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本編-0093 人物鑑定士と季節移ろう災い

9/30 …… 『長女国』と吸血鬼の関係にかかる描写を追加


   ***


~~『木陰の白馬亭』女店主ベネリーの追憶より


「ママ、どうして"きふじん"様には、()をあげないといけないの?」


「それはね、貴婦人様があなたの健康を守ってくれる御方だからよ。血を通して、病気になりそうだったら、貴婦人様が"水"を通して知らせてくれたからなのよ」


「パパ、どうして"きふじん"様には、なみだ(・・・)もあげないといけないの?」


「それはなぁ、貴婦人様がお前の心を守ってくれる御方だからだよ。悲しい時や苦しい時には、貴婦人様は"風"を送って、きっとお前のことを慰めてくれる」


「そっかぁ、きふじん様は、みんなのことを守ってくれるおかたなんだぁ……」


「冬がいつまでも寒くないのは、貴婦人様の使いの"燃える蝶々"のおかげなんだ」


「夏がいつまでも暑くないのは、貴婦人様の使いの"あられウサギ"のおかげなの」


「うん! そこはおぼえてるよ! 秋のおわりには"風乗りキツツキ"さんが枯れ葉を吹きちらして、春のおわりには"のんびりモグラ"さんが土をたがやしてくれるんだよね?」


「よく覚えているなぁ、良い子だ。きっとお前には、貴婦人様の恵みがあるぞぉ」


「よく覚えているわね、良い子よ。貴婦人様の誉れを、いつでも忘れちゃだめよ」

『ナーレフ近郊に"炎の魔獣"出没す。

街道の往来は危険となり、関所を閉鎖して災難の過ぎ去るを待つのみ。

然れども、長き冬にて糧食少なく、商隊を迎えられねば我らは餓え果てる。

求む、勇備えし心ある者。

"炎の魔獣"を見事討ちし者には、金貨3枚と、魔獣の死骸に関する一切の権利。』


代官邸からナーレフ全体にこのような布告が出されたものの、事態が切迫しているわけでもない――諸勢力の多くはそう考えた。

何故ならば、本当に憂慮すべき魔獣の出現であれば、それは『長女国(この国)』においては"災害"であり、少なくとも守備隊の内にいる『魔法兵部隊』が動く事案だからである。十分な武力を持たない不運な旅人や中小商隊への被害は増すだろうが、布告に言うほど、関所街全体が停滞するほどの危機ではない。


だから、ある者は、それが「迷宮開放令」を受けてナーレフを探索拠点にしようというハイドリィの"仕込み"であると考えた。

また、ある者は、単に『森の兄弟団』の襲撃を恐れてハイドリィが武力の行使を惜しみ、金で解決しようとしていると解釈した。

他にも、ある者は、『長女国』でありがちな"謀略の獣"同士の陰湿な暗闘の一環として、他所から魔獣が送り込まれたのだと理解した。


だが――貧民窟(スラム)に近い裏通りと表通りの境目にある酒場『木陰の白馬亭』を拠点とし、亡国の住民に対しても地道な情報収集を行っていた『酒場の人物鑑定士』オーマは、異なる感想を持っていた。


「……ワルセィレの統治形態は、祭祀階級による集団指導体制で、その結束の中心は泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)と呼ばれる存在への信仰心。ただし、祭祀達は住民の持ち回りで、別に固定的な身分じゃない。相当に"平等"な集落国家だったようだな?」


「その通りみたいですね。そして、核となる『泉の貴婦人』という存在ですが、人ではないようです。住民の伝承によれば、人ではなく、森の奥の泉に住まう神性で……様々な"恵み"をもたらしてきたとか」


「御方様、その貴婦人とやらは実在するのですか?」


「恵みってやつが――そうだな、少々ショボいことを除けば、少なくとも何かの力ある(・・・)存在がいるのはほぼ確定だ」


『森の兄弟団』の"幹部"であるベネリーの人脈を通して、しかし彼女自身には悟られないように、少しずつ旧ワルセィレ住民への接触を増やして聞き取り調査を重ねた結果、この『泉の貴婦人』なる存在について以下のことがわかっている。


1.見た目

見たことがある者はほとんどいない。しかし、その住まう「泉」については行ったことのある者が多く、ベネリーもその一人。

わずかに伝わる伝承では、人のような姿をしているとも、泉に潜む大魚のような姿をしているとも言う。


2.住民との特殊な"絆"の存在

ハイドリィの移動制限によって、現在では関所外の『森の兄弟団』構成員達しか行えていないが、旧ワルセィレ住民の伝統で、必ず『泉の貴婦人』との間でとりかわす契り(・・)が存在する。

ある一定の年齢になった子供を両親が"泉"まで連れ、そこで貴婦人の「誉れ」を謳いながら――血と涙を捧げるのである。


3.与えられる恵み

『契り』によって泉の貴婦人との絆を結んだワルセィレ住民は、病にかかりにくくなったり、運が良くなったり――あまりにも"ささやか"過ぎる効果であるため、オーマにはそれが「プラシーボ効果」か否かを判断しにくかったが、概ね善いことがあるようである。

住民にとっては、それは泉の貴婦人への信仰心の根源となっている。


オーマは、これについては当初魔人やオゼニク人の技能テーブルにある『神々の加護』系の技能を連想したが――対応する技能の取得形跡も無し。

ル・ベリなどと比較しても、やはり『泉の貴婦人』による"恵み"は曖昧で微妙に過ぎるため、オーマは自分の中で即座に「貴婦人=神の一柱」説を否定している。


4.特異な権能の存在~季節の(つかさ)

個々人に与える恵みは細やかであるが――伝承においては、泉の貴婦人は大きな力を持つようにも読み取れる部分が存在する。それは、春夏秋冬に対応した『季節の移ろい』を促すかのような(・・・・・)力を持った"使い"達の存在である。

いずれも小動物や啓蟄の類がベースの「魔獣」であるが……旧住民への聞き取りでも、その生物の種類や、司るとされる属性については住民によって証言にズレがあり、一致しなかった。

が、4季節と対応し、季節が移ろう時に『泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)』の使いとして現れるという展開ではいずれも一致していたのであった。


「……今回の『炎の魔獣』事件が無ければ、まぁよくある秘境の神秘的な伝承か神話の類と済ませてたんだがな」


「――何か引っかかるんですか? おだ、お外道さん」


「可能性その2、正体は独特特異な力を持つ人間の……魔法使いだか、聖人だか、加護者だかなんだか、とにかくあくまで人間って線」


「あの、可能性その1は?」


「生まれる前に流産したのだよ」


「?」


可能性その1は"イコール『神の一柱』"である。泉の貴婦人の能力が、ささやか過ぎるものであることから、切って良いと判断されたのは先に述べた通りである。

ただし、独自の秘匿魔法技術を持つ【魔導侯】や、神そのものではなくともその『加護者』達という可能性は想定できる。


だが、ワルセィレの歴史は百年以上はあるとされており(明確な起源は不明)、あまり人間に限定するのは無理がある。

そうすると次の可能性が生じるが――。


「あるいは魔物ですかね。年を経て知恵もつけて、人間を利用することを覚えた狡猾なもの……稀にそのような存在も発生しないわけではありません」


「俺もかつて同胞(はらから)達と共に討伐したことがある、そのような強大な魔物を」


「そうだ、そいつが可能性その3だな……魔物である以上は元となる生物があるはずだが、だったら他にも"同種"がいてもおかしくはないか?」


「そうですな――人間と協調的な関係を築いておきながら、元の同種は滅ぼしてしまったというのも、魔物と仮定すれば違和感は感じます、御方様。そのようなことをするのは、それこそ、人間や魔人(・・・・・)といった類かと……」


泉の貴婦人=魔物説の難点が、鳥獣の専門家たるル・ベリの発言に端的に表れている。いくら現在が知恵を持つ「ヌシ」的な存在であろうとも、瘴気にあてられて魔物となった存在ならば、元々は必ずなんらかの"本能持つ"生物であったはず。

知恵を手に入れてから同種を滅ぼしたとするのは、ワルセィレの民達と協調的な関係を築いたという『泉の貴婦人』の行動とは、ただちには結びつけ辛い。

故に、ならばこうだ、ならばどうだ、ならばああだ、と特殊な条件を想定の中に積み重ねるよりは――。


「シンプルに考えましょうよ、皆さん。瘴気にあてられたタイプの魔物ではなくて、"裂け目"から這い出したタイプの――つまり『迷宮の眷属』たる魔物では? それならば、特異で奇妙な力も説明がつく。オーマ様を見てれば分かると思いますが、何でもアリ(・・・・・)じゃないですか」


ルクの発言を受け、思案しつつも主オーマを見る皆であったが――当のオーマ自身は、人差し指を立て、指ではなく手首自体を左右に揺らすように「チッチッチッ」と舌打ちをした。


「惜しいぞ、青年。そこまで可能性の幅を広げるんだったら――可能性その4だ、泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)迷宮領主(ダンジョンマスター)それ自体の可能性がある」


閉口するルクを眺めつつ、口の端を歪め眉を片方だけひょいとあげた流し目で、再び酒場の外の方を見やるオーマ。


「……血は"命素"、涙は"魔素"ってところか。【人界(ここ)】には【魔界(あそこ)】みたいに大気中にそいつらが漂っていないから、回収する仕組みとしての"契り"だって見方もできる。そんで【季節使い】だか【気候使い】だかの力を使ってる――なぁんて説明もできないわけじゃない」


オーマの中で引っかかっていた"違和感"こそが、これであった。

「命素(血)」と「魔素(涙)」を媒介にした、一つの特異なる中心的存在と、それを取り巻く無数の者達、そして彼らを取り巻く一定の領域においてのみ適用されている、独特なルールと法則の存在。


『泉の貴婦人』が【迷宮領主(ダンジョンマスター)】ならば、様々な魔法属性を備えた"使い"たる小動物たちもまた『眷属』であり、また旧ワルセィレの民達は『配下』か『眷属』か。それに【ワルセィレ森泉】国の一帯を覆う独特な"季節移り"という環境変化のルールは【領域】を思わせる。

……こう考えると、泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)の能力の"微妙さ"が――むしろ【人界】における迷宮領主(ダンジョンマスター)的能力に対する全般的な「制約」によるものと見えなくもない。


【御霊】のリュグルソゥム家の歴史と知識を受け継ぐルクではあるが、【魔界】の知識を持ち自ら迷宮領主として試行錯誤してきたオーマのこの"気づき"には、さすがに及ばなかったわけである。


「そうすると、主殿。今(ちまた)を騒がせている『炎の魔獣』というのは、まさか」


「"小動物"なんかじゃ無さそうだってことを除けば、貴婦人サマが招いた、ちょっと暴力的な『使い』だ――って解釈も成り立たないかね? 我が愉快で痛快な配下諸君よ」


   ***


当初俺は、密輸組織『老い馬叩き』を迷宮探索に挑戦させる方向で動いていた。それも『鉄の渓谷』へ挑んだ――と見せかけて異星窟(俺の迷宮)に招き入れて、情報を絞り取りつつ、より使い勝手の良い"駒"に仕立てるつもりでいたのである。

ルクから、単に寄生小虫(パラサイト)を仕込んだだけの人間では、探知魔法や治癒魔法なんかで一発で正体がバレかねない、と口酸っぱく言われていたからな。


だが、蓋を開けてみれば『老い馬叩き』は速攻で逮捕殲滅され、ほぼ同時なタイミングでこの『炎の魔獣』騒ぎと、計ったかのような布告である。


どうにも"臭い"。

逃げ延びて浮浪者に身をやつした『老い馬叩き』の元構成員から得た情報によれば、どうも何か「大事な取引」を『森の兄弟団』に台無しにされたらしかった。だが、こいつはサボり癖のあるどうしようもない下っ端であったから難を逃れたようなもので、気づいた時には、主要な構成員やいくつかの取引相手がまとめて逮捕されており、数名はその日のうちに絞首台を軋ませていたのだから、仕組まれていたと考えないほうが無理というものだ。


だから俺はこう考えた。

『森の兄弟団』と『鼠捕り隊』かハイドリィ自身が、繋がっているパターンもあり得るのではないか、とな。

いや、考えるだにその可能性は非常に高い。


……まぁ、ある意味ではよくある話(・・・・・)か。

支配者側が裏で反抗組織を支配しており、マッチポンプを仕掛けていることなど。

無論、末端の構成員全員までがそれを知るわけはないだろう。旧ワルセィレの住民の『泉の貴婦人』への尊敬の念は本物であり、それを困難にしたハイドリィを憎んでいるのは確かだろう。


だが――むしろ、この方が(・・・・)つけ込みやすいんじゃないだろうかな?

ハイドリィと『森の兄弟団』が、心の底から信頼しあって共通の目標のために協力している、だなんてことはまず有り得ないだろうよ。このマッチポンプというのは、要するに、当面は互いに利害が一致して利用しあっている関係に過ぎない。

すなわち、その「一致している利害」という状況が変われば、後は一気にもつれ合っていくだけだ。


なら、今の俺にできるのは――さらに大胆な手を打ってやることか。


ただまぁ……ハイドリィの苦心の"調整"をぶち壊す、という路線を放棄することになるがな。下手な揺さぶりをかけても、また今回と同じようにカタを付けられてしまう可能性が高い。

関所街ナーレフを巡る各勢力の思惑の交錯を、俺はどうも、単なる『政治闘争』として捉えすぎているのかもしれない……という気づきがその根拠。


いや、なに。

『炎の魔獣』事件を受けて、気づいたことがあるんだよ。

まず、それを確認しなければ本質を見失うだろう。


■ソルファイドへの指示


「というわけで、【近衛隊長】ソルファイド君、ちょっと行って確かめて(・・・・)きてくれないかな?」


我ながら、まるで夕食の買い出しでも頼むかのような気軽さで命じたもんだが、目的は『討伐』それ自体ではない。この数日間で、既に様々な者達が討伐に挑戦しては敗残してきており、連中からちょいと"情報収集"をしたところ、『炎の魔獣』の素性自体は、かなり正確なものが分かっていた。


街道を踏み焼いて疾駆する炎の(ひづめ)

風に波打つ燃ゆるの(たてがみ)

血のような冷たい赤さとは対極にある、煌々灼熱たる紅蓮の(まなこ)


それは【焔眼馬(イェン=イェン)】という名の【黄金の馬蹄(ミュン=セン)帝国】の"騎獣"の一つ(・・)であるらしい。

炎でできた馬のくせに大草原を駆け回る生きた野焼き装置であり、東方領域でも"災い"扱いされている存在だが、『長兄国』が数次にわたる【大東征】の過程で蒐集した騎獣であるとのこと。


……『長兄国』と因縁浅からぬソルファイド自身も、里の防衛戦や絶望の流浪戦において、何度か戦ったことがある様子で、具体的な姿や特徴なんかについてはルクの知識よりもずっと詳しかった。ただし、里の陥落と「魔界落ち」に伴い、これ以上の情報については、得る機会を逸していたわけだが。


よもやそのような存在とこんなところで再会する機会が訪れようとは……というような表情をしているな?

だが、そこに怒りや悲しみの色合いは抜け落ちている。ただ、かつてはそれがあった(・・・・・・)記憶は残滓のようになっているのか、まるでル・ベリのように顔をしかめているだけであった……【竜の憤怒】の後遺症ってところだろうな。


とまぁ、話を戻そう。

ソルファイドを派遣するのは、単純に「炎」への高い耐性があることと、上記の通り【焔眼馬】との"戦い方"を知っているため、ほぼ無傷で生還すると見込めるためである。アシェイリとの師弟コンビで送り込もうとも考えたのだが……彼女には、ちと別件(・・)を命じる予定。

むしろソルファイド一人の方が、万が一の時の離脱も容易であろう。


――確かに『報酬』として死骸の一つも得られるならば、面白い「因子」が得られそうではある。ソルファイドに聞く限り、この燃える馬には、少々特徴的な能力が備わっているようだから、な。

討伐に向かったチャレンジャー達がことごとく敗残したのも、それが原因だろう。


ただまぁ、これは副目標に過ぎない。

あくまで、この『炎の魔獣』が泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)の使いなのかどうかを見定めて、彼女がどれだけの力を持つ存在であるかを確認することこそが本質。

――俺がかつて「前いた異世界」と異なり、魔法があり呪詛があり神威がある世界なのだ。泉の貴婦人の"実力と性質"の真偽次第じゃあ、この『森の兄弟団』を巡るハイドリィの弾圧劇は、単なる政治的闘争とは全く見え方が違ってくるだろう。


まとめ。

ソルファイドには【焔眼馬】を観察させ、『泉の貴婦人』の真贋を測る。

合わせて、ハイドリィと『森の兄弟団』が裏でどう関わっているかについても、文化や歴史の面から考察する材料が得られれば御の字だ。


もしも『泉の貴婦人』が、俺の予想通りの存在(ダンジョンマスター)だった場合。

どうせ【魔界】へ帰る一時帰宅するのだ、再度【人界】へ出る時に――もっとわかりやすいアプローチだって採れる、そうだろう? 迷宮領主(ダンジョンマスター)同士の接触がどういう形を取るのか、俺は既に経験しているのだから、な。


■アシェイリへの指示


「さて、それから腹ペコ吸血少女のアシェイリ君。ここで一つ、耳寄りな情報だ」


「待ってくださいオーマ様、それ今言う気ですか?」


「ちょっと黙ってて、お仮面さん――お外道さん、それってまさか」


「おっと、おっと。その今にも椅子を蹴倒しして暴風のように酒場からロケットダッシュスタート決めようとする姿勢を改めろ、落ち着け落ち着け。焦る者は『使命』も達成できない、違うか? まずは話を聞いておけ」


うむぅ、と妙な唸り声を上げてアシェイリが居住まいを正す。

そして俺は、伝えてやった。大市通りにほど近い食事場所が立ち並ぶ区画に、怪しい「肉屋」が一軒存在することを。


――別に【情報閲覧】によってアシェイリに続く【吸血鬼(隷属種)】を見つけたとかいうわけでもない。いや、職業が【暗殺者】な輩は稀に存在していて街でも数名ほど見つけたが、幼馴染のユール君と思しき者は見当たらず。

まぁ、それも当然で、この国では数十年前には宿敵たる吸血鬼達のアスラヒム王国による暗殺の嵐が吹き荒れた。さすがに護りの堅い【魔導侯】家は多少(・・)の犠牲で済んだようだが――というかそれすらも日頃の謀略(内ゲバ)に利用する逞しさだったらしいが、『晶脈』管理の実働を担う中下級の貴族連中に狙いが移ったことで事態が悪化したらしい。


単純な話で、現場の作業監督がぶっ殺されてしまうと、本社の偉いさんが現場に出なければならず危険だし、後任選びもすぐにできるものでもなかろう。

ルク曰く、結構な危機に陥りかけたようで、そこで、例の【聖戦】のラムゥダーイン家の秘技術を駆使した対吸血鬼専用(・・・・・・)の探知魔法が提供されて、なんとか事態を収拾できたとのことである。


――だが、ルクの解説に曰く。

この【腐れ血の帳簿】という『生命』属性探知魔法には欠点がある。極限まで"(かつ)え渇き"の状態にある吸血鬼だけは、あぶり出すことができないのだ。


「それだけ急造で乱暴な術式……でもあの時代は、至る所に吸血鬼が潜んでいたようですから、結構効果はあったようですよ? まぁ、【聖戦】家だって自分達の秘技術を全て明かすわけにはいかなかったでしょうし」


それに加えて、【紋章】家が『紋章石』によって"再現"したこの探知魔法は更なる欠陥を抱えることになってしまった――てのは前にも考察した通りだが。

あの時は、その程度の対策で済ませているロンドール家が、こんなところに吸血鬼なんて来るはずがないさ! とタカをくくっていると考えるのも一つの見方だと思ったんだがな。


――最近、ルクの指摘を受けてその考えが少し変わった。

あるいは、最初から"吸血鬼と内通"しており、吸血鬼対策はそちらに任せるという方法を採っている……というのも一つの見方もあるんじゃないかってな。


この可能性を意識しているからこそ、ルクにとって、アシェイリの幼馴染ユールという吸血鬼は、【魔導侯】達の思惑やリュグルソゥム家虐殺事件の真実を探る上で、全く無視することができない人物であると認定されているわけである。吸血鬼ユールはリュグルソゥム家の非常時の「転移脱出先」に用事があった可能性が高いことを、忘れてはいけない。


だから、アシェイリの暴走によって警戒され肝心のユール自身が完全に身を潜めてしまっては困る、というのが本音だというわけだ。


「……それで、お外道さん。結局、お肉屋さんの何が耳寄りっていうんです?」


おぉ、そうだった。話が脱線したな。

俺は別にユール君本人を見つけたわけではなかったんだが――。


「その肉屋が怪しい。こいつらがユール君の"内通者"候補だと俺は考える」


女将ベネリーの店を始めとしたいくつかの酒場と、何より代官邸にも卸すルートを持っている老舗、という時点で既に怪しい。だが、その上従業員達の職業に【密輸人】とか【偵察員】とか並んでいる挙句、技能には【屠殺術】とか【擬装術】なんかがあるんじゃなぁ。

『森の兄弟団』の関係者かとも思ったが、調べてみると、どちらかというと『鼠捕り隊』との繋がりの方が大きいようにも見えた。

それで、寄生小虫(パラサイト)入りの"ネズミ"を放っていろいろと盗み聞きしたところ。


「内臓だけをくり抜かれて、まるで人一人入れる(・・・・・・)ように『加工』された、豚や牛の死体がかなりの数あった……さて。血抜きもしない牛豚型の容れ物で、こいつらは、何を偽装して何を運んでいたんだろうな?」


「まともな工作員なら潜入任務では協力者を作るのが定石。その上、生命力の強い吸血鬼なわけですから、そんな場所(・・・・・)に長時間押し込められても死にはしない――というか、肉屋周辺と彼らが使う代官邸の裏玄関のルートに、【腐れ血の帳簿】の『紋章』はありませんでしたよ。私の中でも、その肉屋は限りなく黒です」


勃興著しい街ナーレフでは、集まる人口の胃袋を満たすために、日々数多の食材が運び込まれている。"魔法"による防腐技術みたいなものも発達しており――家畜の肉だって、数頭単位が荷車で運ばれてくる。

『森の兄弟団』だけでなく『鼠捕り隊』も一枚噛んだ密輸組織ならば――禁制品を屠殺した家畜の腹の中に隠すだけでなく、人間だって運ぶことは造作もなかろう。


「……確かに、【血の渇き】に耐えに耐えて"薄く"なった臭いなら、おまけに獣の血にまみれた状態なら、私達の『鼻』でも捉えきれないのかも」


「自分達の種族のことなのに、詳しくないんだな。捨て駒だからか、哀れだな。アシェイリさん、【腐れ血の帳簿】は生きた吸血鬼を実験材料にして開発された魔法なんだよ。吸血鬼達自身の"判別法"を再現してるんだから……弱点だって同じものになるに決まってるのさ」


つまらなさそうに述べるルクと、息を呑み言葉を失うアシェイリ。

そしてこれが【腐れ血の帳簿(紋章劣化Ver)】の、いくつも存在する追加の欠陥の一つというわけである。人間以外の野獣の血を全身に浴びた状態でも、なんと探知魔法としての機能を果たさなくなってしまうのだという。

いい加減な技術だなぁ、と呆れるところだが……ルク曰く「魔法だってピンきりなんですから、こんなものですよ」らしい。まぁ、別にいいけど。


「そんな情報を、どうして貴方が知ってるの?」


「叔父さんが【聖戦】家から"買った"どうでも良い情報だ、こんなところで裏が取れるなんて、人生何があるかわからない……はぁ」


まぁ、なんと言うべきか。

人間の側も手段なんか選んじゃないなぁ。

吸血鬼――を含めた「西方の亜人」全体に対して、狂信的なまでの敵対心を持つ【聖戦】家だからこそ開発できた、というのもあるんだろうが。ただし劣化模造である『紋章石Ver』は除く。


「……はい、イジメはそこまでだ。というわけで、アシェイリ。重ねて述べるが『今ここで無茶をしたら俺達にも迷惑がかかって、そもそもお前はこの街にいられなくなる、逃亡者になるんだ。そうしたらユールを探すどころか、大切な"使命"だって達成が困難になる』、そうだろう? 我慢に我慢を重ねて、まずはただ"確認"するだけにしておけよ?」


「そのつもりです、心配しないで、お外道さん」


さて、口ではそう言っていても、実際にはどうなるだろうかな。

ただ、暴走の可能性込みでも――魔法使い(宿敵)俺とかル・ベリとか(どこぞの馬の骨)が対峙するよりは、アシェイリという知己が接触するのがずっと良いと俺は考えていた。

この国では素性のバレた吸血鬼がどうなるかを考えれば、十中八九、存在を見破られたことそれ自体に強烈な警戒心を抱かれるだろうよ。だから、それが古い幼馴染だというアシェイリならば、仮に衝突しても「次」に繋げることができる。


予想外にもユール君はアシェイリに接触してくる様子が無かったわけだが、そこはミスったな、単独行動をもう少しさせておくべきだったかもしれない。

だが……だって、こんなにも人間臭い(・・・・)吸血少女と因縁を持った吸血少年なんだから、な。俺の予想を越えて、アシェイリがユール君をひっ捕らえて帰ってくれば、それでも良しとしよう。


ふむ。

アシェイリへの指示はこれで良いだろう。


■ル・ベリへの指示


「それから、ル・ベリ。例の高級娼婦、確か"シーシェ"だったか? 彼女の『問題を解決(・・・・・)』してやろうじゃあないか」


「御方様。つまり私は――人間が人間を売る"奴隷市"とかいう、不可解で滑稽な場所へ赴けば良いというわけですな?」


素晴らしい。

何をすれば良いか、的確に理解しているならば、指示の手間が省けて助かるというものだ。ル・ベリも成長していっているなぁ、ありがたいことだとも。


……どうにもシーシェ嬢は『奴隷連ナーレフ支部』と、ちょっとした"トラブル"を抱えているようでな。【奴隷連】自体は、ユール君とは違った意味での外国勢力であるが、別に『長女国』に敵対しているわけではない。故にシーシェの"問題"を観察し、場合によっては利用するなり解決するなりして接触を持つことができよう。彼らを俺の側に取り込む……のは無理でも、最低限ハイドリィから今以上に距離を取らせれば良しというところ。


その踏み台として、シーシェにご執心である代官側近の一人"痩身"のサーグトルを罠にかけるネタを探す。単に排除するだけならば"闇討ち"も一つの手だが、ナーレフを巡る一連の事件は「政治闘争」が本質ではない可能性が高い。

だが、同時に「政治闘争」それ自体は存在しており、そこを踏まえれば、ハイドリィ政権に打撃を与えるのは揺さぶりとしては有効打だろうさ。


■ルクへの指示


「次はルク。貧民窟(スラム)の『救貧院』を押さえろ、やり方は任せるし、時間はいくらかかっても構わない。他を中断してでもそっちに集中してくれ――意味は、わかるな?」


「ハイドリィを打倒する方向に舵を切る、ということですか?」


「まだ未定だ。が、少なくとも奴の力を削ぐ。ここ一番の大事なところで、判断を狂わせてやる要素を用意しておきたい」


ハイドリィは自信家で野心家だが、相応に能力の高い男でもある。

奴の目を欺くために、俺は今まで通り(・・・・・)の『人物鑑定士』家業を続ける。

――その裏で、ここぞというタイミングで有能な代官殿の判断を狂わせ、誤らせる要素が欲しい。当初は『老い馬叩き』を利用する段取りだったわけだが……それが駄目ならば、ハイドリィにとって「手を出しにくい」相手にするまでである。


だから、俺がルクに"約束"したことも踏まえれば、標的は『人さらい教団ナーレフ支部』かな。【騙し絵】家の手足役でありながら、最低限の監視役しか置いていないナーレフ支部に、どうやって幹部クラスをおびき寄せるか……まぁ、そこはルクが上手くやってくれるだろうよ。

ル・ベリを使ってサーグトルを罠にかけて、そうだな、その黒幕が【騙し絵】家なんかだと誤認させられればいろいろとスムーズに行くかもしれない。


そして利用するだけ利用したら――人さらい教団の幹部は、ちょっと【抽出臓】に放り込んでみたいのだが、これはまた実現できた時に述べるとしようか。オマケみたいなものだし。

……あぁ、無論その前に情報は取る。桃は確実に割る。

あの工作員の女ツェリマの決死の脱出以降、ナーレフ近郊にあるはずの"禁域"の森、つまり俺の迷宮に対して、【騙し絵】家があれ以降何らかの積極的な動きを取ってきていない。そのことの意味まで探れたならば最高なんだが、さすがにたかが手足役の幹部にそんな情報を持っていることまで求めるのは、高望みかね。


「悪い手では無いと思いますけど……もう一つぐらいピースが欲しいですね。ハイドリィを倒す、ハイドリィを激発させる、どの道をとっても【紋章】侯の直接介入の危険がありますよ、オーマ様」


「そこは、まぁお前達の成果に期待というところかな――さぁ、散れ、愉快な配下達。皆からの*善い*報告を、俺は期待しているぞ?」

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