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本編-0116 ナーレフ騒乱介入戦~薄氷上の均衡

禁域(アジール)の森の生態系について、ささやかながらも大きな疑問が一つ残っていた――食物連鎖の頂点が、【森林虎】と【痺れ大まだら蜘蛛】の間で争われるようになった原因である。


単に冬が長引いた程度なら、前者は冬眠を、後者も(のう)に包まれた卵の孵化を遅れさせるだけの適応で、なんとかやり過ごしたことだろうよ。

だが、現実には大蜘蛛達が虎の縄張りへ大挙侵入してくるという形での淘汰圧に繋がった。つまり、蜘蛛達の縄張りの方で何か「住処を捨てざるを得ないほどの急激な変化」があったということ……まぁ、それもまた『長き冬』の災厄のもたらした異変だったわけだ。


閑話休題。

そんな異変と災厄の震源地が、目の前に広がっているところまで辿り着いた。ここからは一歩踏み込めば、いつ襲撃を受けてもおかしくはない――ということで、足の遅いイプシロンを除く全"名付き"を、俺の背後に後光か光輪の如く引っ張ってきた【異界の裂け目】から呼び出す。


「踏み込むぞ、色々と気になるからな。ハイドリィ達が着くまでまだ時間があるから、その間にこの目で確認しておきたい」


氷と雪、それぞれの層がミルフィーユのように交互に折り重なり、元の森林など完全に覆い尽くした銀世界である。冬の高山でもないにも関わらず、樹氷が墓標のように林立する様は「止界」じみており、ある種の自然の美しき異様でもあった。


だが、見惚れている余裕があるわけでもない。

グウィース率いる【宿り木トレント】の部隊をその場に待機させ、お守りと後方警戒にル・ベリを残し。


エイリアン輿に担がれながら、左右にソルファイドとミシェールを従え、背後に"名付き"のエイリアン達を率いて、俺は正面から堂々と『泉』の領域へと踏み込む。

すると――肌に感ぜられる魔素と命素の流れが、急にピリピリと、異物を排除しようとするかのような敵対的な感触に変わった。

これはまさしく、俺という迷宮領主(異なるシステム)の侵入に対する迷宮(ダンジョン)的な意味での『領域』がそこに広がっていることの証明であるのだ、が……例のシステム音がしなかったことには留意すべきだろうよ。


「どうした。主殿ともあろう者が、つままれたような顔をして」


「その1、敵対的だが友好的。なんなんだろうな、この"領域"は」


知覚過敏にでもなったような敵対的な空気。しかし、高級な布地のような友好的(・・・)で肌触りの良い感覚も混在しており――リッケルと【領域戦】をした時には感じられなかったものだ。


「まるで【魔界】のような場所、ですね。我が君」


ソルファイドが気づかなかったことを、つい先ほど合流したばかりのミシェールが代弁してくれた。然り、違和感の2つ目は、そこでは魔素と命素の操作にかかる【人界】での"制約"が、【魔界】由来の技能を実行しようとした時の例の着衣水泳じみた重ったるさ(・・・・・)が軽減されている――ゼロじゃなくて、単に軽減されているというのもまたミソだ。


強いて言えば【人界】と【魔界】の中間のシステム法則が支配する空間であるかのような――。


(待てよ? この魔素と命素の流れ方……まさか"裂け目"が無い、のか?)


【魔素操作】と【命素操作】を広く広く展開する。

エイリアンネットワークを通して、あらかじめ『泉』とそこに至る複数のルートに埋伏した各班のエイリアン達の感覚を通して、周囲の状況を探る。そうして収集した情報を総合するに――もしここが【魔界】のシステム下で形成された迷宮ならば、当然備えているべき"裂け目"の存在が確認できなかったのだ。

それはすなわち、対応する【魔界】側の迷宮核(ダンジョンコア)も、存在しないということ。


つまり――【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】は迷宮領主(ダンジョンマスター)ではない(・・・・)

だが、非常に特殊な形で、具体的には【人界】において【魔界】に近い(・・)環境を擬似的に生み出す力を有した、迷宮領主(ダンジョンマスター)とは似て非なる存在であるということ。


【魔界】と【人界】の因縁は高次元の所で根深く入り組んでおり、もはや世界のシステムというかそういうレベルにまで及んでいるというのは、過去にも考察した通り。故に、そのレベルでの不整合というか「変換エラー」のようなものが"制約"の所以とすれば――この一帯を覆う魔素・命素の"安定"具合いは、【◯◯使い】という形で表現される迷宮領主(ダンジョンマスター)達の間の個性差に由来するとは考えにくい。

そうであるならば、【人界】においてさえ自由に這い回れる迷宮領主(ダンジョンマスター)が『融合型』以外にももっと居てもおかしくない。浸透が容易ならば【迷宮】が【人界】に対する防衛要塞であるという"建前"すら成り立たなくなってしまうだろうよ。


――だとすると、やはり。


「"精霊"というわけですね、我が君」


ミシェールは勘付いたようだな。

そしてその情報は、即座に「止まり木」によってリュグルソゥム家の間で共有されたことだろう……そら、知識を語りたがる"当主サマ"のお出ましだ。


『【四元素】家は、連中だけに知覚できるらしい【精霊】という概念を仮定(・・)していることを、父の代でようやく突き止めることができました。カラクリは厳重に秘匿されていますが……普通じゃあり得ないほど、これから何が起きるのかを最初から知りすぎている。彼らの対処能力、特に"巻き返し"の的確さは異常です。単純な"武力"比べなら、【王権派】が最弱のはずなんですけど』


『そうかい。そんで……その秘密の核が「愛し子」ってわけか』


さすがは「謀略の獣」達の筆頭に君臨する魔導侯家であるや。

多少の"ムラ"はあるものの、「お家の危機」と「王家の危機」に対しては完璧と言って良いほどに、彼らの家政組織としての対応は完成され洗練され過ぎている、とルクは言う。


「待て、ルク。俺でもわかるぞ。その危機とやらを仕掛けているのが【四元素】家自身なら、完璧な対応など当然ではないか?」


ソルファイドが、俺が最初にその話を聞いた時と同じ疑問を抱いたようだ。が、同じようにルクに肯定されそして否定される。

確かにマッチポンプも多々あり……主に【破約派】への割とガチな嫌がらせと【継戦派】への恫喝と懐柔とかだが、それを勘定に入れてもなお、知るはずのないことを急に知る(・・・・)でもない限りできないような対応を取るという。


「急に知る、か。なるほど、最初から知っていたなら別の対応もできていたはずだ、という不自然さがあるわけか。ならば得心がいく」


「ふん。厄介な手品の種でも、いずれ御方様の障害となる前に見破ってしまえば良いだけのことよ」


「ほう、言ったな? ル・ベリ。ならばお前は何だと思う、その力の種とやらを」


「……大方、魔法の力でも感知できぬ不可視の羽虫(はむし)か何かを操って探らせている、とかいうだけのことだろう」


あるいは――【守護神】の加護だかを魔法学的に誤魔化そうとしているのかもしれないが、そこまで可能性の幅を広げて【精霊】とかいう"不可視の羽虫"の正体を考察しようとするのは、今は良い。


今、無理に考えずとも、"重要参考人"の居所がすぐそこにあるじゃあないか。


鳥も獣も虫でさえも、あらゆる生命の気配が凍てついて停まってしまったかのような銀世界を分け進む。

しかし、確かに何者かにそこかしこの雪や氷の陰から「観」られている感覚。ピリピリと、領域からの異物排除的な意味での空気抵抗が少しずつ激しくなる……俺を中心に同心円状に、離れた位置に潜ませたエイリアン達ほど、魔素と命素の消耗がわずかだが増している。


予想していたような襲撃や空気以上の敵対的な反応は、今のところは無い。

――だが、平和というわけでもない。単に俺達に構うことを後回しにしているだけのことなのかもしれない。


「主殿」


「我が君」


辺りを押し包む【氷】の魔力の中に、全身が粟立つような巨大な"存在感"が確かに在った。それは目には見えぬ不可視の領域で奔流となり、荒れ狂い――何かを押し潰そうとしているように感じられた。

気配的な意味でソルファイドが、魔力的な意味でミシェールが同時に察して注意を促してくる。"名付き"達もまた、ピリピリと臨戦態勢に移行しつつ、いつでも爆発させられるような殺気をまとい始める。


まぁ、警戒と威嚇は配下達に任せればよいさ。

俺はアルファを促し、さらに雪銀の世界の奥へ『泉』へと足を踏み入れ――。


「薙ぎ払え、ソルファイド」


命ずるや、火竜骨の双剣を片方引き抜き、肺に吸い込んだ呼気をするどくフッと刀身に吹きかけ、たちまちに赤熱したるを縦薙ぎ一閃。

瞬間的爆発的に生み出された熱波――武技【息吹斬り】が霜付(しもつ)く白霧を、泉の中央辺りまで焼き掻き消し飛ばし、にわかに、その『押し潰されまいと抵抗する』者の姿を露わにした。


『きゅぴ! "泉"さんと"貴婦人"さんを発見だきゅぴ、目標さんを補足さんしたんだよ!』


金を持っている自治体の市民プールほどはありそうな広さで、池というには大きく、湖というには小さいか。

岸を雪塊に覆われ、水面もまたスケートリンクの如く凍てつき、その上からしんしんと白雪が降り積もる。それでも一目で"泉"の広さを見当つけられたのは、侵食とそれへの抵抗が「2段階」で進んでいたことによる。

「温度」的な意味では"泉"は完全に押し潰され、おそらくは水底までひとかたまりの氷塊となっている。だが「色合い(・・・)」という領域で、"泉"は元のエメラルド色混じりの群青を湛えたまま、銀氷の侵食に未だ耐え続けていたのだ。


……まぁ、長くは持たなそうだが。

こうしている間にも、"冬"の白濁色がミリ単位でジリジリと"泉"の碧青色を蝕んでいた――中心部の存在に向かって。


「へぇ、なかなか神々しいものなんだね。土着の民達の"女神様"っていうのも」


碧青は泉の央で盛り上がり、まるで千年樹のような巨大な氷柱(つらら)を生やしていた。

それは、あたかもこの泉を中心とした周囲一帯の森の「へそ」であるかのように、冷厳堂々たる存在感を放っており――押し潰そうとする白雪銀氷に、なお気高く抗っていた。


そして、そんな大氷柱の中に、胸の前で手を組み祈るように瞳を閉じる裸婦が閉じ込められていた。深緑のエメラルド色をした豪奢な髪の毛が、氷漬けにされた海草の如く逆巻いている――十中八九、こいつが今回の一連の出来事のキーマン的存在である【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】に違いない。

あぁ、まぁ想定とは全く異なる邂逅になってしまったが。


彫刻を思わせるエキゾチックな美貌には、苦悶の色一つ浮かんではいない。

登場シーン中に問答無用で氷漬けにでもされた金銀斧の女神サマの如く、水面から上半身だけ浮かび出た姿は、さながら人柱(ひとばしら)御供(ごくう)と言った趣きだが……まぁ、なんだ。俺の今までの予想が正しいなら、単に飼い犬に手を噛まれているだけなんだけどなぁ、こいつ。


「ふむ、主殿。もう一人、居るぞ」


ソルファイドが貴婦人の腰よりも下、凍てつく碧青の水面の下方を指差した。


「もう一人の、女? へぇ――何者でしょうね、我が君」


と、ここで白く細かな粉雪吹雪が再び辺りを包み始める。もう一回ソルファイドに吹き払わせてもいいが……さすがに、泉の向こう側に迫るハイドリィ軍に感知される危険が高くなるか。


だが、一瞬だけは見えたぞ。

泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】の後ろに守られるように沈んでいる、もう一人の氷漬けの女には――角が生え(・・・・)ている。

無論、この世界の普通の「人間」にそのような身体的は存在しない。そして、ルクとミシェールが持つ【人界】知識において"一角獣(ユニコーン)"の獣人なんてものも聞いたことがない。


(【異形】……か? つまり「魔人」。一体どこのどいつが、どんな理由で――)


そう思うが早いや。


『きゅぴぴぴっ、きゅぴぴぴっ、きゅぴぴぴっぴぴっ♪』×6


とても不快な、不快だが妙に頭に残ってリピートする系の軽快なリズムの警報が脳内でかき鳴らされた。

おいコラ、何遊んでんだお前らコラ、今は有事だっつてんだろ。


『え、でも創造主様が最優先報告さんだって言ってたきゅぴ。創造主様、一度考え出すと止まらないさんだから~、絶対に気づくように工夫したんだよ! ちょっと「嫌いな音」記憶野さんから、こう』


目覚まし時計苦手なんだよなぁ。

嫌なもん思い出させてくれたお礼にお前らも目覚まし時計(あの忌々しい連中)どもと同じ目に遭わせてやろうか?


『きゅぴぴぴっぴぴっ♪ みんな逃げろー!』


『わーい』×5


……いかん、これ以上連中のペースに巻き込まれてなるものか。

目覚まし時計の中にぷるきゅぴを詰め込んで叩き壊すイメージを頭の中に浮かべて気を取り直し『ぎゅびゃあああああああ~』先遣させた監視班の哨戒網にハイドリィの部隊が引っかかった、という報告を俺は改めて吟味した。


眷属(エイリアン)全部隊に伝達、ハイドリィが"檻"の鍵に手をかけた。予定通りだな、「夏」と「秋」の(つかさ)の登場を確認次第――ッッ、ちょっと待て、何が起きた!?』


ギュルトーマ家の技術による「季節の司」をも護送できる特製の魔獣檻が、魔導兵部隊の呪文詠唱によって「封印」を外された、そこまでは良い。

が、まさにその瞬間を狙ったかのように、凍土と白雪を突き破る逆さ(・・)氷柱(つらら)が、あたかもおとぎ話の"豆の木"が伸びるかのような勢いで天をも穿たんと屹立する様が「エイリアン語」の報告を通して俺の脳裏に生々しい情景として浮かび上がり、続いて血相変えたウーヌス達のおふざけでない警告が響き渡り――。


「御方様! ここも狙われています!!」


後詰めに置いといたはずのル・ベリが飛び込んできて叫ぶや。

それが、泉の反対側にいたハイドリィ軍に対してだけではなく、【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】に近づきすぎた俺達に対する"急襲"でもあったことを、嫌でも知ることになる。


全神経を集中させていたせいか。

まるでコマ送りのように、俺を取り巻く情景が目まぐるしく移り変わる。


まず、俺が胡座(あぐら)で座していた輿(こし)が、担いでいた【螺旋獣(ジャイロビースト)】アルファ自身によって、まるでロケットのように垂直に放り上げられる。

その直後、アルファの足下からその半身ほどもの太さの"逆さ氷柱"が屹立した。俺を担いだまま避けるには間に合わないと即断したのだろう、盾となってあえて片足と腹を刺し貫かれ――螺旋に盛り上がった筋肉を、貫かれながらも引き絞ることで、氷柱の勢いを殺しつつ、その刹那に俺を放り投げたのだ。


直後、ソルファイドが火竜剣を振るって、アルファを縫い止めた氷柱を根本から横薙ぎに溶断するが、二撃、三撃と新たなる逆さ氷柱が周囲に乱立。と同時に、大気中の粉雪吹雪を吹き飛ばしながら、まるで砲弾のような速度で人の頭ほどもある氷雪塊が降り注いできたのである。

内、三塊ばかりが直撃コースだったが――"名付き"達の対応は迅速果断だった。

風斬りツバメ(エッジスワロー)】シータが体当たりで、【投槍シカ(アトラトルディーア)】イオータが"剛槍"を撃ち放つことで氷塊を2つ撃墜。と同時に【絞首蛇(ハングスネーク)】エータが全身を釣具のようにしならせ、空中で俺の胴をキャッチして勢いよく引き戻す(・・・・)ことで最後の氷塊を回避。

そのまま大地に衝突する寸前で、【切裂き蛇(リッパースネーク)】ゼータが宙を舞った"エイリアン輿"を回収し流れるような所作で【螺旋獣】デルタへパス。デルタが、俺が「引き戻され」衝突するはずだった地点に駆けつけ――激しく揺さぶられた終わりにしては、あっけないほど柔らかい衝撃に包まれるように俺は受け止められた。


塵喰いウジ(ダスティマゴット)】イプシロンは"裂け目"の向こう側で待機中。

炎舞ホタル(ブレイズグロウ)】ベータは【城壁獣(フォートビースト)】ガンマの頭上に飛び乗って難を逃れた。ガンマの足下からも氷柱が突き出ていたが……これはアルファの時と異なり、ガンマの装甲を穿ちきれず、逆に半壊してしまっている。


『きゅきゅぴー!! そ、創造主様がーーっって、あ、あれれ? お手玉さんされたのに、無傷さん!?』


『あはは! アルファさん達すっげー!』


『やっぱり、筋肉さんは万能だったんだね~』


この間、十秒を越えるかどうかである。

恐るべきは「群なれど個」たる"名付き"達が今実演して見せてくれた刹那即断の連携ということか。実は"名無し"達はエイリアンネットワークを通して――最初の氷柱を食らった時、その全意識が下に一瞬とはいえ向いてしまったのだ。

泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】も『冬の司』も刺激しないよう、直接乗り込むのは示威も兼ねた少数精鋭で行くこととしたために、泉への進軍に"名無し"どもではなく"名付き"達を伴っていたことが、狙った以上の功を奏したということであるか。


ただし、襲撃自体はこれだけでは終わらない。

なおも、逆さ氷柱が大地から突き出すが――ミシェールの詠唱が完了するや、目に見えて氷柱達の突き出し速度が鈍化。リュグルソゥムの"女主人"が、相手の手の内は凍土から発生する魔法的な攻撃であることを看破、【土】魔法【敵対的な土塊】により、氷柱の生成自体に対する妨害領域を展開した。

その機を逃さず、生成速度が衰えた逆さ氷柱どもをソルファイドが片端から焼き潰して回る。これにより、白銀の大地からの「地対地」襲撃を完封。


また、頭上から飛来する氷塊弾についても、シータが飛び回り体当たり迎撃しているところ、【8本触手】を展開して大蜘蛛のように跳躍したル・ベリが合流。そして自分だけ休憩していたベータが、ガンマに「お前も手伝え」と言わんばかりに全力投擲されて加わったことで「空対空」防御も盤石化。

さらにはデルタがイオータと肩を並べ、螺旋の筋力に任せて引っこ(・・・)抜いた(・・・)逆さ氷柱をそのまま豪投。アルファも負けじと加わり(足の負傷だけで腕力自体は衰えていない)飛来する氷塊弾への「地対空」迎撃も成った。


「さて、どうにか初撃は凌いだぞ。次はどう来る? 『冬司』め」


再び輿に胡座をかいた俺を、アルファから任務を引き継いだガンマが担ぎ上げる。

この間、"裂け目"から【火】を含むいくつかの【属性花】が届いており――ガンマがそれらを装備して"要塞獣(メガリスビースト)"状態に移行、もはや逆さ氷柱と氷の砲弾程度では崩されない防御陣が完成していた。


「ぬるいなぁ! おい、それでも"季節を操る"だなんて豪語する大魔獣か? このまま、氷漬けの"貴婦人"様を俺が奪い取ってやろうか?」


挑発の言葉が、周囲に溢れる氷雪を伝って「冬の司」あるいは「泡粒の先触れ(冬)」なる魔獣まで届いたか。襲撃の形態がにわかに変化し始める。


"名付き"とル・ベリ以下配下達によって構築された防御陣の、射程ギリギリの位置に、今度は氷柱の代わりにいくつもの"氷の噴水(・・)"が生成。

そこから次々と――氷の体躯を雪の体毛に覆われた"羊"の魔物が溢れ出してきた。


「あれは【氷河羊】……いえ、その上位種の【雪崩れ大山羊】ですね。我が君、ご注意を。三百年前の"災厄"の記録よりも、遥かに大規模かと」


あぁ、そんなもの見れば(・・・)わかるとも。

英単語のsheepには複数形のsが付かない、とはよく言ったもの。

みるみるうちに十や二十ではきかない数の"雪山羊"達が氷の噴水から溢れ出し、今こうして思考する間にも数を増やしていく。


「小賢しい、そんならばこちらも"数"で対抗しようか」


「御方様、宜しいのですか? "段取り"が狂ってしまいますが」


「我らまで(・・)襲撃を受けた時点でとっくに狂っているぞ? ル・ベリよ」


その通り。

苛烈に見えるが、これはむしろハイドリィ軍に浴びせられた痛撃の余波(・・)みたいなものでしかない可能性が高い――少なくとも「向こう側」の混乱はそれほどまでに酷いものとなっていた。だが、だからこそ不利な「狂い方」というわけでもない。

俺はソルファイドの補足を受けて、口の端だけ歪ませるように笑った。

そして、苦労して苦労してここまで運んできた"裂け目"を宙に固定し、広く広く銀の水面を拡げる(・・・)よう整形することに全意識を傾ける。その奥の【魔界】側で、既に臨戦態勢を整えていたあらゆる眷属達が、俺の命令を待っている。故に――、


【報いを揺藍する異星(いしょう)窟】の迷宮領主(ダンジョンマスター)としては、上命一下に檄すのみだ。


『進撃の時間だ、凶悪なる我が眷属(エイリアン)達。相手が"雪崩"だと言うなら、雪を啜り氷を噛み砕いて食い尽くせ! 崩し、裂いて、そのまま押し返してしまえ!!』

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