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本編-0106 猫とネズミと無能者

『た、大変だきゅぴ創造主様。女将のベネリーさんがさわられたきゅぴぃ!?』


宴もたけなわ。

会議という名の歓談の最中、我が脳内にやかましく鳴り響きたる、ぷるきゅぴといふ名の警報装置ありけり。


備えあれば嬉しいな、とはどこのぞの青褪めた君王の残した偉大なる言い間違いであったか。

かつて寄生小虫(パラサイト)入りのネズミを始末させた、ベネリー女史の飼い猫にして近所の野良猫達のボス猫でもあるジョアンス猫がいたよな。その時に色々と美味い情報が得られて、俺に褒められたことに味をしめたぷるきゅぴ達が、今度はジョアンス猫の取り巻き猫達の一匹に新たな寄生小虫(パラサイト)を送り届けることに成功したのである。


『創造主様。"猫さん"が、さぁゲシュさんタルトさん、崩壊してしまいなさい! 状態だきゅぴ』


待てこら、なんだその悪人を成敗するために手練れの部下を単細胞分裂でもさせて数の暴力で押しつぶそうとする神話的諸国漫遊(ジジイ)は。


『え、タルトさん? ふむふむ、こ、これはおいしそう~』


……おほん。

時代劇へのハマり方が妙な方向へ進んでいる気がしないでもないぷるきゅぴ達であるが、『きゅぴきゅぴ会議』開催の気配を察知して、無視黙殺する方向に対応を切り替える。

話を戻せば、今度は手頃な小鳥に寄生させて一目散にナーレフへ飛ばさせて、その取り巻き猫に食わせるという方法だ。別に猫じゃなくても良くて、あの関所街ではやたらと多い(・・・・・・)カラス達でも良かったらしいが――ある生物を他の生物に「食わせる」ことで寄生小虫(パラサイト)の寄生対象を変化させる技術の開発は、なかなかに面白い着眼点ではある。

現状、寿命の問題や魔法による被探知という問題、魔力なんかを持たない生物ぐらいにしか寄生できないという問題がある、が。


この技術が今後、俺の【エイリアン使い】の能力とともに進化していったら、一体どんなことまでできるようになるだろうかね?

融生蟲(シンビオンター)】や、あるいはモーズテス氏と融合を果たした"名付き"であるカッパーという要素が、まだまだ手付かずでいるんだからなぁ。


ただまぁ、今は目の前の"報告"の意味を考えるべきだろう。

『泉の貴婦人』の元へ"ご挨拶"に向かうことが決まって、そのための軍勢を整えるべく、会議もお開きにしようとした段での急報だ。


さぁさ、意見を申せ、発言しろ。

灰色の脳細胞を振り絞って活性化させろ、配下ども。


「うむ? これは……ハイドリィめの仕業なのか?」


「え、どうしてそう思うの? お苦虫さん」


「吸血娘、お前もう忘れたか。ナーレフの代官が次に起こす行動の一つが、『森の兄弟団』の"収穫"だろうというのは、さっき御方様が言っていただろう」


「だって弱い連中になんか興味無かったし」


「アシェイリさん、貴女は本当にその"幼馴染"の方を、心配しているんだね」


いつものルクではなく先鋒を飾ったのはル・ベリであったか。

その発言に、ようやっとトラウマから立ち直ったらしいアシェイリが疑問を差し挟む。とはいえ、それは彼女が突っ伏している間に議論と検討を終えていた話題であったが。


……まぁ、おさらいするならば。

想定よりはずっと早いし、誘拐だとしたら"手ぬるい"方法だが――ハイドリィが"収穫"を始める上で、真っ先にするのが「幹部連絡員」達を潰すことだろうからな、ということ。


『ウーヌス、他の幹部ネズミ達の様子はどうだ?』


『きゅ! 今日も元気に白馬さんのところで酒盛りしてるよ!』


うん?

いや待て、それはちょっと待て。

ハイドリィが次の一手としてやることを想定していた"連絡員狩り"は……奴の目的が「独立」にあるのなら、一網打尽でやらなければ意味が無い。そしてそのことは、にわか謀略家の俺よりも本職生粋なハイドリィの方がずっと承知しているはず――と強烈な違和感を覚えたところで、ささやかな問題が起きた。


「お貴族さんの、妹さん……えッ!?」


うん?

アシェイリが目をさっと強張らせるや、魔素と命素が渦巻き、何らかの【技能】が発動。と同時に、その視線の先でミシェールが【精神】魔法を発動させた。


両者を見やればどうも先に仕掛けた(・・・・)のは「お貴族さんの妹さん」であったようだ。興味と関心と微かな嗜虐心がスパイスされた蠱惑的な眼差しに込められたのは【支配】系統の魔法か何かか。まるでそれが吸血鬼相手にも通用するものなのかを実験するかのようにアシェイリへぶつけようとしている。

対するアシェイリもまた、おそらくは吸血鬼固有の種族技能である【魅了】を使って対抗、相殺を試みたようだ。


どうしてそれがわかったかって?

念のためかは知らないが、俺や場の他の連中に"飛び火"しないように、即座にルクが【明晰なる心(クリアマインド)】を対抗魔法として展開したからだよ。


「……どういうつもり? お貴族妹さん」


「おいおい、ミシェール。頼むから問題を起こさないでくれ」


「ごめん、兄様。ちょっと、確かめてみたいことがあって――アシェイリちゃん、リュグルソゥム家(私達)への対策は吸血鬼達もばっちりなみたいだね?」


などとのたまいつつ、ミシェールが一瞬だけ俺に目配せ。

やれやれ、という顔でルクも俺に目配せ。

なんだ? と思っているや――ミシェールがアシェイリに謝りながらも、突如「ユール君は、どんな男性(ひと)なの?」と地雷原に切り込んだのであった。ルクが「打ち合わせと違う!」とでも言いたげなギョっとした顔でミシェールを凝視するが、彼女はどこ吹く風。

アシェイリにとっても完全な不意討ちであったか、固まり、混乱する吸血娘(戦士)に言葉巧みに質問と推測と断定と予測と承認と否定を重ね、あれよあれよと"女子トーク"のような雰囲気を作り出してしまったのであった。


――そして、アシェイリの意識を完全に反らしたところで、ルクに目配せをしてから【眷属心話】で二人が俺にだけ話しかけてくる。


『我が君、オーマ様。長年の疑問がまた一つ、解消しそうです』


『【魅了】の技術は、極めて私達リュグルソゥム家の【精神】魔法に近い。おそらくは、始祖リュグルとソゥムが編み出した魔法技術と、根っこが同じなのかもしれません』


そういうことかい。

食えない兄妹だなぁ……特に妹の方が。

まぁいいや、その分析と趣向に乗ってやることとしよう。


『なるほどなぁ、それがお前達【魔導侯】の一族の「魔導の探求者」としての一面か。言いたいことは俺も察した』


【精神】魔法は、人間の精神に影響を与える作用を魔法の力によって体系化・技術化したものである。であるが故に、基本的には「人間」にしか効果が無い……兄妹との最初の邂逅で、それが【魔人】である俺に通用しなかったことから俺の正体が看破されたことを思い出せば良い。

もっとも、あの時、俺には100%通用しなかったわけじゃあ無かったんだがな。わずかばかり影響を与えられそうな感覚も無いでは無かった、それ自体は神話でも語られる「魔人=魔界へ避難した元人間の一派」説を裏付けるようなことかもしれないが――その文脈で、では吸血鬼はどうか? と考えてくれ。


『少なくとも、魔人よりは(・・・)ずっと「人間」に近しい精神構造を持っている、か』


『我らリュグルソゥム家の脅威は、連中からすれば【魅了】の通用しない難敵であろう、としか思われていませんでした。でも、今試してみて、確信しました』


『だって、もしオーマ様のような「魔界の民」と同じぐらい人間(私達)から種族としてかけ離れているなら――わざわざ【魅了】を対抗魔法みたいに使う必要、ありませんからね。正直、私としてはとても気分が悪い事実ですよ』


まぁ、お前はそうだろう。

吸血鬼にあまり良い印象自体無いだろうしな、『長女国』の貴族としては。


だが、違和感という意味でなら俺も理解できる。

……ちょっと【異形】や【魔眼】が生えている以外は「人間」と大差無い【魔人】よりも、"生命の紅き"ピンクスライム的卵黄型肉塊を成分に化け物じみた再生能力を持つ【吸血鬼】の方がずっと近い(・・・・・)精神構造を持っているとは――この世界の知的種族の間に横たわっているだろう因縁とやらは、思索すれば思索するほど、新しい情報が入れば入るほど、ますます底が見えなくなっていくんだよなぁ。


それに【吸血鬼】に限っても、この【魅了】もそうだが……上位種が下位種を支配するための『使命人格』を生み出す文化というか統治システムが在る。これも、極めて【精神】魔法ぽくはないだろうか?

「吸血鬼≠人間」という【人界】の常識をあえて捨てるならば。


ともあれ。

ミシェールが自然? な形で、今日の会議の主要議題の一つである「吸血鬼ユール君」の話に持っていった好機を逃すまいよ。アシェイリがダウンしていたので後回しにするしか無いかなーとも思っていたが、それならば、と俺も割り込むべく、手持ちの(情報)を一枚切ることとしよう。


「はいはい、こんなむさい男どもの間で女子同士の交流を深めることも無いだろうよ。ミシェール、アシェイリをそれ以上『どこが好きなの?』攻撃で問い詰めるのはやめてやれ……今はな」


「うぅ、まさか、お外道さんに助け舟を出されるとは」


「はっは! だが、俺だってユール君の行動には非常に興味を持っているところだ。彼がどうしてこの街に来たのかは、知らないんだったよな?」


首肯するアシェイリに瞳に、戦士の緊張が宿る。

先ほどまでミシェールにたじたじにされていた様子から、一瞬で戦闘態勢に意識を切り替えることができるのは、彼女が受けてきた訓練の賜物であるや否や。


「ユールが護衛、もとい監視していた【紋章】家の御曹司ジェロームについて、何か知っているか? というか調べたか?」


「いいえ」


「目的を達するためにこそ周辺の情報収集は大事だぞ。次に竜人を見かけても、まずはそいつの身辺調査案を練って報告することだなぁ。なら、ユール君が"里の暗殺者"として、一体どんな『任務』とやらを受けたのかは?」


「……それも、知りません」


「暗殺者、というぐらいだ。何者かを殺しに来たのではないのか?」


これはわかりやすい師匠ソルファイドの助け舟だ。

ル・ベリもそのことが分かっているのか、馬鹿めがと突っ込みを入れるような野暮はしない。


「少なくともジェロームやハイドリィではないだろうなぁ」


「暗殺者だから暗殺任務、というわけでもないでしょうね。アシェイリさんみたいに、無理難題を吹っかけられている口かもしれない」


「そこだ」


事実と、事実に近しい推測を一つずつ積み重ねてみよう。

ユール君は【紋章】家の御曹司であるジェロームを監視するように行動している。だが、以前にはおそらく単独で関所街に現れ、リュグルソゥム家の緊急脱出先であった「俺の迷宮のある森」へも訪れている。

だから、ジェロームの護衛として雇われているわけでも無いならば、彼を監視していると考えるのが自然だ――そうすると、一体何のために? 誰のために「無能者」と評判の不健康な中年貴族を監視する必要がある?

仮にその『使命』が、祖国アスラヒムの高位吸血鬼の指示によるものだとしても……【聖戦】家などの尽力によって、既に高度な吸血鬼スパイのあぶり出しシステムが整ったこの『長女国』で、まるでそんな"謀略の獣の手先"と思われるような行動をしているとは。


活動の自由度を高めるために「協力者」がいてもおかしくない。

そして俺のその推測は正しかったわけだが――【紋章】家の嫡男を監視する必要があるような連中がユール君の後ろ盾になっているとしたら、それは【魔導侯】の間の暗闘に関わる者達だ。最低でもロンドール家のような"走狗"クラスだし、場合によっては実の父たる【紋章】侯その人だって、あり得なくはないだろうよ。


ただし、何度かナーレフに非正規の手段で潜入を繰り返してきたところを見るに、ロンドール家の紐付きではないだろうな。少なくとも、ハイドリィの部下だったらもう少し楽な侵入方法があったはずだ、人目につくのがまずかったとしても。


「そんなきな臭い立場の工作員が、ジェローム殿下のお守りをしているのは、なんでだろうな?」


「……御方様の"囁き"を受けたわけでも無し。なのに、吸血娘と比べて、随分と行動の自由があるようにも見えますな」


「そうさ、ル・ベリ。普通に頭の回る小僧で、自力で『使命人格』との上手い付き合い方を会得してるてのもあるかもしれんが……【生命の紅きを統べる(アスラヒム)王国】の重要目標が『長女国』打倒だっていうなら、その『長女国』で活動しているユール君の任務だってそれに繋がるものと考えるのは、変じゃない」


「ユールが、その、お無能さんを監視しているのも、それが理由だと?」


それから、アシェイリはユールが今、何かとてもおぞましい血(・・・・・・)を体内に巡らせる存在を側に置いている――少なからぬ時を共に過ごしている、とも言っていた。

そんな存在がナーレフにはいない以上、吸血鬼ユールが『長女国』内に拠点を置いて活動しているのもまた無理のある推理ではない。


「ジェロームの政治的な価値を考えてみろ。本人の能力は別にして、【魔導侯】の嫡子で本来ならハイドリィを犬扱いできる高貴な"血統"さ」


「正確には"元"嫡子ですけど。でも、反対派達からしたら、むしろ担ぎやすい神輿というわけですね」


「権力闘争、か。麗句を使おうと、やっていることはゴブリンどもの抗争と大差無いな……まぁ、あのハイドリィめがそれを許すとも思えんが」


「そうです、ル・ベリさん。だからこそ、ジェロームは到着するや実質代官邸に軟禁されているようなものですが――いや、なるほど……それで、ベネリーさん、というわけか」


「何かわかったの!?」


さて。

ここで、話が冒頭のウーヌスの報告と繋がるわけだ。

――違和感があるんだよ。仮にハイドリィがこのタイミングで『森の兄弟団』の壊滅に動いたとすると、ベネリーだけでなく他の幹部連中も一網打尽にしなければ意味がないのだ。


だから、犯人は別にいて、少なくともハイドリィの思惑とは別に動いている。

俺は、それが吸血鬼ユールという線もあるんじゃないかと考え始めている。


「でも、そんなことをしてユールに何の利が……?」


「わからん」


は? と焦りが苛立ちに変わりそうなアシェイリの出鼻をくじいて気勢を殺ぎつつ、俺は推論を重ねる。


「『長女国』に何らかの害を与えるとしたら、むしろハイドリィを援助して、そういう方向に誘導するのが良いと俺は思うんだがなぁ」


それとも、本当に単なるジェロームのお守りなのだろうか?

いかなハイドリィとて、廃嫡されたとはいえ主家の男子を秘密裏に始末してしまっては、【紋章】家に取り潰しの口実を与えることになるぐらいわかっているはず。


――もしも、ベネリーを誘拐した存在の狙いが、真にジェロームと『森の兄弟団』を結びつけようというものならば、ナーレフ統治の混乱を徒らに長引かせるだけだ。それは【紋章】本家の介入を招く結果をも導きうる。つまり無駄骨だ、せっかくの「混乱の種」を【紋章】家に自ら摘ませてしまうに過ぎないのではないか? 等と思考していると、意外な指摘が耳に入ってきた。


「あえて【紋章】家の注力をナーレフに傾けさせようとしている、か。主殿、俺は政治には疎いが……(いくさ)として考えるなら、その分手薄になった本拠を奇襲するのが目的という考え方もあるのではないか?」


「で、その"奇襲"とやらを狙うのは何者なのだ?」


「まぁ、順当に考えれば他の魔導侯連中でしょうけれどね」


……ふむ、なるほどな。

確かに、吸血鬼として『長女国』に仇なそうというユール君の立場からは、極論ハイドリィやジェロームの生死なんて別にどうでもいいのかもしれない。


「御曹司を担いでハイドリィを倒せれば【紋章】家内に不和の種をばら撒ける。無能だからって理由で廃嫡された長男が、まさかの実力を示した……ようにでも見せられれば、"良からぬこと"を考える者が今度は【紋章】家内に蔓延り始める、てシナリオもあるわけか」


「ゴブリンどもの間でもよくあった話です、御方様。それならば、その見方ならば"共倒れ"でも良いわけですからな――竜人め、貴様の闘争好きもよくよく御方様の役には立つものだ」


猪武者なきらいのあるアシェイリの『使命人格』でさえ、祖国に不利なことはしないように心を砕いているならば。

より慎重にして優秀な吸血鬼であろうユール君が、どれだけ「解釈の余地」を広く取ってそれなりに自由な行動を確保しようとしても――まさに、彼自身のその優秀さのために『使命人格』もまた優秀なのである。

ならば、その行動は必ず、可能な限りアスラヒムを不利にはしないよう、隙あらば有利にしよう、というベクトルを持たざるを得ない。


「我が一族の虐殺に関わっている可能性がある……そのことも、事実だとしたら、そんなオーマ様の推測の補強材料にはなりますね」


「となれば、この国のどんな勢力とつるんでいようが、関係無いか。その点じゃ行動が予測しやすいもんだな、吸血鬼達の思惑ってのは」


無論、ハイドリィが俺の知らない背景や、思い至らない要素から、ベネリーだけ先に押さえたという線も否定はしない。

その意味では、【高速思考】と【並列思考】の弊害とも言える「過度な推測」の域を出ないかもしれないが――ジェロームを傀儡として使ったらどうかというのは、俺だって考えていたことなのだ。そのために、アシェイリを通じてユール君を抱き込もうと画策していたわけで。

だから、この推測が当たっていようが外れていようが、ナーレフの籠絡(目の前の取り組み)についてのみ言うならば物事の順序が変わるだけ。


だが、その可能性があることを予め想定して手を打つことができるのは、「過度な推測」ができるが故の強みでもある。


『きゅううむ。でもそのやり方さんって、いくつもの選択肢さんを同時に追いかけるだけの、リソースさんが無いとできないことじゃね? きゅぴ』


ん? え……な、なんだと?

なんてこった、ウーヌスの知能指数がいきなり上がっちゃっただと――!?

このきゅぴでなし!


『って、ダリドちゃんがこっそり言ってきたんだよ!』


あぁ、良かった。

安心した、こいつら、いつものぷるきゅぴ頭だったわ。


だが、そうか。

肉体は赤子とはいえ、既に精神世界では相当の「人格育成」が進んでいるんだな。俺より先にそのことに気付いたウーヌス達が、勝手にエイリアンネットワークを通してダリドに話しかけた……というところか。

ミシェールの腕の中で大人しくしているダリドを見れば、赤子特有の無垢さと、覗き返す深淵を混ぜたような眼差しでじぃっと俺を見返してくる。

ルクやミシェールの入れ知恵――じゃあないのかもしれないな。


……おいおい、この肉体年齢0歳児。

まさか、両親には知らせずに、しかも両親にはバレにくいルート(ぷるきゅぴ)を使って、直接俺に自分の存在をアピールしてるってことはないよな?


『って創造主様が言ってるよ! きゅぴぐぇへへへ、ダリドちゃん。この恩は出世魚のあかつきさんだよ! お礼に、きゅぴは次の「記憶再現」で、ぜひとも長女国さんの「甘いもの」歴史さんを――きゅううううんッ!? お顔が濡れて動けないよぅ!?』


貴重なるリュグルソゥム(単位)を私物化しようとした罪咎(つみとが)で、とりあえず連中の大好きな「甘いもの」でできた心優しい人造生命体の絶体絶命の危機を体験させ……って、これ前にもやったネタな気もするが、まぁいいや。

ともかく副脳蟲(ブレイン)どもには後でよく言い聞かせて置かなければならないな、俺に断って勝手な"通信"をするんじゃない、と。


さてはて、話をダリドに戻して――そうだよな、そうだったよな。

ルクは、当代のリュグルソゥム家当主様はこう言っていたじゃないか。


『秘史』は当主とその跡継ぎ(・・・)にのみ存在が認識可能である、だったか。


ダリドは、この点は父に似たということかな?

だが、次世代を担う期待の赤子との個別面談は、今は預けておこうじゃないか。

生き急ぐ気持ちもわからないでもないが、まずは両親と……せめて父親とはじっくり話し合っておくべきだな、2代目君。

俺はダリドに向け、口の端を釣り上げるようにニヤリと笑いかけるだけに留めた。

そして、意識を切り替えながらアシェイリに顔を向け直す。


「アシェイリ、ユール君の思惑は何となくわかったな? "無能者"と大評判のジェローム君を押さえることが、ユール君に急接近する大チャンスになるってわけだ。だからお前は」


「はい。そのジェロームとやらをとっ捕まえ」


「いや待て、落ち着け。ソルファイド、突っ込み」


「承知した――(ふん)ッ」


「痛ッ! 何するんです、お師匠さん!?」


「何部下使って寒い漫談してるんですか、オーマ様……」


いかん、俺としたことが。

まさかソルファイドが、眉一つ動かさずに真顔でアシェイリの顔面に裏拳を入れるとは思わな『思ってたよねきゅぴぃ?』

ええええい! これもぷるきゅぴどものせいだ、お前ら連帯責任だ、お仕置き時間の延長だ!

――直後、脳内で抗議のきゅぴ声が聞こえた気がするが、俺はこれを無視黙殺。


「焦るなアシェイリ、まだ躾が足りないようだな。次やったらまた『触手の刑』にするからな? ……ごほん。お前は、ルク夫妻と別働だ。詳細は後で二人から聞いておけ――なんだ、鼻血を押さえながらキョトンとした顔をしおってからに」


問うや。

アシェイリが、肺の息全部を、ゆっくりゆっくり吐き出すかのように天を仰いだのであった。


「おげ……お大尽のオーマさんって、とんでもない存在だったんですね。私は、これからどうなっちゃうんだろう?」


ひどくとぼけた、のんびりとした声である。

まるで、今更なことを今更のように気づいて実感して呆けているような、そんな滑稽さすら感じるようなおっとりとした調子であった。

その様子に、ルクが軽く目を丸くし、ミシェールが目を細める。ソルファイドは拳の鼻血を拭い、ル・ベリは寝ているグウィースが寝ぼけながら突如仕掛けてきた「触手桶狭間」への対応に忙しく、状況に気づいていない。


これは――アシェイリが、初めて見せた一面だな。

常に闘争と緊張と隣合わせな戦士でも、恋に悩む乙女とも、人と吸血鬼の狭間で思い悩める多感な少女とも異なる、おそらくは彼女のより本質的な部分に近い"素"の己が垣間見えたというべきか。


(緊張の糸が、初めて解けたのか? それとも、逃げられて手が届かないと諦めていた物に意外にも手が届きそうだって感じて、不意に目標を見失ったのに近い状態になったのか? あるいはソルファイドの鉄拳で脳震盪でも起こしたか……まぁ、いずれにしても、この"先"は多分、ユール君を手中に収めてからになりそうだな)


事実、アシェイリがそんな無防備な空気を醸し出したのは数秒ばかりのこと。

すぐに気を取り直し、盛大に胃袋の虫を鳴かせながら、困ったような顔で辺りをキョロキョロしだすのであった――やっぱよくわかんねぇわ、こいつ。


「ルク、ミシェールとアシェイリは別働隊だ。ルク、お前の"仕掛け"の成果を楽しみにしているからな。ミシェールともども『謀略の獣』に連なる者としての力を、俺に見せてみてくれ」


「かしこまりました」


「御心のままに、我が主オーマ様」


恭しく頭を垂れるルク夫妻。

――そうだ、一時的にミシェールの手も借りる。すぐにでも第二子を得たい二人だろうが……ダリドを【培養臓】に放り込んでいる間は、久方ぶりに「リュグルソゥムの血族」としての連携を積むという絆の確認も必要だろう。

指示を下すや、一足先に【人界】へ赴くために、アシェイリを引っ張るようにして場を去っていくリュグルソゥム達。


「さて、ル・ベリにソルファイド。それから、"名付き"達。相手は多分迷宮領主(ダンジョンマスター)か、それに近しい何かだ。場所は【人界】だが、【魔界】の流儀でご挨拶にと洒落込もうじゃないか」

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