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本編-0102 血による再生、炎による再生

絹を裂くだとか、金を切るだとか、女の悲鳴を喩える表現はままあるものの。

その絶叫(・・)は――そんな可愛らしいものからは、随分と常軌を逸していた。


まぁ、"吸血鬼"としての怪力と再生能力に任せるままに絶叫しているんだから、人間とはリミッターが違うんだろうな。文字通り喉が裂け噴水のように吐血しながら、全身全霊でその「恐怖」と「苦しみ」をこれでもかと言うほど叩きつけてくるような絶叫だ。

凄惨過ぎて、サスペンスものドラマの殺人シーンにすら起用できなさそうな"悲鳴"だが――俺は「抽出」作業の中止は命じなかった。


何せ、アシェイリ自身(・・)が継続を望んだとあっては、その意思を尊重せねば、俺の迷宮までついてきた覚悟に報いることにはならないからな。

この反応自体は予想外のものだが。【抽出臓】に放り込まれた途端の出来事である。全身をくの字に折り曲げてもひねり出せないような、凄まじい絶叫が異星窟中に反響し渡り、何事かと俺の眷属(エイリアン)達が警戒態勢を取ったほどであったが……彼女の如何なる心的外傷(ストレス)が刺激されたのやら。

そして、どんな心境で自らそれを改めて直視することを決心したのやら。


……どれ、【情報閲覧】っと。

【魔界】では初めての【情報閲覧】だ、【人界】でのようなノイズ混じりじゃない、完全な情報を俺に教えてくれ給え。


【基本情報】

種族:吸血鬼(隷属種(サヴァント)

年齢:18歳

性別:女性

身分:戦奴隷(グラァハムの里)

職業:血の狂戦士ブラッディ・ベルセルク

位階:17〈技能点:残り39点〉

HP:348/348

MP:252/252


【状態】

・出血(大)

・崩壊(小)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


意外なことに【称号】はまだ得ていない様子。

まぁ、吸血鬼の種族技能を見て突っ込みたいところも色々あるんだがな。

なんか"最終技能"的な立ち位置にある【血の目覚め】がどんな効果を持っているのかだとか、すごく気になる。アシェイリが吸血鬼としては最下層の『隷属種(サヴァント)』であることを踏まえると――例えば、同じ種族の中でより上位の存在に昇格(・・)させるような技能が存在したりは、するだろうか?


隷属種の上は……従属種(スクワイア)だったか。

この方向を試してみてやりたいところだが――アシェイリは未だ俺の「迷宮の眷属」ではないので、グウィースと違って"点振り"できないから、ビルド方針的な吟味は今は後回しにしておこう。


――これから俺が確認しようとしていることに絞って挙げれば、【状態】にある『崩壊(小)』と、吸血鬼の種族技能にある【人血溶化】辺りが、相当に相当に重要度が高いかねぇ。


……などと【研究室】に来る前から整理していた考えを反芻していると。

果たして、母の腹を裂いて生まれた血まみれの悪魔の子が如く、抽出臓から這い出し、血の咳を吐いたアシェイリが口を開いて曰く。


「……最低の気分です。もう、お触手さんは絶対に嫌です」


「ふうむ。職場での待遇改善要望は従業員の権利だが、使用者がいつだって受けるとは限らない。ル・ベリに【触肢花】を始めとして、俺の迷宮でそれを見る機会は常にある、諦めろ――だが、アシェイリ。お前だけ、他の連中と違う(・・)反応をした。言ってみろ、【抽出臓】の中で何を視た?」


「糞ったれで最悪な記憶を思い出してしまいました、おげ……お大尽さん」


その"糞ったれで最悪な記憶"の詳細にこそ興味があるわけだが。

未だ、それを語ろうという気分にはならず、か。だが、抽出臓によって体の中を、己を構成するものを隅々まで解析されるあの独特な感覚が、ここまで彼女に刺さったというのはそれなりに示唆に富む。


――彼女が吸血鬼だからか?

――解析完了した謎の【溶血】因子のせいか? その根源と思しき種族技能【人血溶化】と【抽出臓】が何らか予想外の化学反応を引き起こしたか?

――あるいは、過去にユール少年と共有したであろう何らかの因縁か?


よろしい。

俺も、せっかく彼女自身が盛大に吹き出してくれた"吸血鬼の血"だ。

それが飛び散るままに任せるのは……研究材料(資源)の無駄というもの、そうだろう?


ささやかな「実験」をさせてもらった。

奇しくも"桃割り"用の捕虜として迷宮に連れ帰っていたハイドリィの部下が――人間(資源)がいたからなぁ。

ちょいと両者をかけ合わせ(・・・・・)てみて、その"実験結果"を先ほど、運搬役を頼んだ奴隷蟲(スレイブ)(【強筋】因子による亜種化済)から道中で受け取った所であった。


「【生命の紅きを統べる(アスラヒム)王国】では、人間は"畜人"と呼ばれて家畜扱いされている。アシェイリ、お前みたいな"奴隷"よりもさらに下の身分で、その役割は『血の畑』となること――ルクからその統治の効率の良さ(・・・・・)を聞けば聞くほど、吸血鬼(お前達)にとって、"人間の血"が不可欠な存在だってのが、よくよく窺える」


「……何が、言いたいんですか?」


「別に。ただ、俺の知的欲求を満たしたいだけだ、それが俺、それこそが魔人だ。納得はしなくて良いが、理解しとけ――話を戻そう、こいつを見てみてくれ」


そう言って"実験結果"を懐から取り出す。

容器から地面に向かって、血と肉塊をペプチドレベルで砕いて結合させ癒着させたかのような、濁った赤ピンク色をしたスライムと卵黄の中間的ぶよぶよ単細胞な物体を、どちゃりと(こぼ)し落とした。

――それは、まるで生きているかのように、かすかに蠕動していた。


これ(・・)は、何ですか」


「お前の血と人間の血を混ぜた結果生まれた物体だ……【溶血】てのは、そういう意味だったんだなぁ」


アシェイリが言葉を失い、俺を見上げる眼差しに初めて、真の意味での「恐れ」が宿るが、気にしない……というかその反応には失望したよ、アシェイリ君。なんだよ、これ(・・・)は何ですかって。


だって、そうだろう?


吸血鬼(お前達)の体内で日々当たり前に発生し、あるいは消費されている、神々の呪詛によるとされている"肉体の崩壊"をあがなうための"生命の紅き"そのもの。それがこれ(・・)だと俺は解釈しているが?」


ようっく赤ピンクスライム卵黄を観察してみると。

その蠕動する部分の中心に、血管と神経と虹彩を混ぜたかのような、凸凹な肉塊のような形状が浮かび上がり――次の瞬間にはそれは溶け(・・)崩れ、さらに今度は角ばった骨のような成分やリンパ液を思わせる血漿の塊のような形態を浮かび上がらせ、流々とその在り様を変転させていたのである。


それら数多の形態の共通点は、およそ『人体を構成する材料』であること。

ん? ちょっと待てよ。こいつぁ、テルミト伯あたりが狂喜して欲しがりそうな素材だったりしないか? いや、案外、奴とアスラヒム王国が繋がってるって線も出てきたが――もしそうでないなら、良い「贈り物」にできるかもしれないな……おっと、【魔界】外交戦略に関する考察をするのは今じゃないか。


アシェイリへの「質問」に意識を戻そう。


「吸血鬼の血は、取り込んだ人間の血を"溶かす"。およそ肉体を象るのに必要な様々な構成物に分解・変質させて、それがお前達自身の"材料"になるわけだ。常にそうやって『補給』し続けなければ、血だけじゃない、肉体自体が劣化して『崩壊』していってしまう――そんなところなのか?」


ははは、非さらさら血液が心臓とか血管に負担をかけるなんてのは目じゃないな。

こんなねばねばぶよぶよの物質を全身に巡らせているんだ、そりゃ種族技能に【心臓強化】なり『血液操作』系の各種技能だって乗ってしまうさ。

後は【超嗅覚:人血】と【超嗅覚:吸血鬼】については……まさに、この辺りの「反応」を捉えることができる、ということが表されているのかもしれないな。

それに、ルク曰く吸血鬼達の尋常ならない頑丈さと死ににくさの原因もまた、これの効果による所が大だろう。まだ俺自身、吸血鬼の「崩壊」状態を直接観察したことは無いため、検証のためには今後に期待というところではあるが。


俺の推理に対し、アシェイリは一転して黙ったままである。

うんともすんとも言いもしない、良くも悪くも愚直な彼女の性格からすればやや不自然さを感じるようなだんまりだが……なるほど。

さすがに「それ」を語るのは、利用価値が大きいと判断できるこの俺(迷宮領主)が相手であっても『使命人格』が許さない、というわけか。


でもなぁ。

その瞳に宿る驚きの感情を見れば、俺が今適当にでっち上げてみた当てずっぽう(・・・・・・)の推理とて、何らかの真実に掠っていることはアシェイリ自身認めざるを得ない、ということは明白かな。


――だが、そうすると、妙だなぁ。

なんで一介の"奴隷戦士"に過ぎないはずの彼女自身が、そんな、吸血鬼の正体に迫るような本質的な事柄に関して、何か知っているんだろうな?

アスラヒム王国では使い捨ての奴隷ですら、そんなことを知っているのが当たり前だというのだろうか。だが、それならそれで、それこそわざわざ『使命人格』によって沈黙を選ばされる理由が不明だよなぁ。


とはいえ、これ以上の反応を引き出したり、口を割らせたりするネタが、今手元に無いのも事実ではある。

やはり、幼馴染であるユール少年と共有した何らかの因縁の存在が大きいのかもしれないから……そこを解き明かすには、可能ならば彼を懐柔して取り込んで――例えばアシェイリとで『使命人格』同士を衝突させてみる、というのも面白いかもしれない。


まぁ、そういうわけで、以上が新たに解析完了した【溶血】因子の特性だったり吸血鬼がどういう存在なのかを推し量れる、現時点での手持ちの情報である。

新因子の獲得って意味では、他にも【再生】とか【芳香】(グウィースを突っ込んで得た)とか【神経】(ナーレフの密輸組織が運んでいた怪しいお薬より)なんかも得ているんだが――すぐに次の【人界】行きを予定しているため、進化や胞化や性能チェックが間に合わないから、新エイリアンの紹介もまた、後のお楽しみとしておこう。


ただし、注目度の高い因子自体は、その性質を改めて確認するつもりで、こうして【研究室】に寄り道したわけだが。その一つが【溶血】であり――もう一つの注目因子である【再生】については、そろそろか。


「主殿、待たせた」


火を纏うような気配と共に、ソルファイドが【研究室】へ入ってきた。

燃える鬣で周囲を照らす魔獣【焔眼馬(イェン=イェン)】のクレオン=ウールヴを伴って。


   ***


【再生】因子。

かつて魔法属性因子の一つである【活性】属性が、俺の【エイリアン使い】に"解釈"された結果、ほんのちょっぴりだけ解析されたままになっていた因子である。当の『活性』属性自体は、極まった例外でもない限りは、単に肉体の自然治癒力や回復力を高めるというものであったこともあって、完全な【再生】現象としては解析しきれなかったわけだが――。


クレオン=ウールヴやアシェイリ(・・・・・)達吸血鬼のそれは、根本から原理が異なる。


『きゅぴ。しれっとアシェイリさんもが混じってるきゅぴ』


いや、水ぶくれ脳みそ型の俺の秘書ウーヌス君、お前さっきの俺とアシェイリのやり取りを聞いてなかったのかよ。聞いてたら、むしろそうなるのが当然だってわかるだろうが……。

アシェイリ達吸血鬼の強靭さや頑丈さのタネは割れたところで(まだ俺の当てずっぽう想像レベルだが)、その特性を考えたら【再生】因子が搾り取れてもおかしくはないだろ、どう考えても。


『きゅぴぃ?』


……。


ごほん。

『治癒や自然回復』は、肉体本来の傷つきや弱まりを、あくまでその「肉体の範囲内」で構成し直すものである(極まった『活性』魔法は除く)。肉体の内側に取り込まれた栄養素等が消化されるなりして「内なる命素」という、根源的な生命エネルギーに分解されて、それがまた身体の再構成に活用されるという形を取る。

対して――【再生】は、その段階を完全にすっ飛ばしているのである。

アシェイリの血と人間の血を混ぜた赤ピンクスライム卵黄と、ルク達に実演してもらった『活性』魔法とでは、【命素操作】で観察した時、命素の流れで顕著な違いが視られたのだ。

つまり、失われた部位の再構成のための原理が根本から異なっている。

言うなれば【再生】現象においては、魔法だか技能だか呪詛だか歪みの悪影響だか知らないが、外から取り込んだ"材料"を【命素】に分解することなく、直接自身の肉体構成要素に変えてしまう作用。


アシェイリら吸血鬼は"人間の血"を。

クレオンら焔眼馬(イェン=イェン)は"燃え盛る炎"を。


それぞれ、その"材料"としているわけである。

以上が、アシェイリを吐血させつつ、またクレオン=ウールヴを切り刻み(・・・・)つつ取りまとめた【再生】現象に関する調査レポートだ。


『オーマ様、まさかとは思いますが、いや、今さらっと鬼畜じみた発言しましたよね? いつものことですけど……仮にも部下たるソルファイドさんの愛馬になんてことしてんですか』


あ? 家族が増えて生命の神秘への博愛に目覚めたか、ルクパパ青年。

【抽出臓】が燃え尽きるから仕方ないだろ、【火属性適応】因子で"亜種化"させようにも、悠長に待っているつもりは無かったのと――。


『いや……アシェイリさんの血を使った実験のついでに、クレオンの【再生】能力も実験で確認したかった――てのが主な理由ですよね?』


ええい。

お前は余計なことに気を巡らせてないで、家族と一族の未来と繁栄のために、今は大人しくミシェールとイチャイチャして来なさい!


おほん。

何をしたかと言えば、何の事はない。

【抽出臓】による因子の解析ができないなら、他の方法に頼れば良いだけである――ほれ、幸いクレオンには再生能力があるんだからな。その肉体をいくらでも切り刻んで切り取って、片っ端からそこら辺を巡回している走狗蟲(ランナー)どもの食わせるという間接的な解析を、久しぶりに存分に活用したというわけだよ。


まぁ、無論【再生】能力はタダではないわけで。

そのための(・・・・・)ソルファイドというわけだよ。


「……確かに、クレオンは俺の『竜の火』を殊更気に入ったようだからな」


「というか、お前のその『竜の火』じゃなきゃ満足なスピードで再生してくれなかったわけだがな」


【火属性砲撃花】だったり【炎舞ホタル(ブレイズグロウ)】のベータまで駆り出して"再生"実験をしたわけだが、現象としては同じ「炎」であるにも関わらず、焔眼馬(イェン=イェン)クレオンは明らかにソルファイドが放つ炎に対して高い再生適性とも言うべきものを示したのであった。


さて。

これは、魔法によるものとも異なる【竜】の火であるからか?

それとも、焔眼馬という魔物自体の特質であるか?

あるいは、クレオンが『泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)』の"使い"たることを示す【泡粒の先触れ(春)】という謎の称号による影響であるのか?


――まぁ、これの答えを出そうと思ったら、今【魔界】でできることはほとんど無い。それは、次の【人界】行きでの検証事項の一つとしておくに留めておいて、話を戻そう。


「それで、実験とやらの結果だけ見れば、傷が治るということは変わらないわけだが……なるほど。それで、それは何かの役に立つのだろう? 主殿、その笑みを見ればわかる」


「人も獣もエイリアンも、治癒や回復のためには【命素】が必要だ……ていうルールを緩和することができるかな、今ぱっと思いつくとろこだと」


迷宮(ダンジョン)の眷属達は自然の中から生まれた生物ではなく、その身体の維持には【魔素】と【命素】が必須である。それは俺の迷宮においても同じであり、だからこそ迷宮経済を苦労して構築・更新しているわけだが。

例えば俺のエイリアンが大怪我を負ったとして、それを回復させるためには、相応の【命素】が必要である。仮にそれを"食事"といった代替手段でまかなおうにも、上で述べたように、食事という行為は結局のところ取り込んだものを「内なる命素」に分解するという段階を間に挟む。少なくとも即効性があるもんじゃあない。


――だが、まだ性能チェック等は後の楽しみになるが、例えば【再生】因子で亜種化(・・・)させたりしたら、どうであろうか?


基礎的な肉体維持のコストとしての命素に影響は少ないだろう。

だが、傷ついたエイリアンが【再生】する際に追加で必要になるだろう様々なコストについては、消費や消耗を低く抑えることも可能となる。継戦能力が高く、負傷兵がすぐに前線に復帰してくる悪夢の軍隊に一歩近づくというわけである。


「一撃で殺さねばダメだというわけか。恐ろしいな、それは。まるでヒュドラを相手にするかのようなことになるだろうな」


「いやいや、単騎で軍勢に匹敵するヒュドラの方がヤバイだろ……いや、"この世界"ではそういう存在が、稀ではあっても当たり前のように存在しているわけだからなぁ」


【因子】周りのチェックと、関連実験なんかの成果確認はこんなもんか。

次は『母船』の進捗確認だな。

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