本編-0084 関所街の昼と夜~「表」編①
「どうせ、俺達は平等なんかじゃないんだ」
殺された友ジャニアンの口癖を絞り出し、関所街ナーレフの貧民街の片隅で、ラシェットは俯いた。
いつも以上に努力はした――今日の"収穫"は、いつもよりは多い。だが、それはラシェットが一人で「やった」にしては多いのであって、ジャニアンと二人で「やった」時ほどのものではない。
つまり芳しくなかった……そしてそれも、ジャニアンが殺された検問広場の混乱の中で、うまいこと「やった」に過ぎない。
一掴みの装飾品を"横流し屋"のタルボ婆に突き出して、恵んでもらうかのように得た食料――古いパンに腐りかけの果実と、妙な色をしたわずかな干し肉を、穴の開いたボロ布で大事にくるんで家路を急ぐ。
――ただでさえ、養わなければならない「チビ」どもが増えてしまった。
自分の弟妹だけでなく、ジャニアンの弟妹達の食い扶持まで、自分の手で稼がなくてはならなくなった。
ラシェットとジャニアンは"こそ泥"である。
商人や旅人、職人などこの街を日々行き交う連中から、その日を食い繋ぐための糧を少しだけ拝借し続ける、そんな毎日だった。
かつてはもっと"仲間"もいたが――残ったのはジャニアンとラシェットだけだ。
「外」へ逃げ出そうとしたトーボは衛兵に連れて行かれ、帰ってこなかった。
ムージーは豪商の館に盗みに入ろうと無茶をして、やはり帰ってこなかった。
リィンは風邪が悪化して、薬を手に入れられず、あっさりと死んでしまった。
……そしてジャニアンが今日死に、ラシェットは一人取り残された。
彼とて危険な目には正直何度も遭ったし、手酷く殴られたり怪我をしたことも、もう数え飽きたほどだ。
……しかし、それでも二人は「それ」しか生き方を知らなかったのだ。
20年前、ラシェット達が生まれるよりも前は、この街は『ナーレフ』などという名ではなく【ワルセィレ森泉国】という「国」であったという。富を奪い、移動を制限するような"魔法貴族"達に支配されることなどなく、国の守り神様であり、自然の調和とささやかな幸運をもたらす【泉の貴婦人】を信仰し敬いながら「静か」に「穏やか」に暮らしていたという。
――3年前に流行り病で死んだ母に聞いた話だ。
「『静か』で『穏やか』ってなんだ? ……わかんねぇよ、なぁ、ジャニアン」
ナーレフの貧民街は、ワルセィレ時代の古い町並みが広がる地区がそのまま、発展から取り残された場所のことだ。ラシェットの如き浮浪児からすれば、雲の上のそのまた上の存在である【紋章】のディエスト家は、関所と交易拠点の機能を『ナーレフ』に与えるための、新市街地の開発に力を投入してきた。
それは、亡国ワルセィレの民を旧市街地に押し込め、移動制限によって閉じ込めたことと相まって――そのまま、ラシェットの家族のような貧者達を生み出すことに繋がった。
治安の悪化した貧民街には、ナーレフの新たな利権をめぐった様々な勢力……山賊や盗賊まがいの凶悪な連中が根城を構えるようになり、古くからのワルセィレの民にとっては、ますます生きにくくなるばかりであった。
そして――ワルセィレの亡国の民の希望であった『森の兄弟団』とて、真にラシェット達を守るような存在ではないんじゃないか。ジャニアンと、二人に良くしてくれた材木職人の青年エボートは、利用されるだけ利用されてあっさり切り捨てられたんじゃないか。
……そんな疑念が胸中渦巻き、怒りや悲しみや、責任感からのプレッシャーだとか、そういったいろいろな感情とない交ぜになってラシェットは涙を流していた。
(そろそろ家に着くな。シャリー達になんて言えばいいんだよ、クソ……ジャニアンのクソ馬鹿野郎)
手の甲でごしごしと涙をこすり、目をパチパチと大きく開けて閉じる。
「チビ」達への言い訳を考えつつも、何かがあったのだと悟られまいよう、自分が泣いていた痕跡を叩き潰そうとする――と、その時のことだった。
突如"壁"が立ちはだかったかと思うや、頭に鈍い衝撃。
目の前をキラ星が舞ったかのように一瞬全身から力が抜け――ぐるんと天地がひっくり返って、路上に背中から叩きつけられる。
「ぐっ……」
軽いうめき声を上げるも、手に抱えていた食料を盛大にばら撒いてしまったことにすぐに気づく。
「やばい!」
と叫びつつ上体を起こすが――そこに、この世で最低の屑野郎がいるのに気づいて、ラシェットは固まってしまった。
だが、そいつがチビ達のための食料を手に持っているのを見て、歯を食いしばり、鋭い目で睨みつける。
「けっ、頑丈なガキだ」
「……その汚い手をどかせよ、返せよ、バイル」
バイル、と呼ばれたのは大柄な男である。
俺は弱者を甚振るのが大好きなんだ、という文字が顔面にデカデカと刺青されているかと思うほど、下卑た目障りな笑みを浮かべる男であり、前歯の欠けた汚い歯並びを見せ付けるように笑うのが特徴である。まだ30を越えたばかりであるらしいが、禿げ上がっており、粗暴で粗野。
別にラシェットに限らず、この"ならず者"を絵に描いたような男を嫌う者は多いが――ラシェットは人一倍この男を嫌っていた。
「あぁ? 誰に舐めた口聞いてんだコラ、この腐れガキが。誰のおかげで、今もあのあばら家に住んでられると思ってる? "家賃"が滞ってんだ、それをいつまでも待つほど、俺の優しさに甘えてんじゃねぇぞ、殺すぞ、お?」
ちょうど父が死んだ10年前あたりから、ラシェットやジャニアン達が住んでいる近辺を勝手に"縄張り"にした盗賊団の男である――そして、父が死んだ原因を作った男でもあった。
誰からも嫌われてはいるが、その"ならず者"仲間の中では悪運じみた処世術も心得ており、少なくとも力も後ろ盾も無い浮浪児のガキが相手にできるような存在ではない。おまけに、バイルはどこぞの『傭兵団』のくずれであり、その危険性は彼の性格に限られたものでもない。
今だって、出会い頭にぶん殴られたのだ。
――他の者であれば数分ほど昏倒していてもおかしくない一撃だったようだが、頑丈さだけはラシェットの取り柄だった。
「うるせぇ、元締めぶるんじゃねぇよ、お前だってただの使い走りじゃねぇか! ガキに恵んでもらえなきゃ、飯も食えな――がぁッ!?」
怒りのままに罵倒を続けすぎたせいで、バイルが短気であることを忘れており、張り倒される。再び目の前を星が散り、路上にたたきつけられた。
だが、今度はすぐに跳び起きて拳を振りかぶる。殴られる前に組み付くも、体格差がありすぎるため、すぐに振り飛ばされて追撃の蹴りを入れられ、胃液が逆流しそうになって悶える。
「オラ、この野良犬が! 猫みてぇにキャンキャン泣いてんじゃねぇぞ、てめぇみたいな奴の代わりはなぁ、いくらでもいるんだよォ! オラ、どうした、立てクソガキが、今日という今日は上下関係ってぇ奴を分からせてやる!」
必死に身を縮めるラシェットに、殴る蹴るの容赦ない暴力が振り下ろされる。
(あぁ、俺はなんて無力なんだ……畜生……)
兄のような存在だったエボートがいれば、こんな軽挙妄動は止められていただろう。ジャニアンが一緒だったならば、またいつものように二人で息を合わせて路地裏に誘い込み、野良犬の糞でも頭からぶっかけて散々馬鹿にしてやることができただろう。
今日の自分が、とても冷静ではないことは、自覚の上だった。
だが、それでもラシェットの中で、何かが決壊してしまっていたのだ。この理不尽さに対する怒りが爆発して、それをぶつけずにはいられなかったのだ――結果は、口の中いっぱいに砂と血を噛むことになったわけだが。
四半刻あまり暴行を受け、軽い運動とばかりにバイルが汗を拭って満足して帰る頃には、踏み潰されたり唾を吐きかけられた「今日の食料」が散乱するのみであった。
――おまけに雪まで降ってきた。
腹をすかせるだけでなく、この時期は寒さに耐えて、全員で団子のように身を寄せ合って、自分とジャニアンの帰りを待つチビ達のことを思うと、ラシェットは涙が溢れてくるのを押さえることができなかった。
だが、嗚咽が本格的な慟哭に変わろうかというところで……唐突に上から声をかけられた。
「世界はクソだ、生きるのはなんて理不尽なんだ、ってぇ面してんな? 浮浪児ジャニアンの親友にして、同じく"こそ泥"なる少年、ラシェット君」
「……誰、だ……?」
痛む体を押して、無理やり上体を上げる。
そこに、口の端を歪め目を細めた、底の見えない不思議な色を瞳の奥に湛えた若い男が立っていた。
***
ソルファイドが【心眼】によって、ラシェット少年の大体の"形"を覚えていたことから、それを『エイリアンネットワーク』側でウーヌス達に"記憶"させておいたため、捜索はさほど苦ではなかった。
案の定、ナーレフには【紋章】家の集中的な資本投下によって開発された「大市」が存在していたが――ラシェットとジャニアンの悪ガキコンビは、こそ泥としてそこそこ名を馳せてはいたようである。旧来のワルセィレ在住の商人や職人達からは、同情的な意味で好意的に受け入れられてはいたようだが。
まぁ、征服された土地だからな。
勝者と敗者が明確に分かれてしまう「都市」では、別段珍しい話でもなかろう……あれだけ大声で検問広場で取り乱してたんだ、すぐに"情報"は手に入ったとも。
そして、魔石以外にも売り物の足しにできないかと持ってきた『ボアファントの長牙』なんかを使い、露商の店主らと適当な交渉や雑談と情報収集に興じながら、"夜"に回るべき「酒場」の候補を集めて回った。
やれ、こいつは南の島の伝説の蛮族の胴体を串刺しにした珍獣の長牙なんだぞ、だの嘘半分本当半分の口八丁で、相場なんかは分からないが、意外な金を手に入れることができたのは良かったことか。
……ソルファイドとアシェイリは一応は【人界】出身のはずだから、そのあたりの戦力としても期待していたんだが――からっきし、おのぼりさん丸出しってことが判明していたからな。
もっぱら、俺が思考系技能と【情報閲覧】を駆使して、「表」の情報収集に努めることになってしまったとも。
まぁ、その甲斐あって、俺が本格的に"占い師"として活動するのに良さそうな「酒場」なんかが見つかったわけだが――これについては、その他の仕入れた情報等々と合わせて後述だ。
盛大にぶん殴られ蹴り飛ばされ、ボロ雑巾のように路地裏にうずくまったジャニアン少年の親友――ラシェット君に声をかけるタイミングを計りつつ、俺は傍に控えさせた二人にふと問うてみる。
「だが、友の死に悲しみつつも、別の頭ではそれを利用して、日々の"生業"はきっちり果たしていたわけだ――生きるって意味における根性強さがある少年だな、そう思わないか? アシェイリ」
「どんな特技だろうが、力は力です。それを使って"奪う"強さがあるなら、お大尽さんの言うとおりだと思います」
「ソルファイド、どうだ? あの小僧は……お前の目から見て、モノになりそうか?」
「ふむ。人間の少年で、あの年齢にしてはとても頑丈だな。主殿の言うとおり、根性もある――身だけでなく心においても、だ。鍛え上げれば、伸び代は非常に大きいと思う」
うーん、さすがの観察力だねぇ。
ソナーじみた【心眼】こそ強力な能力ではあるが、それをこの竜人の戦士が持つ、ということに意味がある。【心眼】それ自体はただ視えるだけの能力に過ぎないのであるから。
それによって得た情報から――例えば歩き方、筋肉のつき方、周囲への警戒の仕方といった情報を総合的に判断して、そいつの"実力"を分析し推定するのは、ひとえにソルファイド自身の「経験」によるものである。
こうした観察力の高さがあるからこそ、彼は意外にも「教える」のが上手であり、俺やアシェイリの"師匠"を努めることができるのだろうが――同時に、俺の【情報閲覧】では数字化されないような情報も拾ってくれるという意味で、非常に重宝させてもらっている。
「表」の情報収集の一つとして、この街の「戦士」の大まかな実力というものの調査もあるわけだが……それは、このやり方で調べていた。
俺は【情報閲覧】で、ソルファイドは【心眼】で。
ついでにアシェイリも彼女自身の厳しい修練という経験に基づいて観察させて、それぞれの「見たところ」を共有する、というものである。
その結果は、随時『エイリアンネットワーク』に上げてウーヌス達に解析と情報統合を押し付けている――もちろん【人界】の高負担MPは副脳蟲達持ちで。
あぁ、とても快適だ……いつもであればここで抗議の心話がウーヌスあたりからすっ飛んでくるところだが、【人界】にいる間は"魔石"や"命石"の無駄遣いはすんなと厳命しているからな。まぁ、そうでなくても『ゴブリン工場』や『母船』にまつわる様々な作業でブラック労働させているわけだから、単純にそんなヒマは無いのかもしれないが。
さて、話が逸れたのでラシェット君に戻すが。
新しい発見だ。
まだ13歳に過ぎない悪ガキのラシェット少年。
当然、その"生き方"をあらわす【職業】も「未設定」ではあったんだが――何気なく触れてみると、なんと。
<将来選択職業候補>
・盗賊:55%
・運搬員:24%
・柔術闘士:13%
・重装戦士:8%
見たことがあるようで、これまで見たことのあるものとは異なるウィンドウが追加で表示されたのであった。
ル・ベリの"種族変化"時や、俺自身の"副職業獲得"時とは異なる。
あれらの時は、ただ単に【選択可能職業】という形で、最初から選ぶことのできるものが示されていただけであったのだから。
(あるいは『子爵』昇爵の特典の一つなのか? これも)
さすがにラシェット少年は俺の「配下」ではないため、試しに触れてみても勝手に職業が選択されるということは無かったが――てぇか、あくまで現時点ではまだ『候補』なのだ、これらは。ラシェット少年が、これから"なれるかもしれない"職業……だが、そうするとこの%というのは。
――そうか、なるほどなぁ。
ル・ベリの時の選択肢を思い出せば良い。
そして俺自身の"副職業"の時の選択肢を思い出せば良い。
もし、それらとパラレルにこれも解釈するのであれば……この「候補」群は、ラシェット少年のこれまでの人生の歩みそのものなのだ。
言い換えれば、これすなわち『経験』である。
職業が一度決まれば、後はその職業に合った『経験』を積み重ねていけば位階が上昇して行き、そいつの人生は酸いも甘いも過ぎ去っていくわけだが――じゃあ、その職業が決まる前の『経験』はなんだろうか?
その答えが、おそらくこれである。
つまりラシェット少年の『将来選択職業候補』は、こう言い換えれば良い。
彼は55%、盗賊的な生き方をしており、
彼は24%、運搬員の生き方をしており、
彼は13%、受け身を取る機会に恵まれ、
彼は8%、頑丈さを活かして戦ってきた。
――そして、思うに迷宮領主たるこの俺による"介入"が無ければ……おそらく、どこかの『職業が決まる』タイミングにおいて、もっとも%の高い【盗賊】になってしまうか、あるいは運命の女神だかがサイコロを振って、まさに表示通りの確率で、4職業のどれかになってしまうのだろう。
これは……盲点だった。
まぁ、街行く人間達についてはほとんどが【職業】有りだったから、気づかなかったというのもあるが。なんともまぁ、これはまた【情報閲覧】のヤバさを一段階高く見積もらなければならなくなってしまったなぁ。
まだ、将来の道が定まっていない"若者"を視た時。
俺の【エイリアン使い】においては、その可能性の一覧が見えるだけでなく、それまでそいつがどういう生き方をしてきたのかが見えるに等しいのである。
んで、ル・ベリや俺の副職業の時は、既にその『決まるタイミング』だったことから"%表示"が消えていたのかもしれない。
……だが、それで固定的なものというわけでもなかろう。職業によっては明らかにそれが進化した【上位職業】が存在しているわけで(ソルファイド、アシェイリ然り、俺の選択肢にあった【火刑槍戦士】然り)、更なる『変わるタイミング』というものもあるかもしれないが――これはまだ条件を絞りきれないかな。
(はッ。既に生き方が決まった大人じゃあなくて、未来ある"子供"に対して、俺はより効果的に「耳元で囁く」ことができるってか)
――なんと因果なことだろうなぁ。
ははは、ここでも似たようなことをする羽目になるとはなぁ。
だが、それは既にル・ベリを始めとした配下連中に対しても、やっていたことじゃあないか。そう■■■■■が語りかけてくるような気がした――おいおい、勘弁してくれ、今の俺は"オーマ"なんだ、■■■■■じゃあないんだよ。
追い討ちのように『せんせ!』と己を呼ぶ声が、ふと脳裏をよぎった気がしたが、当然そんなことを言う者はここにはいない……俺の心か記憶に巣食うモノ以外には、な。
さて。
気を取り直そう。
見えちまったものは、そして"干渉"手段を思いついちまったものは――利用しなきゃあせっかくの「俺自身の能力」の浪費であり、もったいないことじゃあないか。
「ところでソルファイド。旅は道連れ世は情けとも言う――もう一人、ガッツのある少年を"一時弟子"にしてやるってのはどうだ?」
ソルファイドの返事は特に待たず、俺はこうして、血反吐を吐きながら嗚咽するラシェット少年の元まで歩いていったわけである。




