本編-0009 産卵と量産体制
【奴隷蟲】からの初の"胞化"先。
【産卵臓】は予想よりも大きい――俺の身長ほどのデカさもある。
見た目は、縦にした巨大な卵の形を模した肉塊といったところか……いや、粘液の垂れ具合とか完全に剥き出し臓物の類じゃねーか。
なるほど、だからこその「臓」と。"名"は体を表すってやつかな?
頂には十文字の亀裂が入っており、鼓動と共にゆっくりと外皮がめくれていく。みちみちと生肉を素手で引き裂くような音を立てながら、蓮の花が開くように、【産卵臓】のご本尊が姿を現そうとしていた。肉の皮がべろりとめくれていく様はラフレシアを彷彿とさせる。めくれ落ちるままに、地を這う肉根と癒合し同化していく肉の外皮は、なるほど花弁に見えなくもないか。
引きずり出された巨人の心臓の如く、産卵臓はその全身をどくんどくんと生々しく蠢かせ、鼓動を繰り返している。それは卵から伸びた、動脈の如き肉の根にまで達していた。
――ほう、よもや肉の根が地面をつかんで支えることで「卵を立たせる」とは! そうかそうか、これが『コロンブスの卵』って奴か!
こほん。
外皮がめくれ、内側から剥き出しに現れた「器官」は"杯"とでも言うべきもの。
何かを置くことができそうなちょうどよい具合の杯の空洞が、あるいは主無き台座としての空虚さを漂わせつつ――内側では、大小の肉々しい突起物がうようよと蠢いていた。
……手を突っ込んだりしたら多分、生理的にすごく気持ち悪そうだな、こりゃ。数十本は下らない、繊毛の如きうねうねどもは、先端が洞窟の淡い光に反応して青に白にと点滅していた。
「ふむ」
アルファがいつの間にか起きていたので、ベータと共に適当に過ごすよう指示を出しておく。
なんとなくこいつらの性格がわかってきたのだが、アルファが陽気かつ仕事熱心で、ベータは手は抜かないがのんびりしたところがあるという感じだ。
アルファが我が発光洞窟の『司令室(仮)』の出口を警戒しに行ったのに対し、ベータは俺の後ろについて、産卵臓を興味深げに眺めている……一応、進化の大本は同じ【幼蟲】からだよなこいつら。本人達はどういう認識なんだろうねぇ。
「情報閲覧:対象産卵臓」
さて。
コメント入れながらステータスチェック入れていきますか。
【基本情報】
名称:産卵臓
種族:エイリアン=ファンガル
位階:5
HP:125/125
MP:37/37
種族が「エイリアン」の派生種のようなものになっている。
ファンガルは確か"キノコ"のことだっけか。
生物という枠の中では「動物」にも「植物」にも当てはまらないキノコだが、俺のイメージでは植物に近い。事実、肉々しい見た目ではあるものの根を張って動きそうにない様子を見るに、植物寄りという意味では「ファンガル」という翻訳も納得ではあるか。
おっと。
そういや、種族名が変わったということは――「種族技能」のスキルテーブルが、スレイブやランナーのものとは異なるということだろうな。
一応、産卵臓に対しても念のため【情報閲覧】を何度か試してみたが、やはり自分以外の存在のスキルテーブルは確認できないようだった。
ただ、技能ランク1では、
<ステータス画面>
俺◯ 眷属◯ その他生物☓
<技能テーブル>
俺◯ 眷属☓ その他生物☓
<技能説明>
俺☓ 眷属☓ その他生物☓
であったから、技能点を振っていけば見れるようになる気もするが、どうだろう。
どうせ優先技能の一つにはしているのだから、さっさとランク最大にしてしまおうかな? 派生技能にちょっと浮気したい気もあるし。
……よし、ランナーを増やしたらゴブリン狩りにでも行こうかね?
【コスト】
・生成魔素:300
・生成命素:260
うん。
ラルヴァから進化させた時の必要コストの累積で、計算合ってるな。
放置で自動進化・胞化させた場合は、俺自身の保有魔素・命素を消費しない仕様は、ありがたいな。
ただ、気になることはある。
少し考察するが……仮に魔素・命素がリソースとしては無尽蔵、【魔界】のそこらに漂っているとしよう。
昨日"蛇口"で喩えたように、それを俺や個々のエイリアン達が引き出すことができるとして――例えば多人数で一斉に、同時に、一気に魔素や命素を引き出そうとした時に「限界」が存在したりはするのだろうか、ということだ。
あるいは「前いた世界」で喩えるなら、マンションとかビルの電力管理をイメージしてほしい。
電力それ自体は発電所から、まぁ無限にあると仮定しよう。だが、実際にはアンペアとかボルトとかの制約があって、各部屋やら機械やらを一斉稼働させて、一度に大量に電力を引き出そうとすると、当然のことだがブレーカーが落ちる。
……理由はまぁ、電線が焼ききれるとか、機器がショートするとか多分そういう害を避ける、といったあたりなんじゃないかな。
これと同種の制約が、魔素と命素にもあるのかということだ。
そして俺は「ある」と思っている。
だって、そうでなきゃ洞窟外に出た時にランナー2体の体力が減少し始めたことや、俺自身の魔素・命素の回復量が激減したことが説明できないだろうよ。そしてそれが場所による魔素と命素の「濃度」の違いとして捉えられるのかもしれない。
あまり一箇所で迷宮領主としての力を使いすぎると、「蛇口が絞られる」といった具合だ――その限界を知りたいんだがな。
ふうむ。目に見えないリソース管理のイメージしづらさといったところか。
もう少しこう、エイリアン達の"維持コスト"が目に見える形で示されれば考えやすくなるんだがなぁ……今はどうにもならんか。
【スキル】
・胞化:揺籃臓
・胞化:進化臓
さて、一番気になっていたところだ。
ううーんむ?
「揺籃」はなんとなく分かる。揺りかご、つまりベイビーを育てるイメージだ。
【産卵臓】が卵を産み出すならば、【揺籃臓】は多分卵からラルヴァを孵化させる機能に特化してんだろう。あれだ、なんか鶏の卵を自動で孵化させる装置があった気がするが、そんなイメージ。
で、2つめの【進化臓】か……。
「胞化」と「進化」で意味が異なっていることを考えるならば、これは、サナギ生成器ってことか? いや……まさかラルヴァを奴隷蟲や走狗蟲にするためだけに、多大なコストをかけるってほどでも無かろうに。
そういやランナーのスキルで【因子適応】ってのがあって、それが進化の鍵っぽかったが――。
あぁ、そうか!
ティンと閃いた。同時に、昨日外でたまたま検証できた因子関連の技能で、分からなかったことの一つの糸口が見えた。
【進化臓】にランナーをぶち込んで、そこに俺の【因子の注入】を発動する――いや、固有技能の派生先であった【液体因子の生成】を覚えてからの方が、多分より確実な気がするが。
だが、何らかの形で「因子」を送り込めば、【進化臓】に放り込んだエイリアンを進化させられるんじゃないかな?
これだ。
多分、これが一番正解である可能性が高いと思います。「因子」によって様々な形態に分岐進化していく俺の眷属の基本生態というわけだ。
それじゃ早速! と【胞化:進化臓】を念じようとして、はたと思いとどまる。
危ねぇ危ねぇ。
初心と短期目標がなんだったのかを思い出せ、俺。
一体全体なんのために【産卵臓】の完成を30時間も待っていたんだったか。
【進化臓】の検証は重要だろうが、今は「質より量」だろう?
気を取り直して【産卵臓」の機能を検証すべく、俺はその肉の外皮に触れた。
『――思考の最適化を確認。技能【幼蟲の創生】用拡張端末への接続を確認。『産卵』ウィンドウを新定義――』
迷宮核がシステム音を脳内に鳴り響かせる。
すると、開きっぱなしにしていた【産卵臓】のステータス画面に、新たな項目が追加されていた。
【設定】
・ラルヴァ=エッグの自動生成:OFF
・生成倍率:1.0倍
(推定2時間、消費魔素・命素1倍)
・生成後処理:<待機>、排出
……ほほう。
俺の固有技能【幼蟲の創生】用の拡張端末と来たか。
パソコンのアプリケーションじみた表示だが、系統的にはステータスウィンドウと同じようなものだ。
これは迷宮核さんによる"翻訳"のバリエーションによるものなのか、それとも俺の【エイリアン使い】としての能力とのシナジーによるものか。ともあれ、直感的にどういう操作をすれば良いのか、俺にわかりやすい形にしてくれるあたり、非常に有能な相棒である。
よし、それじゃ設定項目を見ていこうかね。
まず「自動生成」だが【産卵臓】の機能が予想通りで、俺はガッツポーズをする。
"拡張端末"の名に恥じず、見事に固有技能を使いやすくしてくれている――俺自らが【幼蟲の創生】を使って戦力拡充するのは、コスト的にも時間的にも無駄が多すぎるからな。
……いや、技能のランクを最大まで上げられたら違うのかもしれない。
十数秒に1体ラルヴァを生み出すとかいう高速生産が可能になるとか、あるいは最初からランクの高いラルヴァが生産できるとか――それなりのメリットもあるかもしれない。が、何度も言うが今は質より量だろう。
自動化までできる優秀な代替手段があるならば、それを活用するべきだ。なにせ技能点は他に優先すべき候補が多すぎるのだから。
【幼蟲の創生】に点を回すことを考えるのは、拠点が壊滅した時とか、俺自身が落ち延びて再起を図る時にで十分だろう。
俺はウィンドウに触れて自動生成設定をONにしておいた。
次に「生成倍率」。
これは見たまんまだな。確かラルヴァの生成コストは魔素・命素ともに40ずつ。
倍率1倍では卵一つ作るのに2時間もかかるみたいだが(俺の手動の12倍じゃねーか)、より多くのコストを注ぎ込めば時間を減らせる。
試しにいじってみたが、最大で生成倍率10倍にしたところ、消費魔素・命素は3倍に膨れ上がった。
反対に最小では生成倍率0.1倍が限界、消費魔素・命素は5割カットとなった。
ええと、てことは。
【産卵臓】を生成倍率0.1倍で10個並べれば、ラルヴァの生成コストは、【産卵臓】生成倍率1.0倍1個の時の半分になるってわけだ。
――まぁ、2時間毎に1体得るのと20時間毎に10体得るのとでは、20時間後時点での戦力は同じだが、実際には前者が18時間分の時間を資源として得ているから、生成コストだけ考えるわけにはいかないんだけどな。
18時間の間に1~9匹のラルヴァを先に動かすことができる。
戦術面での柔軟性を考えれば、多少高く付いても「早く」戦力を得るのも一つの選択肢になる。というわけで生成倍率10倍にして、12分後にラルヴァ=エッグが得られるようにしておく。
最後に「生成後処理」。
「待機」と「排出」の二つが選べるが、ラルヴァ=エッグが完成した後にどうするのかってことだろう。「待機」状態にしたままであれば、産卵臓は新しい卵を生産せずに休止状態に入るってところだろうか……卵からラルヴァが孵るのまでは防げないのだろうが。
ふむ。
予約機能といったところか――これは利用できるな。
この一帯の「魔素・命素フロー」の把握に。
実は【魔素操作】【命素操作】を空撃ちしまくって適度に俺自身の保有魔素・命素を減らして、時間あたりの自動回復量を計測しているのだ。
【体内時計】と【精密計測】との合わせ技によるものだ。
このまま【産卵臓】でラルヴァの生成を垂れ流しにしておけば――ラルヴァが増える、つまりその分魔素と命素を汲み出す「蛇口」が増えていくことになるだろう? そして、先に予測したように一度に汲み出せる量に限界があるとするならば、あるタイミングで俺の魔素・命素の回復速度がガクっと落ちることになる。
それがすなわち「フローの限界」で、世界による自動的な調整「蛇口が絞られる」が発生したということだ。
その時の数値などを元に、魔素・命素の時間あたりの引き出し可能量を割り出そうということである。だからこの設定項目は「排出」にしておいて、ラルヴァ=エッグが延々と生産されるようにしておいた。
「さて。こんなもんで良いかな?」
設定完了後【産卵臓】が一定のリズムで蠕動を始めた。
すると周囲の淡光が同じリズムで明滅を始め、細かい粒子となって、空洞内のうねうねの一本一本に吸収されていく。
"自動吸収"による「創生」が始まったことが【魔素操作】と【命素操作】技能から分かった。
さて、これで今日の作業の準備は整った。
とりあえずはランナーを3体ほど追加してゴブリン肉を食わせ、昨日の取りこぼしの「因子」を解析済にさせてしまおう。
後は全部スレイブに変えて【産卵臓】を5個ぐらい並列稼働できる状態にするかな。
それから、スレイブの胞化先が増えてないかもちょっと確認したい。
解析済になった因子が一応あるわけだからな。




