本編-0008 スキルテーブル
【3日目】
我が家(洞窟)に戻った後、強烈な眠気に襲われた俺は、そのままアルファを枕にして一眠りした。
起きると6時間ほどが経っていたが、頭はとてもすっきりしている。
クセだった二度寝も無く、起きた瞬間から意気軒昂――とても健康的な気分だ。
何年ぶりだろうねぇ、こんなに清々しいのは。
それで確か昨日ゴブリンを潰した際のレベルアップ的な何かを思い出して、自分のステータスを開いてみた。
HP・MPと保有できる魔素・命素が増大し、あと「位階」が上昇している。
で、その後ろに『技能点:残り3点』との表示が追加されていた。
ふうむ。
技能点システムか――ゲームのようだ、というのは今更な話だ。
だが、目の前でじゃれ合い始めたエイリアンのアルファ&ベータを見ていれば、昨日の出来事が嘘ではないのだということは嫌でも再確認させられる。
それに、そもそもこの"翻訳"の結果であろうコンピュータのようなインターフェース自体が、俺にとっては「前いた世界」で慣れ親しんでいたものじゃあないか。
その意味で言うならば、媒体が異なるだけで、現実と仮想が混在した状態がそこまで変なことであるとは言えないのかもしれない。
まぁいいや、話を『技能点』とやらに戻そう。
昨日は道中でも魔素・命素の操作を訓練したんだが、上昇する気配が無かった。
だが、グロ耐性……もとい【強靭なる精神】が訳の分からん上昇をした以上、技能点を消費する以外でも鍛えられるとは思うのだが。
ともあれ「技能点を使う」ことを意識した瞬間、迷宮核がシステム音を鳴らす。
ステータス画面に並ぶように、半透明の別のウィンドウが現れた。
ふむふむ、「取得可能技能一覧」か。
技能ウィンドウは3つのタブに分かれており、『種族技能』『職業技能』『固有技能』と書かれている。
それぞれタブを開いてみると、RPGとかオンラインゲームなんかでよく見かける、いわゆるスキルテーブルが表示された……って、こいつ昨日急に開いてびっくりした『詳細表示』じゃないかい。
仕方ない、今度は腹をくくってちゃんと見てみるか。
うーむ……ちょっと目移りするなぁ。
迷宮核の知識を探ってみたが、さすがに個々の技能の詳しい説明は見つからない。
ということは"翻訳"された言葉の意味からいろいろと類推するしか無い。
つまり、いつも通りってことだ。
思ったんだが、これ「種族」だとか「職業」ごとに、それぞれ違うスキルテーブルがあったりするんじゃないだろうな?
ちょっと、好奇心が刺激される。
例えば俺の眷属である職業【エイリアン】達についても、それ用のスキルテーブルがあるんじゃないだろうか。
人界に住まうという人間も人種によって違ったりして――数少ない知識を頼りに類推すると、どうやら「エルフ」とか「ドワーフ」とかに"翻訳"されるような種族もいるようだから、今後まみえる機会があるかもしれない。
おぉ、テンションも刺激されてきたぞ。
とりあえずアルファにダメ元で【情報閲覧】をかけてみるが……やっぱりダメか。
スキルテーブルを開けるような様子は無かった。
うーむ、あり得るのは俺自身の【情報閲覧】を技能点使って強化することだが、どうだろう。あるいは【情報閲覧:弱】というのがダメなのだろうか?
俺自身のビルドをどうするかは後にして、3つのスキルテーブルを見た雑感をば。
まずは【種族技能】で、俺は【魔人族】。
身体強化有り、魔法強化有り、搦め手有りとバランスが取れている。
さすがに一つの世界の支配種族である以上、当然のことではあるか。
オマケにこのバランスの良さを器用貧乏にさせない、ちょっと強烈な要素がいくつかある。
一つ目が【異形】系統の技能達である。
これは迷宮核の知識とも一致しているんだが、魔人族は成長するにつれ、魔界の瘴気にあてられることで【異形】という名の肉体変異を起こすらしい。
それこそ角が生えたり、翼が生えたり、珍しいものでは【魔眼】と呼ばれる特殊な力を持った眼力を得ることもある、と。スキルテーブルを見る限り、技能としては【魔眼】は【異形】とは別口のようだ。
そして【魔眼】を別にすれば、最大3つまで【異形】を累積可能……と。
この方面に特化した奴がいるとしたら、だいぶ魔人辞めてる感がすごい……いや、それが彼らにとって当たり前の生態なのかもしれないが。
俺はどうしようかねぇ。
――少なくとも。
昨晩の外探索で見つけた赤い泉に映し出した自分の姿は、人間時代とはそこまで差が無かったな。
なんとなく色素が薄くなって肌が白くなったかな? と思ったが、それ以外は根本から変化させられたわけでもなし。散髪に行き損ねていて、そろそろ行こうかと思っていたところだったから、髪の毛は少し伸びている。
切れ長の目は相変わらず何を考えてるのかよくわからない喜色をたたえ――「今」はそれを隠す必要も無い。年の割についていた贅肉は、どうやら魔人になった影響で削ぎ落とされたらしく、つい数日前までと比べると随分とほっそりとした長身の男になっていたのが印象的ではあるか。
ただ、それは紛れもなく今の俺ではあるはずだったが、まるで鏡に映った別世界の誰かが「お前は誰だい?」とかふざけながら問うてくるようで、不気味さと同時に奇妙な興奮が入り混じっていた。
――あるいはこれが【欲望の解放】の効果かな?
こんな愉快犯みたいな目つきをする野郎と、もし俺自身「前いた世界」ですれ違ってたら、絶対に事案の発生を怪しんでいたろうな……ってのは、逆に自分に卑屈になりすぎだな? まぁ、いいや。
などと下らないことを考え、アルファとベータをほっといてしばらく泉の傍で佇んでいたわけだ。
自分で自分の顔をジロジロ見る趣味があるわけではなかったが、さすがに今回はコトがコトだからな……密かな「探索の副目的」ってやつさ。
で、そんな俺にどんな【異形】が似合うかってことだが。
――別に無くても良い、って選択肢も今考えてたりする。
思った以上に【魔人】の素の見た目が人間からかけ離れていなかったことから、逆に将来的に【人界】へ行く時に【異形】は無い方が良いかもしれない、なんて思ったのだ。【魔眼】はちょっと欲しいかもだが……技能点にどれだけの余裕が今後得られるか、わからんしなぁ。
様子見ということで。
強烈要素の二つ目は【後援神】系統の技能。
知識によれば魔人族の中でも素質ある者は、時折【全き黒と静寂の神】に付き従う眷属神達の"歓心"を得ることがあるらしい。
そうして彼らの意に叶う行動を取り続ける限り、様々な加護を受けるようだ。
まぁどんな「後援」がつくかはまさに神のみぞ知る状態のようだが。
余談だが人界の人間系種族にも同種の現象はあるようで……気まぐれな魔界の神々に比べて、ずっと安定的で堅実な効果をもたらしてくれる、らしい。
だが、神々の"干渉"だな、これは実質的に。
それがどの程度なのか、例えば声が聞こえるとかそういうレベルなのか、どういう形を取って現れるかは知識には無かった。
俺はどうだろうね? あまり意識的に上げたい技能ではない……ってのはなんとなく思うところだ。仮に俺の、この謎の異世界転移に関わっているのが「この世界の神」であるとして――そんなことを問いただすために、貴重な技能点を数点か十数点か消費するのは、なんだか徒労な気がするんだよねぇ。
続いて【職業技能】のスキルテーブルだが、俺は【迷宮領主】とのこと。
ふむ、なるほど。
主に魔素・命素の扱いに絡む技能系統、迷宮の領域に影響する技能系統、眷属を直接強化する技能系統に分かれている。
【情報閲覧:弱】からの派生系二つも気になるところだが……これ、迷宮領主同士はお互いの情報をかなりの精度で把握しあうことができるな――さっきも触れたが、やはり"弱"という単語が付く以上は、上位技能がありそうだな……条件は何だろね?
ぱっと思いつくのは、上位の「爵位」を持つ迷宮領主はより上位の「情報」系の技能を持っているとかだが……。
魔界の戦国時代とやらに巻き込まれるリスクを考えると、将来的にはランク最大まで取りたい技能の一つではある。
【情報隠蔽】とか【情報操作】とか、どう見てもそういう「情報戦」を前提にしている技能と思えてならないから、かなり悩ましい。迷うんだよなぁ、他にも優先したい技能もあって。
俺の「エイリアンダンジョン」の特性を考えれば、職業技能の中では素直に「眷属強化」系統の技能を取っていった方が、戦力の純粋な強化には繋がるはずなのだ。
その意味では、俺の考えるビルドにおいて、「種族技能」の優先順位はかなり下がることになる。
搦め手にしても直接的な戦闘力にしても、エイリアン達を「因子」によって役割分化させていった方が潰しが効く。
実際、昨日の探索ではアルファとベータの2体であれだけの戦果が得られたのだ。
その上で眷属強化系統の技能が、エイリアン全体に効果をもたらすだろうからな。
ま、男心に【異形】とか【魔眼】とかでガチャポン的な感じで一喜一憂したい気持ちも大きいけどね。
だが、名称を見るにある程度技能点を多めに注ぎ込まないといけない可能性が高いんだよね。【魔眼の芽】とか、単に目の色が魔眼ぽく変わるだけで特殊能力は【魔眼開花】までお預け――て可能性だってあろうさ。
ひよっ子でしかない今の俺には逆に負担になってしまうから、遊びを入れるタイミングではない。眷属強化を先にやっておいて、後からパワーレベリング的な感じで自分自身を鍛える形を取った方が良いんじゃないかな。
……となるとキーとなるのは最後の【固有技能】のスキルテーブルだが。
こいつはちょっと問題児要素があるんだよなぁ。
どうもスキルテーブルの表示を見るに、こいつは『称号』が関係しているっぽいんだよね、確実に。
もし今後新しい称号を得た時に、ここの選択可能な技能が増えることがあるとすると、悩みが増えそうなんだが……まぁ先の話ではあるか。
とりあえず「因子」関連の技能は、俺の迷宮運営に直結してくる技能だから、優先して取るかな。
――ところで、だ。
根本的な話。
最初の寄り道考察にちょっと戻るが、仮に【迷宮核】さんによる"翻訳"によって、ダンジョンマスターの「こういうシステム」が俺にはゲームのRPG的に認識されている、としよう。
そんなら、他の、元からこの【魔界】にいる迷宮領主達には、それはどう認識――どんな"インターフェース"で認知されているのだろうか、という疑問が湧いてくる。
それが個々人の思考に「最適化」されたものだとするならば。
少なくとも、俺みたいな、なんでも数値化されたコンピュータじみた表示であること自体が、特異であるかもしれない――いや、これは情報が少ないから考えても今は仕方ないか。謎技術で超SF的ホログラムな装置がある世界かもしれないわけだし。
話をまたビルド考察に戻そう。
結論としては、俺自身のビルド方針は「眷属強化によるゴリ押しで本体のパワーレベリング」だな――そのための職業技能【眷属経験点共有】だろうし。
ふふふ、ヒモとでも寄生虫とでも呼ぶが良いさ。
勝てば官軍、生き残った者が勝者。
二つの格言を合わせれば「生き残った者が正義」だ!
実際いつの世でもこれが真理なのさ!
配下に戦わせて俺は果実だけを受け取る……ッ!
まぁ、真面目な話、これが堂々と職業技能にあるってことは、他の迷宮領主達だって当たり前にやってるんじゃないかと思うが。
というわけで、俺は技能点3点を使い切り、
『眷属維持コスト削減』『経験点倍化』『精密計測』
をそれぞれ取得した。
前二者は言わずもがな。それから、雑多な計算だとか目測だとかを補助するために、せっかく『固有技能』があるのだから【精密計測】も取得することにした。
数値で把握できる情報も多いからな――まだ、先の話だろうが、リソース管理も今後重要になってくるだろ。
けれども、何時間も悩んでしまったなぁ。
本当はスレイブとかランナーをもうちょっと量産して「因子」周りの検証をするはずだったんだが。
まぁスキルビルドも大切だから、ちょっとぐらいなら平気平気、気にしない。
護衛の2体は交代で睡眠を取っているのか、今はベータが周囲を警戒していた。
君らも普通に睡眠取るんだね。
そりゃそうか、エイリアンだって「生物」に変わりは無いわな。
……さて。
そんなことを考えていたら、そろそろ「30時間」が経とうとしていた。
奴隷蟲が、いよいよ【産卵臓】への変態を完了する頃合いだ。




