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鉄戟-0002 鉄と泉と雪なだれ

【盟約暦519年・睨み獅子の月(3月)・第7の日】

【~転移145日目】


「ぬおおおおおおりゃあああああああッッ!」


刺すような寒気を大喝(だいかつ)だけで吹き飛ばす。

その勢いのまま、技能【武器操作】ではなく、ありったけの命素を込めた【武技】により、鉄槍の一振りを気合いと共に豪投。

眼前に迫った氷塊を破砕しつつも貫通し、その先に泰然と佇む四足(よつあし)(ふた)つ角の魔獣の眉間に槍が突き立ち――。


『ネフィ、駄目です。すぐに退いてください!』


魚が泡を吐くような独特な女性の声が脳裏に響くや、【心無き鉄戟の渓谷】の魔人ネフェフィトは作戦(・・)の失敗を悟る。鉄槍が脳天まで貫通したはずの"魔獣"は、まるで雪塊(ゆきくれ)が腕白な子供達に砕かれたかのような手応えの無さで頭部を崩壊させつつ――確かにこちらを()た。

"泡の声"が、事前に取り決めていた最上級の撤退指示であることを悟るや、ネフェフィトは戦士の勘に従って急旋回。半瞬前までに後退しようとしていた箇所から、巨獣の首の如き雪でできた(・・・・・)(あぎと)が現れて彼女を食らわんとするのを、紙一重で避けるので精一杯。


そして、回避することはできたものの、今の一撃で"魔獣"はより正確にネフェフィトの位置を把握したようであった。

一目散に「泉」の方角へ向かって、雪山の坂道を転がるように駆け下るネフェフィトを標的に、どこからともなく無数の氷の槍が降り注いできたのである。


「ッ! クソどもが、言うことを聞けえええええええッッ」


このままでは全身を串刺しにされる。

避けようのない氷柱(つらら)の雨あられから身を守るため――ネフェフィトは"禁じ手"を使う。振り上げた右腕に、体中を振り絞った魔素を込め【武器操作:多重】を発動。

氷柱達の――より正確には、その氷柱達の内部に閉じ込められ(・・・・・・)ている鉄剣や湾刀達に向けて「言うことを聞きやがれこのクソ下僕どもが」という意思を叩きつける。


膝の半ばまで埋まるような雪の絨毯に次々と氷柱達が突き刺さり、その衝撃で大量の粉雪が舞う。それが、周囲を(すさ)ぶ吹雪に合流。全く視界が見えなくなってしまうが……なけなしの魔素を使った甲斐あって、ほとんどの氷柱が直前でわずかに軌道を逸らし、致命傷は避けられた。


「クソクソ! あの雪だるま野郎、学習しやがったな! ああ、痛いぞ畜生!」


涙目になりながらも、切り裂かれた肩の傷を押さえながらネフェフィトが吠える。

引っ掴んだ手頃な氷柱を足板代わりに、跳びはねるような無様な滑り方で坂道を撤退するペースを一気に上げるのだった。


『どうしたのですか、ネフィ。まさか、怪我でもしてしまったのですか?』


「あの雪だるま野郎、今度(・・)は"普通"の氷柱も混ぜてきやがった……油断した」


『いや、そんなことより――』


「そんなことよりこんなことだ! 作戦は失敗だ、逃げるぞルル!」


それが【眷属心話】に近い通信手段であると知りながら(しかし違和感も感じつつ)、ネフェフィトは怒鳴り声を上げる。それは彼女の悪癖ではあったが、ついぞ姉妹達に諌められても治らなかった癖だ。

……そしてそれが原因かどうかはわからないが、背後から、まるで坂道に降り積もった雪全体が唸りだすかのように、ピシピシという無数の細かな氷のひび割れ音が聞こえてくる。


雪崩(なだれ)の予兆にさらに涙目になりつつ。

青みがかった黒髪を馬の尾のように突風に踊らせながら、命からがら「泉」まで駆け戻ったのは、それからもう四半刻ほどの逃走劇を繰り広げた後のことである。


   ***


正午。

といっても、その一帯では、立ち込める雪霧のせいで陽光が薄い。

"泉"から少しだけ歩いた先にある洞窟で、適当な獣から剥ぎ取った毛皮を毛布代わりに引っかぶり、焚き火に温まりながら、魔人ネフェフィトが「貴婦人」との心話を続けている。


「"暗殺"作戦も大失敗だぞ、あいつ学習してやがる。ただの魔獣だと思ったのに――【魔界】で言えば、子爵(バイカント)級がそれなりに真面目に対処しないとどうしようもないレベルだぞ……」


『ごめんなさい。私が、無関係の貴女まで巻き込んでしまったばかりに』


「気にするな、ルル。お前は最初に私を助けてくれた、良い奴だ。それに【魔界】の生物としては初めて(・・・)【人界】に出た存在なんだ。魔人としては初めて【人界】に出た……クソ! 馬の骨め! ――おほん、出れてたはずの私とは、言わば同郷の士って奴だ! 助け合うのは当然のことだ」


『でも、そのせいで貴女は、多くの"力"を失ってしまった。ごめんなさい、私がもっとしっかりあの子を管理(・・)できていれば』


ルル、と呼ばれた存在――関所街ナーレフにおいては『泉の貴婦人』として知られる神性――が、まるで人間のような感情を込めて本当に悲しそうな声でネフェフィトに許しを乞う。

ネフェフィトにしても、確かに、最初に遭遇して「泉に引きずり込まれた」時にルルの姿を見て、彼女が魔獣の(たぐい)であると確信はしたが……知性を持った魔獣など、迷宮領主(ダンジョンマスター)に仕える魔人にしてみれば、()ほど珍しいものでも何でもない。

故にルルが心配したような忌避感も持っていなかった。良くも悪くも、竹を割ったような直情さで、わからないことも多い【人界】行きで、よもや同郷の出身に出会えた幸運があるのか、と素直に受け止めている程度である。


要するに「友達」認定の基準が大らかなのが、ネフェフィトという女性であった。


とはいえ――ルルの、多少込み入った境遇に関しては、思うことはあったが。【魔界】出身の()魔獣でありながら、迷宮領主(ダンジョンマスター)に限りなく近い何か別物のような存在感を放っている「泉の貴婦人」は、明らかに【魔界】の常識においても異質である。


だが、難しい問題というものについては、父や姉妹達など自分よりももっと知識のある者達に任せ(押し付け)れば大丈夫だ、と割り切ってもいた。

どうせ、自分が頭を捻ってもパンクするのは自覚していたし、目の前の問題を解決して【人界】もそこそこ満喫してから自身の迷宮(ダンジョン)に戻る時に、ルルも連れていけば良いと割り切っていたのである。


そして「友達」を困らせている"厄介事"があったならば、全霊を尽くし死力を賭して手助けすべきである、というのが彼女の信念であった。

だからこそ、力を失う(・・・・)事態になってしまったわけだが。


「正直、『相性戦』じゃ私とあいつは最悪だ。失敗も覚悟はしていたけれど……武器はもう残り3、4本しか無いぞ」


『本当に、ごめんなさい。直前までは、あそこにあの子(・・・)の気配が、確かにあったはずなのに。ネフィの言うとおり、私にも信じられないぐらいの速さで、あの子は学習しているのかもしれません。でも、どうして突然』


溶けた雪で濡れた髪を乱暴にかき上げながらかわかすネフェフィト。

既に数度に渡り、ルルが"冬の先触れ"と呼ぶ魔獣と戦っており、あぐらをかいて座る姿は踊り子というよりは露出の多い密林の女蛮族と言われてもおかしくはない。その気になれば艶やかさを演出することも出来るネフェフィトであるが、今はその必要は全くと言っていいほど無かった。


そして。

彼女は現在、髪の毛と額から伸びる立派な一本角の異形を晒しているが、それは【黒璧鋼(アダマント)】の兜を脱いでくつろいでいる――という訳ではない。


端的に言えば、"冬の魔獣"に奪われていた。


……それが原因であるかはわからないが。

ルルを心配させないために言っていないことがネフェフィトにはあった。


兜を奪われて以来、体内の魔素の消費が激しく、疲労の回復も遅くなっていたのである。それは、およそ「魔素」を扱う技能を縛られたに等しかったのだが――致命的だったのが、そのことに気づいていなかった「2度目」の戦いだ。

大小30振りはある鉄剣や鉄戟の類を技能【武器操作:多重】によって鉄の暴風として"冬の魔獣"に叩きつけたところ、急激に魔素が身体から抜け落ちて、ネフェフィトはその場で昏倒してしまったのである。


かろうじて駆けつけたルルに救い出されたが……その時に、鉄戟の3分の2が奪われ(・・・)てしまった。その次に、取り戻そうと無茶をして残りのもう半分が奪われ、今に至るというわけである。


「お前の"部下"も大概だな、ルル。【氷】属性の魔獣を操るってのはともかく、【氷】属性でないものでも氷漬けにして無理矢理操ってしまうなんて、力技も良いところだぞ……だから、悪いのは油断した私もだ。謝らないでくれ」


ルルの話した"身の上話"のうち、【人界】で彼女がこれまでどのような活動をしてきたのかについては、正直難しくて大半を聞き流してしまっている。

しかし、彼女が使役していたという『四季の先触れ』なる存在が、ことごとく変調して言うことを聞かなくなり、そのうち最も暴れて手を焼いていた『冬の魔獣』が、ルル自身の力を奪おうとしているのかはわからないが、襲ってきているのだということ自体は理解できた。

そこが理解できれば、少なくとも戦うのに必要な情報を聞き出して、自分なりに噛み砕くことはネフェフィトにだって可能だ。


そして、そこから導き出される事実。

今のネフェフィト自身の発言は再確認であったが、それが"冬の魔獣"の能力であるならば――生きた武器(・・・・・)であるネフェフィトの鉄戟達が、氷漬けにされて奪われたことで、その支配下に入ってしまったのであろうこと。

オマケに「兜」を奪われており、それも氷漬けにされて取り込まれていると考えれば、自分自身の油断によって倒すべき厄災を更に強化させてしまっている……ということが、さすがにネフェフィトにもわかる。


(ルルには言えない……言えないよなぁ。あの「兜」のせいで、雪だるま野郎の力が増しているのかも、だなんて。あああああぁ、あのクソ父上! なんでそんな危険物持たせたんだ、ちゃんと使い方とかどんな道具か説明してくれってんだ! いつも、こう、肝心なところで抜けてるんだ。変なところは鋭すぎるくせに!)


『私を見捨てて逃げても良いのですよ? 貴女には帰る場所があるのだから』


「"友達"を二度と見捨てるわけがないだろう、馬鹿にするな!」


ネフェフィトにとっても、これは自分でも驚くような心境の変化であった。

彼女は、なぜ自分が、幼少期に出会った「似姿(人間)」達にもう一度会いたいとウキウキしていたかを、ルルとの交流を通して悟ってしまったのだ。

すなわち――かつて「友達」と呼びたかった人達を、理解のない姉達によって傷つけられ、追い払われたことへの罪悪感もあったのだ、ということに。

迷宮(ダンジョン)で父に仕えるようになってからは、ほとんど忘れかけていた感情であったが、こうしてルルという不思議な存在と交流したことで、彼女の厄介事に共に立ち向かう中で――幼かった頃の自分がどう感じたのかを、思い出してしまっていたのだ。


……それはともあれ。

確かに、一度迷宮(ダンジョン)へ戻り、事情を話して父や姉妹達に援軍を乞うのも一つの手かもしれない。

しかし、「兜」を奪われて以来、冬の魔獣による雪と氷の侵食(・・)は加速しており――どう頭を捻っても、全力疾走してまたこの場所へ戻ってくるまでには、ルルが「泉」ごと氷漬けにされている未来しか見えない。

それでも見捨てたくない、と自分を縛ってしまっているからこそ、ネフェフィトもまた策の無い状態で手をこまねくしか無かったわけである。


(【鉄鐸】用の剣までもが全部奪われたのが、本当にキツいしついていない。せめて一振りでも取り戻せたら、父上に連絡できたかもしれないのにな……私の練度(・・)じゃ、槍の刃じゃ小さすぎて父上と交信できないんだ。もっと真面目に練習していれば良かったよ。うう、援軍のアテが無い籠城戦がこんなにキツいなんて。ラフィ姉に教えてもらった時は、なんとなくしか聞いてなかったけど、こういうことなんだな)


吹き込む寒波に、今にも消え入りそうになる焚き火のゆらめきをじっと見つめながら、残った手札でどうこの事態を切り抜けるべきか、必死に頭を悩ませるネフェフィト。

"泉の貴婦人"と呼ばれているルルは、どうにも今の「力を失った」状態では泉から離れることもできないようで、彼女を担いでこれまた迷宮(ダンジョン)へ全力疾走するというのもリスクがある。無事に運べたとしても、そこでもし昏倒したり衰弱してしまっていた場合、それが【(くろがね)使い】の手に負えるかどうかは、ネフェフィトの見立てでは微妙なところだ。


迷宮領主(ダンジョンマスター)は何でもできる神のような存在なのだと幼少期には素朴に思っていたが、それは「迷宮領主(ダンジョンマスター)」全部をひっくるめた場合のこと。

個々の迷宮領主(ダンジョンマスター)に関して言うならば、「○○使い」として表現される各々の権能はピーキーに過ぎ、『相性戦』なんて言葉ができてしまう程度には、できることとできないことの差が激しいのだということを知ってがっかりした記憶がある。


その意味で言えば、"四季に干渉する"とかいう面白い権能を持っているとはいえ、ルルはその「見た目」からしても明らかに――。


(いや、待てよ? ……一か八かだけど、いっそあの雪だるま野郎にルルを「氷漬け」にしてもらったら――?)


天啓のような考えが脳裏に閃く。

それは、まさに逆転にして起死回生できるかもしれない発想であった。

"泉の貴婦人"が「泉」から離れることがその生命に危険を及ぼすということを逆手に取って、例えば泉ごと(・・・)凍らせてしまえば、自慢ではないが「2番目に怪力」な自分ならば、泉の水でできた氷塊ごと担いで逃げられるのでは――と。


だが、その天啓をネフェフィトは実行できなかった。


(ルル、良いこと思いついたぞ!)


と、彼女は元気よく声を上げ、立ち上がったつもりであった。

しかし、次の瞬間には鈍痛と共に洞窟の地面に顔面から突っ込み、目の前が真っ暗になって何も見えなくなる。


『ネフィ、どうしたのですか? ネフィ、ネフィ!? ――ネフィ!!』


(あれ、どうして……? 力が、抜ける……私、どうなった……?)


   ***


神か人か、果ては魔人か魔獣かともその正体を考察された『泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)』が、自身の力を奪わんとして反逆した「冬の魔獣」の目を何とかかいくぐり、命からがらにネフェフィトを回収した頃。


「泉」からは獣の駆け足でも数日はかかる距離。

その魔人ネフェフィトが現れた「裂け目」とは別の「裂け目」から、【異形】を持たぬ魔人が現れたのであった。

彼の後には【異形】を隠した魔人と、【人界】の種族であるはずの竜人が続き――さらにその後から、【魔界】でさえにわかにはその存在が信じがたい、形容し難い"異形"の進化を遂げたかのような凶獣が数体続く。


だが、違和感を覚えたように、魔人にして迷宮領主(ダンジョンマスター)オーマは立ち止まって周囲を見回し、空を見上げた。


――大気中に微かに雪の粉が舞っていたのである。

それを見て、次に、うっすらと数ミリ程度のまばらな積雪が"大うろ"の周囲に点在することを確認して、目をわずかに丸くさせる迷宮領主。

だが、彼はすぐに片眉をひょいと釣り上げるようにして、また不敵な笑みを浮かべ、「泉」の方角を見やった。

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