本編-0104 其は門にして扉、裂け目にして境目
【人界】では、まずは表の身分を作ろう("魔人"という裏の顔に対する的な意味で)と考えたから、関所街ナーレフへの浸透を優先した。
だから、考えるのを後回しにしていた「疑念」が、俺には一つあった。
"裂け目"が【魔界】と【人界】を繋ぐ入り口にして出口、両界を隔てる境目であると共に、それを繋げる門にして扉でもあるというならば。
なぜ、両者の地理は1対1対応していないのだろうか?
【魔界】において、俺の迷宮【報いを揺藍する異星窟】が擁する"裂け目"は「最果て島」にある。他方、手こずらせてくれた故リッケル子爵の迷宮【枝垂れる傷の巣】は、流刑船で数日ほどの距離にある大陸【静寂なる腕】の港町だった。
そんなリッケルの宿敵テルミト伯の居城【肉と鎖の城】は、そこからさらに魔物の行軍速度で数日ほどという近しい距離にあるわけだが。
【人界】において、関所街ナーレフで近隣の迷宮に関する情報をいくら調べても、この両者の【人界】側出口に該当しそうな情報は皆無であったのだ。
いいや、それどころか、【心無き鉄戟の渓谷】なんてのを初めとした、聞いたこともない中級迷宮領主の拠点に通じる"裂け目"がずらずらと出てきたぐらいさ。
その時は、テルミト伯の野郎は【人界】側では上手く隠れる道を選んでいるのか、とも思って大きな問題にはしなかったが……そもそも、ソルファイドの話を思い出してみろ。
この全てを一度失った竜人の男は、「『長兄国』辺境の古代都市の廃墟」にあった"裂け目"を通って【肉と鎖の城】に辿り着いたと言っていたよな?
【人界】で大陸中央部を発祥の地とする『四兄弟国』の勢力範囲は広い。
特に『長兄国』に至っては【大東征】と呼ばれる国家的征服事業を建国以来繰り広げており、東へ東へ拡大し、首都も幾度となく東遷しているという。そんな広大な征服帝国の秘境に隠れ住んでいたソルファイド自体、『長女国』の存在はほとんど知らなかったに近い。
実際、『長兄国』の現在の中心地域にだって【人界】側から行こうとしたら、馬車で数ヶ月はかかる距離だということが判明するに至ったのだ。
おかしいよなぁ。
ヒュドラのことを考えないで、純粋に距離のことだけ考えれば、【魔界】側からだったら数週間かからずに【肉と鎖の城】に攻め込むことだってできるだろうになぁ。
そんで、同じことが【心無き鉄戟の渓谷】に対しても言えるんだよ。
絶海の孤島である「最果て島」に存在する"裂け目"から、仮に【人界】側と同じ距離感の位置にこの迷宮があるんだとしたら――【魔界】側の"裂け目"は海のど真ん中にあるってことになる。
それとも何もない海上に、ぼっかりと"裂け目"が浮かんでいるってか?
いずれにせよ……俺自身も直接寄生小虫を送って強行偵察を放って確認した「渓谷の地形」であるわけがない。
どれも、俺の固有技能【精密計測】も使って厳密に計算した上での結論だ。
少なくとも【人界】と【魔界】は3次元的に重なってなどいない。緯度経度的な意味でのXYZ座標軸は、"裂け目"に関するこうした事実を直視する限り、全く対応していない。
それは……感覚的にはすごく妙なんだよなぁ。
存在している生物や、物理法則・魔法法則なんかがことごとく似通ったものであるのに、その通路たる"裂け目"の接続関係だけ、バグまみれなRPGゲームのマップ移動みたいに滅茶苦茶に設定されているのだ。
これを説明できる仮説は二つだ。
一つは、考えるな感じろ的な意味で、どうせ最初から超常的な現象なんだから「そういうものだ」ということ。"裂け目"は"裂け目"であり、両界の3次元座標が対応しているという前提を持つだなんて発想自体が俺の先入観によるもので、こんな風に空間同士が捻れて繋がっているのは「この世界」ではごく自然なことだという思考放棄……もちろん、今から俺がする"実験"の前置きに過ぎない。
もう一つの仮説でも、もうちょっとだけ合理的に、この現象を説明できる。
――だから、俺は【魔界】帰還時、早々にエイリアンネットワークを通して奴隷蟲ら労働エイリアン達に、とある作業を指示していたのである。それに思いの外時間がかかったから、その間『母船』だとか【抽出臓】だとかをしっかり回ることができたわけだが。
その成果が、今目の前、頭上に広がる光景である。
「文字通り宙に浮いていますね」
「浮いているな。このような発想ができる御方様は、やはり【魔人】すら超越されているということだ――恐れ多くも俺が御方様と同じ立場だったとして、まずやってみようと考えすらしないぞ」
ソルファイドの助太刀に何故か参加したアシェイリにグウィースを押し付けることに成功したル・ベリと、若干目の下にクマを作りながらも家族の元から抜け出してきたルクパパと道中で合流し、俺は【異界の裂け目】まで戻っていた。
広がるは、ただただ大空洞。
在りし日の洞窟内絶壁は既に跡形も無し……まぁ、突貫工事だったわけだが。
洞窟の岩石を掘り崩し、硬い地盤は【噴酸ウジ】の強酸をも利用して一気に削らせたが、発生した大量の土砂の運搬はまだまだ終わっていない。ウーヌス達に、一時的に大量投入させていた奴隷蟲や鉱夫蟲達が、今も忙しそうに這い回って行き来していた。
ふむ、ここは位置的にも、【人界】側へ兵力供給する『大駐屯地』用にでも使おうかな?
余計なことに一瞬思考を囚われたので、そっちは【並列思考】に任せつつ――俺は改めて、ルクやル・ベリがしげしげと眺めている物体に目を戻した。
もう何度か潜って見慣れたはずの"銀色の水面"が穏やかにたゆたっている。
ただし、完全に宙に浮いた状態で。
しかし、その「浮き方」が問題だ。
宇宙船内の液体のごとくふよふよ無定形に形を変えながら浮遊している、とかいうファンシーな浮き方じゃあない。まるで、そこだけが空間ごと切り取られ時間停止されて完全に固定されたかのように、周囲を囲っていたはずの岩壁を全て取り去ってなお、全く同じ場所に頑固に在り続けていたのである。
付け足して言えば、銀の水面のその"輪郭"。
3次元クッキーの型枠にでもはめ込んだかのように、完全に元々その水面がハマっていた岩壁の裂け目の亀裂にそのままジャストフィットするような形状のままなのであった。
まるで最初からそこにハメ込むために整形した風景ジオラマの一部が、部品だけ取り外されたかのような――自然の形状であるはずなのに、ある種の人為的造形ぽさを感じさせる、強烈な違和。
だと言うのに、輪郭でない「くぐる」部分の水面自体は、穏やかに波打っているのだから意味がわからない。
しかも、"裂け目"としての機能に問題は無いと来た。
なんでわかるかって? さっき、ちょっとソルファイドを潜らせたんだよ。
奴は、今【人界】側で俺の指示を待って待機しているってわけだ。
何を指示したかって? まぁ、待て。すぐわかる。
「半分予想通りで、半分予想外れだな、こりゃ」
「オーマ様、何を試すつもりですか?」
「なぁ、ルク。【魔界】と【人界】を繋ぐあの"裂け目"ってやつは、どうして存在しているんだと思う?」
「……それを"人間"である私に聞きます? 第一、前に嫌というほどオーマ様が私達に語って聞かせて来たような気がしますが」
応とも。
改めて、迷宮核に刻みつけられた『前任者』の知識をおさらいしてみよう。
かつてこの世界を創造した神々の一柱である【全き黒と静寂の神】は、後に諸神と仲違いして神々の大戦を引き起こし、ついには敗れた。
だが、その時に【黒き神】は力を振り絞って、己が信奉者達を逃し住まわせるべき新天地を創造した、それが【魔界】の創世秘話。
やがて信奉者達の子孫である【魔人】族の文明が繁栄し、大きな勢力を誇るようになると、【黒き神】の意を受けたであろう500年前の【魔王】が、巨大な"裂け目"を生み出して【人界】へ大侵攻を起こすわけだが――ここまではまだ良い。
捲土重来だかを考えていて、そのために力を蓄えていたというのも、悪の根源の行動としちゃよくある話だ。力及ばず、【魔王】の大侵攻は【人界】側の英雄王アイケルによって撃退され、彼の子供達が『四兄弟国』を建国していくという歴史につながっていくわけだが……。
妙なのはここからだ。
【魔界】では、残された大小様々な各地の"裂け目"に、逆侵攻を防ぐ砦として迷宮が配置されるようになった。その支配を【魔王】から任された魔人達すなわち迷宮領主達が戦国時代をおっ始めるようになったが……これ、おかしいよな?
『ぎゅび、頭が熱くてはりさけそうさんなんだよ。だからおやすみきゅうぴぃ』
ええい、お前は呼んどらん!
半年寝てろ!
……おほん。
大侵攻の際に巨大な"裂け目"を生み出したのはどう考えても【黒き神】だ。
自在に"裂け目"を穿つことができるならば、その逆で消すこともできるはず。
何せ【人界】側の神々に手助けされただろう英雄王アイケルが、それを消し去ったんだからな。
だから、侵攻に失敗して撤退するなら、あらゆる"裂け目"を神の力とやらで閉鎖すればそれでいいはずなのだ。そうすれば、そもそも【魔界】戦国時代だって起きなかったわけで、仮に【黒き神】の目的が捲土重来ならば、その重要な駒たる【魔王】の権勢が地に堕ちて、再度の大侵攻を組織できなくなるなんて事態は望むわけが無い。
にも関わらず、事実としては大小様々な"裂け目"が今も【人界】各地に開いたままであり、俺を含む数多の迷宮領主が野心成就のための権謀術数と闘争を繰り広げている。
だから、思ったのだ。
そもそも前提が違うんじゃないか、てな。
「ルク。ここで、『長女国』の【晶脈】システム、つまり魔法属性バランスを不断に調整し続ける仕組みの存在を思い出してみようじゃないか」
「――ッ!! まさか」
「『長女国』では魔法バランスの乱れが大地の荒廃や天災を引き起こす、だったな。それは"裂け目"から【魔界】の瘴気が流れ込んでくるから……だったか。なぁ、それって物事の順序が、ひょっとしたら逆なんじゃないか?」
魔人の【異形】だとか、【人界】で魔物が発生する原因としての「瘴気」という現象は確かに存在するが――例えば魔法学なんかにおいて、『瘴気属性』とかいう属性は無いんだよ。
それは、俺の【魔界】知識だけでなく、ルクらリュグルソゥム家の200年分の【人界】知識からも裏付けられている。
「むしろ"裂け目"を通して【魔界】側に魔素が奪い取られている――と。そのせいで魔法バランスが乱れている現象それ自体を、便宜上『瘴気』と私達が勝手に呼んでいただけである。"瘴気"と名のつく実体などは存在しない、ということですか!?」
一応、【瘴気耐性】という技能自体は存在するが……その通り。
瘴気の正体が、例えば"属性バランスの崩れた魔法エネルギー"そのものだとしても、そういう現象に対する「耐性」であるとすれば、矛盾せずに説明することだってできるんじゃなかろうか。
そして、こう考えると、例えば、だ。
500年前の【大戦】の真の目的は神々の戦いのリベンジマッチではなく、単に【人界】から「【魔界】に足りない」魔素や魔法属性などを吸入する"扉"を生み出すことだった、としたらどうする?
『長女国』の荒廃した大地を回復させる試みと全く鏡写しの理由で、【闇】属性で強引に創造された世界である【魔界】の維持のためには、【人界】からそうしたエネルギーを吸い取る必要があるのだとしたら――むしろ維持し続けるためには、強大なる【魔王】が再度の大侵攻を企てることで、【人界】側が今度こそ逆侵攻を決意して団結してしまう、ということを避けるべきなのではないだろうか。
むしろほどよく戦国時代状態である方が、都合が良いという判断だって有り得る。
「おっと、ルク。考えすぎるな、その思考を中断しろ。あくまでもこれは俺の想像だ。神、と呼ばれる連中の久遠なる思惑殿を考えるには、今はまだまだ材料が少ない。暗闇の中で象の体の一部を触るみたいなもんさ、今重要なのはそこじゃない」
堪らずル・ベリが問うてくる。
「つまり、どういうことですか? 御方様」
よくぞ聞いた。
神々の迂遠悠久なる思惑が何にせよ、"裂け目"在るところに鎮護のための迷宮核が配置される、という前提が崩れ、物事の順序がむしろその逆であるならば。
「迷宮核が在るところに"裂け目"が生じる……なんてのはどうだ?」
そうさ。
言葉遊びレベルの閃きだが、その真贋を試すために突貫工事を行ったのだ。
"裂け目"と常にセットで語られる「迷宮」の存在それ自体が、むしろ【黒き神】なんかが"裂け目"を生み出すための道具なんだとしたら――俺が『融合型』であることは、どんな意味を持つだろうか?
百聞は一見に如かず。
行動でル・ベリとルクに示すことにしよう。
俺は"裂け目"を睨みつけ、精神を強く集中させて、【並列思考】の力も借りて【魔素操作】と【命素操作】を両手に同時に発動させた。
そしてそれを"裂け目"の周囲を渦巻く魔素と命素に向け、こちらに丸ごと引き寄せるように意識して――。
「――ぐッ!?」
瞬間、全身に凄まじい負荷がかかるの感じた。
宇宙飛行士の訓練で味わうらしい強烈なGだか、タールの中を着衣水泳させるだかのような「重く」「異様に粘ついた」感覚が全身を襲う。
緩慢でかったるい重労働感を伴う息切れ。
と同時に体中のMPがごっそり抜き取られ――力が抜け俺は思わず片膝をついた。
……まさか、こうなるとはな。
ほんの少しだけ試してみたつもりだったんだが。
「御方様!?」
忠臣の鑑といった反応速度で支えに入ったル・ベリの肩を借り、多少よろめきつつも体勢を立て直す。
「悪いな……だが、おい、お前達あれを見てみろ」
予想外の被害。
だが、それはむしろ予想が当たったことを示す確かな手応えではあったか。
「なんと!」
「あぁ、そうなりますか……憂鬱です、いや、マジで。マジでこんな連中にかの英雄王はどうやって勝ったんだか」
俺から大量の魔素と命素とMPを枯渇寸前まで吸い取ってくれた甲斐あってか。
あれだけ頑固に空間に固定され続けていた"裂け目"に、顕著な変化が現れていた。
まず、輪郭が崩れている。
そして、まるで大量の砂鉄を溶かし込んだ水が磁石に吸い寄せられるかのような、何本もの触手を生やしたかのような"少しずつ引き寄せられている"ような形状に変わっており――俺が膝をついたタイミングで再び形状固定されたかのような、見るだに歪な"輪郭"になっていたのである。
特筆すべきは、その磁石に惹かれるように崩れ伸びた「裂け目」の一部が、明らかに俺の方へ伸びていた……というところか。
"裂け目"全体の移動距離は、このわずか一瞬の出来事にして2~3メートルほど。
これこそが「本命」の仮説――もう仮説じゃあないがな。
"裂け目"は移動可能なのだ。その、システム的に強く結びついていると思われる【迷宮核】の方へ引き寄せられる性質を持っており、それを悪用すれば、たかだか子爵に過ぎない俺如きですら、神ならぬ身でもこんな芸当をしでかすことができたわけだ。
おそらくは、たかだか『融合型』の"特例"的存在である、というだけで。
ん? そりゃそうだろ、『分離型』の迷宮領主にも同じことができるなら、迷宮抗争の形態が全く異なってくる。少なくとも、リッケルはわざわざ「魔物の身体に己の精神を宿らせる」とかいう捨て身の戦法を取らないで、それこそ「迷宮核ごと」攻めてきたはずだ。それが俺から見たら弱点にもなるかもしれないが、同じ"捨て身"でも、敗れればテルミト伯に粛清されることが前提な状態での"捨て身"とは全然違う。
だから――。
「問題は、この秘密がどれだけ他の『分離型』の迷宮領主達に知られてるかだが」
「確かソルファイドの奴は、御方様の迷宮核にテルミト伯めが執着していると言っておりました。それに、そのテルミト伯自身は、御方様の【人界】行きを"禁じ手"のように言っていた……これが、もしやその理由なのでは?」
「オーマ様。もし同じことが【人界】側でもできるんだとしたら、軍事的にどれだけヤバいか、理解してますよね?」
「まぁ、待て。それを確かめるためにソルファイドをあっちへ行かせたんだよ……おい、ソルファイド。そっちの様子はどうだ? 何か変化は? 異常は?」
【人界】越しのノイズのせいか、数瞬のタイムラグがあってから、やや掠れたような感じで聞き取りづらいソルファイドの声が【眷属心話】越しに帰ってくる……おいこらウーヌス、他の連中もお前ら何寝てサボってんだ。あ? 半年経つまで起こさないでください? 舐めんな。
「突撃、隣のお前が寝起きでドッキリ晩御飯」とかいう脳内でっち上げTV番組のイメージを送りつけることで、我が補助脳であるはずの脳髄型エイリアン達を叩き起こすや、ソルファイドの声がクリアになった。
『いいや、主殿。何も変化はない、草木一つ微動だにしていないが……俺は、まだここで待機しているべきか?』
『あぁ……やっぱりそうなったのか。問題ない、もういいぞ、戻ってこい』
告げるや、応という返事。
その次の瞬間には、俺達が見上げていた、かなり形の崩れた"裂け目"の水面から、何の支障も無い様子でソルファイドが真っ逆さまに落下してくる――無論、達人の体捌きで難なく体を捻って着地し、軽く衣服のホコリを手で払うだけの余裕を見せつけてくれたが。
話を戻そう。
【人界】から必要なエネルギーを吸い込む、という性質から薄々予想はしていたんだが、どうも【魔界】側での「裂け目移動」に【人界】側の"裂け目"の座標は全く影響を受けていないようであった。
恐らくは【人界】側でも、同じように「裂け目移動」ができるんじゃないか、と俺は踏んでいる。無論、迷宮領主の能力に対するあの理由の分からない"制限"がかかって、負荷はもっと大きくなるかもしれないが――活用できるようになれば、これはもはや擬似的なワープ装置だ。
例えば、俺がもう一つ"裂け目"を支配下に置くことができたとしたら、何ができるようになるか想像してみれば良いのさ。
「【騙し絵】家と似たことができる。そう言えば、『四兄弟国』のそれなりの身分の者達なら、どれだけ危険な特性か一瞬で理解できるでしょうね」
「まぁ、今のところは燃費はクソ悪いんだがな」
逆に言えば、俺が順調に迷宮経済を成長させて、いずれ魔石や命石を湯水のように使えるようになれば、イセンネッシャ家の【空間】魔法をも上回る戦術・戦略的優位を持つことだって可能だ。
どれだけ堅牢な守りでも、関係がない。極論、俺は"迷宮核"さえ侵入させてしまえば、どんな場所にだって――【人界】と【魔界】のどちら側にだって――神出鬼没的に軍勢を送り、または撤退させることができるようになろうよ。
似たような技術を持つ相手か、俺と同じように両界を股にかける術を持つ相手でなければ、空間を跳躍して撤退するエイリアンの軍勢を追いかけることすら困難になるだろう。
まぁ、あくまで「複数の"裂け目"」を移動させられるならば、って限定が付くが。
それでも、【人界】なら【人界】だけ、【魔界】なら【魔界】だけしか移動しない相手に対しては、相当の優位に立てるのは想像に難くないわけだが。
「……ですが、万能ではない。『末子国』はオーマ様にとっても脅威度が上がりますが、それもわかっていますよね?」
「あぁ、だから俺も今まで以上に『末子国』に興味が湧いているさ。それに、【人界】側だけじゃない。ル・ベリが言った通りだが、テルミト伯の野郎、口ぶりからすると、このことを知識として持ってた可能性が高いからな……まぁ、だとしても軍事的な視点だけだったろうから、なおさら俺の『構想』が奇抜に見えて、利用してみようって気になったのかもしらんが」
『きゅきゅきゅきゅ! す、すごいきゅぴぃ! これはまさしく"○こでもドア"さんじゃないかきゅぴ!』
『おいしいものも運び放題だぁ~』
『あはは、"どこ○もドア"さんは出現場所さんも固定だよ、どっちもバラバラなんだから、これはむしろ"ポ○タル"さんに近いかもねぇ』
『おぉ、さすモノ! いつも僕達の知らない創造主様の記憶をみゅぎゅうううううう!? みんな僕のお口を塞がないでえええええ』
……。
……。
「ふ、ふむ! やはり、御方様は偉大ということだな! 御方様、当然、この力を以てして、次の【人界】行きでも存分にご活用されるのでしょう? さぁ、この非才ル・ベリめにお考えのご披露を!」
おぉ、ル・ベリ。
俺の荒廃しかけた心を救うために、自らの忠誠心を"お約束"として提供することであえて道化と化して皆の予定調和的失笑を促し、この収拾のつかなくなった場の空気をあえてリセットするとかいう、メタな空気読み力を発揮できることそれ自体が、この俺に対する真なる忠誠心の顕れ――。
『創造主様、そのカイシャクさんは、ちょっとメタメタ過ぎる気がするきゅぴい』
黙らっしゃい……まぁ、気を取り直そうかね。
ふむ。
「裂け目移動」という新たな能力を、今後の戦略にどう組み込んだものか。
「とりあえず、ヒュドラとは戦わずに済むかもな」
「なん……だと?」
おや、ソルファイドが意外なショックを受けている。
「御方様の言うとおりではないか。伯爵でも殺しきれない強大な敵だ、御方様の覇道のために排除しなければならないなら死力を尽くすしか無かったが、そうでないなら殺せるようになるまで他所で力を蓄えれば良いではないか」
「ソルファイドさんが言い返さないのも珍しいですね――そんなに戦いたかったんですか? 実は」
「いや、そういうわけではないが……ううむ」
人は城、とはどこぞの風林火陰山雷の至言だが、俺にとっての人=人的資源とはすなわちエイリアンの軍勢のことを指す。
"裂け目"を護る迷宮核という制約に縛られる以上は、拡張のためにはヒュドラをなんとかしなければならないのは自明だったわけだが――その"裂け目"自体を「持ち運ぶ」ことができるとしたら、どうなると思う?
「俺に良い考えがあるぞ、愉快な配下ども。この"裂け目"を、ゆくゆくは『母船』で運んでしまう……てのはどうだ?」
『きゅ、な、なんだってきゅぴー!?』×5(モノは『あははは』と笑い転げ中)
「なん……ですと!?」
おう、ル・ベリ。今度はお前がショックを受けてるのか。
まぁ、ソルファイドとは理由は違うんだろうがな、感動的な意味で。
母の故郷を尋ねるための"船"を作ろうと構想していたお前のことだ、『母船』へ抱いているロマンは俺に匹敵するのかもしれないな――。
半分冗談交じりの発言だが、そのあたりしっかりと見抜いていたルクが、直後には俺が望んでいた突っ込みをちゃんと入れてくる。
「最悪、テルミト伯とヒュドラに挟み撃ちにされますよね。『母船』とやらが空中で木っ端微塵になって、逃げ場のない海上で放り出されるのがオチじゃないですか? ……今の戦力では、まだまだ」
「それもそうだ、落ち着けル・ベリ。もっとルクみたいに俺に諫言してくれないと困るぞ、さっき言っただろうが、まだまだ燃費がクソ悪いって――だがまぁ、【人界】側での"裂け目移動"は、いろいろと捗りそうだけどな。本当に、いろいろと」
「待ちくたびれましたよ、ようやく本題に入れるわけですね」
「おい、トカゲ。何をしている、さっさとお前の血なまぐさい弟子を呼んでこないか。御方様が次の【人界】行きの話を始められるぞ」
「ならお前も来い。お前の弟グウィースにも重要な役目が与えられると俺は聞いていた気がするぞ」
「何をする貴様……ぐおおおおッッ!? そこを捻るな! 痛むんだよ! おのれ貴様ァッッ!」
あぁ。
自分の頭で勝手に考え、勝手に行動する配下が増えるというのは、賑やかで楽しいものだなぁ。
ただしお祭り脳(物理)どもを除く。
いがみ合いながら場を中座した両配下を横目に、俺は【人界】での戦略と『構想』に至るステップの微修正を、頭の中で思考系技能を駆使しながら推し進めていく。
本当に、いろいろと捗るのだとも。
例えば俺の迷宮の位置を【騙し絵】家の女工作員ツェリマや、どこぞに"転霊"したであろう転霊童子の野郎に知られた不利を帳消しにできるかもとか。
むしろ、それを使って【騙し絵】家を罠にかける――までは行かずとも、揺さぶって更に情報を引き出す材料に出来やしないかとか。
【心無き鉄撃の渓谷】の迷宮領主が【魔界】でどういう立ち位置であるかによっては、いっそ【人界】側から奇襲して攻め落として早速"裂け目"を奪ってやるのと、協力関係を築くのとどっちがより"うま味"が大きいか吟味してやるぜぐへへとか。
迷宮領主か、それに近しい存在である可能性が非常に高い【泉の貴婦人】へぶちかましてやろうと考えていた迷宮領主的「挨拶」が、人目を気にせずかなり大っぴらにやりやすくなったなぁ、とか。
ん? ナーレフ代官ハイドリィ?
奴の蠢動のキモが【泉の貴婦人】にある以上は、そっちを押さえれば自然とその狙いや次の行動を読むのは、多分難易度の高い話ではないんじゃないかな。
それに、同情するが奴は迷宮領主に対する十分な知識も無しに、ただ奇襲を受けるしかないしなぁ……。対抗策を準備することも出来ない相手に「裂け目移動」をどう軍事的戦術的に活用するかを考えるなんてのは、上で述べたことに比べりゃ、愉しさレベルがどうしても一つ二つ下がってしまうかな。
そうこう考えているうちに、俺はルクを伴って【司令室】まで戻った。
同じタイミングで、アルファ以下主だった"名付き"エイリアン達と、アシェイリとグウィースと焔眼馬クレオン=ウールヴを伴って、ル・ベリとソルファイドも戻った……お前らなんで「触手戦国時代」繰り広げてるんだよ、やめろアシェイリ、それは修行とは異なる別の何かだ。
「まぁいいか――さぁ。諸君、会議を始めようじゃないか」




