本編-0111 魔術戦~奴隷連ナーレフ支部の戦い
【盟約暦519年・跳び狐の月(4月)・第1の日】
【~転移169日目】
リュグルソゥム家は、少なくとも過度に勢力を拡大しようとしなければ、他家からの"謀略"に対しては鉄の結束を誇る一族であった。
共有する精神世界『止まり木』において、他の如何なる者よりも濃密な人間関係を築き上げることができるからであり――大概の組織や一族の崩壊要因となる不和や諍いの影響が極端に少ない。
それはそのまま、一族外の人間をあまり信用しないという閉鎖性と排他性を生み出すものでも合ったが、【魔導侯】家としては珍しく、鎮守伯並の所領と軍事力しか持たなかったことにも現れている。だが、異分子が少ないということは、他の"謀略の獣"とその走狗達が何事かを仕掛けようとしても、そのための"取り掛かり"がほとんど無いということである。故に、この一族は、こと防諜においては鉄壁の守りを発揮してきたのであった。
『まぁ、そのせいで直接的な軍事力で押し潰されてしまったわけだけれど』
『一応は、そうならないような調略も父様や伯父様達はしてきていたはず……ここまで積極的なやり方ではなかったにせよ』
【止まり木】において、リュグルソゥム家の再興を誓うも、寿命を蝕まれる呪詛によって短命たるを宿命付けられた兄妹は語らいを続ける。
だが、たった二人だけで逃がされた時と比べれば、ずっと"希望"はあった。
その結晶たる第一子ダリドもまた、精神世界において少年の肉体で象られ――父母によって生み出された訓練場の虚像の中で己を鍛えている。
『それで、兄様。"家族計画"だけど、やっぱり一夫多妻形態が効率的だよ。考えを変えてくれない?』
『感情のもつれをコントロールできるわけがない。ミシェールだって「一族史」の、そのあたりの苦労は知っているだろ?』
『私達にはオーマ様がいる。そもそも、あの方に依存しなければ、少なくとも"呪い"を受け流しながら累代するなんて無理だよ』
『……気分転換に別の話題を、とは確かに思ったけれど。その話題は、今は重いかな。ダリドと、せめて長女が生まれてからに持ち越そう、その話は』
息を吐いて空を――無論『止まり木』の中に"再現"された現実の虚構であるが――仰ぐルクをじっと見つめつつ、ミシェールも軽く首を縦に振って了解の意を示す。
そして、息抜きは終わりとばかりに、懸案事項について切り出すのであった。
『アシェイリちゃんの"転移事故"、やっぱりおかしいよね?』
『……ちょうど、俺もその話をしようと思っていた』
『計算上、"転移魔法陣"が皮膚ごと吸血鬼の肉体に吸収されて、魔法陣としての効果はなくなってしまう時間をとっくに過ぎてからの連絡だもんね』
『戻れなかった時パターンでの"詰み手"に移行してたしね、俺達としては』
王都レンゼシアまで、ジェロームを監視するためにナーレフへ侵入してきた吸血鬼ユールを揺さぶる切り札として彼の「大切な存在」を手中に収める、というのが兄妹の打った鬼手である。それが可能となったのは、アシェイリというその少女の"臭い"を判別できる吸血鬼の協力や、油断しきっていた【人攫い教団】の幹部達をほぼ一網打尽にできたことなどによる。
無論、攫うこと自体は失敗しても良く、その可能性が高いと兄妹は見積もっていた。そうであっても、アシェイリが王都へ「その少女」を攫いに行った、という事実を合理的にユールに語りかけることができればそれで良かったため、まさか本当に攫うことができてしまったというのは兄妹にとっても朗報ではある。
『左右で異なる瞳の色、長い髪の毛に"ぼんやりとした"眼差しの子供……か』
『そしてオーマ様への妙な言伝。間違いないね、それは間違いなく【四元素】のサウラディ家の愛し子だよ』
『まさか正気の"愛し子"だとはね。少なくともリュグルソゥム家としては、今までに聞いたことが無いな――そしてそんな奴が、どうしてアシェイリさんを手助けしたのかも、狙いがわからない』
『……手助け、しようとしていたなら良いんだけれどね』
王都の「孤児院」が【四元素】家の息のかかった施設であることまでは、兄妹とも知っている。しかし、そこに【魔導侯】家の中でもごく一部のものにしか存在を知られていないはずの――第一位魔導侯【四元素】のサウラディ家の秘中の秘たる存在が、彼らが持つと噂される『予言』の力の核心ではないか、とされる"愛し子"が現れただけでも予想外。
その上、アシェイリからの報告を聞く限りでは、消えかけていたはずの転移魔法陣を復活させたという。
――ただし、それがわざとであるのか、慣れない力の類で手元が狂ったのかはわからないが、教団の「迎え師」を使ってアシェイリを呼び戻す際に"転移事故"が起きており……簡単に言えば、さらった少女と共にアシェイリはナーレフから2~3日ほど南方の位置に放り出されたという。
そして、その一回の転移に耐えきれなかったのか、復活したという転移魔法陣もそのまま消失してしまい……。
『「一刻も早く、この悪臭のする女を放り出したい」って理由で背中におぶって全力疾走中ときたか。アシェイリさんらしいや』
『"愛し子"にそんな力があっただなんて、初耳だね。もし本当なら、数十年ぶりの快挙じゃないかな? そんな情報を得ることができたのって』
『……「予言」が仮に本当だとしたら、どこまで――いや。今は、そんなこと悩んでも仕方がないな』
『そうだね、ルク兄様。サウラディ家だって復讐対象なのに変わりは無いんだからね。アシェイリちゃんが戻ってから、魔法や術式の痕跡を調べるまでは、これ以上は予断かもしれない。後で、もう一度「魔術史」の文献は漁ってみるけれど』
『いや、それはダリドにやらせよう。そろそろ、座学も強化していかないといけないからね……それよりも、だ。そろそろ戻ろうか? "息抜き"は終わりとしよう』
***
『止まり木』から現実の肉体に意識が引き戻される。
空間が捻れて歪み、景色も世界も切り替わっていくような感覚は――【騙し絵】家の"転移魔法"によって長距離移動する時の感覚と、少しだけ似ているのかもしれない。だが、今から戻る場面が大事な局面であることを思い出しながら、ルクは可能な限り精神の集中を引き伸ばした。
血の巡りが手指の末端まで、熱を伴った鼓動として染み渡っていく"感覚"。
脳髄に冷えた『気付け酒』が直接染み込んでくるかのように、研ぎ澄まされていく"感覚"。
いずれも精神世界では擬似的にしか得ることのできない、生身の肉体としての感覚である。「戻る」時はいつでもそうだが、もはや精神世界のような"安全"の無い鋭い緊張の連続という刹那の只中に身を置く興奮をルクは好んでいた。
「~~~~らあああ~~~~ううぅぅぅごぉぉくううう~~なぁ~ああぁっっ!」
ゆっくりと引き伸ばされるように聞こえていた怒声が、徐々に"肉体の速度"に戻っていく。
二人の感覚が戻った現実世界は、"奴隷競り"の会場真っ只中であった。
ナーレフの有力者といった成金連中から、『次兄国』から商談を探しにきたであろう豪商達、そして『長女国』においても侯都や王都の"奴隷競り"では手に入らない奴隷を求めてお忍びできた貴人達も、事前に入手した顧客リストには載っており……各々の配置も確認済み。
――そして、この日の目玉商品である「西方領域の亜人の子供奴隷」達を、最初から"競る"気などないと言わんばかりの大枚を叩きつけて落札したタイミング。
会場の扉を蹴破り、直属の私兵5~6人ばかりと共に乗り込んでくるサーグトルの姿を見とめたはいいものの。
よもや、ハイドリィの側近ともされるサーグトルという男が、他の競り参加者達もいる衆人環視の中で仕掛けてくるほどの愚か者であることなど想定していない"罠"の配置であったため――"詰み手"を修正すべく『止まり木』へ一時退避。精神世界で数日間ミシェールと議論を重ね、ダリドも交えて「模擬戦闘」を行っていたわけである。
「それじゃ、ル・ベリの旦那! 後はよろしくしますよ!」
こうなることを知っていたのであろう、ディンドリーが一目散に逃げ出す。
それだけではない、こうなることを事前に顧客達の一部に知らせでもしていたのだろうか、ルクとミシェールの周囲にいた者達も、身構えていた脱兎のごとく逃げ出すのである。
だが、それは兄妹にとっても事前にシーシェから聞かされていた"段取り"の通りであり――故に、次に外套を脱ぎ捨てたルクと仮面を放り捨てたミシェールの姿を見て、一瞬キョトンとしたディンドリーの反応もまた段取り通りである。
だが、そんなことは気にも止めず、揃って不敵な笑みをサーグトルに向ける。
計画通り、サーグトルまでもまた足を止めて……まるで予想と違う二人組がその場に居ることに驚愕して唖然とした表情を浮かべ、動きが止まるのを確認して「第一手」は成就。
「第二手」として、事前に会場各所に仕掛けていた各種魔法陣を起動。
主に混乱を引き起こすことを目的として、なるべく派手な【火】や【雷】の破壊魔法をまとめて発動させたのである。
轟音と衝撃波。
火炎と雷光が迸り、逃げ出そうとしていたディンドリーが慌てて身を伏せる。武装商人として武術や護身の心得がある分、その状況判断自体は早いか。
ただし、この"破壊工作"自体はル・ベリから段取りを引き継いだ兄妹が独自に行ったものであるため――ディンドリー含め、何も知らされていない奴隷連ナーレフ支部の者達にも混乱と動揺が巻き起こっていた。
「ル・ベリの旦那でもシーシェ嬢でも、ない……!? 何者だ、あんたら!?」
「"代役"だから、心配しなくても大丈夫。ちょっとお前に対しても、どんな相手と取引しようというのか正しい認識を持ってもらいたくて、ね」
「敵を騙すには味方から……貴方が"味方"かは怪しいところだけれど。でも、みんなの認識を混乱させる起点にはなってくれたから、一応感謝はしておくね?」
ルクは分厚い外套を着込み、ミシェールはミシェールで髪型を似せるなど。
それぞれに化けてはいたが、それだけではない。【霞がかる容貌】とは逆に、むしろ特定の相手への執着や興味を利用して、他の人間をそれに誤解させる【執着の移り香】によってディンドリーに二人の素性を誤解させ。
さらに、その誤解を【昂りの共鳴】によって"奴隷競り"の喧騒に混ぜ込んでしまうことで、踏み込んだ魔術師サーグトルを含めた会場全体に伝播させていた。
無論、正体を表したことでその効果は消えてしまうのが【精神】の利点でも欠点でもあるが、既にこの魔法の役割は終了しているため問題はない。
利用されたことは理解したディンドリーであったが、この場で反駁するほど愚かではない。予想外の破壊活動ではあるが――慌てふためく支部長イングーシの姿を認めるや、そこに"好機"を見出だした。そして二人には一瞥もくれず、すぐさま立ち上がって会場全体に声を荒らげた。
いち早く「商品」と「客」の安全を優先するよう、現場の者達の役割分担を組み直す指示を飛ばしたのである。色男か優男といった風体に似合わぬ"虎"の如き咆哮であるが、多くの支部員達が我に返って、慌てて動き出す。
その様子を「商人はしたたかだな」と流し見てから、ルクはミシェールに目配せ。
脱ぎ捨てたマントが時限式の【火】魔法で発動頃合いであり、そこに仕込んだ大量の"狼煙"の材料に一気に燃えて、もうもうと燃え上がる煙によって二人の姿が押し包まれたのである。
「クソ! 狼藉者どもが、不逞者どもが、しゃらくさい!」
露骨な目眩ましにまで、いつまでも怯むサーグトルではない。
得意とする【風】魔法【撃なる風】を発動させ、風の塊を煙にぶつける。無論、狭い会場ではそれだけで煙が直ちに晴れるわけではないため、牽制の一撃である。煙幕に紛れた狼藉者が次に取る行動などは、予想できるというもの。
念のため、同時に気流を操作して煙が鼻と口から入らないようにして周囲を警戒する――と、剣の切っ先が閃くや、頭上から凄まじい勢いでショートソードを構えた男が落下してきた。その尋常ではない身体能力に対し、相手が身体強化系の魔法の使い手であると看破。
「舐めるなよ!」
迎撃のために遅延詠唱をしていた【刺し挟む風針】を発動。
サーグトルが最も好む、暗殺にも向いた極小の風の針を、自分自身の足元に生み出してから身を翻す。紙一重でかわしたショートソードの切っ先が、石造りの床を軽く穿つのを見て【付呪】魔法による強化の存在を疑うが――足を殺されては、【アケロスの健脚】あたりの身体強化魔法も効果が半減するだろう。
着地した瞬間、仕掛けられていた風の針が男のブーツを刺し貫いたのか、その表情がわずかばかり歪むのをサーグトルは見逃さなかった。
「足は殺した! 捕らえろ、衛兵ども! "身体強化系"の魔法使いだ、囲んで叩いてしまえ!」
追撃とばかりに【粘り舐る風衣】で動きの阻害を試みるが――対抗魔法の発動を察知して、即座に詠唱は中断し、対応を一時衛兵達に任せる。すると次の瞬間には、吹き散らされた煙に紛れた石礫が側頭部めがけて飛来するが、暗殺を恐れて常時展開していた風魔法による「盾」がその軌道をそらした。
それでも複数の石礫がサーグトルの腕や胴に刺さる。
よほど鋭く尖った石礫であったか、服のすそが千切れ飛んで皮膚を切り裂かれ、両腕や胴体に幾つもの切り傷を作られて血が滲むが――痛いということを除けば、単に敵の位置を知らせる程度のものだ。
『長女国』の魔法使いは、他国で思われているほどやわな肉体や精神をしているわけではない。その程度の痛みで怯むほど臆病なつもりはなく、サーグトルはむしろ痛みを怒りに変えて、会場の隅にまで後退していた狼藉者の女の方めがけて【魔法の矢:風】を放った。
他の属性と比較して、攻撃性能については控え目であるが、追尾性能には優れているのが【風】属性の【魔法の矢】である。だが、女もまた【風】魔法の心得があったか。【撃なる風】によって風の矢が吹き散らされ、逆に【土】魔法によるものだろう石の礫がさらに飛来する。
「目くらましのつもりか!」
相手が【土】の属性を扱うならば……当然に警戒すべきは"足元"である。
こういう手合いが【敵対的な土塊】でこちらのバランスを崩しにかかるのは常套手段。だが、それに対抗魔法を繰り出すことを読んで妨害魔法の準備をしていよう。
しかし、相手が【風】魔法の使い手でもあるならば、それを空かすと共に予想外の一撃を加える「奥の手」をサーグトルは持っている。
【気流の反逆】という【風】魔法による【風】魔法への対抗魔法を発動。
女が風の矢を迎撃するために放った風の塊の支配を奪い――逆にサーグトル自身を宙に浮かべる風の乗り物と化したのである。女が備えていたであろう妨害魔法は空振りに終わり、その間隙、風の塊を乗りこなして急旋回したサーグトルが一気に距離を詰める。
「まずは一人!」
……と、サーグトルが狼藉者をハリネズミにせんばかりの何十という【刺し挟む風針】を生み出そうとする。
しかし、魔法の発動のために掲げようとした腕が、まるで鉛のように上がらないことに気づいた瞬間、サーグトルは頭の中が真っ白になった。
「え、は? え!?」
遅れて、まるで焼けただれたような鈍痛が、燎原に燃え広がる野焼き火の如く腕全体から肩にかけて広がる感覚。
思わず悲鳴を上げてしまうが……そのせいで、現在乗りこなしているはずの【気流の反逆】への意識が逸れてしまった。向かう先には既に狼藉者の女の姿は無く、会場が破壊された際に吹き飛んだ机と椅子の残骸の塊に向けて、減速することすらできずにサーグトルは正面から突っ込んでもみくちゃになる。
そして、運悪く、折れた椅子の脚が喉を貫通。
血を吐きながら最期の言葉を言うこともできず、何度か苦しそうに痙攣してもがいた後、事切れてしまうのであった。
「……まだ"詰み"まで何手か残ってたのに。運が悪いんだか、運が良いんだか」
「これが戦うってことさ、ミシェール。予想通りに行かないことが多すぎて多すぎて。詰み手にはこだわりすぎるのを、リュグルソゥムの弱点にしないよう、ダリドには教育していかないとね」
「そう言いつつ、兄様はきっちり"詰み手"通りにサーグトルの手下達を倒してしまったじゃない」
会場から逃げ遅れた者達はまだいたが――腑抜けた支部長イングーシの尻を叩きながら撤収の指示を飛ばしていたディンドリーを含め、一部の者達は、このわずか数分ばかりの魔術戦に見入っていた。
かつての【ワルセィレ森泉国】が征服されて『関所街ナーレフ』と名を変えてからは、代官ハイドリィによる勢力間の調整が上手くいっており、魔法の心得のある者同士が本格的に戦うという機会が意外なほど無かったのである。高い規律を求められる『魔導兵』同士が私闘するというのも珍しいことであり、また西方諸国に対する"最前線"の関所街というわけでもないのであるが。
故に、そこでハイドリィの側近として働いてきた"痩身"のサーグトルもまた、魔法の心得の有る者同士の戦いにおける先入観に囚われていた……とも言える。
たとえ【魔導侯】家の者であっても、特殊な例外を除いて、一生のうちに一人の魔法使いが会得できる属性の種類は1~2種類である――という常識を破る存在が己を襲撃したなどと、【紋章】家侯都での政争に破れて左遷されてきた平の元宮廷魔術師がどうして知ろうや。
身体強化系の魔法を見せつけ、直接的な近接戦闘を挑んだルクを衛兵達に任せて、ミシェールとの戦いに意識を向けすぎたことが、彼の敗因である。
とはいっても、よもや【混沌】属性【反逆する古傷】によって物理的に腕を動けなくさせるという"詠唱妨害"策に気づくことはできなかったろう。
魔法の発動には詠唱が重要であるが、発動させた魔法を操るためには、魔法使いによりやり方は異なるものの、魔力の流れのイメージの具現が必要。サーグトルも、多くの魔法使いがそうするように、腕を動かして魔法に"指揮する"イメージで操る感覚に慣れきっていたため――急に腕を動かせなくなったことで、魔法の制御に失敗したというわけである。
あらかじめ【混沌】属性の魔力に浸けておいた石礫により、両腕に傷をつけられていた時点で、ほぼ勝負は決まっていた。
――あるいは、始まる前から勝負は決まっていたという要素もある。
サーグトルは、ディンドリーが密かに流した情報から、会場には「シーシェ」とその護衛役と思しき「分厚い外套の大男」が来ると思っており、魔法の心得が有るシーシェは自分が抑えれば、後は衛兵達で数で押して捕らえてしまえば良いと考えたのであった。
そして、思惑が外れども、対峙したルクが接近戦系の魔法使いであったことから、臨機応変に対応が可能であると考えて、即座の撤退が選択肢から外れるように判断を誘導されていた。
「それにしても【気流の反逆】を扱えるなんて。【風】属性の魔法使いとしては、結構いい線行ってたんだな、この男は」
「オーマ様への報告事項が増えたね、ルク兄様。この魔法が使えるほどの使い手だったんなら……多分、『泉の貴婦人』様の眷属の"風乗りキツツキ"だって、ほぼこいつが捕らえたのかもしれないね」
サーグトルの死体を見下ろしつつ"探求"に勤しむ兄妹。
目的の一つは達したわけであったが――。
さして時を置かず、会場の外に多数の防御魔法やら妨害魔法やら、会場内部を走査するような探知魔法がいくつも展開されたことに気づいた。直後、甲冑と魔導布の手袋に身を固めた『長女国』のみに存在する特殊兵科たる「魔導兵」の一団が押し入ってくる。
その先頭に立つ金髪長身の男こそは"堅実"なるヒスコフであろう。そして、彼の背後から苦虫を噛み潰したような顔で姿を表したのは――。
「サーグトル……! おのれ、遅かったか!」
「その通り、遅かったね」
「遅すぎて、私達の手で使えない部下を始末させたんじゃないかと思ったぐらいだよ?」
腰の後ろで手を組んだルクと、彼の衣服の汚れをしなだれかかるような所作で振り払うミシェールであるが、兄妹共に踏み込んだ者達を冷めた眼差しで睥睨した。
「代官、下がっていてください。【混沌】属性が使われた形跡があります……対抗魔法を用意! 動きがあれば攻撃して構わん!」
サーグトルの私兵達とは明らかに練度の異なる統制の取れた動きで、隊長と思しきヒスコフ以下20名ほどの魔導兵が、見事な役割分担で様々な魔法を展開・あるいは展開の準備を完成させていく。
「なるほどね、これほどの練度ならそりゃあ自信を持つわけだ」
「まぁ、鎮守伯家の中では相当の上位に入るんじゃないかな? さすがに、イェリトール家の【天啓騎士団】には敵わないだろうけれど……優秀な隊長さんなんだね」
「何者なのだ、貴様ら……特にそこの仮面のお前! 『人物鑑定士』とつるんで、何をこの街で企んでいる!?」
***
"微笑み"を浮かべる必要が無いのか、余裕が無いのか。
多少魔法を扱える程度の工作員であれば、この状況は完全に袋のネズミであろう。
相手は並の兵士ではなく、集団での魔術戦を想定して訓練された精鋭中の精鋭たる『魔導兵』。関所街ナーレフにおいてハイドリィの支配下にあるうちの、半数近くがこの場に揃っている。例えば西方領域の"最前線"であれば、『獣人』の集団であれば数百人でも足止めできるだろう。
子供騙しの手品で切り抜けることの出来る相手などではない――というのに、ルクとミシェールが動揺するでもなく不敵な笑みを浮かべて挑発してくることに、不気味さを覚えるハイドリィであった。
「さすがにロンドール家の次期当主なんだから、何者かの見当ぐらいはついているんじゃないかな?」
「……【御霊】家の残党、か」
「どうして私達が余裕なのか知りたい? こんな包囲、何の意味も無いんだよね」
それが強がりであるとは、どうしても思えない。
ロンドール家が"ドブネズミ"であることを、対峙していながら思い知らされるような、圧倒的な"雲上人"としての存在感にハイドリィは強い苛立ちを覚えていた。彼らと話しているだけで、自分自身が、ロンドール家に生まれたばかりに日陰者として生きねばならない理不尽さを思い起こされる。
だが、それでも冷静さを失うわけではなく、事前に想定していた"可能性"の一つをヒスコフに目で問う。
("転移魔法"の気配が有ります。残念ながら、備えがありません。取り逃がす可能性が高い。代官、なるべく話を引き伸ばしてください、隙を窺います)
(問題ない。奴らの狙いからすれば、ここでこの私が現れたこと自体が僥倖、あわよくば捕らえたいに決まっている! その方が、いろいろと捗るはずだからな。"転移魔法"とやらでさっさと離脱しないのが証拠だ――そこを突け)
(了解いたしました)
「【騙し絵】と【歪夢】が背後についている、とでも言いたいのか? 親兄弟の仇に尻尾を振ってまで永らえたいか、お前達は既に過去のものなのだ」
嘲り返したつもりであった。
「言え! 『人物鑑定士』は何を企んでいる? 背後にいるのはどの"家"だ!? サーグトルを殺して私の力を殺いだつもりかもしれないが、この状況も計画通りなのかな? 馬鹿どもめ、逆にお前達の存在を各家に知らしめて、もう一度狩り出してくれるわ!」
だが、そんなハイドリィの脅迫を聞いても"怨霊"の男女はクスクス笑いを大きくするばかりである。そしてその不遜な態度が……ハイドリィの嫌な予感をどうしようもなく刺激するのであった。
「何が、おかしい?」
「ドブネズミが、犬風情が魔導侯と対等になったと思い込んでることが、かな?」
「考えるのは"獣"で、それを実行するのがお前達"走狗"さ。この国のあらゆる陰謀には、あらゆる魔導侯達の思惑が入り乱れているわけだけれど――君の想像力は、その程度? 【御霊】家が、俺達が、今ここにいることの意味を、それを他家が黙認していることの意味が、本当にわかっていないんだね?」
「何が言いたいッッ!」
「どうして【紋章】家が、このことを知らされてないと思う? 哀れな巻添え君」
「どうして【御霊】家が、選ばれたのだと思う? 不格好な道化者さん」
「「お前(貴方)なんか眼中に無いというのに、自分を囮にして俺(私)達を誘い込んだつもりになっているだなんて、それが滑稽で滑稽で!」」
異様なほどにタイミングの揃った唱和であった。
まるで一個の生き物のような気持ち悪さを感じ、さしものハイドリィもそれに気圧されつつ……とても嫌な想像が働くのを止められない。
そもそも。
目の前のリュグルソゥム家の残党は"転移魔法"によって逃げおおせたという話。
それも、わざわざ自分が治める関所街ナーレフの近郊の禁域に、だ。
全ては偶然なのであろうか? そう言えば、確かに【御霊】家は相当の親『末子国』であったはず。
ヒスコフの準備がまだ整わないため、そうした疑念をあえてぶつけて、さらに時間を引き延ばそうとする――が。
直後、男女の足元から強烈な閃光が炸裂した。
「馬鹿な! この上【光】属性だと!?」
見れば、なんと男女が足の裏に【光】魔法を火炎放射兵器の如く吹き出し。
直下に放たれる閃光の推力で垂直真上に跳躍するとかいう常識はずれの曲芸じみた移動方法で、魔導兵達の妨害魔法の網を一気に突き破り、会場の崩れた天井から真っ直ぐに離脱してしまったのであった。その直後、転移魔法が発動する気配をヒスコフが捉え――首を横に振る。
「隙を見て私を捕らえるつもりでは……無かった、のか? いや、そんなはずは……それなら、奴らの目的は一体」
予想が完全に外れた。
本当に、まるで今すぐにでも逃げられるものを、ただ単に自分を嘲るためだけに雑談に興じていたのだとでも言わんばかりの幕引きであった。
それとも、それが「謀る獣」としての余裕であり、走狗ドブネズミの類に過ぎない自分に対して"格"の違いを見せつけたかっただけである、とでも?
ハイドリィの"嫌な予感"は、この時、強烈なる"気持ち悪さ"に昇華する。
それは、自らの思惑の外側で何かが蠢いており、自分自身の今のこの行動でさえもがその掌の上で踊らされているような"気持ち悪さ"であった。それに触発される形で、「夜」の世界に生きる者の棟梁としての想像力が、謀りに対する"読み"が否が応無しに刺激され、止められなくなるが――。
「代官様! 大変です!」
『鼠捕り隊』の部下の一人が、血相を変え、文字通り血まみれになりながら馳せ参じてきたのであった。そのただならぬ様子に、冷静沈着で"堅実"なるを謳われる魔導部隊長ヒスコフも眉を吊り上げる。
「ジェローム殿下が攫われました! 『教団』の仕業です!」
「そんな、まさか……」
崩れ落ちる鼠捕り隊員を介抱する魔導兵。
同じように、ふらりと力が抜けそうになって、すぐさまヒスコフに支えられる。
そんなハイドリィの頭の中では、予想だにしていなかった「最悪」なる陰謀の絵図が、まるで最初から答えのわかっているジグソーパズルを早解きするかの如く浮かび上がり始めていた。
「お前の仕業なのか……? ネイリー! ネイリーッッ!! どこにいる、出てこい! 死にかけ詐欺の爺め! 真実を私に言えッッ……くそぉぉぉぉおおおお!」
常であれば、ハイドリィに己が呼び出されるタイミングを完璧に読み取って、即座に姿を表すことができるように控えているはずの、ロンドール家の重鎮にして【紋章】家の懐刀たる老間者である。
しかし、あの"梟"のような独特の笑い声も、死にかけの老人特有の枯れ枝のようなすえた死臭も、辺りに気配は全く現れないのであった。




