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本編-0112 魔術戦~御霊家vs吸血鬼

ヒスコフ率いる魔導部隊に護衛されながら、彼らの訓練場を兼ねる『魔術研究棟』へとハイドリィが退避した頃。


"転移魔法"によってルクとミシェールもまたその場を離脱していた。

事前に仮死状態にさせることで【肉体】属性の探知魔法に引っ掛からないようして、会場外に待機させていた教団信者と、【魔界】からの出立前に、数匹瓶詰めにして保管していた【寄生小虫(パラサイト)】を埋め込んだ「迎え師」を利用したのである。


しかし、二人の行き先は、ハイドリィのような"避難先"ではない。

それは、次なる戦場へ移るものであった。


「チッ! まだ追加の戦力が……なッッ!?」


兄妹が辿り着いた戦場。

そこは代官邸からナーレフ中心部を反対側に街を抜けた、険しい山森の中である。

半ば予想していたことではあったが――何人もの教団信者が血溜まりに沈んでおり、最後の力で二人を転移させたと思しき「迎え師」もまた、事切れたところであった。"怨霊"としての奴隷競り会場襲撃の別働として、人攫い教団ナーレフ支部の信者達を【紋章】家御曹司ジェロームの拉致に向かわせていたのであるが、どうも同じこと(・・・・)を考えていた者がいたらしい。


血溜まりの中心では、呆然と天を仰ぎながら、虚ろな表情のジェロームがガチガチと奥歯を打ち鳴らして座り尽くしている。

おそらく一時的に狂気に陥っているに違いないが、彼を後ろ手に縛り上げようとしていた少年――たった一人でこの惨状を引き起こしたであろう手練れが、ルクの仮面を凝視するように睨みつけて舌打ちするのが見えた。


血にまみれた、しかし「血なまぐさい」工作員といった風体である。

そして微かに、獣の臓物の臭いが彼の周囲には漂っていた。


それらの情報を総合して『止まり木』にてミシェールと議論し――少年にしてみればわずか一瞬のうちのことではあったが――その正体を看破して、兄妹それぞれに曰く。


「お前が吸血鬼ユールだな?」


「【紋章】侯の犬だね?」


言い終わらないうちに、吸血鬼ユールが二人に向けて短剣を投擲。

ルクとミシェールに1本ずつ――と見せかけて、短剣の影に隠れるようにもう1本、すなわち2対4本の短剣が勢いよく迫る。

"里"で仕込まれた武技【影からの二刺し】の二連である。


しかし、ユールの初動を既に観察済であった兄妹の対応は早い。

魔法の発動すらせず、ショートソードを抜き放って4本の短剣をルクが叩き落とし、その間にミシェールが詠唱を始める。

頭上からの延髄への一撃によるものが、教団信者達の"殺され方"として最も多かったこともまた観察済であり――次なるユールの行動が、跳躍等「上へ」の移動と煙幕等による隠れ身であると判断。

風の塊をぶつけることで、その身軽さを仇とするために【撃なる風】を発動。


果たして、ユールは読み通りに秘伝体術【蝙蝠術】によって頭上の樹冠への跳躍を試みる。が、極小の乱気流をぶつけられて空中で姿勢を崩し、たまらず縄付き(かぎ)を木の枝に投げつけた。

そのまま、人間には無茶な動きで体を捻って、木の幹に取り付く。

だが、初撃を難なくいなされた不利を立て直すには至らない。ルクもまた「人間に無茶な動き」を魔法の力によって実現した。脚力を強化する身体強化魔法【アケロスの健脚】によって一気に距離を詰めつつ、右手にショートソードを構え、左手で【魔法の矢:氷】をユールに差し向ける。


「【魔法戦士(バトルメイジ)】か! かかって来やがれッ!」


氷の矢はひねりも無く真っ直ぐに心臓めがけて飛来する。

対するユールは【蝙蝠術】による体幹操作により、まるでそこが地面であるかのように木の幹に立った(・・・)のである。つまり、重力を無視して地面に並行に直立し――回し蹴りを放って【魔法の矢:氷】を弾き飛ばした。

その間にルクがショートソードを振りかぶってユールの(ふところ)に飛び込むが、ユールの反応は早い。新しい短剣を外套から逆手に抜き放ち――自身の腕を浅く切り裂きながら、ルクのショートソードを迎撃する。


短剣は長さ(・・)が足りず、ショートソードの刃を受け止められないと思われた――が、ユールの腕を切り裂いてその"血"が刃に(したた)るや、一瞬の間に血液でできた結晶の如き刃が生え伸びる。


「【結晶血刃】か! ただの暗殺奴隷じゃあないな!?」


逆手に構えられた血液の結晶でできた刃は、ルクのショートソードを受け止めるだけの長さでは飽き足らず――ユールの血を吸うことで、さらに切っ先を凄まじい速度で成長させていく。

そのままであれば、膝か脇腹を突き刺されただろう。しかし、一族の"知識"より吸血鬼達の「その技術」を予め"復習"していたルクはの対処は的確であった。


この技の真骨頂は、その初見殺し性にある。

仕込み刀の類と誤認して間合いを取り直したところで、刃はさらに伸びるのである。それに慌てて距離を取ろうとすることこそ最悪の一手であり、吸血鬼側がほんの少し手首をひねるだけで、容易に刺し貫かれてしまう。

故にルクは身を引くどころか、ミシェールが後方から続けて撃ち放った【撃なる風】をわざと背中に受け、そのままユールに当て身を食らわせながら、超近接してもみくちゃになる。と同時に、左手に残っていた【氷】属性の魔力を、そのままショートソードの腹に拳ごと叩きつけた。


「……ッ! こいつ!」


"血液"は吸血鬼達にとっては、およそ人間の常識には不可能な形で自在操作できる武器であるが、それに最も効果的な魔法は【氷】属性である。さすがに吸血鬼の血と言えども、水分を含むという生物の常識の範疇からは外れていないのである。

【結晶血刃】が、外から内から、【氷】の魔力によって急激に凍てついたことで成長速度が鈍る。それだけではなく、このままでは凍気が滴る血を伝い、ユールを身体の内側から凍りつかせてしまうだろう。


(たま)らず血の結晶ごと短剣を放り捨てるユール。しかしそれによって木の幹に"立っていた"バランスが完全に崩れ、風の塊によってルクと共にもみくちゃになりながら、超近接状態での攻防に移行する。

【蛇術】を駆使して変幻自在の関節さばきにより、ルクを絡め取ろうとするユールであったが――恐ろしいことに、まるで「この技を持った吸血鬼と戦ったことがある」かのような的確かつ無駄の無い最小の動きで手足の動きを(さば)き切られてしまうのである。


「なんて奴だ!」


「畜生がッ、こっちの台詞だ魔法使い!」


とはいえ、ルクも無傷では済んでいない。

ユールが絞め上げを狙い、鞭のように四肢を絡みつかせてくると同時に、両手の爪の先に再度【結晶血刃】を生み出していたのである。それでも、強引に組み付いて動きを逆に封じつつ、錐揉みながら地面に叩きつけるが――皮膚を切り裂かれ、無数の切り傷を負ってしまう。

この状態で【混沌】属性【反逆する古傷】を詠唱しようものなら、ターゲットの超至近にいるルク自身をも巻き込んでしまうだろう。


"詰み手"では予定していなかった、更なる反撃と怪我のリスクを覚悟で、頭突きを見舞おうとするが――。


「ルク兄様!」


「そこまでじゃ、魔法使いの小童(こわっぱ)よ……ほう、ほう」


反射的に振り向けば、ミシェールが喉元に焔形短剣(クリスナーガ)を突きつけられていた。

その背後には、梟の鳴き声のように(わら)うしわがれた老人が、まるで影から(・・・)現れた(・・・)かのように忽然と佇んでいる。


「馬鹿な! どこから現れ――ぐがぁッッ!?」


意識が逸れた隙に、人間を上回る怪力によって腹を蹴り上げられ、悶絶したところを組み付いていた吸血鬼ユールにすり抜けられる。そのままユールが、血刃を形成した五指の爪で切りかかろうとしてくる。


だが、梟の(わら)いは、それをも制止したのであった。


   ***


「あーあ、苦労して支配下においた教団信者達だったのに。よくもゴミのように始末してくれたな、吸血鬼とその支援者」


支えられ治癒魔法をかけられながらも、ルクは余裕の表情で挑発した。


「余裕だな、魔法使い。数の不利は破れた、1対1でも僕はお前なんかに負けはしないけど。頼みの"迎え師"もくたばってるんだ、もう逃げる事もできないぞ?」


乱戦に介入した老間者ネイリーの提案により。

ジェロームをその場に縛って放置してから、森の中の開けた一角まで移動。そこで、互いに10メートル程度の距離を取りつつ――一触即発の空気を微妙に残しながら、2対2の会談が始まった。


「キャンキャン吠えないでくれるかな、"ひよっ子"吸血鬼君。ジェロームを狙った理由を言わないなら、望みどおり続きを今すぐにでも始めてやるよ」


ルクは口を真一文字に結び、ミシェールは薄い笑みを浮かべているが、二人とも共通してゾッとするほどに冷たい瞳でユール達を睥睨(へいげい)してくる。そこに込められた敵意は、害意や殺意を固めたようなものであり――単なる邪魔者ではなく、親兄弟の仇に対して向けるかのような色合いを帯びている。

そのことに、理由の分からぬ胸騒ぎを覚えながらも、勇みよく反駁しようとしたユールをネイリーが再び制止する。


「サーグトルの奴をまんまと始末しておいて、この上ジェローム殿下まで身請けようとは、少し欲張りじゃないかのう?」


「"梟"のネイリーと見受けするが、ご老人、それを阻止しなかったあんたにだって利益があったんだろう? 代官に反旗を翻して蠢いてくれるのはこちらも好都合だが――ベネリーを攫っておいてジェロームまで押さえようってのは、欲の皮が厚いのはどちらかな?」


「ほう、ほう! 君達の主は、全くの予想外者よな。このひよっ子の素性を看破したあげく……さらに賭け金を上乗せようとは! ……儂はの。ハイドリィ坊っちゃんの窮地を救って取り入るとか、もっと堅実策を採ると思っていたんじゃよ」


"梟"と【御霊】家当主が腹を探り合う。

ミシェールとユールは必然それぞれ監視役を引き受け、相手が何か敵対的な行動を取れば、即先制攻撃を仕掛ける構えを取る。

だが、それを表情に出すか出さないかという意味では、役者の差であるか。


とはいえ、それはネイリーも同じことであった。

小柄な、触れれば折れてしまいそうな枯れ枝の如き老体でありながら、そのしわくちゃの目元奥深くに猛禽の鋭い眼光を秘めており、異様そのものとも言える不気味な存在感を隠そうともしていない。それにより、強硬手段に移るという選択肢を捨てていないリュグルソゥム兄妹の剣呑な姿勢にも、平然と対抗・牽制してのけているのである。


「【紋章】侯は何を企んでいる? あんたほどの食わせ者なら、ハイドリィを排除するのなんて簡単だろうに、泳がせている理由はなんだ?」


「競わせているのだよ、不肖の廃嫡長子に再起の機会を――という親心というわけじゃな? ほう、ほう」


「……あまりにも役者も実力も差がありすぎるから、こんな事態になったのかもな。それで、だ。あんたの『鼠捕り』の部下達が誰もいないのは、どういうことだろうな?」


ルクの嘲るような疑念に、ネイリーはニタァと喜色を満面にする。


「"観察"させてもらってたんだがのう。君達の趣向、実に良い……実に、善いと、儂は思っている。君らの主こそ食わせ者よな、きっと儂の想像もつかない"武力"を持っているに違いない。だから、堅実策を採る必要が無かった!」


「――まさか」


「それで、ちょいと儂も乗らせてもらったのだよ、ほう、ほう……感謝して良いぞ。今頃、『鼠の連絡員』達はみんな猫の(はらわた)の中だろうよ!」


「ベネリーを確保したのもそのためか。(フクロウ)、狙いは一体何なんだ? どうにも【紋章】侯のために動いるようには見えないぞ」


不敵に構えていたルクに、初めて困惑の色が浮かんだ。その様子を小気味よく嗤いつつ、ネイリーは、その真意を片鱗とも見せず翻弄するように告げた。


「ほう、ほう、ほう! 奇しくも君達と儂の狙いは同じ。ジェローム殿下も、任せてくれればすぐにでも『鼠の女首領』の元まで送り届けるつもりだ」


殺気を向けてくるのも後回しにして。

ルクとミシェールが共に黙り込み、そのまま数十秒だか数分だかが過ぎたようにユールには感じられた。いや、その不気味な緊張は、とても長く感じられるものであり――何日も何週間も睨み合っていたような気分にさせられるものであった。


やがて、長い嘆息の後にルクが重たげに口を開く。


「嘘から出た(まこと)、てのはこういうことを言うのかな。まさか、本当に俺達に"怨霊"として――【紋章】侯を始末させようとでも思っているのか?」


これこそが、二人が『謀略の獣』としてハイドリィを追い詰め、彼に想像させることに成功した『最悪の絵図』そのものであった。

ちょうどこの時、魔導兵の訓練場兼魔術研究棟へ退避していたハイドリィも、まさにその『最悪の絵図』を頭の中に思い描いており、"怨霊"の狙いを悟って戦慄に身を震わせていた。


すなわち、


「"リュグルソゥム家の虐殺"自体が、復讐に燃える生き残りを操って【紋章】侯を始めとした【魔導侯】達を討つ尖兵に仕立て上げるという『末子国』の策略」


という、一見すると荒唐無稽にも思えるストーリーを信じ込むように誘導されていたのである。


そう、あくまでハイドリィを追い詰めて焦らせ、判断を誤らせるためのストーリーに過ぎない――兄妹はそのつもりであった。


「それならお前は――【秘色機関】の、『末子国』の間者なのか?」


だが、兄妹の予想をまたもネイリーは覆す。

老間者はそれを否定も肯定もしなかった。


「違う、違うのじゃよ。(たばか)り事の裏側というのはのう……もう少しだけ、複雑なのじゃよ、ほう、ほう」


「そこの吸血鬼君の"正体"を知っていて、それでいて【魅了】もされずに逆に操っている死にかけ梟さん。貴方が『末子国』の間者でさえないのなら、一体何者なんだろうね?」


意味深で曖昧な答え方に、尋問役を兄から代わったミシェールがさらに問いかけようとするが――ザシュ、と短剣が1本雪の中に落ちる音がして、場の誰もがその方向を凝視した。


襲撃や奇襲の類ではない。

蚊帳の外であった――かに思われた4人目の当事者であるユールが、まるで衝撃のあまり力が抜けたような表情をしながら、ルクとミシェールの顔を交互に目だけ動かして見やっていた。心臓が止まるほどの衝撃であったのか、数拍ほど呼吸をすることすら忘れていたに違いない。

彼ほどの練度の暗殺者がそこまで狼狽するとは、と興味を戻した兄妹であったが。


次のユールの発言に、再びその表情を凍りつかせることとなる。


「そんな……馬鹿な。お、お前達は――まさか、【御霊】家の、生き残り……?」


この時、ユールは、こらえることのできない『罪悪感』が、心の底から湧き上がるのを止めることができないでいた。それは"里"で感情をコントロールする訓練を積んだはずのユールであっても――『とある理由』により――一切押さえることのできない動揺の念であった。


ルクが仮面を外して、ナーレフを覆う凍てつく"長き冬"よりも冷たい眼差しを無表情にユールに向ける。それを見て、更なる焦りに突き動かされ、ユールはまた失言を吐いてしまった。


「違うんだ、そんなはずじゃなかったんだ。【御霊】家(君達)に、僕が頼んだせいで、そのせいで……そのせいであんなことになっただなんて……想像できたはずなのに、警告できたはずなのにそれなのに……!」


鋭さを深めるリュグルソゥム兄妹の双眸に、更なる憎悪の色合いが灯り戻る。

ネイリーが涼しい顔で威圧し返していなければ、先ほどの遭遇戦の時よりもさらに苛烈に攻撃してくるだろうと、ユールは確信した。己が傷つくことを厭わずに、ユールを八つ裂きにして首だけにしてでも弱体させ、知っていることを吐かせようという強烈な害意を隠そうともしない。


「やっぱり、お前は何かを知っているんだな、吸血鬼」


「私達が生き残ったことが、そんなに都合が悪いことなのかな?」


誤解(・・)を解こうとして、しかし焦りから己の言いたいことを上手く言えず。

ユールは失言を重ね続ける。


「許してくれ、シル=フェルフさん……許してくれ、リシュリー、僕は――」


ユール自身、相手に上手く説明できていないもどかしさを感じていたが、感情のコントロールができないのである。

それは、強いていうならば吸血鬼としての『使命人格』が暴走しているかのように、自分でも手のつけられない支離滅裂な感情の乱れであり――。


一触即発を三度(みたび)制したのは、やはり正体不明たる"梟"と呼ばれる老人であった。

場を制止し、殺意と憎悪に溢れる2対の眼差しや、救いを求めつつ困惑するような疑いの眼差しを一身に受けつつ。


(わし)代わりに(・・・・)説明をしてやろう」


冷たい殺意と憎悪を爆発寸前にさせていたリュグルソゥムの二人に対して。

獲物を恐怖だけで心臓を止めて殺してしまうほどに血塗られた夜闇の広がりの如き威圧の気配を――ふっと消失させ、ネイリーは静かな声で呟いたのであった。


あるいは、それが予想外の反応であったか。

数秒ばかりルクとミシェールの動きが止まる。そして、先ほどまでの殺意が数段トーンダウンさせ、改めてネイリーに身体を向けた。


しかし、彼らが問うよりも早く。

ネイリーが核心を告げる。

それは、ユールにとって予想すらしていない最悪の爆弾発言であった。


「事の始まりは、そこのひよっ子が『末子国』から【破邪と癒やしの乙女(クールエ=アトリテラ)】の聖女を連れ出して、匿ったことじゃ」


「……は?」


「――え?」


「まぁ黙って聞くがよい。しかし、思い詰めたひよっ子め、聖女に大恩があるという【御霊】家に渡りをつけて、その保護を求めたのじゃよ! 後は――君達の方が詳しいかのう。ひよっ子はの、自分の浅慮のせいで【御霊】家が陰謀に巻き込まれ、滅ぼされたと思い込んで、こんなにも動揺していたに過ぎん……ほう、ほう!」


男女が先ほどと同じように動きを止める――よりも早く。

背筋が震える悪寒と共に、ネイリーを凝視しながら、ユールは半歩後ずさった。


「どうして……あんたが、そんなことを知っているんだ、ネイリー……?」


ユールの発言を聞き咎めたか。

リュグルソゥムの男女は再びユールを見て、ネイリーを見て、そしてまたユールに目を向ける。しかし、そんなことはもはや些事であった。


ネイリーは異常なほどに、物事の経緯を、ユールが今ここでこうしている背景を知りすぎている。それは、ただ単に内偵して調べていた――とかいうことだけでは絶対に説明することができない。そのような尋常ならざる事態の前では、先ほどまでの、ユールの『使命人格』を狂わせる「リュグルソゥム」への押さえられない感情ですら、本当に些事に過ぎない。


「のう、当ててみてくれ。(わし)は何者だと思う?

君の正体を誰よりも早く看破し――

君にとって活動のしやすい環境を、誰よりも君の立場で理解して整え――

君の窮地にさえ誰よりも早くこうして駆けつけ――

そしてたった今、つまらない失言で何もかも台無しにしかけた君の立場を、君の『使命』、君の『任務』を、君への『大命』を、こうして護ろうとしている儂は、一体何者なのだろうな? ほう、ほう」


ユールはネイリーに真の意味で恐怖した。

身が痙攣し張り裂けんばかりの恐怖である。


それは、これまでの「何をどこまで知っているのか」という"得体の知れなさ"に対する恐怖とは根本的に異なるものである。認めたくはないが、認めたくはないからこそ、ネイリーの『正体』を知ってしまったからこそ、その"得体を知って"しまったが故の真なる恐怖であった。


だが、そんな二人の事情をいつまでも興味深げに眺めていてくれるリュグルソゥムでもない。彼らもまた、彼らなりに知ることを望む真実があるが故に――とはいえ、ネイリーの"正体"を悟ったのは、彼らもまた同じであった。


「【紋章】侯家に吸血鬼が潜んでいただなんて。ねぇ、ルク兄様……これって相当ヤバい(・・・)事案だよね? ここまで根が深刻な"謀略"って――何十年ぶりなんだろう。15年前の【魔剣】家の出来事なんて、比べ物にならないんじゃないかな」


「……頭が痛い。訳がわからなさすぎて、胃が痛くなってきたよ、クソッタレ」


ミシェールの問いと、ルクの嘆息。

満足気に兄妹の困憊(こんぱい)を眺めつつ、鷹揚に呵々(かか)と、初めて梟の鳴き声以外の笑い方で嗤うネイリー。


「梟――いや、老吸血鬼。『末子国』だけじゃなくて、吸血鬼(お前達)リュグルソゥム家(我が一族)の虐殺に関わっているのか?」


「利用はさせてもらった。女皇陛下(我が君)は、儂に全てを話してくださったわけではないのだ。『末子国』が聖女リシュリーを狙う理由なんぞには、特に興味は無いわ」


「どうしてお前がそのことを、知っているんだ……ッッ、どいつもこいつも、ふざけるな!! 今一番混乱しているのは僕だ! 蚊帳の外に置いて、勝手に話を……進めやがって!」


状況をいち早く理解しつつあったのがリュグルソゥム兄妹であるならば、ユールは、ただでさえ混乱していたところに、更なる混沌に揉まれた結果、もはや感情が暴走しかけていた。


何故、リシュリーが『末子国』に狙われたのか。

何故、彼女を救う約束をしてくれた【御霊】家が滅ぼされたのか。

何故、目の前の二人という"生き残り"が居て、ナーレフで陰謀を企んでいたのか。

何故、そんな秘中の秘に等しい経緯ををネイリーが知っているのか。

何故、ネイリーもまた吸血鬼であるのであれば、彼の『使命』とは、あるいは、ユールの『使命』もまた――。


そして、ユールの混乱と混沌を見たミシェールが、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「吸血鬼君、言い忘れていたけどね。実は、リシュリーちゃんの身柄は私達が預かっているよ……アシェイリちゃんだっけ? 彼女と――【四元素】家の"愛し子(いとしご)"の協力があったもんだから、拍子抜けするほど簡単だったなぁ」


今度こそ感情を爆発させ、絶叫を上げたユールに対し。


「それならば話は別じゃ。聖女は儂がいただこう、ジェローム殿下はくれてやるから好きにしなさい。ほう、ほう」


後ろから、まるで夕餉(ゆうげ)の買い出しにでも行くかのような気軽さで、頭ごなしにネイリーがミシェールに軽口を返す。それはユールにとって冷水を浴びせられたようなものであった。


「――!! させるかあああああッッ!!」


次の瞬間、いくつものことが同時に起きた。

"大切な者"の窮地を悟って一気に激情から醒めたユールが、振り向き様に血刃をネイリーに浴びせる。

同時にネイリーが【闇】魔法【虚仮威(こけおど)しの曇黒】を発動、"目潰し"のための暗闇(くらやみ)が辺りに炸裂。しかし、構わずネイリーに突っ込むユール。


一方、兄妹もまたユールの激昂を読んでおり、迎撃のために【土】魔法【屹立する槍】を合同詠唱していたが――地鳴りとともに隆起した"岩の槍"が、切り取られた暗闇の球形空間ごとユールとネイリーを刺し貫いたかに思えたが。


「逃げられたね。さすがに【影渡り】に【虚ろ泳ぎ】を扱える吸血鬼だなんて……【騙し絵】家でもないと捕まえるのは難しいかな?」


「あぁ、逃げられた。惜しかった……でも、とても重要な手がかりが得られたな。ミシェール、オーマ様へ報告がてら合流して支援してくれ。『魔導兵』が相手じゃ、さすがにあの方でも助言が必要だ」


「わかった。ルク兄様は、次はどういう段取り?」


「吸血鬼どもを追う。"梟"は捕らえるには強すぎるから殺すしかないけれど、それ以外は全員、オーマ様の前に引きずり出してくるつもりだよ――ふむ、そうだな。良いことを思いついたぞ」


雪と山の奥の方角。

教団信者達の死体のただ中に放置してきたジェロームがいるはずの方角を向いて、ルクは、誰かがよくする仕草が伝染したかのように、口の端を軽く吊り上げた笑みを浮かべるのであった。

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