本編-0082 微笑みと屍の検問所①
9/30 …… 『長女国』と吸血鬼の関係にかかる描写を追加
【盟約暦519年・鳴き鹿の月(2月)・第9の日】
【~転移117日目】
関所街ナーレフ。
その名の通り、単に「関所」があるというだけではなく、周囲の経済・物資流通の中心となる"街"としての機能も果たしている。魔導国家【輝水晶王国】と海運商業国家【白と黒の諸市同盟】の間に位置し、両国を行き交う商隊や旅人の類にとって主要な中継都市の一つである。
だが、そうした経済的な重要性はそれとして、"国境"における検問としての役割も非常に重要である。
それもそうだろう。国が違えば「法律」が異なる――つまり"罪人"の定義が異なる。他国に逃れようとする犯罪者であったり、その逆に、自国に入り込もうとする悪意ある異国者の侵入を防ぐのが"関所街"の役割である。
だから、例えば夜中など検問の開かれていない時間帯に行ったところで、はいそうですか、と通してもらえるもんでもない。
現在時刻は、正午から日差しが傾いた午後の入りというあたり。
季節は2月という冬の盛りで『南の関所』周囲で検問待ちをしている者達は、防寒着で身を固めている連中も多い。まぁ、ボアファントの毛皮製のコートを着た俺達も似たようなもんだがな……とか思っていると、ルクとアシェイリがちゃっかりソルファイドの近くに寄っていた。
――ちょっと待て、確かにソルファイドの種族技能【灼熱のオーラ】の存在とゼロスキルの使用可能性を仄めかしたが、早速活用……悪用してんじゃねーか。ソルファイド、お前も断れよ、生きたストーブ扱いとかプライド傷つかないのかお前。
「"人間"も"吸血鬼"も、寒さに対する気合が足りませんな、御方様」
「いや、まぁお前だってある意味"厚着"だろうに」
単純な見た目の大柄さだけでいったら、ル・ベリが最大なんだけどな。主に横幅的な意味で。とはいえそれも四肢に関してのことなわけで――なんというか、増強剤をキメすぎたボディビルダーに大型のコートを被せたような身体のラインになっているわけである。
眼帯をした異様な竜人に、変な仮面を着けた青年、巨大斧を担いだ少女も十分人目を引くが……中でもル・ベリの肉体それ自体が周囲の人間達からちらちらと注目を集めているようなきがする。
え? 俺?
槍を担いだ一般通行旅人風ですが何か。どこをどう見ても怪しくないですとも。
「……我らに混じって平然としている分、際立つとも言える気がするが。主殿」
黙らっしゃい。
――だが、それにしてもここらは、ちと寒さが厳しいな。
特別寒さが厳しい地方なのか? そうすると、緯度的には高めの方なのか?
あるいは地形とか海流とかの影響か……【人界】側へ出た森の中ではあまり気づかなかったが、山間の関所街側から吹き下ろしてくる風が、かなり冷たいのである。冷水に浸るような寒さというか。
「確かに、言われてみれば【氷】の気が強いのかもしれませんね――"小災厄"と言えるほどか、は微妙なところですが」
おっと。
『長女国』の魔法バランス管理に携わってきた一族に名を連ねる者の発言だ。
『関所街ナーレフ』は、元は【ワルセィレ森泉国】という自然と調和していた小国の首都を"改造"された都市だ。『長女国』の【晶脈】ネットワークに組み込まれ、仮にこれがルクの言う通りの「属性バランスの乱れ」を押し付けられた影響ならば――いささか「寒すぎる」のも理由あってのことか。
「だが、こんなクソ寒い時期でも、随分と栄えているようだなぁ?」
「そうですね……ざっと見たところ、商人だけでなく、傭兵や『次兄国』の開拓者・探索者系の連中もいますね。後は他所からの旅人、迷宮挑戦者などなど――目的はどうあれ、【魔導侯】達の思惑通りに集まっているようですね」
「主殿の言う"食い詰め者"達、というわけか」
荷馬車を引く商人達も、荷物に大きな布か何かをかけており、冷たい外気に商品が直接触れないようにしている様子。だが、そんな彼らも『次兄国』からの商隊であることを加味すると――ただの"商人"ではない。
俺は配下達の雑談・考察に耳を傾けながら、適当に片端から【情報閲覧】を、関所の検問を待つ人の波にかけている。商人達は商人達でも……職業【武装商人】だとか【海賊商人】だとかいう連中が、かなりの割合で混じっていた。
……まぁ、それが"海運"国家の流儀ではあるのかもしれないがな。
然もありなん。
何が起こるかわからない、一蓮托生たる海上の船の上では、強権的な指導力を発揮するようなリーダーに尊敬と権力が集まりやすいし、そうしないと緊急時に全滅しかねない。故に"船乗り"という連中は、単純な粗暴さと荒くれ気質という意味では、下手なヤクザ者なんぞを遥かに上回っており――そういう連中が集まった様々な「商会」が集まって「都市」をなし、それらが"諸市同盟"となったのが『次兄国』である。
「しばらくは『次兄国』で商会間の"貿易紛争"が起きることも少なかったようですから。傭兵系の連中は、相対的に少ない感じですかね」
ルクもルクでじっくり、何事かを思案しながらゆっくりと人の波を見渡している。
ソルファイドはただ静かに周囲の気配に意識を巡らせており、おそらく何か怪しい動きをする者があれば即座に「後の先」が取れるような姿勢で佇んでいる。アシェイリはそんな「師匠」の様子を凝視しながら真似しているという弟子らしさを発揮しており、"竜人"の力を学ぶのに余念が無い。
そして、別に彼らに対してというわけではないだろうが、ル・ベリはいつもの苦虫顔で不快げにため息をついていた。
関所での検問を待つ長蛇の列は街道の方にまで広がっており、無骨な城塞のような堅牢さを誇るナーレフの『南の門』近くには、現在検問中であろう商人らの物と思われる荷馬車が何台も留められている。
そうだな、周囲にはざっと100人~200人程度が並んでいるというところか。荷馬車、荷車のたぐいの多さから、おそらくは行商者だけでなく、街中の商会へ"納品"に来た農民のような生産者達も多くいるんだろう。都市というのは消費の場だから、日々こうした物資を運び込まねば存続できないものである。
これは、あと2~3時間単位で待つことになるかな? 寂れているよりは活気のある都市である方が俺の"目的"に叶うわけだが、ちと予想以上だったなぁ。
さすがに検問近くで待っている連中は静かだが――俺達の周囲ぐらいになってくると、互いに雑談で時間を潰したり、中にはなんかの札遊びみたいな玩具を取り出して、銅貨を賭けて小休止し始めるようなごつい戦士の一団もある。
別に「異世界転移前の某島国」のような、律儀に順番を守って整然とした列が出来ているというわけでもない。その意味では「なんとなく」な列だが――並んでいる者達は、それぞれに自分の前に誰がいて自分の直後に誰が来たのかはチェックはしているようで、横入りはすんじゃねぇぞという紳士協定だか無言の圧力だかが、この場全体に漂っている。
……おや?
後方の列の方で何やら騒ぎがあったのか、衛兵の一団が面倒くさそうにそちらを見ている。俺達もそちらを振り向けば、どうも"順序"でトラブルでもあったのか、数人の旅人風の男達が、屈強な"武装商人"達によって叩き出されるところだった。
その様子を見届けてから、衛兵達がゆっくりと商人側の方へ歩いてきて、事情聴取を始めたところである。
「ソルファイドさん、今のは、わかりましたか?」
「――陽動だろう」
「"商人"達もグルかは微妙なラインですね」
おう、配下達が優秀で助かるねぇ。
会話から察するに――今しがた叩き出された連中が、騒ぎを起こす役割か。いや、騒ぎにしちゃショボいが……となれば、衛兵の注意を引きつける役か?
「なるほど、大体事情は分かった……ルク青年、これでもまだ"検問破り"を主張するかな?」
「え? お大尽さん、荷車に隠れるの本気でやるつもりだったんですか!?」
……ごほん。
今のアシェイリの"アイディア"は置いておいて、関所の通過について正攻法で行くか、ルクの【精神】魔法を多用するなりして突破してしまうか、議論したものだ。ネックになりそうだった吸血鬼への探知魔法も、偶然かどうかは知らないが、アシェイリが結果的には"最善"の対応をしていたようで――というか、西方領域に対する最前線でもないナーレフにおいて、吸血鬼がどれだけ警戒されているのかも微妙なラインではあるらしいがな、そもそも論として。
ともあれ、ルクはルクで、"検問"ごときで余計な労力をかけたくないという考えだったようだが――彼自身の目的からすればそれも一つの手だが、俺の"目的"との両立性を考えるならば、ここはあえて注目されるような行動を取るのも別の一手だろう。
検問は日々、代官ハイドリィ自身が行っていると聞く。ならば、直接そのご尊顔を拝して良い第一印象を俺に持ってもらわなければな。権力者に注目されるというのは、その取り巻き達と、そのさらに取り巻き達や関係者達に否が応でも注目を集めたい時には、とても良い手段なのである。
「辞めておきますよ。何が起きるのか、私も興味が湧きましたから」
「お主も悪よのう」
その頃、ソルファイドから事情を聞き出したル・ベリが一言。
「……やはり"人間"どもは面倒くさい種族だな」
「安心しろ、俺もそう思う」
「貴様と意見が一致するとはゾッとしない」
***
検問を待つこと一時間半。
どうも『次兄国』の正式な通行証を持った「商人」達については、数団体ごとに代表者が集まって、一括して検問を受けることで時間を省いている様子。関所側もこうした"太客"を優遇しているのが露骨に見て取れ、もう何度も農作物を納品に来ている輸送人や農民達に対する意地の悪い、ねちっこい問答とは明らかにペースが異なっていた。
だが、検問する側から考えれば、それも当然のことか。
亡国の再興を企んで蠢動する秘密結社がいるのである。他国の正式な商人達よりも、浸透を警戒すべきはむしろ"そういう"連中であろう。日々の接触でなぁなぁの関係になりがちな者達ほど、警戒すべき対象というわけだ。
そう考えれば、直接検問を取り仕切っている代官ハイドリィの采配も見事なもので、その時間を利用して他の検問待ち達の荷物検査に、都市の衛兵達を走らせているようである。俺達の元にもそうした衛兵達が来たが、馬車のような大きな荷物持ちが主な対象であるようで、二言三言事務的な確認をして終わりである。
……いや、こちらを見る目が明らかに剣呑だった。
これは、良くも悪くも思惑通り、何事かを"報告"されることだろうかな?
「衛兵ども、随分と装備が良いな」
「経済力だけなら【紋章】家の侯都に匹敵しますからね、ナーレフは。衛兵の一部には、侯都魔導軍が輪番で常駐することもあるようですよ」
「好奇心で聞くけども、そういう"知識"の出処はまさか」
「あぁ、これですか? これは私の次兄が10年前に捕らえたロンドール家の工作員から、こう」
あぁ。
"桃"から"種"を取り出したってわけね。
などと時間を潰しながら、俺達の検問の番になったところで――予想とは少し違う方向で騒動が起きた。
関所の"外"ではなく"内"において、である。
関所門の先に数名の衛兵と共に、ちょっとした広場になった「検問所」がある。
一段高い「検問席」とでも言えるような、見下ろす位置の座席から、質素ながらも立派な礼服をまとった、薄ら寒い微笑みを顔に張り付かせた男がいる。おそらく、こいつが代官ハイドリィだろう。
目は決して笑っておらず、むしろ若い野心家特有の自信に満ち溢れた眼差しが、その性格を端的に表している。
そして"お白州"に引き出された職人風の男を、「検問席」の上から、まるで屠殺前の豚を見る料理人のような冷徹さで見下している。ふむ……身につけているものからいって、木こりか何かで、今日の「仕事」をしようと外へ出ようとした――といったところか?
彼の"仕事仲間"と思しき他の木こり達が衛兵に追い払われ、わーわーと何事か怒鳴り合っているが、ハイドリィが片手で指示を下した途端、衛兵達が暴力でもって抗議を鎮圧し始めるのだった。
だが、それを見ても張り付いた微笑みを崩すこともなく、部下に持ってこさせた書類だか何かに目を通していくハイドリィ。
そして、それを丁寧に丁寧に、何十枚もの紙切れにちぎってから、ぱっと桜吹雪のように風にばらまくのであった。
「おい、トカゲ。御方様がより詳しい情報を求めておられる、とっとと"視ろ"」
「まったく人使いが荒い……ふむ。『通行証を偽造』とか言っているな、主殿」
「もう少し近づくか」
こうした"騒ぎ"が珍しいものではないのだろう、興味を持って近づく者達は少ないため、ルクに【精神】魔法を使わせる必要もなく俺達は門の近くまで行く。
――そして関所側も、わざと「この光景」を見せしめにしているのだろう、特段行動を咎められるということもなかった。無論、衛兵達が油断なく俺達の挙動に目を光らせてはいるのだがな。
秘密結社が蠢く亡国の首都に建てられた関所街ナーレフ。
それは「国境」に対する関所機能と、周囲の経済の結節点機能と――そして亡国の遺民を閉じ込め抑圧する"牢獄"としての機能を兼ね備えているというわけだ。
と、そこで空気が変わった。
うなだれていた木こりの男が、突如斧を放り捨て、ズボンの下に隠していた短めのショートソードを抜き放ったのだ。近くにいた衛兵に対して、軽やかな身のこなしで腰から振り抜いた剣で斬りかかった。
「もはや打つ手なんて無い! せめて、貴様の首を取る!」
張り上げた怒声に衛兵達に緊張感と殺気が漲る。俺を含む、検問待ちに飽きて娯楽に飢えた連中が、それぞれにことの成り行きに好奇の目線を向け始める。
だが、傭兵系の連中や武人ソルファイドは注目ポイントが少し違っているようだ。
端的に、この木こり男、剣の腕が立ったのである。立て続けに二人の衛兵を切り倒した。
「……戦場でならば活躍できたろうにな」
多勢に無勢。
すぐさま、熊手と刺叉のような捕り物に特化した武器を構えた衛兵達に群がられ、取り押さえられてしまうのだった。
「クソが――いつまでも続かないぞ! 地獄へ落ちろ、ハイドリィ! 泉の貴婦人に誉れあれ……ぐはっ!」
叫び終わらないうちに衛兵に腹を殴られ、顔面を殴打されて崩れ落ちる。
その様子を相変わらず微笑みの表情で部下と共に眺めていたハイドリィだったわけだが――。
「オーマ様」
ルクが耳打ちしてきて、ある方角を目線で示す。
なんだと思ってそちらを見て、俺は「あぁ、なるほど」と納得した。
検問広場を取り囲む観衆達の驚きや叫びに紛れて、衛兵達の慌ただしい動きをかいくぐるように、物陰からすすすと城門を突破しようとする小柄な"影"があった。
つまり「木こり」は陽動で生贄。本命はそっちってことかな?
闇に紛れたその表情がちらと見えるが、少年ぐらいの年端の無さにも見える。
少年は俺の目線に気づいたのか――コクンと頷いて、懐をガサゴソし始めた。
無論、ナーレフどころか【人界】にすら来たばかりである、この俺の知り合いなどではない……あれ? 「この状況」で「この反応」ってことは、ちょっと待て、ひょっとして「何か」勘違いさせてしまったかな?
足を止めたせいなのかは分からないが……俺達に続いて、そのコソコソした動きに気付く者があった。
代官ハイドリィである。
眠たそうに細めていた目をカッと見開き、鷹のような鋭い目線が少年を捉え、顔色の悪いローブ姿の魔法使い型側近Aに何事か短い指示を飛ばす。
目の下の酷いクマが特徴的な側近Aが……お、【情報閲覧】成功した、名前は"サーグトル"ね? 彼が手をかざし、詠唱とともに魔法が発動される。
【風】といくつかの複合属性によって撃ち出された、鋭い「針」のような空気の塊が、城門の隅に隠れこもうとしていた少年の足首を正確に撃ち抜いたのであった。
「ぐああああ!」
「クソ! 何をしてやがる、腐れ代官! そいつは関係無い、捕らえるのは俺だけにしろ! うおおおお!」
抵抗した男が吠えながら抵抗するが、さすがに数人がかりで押さえつけられてはどうもできない。あっさりと剣を取り上げられ、殴る蹴るされながら縄で両腕を背中の後ろに縛られ、引っ立てられていく。
それから、ハイドリィの指示で、足首を撃ち抜かれた少年――黒く薄汚い外套を身にまとった、いかにも小盗賊といった雰囲気の少年が、木こり男と同じように引っ立てられていく。
この間、俺達はさらに"近づいて"いる。
ルクが当初想定していた【精神】魔法による催眠と混乱を利用した検問突破を一部採用して、周囲の、俺達よりも先に検問を受けるはずだった連中を"惑わし"ながら、広場が良く見える位置まで移動していたのである――本来は俺達より「先に」検問を受けるはずだった連中を、しれっと順序を抜かす形で。
……あるいは、それがあの小盗賊の少年に「勘違い」をさせてしまったか?
押しとどめ役の衛兵達も数は少なく、混乱の対応を行っているが、あえて踏み越えて更なる厄介事を起こそうという者はいない。代官の指示だろう、いつの間にか検問部隊以外に、街の守備隊も集まっており、観衆達を威圧しながら城門側の俺達に鋭く目を光らせていた。
そしてより広く城門の先の検問広場が見えて、気づいた。
「いい趣味してんな」
「効率的ではあると言えますね」
ハイドリィがまるで裁判所の裁判官のような、一段高い位置から見下ろすように陣取る「検問席」のすぐ隣には、これみよがしに設置された「絞首台」が並べられていたのである。
一時的に設置された簡易的な構造ではない。
がっしりと土台から骨組みが建設されたちゃんとした建造物であり、足元の床が抜けて一気に首が締まるような"効率的"にして本格的な処刑装置が、十数台はずらりと林立していた。
「ル・ベリ、よく見ておけ。あれがこの街の支配の象徴ってわけだ」
「反逆者を処刑するのにも、こんな面倒なことをするのですな……首を落とすか、頭を砕けばそれで終わりでしょうに」
「"見せしめ"て思想は、まぁ有効ではある……ゴブリン相手だってそうだろう? ほれ、見てみろ」
十数人分はある絞首台は"空"ではない。
「吊るされた」先客がいくつかの絞首台を埋めている。
それらは、カラスに啄まれ蝿を無数に集らせる糞袋となっており、黒く変色したいろいろな液体を垂らしながら、風にさらされたままであった。腐臭もすごそうだが――【風】魔法でどうにかしているのかもしれないな。
そして、それら物言わぬ屍の隣の処刑台まで引っ立てられる、木こりの男と、彼の決死の陽動によって検問を突破する手はずだったろう少年。二人は、心なしか恨めしそうに、晒されたままの死体を見つめていた。
面識があったのかもしれないな。
だが、顔にいくつものアザを作っており、怨みと怒りの声を荒げる気力は無くなっているようだ。そのまま、二人はそれぞれに絞首台に立たされ、首を縄でくくられる。だが、その目は絶望の色に侵食されながらも、せめてもの抵抗とばかり、憎悪の眼差しは真っ直ぐにハイドリィに向けられていた。
だが、そんなことは若き代官にとって日常茶飯事なのだろう。
微笑みを浮かべたまま、実に手慣れた手際で衛兵達に処置を差配するハイドリィ。
やがて準備が整ったのか、側近Aであるサーグトルからの耳打ち後に、ハイドリィが立ち上がって両手を叩いて観衆達のどよめきを制し、何か気障ったらしい口調で男と少年の罪状を述べ始めるのだった。
「――以上の罪により、材木工のエボートと浮浪児ジャニアンを死刑に処するものとする。それでは――執行」
事務的な宣言とともに、ハイドリィが右腕を振って衛兵達に合図を送る。
観衆達からどよめきやら歓声やら悲鳴が上がり、揺れる絞首台の上の方に図々しく居座っていた数羽のカラス達が、黒い羽をバサバサと撒き散らして飛び立った。




