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本編-0109 先触れ達の調和と相克

5/30 …… とある伏線の描写を追加

【盟約暦519年・睨み獅子の月(3月)・第21の日】

【~転移159日目】


おかしいなぁ。

おかしいよなぁ?


『きゅぴ。創造主様、そろそろ何を考えているのか、僕達にも教えてね! 今は情報公開さんが笑う時代なんだよ!』


などと時代を先取りしすぎた副脳蟲(ブレイン)どもの越権的要求は無視しつつ。


禁域(アジール)の森全体に張り巡らせた探知警戒網を通して、この"異常気象"が、俺の迷宮の「裂け目」近辺だけではないことを確認する。そしてすぐにわかったのは、ある方角から、同心円のような積雪前線みたいな形で、この季節外れの寒波と降雪が侵食(・・)してきていたことだった。


無論、今はこの世界では『春』といってよい季節。暦の上ではな。

だが、明らかに前に来た時より"寒く"なっていやがる上に、空には細かくとも雪が舞い、ところどころの木陰には、日差しが溶かし切らない降雪の跡が点在している。森の木々は春に備えて枝から新芽のような柔らかな葉を生やしたばかりであり、あるいは先駆けとなるべき一部の花は、もう咲いてしまっているってのに……その上から、こんな薄くとも冷たい雪がこびりついてしまっては、植物の季節感も狂ってしまうだろう。


ナーレフ周辺で発生していた"長き冬の害"が、重篤化してここまで広がったか?

――それならおかしいよなぁ。どうして積雪前線同心円の中心が「泉」とやらの方角に向いてるんだろうなぁ。


「クレヨン馬は何か言っているか? ソルファイド」


焔眼馬(イェン=イェン)クレオン=ウールヴが、旧ワルセィレの伝承通り、【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】が持つと思われる力のうち、【泡粒の先触れ(春)】という称号の通り『春』の訪れを促す力を持っているのだとすれば。

この厄災を引き起こしている存在は【泡粒の先触れ(冬)】とかいう称号を持っていることは、まず間違いない。そしてそいつが今も「あられウサギ」とかいう、可愛い魔物だぁなんてことはまず無いだろうが。【焔眼馬】に無理矢理"封印"されていた「燃える蝶々」然り、【森負い亀】とかいう巨獣にその身を宿らせていた可能性が高い「のんびりモグラ」然りだ。


【泉の貴婦人】が本当に季節変化を促す力を持っていたとして。

それが『長女国』に征服されてその独自の地域間魔法属性調整システムに組み込まれたせいで、似たようなシステムが競合した結果、"長き冬"とやらが起きているのかとも思ったのだが――これは抵抗(・・)なのか、それとも悪い意味での相乗(・・)なのか。

少なくとも、ルクらを派遣した後というこのタイミングでこうなったということについて――俺は、何者かの何らかの意図のようなものを感じてしまう。


だから、ソルファイドに確認してみたのだ。


「クレオンは、荒ぶっているな。こちらへ連れてきていたら、一目散に駆け出していたかもしれない」


「どこへ、は言わずもがな、か。竜人、それも【火】属性の感覚とやらで繋がっている、ということか?」


「"焦り"だな、この伝わってくる感覚は。それも【森負い亀】の時の比にならない――主殿も気づいているとは思うが、『泉』に駆けかねないぞ」


「【森負い亀】に匹敵する以上の魔獣がいる可能性が高い……てわけだよなぁ、それは。やっぱり、俺の眷属(エイリアン)達を連れてきて正解だったか」


ルク兄妹からの【封印】家の動きに関する報告を受けて――ハイドリィの手勢に厄介な"隠し玉"がいる可能性が生じたため、急遽派遣軍の陣容を強化しておいたことが功を奏したか。

……俺自身の予想では、【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】自体はほとんど力を失っているようなものだと思っていたんだがな。


「先触れ」達が泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)の端末ならば、『長女国』に組み込まれたことによる悪影響が魔法属性的な意味でクリーンヒットするのは……迷宮領主(ダンジョンマスター)的に考えれば、むしろその端末達の方だ。

なにせ、この端末ども。実際にその力を行使するには一定の属性を持った魔獣に乗り移らなければならないようで。それは、伝承上の先触れ達を表す獣達が話者によって微妙に違うことや、クレヨン馬なんかを見れば頷ける。

それで、だ。

その乗り移るべき、あるいは操るべき属性持ちの魔物達が――『長女国』式システムの副作用で暴走したり不安定化したならば、悪影響はそのまま"先触れ"達にも逆流するというか、感染してしまうんじゃないかと俺は考えたのだ。


「しかし御方様。【魔界】では、焔眼馬のおかげで『春』に悪影響が出たようには見えません」


そう言って、ル・ベリが元獣使いの観察眼に違わぬ【最果て島】での季節変化を示す動植物の移ろいについて、いくつか述べてくる。


「【魔界】だからではないのか? 貴婦人とやらは【人界】の存在だろう」


「馬鹿め。確かにそうだが、【魔界】から這い出した迷宮領主(ダンジョンマスター)……に近い何かではないか、と以前御方様が言っていたのを忘れたか」


「どちらの視点も間違っちゃいないが――思い出してみてくれ。そのクレヨン馬、確か【封印】家の強力な魔法とかで無理矢理そんな凶暴な魔獣の肉体の中に"封印"されてんだよな」


さて。

『封印』されたのは、本当にそれだけなのであろうか?


俺はちらりと【炎舞ホタル(ブレイズグロウ)】のベータを見た。

今回は動員した"名付き"達のうち、代表的な【火】属性エイリアンであるベータもまた、様子が少しだけ妙だったのだ。

ちょうど、前の会議を終えて、【人界】へ寄生小虫(パラサイト)入りの小動物を放って「泉」までの地勢や行軍路を確認するのに数日かけていた中でのことだ。時折、クレオン=ウールヴ……より正確にはその胸部に"封印"された「燃える蝶々」を気にする素振りがあったのだ。道端を歩いているとふと知り合いに出会ったような気がしてすれ違った赤の他人を振り返り見てしまうような感じで、だ。


ソルファイドは魔物ではないし、ベータも俺の眷属なのだから『長女国』の魔法バランスシステムからの影響は最小限。

そして【焔眼馬】も、その詳細はわからないことも多いが、元々は大陸を遥か東に突っ切った『長兄国』の"災厄"たる魔獣なのだ。


「疑問っちゃ疑問だったんだ。なんで、そんなこの地域じゃ誰も知らないような未知の珍獣が、春の先触れ君の"器"としてハイドリィに選ばれたのか……がな」


『我が国の「晶脈」の影響を受けない、または少ない魔獣をどうしても活用したい理由があった、というわけですね、我が君。考えられるとすれば……先触れとしての力を、災厄の影響を受けた魔物に乗り移ることで暴走させたくなかった。制御したかった、という辺りでしょうか』


おっと、ミシェールが参加してきたな。ということは工作活動の隙間でも見つけたのか――うん? なに、報告? うわ、なかなか趣味の良い(・・・・・)暇つぶししてんじゃねーか妹君。ルクの胃痛顔はともかく、救貧院のシーシェ嬢まで困らせるのはほどほどにしておいてやれよ。


……珍しい。

俺の考えを察知して抗議してくるというルク兄様のいつものお約束は今日は無いのか。つまり順調に調略が進んでいるってことだな?


まぁいいや、話を戻そう。とりあえず、今のミシェールの指摘通りならば、ル・ベリの疑問にはまず答えられたことになるだろう。

そうして、次に来るのは、わざわざそういう趣向にしたハイドリィの狙いがどこにあるのかだ。


単に「燃える蝶々」が『晶脈』システムの悪影響は受けなくて済んだ、ということではない。それ以上に、個体としては凶暴で戦闘力の高い【火】属性としては強力過ぎる魔物の体内に――"季節を移ろわせる"という先触れとしての権能それ自体(・・・・・)ごと【封印】されてしまったのだとしたら?

ソルファイドやベータに必死に呼びかけていたのは……そこから「出してほしい」と訴えているようにも見える。しかし"春の先触れ"としての本来の役割、要するに「春を訪れさせる」ということを果たすことを物理的にも魔法的にも封じられている。

さて、その影響は、今どんな形で現れているのだろうな? 答えは、ナーレフを訪れる前からずっとこの当たり一帯を覆っていた、というわけだ。


「なるほど。"長き冬"は、そうした先触れどもの性質を利用して、ハイドリィめによって引き起こされていた、というわけですな。しかし、何のために、そのような目立つことを?」


「いや、目立つとも限らないぞ、ル・ベリ。ルク兄妹も保証している通り、この国じゃあ、この程度のことは日常茶飯事――そうした"災厄"に偽装するのは、むしろ誰にとっても案外な盲点かもしれないってわけだ。ハイドリィめ、決起後に【魔導侯】達を脅すための切り札の効果を、大胆不敵にも白昼堂々と検証中だったってことさ」


『鎮守伯、という爵位自体は元来そういう役割を与えられていますからね。魔導侯より一定の地域の災厄を"(しず)(まも)る"ことを命ぜられているわけですから』


まぁ、"長き冬"の原因それ自体については、これは仮説の一つでしかない。

例えば「最初の取引」が、"あられウサギ"を『長女国』の影響を受ける属性魔獣に「封印」した、というのでも同じ説明ができるだろう。あるいは、「二番目」の取引との合せ技で今の事態が引き起こされているのかもしれない。

……順番の違いでしか無いだろうがな。


「ここに来て冬がむしろ強まっているということは、三番目の取引が行われた……て可能性もあるな」


『我が君。ですが「森の兄弟団」の裏切り者ハーレインは、そういう情報を持っていませんでした』


「手厳しい兄と違ってしっかり主を立ててくれる、忠臣の鑑だなお前は、ミシェール君。それが歪んだ期待に基づく忠誠心であっても、俺はそれに報いてやるとも――『森の兄弟団』の副団長に二番目の取引を襲撃させ、三番目の取引を知らせなかった。その意味については、簡単な話さ」


【泉の貴婦人】への信仰心と忠誠心を核とする抵抗組織に、その力が既にハイドリィによって奪われ制御され操られつつあるだなんて知れてみろ。

その瞬間、女将さんら『幹部連絡員』達の統制が取れなくなって、ハイドリィにとって予定外のタイミングで武力蜂起しかねないだろうよ。「外」で野盗を襲う野盗みたいに活動している実働部隊だけじゃあない。ナーレフ内部にいる旧ワルセィレの住民達の間にだって、事が起きれば蜂起に参加して内側から呼応するためのネットワークぐらいは、ハイドリィの目を掻い潜って……いや、あえてハイドリィが監視しやすいように作られているんだろう。


「つまり、【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】が健在でそこに代官の魔手が迫っていないと『森の兄弟団』連中に誤認させるための"季節の移ろい"を演出しつつ。"長き冬"は『長女国』の災害だという認識を街の中に植え付けるために、わざと解き放って、さも事情を知らない風を装って、慌てて退治してくれって布告を出したってところだな」


ご丁寧に、それが自然に現れたわけではない、という事実を知る密輸団『老い馬叩き』を利用するだけ利用して口を封じた。襲撃した『森の兄弟団』にしても、まさか襲撃中に団長が殺される(・・・・・・・・)なんて混乱が起きたんじゃ、その隙に積み荷からこっそり【焔眼馬】が解き放たれてしまっていても気づかないだろう。

ハーレインがあのタイミングで団長を暗殺したのは、そこまで計算された上でのことだった……と。


やるじゃあないか、ハイドリィ君。

伊達に、その優秀とされる能力を全霊を駆使して活用して野心の実現に向けて動いているわけじゃない。しっかりと分析した上で、合理的にしかし分の悪くない賭けにも出るという胆力を以って、温め続けてきた計画の実現に向けて邁進しているじゃあないか。


「御方様。真に申し訳ありませんが、教えていただきたい点が。"春"が訪れたことをわかりやすく印象づけて【泉の貴婦人】にその手が及んでいないと思い込ませること。また、魔導侯めらに対抗する切り札となる"長き冬"の如き先触れどもの力を試すために【焔眼馬】に封印した……そこまではわかります」


「だが、それを討たれてしまう可能性は考えなかったのか、というところか? ル・ベリよ。この国の"災厄"であると思わせるために、何も知らない風を装うならば、魔獣として討伐するのは指導者として当然の反応とはいえ――現にこうして主殿の手中に収まるのは、さすがに奴でも予想外だろうな、確かに」


ル・ベリがなんかすごい渋い顔をしてソルファイドを横目でちら見した。

そして、いつもと違うニュアンスの「苦虫顔」を作り、目を俺に戻して首肯する。

うむ……最近、君達の呼吸が合ってきたようで、微笑ましい反面、若干寂しくも感じるぞ。


『だからこその"三番目の取引"ということ、ですね。さすがは我が君です。私とルク兄様も、同じ見立てでした』


ん? なんかル・ベリが「御方様の叡智を試したのかお前ら」とか言いたげな顔をしているが、ミシェールに何か言いくるめられて、拳を振り上げようとして下げざるを得なかったような微妙な「苦虫顔」をしておる……こやつ、同じ「苦虫顔」でもここまで七変化できるとはな。


『きゅ。苦虫検定さんの2級を授与するんだよ!』


『それはどうも。ちなみに1級は?』


『グウィースちゃん!』


『いや待て、そこは良きライバルなソルファイドじゃないのか?』


『ソルファイドさんは惜しくも準1級だきゅぴ。血の絆は水よりも濃い味さんなんだね!』


いかん。

若干興味をそそられる絶妙な話題だから困るが、ここは我慢だ。

調子を奪われずに、話を戻さなければ。


「ごほごほッ、ごほん……さて。クレヨン馬が俺の傘下に加わったのは、さすがに想定外だろ。けれども、災厄の魔獣として討たれること自体は、むしろ奴の想定の範囲内だったんじゃないか? 時間はかかるかもしれないが、また回収して"封印"すりゃいいんだからな」


「そうか……そうか。そういうことか。"秋の先触れ"を御しやすいようにするために、わざと【森負い亀】と【焔眼馬】を相討ちにさせる算段だった、ということか。ふむ――それなら得心がいったぞ、主殿」


「何に気づいた?」


「最初にクレオンから伝わってきた時の"悲しみ"のような感覚。そうだ、そういうことなら俺にもわかる。クレオンは――【森負い亀】に助けを求めていたのだ。『ここから出してくれ』と」


……なるほど、な。

俺が派遣したソルファイドが戦闘に加わったことの影響がどれだけかは分からないが――あるいは、ハイドリィは一度「のんびりモグラ」の確保に失敗したのかもしれない。成功していれば、あるいは二番目の取引は「秋の先触れ」に対する封印だったかもしれない。

それで、改めて【森負い亀】を殺せる魔獣として大陸の遥か東方領域の"災厄"に白羽の矢が立った、とかな。


「ハイドリィ君の目論見はまんまと当たったわけだ。厄介だったかもしれない"秋の先触れ"を、とうとう手中に収めてしまった可能性が高い――相討ちさせるか、弱ったところを殺して、もう一回封印し直すつもりだった【焔眼馬】を捜索している様子はあるか? ミシェール」


『いえ。おそらく我が君の手元にあるとは想像していないでしょう。しかし、あの程度の「封印」であれば、後からギュルトーマ家に"解印"を依頼することもできるはず。だとすれば、焔眼馬は最悪逃してしまっても、"春の先触れ"を解き放ってからまたゆっくりと捕らえて封印しなおせば良いと考えていると思われます』


というわけだ。

あるいは似たような手口で、既に"夏の先触れ"たる「風乗りキツツキ」もまた封印されてしまっているのかもしれない。タイミング的には、長き冬の暴走がここまで悪化過激化している理由は、前後(・・)の季節を司る同僚が「封印」されたと考えるべきだろう。


――だが、まぁ。

"先触れ"達をハイドリィがどういう順番で攻略していようが、その詳細は正直、別にどうだっていいのだ。


魔法も奇跡も呪いも存在するこの世界で、【泉の貴婦人】という特殊な存在を中心に回っていた地域の伝承を、単なる迷信と切り捨てるどころか計画の核にすべく立ち回っていた野心家だ。

【泉の貴婦人】の権能――"季節移ろい"とかいう災厄に準じた力を執行する端末達を、魔法国家としての技術力を使って支配したり操ったり、制御しようと奴が試みているならば。それを、単に単に、人心掌握のための象徴から力を奪って手中に収めやすくするための切り崩しだけに利用するだろうか?


答えは否だ。

"先触れ"の宿った魔獣の恐ろしさを、ハイドリィもよくよく理解していようさ。

ハイドリィの"武力"については、最悪の事態を想定しておく必要がある。

だから、俺は今回リスクを取ってでも、大規模でないにせよ「軍勢」を引き連れてきたのだ。


最初の【人界】行きでは、本当に何もわからない状態だったから、過度に情報の秘匿に拘っていたが……少なくとも関所街ナーレフへの浸透を通して、地元勢力の情報収集能力を観察し、またルク兄妹という文字通り【人界】知識の宝庫の助言を得ることができる。

少なくとも、人里に出ずに【泉の貴婦人】に挨拶に行く程度ならば、一般通行【人界】人に遭遇しないような行軍路を設定し、また万が一に備えた広範囲の探知警戒網を組み上げたつもりである。エイリアン達は機動力に長けた連中を中心にした軍容であり、万が一には即撤退できるように「班分け」やウーヌス達による「エイリアンネットワーク」の指令網を調整してある。


おまけに更なる駄目押しとして、いざとなれば【人界】の魔物だと言い張れるような"戦力"も連れているしな。


「グウィース! みんな、元気!」


噂をすれば何とやら。

ちょうど、その"戦力"を率いる魔人樹の幼児が、あっけらかんとした子供特有の元気声を発しながら「裂け目」をくぐってきた。グウィースは【最果て島】で育てさせて数をそろえた【宿り木トレント】の一体に騎乗している。

魔法使いに分別(ふんべつ)を求める髭の長老ほど巨大ではなく、トレント族としてはかなり小柄な丸太の巨人が30~40体。それでも人間の1.6~7倍近い巨体から繰り出される質量攻撃は、鎧で身を守っていたとしても十分な脅威になるだろうよ。


それから、トレント達の枝が絡まったような上半身部分には、一体につき2、3体の葉隠れ狼(リーフルフ)が潜んでいる。

こいつらの指揮は、ル・ベリ&グウィースの異父兄弟が上手くやってくれることを期待――いや待て、グウィース。宿り木トレント達の枝や根まで動員してル・ベリに"触手壇之浦(だんのうら)"を仕掛けるのはやめ給え。【異形】を晒して良いかどうかを俺に目で問いながら、防戦一方になっている兄を見てなんとも思わないのか君は。


「楽しい! 遊ぶ!」


……はい。

もういいや、幼児の好奇心はル・ベリに任せておくに限る。


話を戻そう。

最低でも1体、最悪の場合は3体の"先触れ"がハイドリィの指揮下にある可能性だって否定出来ない。


ナーレフの駐留部隊やハイドリィの私兵達ならばともかく、そんな強大な力を持った魔獣どもに対抗するには――さすがに『森の兄弟団』達に"囁く"だけでは、時間もかかる上に決め手にも欠けてしまうわな。その間にハイドリィが勝利条件("先触れ"の全確保)を達成してしまうだろうさ。

俺が『春』を押さえていることは、あまりアドバンテージにはならないということは、先ほどのミシェールの解説通りだ。


「手下達を奪ってから、【泉の貴婦人】本人も屈服させて支配下に置く。そうなれば『森の兄弟団』から正統性を失わせることだって簡単だわな。貴婦人と兄弟団をお互いに対する人質にすれば、旧ワルセィレの住民全体をも服従させたことになるも同然だ」


「だが、迷宮領主(ダンジョンマスター)に近い力を持った存在の眷属だ。それと軍隊が共に在るというならば、対等に戦うためには主殿の眷属(エイリアン)どもをぶつけねばならない――リッケル子爵以来の本気の闘争になるな、主殿」


「御方様。【人界】であの異形の魔獣どもを晒すのはまだ早いと仰っていたかと」


「そうさ。だから、ハイドリィが勝利条件を達成してしまったら、ここは"仕込み"不足を素直に認めて出直しだ。リュグルソゥム家には悪いが、ハイドリィの野郎に取り入って内部から蚕食する『長期計画』に切り替えることになる」


"完全体"の軍勢と最悪市街戦するなど、坂道を転がり落ちるような転落の始まりになりかねない。隠蔽だってできるわけがない。見せつけようとしているハイドリィと、まだ見せるべきではない俺とでは、同じ「魔獣という戦力」であっても使い所の制限が違うのだ。

様々な魔導侯家の走狗がはびこっている関所街ナーレフで、ハイドリィを倒すためだけにエイリアン達の情報を晒してしまえば、必ず対策されて攻め滅ぼされる。


「故に、主殿は代官ハイドリィの軍を、その理想とするところの"戦力"が整わないうちに討とうというわけか」


「こちらに有利な戦場におびき出して、ということも忘れずにな」


「そのためにルクらを派遣した、と……ミシェール、首尾はどうなのだ? 御方様は、仔細はお前達兄妹に任せると言っておられたが?」


『すこぶる順調ですよ、ご安心してくださいね、ル・ベリさん。たかだか走狗風情と、末席のそのまた端くれとはいえ、謀略の獣とも揶揄された【魔導侯】との格の違いを、お見せして差し上げましょう――人間って本当に"面倒くさい"生き物ですよね?』


「言うではないか。なるほど、そうか、それも"母の強さ"というわけだな? ルクが、かつてのお前がひ弱で泣き虫であったなどと言うが、全く信じられない」


クスクスと笑うミシェールと、ああいう言い方をしていて実は困惑している「苦虫顔」のル・ベリへの突っ込みはグウィースかソルファイドに任せておくとして。


本来、ハイドリィは待ちに徹すれば良い。

『森の兄弟団』を、ベネリーみたいな幹部連絡員達を使って良いように操っているならば、彼らを踏み台に軍を起こす大義名分を掲げるタイミングは、繰り返すが自由であるはずなのだ、他に俺の知らない制約条件が無い限りは。その間に"先触れ"達の切り崩しをじっくりと行えばよいし、事実、俺が介入する前からせっせと積み上げてきたのだろう。


だが、「格の違い」などと壮語してくれたものだが、もしも目論見通りルク達がハイドリィを激発させるのに成功したならば。

早期決起という賭けに追い込まれつつも、少しでも勝率を高めるために、真っ先に押さえようとするのは本丸の【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】だろう。


ならば、関所街から「泉」までの道中で待ち伏せ――ハイドリィ軍(不完全体)を捕捉する。そのための探知警戒網でもある、というわけだ。


「より理想を言えば、陽動としてでも『兄弟団』どもと連携できればというところだろうがな、主殿」


「まぁ、そこもルク達の副目標にはなってるみたいだから、悪いようにはしないだろ。武闘派枠としてアシェイリもつけたし」


『え?』


ミシェールが、思考時間お化けでありあらゆる問答を準備・想定して即座に進言してくるリュグルソゥム家の一員とはとても思えない、まるで想像とは全く違う事態に対する驚きのような、彼女らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。


「どうした? ミシェール、お前らしくもない」


『アシェイリちゃんをつけていただいたのって、そういう思惑だったんですか?』


うん?

嫌な予感、いや、愉しい(・・・)予感がして。

俺は知らず口の端を歪めていたのかもしれない。


『ペロきゅぴり、これは凄惨修羅場カリさんの味! ぎゅええ、死ぬううう!』


うるせー、全身内臓器ども。

というわけで、俺の代わりにソルファイドが問いただす。


「待て、ミシェールよ。アシェイリは今どこにいるのだ?」


『――王都レンゼシアまで、ちょっと人を攫わせ(・・・・・)に。駄目でしたか?』

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