本編-0123 ナーレフ騒乱介入戦~樹氷が割れ落ちて
「夏」「秋」「冬」の融合した"第5の季節"とも言える大自然の暴威。
とはいえ、それもまた季節の司という存在が力を合わせたものである以上は――"人ならざる"存在の「思惑」による合作であり、本当の意味での自然現象ではない。
それぞれが強力な属性魔法を司る魔獣であるが故の「高精度な魔力制御」の連携によるならば……"連携"というものは、かき乱してなんぼなのである。
つまり、魔法的な意味で「対抗・妨害」できる余地はむしろ大きい。ヒスコフ魔導部隊との合作によって、まさにその3司の間の調和を狂わせることで一網打尽に絡め取ることをすら企図したのが、ミシェールの芸術的なまでに(ルク曰く)計算され尽くした対抗魔法の多重奏であった。
だが、その魔法式を組み上げる上でリュグルソゥム家の200年の知識を存分に振るってみたい――という"高揚"自体を油断とするならば、確かにヒスコフは、ミシェールのそうした「探求者」としての【魔導侯】の性を見抜いたのだろう。
何せ、それを直前で破綻させたのであるから。
そのために部下の半数を死なせたが、非情な決断の代償として、3司の無力化後に予定されていたであろう全滅を避けることに成功。兵の一部を生かして逃すことができる"芽"を、可能性がゼロから10%に増す程度の血路を切り開いた。
故にオーマは、魔導部隊長ヒスコフの漢なるを思わず賞賛していた。
『生かしておくと厄介だ……なんだろうなぁ、向こう何十年にも渡って邪魔される、そんな予感がするんだよなぁ。可能なら仕留めろ、だが、無茶はするなよ?』
絶対の主の愉しそうな呟きを受けて、ル・ベリらが裏切った魔導部隊を粛清せんと襲いかかるが、即座に邪魔が入る。【ワルセィレの奏で唄】よって再びヒスコフとハイドリィの支配下に戻った【旋空イタチ蛇】と【泥濘子守り蜘蛛】が、冬司に抗いつつ、明白にナーレフ軍を守るような行動を開始したのである。
特に【泥濘子守り蜘蛛】が"奥の手"とでも言うべき特殊能力を発揮した。
複眼を妖しく光らせるや、"名付き"達に不意討ちされた時には披露できなかった【混沌】属性の魔力が渦巻き始める。その魔力を腹から口にかけて巡らせ――"泥"の代わりに、多くの蜘蛛が生み出すのと同じ"粘着性の糸"を吐き出した。
ちょうど今まさに、隠身蛇達が魔導部隊を切り刻もうとしていた瞬間のことである。"鎌刃"達は、まるで意思を持ったように這い寄る"糸"に絡め取られ、次々と全身が急激に弛緩したかのように崩れ落ちてしまう。
そして重要なことは、この効果は魔導部隊の兵士達には及んでいない――子守り蜘蛛は兵士達に向けて「泥の傘」を生み出して被せており、その悪影響が彼らに降りかからないようにしていたのである。
「これは、眠らされたのか!? 小癪なァッッ!!」
激昂しつつも、ミシェールが魔術戦を再開できない状況下で己もまた絡め取られるわけには行かない。口調とは裏腹に、ル・ベリはミシェールを触手の一つで抱え上げ、即座にゼータと共に"糸"を回避して後退する。
それに対して子守り蜘蛛は追撃よりは守りを固めることを選んだ。周囲の泥土を操って隆起させるように『泥の塁』を生み出し、虎口を脱したヒスコフの指揮下、生き残った魔導兵達が合同詠唱を重ね、物理的にも魔法的にも強固な防衛体制が再構築されていく。
ここでようやっとミシェールが多重詠唱を全て中断完了、即座に子守り蜘蛛を相手に魔術戦を仕掛けるが……意趣返しとばかりに、ヒスコフ隊の補助魔法や強化魔法が乱れ飛び、思うような妨害が加えられない。
先ほどまでであれば、エイリアン達の物理的な奇襲撹乱と連携することで圧迫できただろうが――眠らされたエイリアン達が、泥に捕らえられて逃れることもできず、次々に斬り捨てられるのでは形勢を覆すのは難しい。
斯くしてミシェールとル・ベリが釘付けにされている間にも、「子守り唄」の魔力が宿った"糸"が、ハイドリィ率いるナーレフ本軍の防御陣の中に合流していたエイリアン達にも及ばんとする……これはさすがにウーヌス達の退避指示がかろうじて間に合ったことと、さすがのハイドリィとて「この急展開」に意識が追いつかず、追撃を命ずる暇が無かったため、被害の拡大を防ぐことができた。
ただし、対3司という名分の下に、共同の防御陣形を組み上げる形でその懐深くまで入り込んで喉元に刃を突きつける、というオーマの目論見は振り出しに戻ってしまったが。オマケに、突破力のある"名付き"達がイタチ蛇の暴風の直撃で吹き飛ばされ、余裕を回復した魔導部隊が再度【奏で唄】を――冬司にまで拡大させようという動きを見せる。
これ以上の被害の拡大を許容できるや否や。
ル・ベリの脳裏に「撤退」の二文字が浮かぶ。だが、彼の主がすぐにその諦念を否定した。
『戦場の混沌てのは、わからないもんだよなぁ……まぁちょっと黙って耐えていろ、ル・ベリ。結果オーライってのは、このことだぞ?』
――そこからの怒涛の展開を、ル・ベリも、ミシェールでさえも瞠目する。
今度こそ本体を"竜巻の檻"の中に捕らえられ、無力化寸前かと思われた【雪崩れ大山羊】が悪あがきとばかり、何かに号令を下すかのような絶叫を轟かせるや、一連の死闘激戦の中で、斃れ負傷していた兵士達が流した苦痛の鮮血と無念悲哀の落涙が、銀と白の氷雪の中に一斉に「吸収」された。
【貴婦人】の氷像を死守した結果、ワルセィレの住民達の"血と涙"を魔素と命素に換える権能は未だ冬司の掌中。そうして捻り出した魔素と命素によって、冬司は新たに会得した"技"を披露すべく、再度大規模な魔力の配分替えを行う。
配分先は「泉」を取り囲む、吹雪に飲まれ樹氷と化した"木々"。
元は青々とした深山の樹林、今は白銀曇雪に覆われたる周囲の樹氷が、一斉に鳴いた。そして次の瞬間には、樹氷達は、まるで隕石が衝突してことごとく薙ぎ倒されたかのような倒木となり――樹氷の姿のまま、即席の『氷漬け武器』と化して一斉に空中へ、冬司の周囲のあらゆる「敵」へと飛来してきたのである。
そしてオーマは、数百もの『倒木樹氷』の中心に『氷漬け武器』達の親玉と思しき「黒兜」が浮遊していることを重々承知していた。
『いやまぁ、わざとあの怪しさ満点な「黒兜」を逃したんだが……上手く行ったみたいだな。ほれ、まだ"芽はある"ぞ?』
冬司に「氷漬けた存在を操る」力があるならば。
そして、出処不明の黒兜に「物体を浮遊させて操る力」があるならば。
未だ黒兜を氷漬けて支配下に置いたままの冬司が、氷像護衛の"奥の手"としてその力を伏せていた冬司が、もう一度その力に頼らないなどと断定できようか?
ガンマの進撃によって『氷漬け武器』が激しく数を減らしたのだ。その根源たる"黒兜"自体が無傷ならば、当然のこととして補充をしないわけがない――冬司にとっては貴重な空中戦力・物理戦力であることは明白なのであるから。
となれば、あるではないか、泉の周囲に最初から存在している"手頃な"質量物体があるではないか。岩石やら、"樹氷"の類やらが。
よもや、これに冬司が目をつけないはずがなかろう。
『きゅ。丸太は武器さんだった……?』
『チーフ、しー!!』×3
最初に巻き込まれたのは【旋空イタチ蛇】であった。
剥離せる氷河の巨片の如く降り注ぐ『倒木樹氷』達。雪塊であれば容易に吹き飛ばせたはずの"竜巻の体"も、重力加速を帯びた質量物の濁流を防ぐことは能わず、あっという間に呑み込まれてしまう。
当然それで終わるわけもなく『倒木樹氷』の濁流は、そのままハイドリィ軍も魔導部隊もエイリアン軍も諸共に滅多打ちにした――如何に生物として強化された肉体を誇ろうと、多少の魔法防御で物理面を固めようと、雪や氷などよりも圧倒的な密度を誇る『倒木』の濁流に呑み込まれては、脆弱なる生物などは容易に四肢を千切れ飛ばし、腹を破けさせて臓物を飛び散らせるしかない。
氷上と雪中に鮮血の紅と異形の緑色体液が滝飛沫の如くぶちまけられ――哀れなる兵士達の"血"が、再度吹雪によって丸ごと「食われ」てしまう。すなわち、ナーレフ軍が受けた被害がそのまま冬司の力になるという状況が生まれる。
その最中、触手を全力で躍動させ、ミシェールを伴ってル・ベリが"濁流"から退避。その間には"名付き"達もまた戦場まで全力疾走で戻ってきていたが、オーマが投入した手勢は既に半数にまで減っていた。
「ッ!? 【奏で唄】を切らすな! 今度司どもの支配権を奪われたら、今度こそ終わりだぞ!!」
押さえつけども押さえつけども、更なる底力を発揮して覆してくる冬司の抵抗は凄絶かつ"異常"の一言に尽きた。さすがのヒスコフも狼狽を隠せない。いくら土着の神性であるとはいえ、一介の魔獣が"災厄"にも等しい力を持ちうるものなのか、という疑念が去来するが――首尾よく生き延びれたとしても、改めて「それ」を悠長に研究したいなどとは、最早欠片も思いはしない。
目論んでいた「若い兵士達を逃がす」余裕も何もかも、今の逆襲で粉微塵に打ち砕かれている。ともすれば奪い返されそうな夏秋司の支配権維持のために、必死に【奏で】続けざるを得ない状況に追い込まれてしまっていた。これでは、血路を切り開くための逆襲はおろか牽制すらおぼつかない。
斯くして、思惑を異にする3つの存在による【泉の貴婦人】争奪戦は、ここに歪な三竦み状態を鼎立するに至る。
"冬司"を弱らせればナーレフ軍が、逆にナーレフ軍(特に魔導部隊)を攻撃すれば"冬司"が、それぞれに【泉の貴婦人】の力を利用して"夏司"と"秋司"の支配権を奪い合う。そしてその双方に【エイリアン使い】の眷属軍が対抗、介入の機を窺うという構図が示されたのである。
――そのような膠着と小競り合いが、何十分ばかり継続したであろうか。
だが、ついに均衡が崩れる時が来た。幾度も降り注ぐ『倒木樹氷』の濁流が、ついに【旋空イタチ蛇】の本体を直撃した。降り注ぐ質量物はそのまま"竜巻の体"を貫通、イタチ程度の大きさしかない小さく脆弱な「本体」を大地に叩きつけ、熟れた秋野菜の如く、その下半身が押し潰されてしまった。
宿敵の絶叫を耳にして、好機を逃す冬司ではない。ナーレフの兵士達の"血と涙"を吸い取って十分に回復させた全力を投じて身を暴れさせ――ついに"竜巻の檻"の拘束を内側から吹き飛ばしたのであった。
盟友が敗れ去る光景を目の当たりにして、魔導部隊と共にエイリアン軍に対する抵抗と反撃の要を果たしていた【泥濘子守り蜘蛛】の動きが鈍った。
虫の息と化した夏司を救い、冬司を再び2体がかりで抑え込むべきか。
それともナーレフ軍を引き続き支援して、異形の歪みを湛えた凶猛なる魔獣共を"眠らせ"続けることを優先するべきか。
――"季節の司"の一角の胸中に去来したわずかな逡巡こそが、ナーレフ騒乱への介入に端を発するこの一連の三つ巴の闘争の分水嶺となった。
この瞬間、オーマは身体の守護をガンマと"エイリアン輿"に命じる。思考系技能を全てフル稼働させて己のあらゆる意識を「エイリアンネットワーク」に没入、ウーヌス達に一時委ねていたエイリアン軍の指揮統制を吸い上げたのである。
瞬時に走狗蟲達が、戦線獣達が、隠身蛇達が、奴隷蟲が、属性花達が、"名付き"達を筆頭とするエイリアン達が、己のあらゆる肉体的・精神的感覚が最上位者たる創造主の下へ吸い上げられ融合させられていくような感覚を得た。
『きゅきゅびぃぃいい!? 創造主様の指示が右に行ったり左に行ったりで頭がこんにゃくさんになるぅ!』
『黙れ、黙って統制を補佐しろ、自称チーフ! ――まぁ、端的に教えてやる。事態は超リアルタイム下における三つ巴の合従連衡、さっきの敵は今の友かと思ったらやっぱり敵で友状態ってことだ、わかったらキリキリ働け! 神経が焼き千切れてでも俺の指示を全員に伝達しろ!!』
『何を言ってるのかわかんねぇきゅぴぃい!!』
『あぁぁ、みんなの魔素さん命素さんが赤字さんに! 恐慌さんと暴落さんがやってくる!? ち、チーフもっと節約して!』
『このままだと~、しばらくはご飯さんが一品減っちゃうんだよぉ~……』
『みんな、そういうことは創造主様に言ってくれきゅぴぃ!?』
『創造主様が久しぶりにちょー厳しいや! あはは、頭がくらくらだ』
オーマから矢継ぎ早に下される細かな指示の数々は、今までに無い怒涛の密度であった。ウーヌス達は『母艦』建造のために触肉ブロックに組み込んでいた無個性ブレインをも動員して、必死の情報統制・整理伝達・相互交換作業を行っていく。
凄まじい勢いで魔素と命素が消費されていくが、結実として、戦況の混沌がオーマの意識下に鮮明かつ鮮烈に再現されていく。「エイリアン信号」や図形と波長・擬似的な風景等によって構築される情報の"精度"は、もはやリッケル子爵との闘争の時を上回るものであり、「エイリアンネットワーク」自体の進化を思わせる。
その極限まで研ぎ澄まされた眷属達との感覚共有の中で、オーマは文字通り個々のエイリアンの各々に対し――ミリ秒単位での"行動指示"を叩きつけていく。
一つ一つの指示は「ある敵を攻撃」「ある位置に移動」といった単純なものである。だが、それを文字通り戦場に在る全てのエイリアン達に対して実行し――なおかつ、それぞれの「行動」の連携によって、最小の消費で最大の戦果を上げるように計算し尽くすことを目論んだ、壮絶なる"行動指示"であった。
喩えるならば「三次元詰め将棋」の超難易度版を指しているとでも言うべきものであろうか。
"脳の神経が焼き切れてでも"という言は、むしろ自身に向けた叱咤であった。
そして。
それら超マイクロ操作レベルでの"行動指示"を幾千幾万も積み重ねて。
文字通り意識と感覚を半共有させ、全ての眷属達を極限までに効率的なる"一個の生き物"として動かして、オーマが成し遂げようとする大方針は、ただ一つの単純な定石に過ぎなかった。
***
あぁ、まぁ要するに、だ。
こいつは"三つ巴"や"三竦み"と呼ばれる膠着状態の類だ。
三国志なんかが一番わかりやすいが、大きな意味での「戦局」や小さな意味での「戦場」てやつにおける"三つ巴"の妙は――まぁ、その時々で優勢な奴に対して、後の二者が連携と敵対を手のひらドリルの如く繰り返すことにある。
だが、兵力の少ない俺がそんな消耗戦に真面目に付き合っていちゃあ、むしろ1対2の形勢を固定化させるとかいう愚行に他ならないだろう?
逆だよ。
逆に、そのサイクルを限界まで早めてやれば、何が起きると思う?
「力技」ってのは、何も物量によるものだけではないってことを、見せてやろうじゃないか。
――なに、お手本は、先ほどの3司への介入劇で"名付き"達が既にやってみせてくれているとも。
***
ある時は冬司に襲いかかり、かと思えばその矛先を一斉に魔導部隊に差し向ける。
彼らを守護らんと秋司が動けば即座に撃退し、返す刀でナーレフ本軍を屠る。魔法攻撃と切り結ばせた直後、今度は四季の暴威を受け止めさせ、その傷の癒えぬうちに、今度は一般兵達の剣戟の上を躍らせて食らいつかせ喉笛を噛み切らせる。その間に血反吐を吐きながら"竜巻の体"を再構成した夏司がぶち壊しに殴り込んでくるが、数体を犠牲にして誘導して秋司に突っ込ませて「お守り」を押し付ける。
――使い捨てる、と決めたからには、オーマは躊躇をしなかった。
自爆とも言える特攻を次々にエイリアン達に命じ、四肢が千切れようとも牙の一撃を季節の司達に食らわせてゆく。当然の結果として夏秋司の支配権が魔導部隊に戻るや否や――冬司への猛撃を直前で切り返してハイドリィ軍を襲わせ、守ろうと動く夏秋司に"名付き"やル・ベリ、ミシェールを差し向ける。その様子を見て、再び"徒"を支配しようと冬司が欲をかくや、あえて支配権を奪わせた夏秋司のエイリアン軍への攻撃をハイドリィ軍と魔導部隊に誘導する。
およそ、生身の人間の時間感覚では到底不可能な"操作量"。
それは、かつてリッケル子爵に「操作量勝負」を仕掛けた時よりも、さらに研ぎ澄まされ、洗練され、密度の増したものとなっていた。配下の者達のうち、その凄まじさを正しく理解できているのは『止まり木』で戦況分析を続けるリュグルソゥム家の3人のみである。
『まったく……こんな「力技」は、いくらなんでも我々には無理だなぁ。肉体の感覚に引っ張られるから、あれだけの密度で考えながら、同時に身体を動かすなんてのは不可能だ』
『【御霊】家のお株が奪われてしまったのかな? これじゃあ、ルク兄様の"援軍"が無駄になっちゃうかもね』
『それならそれで、楽ができるんだけどなぁ……いや、後で働いていないと思われたら、それを口実に何をされるかわからない。せめて"落ち穂拾い"ぐらいは、こっちでやっておかないとね』
話を"戦況"に戻そう。
冬司を攻めれば、夏秋司が魔導部隊の支配下に落ちる。
魔導部隊を追い詰めれば、夏秋司が今度は冬司と融合する――というのがこの闘争の本質であった。
だが、両者には共通点が存在する。
たとえ「どちらの支配下」であっても【旋空イタチ蛇】と【泥濘子守り蜘蛛】にはエイリアン軍に攻撃を仕掛ける動機が存在する。つまり魔導部隊と冬司の間で支配権の奪い合いが続くとしても、自身が被る以上の出血を常にエイリアン軍に強いることができるのである。
ヒスコフの思惑はそこにあった。魔導部隊を攻撃しようが冬司に手を出そうが、結局は夏秋司がエイリアン軍の脅威となり続ける形勢を狙ったのである。それによって千日手的な不利を悟らせ、退かせることを目論んでいた。
そのため、"敵"たるオーマもまた「同じ形勢」を狙っていたこと――まして「その形勢」の中で"支配権"が入れ替わるサイクルを凄まじい勢いで助長・加速させることこそが真の目的であったなど、ヒスコフにとっては想像の埒外としか言いようが無かった。
斯くして、生身の感覚を持つ者にとっては認識が困難なレベルで「支配者が入れ替わり」まくるなどという状況が、如何なる事態をもたらしたか。
なるほど、"どちらが"【旋空イタチ蛇】と【泥濘子守り蜘蛛】の支配権を得ている状態でも、エイリアン軍は常に攻撃対象であるという前提は変わらない。
だが、両魔獣の範囲攻撃に巻き込まれる対象はどうか?
ある瞬間には「冬司」の支配下にあるのだから、エイリアン軍を攻撃すると共に「冬司」を巻き込まないようにしつつ「魔導部隊」を巻き込む攻撃をする。
次の瞬間には「魔導部隊」を守らねばならないのだから、エイリアン軍を攻撃すると同時に「冬司」に対する痛撃も加えるような属性範囲攻撃を行う。
……それが、数秒単位、数瞬単位でフェイントすら込みで激しく目まぐるしく反復切り替えさせられたら、何が起こるであろうか?
簡単に言えば、混乱状態に追い落とされて自己矛盾に耐えきれなくなった末に、夏秋司は巻き添えを出さないように攻撃することを"諦め"た。
どうせどちらかを巻き込まないように攻撃しても、次の瞬間にはその認識が入れ替わっているのである。ならば、最初からフレンドリーファイア上等で"敵"を撃滅するべし。
だが、そのような魔獣の心理と、その裏でオーマが凄まじく複雑な「操作」を行っていたことなど、当人以外は知り様が無い。
どれだけ支配権を奪おうとしても、引き続き「巻き添え攻撃」を受けているということは、要するに"相手"から支配権を奪い返せていないわけで――ならばもっと力を注ぎ込んで支配権を奪い返さなければならない、という考えに冬司も魔導部隊も急き立てられていく。
……悪辣なるは、そのような混乱状態にあることを読み切った上で、改めて述べるが、オーマが"フェイント"を入れているということである。
膠着した戦戦の中、冬司も魔導部隊も「支配すべきでないタイミング」で支配を試みて余計な魔力を浪費し、「支配すべきタイミング」で支配のための行動を失して夏秋司の混乱と停滞を招く結果に終わる。あらゆる努力が空回りさせられ、しかし、戦局を打開する戦力としての【旋空イタチ蛇】と【泥濘子守り蜘蛛】の存在が大きすぎたために、それらを切って一目散に逃走する、などという決断をついにヒスコフもハイドリィも下すことができず――。
ここに、オーマが企てた定石『時間稼ぎ』は成ったのである。
『……御方様。確かに我らへの圧は弱まりましたが、攻めきれませんぞ。特に、この氷漬けの倒木ども、こうも振り回されては近づくことすら困難かと』
エイリアン軍を半数以上失っており、"名付き"達も連戦の反動が一気に来たようで、それまでに俊敏かつ大胆な動きが明らかに衰えていた。リッケル子爵との時を上回る「操作量」をおぼろげながら感じ、絶対の主の力の成長に畏敬を新たにしつつも、再度撤退すべきではないかと問う忠臣。
なるほど、躍起になって試み続けた"膠着状態"の完成の代償は決定力の喪失――であると捉えるならば、耳に痛い諫言ではあろう。
だが、オーマは口の端を歪めた笑みをと共に、とてもとても面白そうに"心話"を返すのであった。
『悲しいなぁ、ル・ベリ。お前なら真っ先に気づくと思ったんだがな? ――この戦場の救世主が誰であるかを、な』
意味深な主の言に「は?」と声を上げつつ、目の前に飛来した『倒木樹氷』に【8本触手】を全力で叩きつけるル・ベリ。
受け止めたのは、本当に一本丸々そのままに生きた木を引っこ抜いたかのような氷漬けの倒木であり、もぞりと【氷】とは異なる魔物の気配が、ル・ベリにとっては様々に入り混じった複雑な因縁めいた感情が惹起される、間違えようもないとある「系統」の魔物の気配が、樹氷の『中』から、まるで芽吹くかのように感じ取られたのはその瞬間のことであり――。
『グウィース! みんな起きて! オーマたまからの合図だよー!!』




