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本編-0088 関所街の昼と夜~仕上げ編①

9/30 …… 『長女国』と吸血鬼の関係にかかる描写を追加

【盟約暦519年・鳴き鹿の月(2月)・第14の日】

【~転移122日目】


二手に分かれ、それぞれで"情報"を収集しつつ、さらに【構想】のための小さな一歩につながる"仕込み"を一応なりにも一段落させてから、俺はル・ベリ&ルクと合流した。

場所は裏通りと表通りの狭間で見つけた『白馬の木陰亭』という、豚肉の煮込みが美味である酒場だ。ベネリーという名の人望ある女店主がおり、様々な――本当に様々な層(・)の客が訪れる。

暴力的な一触即発さも漂う"ならず者"達の領域にある店ながらも、男どもを上手く立てたり、あるいは酒で潰したりと、ベネリーは細腕ながら母親的なカリスマ性で以って酒場を切り回していた。


その中で、部屋の角の方の丸机を配下達と占領し、数日間の成果や、今後の方針について打ち合わせつつ、俺は酒場で適度に騒ぐ客達を観察していた。


「はふっ! はふっ! がつっ! ごきゅっ!」


約1名、ひたすら食っている怪力娘がいる気がするが、気にしない。

……別に腹ペコ成長期というわけではなくて、これも故(ゆえ)あってのことだというのは、検問突破の時にもおさらいしたことであったか。

アシェイリは吸血鬼としての"渇き"を長いこと『我慢』しており、それを誤魔化すために、ひたすら食いまくっているのである。俺の【情報閲覧】では、それが【状態】として「飢餓(極限)」として表現されているが――面白いものだ。


こんだけ鯨飲馬食して、見た目は血色が回復しているというのに、飢餓状態が全く変わらない(・・・・・・・)のである。


本人やルク曰く、吸血鬼は、絶対に「人の血」を啜らなければならない。

一応、人間と同じ普通の食事でも栄養を多少得ることはできるようだが――苦痛を伴う延命措置に過ぎず、長期に渡って血を啜れなければ……文字通り身体が"崩壊"していくのだという。

だが、一方で、一度(ひとたび)人の生き血を啜ることができれば、それだけで数週間は保(も)つというわけだから、ある意味じゃエコな身体構造だってわけだ。


ただ、アシェイリはいくつかの理由から、限界まで吸血を我慢してきた。

一つは、【聖戦】家の対吸血鬼部隊に目をつけられ、追われ隠れいずれ狩り出される生活となるのを嫌ったことだ。襲い来る悪漢を叩きのめしはしても……万が一にも"食う"様子を人に見られたらどうなることか。


「吸血鬼達目線では、かつての私達【御霊】家と【聖戦】家が一番の脅威でしょうね。前者は"精神"から、後者は"肉体"から、連中の正体を看破来るんですから」


その後のルクの根気強い聞き取りもあって、確かに、アシェイリ自身は【腐れ血の帳簿】とかいう【聖戦】家の探知魔法の"弱点"は本当に知らなかったようだ。

だが、もう一つの理由――吸血鬼同士が互いの"血の臭い"を嗅ぎ当てることができる、ということは知っていたが故に、というかその「技」を里で教練されており、同じ技を持つであろう幼馴染ユールにバレないように捜索する一心で、限界まで我慢を重ねてきたとのことであった。


それはそれで、大した精神力……だが、なに。

我慢させてやるのも、今日までだ。


なにせ、この街では――【紋章】のディエスト家の勢力下であるこの街では、彼らのお家芸である『紋章』魔法陣によって低コスト再現された形でしか探知魔法が配置されていないのだから。それも最低限の要所に配置されているのみである。

これが仮に【聖戦】家の"亜人殺し専門"の魔法使いが派遣されているなら話は別であったろうが、よもや「吸血鬼」がこんなところにまで忍び込んでくるまい……という平和ボケの現れなのかもな。数十年前には魔法貴族達に対する暗殺の嵐が吹き荒れたともいうが、その分、新技術に頼って腑抜けてしまうというのもよくある話だろう。


そして、だ。

どうも、この『紋章』による魔法は、ルク曰く【聖戦】家の秘技術である『生命』属性とは相性が悪いらしく、更なる欠陥が追加されてしまっているらしい。

なんともまぁ間抜けな話だが、【腐れ血の帳簿(劣化)】の効果範囲内に吸血鬼と他の人間(亜人含む)が同時に存在する場合でも、探知できなくなってしまっているらしいのだ。つまり、完全に隠密で単独行動をする吸血鬼ぐらいしか判別できないのである……それ以外にもまだ欠陥があるらしいが、いちいち紹介するのはやめておこう。


何が言いたいかって?

――アシェイリに"危険な場所"を"単独行動"させない限り、バレる心配が無いということだ。

ならば、彼女の極限の餓(かつ)えと同時に俺の好奇心(・・・)を満たしたって、問題無いな?


「でも、それだとユールにバレる……」


「逆に考えるんだ、バレてしまっても良いって考えるんだ」


単純な話。

何か目的を持って宿敵の国に忍び込んだ吸血鬼の工作員である。

――"同胞(はらから)"の存在を察知した時に、まずする行動は、少なくとも敵対的なものではないだろうという読みである。つまり、アシェイリを使っておびき寄せるというわけである。


さて。

吸血鬼の生態への好奇心の話はこんなところにしておいて、本題(・・)に戻ろうか。


「首尾よく売りさばけたようだな――これでかなり動きやすくなるぞ。とりあえず、明日か明後日には服も装備も新調してしまおう」


「"迷宮の開放"とあって、ここぞと【魔石】の確保に動いてる組織は多いようでした。大枚は積んでくれましたが――『三本短剣』なんていう、微妙な勢力を選んだ理由が、最初はよくわかりませんでしたけどね……オーマ様も迂遠なことを考えるもんです」


どちゃっと金貨の詰まった袋を机の上に転がすルク。

おいおい、誰かが見てるかもしれないだろ、という心配は無用。

馬鹿(獲物)が追加(・・)で引っかかってくれれば、この後にでも合わせて利用させてもらうだけである。その意味では、ルクの【精神】魔法【霞がかる容貌】による顔バレ防ぎは、既に解除していた。


まぁ、"似たようなこと"は他のテーブルでも時折行われている様子だが。


「稼ぎ」の分配を巡り、時に安穏と、時に剣呑と荒くれ者達が陽気に騒いでいる。

濃い味の豚肉料理が売りのこの酒場だが、真に優秀なのは、やはりそこにいるだけで男達の争いや怒気をいなしてしまう女将ベネリーの存在だろう。

神出鬼没のごとき立ち回りで店内を切り盛りし、陰のある美人といった奥ゆかしさをたたえながら、荒くれ者相手に一歩も怯まない肝っ玉。悪酔いしたり暴れ出したりする輩には、よく考えれば相当キツイ言葉をかけて諌めているにも関わらず、包み込むような柔らかい雰囲気がトゲを感じさせない。

ならず者と大差ないような連中も、彼女には敬意を払って、立てて抜きかけた剣を収めることの多いこと多いこと。


「ありゃ、もはや一種のカリスマだな」


「強いな、あの女は」


「竜人、答えろ。女としての"強さ"とは……何だと思う?」


「お前の方が俺より詳しいと思っていたが――子を守るために、命をも張れることではないのか?」


「……俺もそう思っていたのだがな。不思議な人間の女に出会ってな」


俺がソルファイドらと共に少年ラシェットを"鍛えて"いた間、ル・ベリらも面白い「素材」を発見していたようであった。

ルク曰く、特殊性癖を持った特殊な「客」達から大枚を巻き上げるための"エサ"であり、"蜜"という役割を負わされた「高級娼婦」がこの街にはいて、それと遭遇したらしい。彼女に首輪をつけている組織自体は、元締めまで辿れば魔導侯家の一つに届くようだが――この街ではそれほど積極的に活動をしている様子は無い。

その意味では、ルクが他に得た【幽玄教団】なんかの情報と比べれば、このシーシェという名の娼婦は価値があるわけではない。


ただし、この街に手を伸ばしたい俺にとっては、また違った利用価値がある。

――ハイドリィの子分その1である"痩身"のサーグトルを、上手いこと罠にかけるキッカケを作れそうなのだ。どうにもシーシェ嬢に執念じみた執着を示しているようなので、な。

まぁ、それはまだ先の話なので、今は置いておこう。


ル・ベリとソルファイドの議論にルクも混じったな。

面白い。

何が面白いかって――ル・ベリが「人間の女」にそこまで興味を示していることが、俺にとっては面白いのだ。それがどういう意味での「興味」であるかにまで、軽々しい断定をするつもりは無いが……奴にとって死んだ母親の影響が大きいからこその「興味」であることは明白なのだから。


どう転ぶかね。

まぁ、配下達の雑談と咀嚼音に耳を傾けながら、話を「突撃、近所の犯罪組織」に戻そう。

街の統治者であるロンドール家の巧みな誘導によって、"大手"である非合法組織同士の正面切っての衝突は無い。それもそのはずで、少なくとも今は迷宮開放バブルの恩恵がナーレフを覆っているのであり、パイが拡大する間は他所から奪う算段をする必要性は薄い、というわけである。


――そこに更なる莫大なパイ拡大の"芽"をちらつかせてやれば、どうなる?


実際にパイが拡大しているわけではない、というのがミソだ。

拡大部分を誰もがかじりたがるだろうし、独占できる目があるならば、その恩恵に預かりたいというのが人情というものだろう。

その生贄として、ちょうどよいから『三本の口裂き短剣』とかいう盗賊団を焚(く)べてやろうと思うのである。


「どうだ? ソルファイド。"答え合わせ"と行こうじゃないか」


いつの間にか会話が流転し、生物トークに入ってしまったルクとル・ベリと、食い終わってから疲労してぐったりしているとかいう器用な生態を見せつけているアシェイリはほっといて、ソルファイドとの"本題"に戻そう。

俺の【情報閲覧】は確かに強力だが、万能でもない。ソルファイドの【心眼】から得られる情報と合わせることで、俺の『鑑定』の精度を更に高めていこうと考えた次第である。そういうわけで、それぞれに店内の様子を【心眼】で観察したわけだが、さて、その結果は――。


「手始めに、後ろの席の男三人はどうだ? 見た感じ傭兵くずれぽい連中だな」


「……ふむ。奥の男が一番の手練れだな、酔っていながら目配せに油断が無い。後の二人はさほどでもないが、主殿よりは技量が上なのは、年相応というところか」


おぉ、やるじゃん。

会話する中で【情報閲覧】によって確認できたのは、職業が【傭戦士】である三人組である。

実際にソルファイドの言うとおり、奥の片目が潰れた壮年のリーダー格だけが後の二人の倍近い位階(レベル)であり、純粋な武術の技量ならば――スキルも加味する限りは、今日見た中では一番の実力者である。あれは要注意かもしれない。純粋な一対一の武術対決なら、ソルファイドに迫るかもしれない。

一方で後の二人はどちらもレベルが20台であり、まぁ【傭戦士】としての経験を積んできている以上は、ソルファイドの鍛錬は受けつつまだまだ素人の付け焼き刃である俺よりは、確かに強いかもしれない。だがル・ベリならば勝てるだろうから、問題無し。

とはいえ、そんな連中でも街で見かける「傭兵系」としては平均より少し上の実力者達というところ。まぁ、やはり腐っても普段から戦うことを生業にしている連中、俺の想像よりは実力のある手合いが多かった。街へ来た理由としては、迷宮の挑戦もそうだが、【懲罰戦争】に働き口を探しに来たり、商隊の護衛として来たというだけの者もいる感じである。


だが、魔物や迷宮の罠相手にその戦闘能力を十分に生かせるかどうかは別の話ではある。探索系技能がそこまで優れているわけじゃないからなぁ、ざっと見た感じ、職業【傭戦士】は。

脅す系の交渉スキルが高かったりするのが面白いところではあるんだが、忠誠心にペナルティが入るスキルがあるなど、癖が強くはあるが、迷宮に挑戦する「冒険者」としてこいつらを"育成"していこうとすると、探索系の技能や経験をどう積ませていくかが鍵といったところか。めんどくさい。


「そんならカウンターで歌いだしたあの若造はどうよ?」


次に指したのは旅人……即興の歌の上手さと"こなれ感"からすると、吟遊詩人と大道芸人の中間的存在な気がするが、頼りない体格とは裏腹に、この荒くれ者達の中で上手く立ち回っているようである。


「用心深いが、自分で思うほど警戒できてはいないな――見てみろ主殿、今財布をスられたぞ」


ソルファイドの指摘と前後して、歌っていた男が財布をスり盗られたことに気づいたのか、見るからに慌てだした。

実際、彼のレベル自体は非常に低い。

だがまぁ、生まれた時からあの生き方によってこうした窮地を度々凌いできたのか、意外なほど技能点の"振り残し"は少なかった……他と比べての話だが。

んで気になる職業は――【詐欺師】と来たもんだ。そりゃ「言い逃れ」系や「論点ずらし」的な技能に極振りしてたら、悪運が強ければ己の舌先三寸で切り抜けることもできるのだろう。

その割には抜けている、憎めない奴なのかもしれないが。

ちなみに盗んだ奴も俺とソルファイドにはお見通しで、ルクがスラムで確認した【盗賊団】に所属すると思われる職業【盗賊見習い】の男が下手人である。


話を戻せば、「傭兵」系と異なり、総じて「旅人」系は全体的な能力が低いが、なんらかの一芸に目を見張る物がある傾向が強いといったところか――とはいえ、これは俺の恣意的な分け方かもしれないな。

まぁ、分類が目的ではなくてあくまで「迷宮挑戦者」層がどの程度の実力者達であるかを把握するのが目的である。


「女店主と今談笑している男女のペアはどうだ?」


「――気配の隠し方が慣れすぎている、間諜だな。ああいった手合は、必要があればこちらの武器や道具に細工をして実力を発揮させない状況を作ることにも心血を注ぐ」


【情報閲覧】には男が職業【遺跡荒らし】で女は【薬草使い】としか出ておらず、何度か【情報閲覧】を重ねてやっとこさ【継承スキル】から、ちょっと怪しい技能があるのを発見して、やっと素性を類推することができるようになるというのに――なるほど、こういったところが、俺が【情報閲覧】に頼りすぎているというところかもしれない。ともあれ、ソルファイドは味方なのだから、主の俺の足りない部分は補ってもらえばそれでよかろう、それが目的だったわけだしな。


こういった「スパイ系」もそこそこの割合で街を歩いている。

まぁ、盗賊や魔物が、領主達による定期的な討伐によっても根絶させきれない世の中である以上、単身か少人数で街から街を渡り歩くだけでも、一定の実力はあることの証左である。そうした連中にとってみれば、他所で得た情報は上手く使えば有力者に便宜を図ってもらえるようになることも多く、自然にそうした「処世」を心得るようになっているだろう。

さすがに、今"答え合わせ"した男女のペアみたいな、完全な「飼い犬」にまで成り下がっているタイプはやや珍しい方ではあるが。

ルクにも確認してもらったところ、ハイドリィの『鼠捕り隊』ではない別口の間諜のようなので、こちらに積極的に関わってこない限りは放置しておくこととした。いちいち首を突っ込んでたらキリが無い。


「この街全体のレベルでいうと、どんなもんだ?」


「魔法使いは少し分からないが……一対一で俺が負ける相手は今のところいない。あの傭兵の男レベルが数人がかりなら、『息吹(ブレス)』も使えば対処可能だ」


駐屯する衛兵を含めた兵士が約600人程度。

ただし、馬で一日圏内にいくつかの砦や見張り台が分散しており、火急時にはそれらの駐屯兵をかき集めれば、1200~1300人は揃えられる。どこかの衰退した騎士王国が、同盟国救援に王がかき集めた援軍が6000人であったことを考えれば、街一つとしては、なかなかの経済力であると言えるだろう。


そこに堅牢な関所が南北に建てられているのだから、中途半端な兵力で攻め落とせるものではないだろう。

町の完全な住民は数万人程度だが、日々訪れる交易関係者や旅人なども加えれば、人口自体は十数万都市を超えるか。物資の流通という面から見れば『長女国』でも上位に入る都市になるポテンシャルを秘めている。

そうした、他国からの玄関の一つ(といっても大半が『次兄国』だが)でもあるため――訪れる人々の「位階(レベル)」という点では結構幅が広いのかもしれない。


そうそう。

【人間】以外の異種族という観点で言うと、ほぼ皆無である。

そうした連中は大体は「四兄弟国」によって駆逐か追放されていったらしいが……これはまた別の話だな。その意味では、人間が一人しかいない俺達は異物も異物というわけだ。

ただし、【魔人】についてはルクみたいな『生ける図書館』的知識を有する一般通行人がそこらを多数闊歩しているわけでもなし。言葉の表現に関する微妙なニュアンスもルクの助言で修正することはできたため、どっか遠い地の他人種だと思われている程度のようである。


俺達の「パーティ」として用意した"カバーストーリー"も、遠い地の出身であることを強く仄めかしたものであるから、まぁバレる心配は現状無いだろう。

……【転霊】したと思われるグストルフは行方も知れないためどうしようもないが、後警戒すべきは、取り逃がしたツェリマの所属である【騙し絵】家だ。ルクには、彼自身の目的のためにも、機会があれば『人攫い教団』から情報を収集してもらわなければならないだろう。

今のところは、この街での活動規模が小さく、情報を持ってそうな幹部クラスもほとんどいないというぐらいのことだが――いないならば招けば良いわけだが、方法を考えるには、よりその組織について詳しくならなければならないからな。


ところで、街行く人間達を適当に【情報閲覧】していて、気づいたことが一つ。

これが【人間】限定なのか、俺を含めた他の種族一般にも当てはまることなのかはわからないが、レベルと年齢の関係について、俺が思っていたほどの比例関係には無いんじゃないかと思えてきた。

少なくとも【人間】で言うと、大体30を越えたあたりから伸びが鈍化してくるようなのだ。逆にその前は大まかな比例関係というところだが……40に達しているものは、少なくともナーレフ在住者にはいない。さっき見た片目が潰れた傭兵なんかは別格だがな。


まぁ、これもまた、この世界のルールにおける"加齢"と『経験』の関係について考察する材料ではあるか。


「おら、いつまで寝ている。そろそろ回復したか?」


「……は!? もう、これ以上は食べられないところでした、助かり――夢?」


ひとまずの飢えを凌いだ満足感か、または気持ち悪さからか、ぐったりとしたままいつの間にか寝息を立てていた吸血娘を叩き起こす。

だが、まぁ夢の中でも食事をしているとか、字面だけ見れば間抜けの代名詞だな。

――さっき言った吸血鬼の特性を考えりゃ、アシェイリ的にはなかなかの悪夢だったろうが。


今日は宴会をしに来たわけではないのだ。

アシェイリにも働いてもらわなければならない以上、いつまでも寝かせておいてやるわけにもいかない。


「もっかい確認するが、本当にお前の幼馴染君は、この街にいた可能性が高いんだな?」


「今はにおいが"薄い"ですけど……前は確かにいたはず」


というわけだ。

アシェイリの"嗅覚"を信じるならば(【情報閲覧】では【超嗅覚:吸血鬼】とかいうのが対応しているかな、多分)、少なくとも何らかの「用事」があって、俺の迷宮に至る"禁域(アジール)"の森側の道を行ったことになる。

ならば、彼のことについてはまだ静観だな。


そして俺は配下達に合図を出し、会話を一時打ち切る。

――ちょうどよいタイミングで、店を訪れる新たな"客"の姿があったんでな。


「よう、ベネリーさん。俺のモノになる準備はできたかい? がはははは」


ずいずいとこちら側に迫ってくるかのような、プライバシー意識だとかパーソナルテリトリーだとかそういった概念とは対極にある、不快な声である。


『三本の口裂き短剣』のメンバーであるならず者バイルが現れたのだ。

この『木陰の白馬亭』は彼が廻るいくつかの酒場の一つであり、今日現れるという情報は予め掴んでいたのだ――さて、準備はできたというところかな? 俺はソルファイドに目配せをし、ソルファイドが剣の柄で酒場の壁をコンコンと叩く。


無論、合図(・・)だ。

それじゃあ、予定通り、長い"騒ぎ"の夜を始めようじゃないか。

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