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本編-0095 子供を買う者、虎を飼う者

~~初代【聖戦】侯カシュカールの『最後の演説』より


「亜人」とは差別用語である。

遥かなる高みに御座す【守護神】様方により、我ら『人間』の"兄弟"として生み出された以上は、同じ『人の種』として扶け合い、手を携えて歩むべきものである。


だが、私はあえてこの言葉を使いたい。そしてこれは、彼らの身体的特徴をなじる意図からではない。

責められるは――彼らの獣の如き心にある。


侯らは彼らの卑劣なる裏切りを知っているか。

我らが祖先が英雄王とともに悪しき【魔人】とその群れなす眷属どもの軍勢と戦っていた時に、彼らは何をしてくれたか知っているか。


森の民(エルフ)どもは、森に引きこもって傍観を決め込み、助けを求める村々を見殺した。

丘の民(ドワーフ)どもは、その類稀なる武器防具を売り渋っただけでなく、敗兵達をよそ者と罵って追い出すのに、奴らの技術を活用した。

獣人達は、人面獣心どころか獣面獣心の如く、行くところを失った難民達から、何もかもを追い剥ぐのに余念が無かったのだ。

吸血鬼? 連中のことなどはもはや語るに値しない!


……そんな唾棄すべき連中であっても、同じ世界に生きる民として英雄王の勝利の恩恵に預かったのだ。

そして我らは、寛大にも、彼らに感謝や報恩までは求めなかった。それだけの仕打ちを受けても、だ。


――だが、この裏切りは看過できないだろう。いくらなんでも、この所業は。


あの【九相】家ですら死体処理を投げ出すほどの夥しい屍を積み重ねて、やっと、ようやっと我らは荒廃した大地の再生に努めてきた。それを、真っ先に逃げ出した連中が、先祖と諸兄の尽力あって、今また大地が豊かに再生しつつあるのを良いことに、奪わんと侵略してこようなどとはな!


(われ)、【聖戦】の号を賜りし新魔導侯カシュカールは、ここに大規模な反攻戦線の構築と――忌まわしき獣心の「亜人」達への"懲罰"の実施を動議するものである。

偉大なる国母ミューゼの恩寵を、裏切り者どもには一片たりとも奪わせない。

我自らが陣頭に立ち、指揮を執って、必ずや連中を西の地の果てまで追いつめ殲滅するまでは、一歩たりとも故国の土を踏まない覚悟である。

「奴隷が奴隷を売る、か」


嫌みの一つもくれてやろうとしたところで、ル・ベリが呟いた言葉を聞きシーシェは息を止めた。


裏通りを少し進んだ位置にある広場と、周囲の空き店舗が数軒、控室などとして使われた臨時の奴隷市会場でのことである。

安価な労働力を求める大商隊や雑用係を求める傭兵団を始めとし、もっと小規模な商人や跡取りの無い職人もいれば、"掘り出し物"が無いか目を光らせている者もいる。そして、主に少年や少女の奴隷を品定めし、"新人"の獲得に余念が無い非合法組織の買い付け人達もいる。


子供の奴隷は『長女国』の法では禁じられているが、『次兄国』の法では認められており――つまりナーレフ(ここ)では何の意味も持たない。およそ売春組織という売春組織は魔導侯【歪夢】家の耳目たる『罪花』の影響が行き届いており、子供奴隷はその優秀な収入源なのだ。


そしてシーシェのこの日の目的もまた、先日落札したはずの「子供()」を受け取りに来たことである。


故にル・ベリの呟きが刺さる。

売る者も売られる者も奴隷ならば、買う自分もまた奴隷に違いない――と。


「高価な"亜人奴隷"は、こんな地方の有力都市程度では扱われないわ。最低でも雲上人方の都か、王都ぐらいのもの……船乗りや鉱山労働者の募集に事欠かない『次兄国』と『末子国』では話は違うようだけれど」


「博学だな?」


「……この数年で、いろいろな街を回ってきたのよ、これでもね」


生まれた時からシーシェは、何か抗えないものの"奴隷"のようなものだった。それから逃れようとして、束の間の自由をつかんだかと思ったこともあったが――それがもたらした悲劇を決して忘れることは無い。

いや、今の自分の行動こそ、その贖罪のようなものだ。欺瞞に満ちた"誓い"でありながら、せめて今の自分にできるのはこんなことでしかない。


――子供の奴隷を千人、救おうなどと。


「同種の人間の奴隷よりも、遥かに粗雑に扱われる"亜人奴隷"が高いとは、ますます度し難いな」


「人間の奴隷なら、いつか自分を買い戻せば、また元のように生きられるわよ……またいつか、ね。その意味では『社会的身分』に過ぎないのよ」


「刑罰としての意味においてだな? だが、それが魔導侯達の始めた【懲罰戦争】によって亜人の捕虜が入り込むようになり、変質したと」


「貴方こそ、よく勉強してるわね?」


「己が知識を語るのが好きな同僚が側にいたから、な」


刑罰という体裁は、人間の奴隷については、まだ一応は守られていた。

すなわち『犯罪者』であったり『破産者』に対するものである。彼らは"亜人"と呼ばれる者達ではなく、あくまで「人間」として扱われるため、同じ奴隷という言葉でも法的なニュアンスは異なってくる。


例えば、まるで肉屋が叩き切って焼いた肉をそうするように、あるいは果実屋が山と積んだ果実をそうするように、見せ売るように並べられているとか。ル・ベリが想像していたような、ボロを着せられているとか、それこそ牛や豚のように家畜扱いされているほどではない。手枷と足枷、そして首輪こそつけられているものの、極めて扱いは丁重である。

ただ、それも商売なのだから当然ではあるだろう……誰が傷んだ果実や腐った肉など買おうか。


だが、そこに彼の違和感の正体があった。

犯罪者や借金者達本人にとっては『刑罰』であろうとも――それを売り買いする者達にとってはどうか、と。


故に、最初の発言に至ったのである。


かつて半ゴブリンであった時代、魔人たる母と共に劣等生物(ゴブリン)達に虐げられてきた日々。母の死後に、御方様(オーマ)と出会う前の死力の努力が潰え、屠殺前の鹿のように縛られ転がされた自身の姿が、手枷足枷を科せられた奴隷達に重ね合わせられる。

蟻や蜂のようにある種の虫や、一部のネズミの仲間が「女王」と「奴隷」に分かれることを彼は知っている。そしていちいち御方様(オーマ)に確認したりすることではないが、彼が操り生み出し統率する「エイリアン」達もまた、そうした性質の色濃い生命体であることを感覚的に理解している。

その意味では確かに「同じ種族」においてさえ上下関係が産まれること、それ自体は不自然ではない。シーシェが言いたがっている"社会"だとか"身分"というのも、その手の話ではあろうが――。


買い手と売り手と商品達。

彼らの間にある"差異"とは何であろうか。


【魔人】であったはずの母リーデロットとて、あのような境遇に追いやられた。あるいは【魔人】の心を有しながら醜きゴブリンの身体で産まれ、虐げられてきた、御方様(オーマ)に救われる前のル・ベリ自身と、他の【魔人】との"差異"は何であろうか。


故に嗤ったのだ。

違和感の正体は『滑稽さ』である。

働きアリが同じ巣の働きアリに対して、女王のように振る舞うということは有り得ない。蜂を例に取れば、女王となるか奴隷となるかは、卵として産み落とされた後の餌によって決まる。

だが、目の前にいる者達はどうか?

例えば彼の主たる御方様(オーマ)や、リッケル子爵やテルミト伯のような強大な力を持った【魔人】が、その気になれば、奴隷にも家畜にもなるのは、今は買う側や売る側に立っている人間達に他ならないのである。


それを、売る側や買う側が――まるで働きアリを手にした女王アリのように、下卑た愉悦の熱気に包まれている様が、ただただ滑稽であったのだ。社会的刑罰としての、その社会の側の本来的な意味づけからは導かれない、不自然さである。


――その意味では、シーシェはよく弁えて(・・・)いると言うべきか。

あるいは己もまた"奴隷"であると感じていることを、ル・ベリはこのやり取りの中から、なんとなく察していた。


「始まったわ」


バラ売りされる奴隷達とは異なり、競りにかけられる奴隷達は、それなりに見目が良いか屈強である。

そしてシーシェが一度この"競り"に顔を出したのも――一人、どうしても「救いたい」子供がいたのである。


   ***


「さぁ、さぁ、皆さん。次は本日の目玉商品! 本来ならこんな田舎の治安の悪い新興都市なんぞに運ばれる逸品じゃあありませんが、なんの運命の気まぐれか!」


競りの司会役を務める同僚パルシーの口上を聞きながら、奴隷連王国総支部(・・・・・)の会計係ディンドリーは内心で「また始まった」と肩をすくめた。

たかが一つの街の支部にしか属していないパルシーからすれば、なるほど珍しい商品を扱えたということで気合が入っているのかもしれない。しかし、粛清貴族(・・・・)の子女が慰みものとなること確定な運命に晒されるなんてのは、会計係として奴隷連のノウハウを学んでやろうと勇んで数年の、まだ若いディンドリーにとっては、さほど珍しい商材ではなかった。


紹介されているのは十四、五の少女といったところか。

没落したなんとかという『測量士爵』の子女であり、没落した理由というのも、この国ではよくある話――"雲上人"たる【魔導侯】家の間でなんらかの謀略合戦が行われ、その一応の「手打ち」として差し出された世間向けの生贄であろう。その「謀略合戦」の内容が何であるかなど、知りたくもない。

ただ、それがたまたま【紋章】家の"懐刀"であり『次兄国』の奴隷商会連合本部からも、敵対するなと通達が出ていた『ロンドール鎮守伯家』の寄り子の一つであるとくれば……関所街ナーレフで叩き売られるのも「見せしめ」ということだ。


(この国の"成り上がり"どもは、貴族達への倒錯した感情が激しいからなぁ)


ディンドリーは『次兄国』出身の"武装"商人であり、この年で齢30になる若手である。そして、自身は単なる「大商会の会計係」などで終わるまいという意志を持っていた。

とはいえ、政商両界が密接に結びつく『次兄国』の"若手商人"らしく、今は雌伏して密かに牙を研ぐ時であるとも認識しており、心の底に秘めた「虎」を表に出すようなことはしない。彼の本性を知る者達からは、信じられないほど人当たりの良い好青年として、今の地位を築いているのが彼であった。


(さて、運良く(・・・)どこぞの売春組織に拾われるか、物好きな大富豪に囲われるか……それとも運悪く(・・・)迷宮(ダンジョン)の魔物達のエサにされる見世物に使われるか。雲上人達の"実験"材料になるなら、そもそもこんなところに送られてこないだろうしなぁ)


などと見物を決め込んでいると――意外や意外。

早々に一人の地味な女性に"落札"されてしまうのであった。


「おい、またあの女だぜ?」


「またか! クソが、あの『冷やかし』女、追い返したのに今度は競り(こっち)に来やがったってのか!?」


にわかに色めき立つ同僚達に、ディンドリーは不穏の芽を感じる。

話を拾い聞くに、どうも先日、競りではなく"バラ売り"の方で売り出そうとしていた奴隷の内、子供や少年少女ばかりを十数人、まとめて購入しようとしたらしかった。香水の匂いなどから"娼婦"であると思われたが、ナーレフのどこの売春組織からも、新人を確保したいなどという内々の依頼は無し。

組織を通さなければ話は聞かん、と追い払ったのだという。


ディンドリーはあくまで、今回の『迷宮開放令』を受けて、目ざとくナーレフ支部の経営を強化しようとした王国支部から派遣されたばかりの会計係に過ぎない。"バラ売り"の方にまでは、気が回っていなかったというわけである。


「……チッ、今日は随分とゴツい"用心棒"を連れてやがるじゃねぇか」


「どうする? 捕まえて所属を吐かせて、落とし前をつけさせるか?」


ここまで同僚達が殺気立つのには、実は理由があった。

なにせ――子供の奴隷達は、それぞれ売り払い先が決まっていたのである。それでも店頭に並べていたのは、言わば"形"であったわけだが、そこを一度シーシェに論破され、恥をかかされたと考えていたのである。

そこでまた、この"落札"劇だ。

こんなものは彼らの『予定』には無い。

あの元士爵家令嬢は、出荷先が既に決まっており……同僚達は競りという名の見世物(ショー)を潰されたと憤っていたのである。


(なんてこった、こいつら"商人"の風上にも置けない、ただのゴロツキ風情に成り下がってるんじゃないのか?)


息巻く同僚従業員達を横目に観察しながら、ディンドリーには彼らに対する侮蔑の念しか湧いてこなかった。『奴隷連ナーレフ支部』は腐っている……悪徳すら兼ね備えていない"ゴロツキ"風情に成り下がっているとは、想像の斜め下であった。


『次兄国』の"商人"の本分としては、より高く売り払える相手こそ厚遇すべきなのだろうが――ゴロツキどもは、街の各勢力と馴れ合う道を選んだのだ。

いや、長い目で見ればそれが利益につながるのだ……と言える面もあるかもしれないが、自分自身の上位組織である王国総支部に睨まれる可能性よりも、地元の有象無象(・・・・)に過ぎないちんけなヤクザ者達に迎合することを優先するとは。


(おいおい、俺達は元から外様で、衝突討ち入り闇討ち放火は何でもござれの武闘派商会で鳴らしてるってのに――ヒデェな、いや、それだけあの"微笑み"の代官殿が有能だってか?)


ディンドリーの読み通り、ハイドリィは時間をかけて『奴隷連ナーレフ支部』を"飼いならす"ことに成功していたのである。それも、自らが手を汚すのではなく、ナーレフに巣食う数多の非合法組織との間に暴力的なものを含む"トラブル"を起こさせて、それを解決してやるという形で。


だが、こんな『迷宮開放令』などという一大商機(・・)が訪れているというならば、話は別である。このチャンスに、今のナーレフ支部の執行部に任せていたのでは、大魚を逃す結果になりかねない。そう考えてみると――この"競り"はなんとも無駄な作業である。


これから真に"買い手"として関係を結ぶべきは、これまでのように「安い労働力」を求めている既得権益を吸う組織などでは、ない。

余談だが、この「安さ」の理由としては、『長女国』特有の事情として「魔法による自然と災害の制御抑制」という国家事業があげられる。例えば【水】や【土】などを組み合わせた肥沃化によって、豊作の時はとことん豊作であり、【活性】や【肉体】魔法によって乳幼児の死亡率も意外なほど少ない。

しかし、そうして扶養できる人口も、一旦魔法バランスの乱れによる各種"天災"の発生時には、人減らし・人売りが行われて奴隷商人が儲かるわけだが――この国風に言えば"才無き"者達の命なんぞは軽い、ということだろう。


しかし、だ。

"探索"や"開拓"において必ずしも「魔法」が万能ではないことは、『次兄国』の船乗り達が積み重ねてきた歴史を見れば明らかだというのがディンドリーの考え。

ネレデ南海を覆う「航路開拓」の熱は、既存の大商会や大海賊達による航海ルートの覇権を競い合う凄惨な私掠合戦に陥りつつあり、それぞれを支援する【白と黒の諸市同盟】の構成都市同士の代理戦争といった様相を呈していた。


簡単に言えば、ディンドリーのような「何もない」若者には、参入のハードルが非常に高いのである。

だから、ディンドリーは長年迷宮(ダンジョン)という存在に、新たな"開拓先"としての可能性を感じてきており、『長女国』への転属を希望し続けてきたのである。【奴隷連】を腰掛けにしたのは、単に権力と勢力が大きいからに他ならず、別に他の商会でも変わらなかったのである。

ともあれ、自分が財を成して成り上がるためには、そうした「開拓熱」に命を賭けるような愉快な馬鹿者どもを溢れさせなければならない。この度、ついに待ち望んだ『迷宮開放』の布告が『長女国』政府から出された。


無論、それだけならばナーレフを選ぶ理由にはならない。似たような条件の都市は他にもあるのだから。

だが、先日、とある中堅密輸組織の逮捕壊滅と前後して、にわかに関所街ナーレフを大量の魔石が流通しだしていることは、いろいろな憶測を呼んでいたのである。まぁ、いずれが真偽であれ、迷宮で"一稼ぎ"することを狙う者達が関所街ナーレフに居つく流れが本格化していくだろうとディンドリーは読んでいたのである。


故に、正しく猛々しき『次兄国』商人であるならば、この商機を利用しないわけにはいかない。

西で『長女国』が、東で『長兄国』が引き起こしている戦争はそれぞれに順調で堅調。いつも以上に仕入れることができている"異種族奴隷"についても、この情勢下ならば、今までとはもっと違った活用法があるはずなのだが――ナーレフ支部の連中が、この体たらくでは。


(刷新が必要だな? ――あぁ、そうかい。クソッたれの総支部長の野郎、だから"この俺"を送り込んだってわけか。クソが、休暇申請なんて出すんじゃなかったぜ、まさか"最前線"に送られるとはな!)


「どうしたんです、ザッグさんにマクマールさん。なんぞ手を焼いているトラブルがあるみたいですが、良ければ私の方も解決に尽力しますよ?」


ここでディンドリーの「心の声」と「発した声」を同時に聞いた者がいれば、苦もなく二面性を発揮する厚顔ぶりに舌を巻くかもしれない。それほどまでに爽やかな好青年然としていて、気の立ったナーレフ支部従業員達も、ほだされて思わず事情や不満・愚痴の類を話すのである。

その笑顔たるや、とても彼が心に「虎」の如き激しさを飼っているなどとは思わせない。それは息を吐くようなものであり、この街を治めているという"微笑みのお代官様"のそれとは、根本から異質なる「笑顔」であった。


   ***


「私は落札者よ? 引き渡しを拒むのはおかしいわ」


ル・ベリは、シーシェが戸惑いつつも、こみ上げる怒りに苛立っていることが分かった。一応は見届け役として背後に控えているル・ベリであるが、狡猾そうな奴隷商人の男が、用心棒数名に目配せしつつ、二人の逃げ道を塞ぐように囲ませていることを確認する。


「とは申しましても。我々としては、あんたの"資力"にちょいと疑問がありまして……別に売らないなんて言っちゃいません。先に確認させてほしい、というこっちの要望はそんなにおかしいですか?」


獣人(ワールグ)白子族(ダーイッシュ)の販売じゃあるまいし。たかだか"借金奴隷"の、それも子供。その要求はおかしいわ、何の権限が貴方にあるっていうの?」


「さすがに数がねぇ。今回の"落札"といい、まずは金を見せやがれってわけですよ。本来ならまとめ売り歓迎なんですが……子供ばかり十数人も、今、受け取りたいんですか? 何をそんなに焦っているんです?」


「――それが貴方達のやり方ってわけね。いいわ、これで満足?」


観念したようにシーシェが、懐に手を伸ばし――それは見事なアメジストの宝飾品を取り出して、奴隷商の男に見せつけたのだった。


「これの価値を知らないほど分からず屋ってわけじゃないわよね?」


奴隷商の男は一瞬たじろいだ顔をするも、今度は剣呑な表情で、切り口を変えてきたようだった。どうあっても売る気は無い、というよりは、もはや粗探しのためだけの難癖じみた口調である。

……これは、荒事になるか? 奴隷連ナーレフ支部でもそれなりの地位にいるという、先ほどまで"競り"を取り仕切っていたパルシーという男は、ル・ベリから見れば小物に過ぎなかった。金があることを証明したシーシェにすら売る気が無いのならば――先ほどまでの"競り"という合理的な売却方法はなんであったというのか?


だが、想像以上にシーシェと彼らの間の"問題"自体は、さほどこじれているわけでもない。互いの主張は明快だからだ。

暗に、ナーレフの"闇"の組織と繋がりを持たない相手は客ではない、と言っているようにしか聞こえない奴隷商人と、あくまで個人の立場で購入者・落札者としての権利の主張を崩そうとしないシーシェ。それぞれのやり方が上手いかどうかという問題はあるが、相手がそれを求めているならば、与えてやれば良い。


(確か、ルクが調略に行った組織の名は――"人さらい"教団だったか。後でルクと合流して口裏を合わせなければな)


そう思って口を出そうとしたところで、その場に割り込むものがあった。


「まぁ、まぁ、落ち着いてくださいパルシーさん。ほら、そこの強そうな御仁も怖い顔をやめてください、あそこの連中もこっちからは手出しさせませんから」


「おい、ディンドリー。お前な、いくら総支部からの派遣者だからって……」


割り込んだ男はシーシェにとっても初顔の様子。

ル・ベリが動くのを見て、仕掛けようとしていた用心棒達が戸惑い、とりあえず元の配置に戻ったのを横目に、ル・ベリはひとまず闖入者の言動に注意を向けた。


年の頃は御方様よりわずかに年上であるようにも見えたが(動物に対する観察眼的な意味で)、言動や醸す雰囲気はとても若々しく、さわやかである。くせっ毛と柔和な表情ですら愛嬌がある若者はディンドリーという名前で、会話から判断するに、ナーレフ支部のさらに上位にある『奴隷連王国総支部』から最近派遣されてきた会計係であるという。


(この男、油断はできないな――心に狼、いや、"虎"を飼っているな?)


悪罵をぶつけ合うゴブリンの間で育ったル・ベリにとって、その爽やかな表情が、ディンドリーという男の「仮面」であると同時に「本質」でもあることを即座に見抜けたのは、ある意味では当然であった。"虎"は、獲物を前にして"笑う"生き物であるが故に。


あれよあれよと、時に情に訴えるような物言いで、冷静に考えれば汚く脅しているとしか思えないような際どい発言も交えつつ、ディンドリーがパルシーを説き伏せるまで大した時間はかからなかった。


「あぁ、はいはいわかった! 今度『鶏の羽むしり亭』で一番高い果実酒を一杯だ、クソ! そんな顔すんな、こっちが悪い気するだろうが……はいはい、お前に任せますよ。なんかあったら、責任取れよ! そんで、俺が王国総支部に抜擢だ、クソ!」


「――どういう風の吹き回しかしらね。それで、私は貴方と交渉すれば良いわけ?」


「いや、これは申し訳ない、こちらの手違いでお待たせしてしまって。さぁさ、こちらです……お嬢さんがお買上げになる"商品"達はこちらです、ご案内いたしますよ?」


飄々とそう答え、男慣れしていない町娘であれば一発で落とせ(・・・)そうなウィンクを一つ仕掛けるディンドリー。しかし、相手がシーシェとル・ベリでは空回りするのみであるが――そうした"白け"もまた、緊張した場の空気をほぐすためにわざとやったものであるのならば、大した男だろう。


訝しむ奴隷商人達の間をすり抜け、控室の一つにシーシェとル・ベリを案内するディンドリーであった。

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