本編-0094 戦士と竜人、奴隷と半魔人
主命に従い、ソルファイドはナーレフの北関所への通りを足早に進んでいく。
通行証の類や『討伐参加』証については、事前にこうなることを予測していたルクによって手配済みであり、双剣を引っさげ身一つで目的地に赴く様は、上意下達を忠実に再現する武人配下の鑑であるとも言えるかもしれない。
【心眼】によって周囲の"風景"を、視力とは異なる感覚によって頭の中に描き出しながら、両目を眼帯で覆ったままでありながらも、驚くほど自然な所作で道進むソルファイド。そんな彼の異様さと自然さに気づいて目を見張る人間達の、まぶたの動きすら正確に捉えることができる――むしろ両眼を失う以前よりも、己の感覚が研ぎ澄まされていると言えた。
(アシェイリめ、無茶をする気だな?)
ふと、一人の「押しかけ弟子」の直前の様子が脳裏をよぎった。
彼女にとって「大切な人間」である"幼馴染"の侵入経路を探らせるに等しい主からの指令だが、それだけならばまだしも、きっと不意に遭遇してしまった時には感情の暴走の危険がある。一度、それが抜け落ちてしまったソルファイドだからこそ、むしろありありとその様が分かるのだ。
だが、オーマはそうなっても別に構わないという雰囲気を漂わせていた。アシェイリを捨て石にするまでのことは考えていないだろうし、彼女も身一つで逃げるだけの強さは備えているだろうが――。
(不確定要因は早めに、むしろ爆発させてみる。なるほど、それが俺の主殿の人となりであるか)
迷宮領主に、そうなる以前の人生があるというのならば、一体どのような経験をしてきたのか。オーマはそうしたことについては一切を語らず、ル・ベリやルクとふと話題になることもあるのであった。
――と、ソルファイドは反射的に思考を中断した。
それはもはや武人の"本能"とでも言うべきものによってである。
目の前に"壁"が、いや、"巨漢"が立ちはだかったことを察したのだ。
ゆらりと歩みを止め、軽く右の剣【レレイフの吐息】の柄に指を当てながら、ソルファイドが誰何する。
「道を塞ぐお前は何者だ?」
「おお、こいつぁッッ! 驚いたッッ! おめぇよう、目が見えないのに見えてるってぇのかッッッ!?」
まるで耳元で銅鑼でも鳴らされたような、凄まじい音量の「声」であった。
だが、おそらくその"巨漢"にとってはそれがごく自然な声量であろうことを、佇まいや調子などから読み取るソルファイド。
「……なるほど、お前が噂に聞く代官の取り巻きの一人、"巨漢"のデウマリッドか。大きいな、まるで『爛れトロール』のように大きいな」
そして、強い。
声の大きささえ気にしなければ、代官ハイドリィの部下にして守備隊隊長たる男デウマリッドの話し方は非常に社交的だ。
まるで酒場でかつてのワル仲間に出会い、挨拶代わりに拳の一発をくれてやるような、陽気な粗暴さを湛えたものである。
だが、この男にとっての「好意」とはおそらく――闘志と暴威の類だ。
「海」を見たことのないソルファイドであったが、もし見たことがあったならば、その巨大な圧力を"津波"か"高波"のようであると、連想したことだろう。代わりに、ソルファイドは巨漢の"闘志"を、噴火に向けてグツグツと煮えたぎりマグマが倍々化していく火山の熱気に似たものであると受け止めていた。
この敵は、決して侮ることはできない。
ヒュドラの首一つであれば、少なくとも単なる『力』によって対抗し、押さえることができるかもしれない。ただ単に図体が巨漢なだけでなく、その内には凄まじい"密度"の何らかが秘められていることを【心眼】で看破していた。
「良いぞッッ、すごく良いッッ! ――初見でこの俺の内まで見透かしやがるとはッ……なんて奴なんだ、お前はッ!」
デウマリッドもまた、ソルファイドの【心眼】の効果を察したようであった。
力のみによって生きる男などではないことを示す観察眼に、ソルファイドは彼への警戒心をもう一段階引き上げる。
そうこうしているうちに、背に負っていた巨大な鉄の塊とも言うべき金槌をずしんと街道の石畳に叩きつけ、デウマリッドが高らかに名乗る。
「如何にも、俺こそはッ! いと高き氷山の峰に御わす【戦詩と鯨波の海帥】が戦士ッッ! スカンドリッドが子、デウマリッドよッッ! 名乗れ、竜人ッッ」
「名乗ったが最後、お前は喜々とその金槌を俺に振りかぶってくるのだろう?」
「カハハハハッッ! そうだ、お前は俺の好敵手だからなッッ!」
関所にほど近い検問所の辺りまで、ソルファイドは来ていた。
いつの間にか周囲には街道を道行く旅人や、物好きな傭兵に武装商人などの"見物客"が徐々に集まっていた。そのうち、主オーマの名が知れ渡ったことの弊害とも言うべきかは微妙なところだが、その護衛として有名なソルファイドの姿を見つけて、これが『人物鑑定士』による新たな「賭け」のカードであるかなどと言い出す者が現れ臨時の胴元となる始末である。
――どうも、"巨漢"デウマリッドもハイドリィの部下としては有名人であるようだった。町の人々の反応もそうだが、特にナーレフ守備兵と思しき衛兵達は、観衆からさらに距離を取って恐れ半分といった様子でこちらをうかがっている。それだけで、デウマリッドが彼らに普段どのように接しているかわかるというものだ。
「誇り高き戦士デウマリッドよ、俺は『炎の魔獣』を討伐に行かねばならないのだが? お前の主の布告に従う者を邪魔するのか?」
「ぐぬッッ! おのれハイドリィめッッ、余計なことをッッ!」
その"余計なこと"のおかげで、待ち望んだ相手と遭遇できたことまでは考えていないのが、デウマリッドという男の特徴である。
だが、同時に非常に素直な男でもあるらしい。ソルファイドの指摘に激昂するということもなく、なるほどといった顔で腕を組み、挽臼のような唸り声で数十秒ほど悩んだ挙句。
上手い解決策を閃いたようで、右の拳でぽんと左手を叩き、また大喝するようにソルファイドに提案する。
「わかったッッ! 武器無し"技"無し殺し無しッッ、身一つで先に片膝でも地面についた方が負けってのはどうだッッ!?」
「仕方あるまい、俺が勝ったら通らせてもらうぞ? それから、今後俺の邪魔をしないことを約束してもらおうか」
「良いぞッッ!! 俺が勝ったら、お前の名前を教えてもらおうッッ! そして日を改めてからッ! "善き"日を決めてからッッ! 次は本気の全力で死合おうじゃないかッッ!!!」
この時のソルファイドはまだ知らないことであったが、ハイドリィの部下である"巨漢"デウマリッドは、『四兄弟国』からは「北方蛮族」と呼ばれる者達が住まう領域を出身地としている。
自らを【氷海の兵民】と呼ぶ彼らにとって、善き好敵手との闘いの中で戦死することは最大の名誉の一つなのである。そのための「とも」を探し求めて千里を旅し、一時の羽休めとして、特に深い理由もなくハイドリィの元に居座っているのが、デウマリッドが関所街ナーレフにいる理由である。
この手の手合いは――わかりやすいが故に対処がしやすい。
そして、わかりやすいが故に対処が難しい。
観念したソルファイドは、巨大金槌を脇に放り捨てたデウマリッドに倣い、自身も火竜骨の双剣を地面へ。
コキコキと肩の骨を鳴らしながら"巨漢"に向かい合った。
***
冬の中、この日は珍しく小春日和の日差しがやわらかく降り注ぐ。
厳しい寒さも一段落を見せた様子で、市を行く人々の様子も心なしか昨日よりも元気だ。だが、これも御方様の"読み"によれば――季節に影響を与える、などという大それた力を持つ存在『泉の貴婦人』の能力によるものか。
それが能動的なものか、受動的なものであるかも問題ではある。
少なくとも「厳しい冬」に対して『炎の魔獣』が現れたことによって、この小春日和が訪れているとするならば、それは貴婦人の力の大きさを示しているのか、あるいはその逆で、むしろその力が衰えていることを示しているのか。
途中までは道が同じだったルクとの、別れる前にした議論を思い出すル・ベリ。
御方様の読みを受け、改めて「考え直した」らしい彼によれば、なるほど【魔界】の迷宮基準で考えればその通りかもしれないが――やはりここは【人界】であり、特に『長女国』の特殊事情を無視して語ることはできないだろう、と。
(『長女国』の【晶脈】に組み込まれたことへの抵抗、か。なるほど、そういう考え方もあるのか)
ルク曰く、『泉の貴婦人』が【ワルセィレ森泉国】の季節変化を促していたとすれば、それは『長女国』における"災害"への対応と求める結果は同じである、という。だが、征服されて『長女国』に組み込まれたことにより、同じ「対応」でも『長女国』式のものに強制的に変えられてしまったならば――何か不都合が起きているのかもしれない。
季節の不均衡も、属性を持った魔物の発生も、"災害"としては『長女国』ではさほど珍しい話ではないのである。故に、ルクも当初はそう考えていたらしい。
その意味では、御方様の読みが無ければ出てこなかった考察ではあろう。
だが、それにしても……と、ル・ベリはふと足を止めて「空」を見た。
手のひらを目の上にかざして、指の隙間から"白い"太陽と"青い"空を見上げる。
【魔界】の"黒い太陽"とは異なるものであることから、当初も今も違和感は禁じ得なかったが――「陽光」としての暖かみは、どちらも不思議と同質のものに感じられたのだ。
かつての"半ゴブリン"に過ぎない頃の彼であったならば、そうした微細な事柄に、あまり意識をやらなかったことだろう。
(御方様の言うとおり、「魔人」と「人間」には見た目や生態以上の共通点がある……いや、ひいては【魔界】と【人界】の間には、何らかの"因縁"があるということか)
この気付きは、御方様から命じられた"禁域の森"における【人界】の動物達を手なづけていた時に、ふと閃いたものだった。
【魔界】で「獣使い」として培った経験が、ほとんどそのまま【人界】でも通用したのである。
亡き母からル・ベリ自身は【人界】のことをそれほど多く聞いたわけではなかったが――元はゴブリンと魔人との狭間で「己とは何者か」を問い続ける半生を送ってきた。それが【最果て島】のゴブリン達の中で成り上がってやろう、その後"船"を作って母の故郷を探そうなどという強い目的意識の源流ともなった。
だから、奇跡的にも御方様と出会い、その力によって母と同じ"魔人"の姿形を得たは良いものの、その疑問がそこでめでたし終了となるはずも無い。
では【魔人】とは何なのだ? という新たな問いが生まれたのみである。
故に、よもや「空飛ぶ船」などという代物をぶち上げて、島を飛び出して大陸へ渡るという御方様の構想を聞いて、配下の中で最も度肝を抜かれ、心中狂喜したのはル・ベリであった。
(さて、そろそろ俺の"使命"に戻るか)
『泉の貴婦人』について興味は尽きないが、竜人ソルファイドならば上手くやるだろう。ルクにしても、【騙し絵】家の道具への接触を許可されて嬉々としていたため、まぁ大丈夫だろう。
ならば自分は自分に任された仕事をこなすのみである。
そうして意識を、いつの間にか歩みこんでいたナーレフ大市の表通りに戻せば、街行く人々が、露商が、客達が活気ある交渉を繰り広げている。人の合間を縫いながら、ル・ベリは"ついで"に命じられていた物資を購入すべく、品定めを始める。
シーシェとの"待ち合わせ"までには、まだ時間があった。
その時間を有効活用しなければ、優れた配下であるとは言えないだろうと考えてのことであり、ル・ベリは"奴隷市"へ行くのではなく、まずはこちらの仕事を先に終えてしまおうと考えたのである。
防具ではない衣服については、既に迷宮に侵入してきた工作員達のものから、初日に買い替え済み。今回は、近いうちに(ル・ベリらを四方へ派遣し終わったら)一度本拠地――【報いを揺藍する異星窟】――へ戻ることを御方様が示唆したことから、食料などを中心に見ていた。
その他にも「職人達の技術や文明水準」というものが知りたいとの意向を受け、とにかく目についた道具や小道具の類など『それを作った者の実力がわかる』品物を、ル・ベリ自身の関心と判断によって買い集める裁量を与えられている。
(人間から聞いてはいたが……なるほど、【魔石】とはなかなかに便利なものだ)
中でもル・ベリの関心を強く惹きつけたのが【魔道具】と呼ばれる物であった。
【魔石】をある種の動力源として一定の効果を引き起こすのであるが……実物をその目で見てみるまでは、ルクにいくら説明されようとも、具体的にどのような代物であるか、想像が上手くできなかったのだ。
だが、こうして実物を見てみれば、それも一気に解決する。
燃料や火種無しで簡単な明かりを灯すことのできる勾玉。
厳冬でも仄かな暖かさを放ち続ける防寒具として優秀、と称された円筒。
湿気を追い出し、乾燥食品などの保存に有効だという布。
水中でも呼吸を助け通常の倍以上の潜水を可能にするらしい猿ぐつわ。
複雑な鉄の部品が組み合わさり、魔石を装填することで自ら音を鳴らす小箱。
などなど。
……これらはいずれも「粗悪品」であり、所詮は露商で叩き売られる水準のものでしかない。素人なれど【魔素】への適性を種族技能レベルで有する【魔人】ル・ベリの目から見ても、壊れる寸前の不良品や詐欺のような偽物も多かった。
が、それでも、まるで珍しい鳥獣を見つけた時のように、ル・ベリは息を呑み、次々に発見する【魔道具】の類に目を見張る。
特に、【火】と【水】の魔素を交互に利用して強い蒸気を生み出す魔道具を見た時には、一体全体何に使うものかと疑問に思ったものだが――ふと、それが毛の生えた獣達の毛づくろいに役立つのではないかと悟り、実際にそれを"試し"た人間の女達の様子などを見るに及んで、ル・ベリは軽い感銘すら覚えるのだった。
(【魔人】達も、こうした道具の数々を扱っているのだろうか?)
露商ではなく、石造りの建物内に小奇麗な店舗を構えた専門の"工房"であれば、不良品や中古品ではない高品質な【魔道具】を買うこともできただろう――法外な値段と引き換えに。
だが、ル・ベリは意外にも金勘定を誤らない男であった。
然もありなん。鳥獣の世話をし、植物の管理を得意としてきたル・ベリにとって、限りある資源をやりくりすることは経験上理解できていることである。
後は"相場"さえ把握できたならば――より効率良く御方様の指令をこなそうと思えば、動力源たる【魔石】の何倍何十倍もの値のつく「正規品」に手を出すことなど、実に馬鹿らしい。
(……その必要は無いのかもしれんな。【魔人】は人間どもよりも、ずっと魔法を会得しやすい。ルクのような一部の者達のみに限定された"才"などではないか)
つまり、これらも所詮は、魔法を使えない者達が、疑似的にその恩恵にあずかる仮初めの道具という面が強いのかもしれない。
【魔道具】の存在をルクから聞いて、御方様が予想したところ、便利であれ、そうした高級な正規品の【魔道具】は、少なくとも討伐依頼などで少し稼いだ程度の流れ者達が気軽に手を出せるレベルではないことは明白であった。
あくまでも金を持った者達の道楽や贅沢品という括りがあり、その意味では、専門の"工房"に併設された"専門店"に入った時の店員の冷めた対応もまた、正しいものであろう。
(だが、欲しがる者は多い、と。なるほど、それで御方様はあえて【魔石】を、少しずつ出回らせようというのだな?)
御方様は、一度【魔界】に戻った後に、さらに多くの魔石を持ち出すつもりであるようだ。
なるほど、果実が多く実るようになれば、それを食う小動物が栄える。
小動物達が多く繁殖すれば、彼らを狩る肉食の鳥獣が肥えるようになる。御方様の目的の一つが「迷宮に人間達をおびき寄せる」ということから逆算した時、なるほど【魔石】とは、流れ者達に命の危険と引き換えに一財産を作り上げたいと思わせる程度には、魅力的な"果実"であると思われた。
(蜜の甘い木には、天敵がいようとも多くの虫が集まる、ということだな。さすがは御方様)
そんな風に荷物を背負いながら、人間達の活気ある営みに刺激され、目を見張りつつ楽しんでいるル・ベリであったが――。
「随分買い込んでいるわね。貴方は、主の忠実なお使いってわけ?」
ふと横合いから声をかけられて、その方を見る。
そこに、待ち合わせの時間よりも早めに着いたのが同じであったか、全身を覆う外套にすっぽりと身を包んだシーシェがいた。
「なんだ、貴様か。全く"臭い"が違うから気づかなかったぞ?」
ル・ベリは素直な感想を述べた後、ルクや御方様から聞かされた『娼婦の生態』を頭の中で反芻して、あぁ、つまりこの日は彼女は娼婦としての「仕事」は無いのだな、と理解した。
男を惑わすような扇情的な格好ではなく、道を行く旅人の女性などと同じような、実用的で機能的な動きやすい衣装に身を包んでいる。地味で質素な格好であり、少なくとも以前ルクと共に接触した時の娼婦然とした派手な出で立ちからすれば、同一人物であると信じる者はいないかもしれない。
無論、ル・ベリにとってそんなことはさしたる興味の対象ではなかったが。
その態度は、シーシェにも伝わったようである。
「貴方みたいな男は初めて。きっと、道行く人々だって、その背嚢の中の生肉や干し肉と同じように見ているのでしょうね?」
連れ立って歩き始める二人。
目的地は裏通りの"奴隷市"であり、この日の「競り」までまだ時間があったための早い遭遇である。
ル・ベリはシーシェの嫌味に対して、彼にとってはごく当然の疑問をぶつけ返す。
「それは"奴隷"も同じだろう? 異種族、異人種を食い物にするのはまだわかる……それが"在り様"ならばな。ルクによれば、そのようなことをする"虫"もいるらしいが、お前達は同じ種族ですら『商品』にしている――いつ立場が逆転するとも知らずに」
「そんなことを言う貴方は、奴隷商人に向いてそうよね。でも、それだけ強そうなら【奴隷狩り】向きかも。でも、世間知らず。未開の蛮族じゃあるまいし、動物的な"平等"さなんかで、この国の社会を語るなんて絶対に無理よ」
「魔法貴族どものことか」
「……別にそれだけじゃないけど。まぁ、いいわ。ところで――ねぇ、あのルクっていう仮面の男。彼はひょっとして、"雲上人"様の係累か何かなんじゃないの?」
ここでル・ベリは即答を控えた。シーシェが、子を守る母の強さの宿った"目"をしていると同時に、何かよくわからない"弱さ"を秘めた目の、その弱い方の目で問うてきたのだと気づいたからだ。
「この世の地獄を見てきたという目をしているな? 残念だが、俺も同じだ。そしてルクもだ――それを知ったところで、お前の役に立つことは無い」
突き放すような物言いであったが、シーシェの中の何事かを刺激したのか、彼女の"強い方"の気配がわずかばかり勢いを増した。ややムッとした表情でル・ベリを見上げるシーシェ。
「それなら、なぜ貴方は今日ここへ来たの」
「御方様の命に従い、お前と取引をするためだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そう、そろそろ着くわよ。なら、せいぜいお手伝いしてもらわないと」
そうして、二人は"裏通り"でありながら"表通り"と変わらぬほどの熱気がこもった「市場」へとたどり着く。まだ"商品"が登場しておらず、その到着を今か今かと待ちわびる客達は、見れば様々な身分の者達がいる様子であった。
そう。活気は活気があったが――何と言うべきか。
ねっとりとした、鳥獣にはまず存在しない、それこそ【魔人】や「人間」の類だけが持つような、言わば下卑た情念が垣間見える"嫌な"感じのする活気である。
それもまた知性持つ種族の業であると考えて、ル・ベリはただ顔を不愉快そうに顰めるのみ。そしてその様子を、ただ横目にシーシェが観察するのみ。




