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本編-0113 野心家達は誰が掌上に踊るか

【盟約暦519年・跳び狐の月(4月)・第2の日】

【~転移170日目】


「"奴隷競り"襲撃事件」から一夜明けて。

ナーレフの一般市民や旅人向けには、それが『森の兄弟団』の仕業であるとの「火消し」が流布され――同時に、近々本格的な討伐のために代官ハイドリィが挙兵しようという噂も流れ出すのを尻目に。


『奴隷連』所属会計士の商人ディンドリーは、支部長室(・・・・)で片端から人事の見直し作業に従事していた。

代官ハイドリィの優秀さは彼も悟ってはいたが、それによって"骨抜き"にされていたナーレフ支部の構成員は末端の荷物運びにまで広く深く及んでおり、事実上、ナーレフ支部の「売り上げ」が代官邸か『森の兄弟団』に振り込まれるようになっていたのである。それでいながら、怪しまれない程度の「上がり」が奴隷連本部の方へ送られるようにしているという周到振りは、さすがは『長女国』の魔法貴族達の"犬"としては最も悪名を馳せるロンドール家ならではの手際の良さであるか。


何度もため息をつきつつ、かりかりと頭を書きながら顎に羽ペンを当て、イライラを隠しきらない様子で事務作業を進めるディンドリー。


何も、競り会場が盛大に破壊されたことだけではない。

――それだって問題ではあるが。


「とんでもない連中と取引しちまったなぁ……そう思わせて、こっちの出鼻をくじこうってか? 大成功だよ馬鹿野郎ども」


端的に言って、ナーレフ支部はしばらく休業せざるを得なくなった。

破壊された会場の修繕にかかる金もそうだが、先にも言った通り「人」の問題も大きかったのである。

既に本部に対して応援人員の派遣を要請してはいるが、どうしたってタイムラグがある。一応は、事前に切り崩して示し合わせていた数名と共に、サーグトルが殺されたのを良いことに支部長イングーシに全ての責任を擦り付けて衛兵に引き渡したが――しばらくは、ディンドリー自身の目標を達するために力を蓄えるだとか、何か悪巧みをするというのは無理だ。


「本部め……こういうのだけは動きが早いんだからなぁ」


良い話と悪い話が一つずつ。しかし、良い話の方も見方によれば悪い話か。

ともあれそんな「良い話」としては、代わりの者が派遣されるまではナーレフ支部長代理をディンドリーがやれというお達し。

そして「悪い話」は、会場を破壊したのはやり過ぎだから、支部長代理として必要経費を稼いで立て直すまでは、支部長代理はよこさないという注釈である。


支部長業は、自身も過去に小規模の隊商を率いたこともあるディンドリーにとって、人と金とモノと情報を回すこと自体は慣れない仕事ではない。しかし、大中小複数の「奴隷商会」が連合体を組んだ組織である『奴隷商会連合』特有の難しさがあり、まさにその人も金もモノも足りない状況下で、次から次へと陳情やら要求やら脅迫やらが舞い込んでくるのを切り回さなければならない。そして、それは支部長の責任である。

上手くこなせれば、商人にとって最も重要な"繋がり"も強化できるのだが――『長女国』で「迷宮開放」の布告がなされた影響により、対応しなければならない相手は「奴隷商会」だけではないというのが、ナーレフ支部の特殊事情である。


言わば、『次兄国』のあらゆる商人達に対する窓口役もこなさなければならなくなってしまうのである。もちろん、政治的な「上」の方の話は、商会連合同士でやるなりする話であるが、もっと具体的な商売の話だったり情勢の見極めだったり、大小様々なルートでディンドリーの元へ"探り"も来る。

ある意味では、これを切り回すことができていた前支部長イングーシも、事務能力と判断力に関しては無能ではなかったということか。


「あの魔法使いどもめ! とんでもないことをしてくれたぜ、全く」


今更、この程度の事務作業で苦を感じるディンドリーでもない。

肉体を鍛えていたのはこういう事態のためでもあったが、それでも悪態をつかずにはいられない。


完全に一杯食わされる形となったからである。

彼としては、てっきり交渉相手となり段取りも決めあった『人物鑑定士』の配下である、苦虫顔の男ル・ベリが来るかと思っていた。そこでシーシェを餌にサーグトルをおびき出し、支部長イングーシもついでに始末してもらおうと思っていたのである。

だが、蓋を開けてみれば、まるで催眠か【幻影】魔法にでもかけられていたかのように、ル・ベリかと思っていたのは同じ『人物鑑定士』の配下でも全く別人の仮面の男。シーシェですらもが、その仮面の男と同じ色の髪の毛をした別人の少女であったのだ。


――そして、彼らがサーグトル一人を始末するために大暴れしてくれたツケを、自分が支払わされているわけで。


威圧されはしたため、今更彼らを代官ハイドリィに売り渡そうなどと考えているディンドリーでもない。というよりも、自らその"正体"を宣言してハイドリィを嘲笑いつつ、足元から閃光を噴出して真上に垂直に吹っ飛ぶとかいうわけのわからない『飛行魔法』で脱出していったトンデモ魔法使い達だ。

だから、あえて虎の尾を踏もうとは思わない。思わないが――"商人"として、自分もまた「骨抜き」にされようとは思わない。その点でナーレフ支部の軟弱者達と同列に見られるわけには行かないのである。

取引相手として「長い付き合い」をすることに舵を切るならば、相応のものは、自分だけではなく相手にも支払ってもらわなければ成り立たないだろう。


「まぁ、この借りは『人物鑑定士』サマからゆっくり徴収させていただくとするかなぁ……あー、忙しい忙しい」


   ***


一人の若手商人が楽観的な思考で新たなる"悪巧み"を練っていた頃。

関所街ナーレフを治める若き代官は、全く楽観的にはなれない気分で、必死に頭を捻っていた。


――忠臣ではなくとも、その者の行動の目的や動機、最終的に目指しているところなどを把握することができれば操ること自体は困難ではない、というのが"微笑み"の代官ハイドリィの哲学であった。

それは、ロンドール家が積み重ねてきた「ドブネズミ」としての経験知でもあるが、実際に関所街ナーレフを統治して、様々な勢力の利害を調整するという実践を通して培ってきた、ハイドリィ自身の自負でもある。


だから、こんな事態は完全に想定外なのだ。


その「こんな事態」に対処するべく、ハイドリィ自身の決断は早かった。

デウマリッドは兵の召集に走らせた。また、普段は『魔導兵』の指揮などに従事していて、滅多にナーレフ市街には顔を出さないヒスコフについても――試験段階であった「切り札」の制御(・・)方法を実行に移すために出払った。

これは本来殺されたサーグトルの仕事だったが……色狂いが原因で集中力の続かぬ彼が、その作業や研究開発をヒスコフに押し付けていたのである。それが、なんともこんな形で不幸中の幸いとなるとは。


そして、老間者ネイリー。

ロンドール家に長年仕え続けてきた【紋章】家から送り込まれた監視役が、よもやその【紋章】家を裏切るような行動をしていることなど、前提が何もかも崩れてしまう事態である。


(【紋章】侯にとっての邪魔者である私を始末したければ……こんなややこしいことをする必要は無い。寝室にあの(ジジイ)自身が忍び込めば、それで終わるというのに)


仮に、嫡子であったジェロームを『廃嫡』したこと自体が、自分を油断させるための"仕込み"であったとして。

苦心して作り上げたナーレフの統治体制や、表も裏も含めた諸勢力の利害調整などはまだまだハイドリィ自身の判断能力で保たれている面が大きい。『鉄の渓谷』という"金のなる木"があることも含めれば、これがジェロームに関所街ナーレフをそっくり引き渡すことをネイリーが考えていたのだとしても、時期尚早であるというのがハイドリィの読みであった。

さすがの【紋章】侯と言えども、息子が、自分を欠いて制御を失った他家の勢力の傀儡になることは望まないだろう。


だが、その意味では、ハイドリィはわざとそのような統治方法にしていたのだ。

【紋章】家を通じて、入り込む他家の勢力を排除するという"他の街"のようなやり方もあったのであるが……己の能力に自信があった、だけではない。例えば上に挙げたような、自分を排除しようという【紋章】家の動きが起きないように牽制しておくための"仕込み"でもあったのだ。

それは、『長女国』広しと言えども、主家である【魔導侯】家とこのように読み合い、対等に渡り合える【鎮守伯】家は実にロンドール家ぐらいのものであろう、という自負の顕れでもある。


――故に、ネイリーの行動は、ハイドリィを陥れるというよりは【紋章】家を罠にかけようというものにしか見えない。


『人物鑑定士』とかいう詐欺野郎を隠れ蓑に不穏な活動を続けていた【御霊】家残党が、ネイリーに監視するように命じていたはずの【騙し絵】家と、以前から通じあっていたことは間違いない。

そもそもがナーレフ近郊とかいう、虐殺の実行部隊(モーズテスを含む)からすれば全然想定外な場所に指定されていた"緊急転移魔法陣"の存在自体、怪しさの塊であった。【御霊】家の恐るべき学習・研究能力によって、よもや己等の秘術が盗まれた――などとショックを隠しきれない態度をしていた【騙し絵】家であるが、演技だろう。彼らが技術提供をしたに決まっている。


では、そこまでして、一族を一度殲滅するなどという凄絶過ぎる"仕込み"を行ってまでして、今回の一件を目論んだ――とハイドリィが聞かされている――『末子国』の思惑が何であるのか。


そのヒントは「怨霊」の二人が得意気に語ってくれたものだ。


(しょせん掌の上で踊っているのは、あの哀れな"怨霊"どもも同じだな。復讐の炎でこの国のすべてを焼き尽くそうとでも言うつもりか知らないが……少なくとも【騙し絵】家が【紋章】家率いる【継戦】派を崩す道具にされるだけだ、あの銀髪のガキどもが言ったことが真実だとしても、な)


『長女国』には3つの派閥がある。

【四元素】家率いる王国の体制護持と周辺国への覇権確立を誓う【王権派】と、【騙し絵】家率いる『四兄弟国』という英雄王アイケル以来の現在の諸国間体制の解体と改革を目論む【破約】派とが、最も鋭く対立をしている。

残されたもう一つである【継戦派】は、それらとは毛並みが異なり、西方諸国との戦争経済を回し続けることを望む金の亡者達が利害を一致させた緩い連盟のように思われているが――その実、外側に敵を作って戦い続けることで、仮初ながらも『長女国』の一致団結を図り、【王権派】と【破約派】の正面衝突を可能な限り先延ばしにしてきたのである。


故に【継戦派】を率いるのは、かつて「懲罰戦争」を開始した【聖戦】家でもなければ、"最強"の武力を持つと謳われる【魔剣】家でもなく、研究能力と経済能力を兼ね備えた【紋章】家なのである。


(その【紋章】家が、まさか本当に倒されるなどという事態が起きれば、どうなることか……【紋章】家が相手では【御霊】家のような"裏取引"が行われるわけがない。もう一度の一致団結しての「虐殺」は無理だ、必ず"生き残り"が【騙し絵】家を攻めかねないし、賛同する【魔導侯】家も出てくるはず――いや、それともそれが『末子国』の狙いなのか?)


別に、国が乱れることを忌避する愛国者なハイドリィというわけではない。

野心のある彼からすれば、それはむしろ好機である。【紋章】家への忠誠が無い以上は、【紋章】侯ジルモと長子ジェロームが同時に(・・・)同じ場所で殺されるなど、願ってもない好機の到来である――それが、己の統治する街でさえなかったならば。

……そんなことが起きれば、自身が関与したとして見せしめに粛清されるのは目に見えたことであった。ジェロームの弟だか孫(現嫡子)だかによって討伐と報復の軍勢を差し向けられるだろう。「大逆者を先に討ち取った方が【紋章】侯の名を継げる」とかなんとか考えて、同時に攻めてくることだってあり得る。


【騙し絵】家などに保護を求めようにも、彼らが自分を生かしておくわけがない。既に、ジェロームという手頃な傀儡は彼らの手中にある。無能者だが、【紋章】家がナーレフに手を出しにくくする盾としては担ぎやすい神輿であり、優秀者である己を飼っておく理由が無いのである。


(――と、こんなところか、"怨霊"どもの読みというのは。それで、私をわざわざ捕らえずに放置した、と……舐めやがって)


"怨霊"を取り逃がした後に、ジェロームが拉致されたという決死の報告を行った『鼠捕り隊』の部下は、あの後『魔導部隊』の治療班によって一命を取りとめた。

その彼の口から聞かされたのは――追い討ちの如き「最悪」の事態であった。


(ネイリーめ……私の部下どころか、自分の息のかかった部下まで"仕事"後に皆殺しにしたとは。何てことをしてくれたんだ、あの死にかけ爺め――ッ)


老いた"梟"がハイドリィの名で「最後の鼠狩り」を命じた、というのだ。

それは、本来はハイドリィが関所街ナーレフを統治しながら暖めてきた"半独立"計画に向けた、決起のための重要なワンステップである。

話自体は単純なもので、今まで利用するだけ利用してきた『森の兄弟団』の幹部連絡員達を一斉に始末し、『森の兄弟団』を一度解体するという目的は共通していた副団長ハーレインを使って、彼らの本格的な蜂起を促すのである。それを討伐することを名目に兵を起こすという筋書きであり――近いうちに、もう少しだけ情勢を安定させ戦力が整ってから実行するつもりではあった。


だが、このような形で追い込まれるとなると、全く事情が異なってくる。

端的に言えば、ハーレインが始末されているため『森の兄弟団』の行動目標や蜂起時期の制御が困難となった。従って、今からでも彼らを、自身の統制下でなんとか、せめて行動を把握しやすいタイミングで蜂起させてやるには――例えばハイドリィが先に兵を起こすなどして"絶好の機会"を作ってやるしかない。そのためにデウマリッドを走らせているわけである。


ハイドリィは、既に兵を起こす(はら)を決めていた。


("女首領"のベネリーが行方知れずなのは、このためだったのか――爺め。乾坤一擲、なんて事態は私らしくはないが、見誤ったことを後悔させてやるぞ)


『森の兄弟団』の推定戦力は700~800名。

魔導部隊を含むナーレフ駐留兵は1,200名。

敗れはしないが、地勢を熟知した上で神出鬼没の奇襲戦を仕掛けられては、泥沼化は必至。その混乱に他家が付け込んでこようものならば、【紋章】家が長年の投資を行ってきた関所街ナーレフの開発は失敗に終わるだろう――それを阻止するためには、事態の収拾のために【紋章】侯自らが乗り込んでくる他はなくなる。


(そう、読んでいるな? 【御霊】家め、ネイリーめ、【騙し絵】家め! 私に仇なすあらゆる愚か者どもめッッ!)


敗れはしない(・・・・・・)

ことここに追い込まれてなお、ハイドリィには勝算があった。


【封印】家との取引を、ネイリーにだけは絶対に悟られないように隠してきたという用心が、首の皮一つで自分の命運を繋ぎ止めたのだ。


(想定とは全く違う使い方になるが、それでもこういった事態のための"切り札"でもあったのだ……ッッ! 『魔導兵』が少数と、高を括っているな? もっと恐ろしいものの存在を私が握っているなど、想像もしていないな!?)


"敵"達の目論見と異なり、自分が兵を起こせば早期に『森の兄弟団』など屈服させられる。ハイドリィが手中に収めている「切り札」とは、そういう(・・・・)ものである――のだが"万全"の状態ではない。故に、それを"万全"に近づけるために、ハイドリィは【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】を確保すべくナーレフを空にしなければならないが、『森の兄弟団』に蜂起の好機を与えるという意味ではむしろ好都合だろう。


ともあれ、早々に事態の泥沼化を阻止してしまえる勝算は非常に高い。

その上で【紋章】侯へ陰謀を暴いた存在を報告して"半独立"の地位を固める一歩とするか――。

それとも【騙し絵】家へ己の武力を売り込んで協力関係を築き、むしろこの"【紋章】家堕とし"に一枚噛むか――この場合、上手く立ち回れば、【御霊】家の後釜に収まったイェリトール家のような一挙の昇爵も夢ではないかもしれない。


(そうだ、その通りだ……"謀"で敗れた分は"暴"で取り戻せば良い。そのために、サーグトルやデウマリッドみたいな連中まで使って、ジェロームみたいな無能者の機嫌も取りながら、私はやってきたのだ)


イェリトール家は【啓明】の号を賜った。

ならば自分は――次の新たなる【魔導侯】家として、その代々受け継ぐ"技"として開発した秘術の性質を象徴すべく、例えば【奏獣(そうじゅう)】などという号を王家に要求するのは、どうであろうか。


   ***


――この時。

ハイドリィは、ネイリーの裏切りや【御霊】家の兄妹の煽動に乗せられつつも冷静に判断できていると自分では考えていたが。


『人物鑑定士』という、一度は警戒したはずの、不穏にして不愉快な者の存在を、一連の"絵図"の中におけるどこぞの間者程度と早々に切り捨て、失念し、ついに思い出すことは無く挙兵した。


すなわち「ハイドリィの判断をここぞというところで誤らせる」という主命を達するため、リュグルソゥム兄妹が仕掛けた謀りは、ここに成ったのである。

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