本編-0120 ナーレフ騒乱介入戦~凍泉の三つ巴④
『うーむ、あれはきっとお人魚さんなんだきゅぴ』
『うんうん、きっとお人魚さんだねぇ!』
『えー、お人魚さん、なのかなぁ?』
『かなぁ~?』
『え、お刺身さん?』
『いやいや! ウーヌスの言う通り、お人魚さんに違いないってば、あはは!』
押し潰してくれようとばかりに迫り寄せるは粉雪吹雪。
覆し、逆に駆逐してくれようとばかりに抗うは、火気を伴った"春疾風"。
両者がぶつかり合い、激しい蒸気が凍れる泉の上に噴き上がる。その震源は【泉の貴婦人】であった。かの氷像をこそ、熔解せしめんとジリジリ刃をめり込ませるは竜火の双剣。対し、溶かされてなるものかと、地走りのように大小形状様々な氷片氷塊の類が氷像の周囲に駆けつけきては――【火属性砲撃花】が放った魔法弾によって撃砕される。
「あぁ、うん。ぷるきゅぴども、間違ってもこいつは"人魚"じゃあないな。よく見て認識を改めとけ、俺の知識でも迷宮核の知識でも、人魚ってのは人間の『上半身』に魚の『下半身』をくっ付けた見た目だってのが定説だ、うん」
――間違っても、人間の『上半身』に魚の『上半身』をくっつけた見た目でなど、あるはずがない。
優雅に水中を泳ぐ鱗とヒレのついた『下半身』などではなかった。
至近に寄ってからまじまじと見てみるや、"貴婦人"の正体は……【巨大アロワナ】のような見た目の怪魚であった。しかも、デカい。こちらが本体じゃないかと思わざるを得ないほどであり、なんとも氷上に突き出た「人間部分」の倍のデカさはある【巨大アロワナ】が凍った泉の底に沈んだまま、何処かへ死んだ魚のような目を向けていたのであった。
斯様な『上半身』と比べて、その尾ビレにさも疑似餌の如く堂々と生えているのが――泉上に突き出て氷像と化している美しい乙女の『上半身』なのである。これでは、どちらが"本体"かわかったものではない。
『きゅぴ! つまり"逆さま人魚"さんだってことだきゅぴね! 新発見ハンターさんが大喜びなんだよ!』
うん、まぁ、新種の生物には違いないんだろうが、これはどこからどう見ても魔物の類だろうがな……【泉の貴婦人】として尊ばれてきた、旧ワルセィレの土着の神性への認識を、嫌でも改めざるを得ないなぁ。
この「人間の上半身」が――例えば、まさに言葉通りに"疑似餌"としての役割を果たしているとしたら? それが、ある種のアンコウが獲物をおびき寄せるために進化発達させたのと同じ"器官"ではない、などとどうして断言できよう? 旧ワルセィレの民との関係でだって、何か不都合な真実が隠されているのかもしれない。
まぁ……俺にとってこの貴婦人改め『逆さま人魚』様が、重要な情報を引き出し得る存在であることは変わらないんだがな。
さて、意識を管制の方に戻そう。
"裂け目"から呼び出した【焔眼馬】に場の制圧を任せ、【泉の貴婦人】の削り出しをソルファイドに委ね、俺をエイリアン輿の上に担いだ【城壁獣】ガンマが背中に装備した複数の【火属性砲撃花】で飛来する氷弾を迎撃する。
「冬」を操るなどと豪語する冬司であったが――さすがに相手が元々の主人では、どうにも凍らせるのが精一杯であったようだ。氷雪を自在に操れると言うのなら、この氷像ごと己の本体に組み込んで仕舞えば良いというのに……いや、それも時間の問題ではあるのか。
ソルファイドが火竜の血統の力を用いて、氷像を根本からミリ単位でジリジリと溶かし断っていく。その様子は、かつて季節や災害それ自体を"鎮圧"するなどという力技で世界を保っていたと言われる【竜】の力の片鱗のそのまた片鱗を示すものとも言えよう。しかし、同じ氷は氷でも、冬司を示す白銀色の濁りが、貴婦人自身を示すであろう透き通った碧色を侵していく速度が、溶かす速度よりもわずかばかり速いのである。このままでは、間一髪で氷像ごと『持って行かれ』るような事態にもなりかねない。
『なんか~、さっきより侵食速度さんが早くなってるね~』
『きゅ? きゅ? ……魔素さんの投下量さんが増えてるきゅぴねぇ』
『特務隊さんが抑えてる方の魔素さんが、ほとんどこっちに来ちゃってるみたいだねぇ、あはは!』
その意味では、現状はまさに時間との戦いである。
俺の読むところ「冬司」のあのアホみたいな馬力の源の一つは、ほぼほぼ確実に――この"貴婦人の氷像"を手中に収めていることによるものだろう。迷宮領主で言う領域的な意味で、それに近しい方法で貴婦人自身に流れ込んでくるはずの力を、そのまま自分自身に還元しているのだ。
そうだな、俺で喩えれば、眷属に過ぎないはずの副脳蟲どもに意識を乗っ取られるとかして、そのいいように動かされている状態であろうか。
『きゅきゅ!? そ、それは、おいしいもの記憶さんがのぞき放題だね!』
『だねぇ、素晴らしいよ~!』
『よおお~』
……まぁ、こいつらがこんな調子なら大丈夫だろうけども。
ともかく、それならば"力の供給源"を根から断ってやれば良い。ソルファイドがクレオン=ウールヴから感じ取った「感覚」と、夏秋司と相対している"名付き"達からエイリアンネットワークで受け取った情報を総合すれば――3柱の季節の司は、貴婦人を救うためにこそ行動をしているのだと容易に類推できる。
ならば、今一時的に足を引っ張ってやっているのだとしても、最終的には貴婦人を確保してしまうのがやはり王手だ……何ならクレオンという「春の先触れ」も手元にあるのだからな。
などと、楽観視していた時のこと。
『モノ~、モノ~、MONO! なんかね、なんか、なんか変なんだきゅぴ』
『うん? どうしたのさ、ウーヌス……ん?』
『え、二人ともどうしたの!』
ん?
『いや、なんかこうせっかく余った魔力さんを、他に投下さんしてる割には……きゅぴぃ?』
『なんか手ぬるいてことかな、あはは――あぁっ!? 創造主様ぁぁ!!』
ぞわり、と伝わってきた異様な気配。
意外にもそれは最初にそうした異常を検知すべき副脳蟲達からではなく、直接「エイリアンネットワーク」を通して"名付き"達からエイリアン信号の生データとして伝わってきたのであった。
今まさに、連中が、責め苛まれながらも連携して介入しているはずの、相潰し合う「夏」「秋」「冬」という3種類の気候気温気流気圧の混沌が――不意に、一つに溶け合った。そうとしか思えない事態が顕れた。
「なんだ、何が起きた?」
"名付き"達の決断は、俺が指示を下すよりも早かった。
そもそもが「冬」vs「夏秋」という対立関係が大前提にあっての"足止め"だったが――今や、派遣した6体は一組となって互いにフォローし合いながら連携し、戦線を再構成しながら、勇猛果敢なる『抗戦しつつの撤退』に取り組んでいたのである。ブレイン達を通した【眷属心話】と同時即座に、再びエイリアン信号という形で、"名付き"どもから撤退先としていくつかの選択肢が俺に伝わってくる。
それだけ連中は切迫した状況下にあるというわけだが――なんじゃこりゃ。
夏秋冬が入り乱れる混沌とした気候、などという表現ではその本質は表現できない。あるいは「冬」と「夏秋」のどちらかが敗れ、勝った方の季節に塗り潰された……というのでもなかった。
そこに在ったのは、夏でも秋でも冬でもない、当然ながら春とも異なる――言わば「5番目の季節」である。デルタ以下から直接伝わってくるエイリアン信号によって、その異様なまでの"調和"具合が、俺の脳裏に情報として生々と描き出される。
夏であって夏でなく、秋であって秋でなく、冬であって冬でなく。要するに、3季節全部の特徴を兼ね備えた「僕の考えたさいきょうの季節」よろしく、つい先ほどまで潰し合っていたことなどどこ吹く風と忘れたかのように。
互いの性質を喰らい合うのではなく見事なまでに調和し、連携し、一個の秩序だった暴威を生み出す"環境"が生み出されていたのである。
氷刃と泥礫の混合物を複雑な気流の暴風雪に乗せて、まるでファンネルのように無数に旋回させつつ撃ち放ってくる――そんな「季節」の中心には、つい先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの冬司と夏秋司が、互いを慈しみ護り合うかのように仲良く並んで進軍してきていたのである。
――数秒。
一体何が起きたのかをようやく理解してから、俺は「エイリアンネットワーク」全体に号令を飛ばした。
『ミシェール、ル・ベリ! "名付き"達と合流しろ、主軍は全力侵攻! 何ならハイドリィ軍とも連携して"あれ"に立ち向かえ!』
この期に及んで、出し惜しみをしている余裕などない。
ハイドリィ軍の敗残兵達を狩るはずだった道中の伏兵達も、最低限の監視役を各箇所に1体残して全部戦線に急行させる。
……よもや、冬司が【泉の貴婦人】を通して夏秋司を己の制御下に置いてしまうなどとは。しかもそれが、冬司を2体がかりで押さえつけていた夏秋司を、俺の眷属に介入・妨害させた結果だとは、なぁ。
だが、それをしなければ冬司はいずれ消耗し、逆にこいつの方がハイドリィ軍の魔導部隊によって、他の3司がやられたのと同じように【封印】されて、その制御下に落ちる危険があったのだ。
そうなれば、3体の強大な魔獣が連携して俺の軍に対抗してくる構図は大して変わらない。いや、それどころかそっちのシナリオだと、厄介な魔導部隊と連携をしてくることになるわけだから――3司とハイドリィ軍が敵対関係である分、それでも今の方がまだマシではあるんだろうよ。
ただ、故にそもそも当初の作戦では、季節の魔獣同士の闘争を臨機に長ける"名付き"達の少数精鋭に撹乱させて膠着状態に陥らせ、その間に主力軍を以ってナーレフ駐留部隊を排除――最低でも魔導部隊を落として、俺にとっての最悪の展開を阻止するつもりだったのだが。
"堅実"なるヒスコフ、か。よほど優秀な部隊長なのか、奇襲に対しても予想以上の粘りと善戦を見せてくれた。おかげで、ミシェールだけでなくル・ベリと、名付きからもイオータ、イプシロンを引き抜いて投入して、なんとか圧迫しつつあったわけだが……そうか、季節の司どもめ、そっちに進撃してくるってわけか。
斯くなる上は、ハイドリィ軍と一時的に共闘するしかあるまい、互いを"盾"にしようとする出し抜き合いを水面下で実行しながらな。そうル・ベリとミシェールにも【眷属心話】を飛ばす。
まぁ、冬司を抑えるために夏秋司を投入したのが完全に裏目に出た、という意味では、ハイドリィ軍にとっても悪夢のような展開であることには違いないのがせめてもの救いか。そこまでして、なんとか時を稼ぐ間に、尚のこと急いで冬司の力の源の一つを断たなければならないわけだが。
『ソルファイド、もっと火力を上げろ。クレオン、制圧はもういい、お前も主人を手伝って――』
「ハーハハハハッ、ははぁハハハハッッ! はは破ァァアアッッ!!」
空間を揺さぶる、まるで爆音の汽笛を搔き鳴らしたかのような轟咆。
雪景色の彼方から、粉雪とも異なる"蒸気"の塊を纏いながら暴走機関車もかくやと突っ込んでくる――図体のでかい何者か。
ほとんど反射的にソルファイドがそちらを振り向き、火刃を縦一文字に一閃。
武技【息吹き斬り】が火竜剣の焔を纏い、赤熱した斬撃がカマイタチとなって雪煙を切り裂きながら咆哮者に迫る。だが、その瞬間に不可思議な現象が起きた。
轟く咆哮から生み出された、空間そのものを揺さぶる衝撃波が【息吹き斬り】と触れた瞬間――一帯からおよそ【火】属性を含んだあらゆる"力"が吹き散らされる。かき消されたものには、飛ばされた斬撃に伴っていた火気自体も含まれていた。
"余波"はそれだけに留まらない。
ガンマが背に装備した【属性砲撃花】達がまとめて機能停止、不調と混乱を訴える信号が「エイリアンネットワーク」内に乱れ飛び、ソルファイドの超反応に続いて乱入者の方を振り向いた【焔眼馬】クレオン=ウールヴも――全身に纏う焔を吹き飛ばされ、一時的に禿げ馬になってしまった。
咆哮一つでこのような事態を引き起こしてくれた輩は、一体全体何者であるや。
氷を踏み割り、吹雪の砲弾もものともせず、まるで常温中に取り出したドライアイスのように全身から潮気た蒸気を鎧った"巨漢"が、得物を破城槌の一撃の如く突き出してくる。貴婦人の氷像から跳び離れ、その進路上に立ちはだかったのはソルファイドであり――火竜の双剣をクロスさせ、激しい金属音と共に正面衝突した。
そこで【息吹き斬り】の効果がようやっと遅れて現れてきたか。"巨漢"の「咆哮」によって吹き散らされたはずの【火】の魔素達が、"咆哮"が斬り裂かれたことにより、急速に巻き戻され、寄せ波の如くさぁーと辺りに戻ってきた。
「ハハハぁッッ! また会えて嬉しいぞッッ竜人ッ!! 今度は"技"も"武器"もアリだなぁあああッッはははぁッッ!!」
「俺はできれば二度と会いたくなかったな、貴様は色々と――デカすぎる」
「可愛げの無い漢めがッッ、だがやるじゃあないかッ! 俺の"声"を斬り捨てちまうとは……お前の"技"も大したもんだなぁッッ!?」
ナーレフ代官ハイドリィの側近の一人にして、陽気なる粗暴者。
兵士達を診療所送りにしまくることで有名なる"巨漢"デウマリッドこそが、乱入者の正体であった。
確か、ナーレフの街の中で一度ソルファイドに叩きのめされたと聞いていたが……その時はどちらかが手加減でもしていたのだろうか、陽気なやり取りとは裏腹に、二人の男が火花の飛び散る凄まじい鍔迫り合いを演じている。
"声"とやらを切り捨てた効果で、辺りに戻ってきた【火】の力を纏って再び赤熱した双剣を構えるソルファイド自身、足元の氷がみるみる融解していくほどの熱気を放っている。まるで【息吹き】を吹かずに、腹の底に溜めてそのまま馬力に変えているかのようであった。
そのように【竜】の力をも動員するソルファイドを、その剛力によってガリガリと押し込むデウマリッド。"巨漢"の手に構えた得物は無骨な鉄塊とでも言うべき大槌であるが――金属ならば、火竜の双剣の赤熱が徐々に伝わり、すぐにでも両手に大火傷を負ってしまうはず。
しかし、俺がそう思った瞬間、デウマリッドの大槌と籠手を包むかのように、あの潮気た蒸気が再び猛烈な勢いで噴き出す。いいや、手の周辺からだけではない。胸当てや肩当てといった防具の隙間という隙間から、強烈な磯の香りがする白煙を噴き出しながら、石炭を補給された暴走機関車の如く、ソルファイドをひと息に何メートルも押し込んでいってしまう。
だが、そこに"焔"を取り戻して禿げ馬ではなくなったクレオンが駆けつけ、突進の勢いのままにデウマリッドの横っ腹に紅蓮の蹄を叩き込む。その一撃自体は腹当てに阻まれて致命打にはならないものの、わずかに怯ませることには成功、その隙を突いてソルファイドが槌を弾き、反動を利用して自らもクレオンの側へ横に飛び退いた。追撃のアームハンマーを蹴り飛ばしつつ、炎の鬣を素手で掴んで、軽快な体捌きで愛馬の背に跨って、その腹を一蹴り。
引き絞られ放たれた矢のように、ひと息で十数メートルにも達する魔馬の跳躍。
背後から、追いすがるような"声"が叩きつけられるが――ソルファイドが、今度は完璧なタイミングで【息吹き斬り】を合わせたか。先ほどと異なり、【火】の魔力が吹き散らされる寸前に咆哮自体が斬り捨てられる。かくや妨害を回避したクレオンは、そのまま凍泉の氷上を瞬く間に何十メートルも跳び駆けて、潮臭い"巨漢"との距離を大きく引き離した。
闘志を燃やして追い縋ろうとしたデウマリッドだったが――すぐに、ソルファイドの意図を察したようだった。攻守交代、次はお前が「突撃」を受け止めてみろ、とかいう幻聴でも聞こえたのか、爆薬を破裂させたかのような哄笑を上げ、両脚を広げて四股に似た体勢で身構えた。
果たして、火と火が相乗する灼熱の騎馬武者が踵をとって返し、空間を歪めるほどの熱量と共に紅い残像を残しながらデウマリッドに向かって重加速。
「かかってこいッッ! それでこそッ我が強敵に相応しいッッ!!」
「ォォォオオオオおお!」
『いやはや、なんてこった。「愛馬」の次は「好敵手」ってか? ソルファイドの奴もつくづく"押しかけられ"体質だなぁ――ひゃあ、すげー正面衝突、おいおい、クレオンの首が吹っ飛んでんじゃねーか!』
『いや……オーマ様、最前線ですよねそこ。何呑気に実況しているんですか』
おぉ、ルクじゃないか。そっちの"仕込み"は順調かい? 吸血鬼どもの仕置きは――今はいいや、後でまとめて話してくれ。
ごほん。
確かに俺も、ソルファイドを支援して、あの声も馬力も図体も態度すらもデカいデカ物野郎を早々に撃退すべきかと思ったが……あのレベルの戦いに中途半端な介入は被害が大きくなりすぎる。あれは、むしろ対魔獣を想定した布陣で掛かるべきで――そのための"駒"は名付き達を含めて、皆出払っているからなぁ。
ならば、足の遅いガンマを投入するよりは、氷像の解凍を俺自らが継続する他はあるまいよ。まぁ、あのデカ物をもっと効率的に足止めできる知恵があるならば、聞いてやらんこともないがな?
『というわけで、ルクパパさん、解説よろしくなのだきゅぴ!』
『……情報を見たところ、あの巨漢は1種類しか魔力を散らせないようですね。祈祷師でもないのにそれができる時点で色々とヤバいんですけど、うわっ!? 【海嘯甲冑】まで使いこなしてやがる――まぁ、でも数種類の属性で同時に攻撃すれば邪魔は可能でしょうね。【属性砲撃花】は投入してるんですよね?』
残念、そいつらは主力軍の方だ。
裂け目から増派することもできなくはないが、迷宮経済の制約と逐次投入の愚の狭間でどれだけバランスを取ることができるのか、という視点での話となろう。第一、生半可な戦力を追加したところで、現状あの決闘には焼け石に水だ。
ならば、ソルファイドには可能な限りデウマリッドを足止めしておいてもらうしかない……あ、今度はクレオンを囮に"乗り捨てジャンプ"しやがったぞ、あいつ。
首を刎ねても止まらず、しかも炎によって再生する魔馬への対処法をデウマリッドが即座に変えたのだ。仕切り直しの2合目の騎馬突撃では、大槌が横薙ぎに振るわれてクレオンの前脚がまとめて叩き折られるが、前のめりに倒れる魔馬の背に既にソルファイドはおらず。
"巨漢"の頭上からの落下襲来を試みており――。
『きゅぴぃ! 上から今までとは違う氷弾? さんが来るよ、気をつけて創造主様、ガンマさん!』
観戦を続ける暇も無いか。
副脳蟲達からの警告が鋭く飛んできた。
ソルファイドとクレオンが拘束されたことで、氷像の溶かし役をガンマとその背の【属性砲撃花】達にやらせねばならなくなったため、絶え間なく降り注ぐ氷弾の迎撃を切らざるを得なかった。それでも、直撃コースが来れば、警告してからガンマが【砲撃花】を回頭させ迎撃するのでも十分に間に合うはずだったのだが――。
「ん? 結構数が多いな……いや待て、避けられただと?」
先ほどまでとは、何か様子の異なる氷の塊が一斉に飛来してくる。
その数、実に空中に20弱。ガンマの背に咲き誇る砲撃花達が全門斉射し、その撃墜コースだった氷塊どもが――まるで猛禽のように空中で軌道を変えたのだ。明らかに意思を持ち、飛行するかのような動きで軌道を変え、迎撃の砲撃を回避。
それどころか、まるで巣を突かれた蜂の大群の如くワッとバラけた散開軌道を描いた氷塊達が、自由落下に加え何か魔法的な力によって更に加速しながら一気に雪崩れ落ちてくる。
咄嗟にガンマが氷塊達に背を向け、俺をエイリアン輿ごと乱暴に振り下ろして腹の下に覆い隠す。そのまま、アンカー状の両足十指をガッシリと氷上に深く食い込ませて踏ん張り――ズガガガッ、と激しい連撃連打が【城壁獣】の硬殻に覆われた背に突き立った。
それだけではない、20の氷弾は、ガンマだけでなく「面制圧」するかの如く降り注いできたのである。ガンマの背に突き立ったのが半数で、もう半数が檻となって取り囲むかのように周囲の氷上に次々と突き立つ……あぁ、今の衝撃で【属性砲撃花】の何株かが深傷を負ったな。
「なんだ、氷の"武器"……だと?」
剣や槍の形状をした氷の塊、というわけではない。
文字通り、氷漬けになった長槍やら鉄剣やら湾刀やらが降り注いできたのである。それがウーヌスの警告した"奇妙な"氷塊の正体……そして、真の脅威はむしろそこからだった。
空中で迎撃のための魔法弾を華麗に回避して見せさえしたのだ。無論のこと、一気に大地に降り注いだぐらいで終わりなわけがなかろう? ――案の定、剣戟の類どもがわなわなと一斉に震えだしたかと思うや、次々と氷上から引き抜かれるように浮かび上がり、まるで目に見えぬ戦士達に操られるかのように、様々な角度から群れ飛んで襲いかかってきたのである。
「奥の手ってわけか!」
最も危険なコースを通っていた死角からの一振りをイオータの遠投が撃墜。
さらに、ウーヌス達が空からの視界確保のために飛び回らせていた【誘拐小鳥】達が急行してきて、数振りに体当たりしてその軌道を強制的に変化させる。
俺はガンマの腹の下に覆い隠されたままだったが――"エイリアン輿"を形成する【肉塊花】と【触肢花】が蠢くや、俺の盾となって、ちょうどカンガルーの袋のように外側からガンマと俺を挟んで覆い被さった。そして、凄まじい衝撃が全身を包んだのはその次の瞬間のこと。
"エイリアン輿"が俺を「保護」したのと呼吸を合わせ、ガンマが氷を砕き割らんばかりに激しく踏みしめた反動を利用した緊急側転回避を敢行したのである。
……わかりやすく言えば、象かサイが加速と共にジャンピング側転をしたとでも思ってくれ。ガンマは、その"進路"上に迫っていた"氷漬けの武器"の何振りかも、先ほどの連撃で深手を負った【属性砲撃花】達も、容赦なく諸共にその重量に巻き込んで、文字通り踏み潰したのであった。
「――ッ痛ぅ……! ガンマめ、無茶しやがる」
エイリアン輿がクッションになったとはいえ、ローリングに巻き込まれた俺も、当然ながら無事というわけにはいかなかったが。プレス機に挟まれたら多分こんな激痛が全身を走るんだろう、とかいう衝撃を【強靭なる精神】に押し付けて無理矢理耐え、意識を「エイリアンネットワーク」に集中。ガンマ達が稼いだ貴重な時間を使って、既に"裂け目"の向こう側では【鶴翼花】装備の走狗蟲を中心とした緊急支援班の編成が完了していた。
だが、予備兵力を伏せていたのは冬司も同じであったか。
更に10振りあまりもの"氷漬けの武器"どもの新手が、吹雪に乗って曇天の方角から飛来してくるのが見える。
――魔力の気配と、何か急かすかのような戦慄きを背中の方に感じたのは、まさにこの時であった。
エイリアン輿を蹴り剥がして抜け出し、新鮮な空気を求めつつも、俺は背中を振り返る。果たして、【最果て島】でゴブリン氏族長から奪ってから使い続けていた『藍色にも近い黒色なる金属製の槍』こそが、熱と戦慄きの根源であった。
掠れて読めない何らかの"銘"が淡く青い光を放っているようにも見えたが――【黒の槍】が、何か唸るような波動を発したかと思うや、何か見えない指示点に誘導されるが如く、俺の目線が"氷漬け武器"どもの内の一つを自然に捉えていた。
飛び回る他の武器どもとは明らかに異なる【黒い兜】が、さも働き蜂に守られる女王蜂の如き鈍重さで、"氷漬け武器"どもの統率だった飛行演舞の央を漂っていた。
――それを見た瞬間、強烈な違和感が俺の中で膨れ上がる。
と同時に、その違和感に対する確信めいた「答え」もまた、即座呵成に閃き出でてくるのであった。
「"冬の先触れ"め、それがお前の馬鹿げた力のカラクリだってわけか……だが、それがそのまま『盲点』にもなるとは、きっと夢にも思わないだろうなぁ」
さて。
なんとか、いくつか出現してしまった予想外の事態を凌ぎつつ、巻き返しの"種"を撒いていくとしようか。