後編
中編を書き上げてから一年以上空いてしまいました(汗)あまりの時間の開きで、書いてるほうも何が何だか・・・(大汗)でも真春の雄姿は書けた! 多分(汗)絡みもラブどころかロマンスも微塵もない話ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。後編でお会い出来ることを祈ってます(汗)
男はいつもその建物を眺めていた。
眺めながら、いつも男は思っていた。
なぜ、自分はあの建物の中にいないのか?
なぜ、自分はいつもこの場所から、あの建物を眺めているのか?
なぜ、自分はあの建物を眺める方の人間になってしまったのか?
自分はあの建物の中にいるべき人間ではないのか?
自分こそあの建物に必要な人間ではないのか?
男は『学園アリス』の卒業生である。
アリスコーポレーションの社長、『有原昴〈ありはらすばる〉』と、学園アリス理事長、『有栖川世良〈ありすがわせら〉』は古い友人だ。
そのため、学園アリスの卒業生の多くが、毎年アリスコーポレーションに就職している。
就職以外にも、アリスコーポレーションは頻繁に学園アリスからの実習生を受け入れている。
各班どんな活動をしているかを実際に体験し、納得したうえで就職してもらうためである。
しかし希望したからといって、全員が全員、アリスコーポレーションに入れるわけではない。
学園アリスはすぐれた人材の多い学校として有名であるが、中には問題児も当然いるわけで。
そんな問題児たちも見捨てない校風が、学園アリスが更にその名を世に広げることとなった理由の一つである。
男は成績はよいほうであった。
とりわけ理数にはめっぽう強く、それだけの場合は学年トップも軽く狙える程であった。
特に粗暴があったわけでもなく、生活態度は穏やかで良好と言えた。
にもかかわらず。
今年、男はアリスコーポレーションの就職試験に落ちた。
筆記試験は通過した。
面接も問題があるとはとても思えなかった。
それなのに。
男にアリスの門をくぐる資格は与えられなかった。
理解できなかった。
学園生活において、何の非もない自分がなぜアリスに入れなかったのか。
なぜ、自分よりも成績の悪い一部のものが、アリスの門をくぐることを許されたのか。
男は恨んだ。
アリスを。
そして、ある人物を。
恨みはやがて男を狂気へ駆り立て、その手に凶器をもたらせた。
「ショータイム♪」
にやりと笑ったその顔は、氷に入った亀裂のように冷たかった。
爆発は植物庭園、図書館、社員用プールの三ヶ所で起こった。
いずれも各班の出入りが多く、常に人がいる場所。
特に図書館と植物庭園は、他の企業や取引先の人間も利用することがある。
スタッフの安否はもちろんだが、全く関係ない人たちへの被害が懸念された。
「セフィ! 佳人! お前たちの現地点は?!
颯子と雷人! モニタールームにいるな?!
怪しいヤツがいたらゴーグルに映像をまわせ!
そいつら片っ端からあたるぞ!!
臥和は隊員の半分を連れてすぐに救助と消火!!
残り半分は避難誘導!
ルアージュ! お前が指揮をとれ!!
セフィはプール!
佳人は図書館にまわれ!
植物園には私が行く!!」
ガチャガチャと鎧の音を響かせ、無線で各隊員に指示を出しながら、真春は走った。
何時の間にやら、マントと兜は取っていた。
代わりに付けているゴーグル。
科学班が警備班用に開発したものである。
…速い。
真春のあとを走りながら、僕は今一度彼女に呆気にとられた。
全く追い付けなかった。
軽く見積もっても二十キロはありそうな鎧。
それをまとってあれだけ速く走れるなんて。
本当に、なんて女だと僕は思った。
真春との距離が開いていたためにうまく聞き取れなかったが、向かっている方角から植物庭園だと推測できた。
おそらく、一番大きな爆発が起こったのもそこなのだろう。
ペンタゴンの中心。
しかもまわりは植物。
二次災害も容易に起こしやすい。
図書館にしても、まわりは紙ばかりだ。
プールにいたっては水辺近くだが、しかし。
常にスタッフの姿があるというところで、犯人の非道さが伺える。
行き交うスタッフの姿。
書類やらフロッピーやら薬品やら消火器やら。
各班、消火や避難誘導にまわるスタッフと、失うわけにはいかないものを避難させるスタッフとに別れているのが、何となく見てとれた。
アリスのスタッフは、我先に逃げるという人間が極めて少ない。
それだけ、班や自社を想うスタッフが多いという証拠であり、アリスや社長が、スタッフから慕われている素晴らしい会社であることが伺えた。
〈なんてヤツだ!〉
そんなスタッフたちの姿を見ながら、今更ながら僕は犯人に怒りを覚えた。
こんな素晴らしい人たちを巻き込んで。
こんな素晴らしい会社を平気で壊す。
どんな動機であれ、許せないと思った。
カメラを持つ手に力が籠もった。
震える指でシャッターを押した。
行き交うスタッフの姿を、真春の後ろ姿をカメラにおさめた。
僕は報道カメラマンではないけれど、今この場にいるカメラマンとして、それが僕の役割だと思った。
現場の悲惨さを、彼らの雄姿を、世間に知ってもらうために。
植物庭園にはすでに数十人の警護班隊員が集まっており、消火、救護、避難誘導にあたっていた。
燃え盛る炎。
噴水の中にはパイプのようなものが数本立っていた。
一本の直径は三十センチ程度。
高さは炎に近いものは二メートルくらい。
遠くなるにつれ、五メートル、七メートルと高くなっていた。
パイプの先端は炎に向けて緩やかにカーブし、そこから勢い良く水が噴射されていた。
科学班と機械工学班特製、吸水パイプである。
普段は噴水の中に引っ込んで目立たないそれは、水温が37℃を越えるとまず一本が顔を出す。
センサーがついているその一本が熱、あるいは炎を感知、確認。
すると残りも一斉に噴水から飛び出し、目標に噴水の水を噴射するのだ。
ちなみにそのパイプ、普段は三センチ程度まで縮み、重さも一キロ程度で持運びができる。
ゆえに、ペンタゴンの水辺近くには最低でも一つは設置されている。
勿論、水の中には最初から取り付けられている。
炎や熱が、予想以上に強いとき用である。
「副班長!」
真春に気付いた一人の隊員が、彼女に駆け寄った。
短い金髪をオールバックにした、長身の男。
佳人とおなじくらい、やはり、僕は見上げなくてはいけないほどの。
ゴーグルのせいでいまいち表情は分からない。
りりしく、形のよい眉が、何となく強面な印象を与えた。
「臥和! 現状は?!」
自らも隊員に駆け寄る。
先程指示を出していた隊員のようである。
「この付近にいた人間の避難はほぼ終了です!
幸い人が少ない時間だったので、怪我人は少ないようですが。
それでも四人、巻き込まれました。
内、一人が重体で、今、鈴城班長が診てくれてます。
爆発物は一個だった為、すぐに消火にあたれたので、間もなく鎮火できるでしょう。
科学班と機械工学班が開発した吸水パイプも、御覧の通り。
助けられました。」
真春に現状を伝え、更に臥和〈ふわ〉と呼ばれた隊員は続けた。
「副班長。
今回の爆発ですが、場所は三ヶ所でしたが、いずれも規模は小さなものです。
化学班が爆弾の残骸を調べてくれましたが、大きさは約4センチ。
建物の破壊より火災のほうが目的だったようです。
今、更に詳しく調べてもらってるところですが、この大きさの爆弾は他にはないかと…。」
「…そうだな。
うちのマッドサイエンティストだからこそ、なし得た大きさだろうな。」
そう云うと、真春はゴーグルに触れ、いずこかに無線を入れた。
「警護班、副班長の魚住です。
大変なときに申し訳ありません。
少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか? 北大路班長。」
「これはこれは、レディ真春。
お互い大変な目に合いましたな。
しかし、こんなに早く貴女が無線を入れてくるということは、被害は大したことなかった。
ということですかな?
それで。
私に伺いたいこととは?
今回の爆弾の作り方かなにかかな?」
真春のゴーグルから声が漏れた。
中年の、男の声だ。
この事故の中、男の声はひどく落ち着いていた。
北大路宝〈きたおおじたから〉。
科学〈サイエンス〉班の班長である。
「お忙しいところ申し訳ありません、北大路班長。
爆弾の作り方なら、訓練でいやほど科学班から聞かされてるので結構。
ですがその作り方、よそでも教えていらっしゃいませんか?
たとえば、学園アリスの授業とか…。
貴方は確か、非常勤で学園アリスの教師もなさってますよね?」
真春の問いに、ゴーグルから
「そうだね。」
という答えが漏れた。
僕は思わず真春に歩み寄った。
ゴーグルから更に北大路の話が続いた。
「レディの云うとおり、私は学園アリスの非常勤教師もしているよ。
でもね。
いくら私がマッドサイエンティストでも、子供に爆弾の作り方を教えるなんて、そんな非人道なことはしないよ。
もっとも?
科学班では、どんな若造にも、爆弾はじめ火薬や劇薬の取り扱いなんかしょっちゅう指導してるけどね。」
そう、意味深げに北大路は云った。
ぴくりと真春の眉根が動いた。
「…それは、科学班にいる場合は、どんなに短い間でも、たとえそれが部外者の学生であってとしても指導している。
と、そう解釈してもよろしいですか?」
真春の声が低くなる。
しかし、その表情はいたって変わらず、むしろ、何かを探り当てたような、そんな瞳の明るさが見えた。
北大路は、そんな真春に気付いたのか、悪怯れる様子もなく、実に簡単に
「構わんよ。」
と応えた。
そして。
「ねぇレディ。
貴方は本当に聡明で賢い女性だね。
だから私は、貴方が大好きなんだがね。
そろそろ、科学班への転属を考えてもらいたいものだね。
貴女なら、すぐにでも科学班副班長のポストに就けるんだがね。」
と、明るく、冗談めいた物言い。
笑顔混じりに話しているだろうということが、手に取るように分かった。
この非常時になんてヤツだと、僕は一人思った。
が、真春はそんな北大路の物言いなど特に気にした様子もなく。
「申し訳ありませんが、副班長には誰か別の方を迎えてください。
私は警護班以外に所属するつもりは微塵もありませんので。」
と、あっさり切り捨てたのだった。
そんな真春に、北大路は何か云ったようだが、真春はそれ以上は彼の話を聞こうとはしなかった。
ブツンと、これまたあっさり無線を切り、鋭い眼差しを周囲へ向けた。
戦女〈ワルキューレ〉の眼差し。
アリスの守護闘神がそこにいた。
「颯子、雷人、モニターチェックはしているな?
学園アリスの制服を着ているものをチェック。
その中から不信なヤツをピックアップしろ!
それから、ペンタゴンの外周に設置しているカメラも念入りにチェックしろ!
逃げたあとだとしても、まだアリス周辺に必ずいるはずだ!」
再びモニタールームに無線を入れ、二人に指示を出した。
「「はっ!!」」
力強い声が無線から聞こえた。
隊員たちが再び忙しなく動き始めた。
真春をはじめ、彼らのゴーグルにすでに何らかの情報が映し出されたのだろう。
短く、向かう場所を真春に告げ、それぞれが思う場所へと駆け出した。
その姿を見ながら。
カメラにおさめながら。
僕はなぜ、アリスにおいて『警護班』が
『ソルジャー』といわれ、自らもそう名乗るのか。
なんとなく分かったような気がした。
アリス・コーポレーションを守護する、彼らは、まさに『戦士』。
・・・そんなことを思ってる間に、再び真春がモニタールームに無線を入れた。
「…颯子か雷人か、どちらでもいい。
ちょっと聞きたいことがあるんだが…。」
「何でしょうか?
副班長。」
ゴーグルから颯子の声がした。
「何度もすまない、颯子。
アリスの制服を来た者の中に、タイを付けてない双子の少女がいたと思うが。
彼女達は今どこにいるか分かるか?黒髪ストレートが肩くらいまである少女だ。
紅いピアスを一個ずつ、それぞれ右耳と左耳に付けてる。
おそらく、まだペンタゴン内をうろうろしてると思うが・・・。」
何かを見つけたのか、気付いたのか。
真春はそう、颯子に指示を出した。
答えはすぐに返ってきた。
「副班長、彼女達は今、5階の科学班にいます。
オフィスの扉を開けようとしているようですが、取り押さえますか?
既にみな避難したあとなので、科学班は無人になっておりますが・・・。」
と、颯子は真春に指示をあおいだ。
「いや、まだだ。
そのまま数人、近くに配置させてくれ。
まだ移動する可能性もあるから、ある程度距離をたもって。
そうだな・・・、セラフィエルか佳人を含む数人に当たらせてくれ。」
「了解しました。
それでは・・・、セラフィエルを向かわせます。」
「ああ、頼む。」
そう真春は云い、モニタールームとの無線を切った。そのまましばらくゴーグルに映し出される人物達を観察していたようだが、はっと何かに気付き、急にどこかへ走り始めた。
走りながら、再びどこかへ無線を入れた。
「セラフィエル! 現場に着いたか?!
すぐにその少女達を確保!
優しく、手荒なことはするんじゃないぞ!!
確保したらそのまま黄の門〈イエローゲイト〉まで来てくれ!
佳人は今どこにいる?!
すぐに黄の門へ来てくれ!
私も今向かっている!
雷人! 佳人とセフィのゴーグルに黄の門にいる男の映像をまわしてくれ!
門近くのベンチに座って携帯いじってる、リクルートスーツを着た若い男だ!
セドリック!
黄の門近くに避難してるものたちを、急いで他へ移動させてくれ!
楓! 槐! 黄の門近くにいるな?!
セドリックと一緒に避難誘導にあたれ!!」
緊迫した雰囲気が真春を包んでいた。
先刻の爆発よりもずっと、濃い緊張感。
“リクルートスーツを着た男”と真春は云った。
そいつが犯人?
じゃあ、確保しろと云った少女達は何者なのか?
僕にはさっぱり、皆目見当がつかなかった。
ただ、真春は確実に何かを掴んだ。
この爆発事件の、手掛かりか何かを・・・。
時間を戻すこと、13分前。
男はずっと携帯をいじっていた。
黄の門近くのベンチに座って、ペンタゴンが爆発事件で大騒ぎしているにもかかわらず。
避難どころか、微動だにせず、ひたすら、ずっと。
「468684−723070」
携帯をいじりながら、男は小さく呟いた。
男の両の耳たぶには、なんとも不似合いな、紅いピアス。
そのピアスを指先で軽く触り、男はちらりと黄の門を見た。
ペンタゴンから次々に出てくる人々。
ハンカチで口を押さえ、青ざめた表情のもの。
両手一杯に荷物を抱えたもの。
汚れた服に微かに血の滲むもの。
そして、そんな彼等を守るように、支えるように誘導する、警護班の隊員達。
その目線をペンタゴンへ移せば、すぐに黒煙が視界へ飛び込んでくる。
先程よりいくらか勢いの落ちたその煙は、それでもまだ高く立ち上っていた。
その様子を眺めながら、にやりと男は笑った。
氷に入った亀裂のような、そんな冷たい笑み。
と、黄の門から避難してきた人々が、隊員達に誘導され、別の場所に移動し始めたのに気づいた。
嫌な予感がしたのか。
男はその場所から立ち去ろうとした。
その時である。
「フリーズ!!」
頭上から声がした。
正確にはそんな気がしただけで、どこから聞こえたのか全く把握出来なかった。
男は辺りを見回した。
が、すぐに男は後悔した。
気に止めなければよかったと。
このまま、すぐに逃げてしまえばよかったと。
ごりり・・・。
と、男は後頭部に硬く、冷たいものがあたる感触を覚えた。
振り向かずとも、それがなんであるか、すぐに分かった。
「・・・アイザック・ノートン。」
女の声がした。
聞いたことのある声だ。
ペンタゴンの二大守護闘神と呼ばれる、女の声だ。
警護〈ソルジャー〉班副班長、魚住真春。
彼女の声だ・・・。
アイザックと呼ばれた男はゆっくり振り向き、相手を確認した。
鈍色〈にびいろ〉に光る銀の鎧。
その格好に不似合いなゴーグルと拳銃。
「・・・随分、重そうな格好ですね。」
アイザックは両手を挙げ、うっすら笑みを浮かべながらそう云った。
相手を馬鹿にしているような態度だ。
「・・・誰かさんがとんだ爆発騒動を起こしてくれたからな。
これの総仕上げの最中だったのに、見事に邪魔してくれたよ。
爆弾は坊やが遊んでいい玩具じゃないんだ。
きつい仕置きが待ってるから、覚悟するんだな。」
そう云うと、真春はやれやれというふうに軽く溜息を吐いた。
まるで、子供の悪戯を受け止める、母親のように。
その態度はアイザックに静かな怒りを燈した。
真春を見据え、彼女が立っている場所を確認した。
真春の後ろは壁。
ペンタゴンを囲む、城壁とも言えるくらい厚く、丈夫な壁。
壁からこのベンチまで、ざっと15メートル。
黄の門は自分の背中側にある。
ずっと携帯を見ていたが、真春が正面から近付いた気配はなかった。
そして、気のせいかと思ったが、頭上から響いた声。
つまり。
真春はあの城壁並の壁を越えて、自分の背後に近付いたのだ。
見るからに重そうな鎧を纏って。
音も立てず。
気配も感じさせず。
何より。
頭上から声がしたということは、真春はここまでジャンプしてきた、ということだ。
「・・・守護闘神というのは、とんでもない人間なんだな。」
一般人には到底真似できない。
守護闘神と呼ばれる者の、人並み外れた能力を目の当たりにし、思わずアイザックは呟いた。
「副班長!」
と、そこへ黄の門から声がした。
セラフィエルの声である。
セミロングヘアーの双子を連れて、数人の隊員〈ソルジャー〉達と一緒に、セラフィエルは真春へ近付いていった。
すぐ後からは、佳人も数人の隊員達と共に駆け寄ってきた。
空気が張り詰めた・・・。
僕は黄の門から避難する人の波を掻き分け、やっとのことで門の外へ出ることが出来た。
その雰囲気に、思わずカメラを落としそうになった。
凡人でも分かる、張り詰めた空気。
ただならぬ緊張感が肌を刺した。
犯人(と思われる人物)に銃口を突き付ける真春。
後頭部に銃を当てられ、両手を挙げるリクルートスーツの若い男。
セラフィエルと隊員達に捕らえられた、双子の少女。
みな表情を強張らせ、互いに様子を伺っている。
(後はあの男を捕らえれば解決、だよな?)
楽観的に僕はそう思った。
しかし、男は唇の両端を吊り上げ、不気味に笑った。
「麗しい副班長殿、貴女はミスを犯した!
貴女は妹達をここへ連れて来るべきではなかった!!
さっさと監禁するなり、警察へ引き渡しすればよかったものを!
何故わざわざ僕の前へ連れて来たんです?!
僕達の関係でも確認したかったのですか?!
僕を捕まえた後でも、尋問できるでしょうに!
副班長殿、貴女はすぐに後悔なさるでしょう!
彼女達をここへ連れて来たこと!
そして、その銃爪〈ひきがね〉をすぐに引いてしまわなかったことに!!」
そう云うと、男は今度は高らかに笑った。
そして。
不意に笑うのを止め、不気味な笑みだけを口元に残して、手にしたままの携帯のボタンを押した。
が。
「・・・えっ?」
何も起こらなかった。
男は銃口を突き付けられていることもそっちのけで、何度も携帯のボタンを押した。
しかし、やはり何も起こらなかった。
「・・・もしかして。
さっきから押してるのは、これの起爆スイッチ。
かな?
アイザック君。」
そう云って、真春は男の前に手の平を差し出した。
そこには、赤い小さなピアスが一組。
男、アイザックが妹と云った、双子達が付けていたものだ。
「・・・貴様!」
ピアスを見たアイザックは唇を噛み、激しく真春を睨みつけた。
「危ないから、爆発出来ないよういぢくらせてもらったよ。
しかしよく出来てるな。
北大路班長から習ったピアス型の爆弾は、ピンを折って起爆させるものだったのに。
これは遠隔操作で起爆出来るんだな。
見事な応用力だよ。
ちなみに、ペンタゴンに使用した爆弾は制服のタイピンだろ?
アリスのタイは、ブローチで止めるちょっと変わったものだからな。
それにしても、随分酷い兄貴だな。
自分の妹達に、こんな危険なものを付けさせて。
おまけに爆発犯の片棒まで担がせて。」
そう云うと、真春はピアスを握り閉め、そのままいとも簡単に握り潰した。
パラパラと、小さく砕けた破片が手の平から落ちた。
「・・・だから、爆弾は坊やが遊んでいい玩具じゃないと云ったんだ。」
尚も自分を睨めつけるアイザックを冷たく見つめ、真春は小さく呟いた。
「・・・黙れ・・・!」
今度はアイザックが小さく呟いた。
携帯を握り締め、ぶるぶると肩を震わせた。
怒りが、全身から込み上げているのが分かった。
「どいつもこいつも、本当に目障りだ!
僕の頭脳を理解しない科学班。
こんな会社の研修に喜ぶ馬鹿な妹達!
僕の前に立って、邪魔をする女副班!!
鬱陶しい!
本当に鬱陶しい!!
みんな消えてしまえばいいんだ!!
貴様も! 妹も! こんな会社も! 職員も!
みんな死ねばいい!!」
そう喚き散らすと、ガチッという小さな音が、アイザックの口の中からした。
そして、
ブッ!
真春に向けて、アイザックは何かを吹き飛ばした。
ドンッ!!!
直後、大きな爆発音と共に土煙が舞い、辺りを茶色い煙りが覆った。
真春の姿が、土煙で確かめられなくなった。
「あははっ!
爆弾がその二つだけだと誰が云った?!
またミスを犯したな、副班長殿!
それで死んだんじゃ、ミスどころの話じゃ済まないけどね!!
爆弾を妹につけるのが酷いって?!
必要ないよ、馬鹿な妹なんて!
妹なら妹らしく、兄の云うことを聞いてればいいんだよ!!」
土煙の中、アイザックの笑い声が聞こえてきた。
恐らく、彼が真春に吹き飛ばしたのは、双子達に付けていたものと同じ、ピアス型の爆弾だろう。
さっき真春が云っていた、ピンを折って起爆させるタイプの。
彼の耳たぶには、不似合いな赤いピアスが一つ、付いている。
あのピアスも爆弾だとすれば・・・。
徐々に煙が薄れ、アイザックの姿がはっきりと見て取れた。
目を細め、冷たい視線をこちらに、双子達に向けていた。
「・・・ガブリエルにジブリル、可愛い妹達。
だから、大人しく死になさい。」
そう云うと、アイザックはにっこり、微笑んだ。
それは優しく、美しく、何よりも誰よりも冷たく、残酷な微笑み。
ガブリエルとジブリルと呼ばれた双子達は、たまらず悲鳴を挙げた。
「嫌だ! 兄さん!!」
「やめてよ兄さん!!」
妹達の悲鳴を無視して、アイザックはピアスを耳たぶごと引きちぎった。
そして。
それをこちらに投げようとした、
その、刹那。
「・・・貴様なんぞに、誰の命も持って逝かせるものか・・・!」
低く、女の声が聞こえ、ピアスを投げようとしたアイザックの拳を止めた。
「貴様には、代わりに私の命をくれてやる。」
「副班長!!」
その場にいた、警護班の誰もが叫んだ。
揺れる漆黒の髪。
傷付いた褐色〈ブロンズ〉の肌。
所々壊れた鎧。
戦女〈ワルキューレ〉の眼差し。
ペンタゴンを守る、守護闘神がそこにいた。
再び起こった爆発。
土煙が、今度は真春とアイザックの姿を隠した。
「副班長!!!」
佳人が土煙の中へ駆け出した。
セラフィエルも、腰を抜かし、その場に座り込んだ双子達を他の隊員に預け、佳人の後に続いた。
僕はただただ、呆然と立ち尽くしていた。
目の前の光景が信じられなくて、手にしていたカメラをぎゅうっと握った。
「魚住副班長・・・!」
思わず、彼女の名前を呼んだ。
薄れてゆく土煙。
ゆらり、と人影が動いたような気がした。
「・・・だから、爆弾は子供の玩具じゃない。
って云ってるのに。」
そんな声が聞こえて、土煙の中、真春の姿が現れた。
ボロボロの鎧。
真春の全身を覆っていた筈の鎧はひび割れ、壊れ、あちこちから肌が剥き出しになっていた。
兜の角も片方が折れ、肩に装飾されていた羊の顔も、砕け散ってしまっていた。
「流石に2発くらうと、無傷とはいかないなあ。」
そう云って笑う彼女の腕には、アイザックが抱きかかえられていた。
気を失っているアイザックの腕には、手錠、というより、手枷に近い拘束具。
それから・・・。
「すまないが、すぐに医療〈メディカル〉班を呼んでくれ。
この子の手当をしないと。
爆弾を取るために手を撃ち抜いたからな。
早くしないと、回復しても使い物にならないことに成り兼ねない。」
手枷の下、応急処置で巻いたと思われるハンカチは、すでに鮮血で真っ赤に染まっていた。
佳人が真春に駆け寄り、彼女の代わりにアイザックを担いだ。
「すでに医療班には連絡を入れてます。
後は俺達が片付けるんで、副班長も手当を受けて下さい。
あちこち怪我してるし、肋骨あたりいってるんじゃないですか?
呼吸の音、変っすよ?」
「はは、さすが時期副班長候補!
耳がいいなあ。」
「それくらい、警護班の隊員なら、誰だって分かります。
ふざけないで、医療班が来たら副班長もちゃんと手当を受けて下さいよ?
貴女はすぐに面倒臭がって逃げられるから。
自力で治そうとしないでください。」
佳人のあと、駆け寄ってきたセラフィエルはそう云って、軽々と真春を抱き上げた。
「・・・恥ずかしいからやめてくれないか?」
「こうしないと逃げるからです。」
「こーゆーのはさぁ。
やっぱ好きな人にするもんだと思うんだよね。」
「うるさいです。
私だってもっと大人しい、可愛い人にしてあげたいですよ!」
「そりゃ可愛くなくて、失礼しましたね☆」
と、真春とセラフィエルがそんなやり取りをしていたとき、
「うっ・・・。」
佳人に担がれていたアイザックが意識を取り戻した。
すぐにセラフィエルの腕から真春は下りた。
佳人も急いで肩からアイザックを下ろし、その場に寝かせた。
「・・・僕は・・・。」
うっすら瞳を開け、回りを見た。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、おそらく真春の顔。
意地悪く笑う、守護闘神の顔。
「坊やの負けだ。
悪いが、拘束させてもらった。
取り合えずは、医療班行きかな。
私が撃ち抜いた手を始め、爆発であちこち怪我を負ったし。
喜んでいいぞ?
鈴城班長自ら手当に当たってくれるはずだ。」
「・・・なぜだ。」
「んっ?」
小さく呟くアイザックに、真春は耳を傾けた。
「何故僕の手当をする必要がある?
僕は犯罪者だ。
この手が治れば、また仕返しを企てるかもしれない。
このまま放っておけば、間違いなくこの手は使い物にならなくなる。
仕返ししようにも出来なくなる。
貴様達にとっても、そのほうがずっと清々するだろうに。
敵の手当などして、一体何の得になる?」
憎らしげに真春を見、アイザックは云った。
真春はしばらくそんなアイザックを見ていたが、やがてにこりと微笑んだ。
それは、とても優しい微笑み。
守護闘神の笑みとは明らかに違う、やわらかく、暖かい。
優しい、やさしい微笑み。
「君は頭がいいのに、馬鹿なことを云うな。
“何故手当てをするか?”
だって?
そんなの、君が怪我をしてるからに決まってるじゃないか!
他に理由があるのか?
犯罪者だろうが一般人だろうがアリスのスタッフだろうが!
危険にさらされてる者を助けたり、救ったりするのが私達の役目だ。
目の前の命も救えなくて、何が守護闘神だ!
私は警護班の副班長。
班長不在の今、この会社の命を預かる者だ!
その誇りが、どこにあると思っている?!」
そう、少し厳しい口調で云って。
彼女は、また、やさしく微笑んだ。
その笑顔に、アイザックはほんの少し頬を染めた。
照れたようにそっぽを向いて、それ以上はもう何も云わなかった。
やがて、ストレッチャーを持って医療〈メディカル〉班がやって来た。
アイザックは大人しくストレッチャーに横たわり、手当を受けるべく医務室へと運ばれて行った。
「さてと。
それじゃあ、みんなの応援にいきますか?」
運ばれて行くアイザックを見送り、やれやれと首を回しながら真春は云った。
「「手当は?!」」
セラフィエルと佳人が、すかさず真春を両側から掴んだ。
が。
ふわり・・・。
目の前を、次期副班長候補二人の身体が舞った。
そして、
ズウゥゥン・・・!
大きな地響きとともに、セラフィエル、佳人の身体が地面に叩き付けられた。
一瞬何が起こったのか分からなくて、僕はぽかんとして三人を見ていた。
真春は悪戯っぽく笑い、セラフィエルと佳人の両名を見下ろしていた。
「私を取り押さえるなんて十年早いよ!
だいたい、相手の動きを止めたいなら、もっと強く腕を掴んでなきゃ!
じゃないと、こんな風に簡単に腕を振り払われて、反撃されちゃうよ!」
そう云うと、恨めしそうに自分を見上げる二人に手を伸ばした。
苦笑しながら、二人は差し延べられた手を掴み、立ち上がった。
「後で必ず、手当を受けてくれますね?」
掴んだ手を握り返し、セラフィエルは云った。
「ああ、約束する。」
にっこり、真春は笑った。
その笑顔はとても美しく、一枚の写真のように僕の中に残った。
「美しい人だ・・・。」
自分でも気付かぬうちに、僕はそう呟いていたのだった・・・。
思いの外難産で、書いてる間に実際に一人子供が生まれたり(汗/←私事)“後編”なのに終われてないし、とんだ駄目っぷり(大汗)なんかもう、誰か罵ってやってください(汗)“後編”で終われなかったので“完結編”ですね。これはそんなに時間かけずにお届け出来ると思います。多分(←滅殺)こんな駄文しか書けないやつですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。誰かの心に残るよう、精進したいと思います(汗)