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本編-0103 『母船』への試行錯誤③

【盟約暦519年・睨み獅子の月(3月)・第12の日】

【~転移150日目】


「ほう。随分とまぁ"浮遊"の安定感が増したようだな」


『きゅっぴぃ! 僕達「ぷるきゅぴ六芒星」の出番さんにかかれば、こんなもんなんだよ!』


「いや待て、お前達この間は"四天王"を自称してなかったか?」


『きゅ? ダメ? それじゃ「ぷるきゅぴ六入道」でしんせーするきゅぴ!』


……あぁ、なんというべきか。

「申請」という概念をこいつらが正しく理解しているかは別として、これもひょっとしたら俺の影響を愚直に受けた結果ではあるのかもしれないな。

今、なんか『その通り、モノに頼んで創造主様の『厨○領域』の記憶さんをむがもば、みんな放してええ』とか発言しようとした『チーフ』の口を他の5体が全力で押さえつける光景を幻視したが、気のせいということにしておこう。


気を取り直して、『母船』プロジェクトの進捗を確認しよう。


◆揚力発生機構&推力発生機構

 ⇒ 追加:【火属性砲撃花】【水属性砲撃花】


飛行能力を持たせるべき「触肉ブロック」に組み込んだファンガル種は、【風属性砲撃花】と【光属性砲撃花】。生み出された魔法的な推進力を【鶴翼花】で受け止め、力技で空を飛ばし、【触肢花】でバランスを取るという手法だったな。

だが、【風属性砲撃花】では安定性に難があり、【光属性砲撃花】では魔素の消耗量で懸念があったのが課題。そのあたりの解決を"宿題"としてウーヌス達に命じていたわけである。


そして、それに対して我が副脳蟲(ブレイン)達が編み出した答えは、俺としてもなかなかに満足の行くものが出てきたと言える。


『チーフったら、すぐモノに頼るんだから?』


『きゅ! バカにしないでね、僕だって頭をうんうんひねれば、余裕なんだよ!』


『うんとこどっこいしょさんばっかりだった気がするな!』


『そ~そ~、すぐに Help me mono !!! って叫んじゃうもんね~』


『みんなにバカにされて僕のチーフの座が揺らぐきゅぴ、このままじゃ創造主様にも聞かれて左遷さんされちゃうんだよ! Help me mono !!!』


『創造主様が次に【人界】行きさんするまで黙ってればいいんじゃねきゅぴ』


『それだ! さすがモノ!』


『さすモノ!』×4


『せーのっ! し~~~~ん!!!』×6


全く黙れてねぇ、こんなに自己主張の強い"沈黙"が未だかつて存在していただろうか、いや、無い。第一、その内容を俺が聞いている場面で話し合っていたら意味ないだろ、お前ら……。

無駄に脱力させられつつ、今は相手にしている気分ではないので、今日は完スルー体制で臨むが。


話を戻そう。

ウーヌス達は、端的に経験から学び、新アイディアを着想するに至った。


以前の対リッケル子爵戦で、俺がソルファイドに命じた「茹で殺し」作戦。

熱湯それ自体もそうだが、竜の火によって高温に熱された蒸気(スチーム)の莫大な膨張力に注目したぷるきゅぴ達は、それを2種の属性砲撃花を活用しての再現に成功した。

すなわち、触肉ブロックに【火】と【水】の【属性砲撃花】を組み込み、両者の相互作用で生み出された大量の"水蒸気"を限界ギリギリまで圧縮して蓄え――それをジェットのように噴射させるというものだ。


……これの何が優れているかというと。

従来の"多量の魔石に任せた力技"バージョンに比べて、魔素の消費に対して得られる推進力の効率が、圧倒的に良くなったところだろうか。

何せ【火属性砲撃花】も【水属性砲撃花】も、直接"砲撃"をしているわけではなく、本当に必要最小限の【火】と【水】を生み出すという魔法作用しか発動させていないのだ。スチームパンクよろしく白々とした水蒸気をぶちまけながら安定飛行するという見た目の派手さとは裏腹に、蒸気の発生自体は自然物理法則の活用に過ぎないため、同じ推進力を得るのでも必要な魔素が格段に減少したわけである。


まぁ、特に【火属性砲撃花】を組み込むのは、エイリアン種の全体的な【火】への弱さから俺としては心配ではあったが……なるほど、考えてもみれば、単に水蒸気を生むためだけの小規模な【火】の発動であれば、触肉ブロック自身のエイリアン的治癒力で何とかならないわけではない。それでも心配なら一部を『葉緑』ではなくて『火属性』で亜種化すれば足る。


そしてそれに伴って、従来の【風属性砲撃花】や【光属性砲撃花】による推力は補助的なものとし、必要最小限の「方向制御」だとか「急ブレーキ」だとか、さらに細かな「姿勢制御」なんかを行わせるための役割に落とせる。

つまり常時発動が不要になる上に、こうなれば別に触肉ブロックに1対1で常駐させる必要も無くなるわけで、姿勢制御用の【鶴翼花】と【触肢花】の削減と合わせ、飛行のための魔素消費だけでなく、触肉ブロック自体の減量も実現。


結果として、触肉ブロック単位で、飛行能力とは関係ないファンガル種を一つ二つ程度は突っ込んでも問題なくぶおんぶおおんと安定した飛行が可能となったのであった。


「ひいいぃ、空飛ぶお触手さん達が……ッ!」


約一名、固有の事情からトラウマにトラウマが追加された影響でか、勝手に戦慄している人物が呻いている気がするが、今はそっとしておこう。

だが、我が開発物ながら……冷静に考えればアシェイリのこの反応(・・・・)が正しく正常な反応であるはず。

4メートル四方もの巨大さのある、触手を何本も生やした巨人の抉りたての心臓みたいに鼓動する謎肉塊を想像してくれたまえよ、君。それが、この試験用の大空洞だけで、緑色の体液混じりの水蒸気とか光の推力をぶおおおおんぶおおおんと発しながら、チョウゲンボウだかオスプレイだかよろしくの安定的なホバー飛行でゆっくり浮遊移動しているのは、なかなか削れる(・・・)光景じゃないかな?


――そのはずだよな? なんで、ル・ベリに匹敵する苦虫顔のルクの隣で、まるで"お人形さん"でも前にした乙女のような純真な笑みを浮かべてるんですかねぇ……この母子(・・)は。

見れば、ミシェールが「安定飛行触肉ブロック」に近づき、あちこちをぶにぶにとつついて弾力を楽しんでいた。


「オーマ様、これ、一つお借りしても良いですか!?」


「あうあうあー! あい!」


おいこら、お前まで目を輝かせるんじゃないダリド。

そんなイケメン雑誌を見つけた某国民的5歳児の妹みたいに目を輝かせるんじゃないぞ赤ん坊……俺が言うのも何だが、趣味悪いだろ……まぁ、頑張れルクパパ。


「勘弁してミシェール、触手は嫌だ触手は嫌だ触手はやめて触手はごめんなさ」


あぁ……奇しくもここにも触手トラウマ者が一人。

アシェイリの、まるで戦友に向けるような熱い同情の視線に見送られつつ、そのまま「触肉ブロック」を一つ勝手に借りていくミシェールに引きずられるように一緒に帰っていくルクパパ。

おう、何しに来たんだよ、お前ら。


◆動力炉

 → 追加:『ゴブリン工場』


俺の『エイリアン迷宮』を一皮も二皮も剥けさせて化けさせる起爆剤となるのが【亜種化】だが――残念ながら、まだ現状では実験と試作レベルでしか活用できていない。量産化に繋げられない原因は明白で、端的に、大量の経験点が必要になるのである。

単純に「因子枠」の制限を取っ払うためにも、それなりの経験点を注ぎ込まなければならないわけだが……まさしく、それなりにその生物として生きてきた「経験」こそが"経験点"となるこの世界のルールにおいて、俺にとって手頃な『経験値牧場』を完成させきれていないのが停滞の原因である。


【人界】の人間達?

【魔界】においてさえ子爵(バイカント)なんていう微妙な戦力レベルの俺が、そこまで豪快に立ち回りできるかは怪しいところだ。安定した大国ばかりのようだからな、俺の迷宮から"裂け目"を出た先に広がる【人界】の諸国は。

だから、そっちはそっちで非常に回りくどいやり方で"表の身分"なんて作ったりしてこそこそ活動しているのだよ……まぁ、その話はまた後で。


――というわけで、『ゴブリン工場』に話を戻そう。

最果て島全体を支配した暁に、原住生物であったゴブリン(劣等種族)達を奴隷化して、エイリアン的生態に組み込んだわけだが……【揺籃臓】による新しい命の育みはともかく、その後の【培養臓】による"肉体の急成長"については、どうしても、大半が生存に必要な部位や知性・本能の欠けた「なり損ない」になってしまう、というのが課題だった。


それでも、とりあえず『ゴブリン工場』を回し始めて重労働力を確保したり、研究を進めるという意味ではゴーサインを出したが……とにかく数撃ての力技精神では、資源の無駄感がどうしても強かった。副産物として"海憑き"現象をよりよく観察できるようになったりして、ヒュドラのことを前よりも知ることができたわけだが、それはそれ。

『母船』それ自体をスタンドアローンの移動拠点として運用していくことを目標の一つとするなら、エイリアン達の軍勢としての質を維持し続けるためにも、ゴブリン工場を『経験値牧場』として、より現実的なレベルにまで機能強化するのは必須事項だ。


そこで【培養臓】で"なり損ない"が発生する条件を調べていたわけだが。


「結論から言えば、健全なる精神は健全なる身体に宿れり、というならその逆もまた然り(・・・・・・)ってことだな」


閃きの発端は、実は、さっきよくわからない理由でやって来てそして帰っていったリュグルソゥム家族である。

ダリドが生まれてから数日間、大量の魔石を借りた挙句、深く深く彼ら家族の共有精神世界たる「止まり木」に潜っていたルクとミシェールだったが――その"理由"を聞いての閃きだ。

例えば、彼らはゴブリンがそうされているのと同じように、長子ダリドをすぐにでも【培養臓】に放り込んで「大人の体」に成長させることができるし、ある意味ではそうすべきなのだ……ダリドとて短命の呪いを抱え、このままでは"孫"を作れる肉体に成長する前に死んでしまう。


だが、ルクとミシェールはそうせずに、まずは「ダリドの"心を育てる"のが先決だ」と、何やら確信に満ちた表情で声を揃えたのであった。


「なるほど。本来は胎児から幼体を経て成体へ至る、その過程で自ら体を動かしたりする"経験"が無いままに、いきなり成体の肉体にしては――まさに精神の成長が追いつかない、というわけですな? 御方様」


思案気にあごに手を当てて呟くのはル・ベリだ。

正体を隠さなくて良い【魔界】であるため、背中の「8本触手」は現在、伸び伸びとうねっている。


「生き物としての本来の成長の仕方を捻じ曲げたんだから、当然と言うべきかな。気づかなかった俺にしても、だいぶこの力に毒されてたみたいだが……考えてみりゃ、当たり前のことなんだよな」


例えば、体の運動や姿勢制御などを司るのは人間で言えば"小脳"だ。

……実際に地道な肉体感覚を通しての「体を動かす経験」を経ず、器だけ急成長させられたら、そのあたりはどうなると思う?


リュグルソゥム家の特徴を表す標語の一つで……何だっけか、"落伍者無く、皆早熟にして晩成"てのがあったっけか。ルクとミシェールにとってはそれが当たり前なんだろうが、冷静な頭で、特にこの世界に転移してくる前の「異世界」の時の俺の常識からしたら、その【教育理論】は少し狂っていると思えてならないわけだが。


――赤ん坊のうちから精神世界で擬似的にとはいえ、知識や学問だけじゃなくて「体の動かし方」まで教えているなんざ、スパルタも良いところだ。

何でもありな精神世界において、赤子の「肉体」を【精神】魔法によって擬似的に構成し、幼児、少年、青年といった形で手順を踏みながら"経験"させていく。手足の動かし方だけでなく、会話の際の喉の使い方に始まり、最終的には暗殺者との戦い方だとか魔法を駆使しながらの武術だとかいった高度なものに至る……と。

ルクとミシェールが、俺と出会った当初、たった二人で何倍もの数の追っ手を翻弄した応用力の高い戦闘能力を見せつけたのも、根源にはこれがあった。そんなルクでさえ、自身は一族の中で"落ちこぼれ"だと自嘲していたわけで。


なるほどな。

そりゃあ、"破壊力"に優れる【魔剣】家を差し置いて、かつて『長女国』において「最強」の座を占めることができたのも納得だ。「殲滅」するために他の魔導侯12家が共謀したのは、連合した上で奇襲しなければならなかったほど厄介な相手だと認識はしていた、という面があるのかもしれない。


まぁ、そんなわけで、数週間後――次の【人界】行きから帰ってくる辺りの時期に予定されている「ダリドの【培養臓】行き」に対して、父母共に不安はほぼ皆無な様子であった。

何せ、急成長させられた肉体に対して精神や心が耐えられない、という懸念が全く無いのだから。最初からそのつもりで、ダリドに対して「大人の体」で訓練させれば良い、「止まり木」でな。


「うむ、それは確か、いざとなれば『活性』か『肉体』の属性魔法でどうにかする……という意味でもあの二人は言っていたと思うぞ、主殿」


「それはそうだが、いくらでも替えられる奴隷生物(ゴブリン)ではなくて、自分達の大切な子供なのだ、普通は不安の一つでも覚えるだろう? それが無い、ということはよほど確信しているというわけだ、わかったかトカゲ頭」


「――なるほど、だからお前は"弟"の今後を不安がって、今もそうして鍛えてやっているわけだな。ルク達と同じわけだ、お前は人間臭いな、ル・ベリよ」


「むぅ……貴様! そうだ、貴様も我が弟の訓練を手伝いたいようだな!? 行くぞグウィース、あの暑苦しいトカゲ頭を次のお前の"乗り物"にするぞ!」


「あか頭さん! 乗る!」


「待て何をするもがぐご」


どうやら"触手三国志"が新しい展開を迎えたようだな。

絶妙な連携によってソルファイド(巻き込まれ体質)がフェイスハガーされたのはともかく、ル・ベリはいつになく気合いが入っているようだ。「大冒険」の一件でグウィースが予想以上に柔軟で頑丈らしいとわかったのもそうだが、痛めつけることを恐れずに、文字通り愛の(ムチ)を振るっている。普段のようにその好奇心旺盛な動きを押さえようとするのではなく、本格的な訓練を授けているようにも見えた。


ともあれ。

"リュグルソゥム家の教育理念"を聞いて、俺は同じこと(・・・・)を『ゴブリン工場』でやってみたらどうかと閃いたわけだ。


『……そこで、あの怖い怖い【黒視花】さんの出番さんだというわけきゅぴね』


『創造主様が見ちゃわないように、普段はしっかりおめめ閉じさせてるよ?』


おう、お前らが俺に過保護とは良い度胸と言いたいところだが――閑話休題。


『名付けて「疑似人生経験システム」だきゅぴぃ!』


『あはは、ゴブリンさんだし"疑似人生"じゃなくて"疑似ゴブ(・・)生"かなー』


『語呂悪いきゅぴよ、モノ』


『きゅ! そんなところでチーフの僕を差し置いて創造主様のぽいんと稼ぎさんするなんて、モノずるい!』


『大丈夫大丈夫、チーフのお手柄ってことにしておくからさ』


『おぉ、それならコーイットーさんになること間違いないね! きゅぴぐへへへ。殿、きゅぴは近江一帯に所領さんを構えるのが夢なんですきゅぴい』


うん、人の記憶を有料ケーブルテレビ感覚で使用するのはやめていただきたい。

そうですか、お前ら今度は時代劇にハマっているわけですか――お仕置きしてもお仕置きしてもめげずに繰り返すぷるきゅぴどもを前に、なんかなし崩し的に慣れて許してしまっていっている自分が怖い。

が、とりあえず某漫画で提唱されていた「鉄砲の三段撃ちではなく鉄砲による包囲殲滅」説を脳内で再現して、ぷるきゅぴ六翼将どもをことごとく討ち取るイメージを送りつけておいた。

『首置いてかれたきゅぴー!』とかツッコミどころ満載の騒ぎをきゃっきゃと繰り広げているのを横目に、またまた話を戻そう。


現在の方針は、【精神】適応因子から生まれた"問題児"たる【黒視花】を使用し、【揺籃臓】で生み出したゴブリン幼体に幻覚を見させて、偽りの一生を疑似体験させることだ。

とりあえず【揺籃臓】&【培養臓】5基あたりに【黒視花】1基を配置して、【培養臓】から定期的に奴隷蟲(スレイブ)達にゴブリンを頭をずりゅうと引っこ抜かせ、【黒視花】を直視させるようにさせている。

これによって、一時は8~9割を越えていた"なり損ない"の発生率が、現在はなんと7~8割にまで落ちていることが統計的に確認され、方向性としては非常に非常に「有り」であることが判明したのであった。


「まぁ、そこから下げ止まりになっているから、さらに条件なんかを細かく詰めていかなきゃならないんだけどな……頼んだぞ、副脳蟲(ブレイン)達」


「――あの」


「おぉ、どうした? 吸血娘……それにしても大した再生速度だなぁ、あんだけ血まみれになっていたのが嘘のようだ」


「おだ、おげ、お魔人さん。迷宮領主(ダンジョンマスター)というのは――いや、すみません。自分でも、この驚きを表現しきれません……」


あぁ、新鮮な反応だね。

ルクやミシェールの時のことを思い出す――そうだよ、やっぱそれ(・・)が普通の反応だよな?

精神共有一族(あいつら)も最初はいろいろ常識がぶっ壊されてショック受けてた割には、今ではすっかり順応した挙句、普通の人間とは異なる、俺の眷属たるエイリアン種に依存した独特な「生態」を確立しかけているわけだし。


そんなアシェイリの反応にこそ"新鮮み"を感じつつ。

いずれ、彼女かその標的である幼馴染ユール君か、あるいはその両方に対しても、聞き出せる範囲で【生命の紅きを統べる(アスラヒム)王国】における迷宮(ダンジョン)事情だとかを確認しなければなぁ。


「ユール君をとっ捕まえる。なんとかって名前の竜人傭兵団を壊滅させる。どっちも、これだけの力を持ったパトロンに後援されるなら願ってもないことだ、そうだろう? ――そして、勘違いしてほしくないのは、俺が思うにはこれ(・・)じゃあなくて、前にやってやった『力を引き出す』ことこそが迷宮領主(ダンジョンマスター)の本質だ」


例えば、君、より"上位"の吸血鬼になってはみたくないかね?

……などとも言おうと思ったが、アシェイリの瞳の中から迷いと恐怖の感情が抜けやらない様子を見て、今は(・・)囁くのをやめておいた。

強くて死にづらく、維持も比較的楽で、非常に動かしやすい手駒として、俺はそれなりにアシェイリに期待している。だが、彼女は未だ俺に、心から心服しているわけではないからな――強大さを見せつけても、人は心から心服するものではない。そいつの"本質"に迫った上で、上書きするようなレベルでなければ、そうそう身も心も預けるものではないというのは、今までの事例からもよく分かっているさ。


まずは当面、【人界】での次の一手を着々と進めていこう。

彼女の想い人ユール君もまた、そこに一要素として組み込まれているが故に。


――さて。

それじゃ、本日の仕上げかな。

グウィースに顔面を拘束されながらも、ル・ベリの「8本触手」のうち6本をちょうちょ結びにして無力化していた武人の元へ歩き、とりあえずグウィースをくすぐってケラケラ笑かしながらその顔面から引き剥がす。


いや、ちょっとまさにその"顔面"に用事があってな。


◆船体部強度テスト

 ⇒ 追加:【触肉ブロック】+『硬殻』亜種化

 ⇒ 追加:【触肉ブロック】+『火属性』亜種化


「ソルファイド、【息吹(ブレス)】を頼む」


「良いのか? 相当の時間と労力が、これ一つにかけられているのだろう、主殿」


「構わんさ。これ(・・)ですら量産できる体制を作れなけりゃ、とてもじゃないが"建造"も"出航"もまだ先だ。目玉の変態(テルミト)伯殿が常時監視してなけりゃ、もっと外でテストできたんだが――こればかりは仕方ない」


現状、最果て島の近海付近で野郎の盗撮眷属である【飛来する目玉】との情報戦は膠着していた。

あまり手札を見せたくないため、誘拐小鳥(エンジョイバード)らを中心とした"目突き部隊"に警戒に当たらせているが、相手は迷宮領主(ダンジョンマスター)としては格上だ。俺に見せていない、あるいは隠したままの技術の一つや二つ持っていないとは言い切れないし、それに基づいてか、時折島内に侵入を許していることが多々あったのだ。

目玉やら片耳やらの行動パターンを次々に更新しながら、効率的に狩り出したりするという、地味だが重要な水面下での闘争は今も続いている――どういうわけか、海中ではほとんど見かけないのが、最近になって気になるようになってきたがな。

剥き出しの内臓みたいな連中だし、案外浸透圧的な意味で海水に弱かったりしてな。


……それとも、ヒュドラを狩れ、という奴の"提携条件"と何らかの関係があるのだろうか?


少なくとも、俺の「前任者」の存在を予め知っているというような素振りは無かったが……騙し騙され、腹芸多芸は外交の華だ。

俺がそのヒュドラ自体をスルー(・・・)することも視野に入れていると発覚した時、どう対応されたものか――その対応によっては、たとえ相手が強大な竜たるヒュドラとて、話が通じるなら交渉ができるということだ。

例えば、テルミト伯を切ってヒュドラと何らかの約定を結ぶという道も考えられるし、俺がそんな行動に出たらテルミト伯は困るだろうか? 逆にテルミト伯とヒュドラが手を組むことだって、できないものでもない。

そういう展開になる確証があるわけでもないが、もし【人界】での浸透が上手く行かなかった場合、俺にとって最大の脅威はその可能性になるというところか。

……まぁ、ヒュドラを味方につけられなかったからテルミト伯は俺に対してもリッケルを当て馬にせざるを得なかった、と言えばそうだろうし、そのリッケルという泥仕合を繰り広げてきた因縁の相手を俺を使って始末できた以上は、逆に腰を据えてヒュドラと交渉する体制が整ったと言えなくもない。


だから、現実的にテルミト伯に対する見せ札にするという意味でも、ヒュドラへ対抗する力を持つためのこうした"テスト"は避けては通れない。

利用価値があると思わせておかなければならないからな、少なくとも今は。


戦略も交渉も、相手がそれに反しようとした時には力づくで飲ませるための"武力"の裏付けがあってのものだ。

嘘つき同士が壮絶な騙し合いを繰り広げた挙句、結局最後には暴力で解決するという生々しくリアルなストーリーテリングに対して、それが頭脳戦の妙をぶち壊す愚行であるという批判は的外れであると俺は思っている。


――などと他愛の無いことを考えつつ、ソルファイドに本気(・・)の【息吹(ブレス)】を放たせた。洞窟内でプチ太陽でも発生したかのような業火は、間違いなく、現状でも俺の迷宮における最大の瞬間"火力"だろう。

【性能評価室】の壁面が炙り融かされるほどの熱波が吹き荒ぶ。

運び込ませていた【火属性障壁花】や【風属性障壁花】の力でそうした"副産物"の悪影響は排除するが……【硬殻】因子や【火属性適応】因子で亜種化させた【肉塊花】を粘土みたいに織り交ぜ、混合させた耐久テスト用の触肉ブロックだったが、それでも4分の1ほどが融かされてしまったか。


「ダメか、これじゃ足りないな。一発耐えるだけならともかく、相手は首を幾つも持ってるからなぁ」


ソルファイド曰く、ぶっ倒れるレベルで本気を出してようやくひねり出す程度の"息吹(ブレス)"が、ヒュドラにとっては首一つで吐き出せる"通常弾"であると。

さすがに連発はできなくとも、複数の首から次々に放たれれば、この程度の防御力では何重に触肉ブロックを重ねても消し飛ばされるのが落ちだな。


「やはり正攻法は厳しそうですな、御方様」


「幸い、その点に関してはリッケルも同じだったしテルミト伯もそうだろうからな……【魔界】での覇権を目ざす上で、【竜】と対等に渡り合う力を今つけろってのが、逆に無謀なのかもしれんなぁ」


「……主殿。俺の"息吹(ブレス)"に、ここまで耐えられるのならば、むしろヒュドラのような『亜竜』にすら手こずるリッケルやテルミトとは対等以上に渡り合えるだろう。俺も奴の全てを見たわけではないが――あれが伯爵(カント)の平均なのだとしたら、主殿の力はそれに匹敵するかもしれない」


あぁ、そうだ。実際にソルファイドはテルミト伯の、周囲の敵対者との小競り合いで"傭兵"扱いで何度か出陣させられていたんだったか。

それとヒュドラに関する発言は――負け惜しみというよりは、竜人としての【原初の記憶】からのものかな。【竜】の中ではヒュドラは竜人(ドラグノス)なんかと同じ"混じり物"らしいからねぇ――。


「だが、ソルファイド。相手は【人体使い】だぞ。御方様には真に失礼な話だが、あの"目玉"どもを見ていても、御方様と力の傾向が似ている可能性がある。その方面から、意外な奇襲や干渉をされるということはあるのではないか?」


「ル・ベリの言う通りだな。戦いは、別に正面から潰し合うだけじゃないからなぁ……地の利や眷属同士の相性だってあるし、外交的なパワーバランスの原理だって存在する。仮に1対1でも、対策練って準備すりゃ、多少格上か格下かなんてのはあまり関係がなくなる」


――まぁ。

配下2名のそれぞれの指摘はともかくも。

対テルミト伯を起点とした【魔界】外交での戦略練りがそこそこ煮詰まったのも【人界】行きの一因だったわけだがな。その甲斐あって、【魔界】地理上は全然別のところに勢力を構えているであろう、【心無き鉄戟の渓谷】との接触を果たしたわけであって……これを今後どう転がしていくかは、別に【人界】側での戦略だけを考えたものではない。


俺が"特例"的に両界を行き来できるならば、まさにこういう立ち回りこそが、外交戦でテルミト伯を上回るための数少ないカードとなるだろうよ。


さて。【魔界】でウーヌス達に任せてきたプロジェクトの進捗確認は、こんなもんかな。予定よりは1~2日早く済んでありがたいが……それなら、次は「あれ」を確認しておこうか。

【人界】で次の一手をどう打つか、特に『鉄戟渓谷』と『泉の貴婦人』の二者にどう接するかを中心に検討する前に、ちょっとそこに寄り道しておこう。


なに――【魔界】と【人界】と【迷宮(ダンジン)】の関係で。

一つ非常に気になることがあって、な。


「ウーヌス。次は"裂け目"に寄るぞ。奴隷蟲(スレイブ)鉱夫蟲(マイナー)はちゃんと先行させたか? ちゃんと掘り出し(・・・・)たか? ちょっと試したいことがあるから、な」

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