは多くはないだろう。あのタイプと1対1ではさすがに押し負ける可能性が高いが、それ以外はランナーの奇襲で圧倒できた。
ならば、大柄ゴブリンが相手でも、少なくとも2対1ならば勝てる。
ゴブィザードもそう数が多くはないだろう。
できることも多分少ない。なんというか――MPを消耗する時に抜かれる「精神力」は、知性とかそういうものとも関係があるように感じるのだ。
魔人族として、ゴブリンの如き低劣な存在には絶対的にそれが欠けている、と本能的に考えてしまう。おそらく脅威になるほどの"技"など使えまいよ。
それで、一集落あたりのゴブリンは多く見積もって100いるとしよう。
全てが戦う雄であるわけはなく、半数は戦えない雌や老人子供である。
50のうち全ての戦う雄が戦闘に参加する機会は?
ほとんどあるわけが無い。100人分の食い扶持を稼ぐために狩りかなんかする必要があるだろうし、縄張りを守るために、他の集団と殺し合うこともあるだろう。
有事に即応的に動員できる機動戦力は、せいぜい20体もあれば十分なんじゃなかろうか?
次はランナー20体、いや、30体になってから行動を起こす場面かな。
あるいは【進化臓】まで待って、ランナーを実際にどの程度強化できるのかを確認してからでも良いかもしれないが。
そんなことをツラツラと考えていると、ベータが駆け足で俺の下へ戻ってきた。
何かを発見したのか、仕事モードの目になっている。
ふむ。
ランナー達にはゴブリンかボアファントのにおいに注意していろ、と伝えていたから、多分それ関係だろうか。
俺はベータに先導させ、ランナー5体を引き連れてその後に続いた。




