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本編-0119 ナーレフ騒乱介入戦~凍泉の三つ巴③

敬称としての「冬司(ふゆつかさ)」。

または愛称としての「あられウサギ」。

はたまた――知る者の少ない真名(まな)としての「冬の先触れ」。

様々な名で呼ばれる"それ"は、怒りと苛立ちに身を焦がしていた。


「季節の司」と総称される存在は4柱おり、冬司は(ともがら)達と共に【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】を主に頂いている。その名の通り、季節が移ろうことを促す(・・)ことで――貴婦人の支配する領域を安定させるこそが、彼らが生まれた意義であり任された任である。


……だが、そうした調和が狂ってしまったのはいつからであったか。

領域の外から、属性が不自然に欠けた(・・・)ような不安定な魔素と魔力が大波となって押し寄せるようになってから、もはや幾年(いくとせ)の四季が巡っただろうか。

そのような「荒廃」した魔素と魔力の流れが、貴婦人が慈しむことを望んだ自然や生けるもの達に"災厄"をもたらさぬようにしなければならない。領域内の環境と生命の安定を司るが故に「先触れ」を真名に持つ彼ら4柱は、それぞれが担当する「季節」ごとに手分けして、かつて【ワルセィレ森泉国】と呼ばれた領域に押し寄せる荒廃の調律に勤しんできたのである。


――(しか)るに、今の状況は何事であるや。

四季一繋ぎに"移ろい"のバトンを受け渡し合うはずの己等のうち、まず「夏司」が気配を絶った。さらには己が次に任を引き継ぐべき「春司」が気配を絶って久しく、近頃ついには「秋司」までもが。

あるいは悪しき巡り合わせが重なり、彼らの"宿り獣"が、ほとんど同時期に力尽きるということが無いとは言い切れない……常であれば、仮に百年に一回の不幸としてそういう事が起きたとしても、実際には影響は限定的なもの。というのも、そもそも領域の外から「季節」それ自体は流れ込んでくるのであって、先触れ達はそれを単に"移ろうを促す"程度――すなわちワルセィレの民に、


「今年の蝶々様は、どこかで道草食っていたらしいなぁ」


などと冗談にされる程度のことでしかないはずであった。

しかし、繰り返すが、この20年弱は荒廃した魔力をその季節の間、御し抑制することこそが「季節の司」達の主な役割と化し。

年を経るごとに、より強大な魔獣が"宿り獣"として選ばれる傾向が強まり――冬司が宿っていた【綿雪羊】という魔物などは、常ではあり得ぬ進化を繰り広げ重ね今に至る。また、秋司などは【森負い亀】という強力な魔物を新たな宿り先に選んだばかりであり……もはや【貴婦人】の領域を守るためには、これまで以上に四季切れ間なく任が引き継がれなければならない、という切迫した状態にあった。


故に、冬司は焦っていたのだ。

例年であれば、己は既に「春司」に任を引き継ぎ、翌年に向けて力を蓄えるための眠りにつかねばならない時節である。

だが、己を残して徒達が一様に失せたなどという緊急事態下にあっては――切れ間なく荒廃を抑制し続けるため、もはや己が徒達の代わりを務める(・・・・・・・)他は無かった。


もっと、もっと【氷】の魔力を。

溶け得ぬ豪雪を。砕き得ぬ銀氷を。

「移ろい」を少しでも先に延ばし、停滞させるための厳冬を。

荒廃した魔力それ自体にあてられて最後の砦たる己までもが狂って失踪してしまうことを防ぐだけではなく、領域の外から流れ込んでくる"春"の気配にあてられて、己が意図しない形で眠ってしまわぬよう――より強大で強力な【氷】の魔力を。


それらの力で以って、本来ならば「春司」達が抑え込むべきであった荒廃を全力で抑え込む冬司であったが……ここで、不幸な行き違いが生まれてしまう。

【貴婦人】が未だこの事態を理解しておらず――止むに止まれぬ己の献身を"暴走"の類と誤解してしまったのである。昨今の「長き冬」という名の領域における荒廃こそが、春になっても"移ろおうとしない"己の仕業によるものであるとして、強制的に眠らせ、さらには"宿り獣"から引き剥がそうとしたのである。


かろうじて己が"代役"を務めているからこそ、荒廃の侵入を限定的なものに防ぐことができている。そんな己が上位者たる【貴婦人】の、抗えぬ力によって移ろわされて眠りについてしまえば……もはや、この荒廃は直接貴婦人を侵すこととなってしまうだろう。

『泉』を中心にしたこの領域における秩序は、決定的に壊れて戻らなくなる。

故に、冬司は主人たる【泉の貴婦人】を保護(・・)した。徒達の中でただ1柱だけ残った「季節の司」としての責務を貫徹するために……であるというのに。


怒気と共に叩きつけたあられの渦を、乱気流によって四方八方へいなされる。

分体を生み出すべき凍土を泥濘に変えられ、逆さ氷柱を放つ機を狂わされる。

【貴婦人】とその領域を守るという使命を放り出しておきながら、今頃になって眼前に立ちはだかった「夏」と「秋」に対して、嚇怒に心を塗り潰される。だが、百歩譲って同僚達の帰参を歓迎してやるとしても――荒廃の抑制を手伝うどころか、己を攻撃して"宿り獣"を殺すという形で移ろわせ(・・・・)ようと立ちはだかるとは、一体全体どういう了見であるか。


『痴れたか、この裏切り者どもめ!』


『お前は暴走している、すぐに【貴婦人】様を解放しろ』


『何もかも吸い尽くそうとしているのが、わからないのですか!』


『しゃしゃり出るなよ、噛みつく相手が違うわ! まずは"春"を探し出すのが先だろうが!』


冬司があられと氷雪氷片、逆さ氷柱を積み重ねた「氷の檻」を生み出し、夏司を(よろ)って封じようとすれば、秋司が凍土を泥沼に変えて土台の安定を妨害する。凍土への支配権を奪い返すには、氷ではなく雪の浸透力に頼らねば"拡散"速度で押し負けてしまうが、そうなると脆くなった雪の体を暴風に叩き壊されやすくなる。


ワルセィレの領域に満ち満ちた「住民」達の"涙"、すなわち祖国を滅ぼされた20年分の悲嘆と絶望の慟哭から供給される魔素を魔力として独占できた期間があったため、冬司は未だ余力を十分に残して持久戦を続けられる。

無論、同格の存在たる夏司と秋司もまた季節そのものとして顕現した以上、条件は同じ。負けないというだけで、攻勢に転じることの難しい千日手であった。


『小賢しい! ――おぉ、【貴婦人】様! 不届きな裏切り者どもを眠らせ移ろわせたまえ、再び御元に馳せさせ給え』


『貴婦人様、貴婦人様、どうかお目覚めください。御元のお力を欲しいままに盗み使う哀れな徒を、ただちに移ろわせください!』


『己ら! 裏切りを重ねるだけの佞者(ねいじゃ)どもめ、忌々しい"荒廃"に呑まれたか! 御元への誑かしは決して許さん!』


分厚い氷の中に「保護」したことで、冬司はこれまで以上に強い"繋がり"を感じられるようになった【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】に呼びかける。しかし、今の己より弱いものであっても"繋がり"を持つのは裏切り者達も同じであった。繋がりの強さを、貴婦人に対して行使できる影響力の大小、と言い換えるならば、冬司はせっかく手に入れた発言力を裏切り者達の言が貴婦人に届かぬように妨害することに注ぎ込まねばならず、思うように自身の言を届けられなくなっていた。

嗚呼、願わくばわずか一時(ひととき)でも、この忌々しい裏切り者達を怯ませられれば――しかし夏秋司の連携は厚く、(すく)み合いの膠着状態に陥っている中では、反撃のために捨て身の攻勢に転ずることすら難しい。


故に、冬司は視野を広げ、己が直面する3つの(・・・)闘争を一つの盤面として俯瞰した。

ワルセィレの住民が流した20年分の"血と涙"が染み込んだ大地から供給される膨大な命素と魔素を以ってしても、全方位に対する力押しが困難であることを悟るや――冬司は、最も"効率の悪い"戦線の放棄を決断した。

そこには、氷像の中に「保護」していた貴婦人を狙う、不浄の塊とも言える魔物達を率いる不届きな侵入者が迫っていたが、何かの対抗魔法のような"障壁"が張られ、一帯における【氷】属性の魔力操作が困難になっていた。"雪崩れ跡"としては、そこには己の力の3割程度は占める結構な『雪量』が残されていたが――維持できないものにこれ以上の力を注ぎ込むのは愚策徒労の類。


こうして冬司は、対エイリアン軍、対夏秋司、対ハイドリィ軍という3つの戦線における戦力と魔力の配分を大規模に転換。痛烈なる逆撃を叩き込む好機を見定め始める……無論、戦線を放棄するとて対オーマへの「罠」として奥の手を一枚伏せておくことは忘れない。

――しかし、【エイリアン使い】の軍勢を自由にさせたこと自体は、結果的には冬司自らが特攻するという博打を打つ以上に「良い」展開をもたらしたのであった。


   ***


【氷属性障壁花】を装備した【戦線獣(ブレイブビースト)】の特務隊が、エイリアン軍に差し向けられた"余波"を押さえ込むことに成功した。

冬司が早々にそちら側への魔力配分を断ったものの――その場に残された雪崩れ跡を再利用させないという意味では、特務隊達はその場に張り付け続けておく必要がある。だが、逆に言えばそれ以上、雪羊達を"モグラ叩き"し続けていた過剰戦力をも引き続き置いておく理由も、オーマには無かった。


『連中の闘争に介入しろ。いいか、全力で足を引っ張(・・・・・)ってやろうじゃないか』


ル・ベリとミシェールを伏兵部隊と連携させてハイドリィ軍に向かわせる。"溶かす"試みのためにソルファイドを手元に控えさせる。そうした指示と並行して、オーマはそのように"名付き"エイリアン達に命を下したのであった。


護衛として残った【城壁獣(フォートビースト)】ガンマ、後方から戦場全体を射程に収めて支援射撃する【投槍鹿(アトラトルディーア)】イオータ、主軍と共に対ナーレフ守備隊にぶつける予定である【塵喰いウジ(ダスティマゴット)】イプシロンを除く6体が凍れる泉の上を猛然と突っ切って行く。

そうして、群なる全体意思に身を委ねながらも、個たる独立意思を色濃く持ち合わせることを望まれた"名付き"達が辿り着いた場所では、凶猛なる魔獣同士によって闘争が繰り広げられていた。


そこは、単なる"戦場"と呼ぶには、周囲の地形や環境それ自体への被害があまりにも大きすぎた。ナーレフを覆う「長き冬」の震源に突如「夏」と「秋」が割り込んで現出したかのごとく、3つの季節そのものが激突する。

氷礫(ひれき)と暴風が互いに叩きつけ合い、雪塊(ゆきくれ)と泥濘が相塗り潰し合う。冬の吹雪、夏の台風、秋の土砂流が諸共に砕き合う。魔法の属性はおろか、気温湿度に加えて気流気圧の類までもが入り乱れる壮絶さは、まさしく"天災"と呼ばれるもの。『長女国』で本来このような事態を鎮圧すべき【鎮守伯】や【魔導侯】の率いる討伐部隊であっても――何重もの属性耐性魔法を重ねがけねばならないだろう。


あるいは、多少の損耗をも介さぬ十分な「迷宮経済」が仕上がっていれば"名無し"達による数の暴力での介入と制圧も可能であったろうか。

――それが叶わぬため、父にして母なる創造主は、己等にこそ足止め(・・・)せよと命じたのである、と【螺旋獣(ジャイロビースト)】デルタ以下の"名付き"達は理解していた。


【旋空イタチ蛇】が引き起こした暴風と【雪崩れ大山羊】が呼び寄せた吹雪がぶつかり合い、氷塊の砲弾と泥石土の混合物が乱れ飛ぶ。だが、そのような風雪礫濘など毛ほどもものともせずに6体が"災厄"の央へ殴り込んだ。

先陣を切ったのは【風斬りツバメ(エッジスワロー)】シータ。大自然が生み出した砲弾の雨あられの中、乱気流を鋭く舞って"竜巻の大蛇"の内部を浮遊する「イタチ蛇」を追い回す。

確かに「地の利」はイタチ蛇の側にあるものの、シータはこの小さな本体を"竜巻の体"の外に外に追い立て、追い詰めようとしており――体格差から言っても、両者はちょうど梟に狩られるネズミのような関係である。無論、暴風のただ中での追跡劇はシータ自身にも多大な負担を強くものであったが。


そこに、イタチ蛇の至近に爆炎が炸裂した。

シータの軌道を追いかけてきた【炎舞ホタル(ブレイズグロウ)】ベータが、可燃酸と【火】魔法の火花によって小爆発を引き起こしたのである。シータほど器用に飛べないベータは、直接に"竜巻"の内部に突入はしない。代わりに、周囲をデタラメに飛び回り、シータに追い立てられて"表面に浮上"してきたイタチ蛇の本体を焼かんと、竜巻の外側から絶え間ない爆撃を加えていく。

対抗してイタチ蛇が、より多くの【風】魔力を込め、竜巻の体を大きく大きくさせて「防御力」と「遊泳空間」を確保したため致命傷こそ与えられないベータであったが――別の面では、この無数の小爆撃は確実にイタチ蛇を圧迫しつつあった。


……というのも、風というのは本来四方に四散する性質を持つもの。それを、曲がりなりにも「大蛇」の形に束ね、押し固め、しかも破壊力を持った乱気流と化させるには、その見た目の暴威以上に精密な風向風速操作が必要なのである。

そうでなくとも、イタチ蛇はこの"竜巻の体"を冬司の生み出す吹雪とぶつけ合わせている。そこに、規模が相対的に小さいとはいえ【火】魔法で生み出された"風の乱れ"まで勘定に入れろというのは荷の勝ちすぎる難題。"竜巻の大蛇"を維持するため、言うなれば倍の魔力操作に意識を割かねばならなくなっており――加えて、侵入したシータの「狩り」からも逃れなければならず。

「夏司」は"飛行コンビ"の徹底した執拗なる嫌がらせ(ハラス)戦術により、明らかに「冬司」に対する攻撃の勢いが鈍ってしまっていた。


同様に、「秋司」たる【泥濘子守り蜘蛛】に【切裂き蛇(リッパースネーク)】ゼータ、【絞首蛇(ハングスネーク)】エータが襲いかかる。ゼータが両腕の鎌を白く閃かせて神速の斬撃を見舞うや、「子守蜘蛛」が巨人の掌ほどもの量の泥土を隆起させて盾とする。しかし、その素早い動きと白刃の閃き自体が、子守り蜘蛛の全ての複眼を引き付けるための囮。

しなる釣具の如く、エータの尾が下半身の胴ごと激しく弾け伸び、横薙ぎに、子守り蜘蛛の8つある脚を2、3本まとめて巻き取った挙げ句、一気にすくい上げた。

泥濘子守り蜘蛛は【土】属性の魔獣であるが、あくまで泥の上に浮かべた8本脚の先に【土】魔法を発生させ、大地を泥濘化させてそれを自在に操作したり、あるいはその上をアメンボのように"滑る"習性を持つに過ぎない――すっ転ばされ、子守り蜘蛛は自らの生み出した泥沼に盛大に突っ込んでしまう。


激昂した子守り蜘蛛が、沈みかけた体勢を立て直すのも後回しにして、周囲の凍土を広範囲に泥濘化させてエータを捉えようとするが、適当な樹氷の枝に尾を機敏に巻き付け、大地から飛び退る相手にその戦術は効果が薄い。それでも追撃せんと、わらわらと亡者の手の如き"泥の糸"を無数に伸ばすが、再び白刃が閃いていずれも斬り散らされる。

ゼータを迎撃しようとするや、再びエータが、その脚まとめて巻き取ってくれんとばかりに尾を伸ばして横薙ぎに叩きつけてくる。同じ手は食わない、とばかりに脚全てを泥沼の底に沈めた子守り蜘蛛。逆に「やわらかい」泥の塊を生み出して、エータの尾をわざと受け止めつつめりこませ、完全に拘束してしまおうとするが――【土】の魔力を発動しようとしたその瞬間、豪ッ、と鋭い風圧が頭上を掠めた。かと思うや、鋭く、わずかばかり揺らめいた長い形状の「槍」の如き()が、何処より撃ち放たれ、そのまま背後の樹氷の幹に突き立った。


『泉』周辺の全域を射程に収めた【投槍鹿(アトラトルディーア)】イオータによる剛擲である。

イオータは副脳蟲(ブレイン)達の管制を受けてミシェールらと連携しており、必ずしも「季節の司」達への狙撃を主目標としているわけではない。しかし、それがついで(・・・)の牽制であるとて――子守り蜘蛛の意識が"蛇コンビ"の煩わしく目まぐるしく入れ替わる波状攻撃に向いた瞬間に、再びその眼前を掠める。

そして"飛行コンビ"に苦しめられているイタチ蛇も同じ脅威にさらされる。

その意識が、ベータとシータの連携しているようで連携していないデタラメな挟撃への対応に向いた瞬間に、竜巻の中を泳ぐ本体の鼻先を切り裂く。


故に、ついでの剛擲であっても、妨害と足止め(・・・)の抑止としては非常に効果的。

その上の更なるダメ押しとして、2体の【螺旋獣(ジャイロビースト)】が、「冬司」が生み出す雪羊達を大暴れしながら"適度に間引き"しつつ、ふと思い出したかのように、あるいは子守り蜘蛛に螺旋の豪腕で殴りかかり、あるいは空中のイタチ蛇に向けて手頃な氷塊や氷柱を投げつけるのであった。


――ここにこそ、"名付き"達が、オーマの想像以上に"効率的"に格上の魔獣達を足止めしてのける、その優れた連携の片鱗が現れていたと言える。


実際のところ、こうした「ふとした瞬間、いきなり攻撃対象を切り替える」という芸当をやってのけていたのは"筋肉コンビ"だけではない。

ゼータが子守り蜘蛛の複眼に斬りつけようとして泥の壁に巻き込まれ、エータの"釣り"によって緊急離脱した次の瞬間には、その勢いのまま"竜巻の大蛇"に突っ込んで、暴風にあおられながらも、的確に白刃を閃かせてイタチ蛇がシータから逃走する経路を潰して戻ってくる。他方、ベータもまた爆風によっていやらしく"竜巻の大蛇"の、気流が弱い部分を吹き飛ばしてその身体の維持に強い負荷を掛けつつ、気まぐれに子守り蜘蛛が生み出した泥壁を爆撃して吹き飛ばし、その穴からシータが突っ込んで一撃を加えようとする。


個々の単純な戦闘能力では、同じエイリアン種の"名無し"達よりも、位階と経験の分でいくらか勝る程度の戦力しか持たないのが"名付き"達である。

しかし、"名無し"達とは――言わば主脳(オーマ)副脳蟲(ブレイン)が統括する全体意思とでもいうべきものに、その根本的な「判断能力」を全て委ねてしまった者。群体として、一個の生き物の如く高度複雑に連携する能力を獲得した代償がある。彼らの代わりに「判断」するのが、実際にはその身を戦場に置かない(・・・・・・・)副脳蟲(ブレイン)達であるため……よりメタな次元における「意識の外」からの不意討ちに弱くなってしまった。


これは、言うなればウーヌス達が誕生したことの"副作用"であった。

オーマが本来迷宮領主(ダンジョンマスター)として有していた【眷属心話】能力が、ブレイン達によって「エイリアンネットワーク」という独自形態に発展したために、初期にはまだ多少なりとも存在していた"名無し"エイリアン達の個体ごとの独自の状況判断能力が――効率的な連携の実現のため、ほとんど脇に追いやられていったのである。


では、他方でアルファ以下の"名付き"達はどうか。

「名」を与えられ、己を他の個体と明確に区別するよう自我付けられた彼らは、「エイリアンネットワーク」の全体意思に呑み込まれず、それと共存・併存(・・ ・・)できるのであった。全体意思から必要な情報を受け取りつつ、なお最前線で闘争する一個の眷属として、"名付き"達は、己の自我にこそ由来する独自の状況判断能力を未だに保っていた、というわけである。


そして、それだけではない。彼らは、必要に応じて【副脳蟲(ブレイン)】の中継を経由せず、直接「エイリアンネットワーク」を通して他の特定のエイリアン(名付き含む)と、限定的ながらも交信を行うという感覚を練磨研鑽しつつあった。

これこそが、ある(つかさ)を全力で相手にしていながら、一連の行動の中に、まったく脈絡なく他の司に対する牽制に繋がる一撃を「意図的に」混ぜ込むという高度な戦術的行動を実現したカラクリの種。全体意思に全面的に盲従する"名無し"達とも、個性が強すぎて独自の判断をしすぎる副脳蟲(ブレイン)達とも異なり――ある時は"名付き"同士の「共同意思」を形成しつつ、またある時は一個の個体としての独自判断を行うという、複雑な連携を苦もなく"名付き"同士でこなしていたのである。


無論、これは"名無し"達の全体意思に全てを委ねてしまう方式と比較して、自らへの負荷を増大させるものである。オーマから優先的に魔素と命素の供給を受けているため、その問題は未だ表面化には至っていないが――実のところ、"名付き"達は"名無し"達よりも消耗しやすくなっていた。

……まぁ「より重い負担」などは、彼らにとっては創造主オーマへの忠勤を証明するために、むしろ進んで負おうとするようなものであるのかもしれないが。


斯くして、季節を司る魔獣同士の闘争は、冬司が防戦一方に追い込まれていた状態からひっくり返った。"名付き"達の妨害により、夏秋司は冬司に攻勢を続ける余裕を失った。

その分だけ冬司は、【雪崩れ大山羊】を"宿り獣"とする「冬の先触れ」は、戦線を放棄してまで再整理した戦力と魔力を他に向けることができるようになったわけだが――そうして棚から転がり落ちてきたとも言える"余力"を、夏秋司やオーマ軍などに対する戦力・魔力には回さなかった。


代わりに、蓄えた魔力の大半を「保護」下の【貴婦人】に語りかけ(・・・・)る、という行為に注ぎ込んだのである。


果たして、季節の司達を足止めにして生み出した"膠着状態"など、単なる仮初めのものに過ぎないことを"名付き"達は理解することとなる。そして、彼らを通して戦場を俯瞰していた主脳(オーマ)副脳蟲(ブレイン)達は――『泉』と【貴婦人】を巡るこの三つ巴の闘争の本質が何であるかを、すぐに知ることとなる。

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