本編-0121 ナーレフ騒乱介入戦~凍泉の三つ巴⑤
5/30 …… 介入戦の"仕上げ"に掛かる伏線の描写を追加
灼熱を振りまく魔馬に灼熱を纏う乗り手が、己が周囲に潮気の蒸気を生み出す"巨漢"の戦士と二度目の激突。
一合目では即殺を狙ってクレオンの頸部を圧し折ったデウマリッドであったが、その「再生」能力の厄介さを嫌い、今度は両脚をまとめて叩き折って機動力を奪うと共に、馬上から薙ぎ払われた双剣の軌道を狂わせる。
だが、ソルファイドもまた、愚直な騎馬突撃が2度も通用する相手であるとデウマリッドを侮ることはしなかった。クレオンの機動力を頼らず、その"不死性"の脅威自体を囮として相手の迎撃を誘導、自身は愛馬の背に両足をつけて身構えており――突撃の勢いを借りつつ乗り捨て跳躍を敢行。デウマリッドの虚を突いて背後に回り込み着地様、氷を蹴り滑るように体を半回転ひねりながら火竜骨の双剣の赤熱を閃かせ、そのがら空きの脇腹に叩きつける、が。
「凍れる峰々の頂きッ! 厳かにして父たる氷河の狭間に座す御方よッッ!!」
大気が張り詰めたかのようにどんよりと重くまとわりつくような感覚。
歌劇の英雄役か、はたまた乱暴者の吟遊詩人が如く、例の厄介なる魔素・魔力の類を散らす"声"とはまた似て非なる調子で、高々と雄々しく叫ぶデウマリッド。
委細構わず、ソルファイドの両火刃が、巨漢の脇腹を守る腹当てと胸当ての隙間に露出した生身の肉を今度こそ焼き抉らんと刃を食い込ませる寸前。防具の隙間から、まるで火山が噴煙を噴き上げるかのような凄まじい勢いで蒸気が噴き出した。それだけではない、デウマリッドの全身の筋肉が急激に膨張、ソルファイド自身の読みよりもさらに数瞬早く双剣がその脇腹に喰らいつくが――。
「呵ァァアアああッッ!!」
斬り込んだのは確かに"肉"であったはずが、豪声と共にデウマリッドが"力む"や、まるで岩か鋼に刃を滑らせた時のような強烈に手強く硬い感触がソルファイドの両腕に跳ね返る。
(主殿のアルファ、デルタ以上か――!?)
剥き出しの生身の筋肉を薙いだ感触自体は間違いではない。だが、刃の斬り込みが中途半端に深すぎた。そのままデウマリッドの剛力を込めた"力み"によって、双剣自体が咥え込まれ、ソルファイドが如何に力を込めようとも1ミリとも動かせない状態と化す。
無論、そのままであれば、火竜の双剣にとってはむしろその本領を発揮できる場面であった。両刃とも受け止められては武技【息吹き斬り】などは発動が難しいが、竜火で刃の赤熱を増して強引に焼き断ってしまえば良い――しかし、肉を激しく焦がす焼灼音がするよりも早く、デウマリッドが野性的な笑みを浮かべて咆哮するや、火刃を斬り込ませていたデウマリッドの筋肉それ自体から、まるで間欠泉のように激しい勢いで蒸気が噴き出してきたのである。
……さて、こうなってしまうと、純然たる熱量で言えば蒸気それ自体は火そのものよりは冷たいのである。たとえ【火】耐性の無い生物がもろに浴びれば大火傷をするという意味ではどちらも同じ程度の脅威を持つとはいえ。
"巨漢"が詩うや、その筋肉が急激に膨張するような勢いで"力み"を生み出し、断ち切ろうとした刃の二閃を受け止められ。火竜剣の真骨頂はここからだと言わんばかりに、尚も焼き断とうとした火力が――噴き出す潮気混じりの蒸気に冷やされて赤熱を維持するのも難しい。
これまで数多の魔獣と『長兄国』の戦士達を屠ってきた竜人剣術の二閃を、まさに二重の意味で受け止めた"強敵"の出現は、ソルファイドにとって生涯初であった。そしてその事実に、灰とも廃とも崩れ無くしたと思っていた腹の底に、灯る何かを感じたのもまた、事実であった。だが、巨漢は手番を未だ譲らない。
「氷峰統べる海帥は隆起を許さずッ! 母なる荒波の海底をッ! 熔かすが如き狼藉を決して許さずぅぅゥァアアッッ!!」
デウマリッドを中心に潮気た蒸気が渦巻き、さらに周囲の冷気を収束させるように巻き込みながら、火竜の末裔たるソルファイドの"火力"を片端から押さえ込んで赤熱を許さない。
「力」比べでは押さえ込めず、生半可な打撃では昏倒させられぬのが、この"巨漢"である。『技無し、武器無し』で一度闘った時と同じ手を、今度はその頑丈な兜と激しく噴き出す蒸気の白煙を貫きながら、もう一度実行するのは困難だろう。このような難敵であると認めるからこそ、相対的に身軽いことを生かした体捌きによる撹乱と不意討ちで、その懐に迫ったソルファイドであったが――武技を放つ基点となる双剣をこのような形で拘束されては、逆に超接近戦の間合いに閉じ込められたも同義であった。
("技"の相性では不利、か。ならば、ここはこのデカ物の"単純さ"に賭け――)
砕き折られた両前脚を再生しながら、むっくりと上体を起こそうとするクレオンに意識を向けつつ、そう逡巡したところ。脳裏に直接心話が鳴り響いてきた。
『ソルファイド、その騒音公害のデカ物に【氷】を吹き飛ばさせろ』
ちょうど、同じことを主たる迷宮領主も考えていたようであった。
デウマリッドはおそらくそんなつもりなど毛頭も無いのだろうが――そもそも、これは"決闘"ではない。いくつかの箇所で繰り広げる局地戦が、相互に連動した"闘争"という名の一繋ぎの「戦場」である。故に、己とクレオンの力で単独の勝利を"巨漢"に対して収めなければならない、というものでもない。
同僚たる短命の兄妹風に言えば、"詰み手"の第一指しを己が打つ、とでも言うべきものだろうか。奇しくもそれが主にとっての"詰み手"の起点にもなる、という意味で意気が通じていたならば、もはや迷う理由も無し。
ソルファイドが"火気"を放ってクレオンに合図を送る。
破断された両前脚は、まだ半ばまでしか再生していない。圧し折られた筋肉から骨が剥き出しつつ、血液が炎に変わりながら少しずつ肉が再構築されているという痛々しい傷跡であったが――灼熱に滾る血液を垂れ流したままの焔眼馬は、まるで痛覚など関係無いと言わんばかりに魔馬の跳躍を見せつける。そしてそのままソルファイドとデウマリッドが組み打つ周囲に、半径10メートルほどの円陣を描くように疾駆していく……再生途上の前脚から垂れ流される焼けた血液が、赤いミステリーサークルの如く両者を何重にも取り囲んでいく。
「――面白いッ、やってみろ竜人ッッ!」
「【竜人】が何者かを教えてくれる!!」
デウマリッドがソルファイドの意図を察したことなど意に介せず、短く鋭く息を吸い込むや。
その凄まじい剛力に対抗するために、肚の底に溜めたまま自身の爆発力の肥やしと抑えていた竜炎たる灼熱の塊を。鐘状火山が、滅多には噴火しない分、破壊力を内部に何十年も溜めてから、一挙に爆発的な噴煙と溶岩石の雨あられを降らせつつ破局的な火砕流を引き起こすかのような激甚さを以って、ソルファイドは【火竜の息吹:微】をついに解き放ったのである。
【竜の時代】には「冬を鎮圧する」などとも謳われた竜炎の片鱗が発揮され、瞬く間にデウマリッドが灼気に焼き包まれる――と同時に、クレオンが描いた火焔陣が業火をその内側に封じ込め、見る間にも氷泉が融けぬかるみ、いくつもの亀裂が表面に飛沫と共に発生していく。
「ははははァァァァアアッッ!!」
だが、その身を竜の業火に包まれてなお、デウマリッドは一歩も怯む素振りさえ見せなかった。大喝とともに彼の全身がさらに膨張し、肘当て・肩当て・腰当てやらの部分部分を覆う防具の間から、まるで内側から蒸気によって膨らまされているかの如くはち切れんばかりに筋肉が膨れ上がる。それと共に、かつてリッケル子爵を茹で斃した時のような『水蒸気爆発』がデウマリッドの全身から蒸気機関車の如く噴き出してソルファイドの息吹に対抗し、砂漠の民がまとう砂よけの衣であるかのようにその身を包んで竜の業火を激しく跳ね除ける。
そして、"巨漢"の全身から噴き出す蒸気の凄まじい"圧"によって、筋肉の力みにより咥え込まれ拘束されていた双剣が弾き出されたのも、この瞬間のことであった。
「おぉぉおおおおお!!」
昏倒せんばかりのほぼ全力を賭した息吹。
先祖返りなどとも里の同族達から褒めそやされたとはいえ、所詮は竜「人」に過ぎぬ身には――主オーマが看破した程度、真なる竜と比ぶれば『微』力でしかない息吹であり、例えばヒュドラが相手であればその首の一つに対抗できるかどうかという程度しかない。
だが、そこに『封印』され本領を発揮しきれないとはいえ、【火】の魔力を司る"春司"たるクレオンの炎陣が相乗した。ソルファイドはほとんど本能的に、クレオンには「それ」ができると直感しており、即席の連携の意図をクレオンもまた完璧に理解した上での行動であった。
火焔円陣の中に、ソルファイドの息吹が収束し外に"漏れない"ように閉じ込められたことで、局所的ながらも一段階上の威力――【火竜の息吹:弱】――にも匹敵する火力が叩き出され、デウマリッドが巻き起こした水蒸気爆発と相まって、泉一帯の冷気寒気吹雪の類をまとめて吹き飛ばす。
――だが、その真の狙いはデウマリッドを焼き尽くすことそれ自体ではない。
ルクによって早口で伝えられた【海嘯甲冑】なる技の特性により、竜炎に対抗すべくデウマリッドが全身から蒸気を噴き出すだろうこと、その副次効果によって、拘束されていた双剣が解放されることを、ソルファイドは見越していた。
そして解放された双剣を使って、昏倒する寸前に、今度こそ"武技"を振るうための力を残していた。
ソルファイドが渾身の【息吹斬り】の二連を――"巨漢"に対してではなく、足下の氷面を業火に炙られ瞬時に足の甲まで浸かるほどのぬかるみと融け化した『泉』それ自体に、十字に斬り放ったのである。
そうでなくても激しい水蒸気爆発と竜炎に晒され凍てつき具合の弱まっていた泉の氷面が、息吹が放たれる前後の激しい闘いの余波により、既に無数の亀裂が走っていた氷面が、轟音を立てていくつもの氷塊ブロックと化して七分八裂に崩落。
そのままソルファイドとデウマリッドを"氷割れ"の狭間に呑み込まんとする。
「やりやがるッ! だがなぁ竜人よッッ、お前にこそこの俺【氷海の兵民】が"何者であるか"をッッ! 教えてや――ッッ!?」
クレオンが炎陣を生み出した時点から、こうなることを予期していたのはデウマリッドも同じ。故に、ソルファイドに対して意趣返しを狙っていたデウマリッドであったが――そこで、ようやく、そもそも己が『どこ』の『何者』と闘っていたのかを思い出した。そして、哄笑しかけた破顔を不快げに歪めざるを得なかった。
この時、デウマリッドは【氷海戦士】としての武技【氷海乱撃】をソルファイドに放とうとしていたのである。実際、水蒸気爆発と竜炎と渾身の斬撃系武技による大破壊の前に、氷泉は単に七分八裂に砕けるだけでなく、その余波で大量の拳大の氷塊が木っ端のように宙を舞うという――氷海の荒波に酷似した環境が小規模ながらも現出されており……【海嘯甲冑】などという単なる守りの技とは違う、デウマリッド自身の真の"特技"を示す絶好の好機であった。
だが、デウマリッドは忘れていたのだ。
そもそもこの『泉』の周辺を覆う【氷】は、当初の撃破対象であった冬司によって支配されたもの。故に、己が武技に【氷】を利用するには、その影響を破らねばならない。だが、"そういうこと"のできる二人の動向を、戦力配分を変えた後においても、当然のこととして冬司もまた注視していた。
決闘に夢中のデウマリッドと異なり、全盲なる竜人ソルファイドは、その「視られている」という気配を常に意識しながらデウマリッドと矛を交えていたのである。冬司の目には、最大の脅威である竜炎の使い手が"声"を生み出す厄介者と相討ちして昏倒しつつ、己が力の領域である氷泉を中途半端に溶かし割ってその顎門の中へ、今まさに倒れ込んでいくという「悪手」を打ったように見えていた。
ここでようやく、【氷】に"戦詩"を通すことができないどころか、冬司が急にこちらに魔力を振り分け、周囲の【氷】を操ってソルファイドを一気に仕留めようとしている気配を野獣の本能で勘付いてデウマリッドが憤怒を露わにする――。
「邪魔だッッ! 海帥の恩寵をッッ! この俺の獲物を盗もうとする化け羊ッッ! 破あああアアアッッ!!」
***
あぁ、この時を待っていた。
ソルファイドの戦闘センスは大したもんだ。
それは、単なる個人的武勇だけのものじゃあない。あの"巨漢"が寒冷地方の出身にも関わらず頭に血が上って不必要なほど熱くなったのに対し、逆に火山地帯の出身のはずのソルファイドは冷静そのもの。
お互いが、そもそもどういう『環境』と『条件』の中で戦っているのかを――前者は全く理解しておらず、後者はその中で己がどう行動するかによって局地戦の趨勢自体にどんな影響が与えられるかを、ほとんど直感的に理解し実行してのける天性の胆力を備えていたんだと言える。
「今だ、ガンマ! 氷像を割れ! 体力を使い果たして俺の命を遂行しろ!!」
装備していた【火属性砲撃花】は全て傷つき斃れた。要害状態から元の城壁獣に戻っていたガンマが、ぬかるんだ凍泉を踏み砕きながら『貴婦人』像に向かって突貫する。当然、全力疾走に集中するためにはエイリアン輿を担いでなどいられないが――輿を形成する触肢花達が形状を微妙に変え、俺が振り落とされないように、チャイルドシートの如くがっしりと固定してくる。
突撃を阻止せんと進路上に氷漬け武器どもを差し向けてくる冬司……やはり、あの中心にいる「氷漬け黒兜」だけは積極的に攻撃してこないな?
【裂け目】から湧き出した鶴翼花装備の走狗蟲達が、妨害のために氷漬け武器達に踊りかかり体当たりし牙と足爪で食らいつく。無論、それだけではすぐに振り落とされるか、他の氷漬け武器に刺し突き落とされるだろう。
だが、取っておきはここからだ。
この支援攻撃の主役は、むしろランナー達が装備していた鶴翼花。ずちゅりという生々しい肉音と共に、ランナー達の背中に"植え"られていた鶴翼花が自ら装備解除して離れる。そして、ランナー達によって喰らい組み付かれた状態の氷の武器達に――ランナーを足場にしてファンガル種特有の方法でずるずると移動、触手根を見る間に這わせていき、次々にがっしりと取り付いてしまったのである。
「人様に振るわれる"武器"の分際で好き勝手に飛びたいのか。それなら、好きなだけ、どこにだって飛ばせてやるとも!」
武器達に取り付いた鶴翼花達が激しく羽ばたき、デタラメな軌道でデタラメな方角に飛び立とうとする。一応は冬司の【氷】に覆われて操られている"氷漬け武器"達を、完全に明後日の方向に飛ばしてしまうことまではできないにせよ……連中の自由な飛行を妨害し、望んだ進路へ向かうことや相互の連携した軌道を狂わせるには十分であった。それに、だ。連携しているのは鶴翼花もまた同じなのだから、「エイリアンネットワーク」で連携しつつ、あわよくば"じゃじゃ馬"同士を正面衝突させて互いを損傷させるという隙も伺っているため、もはや俺やガンマに対する突撃阻止機動どころではなるまいよ。
それでも多少の撃ち漏らしが纏わりついてくるが――そら。この俺自らの【魔法の矢:火】に撃墜されることを光栄に思うがよい。
"翼"と分離して身軽になったランナー達は、ソルファイドが意識を取り戻すまでの時間稼ぎとしてデウマリッドにそのままぶつける。時間を稼ぐ間に特務隊から引き剥がした数体の戦線獣も向かわせて救出を試みる。
斯くして、邪魔を受けることなくガンマの全力の突進がそのまま『貴婦人』の氷像に正面激突。氷像に鎧の両腕でむんずと組み付いた体勢のまま、ガンマがその巨体を激しく揺らして跳躍。デウマリッドの"声"によって冬司の【氷】の魔力が一時的に吹き飛ばされた結果、ごく一般的な氷と変わらなくなった泉の氷面に、エイリアン中最重量を誇る巨体の全体重を込めた激しい着地が、アンカー状の指を備えた両足によって踏み叩きつけられた。
バキバキバキバキッッ! と、まるで何十本もの竹をまとめて圧し折ったかのような破砕音。鏡を叩き割ったかのような鋭い亀裂が、ガンマの着地点を中心に幾重にも折り重なり放射状に泉の氷面を鋭く走り抜けてゆく。
今の一撃で終わるわけなど無い。"体力を使い果たせ"という俺の命を忠実に実行せんと、二度三度、さらに四度五度と激しく巨体を叩きつけるガンマ。
――無論のこと。
無策ヤケクソの類で力任せに踏み鳴らさせる、などということは一切無いとも。
種明かしをしよう。
【肉塊チューブ】によって送り込んだのは、兵士達だけではない。冬季仕様の奴隷蟲と鉱夫蟲という労働者を20体ばかり合わせて送り込んでいた、というわけである。彼らには、特務隊が既に冬司の魔力を排除していた区画から、雪に紛れ、衝突の初期から既に掘削を開始させていた――ひたすら真下に向けて、な。
冬司がいかに大地を凍土に変えようとも、奴の力は、何もない土塊を直接操るという類のものでもない。貴婦人の氷像にせよ、氷漬けの武器どもにせよ……『一度自らの魔力で凍らせた存在』でなければ、操れないのだ。
ならば、話は簡単。
マイナー達には、ただただひたすら、地下何十メートルにも渡って冬司の力と意識が及ばぬ深部まで掘り進めさせておけばよい。冬司は確かに、貴婦人を手中に収めて桁の違う魔素を扱えるのかもしれないが――戦場が地上である以上は、まさか、地下数百メートル、いや、数十メートルにだってわざわざ【氷】の魔力を垂れ流して凍土に変えて維持支配しようなどとは思うまい。案の定、マイナー達は30メートルも掘ったところで、泉の方角に向けて方向転換が可能となった。後はそのまま、氷像の直下に三次元ジグザグな空洞を縦横無尽に掘り進めさせて、目論見通りソルファイドがデウマリッドに【氷】の魔力を吹き飛ばさせられた瞬間から上にも向かって掘り進めさせればよい。
まぁ、当初はソルファイドに適当に地上の氷上で氷を融かさせつつ、冬司の意識が「地下」に向かわないようにさせて、マイナー達が掘り進める時間を稼いでから【火竜の息吹:微】をぶっ放してもらいつつ、特務隊を移動させてきて【氷】の魔力を削る算段だったんだが……"巨漢"の闖入に対しても上手くリカバリはできたと言って良いだろう。
話を戻せば、こうして作り出した地下トンネル空洞をそのまま"落盤"の作用点として――後は、ウーヌス達のエイリアンネットワークと俺の【精密計測】技能を組み合わせて、ガンマに最適の威力と角度で地響きを地下に轟かせれば、一丁完了。
……冬司め、よほど貴婦人の反攻を恐れたか。
水底まで無駄に完璧に氷漬けにしたために『泉』自体が一個の巨大な固体となったことで、しかも無駄に密度の高い硬い氷であり、ガンマが引き起こした地響きの衝撃はほとんど減衰せずに水底まで到達。マイナー達の命を賭けた掘削によってこじ開けられた亀裂と地下坑道の中を衝撃波が走り抜ける。その反響が、さらに追加の地響きの衝撃に共鳴して増幅し、『泉氷』それ自体がビリビリと激しく揺さぶられて共振現象を引き起こし――地下の亀裂と、ソルファイドとデウマリッドの闘争によって生み出された氷上の亀裂が一気に拡散拡大。
そしてついに、防弾ガラスがロケット砲の連射を受けてついに砕け散るかのように、まるで断末魔のような硬質な破砕音と共に、氷泉が無数の氷塊となって轟音を立てて割れ崩れ――『貴婦人』と『角の異形を持つ魔人女』は、それぞれ別の氷塊ブロックに入った状態で切り離されたのであった。
ええい、あとひと押しか! あの「黒兜」の仕業に違いなかろうよ、すんでのところで持って行かれた!
――だが。
舌打ちする中で、俺は一つの事実にふと気づいた。
「冬司」が、あれだけ竜の火を警戒していながら、「春司」クレオンの存在に気づいた様子を見せなかったのだ……とすると、前に考察したように、やはりギュルトーマ家による【封印】とは「"燃える蝶々"を【焔眼馬】に」という物理的な意味だけでなく、「春司としての権能の行使」それ自体をも封印してしまったもの。
要するに、今「冬司」には「春司」が見えていない。
何ぞ【火】の魔獣がいるぐらいには思っているかもしれないが、単にそれだけであるならソルファイドの【竜火】の方がずっと脅威であって、本当に単なる騎獣にしか思えていないのだろうよ。
それがどうした、と思うか?
夏秋司を操ってのけた"奥の手"がハイドリィ軍にある以上、クレオンはこんな風に主戦場から離れた箇所でしか使えない――少なくともハイドリィ軍には遭遇させられない、と俺は当たり前のように考えていた。
もしもその点さえ、どうにかできてしまったら?
クレオン=ウールヴが最初に何をしていたのかを、思い出してみれば良い。
「冬司」が"季節移ろい"のルールに縛られ、少なくとも、ソルファイドを動かして『泉』を覆う【氷】全体を吹き飛ばした、今のこの一連の流れの中からは「春司」を認識できなかったのであるとすれば――ぶつけてみる価値は、ある。
一つの「調和したシステム」を壊すのは、外側から力技で粉砕するよりも――内側の相克によって内部崩壊させる方が、遥かに楽であることも多い。
さて、そうなると……これは意外と、あいつの運用が要になるかもしれないなぁ。




